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入院の日

手術──辛く長い一夜 その1

手術──辛く長い一夜 その2

“術後ハイ”になる入院生活

とりあえず退院しちゃおう

雑踏が怖い、満員電車が怖い

おっぱいが2倍に腫れてきた!?

ああ、自分の場所に帰ってきたんだ

病理結果に打ちのめされる

感染した!!!!

どんどん変な色と形になってくる

いつまで足踏みしてたらいいのだろう

一歩進んで二歩戻る

二度目の手術は日帰りで

今度こそよくなっていくといいなあ

4ヵ月遅れの再建スタート

どうしてまた腫れてくるの!?

再建は諦めなくちゃならないのかな

「なんとかしてやれなくてごめんな」

三度目は一番悲しい手術だった

痛みより痒みの方がつらいなんて

醜い瘢痕拘縮

自家組織での再建を決意する

前を向いて歩こう


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“術後ハイ”になる入院生活

このまま永久に続いていくのではないかと思えるほど長く辛い夜だったが、ちゃんと朝はやって来た。6時になって検温と血圧測定があり、ようやく水を少し飲ませてもらえた。鬱陶しいフット・ポンプも外され、導尿カテーテルも抜いてもらった。点滴も外された。私の身体についているものは滲出液を貯留するためのドレーンバッグだけだ。水を飲んで人心地がつき、余計な付属物がなくなってスッキリしたので、しばらくウトウトと微睡むことが出来た。

1時間ほどしてナースの介助つきでトイレまで歩かされた。まるで着ぐるみを着ているような、他人の身体を遠隔操作しているような、足は雲の上をふわふわ踏んでいるような心もとない感じ。枕なしで固くフラットなマットレス上に寝ていたせいか、後頭部にひどく頭痛がする。なんとか一人で個室に入ってトイレをすませたのだが、立ち上がろうとするなり全身の血液がザーッと下がる感覚がして目の前が暗くなり、私はトイレの床に昏倒した。倒れながらも胸をしっかり庇うこととナースコールのボタンをしっかりと押すのだけは忘れなかった。
火照った頬に床の感触が冷たいなあなどと思っている間に、駆けつけてきたナースに個室から救出され、たいした距離ではないのだが車椅子に乗せられてベッドまで連れ戻された。なんと59まで血圧が下がってしまっていた。ベッドに横になると目眩や動悸は治まり、びっしょりだった脂汗も引いていった。

そのあと普通に朝食が出た。さすがにモリモリは食べられず、牛乳とお茶を飲んでパン半分とおかずを二口三口つついただけだったが、口から食物を入れたことで急激に身体にパワーが満たされていく感じがした。それからはいちいち倒れたりしないでちゃんとトイレにも行けたし、吐き気なども金輪際なかったので昼食はしっかり完食した。頭痛とふわふわした目眩はずっと続いていて、午後になってレントゲン撮影のため放射線室に呼ばれた時も車椅子に乗ってでないと行けなかったし、ベッドで本を読んだりしている時も寄りかかっていないと身体を支えていられなかった。

午後一番くらいに形成のS先生が、午後4時頃にはY先生がそれぞれ回診に来てくれた。
「どう? 落ち着いたかな」Y先生は相変わらず穏やかでにこにこしている。トイレで倒れちゃったんだよと報告すると
「あれぇ、丈夫そうに見えるのにねえ。そうなの。結構か弱いんだあ」Y先生は冗談めかして笑う。
「そうなんですよお。私、か弱いんですからね!」
S先生の回診時はまだぐったりしていたし、怖くて手術跡からは目を逸らしていたのだが、傷跡のチェックをしているY先生の手元をそろそろと覗き見してみた。腹巻のように筒型をした強力な圧迫帯につぶされ気味ではあるけれど、ちゃんと右乳房にはふくらみがあった。傷口は乳頭の上を真一文字に8cmほどの長さで横切っていて、留められたテープには血が滲んでいる。乳頭は……ちょこっとカットされて小さくなっていたが、ちゃんと残されていた。全体的に浮腫んでかすかに紫色になってはいるけれど、目を背ける惨状ではない。むしろ「え? 結構キレイ」と思うほど。腫れや血の滲みが想像していたほどひどくなかったのと、やっぱりふくらみを保っていることと乳頭が残っていることが大きいのだ。

もちろん痛みはそう簡単に静まりはしないのだけど、傷を見て安堵した後は1時間単位でどんどん快復していける気がした。
よし! 元気になるぞ!
“薄紙を剥ぐように”という表現があるけれど、ボール紙ひっぺがす勢いで良くなっていってやるんだ!
数ヶ月後にはまるっとシリコンに入れ替えて、乳癌なんてなかったことにするんだ!
今考えると“術後ハイ” “闘病ハイ”のような状態になっていたのだと思う。無意識に“明るく前向きに闘う癌患者”を演じようとしていたのだ。ずっと演じ続けていくとなると精神的にかなり疲れることなのだろうが、一週間程度の入院生活では失速させずに高揚感を持続させることは苦もなかった。

後頭部の頭痛はずっと続いていたが、手術から3日めの午後、急に消えた。不思議な治まり方だった。

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