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手術──再び辛く長い一夜

なんでこんな手術受けちゃったんだろう……

再建乳房と感動の初対面!

再び苦しむ激痛の夜

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快復停滞の分岐はどこにあるの?

そろそろ退院が視野に入ってきたかな

30日ぶりで外の世界へ

背中の大怪我、続行中

ドレーンを入れての強制排液

「カサブタ剥いじゃおうね」

恐怖の溶解脂肪ダダ漏れ事件

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なんでこんな手術受けちゃったんだろう……

強烈な痛みの波に呑み込まれ、痛みの渦に翻弄され、その直後に異常な寒気が襲ってきた。まるで氷の上に横たわっているようで、全身が震え、歯の付け根がガチガチ鳴る。とりあえず電気毛布で全身を包まれ、痛み止めのボルタレン座薬も入れてもらう。時折ナースが点滴台のボタンを押してくれるのだが、その瞬間にすっと痛みが遠のいていく。
「……これ、麻薬? モルヒネとか?」
「そうですよ。痛みが強かったら言ってくださいね」
麻薬を入れても痛みを意識しないですむのは15分程度でしかなく、意識が遠のきかけては痛みに引き戻される繰り返しで、眠ることなど出来なかった。いっそ気絶してしまえたら楽なのではないか、失神出来ないものかとどれほど願ったか。
最初の乳癌手術の晩、音楽でも聴けたらずいぶん気が紛れたのにと後で思った。だから今回はいっぱい音楽を詰め込んだiPodを用意してたのに、全然聴く気持ちにはなれなかった。それにここは個室なんだからTVだって無料で、音を出して見られるのだ。でも、無理。駄目。

夜になって発熱してきたようで、全身が燃えるように熱くなってきた。電気毛布を引き剥がされ氷枕を当てられる。解熱効果も期待して再びボルタレン座薬を入れられる。舌下で溶かす睡眠剤もこの時にもらった。だけど麻薬と座薬と睡眠剤のコンボをもってしても、朦朧としかけるだけで眠れはしない。
2時間ほどで熱は下がったが、痛みの大波は断続的に襲いかかり、小波は絶えることがない。ベッドの柵を握りしめ続け、掌に爪が食い込み、指が硬直しそうになった。奥歯を噛み締め続けてこめかみが痛くなってきた。この一晩で、これまでに経験した痛みの記憶をすべて上書きしてしまったような気がする。
私は痛がりで、すぐに「痛い痛い」と騒いじゃうんだけど、本当に痛い時は口に出せないものなのだとも知った。頭の中では「どうしてこんな手術しちゃったんだろう」「もしかして、とんでもないことをしてしまったのでは」「命を脅かされるわけでもないのに、再建なんてしなくても死なないのに」「わざわざこんな痛い思いして、私って馬鹿馬鹿」との思いがエンドレスでループしていた。

朝6時になって、ようやく水を飲ませてもらった。酔い覚めの水は甘露だというが、手術翌朝の水はさらに極上の甘露だ。起き上がれるなら、お小水のカテーテルも抜いてもらえるのだけど、血圧が低過ぎるので見送りになった。そうよ、前みたいにトイレで昏倒したくないもの。

8時過ぎ、S先生が朝一番で病室に来てくれた。師長さんも一緒に様子を見にきてくれる。後でナースに教えてもらったのだけど、先生は再建手術をした日は必ず病院に泊まるのだそうだ。厳重に包まれていた再建胸はこの時に初めて開かれる。
「ああ、綺麗だ。綺麗に出来てますよ! うん、パーフェクト!」1年半ぶりに聞いたS先生の「パーフェクト!」だ。でも仰向けに寝かされている私からは何も見えないし、眠れてなくて朦朧とはしているし、襲い来る痛みも続行中なものだから、口では「ホントですか? 嬉しいです」などと言いつつ、頭では「そんなのどうでもいい。だって痛いんだってばよ」なんて思ってる。

その後で朝ごはんが普通に出て来た。食べたくないけど空腹感はあるので何か入れた方がいいかな。少しだけベッドを傾斜させてみたが、頭がクラクラして上半身を起こすどころか顔を浮かすのが精一杯。この姿勢では箸もスプーンも使えず、紙パックの牛乳を飲むのと、カブのピクルスだかマリネだかのようなものを指でつまんで口に押し込むのがやっと。もう一品のおかずとパンはとても無理だった。でも、わずかながら胃にモノを入れたので、経口の痛み止めも服用出来た。

本来なら朝ごはんを終えたら自分の病室に戻らなくてはいけないのだが、立ち上がることはおろか頭も持ち上げられないので、車椅子に乗ることすら無理だった。とりあえず午前中いっぱいはそのまま個室で寝かせてもらえることになったが、昼過ぎになっても私は起き上がれなかった。血圧も依然低いまま。だけど個室は明け渡さなくてはならないので、結局ベッドごと病室に帰ることとなった。そうなると介助が3〜4人くらい必要になるので、出来れば徒歩か車椅子で戻って欲しかったんだろうけど、動けないんだから仕方ない。
私の当初の目論見では点滴台につかまってヨロヨロ退出するつもりだったので、こんな機会でもなければ入れない豪華個室を物見遊山しようとカメラまで用意していたのに。Tちゃんの話では、個室は10畳以上はあり、無粋なロールスクリーンではなくレースのカーテンと遮光カーテンがかかった窓があり、ソファとテーブルまであったという。なのに私が見たのは1畳範囲限定の天井のみ。シャワー室とトイレも、無料の大画面TVも、窓からの東京タワー・ビューも、何ひとつ恩恵に預かれずせっかくの個室を後にした。でも、静かで落ち着いた環境は享受したのだから、これが最大の恩恵よね。差額払ってないくせにこれ以上贅沢言うな……よね。

ナースの手を借りてペラペラの手術着から自分のパジャマに着替え、すっかり冷めきった昼食をちょっとだけつつく。まだ胸がムカムカして、おかずはほとんど食べられず、ふりかけをかけたご飯を半分ほどとフルーツをボソボソと口に運んだ。こんなこともあろうかと、プリンとアロエヨーグルトを買っておいてよかった!
ベッドを傾斜させて上半身を起こせるようになったのは、夕方近くになった頃。さすがにお腹が空いてきてノロノロながらも夕食はほぼ完食した。食べたら少し元気が戻ってきたけれど、立ち上がるのも歩くのもまだ無理で、結局その晩は導尿カテーテルは抜いてもらえなかった。

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