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入院の日

手術──辛く長い一夜 その1

手術──辛く長い一夜 その2

“術後ハイ”になる入院生活

とりあえず退院しちゃおう

雑踏が怖い、満員電車が怖い

おっぱいが2倍に腫れてきた!?

ああ、自分の場所に帰ってきたんだ

病理結果に打ちのめされる

感染した!!!!

どんどん変な色と形になってくる

いつまで足踏みしてたらいいのだろう

一歩進んで二歩戻る

二度目の手術は日帰りで

今度こそよくなっていくといいなあ

4ヵ月遅れの再建スタート

どうしてまた腫れてくるの!?

再建は諦めなくちゃならないのかな

「なんとかしてやれなくてごめんな」

三度目は一番悲しい手術だった

痛みより痒みの方がつらいなんて

醜い瘢痕拘縮

自家組織での再建を決意する

前を向いて歩こう


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手術──辛く長い一夜 その2

「薬を入れますね」と言われて即座に私は“落ちた”わけだが、意識を失っていく感覚はこれっぽちもなかった。私の間抜けな返答にY先生が笑ってるなと思ってたら、その数秒後に名前を呼ばれた。「じゃ、これから麻酔かけますよ〜」とか言われるのだろうと返事をしようとすると、かけられた言葉は「終わりましたよ〜」だった。えっ!
びっくりして返した私の第一声は「今何時ですか??」だった。言いながら壁の時計を見た。5時半だった。数秒どころかきっかり4時間が経っている。麻酔からの覚醒って、普通に熟睡した後の目覚めとは全然違う。突然戻るというか、麻酔をかけられていた数時間がストンと欠落していただけな感じだ。息苦しさや吐き気はなかった。

ストレッチャーに乗せられて手術室を出ると、友人のKちゃんに付き添われた半泣きの母の顔があった。ホッとすると同時に、強烈な圧迫痛が押し寄せてきた。まるで布団が胸にギュウギュウに詰め込まれているような──眠っている間にお腹に石を詰め込まれてしまった狼はこんな気分だったんだろうか。
「乳首、取っちゃったって?」家族の顔を見て開口一番する質問ではなかったかもしれない。でも、ずっと気にしていたことなんだもの。母では頼りにならないので、Y先生の説明を余さず聞いてもらえるよう、Kちゃんに頼んでおいたのだ。
「えーと、なんかね、半分残したって言ってたよ」Kちゃんの答えに私は混乱した。残すか取るかの二択だと思ったのに、半分てどういうこと? 縦に半分なの? 横に半分なの?
「削った、とかなんとか」削る……? 混乱するばかりだった。
「他に先生なんか言ってた?」
「一応メモは全部取っといたから。あとね、頼まれてた写真もちゃんと撮っといた」そう、切除部分は説明後すぐさま病理に持って行かれてホルマリン固定されてしまうのだ。自分の身体の一部なんだから自分で見たいもんね。

この病院では手術後は回復室ではなく自分の病室へまっすぐに戻される。ベッドサイドには酸素吸入の準備が整えられていた。吸入マスクを当てられ、両足に塞栓予防のフット・ポンプが装着される。だんだんと胸の痛みが強くなってきた。ナースが痛み止めの座薬を入れてくれる。すぐには効いてこない。痛い痛い痛い。

器具装着や薬の投与などすべてが終わったタイミングで、乳腺センターの先生たちが病室に来てくれた。Y先生のにこにこ顔がカーテンの隙間からひょいっと現れた途端、私はぐぐっと安堵の涙がこみ上げてきて
「うわ〜ん、先生! 痛あ〜い!」などと叫んでしまった。まったくもってイイ年をした大人の女性の取る態度ではない。今思い返すと大変恥ずかしい。
「あー、エキスパンダー入ってるからなあ。その分痛いんだよなあ」と後ろにいた別の先生が言う。
Y先生は痛々しそうにちょっと眉毛を下げて、ちょっと困り笑いな表情で
「そうかあ、痛いかあ。可哀想になあ。でも、悪いところは全部取ったからな。大丈夫だぞ」私の目を覗き込んで穏やかに含めるように言い聞かせてくれる。うん、うん、そうだよね。私は涙ぐみながらコクコク頷いたつもりだったが、顔にはめられた酸素マスクのせいでうまく首が動かせなかった。

Kちゃんと母はそれから30分ほどいてくれたので、とりとめのないことをダラダラと喋った。高濃度の酸素を吸入しているせいなのか、妙に頭がスッキリしていて変な高揚感があった。かといって思考能力が明晰になっているわけでもないのだけど。痛みや非日常にある状況を忘れようとする一種の自衛本能が働いているのだろうか。
「そうだ。切除部分の写真、今見る?」
「えっ、あ、今はいいや」興味津々ではあるのだが、手術直後ではあまりに生々しすぎる。退院してからメールで送ってもらおう。でも、話はちょっと聞いてみたい。
「……どんな感じだった? グロかった……?」
「ううん、そんなでもなかったかな。なんかね、ああ人間も“肉”なんだなあ、って。そう思った」
「肉……」
「シルバーのバットに乗ってるからなおさらそう見えるんだけど、焼く前のハンバーグとかつくねみたいな感じかな。でもミンチじゃなくて一枚モノなの」
切り取った組織は全体的に赤っぽい肉で、軟骨みたいな乳腺がボコボコプチプチしているらしい。ところどころに白い脂肪の固まりも見えたという。それってまさしく混ぜものをしたミンチ肉的ビジュアルではないか! 後で見るのがちょっと楽しみになってきた。いったい私の好奇心は得なのか損なのか。

日が落ちて東京タワーに灯りが点る頃合、Kちゃんたちは帰っていった。長く辛い一夜の始まりだ。

普段の私は、うつぶせや横向きや抱き枕にぐるぐるに絡み付いたりと、かなりアクロバチックポーズで眠っているものだから、完全にフラットな仰向け姿勢を保ち続けることがこの上なくつらい。多少横向きになっても構わないとナースは言うのだが、圧迫痛が強くてとても無理だ。時々どうにも腰が辛くなって少し身体を傾けたりしてみるのだが、わずかでも胸が横に流れると激痛が走って長くは続けられない。重さが10kgくらいある座布団をギュウウウウと畳んで右胸に詰め込んだけど、中で圧縮が解けて膨らんでこようとしている──そう表現するしかない痛みだ。
ズキズキとした傷の痛みがまた強くなってきて、点滴からも痛み止めを入れてもらった。痛い。苦しい。水が飲みたい。

まともに睡眠を取るなんて出来なかった。ナースが1時間ごとにチェックに来ていたのを全部覚えているし、「そろそろだな、これで1時間たったな、朝まで○時間だな」などといちいち考えたりしていたのだから。細切れに意識が遠のくのだがすぐに痛みに引き戻される。しばし微睡んで時計を見ても10分15分しか経っていない。

ベッドに横たわった状態では大きな全面窓から眼下の街並は見えない。見えるのは一面の夜空と薄オレンジ色に発光している東京タワーだけだった。てっぺんの赤い航空障害灯がゆっくりと明滅している。ちゃんとこうして見守ってるからね──赤い灯の点滅はそう語りかけてくれている、そんなふうに思えた。空が紫色になって桃色になって白んでくるまで、私はずっとタワーの赤い灯と対話しながら朝を待った。

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