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入院の日

手術──辛く長い一夜 その1

手術──辛く長い一夜 その2

“術後ハイ”になる入院生活

とりあえず退院しちゃおう

雑踏が怖い、満員電車が怖い

おっぱいが2倍に腫れてきた!?

ああ、自分の場所に帰ってきたんだ

病理結果に打ちのめされる

感染した!!!!

どんどん変な色と形になってくる

いつまで足踏みしてたらいいのだろう

一歩進んで二歩戻る

二度目の手術は日帰りで

今度こそよくなっていくといいなあ

4ヵ月遅れの再建スタート

どうしてまた腫れてくるの!?

再建は諦めなくちゃならないのかな

「なんとかしてやれなくてごめんな」

三度目は一番悲しい手術だった

痛みより痒みの方がつらいなんて

醜い瘢痕拘縮

自家組織での再建を決意する

前を向いて歩こう


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自家組織での再建を決意する

厳しい残暑まっただ中の9月に最初の手術をしてから、すったもんだを繰り返しさらに2度の手術を重ねて8ヶ月、いつの間にかトップス1枚が気持ちのいい季節になっていた。

私はおそろしく傷跡が醜いこと以外は笑っちゃうくらい元気だった。カチカチに縮んで引き攣れた瘢痕拘縮はあんまりな見た目だが、痛みは全然ないし、筋肉を動かすなどの機能的な問題もこれっぽっちもない。エキスパンダーを入れていた時の違和感や圧迫感はかなり不快なものだったのだと今更ながら知る。さらに私の身体は異物に対しての拒絶反応を強く出し続けていたのだから……。どれだけ身体に負担をかけていたのだろう。

気候が心地よくなって気分も若干上向いてきたことも手伝ったのか、エキスパンダー抜去後ちょうど1ヶ月の形成の診察日、再建手術の日にちを決めてしまった。最後の踏ん切りがつけられなかったのだが、診察室でS先生と話すうちに急にムラムラと「私は広背筋で再建する! するんだ!」という気持ちがこみ上げてきたのだ。自営業の私は4週間の入院ということに躊躇していたのだが、S先生の「だけど、これからも続く人生のうちのほんの4週間だよ?」との言葉に「そうだよ、そうだよね!」といきなり納得してしまったのだ。何か大きなことを決断する時って意外にこんなに一瞬のことなのかもしれない。

私は誕生日が10月なので、気持ちとしては今の年齢のうちに……と思っていたが、S先生は「半年は置かないと僕は手術はしないよ」と言う。皮膚がカチカチに固いので仕上がりが汚いから駄目だと。
11月にも手術予定の空きがあったが、10月と12月には個人的にこなしておきたいイベントもいくつかあったし、12月後半から1月の中旬にかけては確実に仕事の予定もあった。もし4週間で退院できなかったら……予後が悪かったら……と考えると、11月に手術をするのは危険な気がする。私は開業してからの11年間、次のお正月で丸12年になるのだが、2月に大きな仕事を抱えてたことは3回くらいしかなかった。
それなら2月を丸々つぶしても大丈夫な可能性が高いであろうことに賭け、来年2013年の1月23日に決めた。「1・2・3!」で何だか勢いがつきそうで、キリもいいじゃない? とはいえ、8ヶ月も先のことなのだ。最初の手術もちょうど8ヶ月前。あの辛かった日々と同じ分量の時間を過ごさないといけないのは、ちょっと気持ちがげんなりもするが、S先生からは「背筋鍛えとけ、体脂肪落としとけ、蛋白質がっちり摂取せよ」の指令も出たので、ジム通いに励んで過ごすことにしよう。きっと、8ヶ月なんてすぐに過ぎる……はず。
過ぎると思いたい。

一週間後の6月7日、Y先生のクリニックを受診し再建の手術日を決めた報告をしてきた。先生は喜んでくれた。そりゃあそうだろう。あの汚い傷跡のままでは「どこのヤブ医者の手術よッ」と思われそうだもの。いくら私の体質によるものとはいえ、それではY先生にもS先生にもあまりに申し訳ないもの。

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