疑惑〜確定診断編 >>>>


摘出手術・治療編 >>>>


乳房再建編 >>>>


乳頭乳輪再建・経過観察編 >>>>

当たり前の普通の生活に少しずつ戻っていく

一日でも早く皮膚状態をよくしなきゃ

再建手術後の身体のさまざまな変化

それはきっと、神のみぞ知る領域

乳房再建にまつわるいくつかのニュース

乳頭乳輪再建。ついにおっぱいが完成する!

久し振りの手術の夜の痛み

完成おっぱいとの対面はまだお預け

僕が医者続けてる限りずっと診るからね

乳房再建は心の再建

「毛」が生えてきた!?

私はもう “患者” ではない

ホルモン治療薬あれこれ

乳癌と乳房再建の意識調査

ホルモン剤を切り替える

ゾロゾロ出てくる副作用

ちょっと蹴つまずいちゃった3年目検診

形成手術って気長でないと立ち向かえない

カルテに書かれたExcellent!!

「もうメソメソ泣かないでもすむね」


ついにサバイバー編 >>>>


このページの記述に関してのご質問、コメントなどがございましたら、直接メールでいただけますようお願いいたします。

久し振りの手術の夜の痛み

「終わりましたよ〜」の声で意識が戻ったのは手術台の上だった。時計をチラリと見ると12時ちょっと前。1時間半はかからなかったわけだ。
「綺麗にできました……?」
「綺麗にできたよ〜! パ〜フェクトですよ〜!」S先生お得意の “パーフェクト” が出た。よかった。
「今日は夕方まで手術室使う予定ないですから、このまま休んでていいですよ」クリニックのナースにそう言われ、しばらく手術台の上に寝かされていたが、10分も経たないうちに別のベッドに移してもらった。だって手術器具や手術用のライトとかに囲まれた状態じゃ落ち着けないし、休まらない。手術台は固いし、なんといってもペラペラの手術着1枚では毛布かけてもらっていても寒くて寒くて。
別のベッドといっても、先ほど通り抜けてきた小部屋の診察台の上なんだけどね。周辺がタイルやコンクリートやステンレスではなくて普通の壁紙だってだけで安心感がある。うつらうつらしながらS先生と二言三言会話をしたのだけど、途中で急に意識が深く沈み込むような感じになり、そのまましっかり眠ってしまったようだった。なんだかすごく熟睡したような気持ちになって目を開けたら2時過ぎだった。S先生との会話の内容は覚えていないけれど、テンション高めの先生の声音はうっすら覚えている。

「S先生は……?」開口一番に呟くと、「もう帰られましたよ」とのこと。そうか、あのままご機嫌で帰ったんだな。きっと手術はうまくいったんだ。ぼーっとしている頭を覚醒させるために、しばらく院長先生がお喋りにつき合ってくれた。
「S先生と僕は同期でねえ、もう40年来のつきあいで」
「そうなんですか……」
「研修医を終えて最初にS医大病院(S先生がM病院の前にいたところ)の医局に配属されてね。一緒にぺーぺーの駆け出し医者やってたの」
「へえええ、なんか想像つかない……」
「先輩たちにコキ使われてね、二人で文句言いながら使いっ走りしたり、当直したり、ね」
そういう話、なんだか楽しい。
「ほどなくS先生はアメリカに留学して、その後の活躍はご存知のとおりですよ」
そうだった、S先生は40年近く前から──乳癌手術といえば大胸筋からリンパまでゴッソリえぐり取るハルステッド法という全摘手術が主流だった時代に、すでに「乳房再建すること」を始めていたのだ。温存手術すらまだ一般的でなかった頃だ。

まだフラフラするようならもう少し休んでいてもいいと言われたが、早く帰って落ち着いて眠りたい。手術着を脱ぐ時に見た胸はオムツのような巨大なカバーで覆われていた。着てきた服に着替えると、片側だけめちゃくちゃ巨乳になっていて、すごく変なバランス。ダウンコート着込めばすむ真冬でよかった……薄着だったら目立っちゃうところだった。下半身は不織布でできたパンツを穿かされていた。出血しているようだけど、ナプキンの用意がないので、そのままショーツを重ね穿きしてしまう。

帰り際に痛み止めのロキソニンが6錠出された。えっ、たった2日分? 足りるのかしら。でも前に処方された残りが何錠かあったはずだし、明後日にはM病院に行くんだから追加処方してもらってもいいものね。
タクシーはすぐに拾え、自宅には3時頃には着いた。あまり空腹感は感じないけれど、とりあえず冷凍庫の肉まんをチンして小腹を満たしてからロキソニンを飲むと、即座に眠りに落ちた。

目覚めは唐突にやってきた。部屋の中はすっかり暗くなっている。時計を見ると6時半。一瞬「ここどこ? 夜なの? 朝なの?」と戸惑い、まだ夕方で自宅のベッドだと理解すると同時に、傷の痛みが襲ってきた。痛い痛い痛い! 股間が……股間が痛い。
で、胸の方はというと、乳頭乳輪を縫いつけたあたりはあまり感覚がない。去年、溶解脂肪がダダ漏れた痕が赤く盛り上がってしまっていて、今回ついでに縫い直してもらったのだが、その部分はちょっとヒリヒリしている。とにかく猛烈に痛いのは股間だ。眠る前に当てたナプキンも鮮血で染まっているが、今はもう出血も止まっているようだった。

とにかく痛みが堪えがたいので、こんな時のためにと大事に残してあったボルタレン座薬を使った。卵雑炊と湯豆腐をつつきながらぼーっとソチ五輪観戦し、10時前には再びロキソニンを飲んでベッドに入ったが、切れ切れにしか眠れなかった。日帰りだからとナメてかかっていたけれど、やっぱり手術は手術だ。切ったり縫ったりしてるんだもの……そう、久し振りの痛み。忘れていた痛み。もちろん乳房再建手術の晩の “思い出したくもない一夜” とは比べるべくもないのだけど。

翌日の日中は深夜からのフィギュアスケート観戦に備えて、ゴロゴロと昼寝ばかりして過ごした。股間の傷はやっぱり痛い。トイレのたびに痛い。がに股で歩かないと痛い。私は出産の経験がないので、こんな部分がこんなふうに痛いとかよくわからないのだけど、昨日のような鋭角的な痛みからは、多少角が取れた丸い痛みになってきたかも。
表層部の手術なので、傷は痛いけれど身体がぐったりとするダメージはない。たぶん数日で痛みは治まるのかもしれないな。昨日の時点では2日分の痛み止めでは足りるか不安に思ったけれど、意外に大丈夫そうな気がしてきた。だけど、しばらくスキニージーンズとか自転車とかは無理そうだわ。

  >>> Back to HOME

 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送