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入院の日

手術──辛く長い一夜 その1

手術──辛く長い一夜 その2

“術後ハイ”になる入院生活

とりあえず退院しちゃおう

雑踏が怖い、満員電車が怖い

おっぱいが2倍に腫れてきた!?

ああ、自分の場所に帰ってきたんだ

病理結果に打ちのめされる

感染した!!!!

どんどん変な色と形になってくる

いつまで足踏みしてたらいいのだろう

一歩進んで二歩戻る

二度目の手術は日帰りで

今度こそよくなっていくといいなあ

4ヵ月遅れの再建スタート

どうしてまた腫れてくるの!?

再建は諦めなくちゃならないのかな

「なんとかしてやれなくてごめんな」

三度目は一番悲しい手術だった

痛みより痒みの方がつらいなんて

醜い瘢痕拘縮

自家組織での再建を決意する

前を向いて歩こう


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今度こそよくなっていくといいなあ

Y先生とお喋りしながらの日帰り手術は貴重な体験で、楽しいとまでは言えないけれど興味深いものではあったが、やっぱり精神的肉体的にがっつり消耗した。おまけに帰りのタクシーで渋滞に巻き込まれ、自宅にたどり着いた時には困憊の極みだった。鎮痛剤を飲んでいても一晩中疼く感じが続いていて、3ヶ月ぶりに思い出した術後の感覚だった。この頃には多少横向きにもなれるようになっていたのだけど、その晩は久々で仰向けオンリー。枕とクッションを重ねて若干半身を起こした姿勢が一番楽だったが、そんな状態では細切れにしか眠れなかった。

翌日、傷の状態を見てもらいに受診した。
「昨日はお疲れさまでしたね〜。ちゃんと眠れたあ?」
Y先生はにこにこしていた。
「本当に“洗った”でしょ?」
「本当に“洗う”んですね。私、最初よく意味がわからなかったですもん」
ガーゼを外してもらう時に初めて自分でも傷を見てみた。鏡に映して正面からではないけれど。半分にされてひしゃげて位置がズレまくってしまった乳頭乳輪は切り取られて一本の縫い目となっていた。もうあんな変てこな形になった乳頭に未練はないから構わないけれど。
エキスパンダーの折れ曲がりを伸ばして再挿入してもらったので、小ぶりながらも鏡餅みたいなまあるい形状になっていて、それは素直に嬉しい。

4日後の12月19日にドレーンを抜いてもらった。表面の追加切除程度ならドレーンを入れる必要もないそうだけど、私の場合は中をじゃぶじゃぶ洗っているし、どうもいろいろ体液が溜まりやすそうだしと、あの邪魔臭い“お弁当箱”を斜め掛けさせられていたのだ。元気になってくると動きが大きくなってくるので、身体から出ているチューブを引っ掛けそうになって怖い。でも4日間で150ccくらい浸出液が出てたので、やっぱり入れておいてよかったようだ。
最初の手術では挿した管をズボッと抜いて消毒してガーゼ貼ったきりだったけど、今回は抜く前の管から抗生物質を注入して、抜いた穴もちゃんと縫って絆創膏で密閉した。とにかく感染症に関しては私には要注意マークがついた様子で、Y先生の念の入れっぷりが半端ではないよう。だって、もう嫌だもの感染するのなんて、私だって先生たちだって。

でも直接洗うのって乱暴なようで実は凄い。なんと1ヶ月半も消えなかった皮膚の赤黒い色が急激に薄くなったのだ! 勿論、あれだけモミクチャにされたので黄色&紫に変色してはいるけれど。まだ痛みがあるのに次の手術のこと考えるのもアレだが、なんかもう慣れてきちゃった感じがする。だってこの3ヶ月、入れ替わり立ち替わりいろんな種類の痛みがどれだけやってきたというのだ。今の痛みはいわゆる外傷の痛みで、感染した時の性格悪そうで陰気な痛みよりずっと陽気な感じで、時間単位で和らいでいく感じがすごく嬉しい。手術の傷に関しては快調なのだが、実は胸周辺のテープかぶれはひどいことになっている。入院ではなく帰宅だからと生検の時にも使われたガムテープ様のものでがっちり保護されたわけだが、やっぱり赤く腫れてブツブツしてきてしまった。Y先生にステロイドの軟膏を処方してもらう。とりあえず次の診察は10日後になり、お風呂も明日からOKだ。

このままよくなっていくといいんだけどなあ。

傷はそのあと時たまチクチク痛んだが、クリスマス過ぎにはお酒も飲めるくらいまでに快復した。私には高校の同級生の乳癌フレンドがいる。彼女の癌のタイプと治療方法は私とは全然違い、私より手術は1年半ほど早かったが術後に放射線+化学療法+分子標的治療薬の治療をがっつりとフルコースで受けていた。私の手術日が14日で彼女の最後の投薬日が15日と、治療のひとつのターニングポイントは同時だったので、それを記念して私たちは盛大に祝杯をあげた。
29日にはその年最後の診察に行き、先日の手術の病理レポートももらった。切除した乳頭乳輪には癌細胞は見つからずとのことだった。私が「だったら切らなくてもよかったじゃない!」などと言い出すことを心配してかY先生は
「『見つからない』ってことは『ない』ってことじゃないからね。小さくスライスしてその断面を見るからね、栗羊羹の切り口に栗が見えないこともあるみたいにね」などと言う。文句言う患者さんもいるのかしら。
ところで、Y先生の栗羊羹の喩えが面白くて、そうしたら無性に食べたくなって、帰りに栗蒸し羊羹を求めてとらやに立ち寄ったのだが、季節限定商品のため店頭にはなかった。残念。

2012年の年が明け、手術した右胸は完全に腫れがひいた。皮膚は赤黒いのでヒルドイド軟膏を毎日塗りたくっている。健側の胸に比べてだいぶ小さく、これまで大きさが揃って見えていたのはなんらかの腫れがあったからなのだと納得した。エキスパンダーの折れた角が伸びたら、今度はペコペコしだした。棚の上のものを取ろうとしたり引き戸を開けたりの動きをすると、「ペコン」「ちゃぽん」として、それはとっても変な感触だ。これは多分、胸筋と胸壁の間にちゃんとポケットが出来つつあるということなのだろうか……? お風呂に浸かるとエキスパンダーの中の水も温まるのだが、あがった後に身体の表面温度が下がるのとに時間差があって、しばらく胸の中身がホカホカしている。身体が冷えた時も同じで、エキスパンダー部分が先に冷え、外気温度が変わっても冷感がしばらく残ってる。まあ、いろいろ面白い感覚を楽しんでいる……ということにしておこう。

年明け早々私は仕事が立て込んでいて、1月半ば頃までほぼ毎日事務所に泊まる日々だった。9月の手術以降あまり根を詰めた仕事の仕方をしていなかったので、どうなるかなと思っていたが、いざとなれば結構大丈夫なものだった。長年そんなふうにしていたものだから、目の前に仕事が山積みにされると否応無しに徹夜できるみたいだ。そしてまたスポーツジムでの有酸素運動でも、ウォーキング程度だったものを初級クラスのエアロビクスから復活させてみた。恐る恐るでありながら胸筋を開くストレッチもしてみたが、大丈夫、腫れないし痛まない。ホントに“洗われて”正解だったのだ。

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