Le moineau 番外編

2012年10月29日

 
     
 

いよいよ来たかな? ハリケーン

早朝から雨が降り始めた。風もそこそこ強いようだけど、暴風雨というにはまだまだ。こんなふうに普通にちょっと「荒れた天気」の日は東京だってちょくちょくあるよね。
相変わらずハリケーン到来の実感は薄いのだけど、非常事態宣言が出ているのは確かなことで、今日は交通機関も会社も学校も美術館もイベント関連も一切合切がお休み。私は今日は何が出来るんだろう? とりあえずベッドから出てゆるゆると窓の外などを眺めているうちに、Mちゃん夫婦とワンコたちも起きてきた。

完璧体内時計を持つワンコたちにはハリケーン到来も何も関係ないので、「オハヨー! 散歩の時間よ〜〜行こ行こッ」と朝からテンション全開。若くてピチピチの妹ワンコは、特に。閉鎖されたセントラルパークへの散歩は今日はお預けなのよ、可哀想にねぇ。だけど、Mちゃんのご主人は、どんな状況であっても彼女たちの散歩そのものを中止してしまうことはしないので、こんな朝でもちゃんと連れ出してあげているのだ。たとえ、ほんの数ブロック周辺を一巡りしてくるだけでも。
その間に朝食の支度。人参とバナナと豆乳のスムージー、カットフルーツにとプレーンヨーグルト、カフェオレ、バタートースト……、数日間の滞在でお馴染みになったMちゃん宅のブレックファスト・メニューだけど、Mちゃんオリジナルのスムージーがとっても美味しいの。

ところで、Mちゃんが昨晩 "炊き出し" に出向いたZ夫妻。彼らは本当は明日の便で帰国の予定だった。なのに今日も明日もJFK空港は閉鎖で全便が欠航、近隣のニューアーク空港もラガーディア空港も閉鎖で全便欠航、どうあっても帰れない。延泊も必至。幸いなことに彼らは航空券とホテルと送迎つきのフリープランパックで来ているので、明後日以降の便の数少ない空席争奪戦はツアーデスクの人に任せておけばいいらしい。

もし私がこの事態に遭遇したら自身で単身参戦しなくちゃならないんだわ、それも電話で! いやあ〜〜そんなの無理無理無理! 直接空港まで出向いていければ……、相手が目の前にいるのならば……、泣き落としてみたりゴネてみたり切々と訴えてみたり、まだなんとか意思表示が出来そうだけど、英語で電話だけで空席を奪取するだなんでそんな芸当はできないわ。

そういうわけで、Mちゃんは今朝もZ夫妻に差し入れに行く。彼らは航空会社と直接交渉はしなくていいけれど、ツアーデスクの連絡待ちのためホテルに待機していなくてはならないのだ。なので、私もMちゃんにくっついていったん外に出てみることにした。だってMちゃんのご主人は今日は会社お休みで自宅待機なんだもの、私がいたら気兼ねさせてしまって申し訳ないものね。

Z夫妻の滞在するホテルに向かう途中、商店は軒並み閉まっていて交通量も人の往来もまばら、閑散として寂れたような空気が漂っていて昨日までの雰囲気と全然違う。で、大荒れの嵐だっていうのならともかくも、雨はさほどでなく風はちょっと強い程度。だって、へなちょこ折り畳み傘でも裏返ることなく歩けるんだから。たいしたことないでしょ。

こうして窓の外を見下ろしてみても「単なる雨降りの日」にしか見えないんだけどなあ……

それじゃあ、ちょっと歩いてみるかな

Mちゃんと一緒に5番街のあたりまで行ってみた。結構たくさんの人が出ているんだけど、みんな手持ち無沙汰な観光客たちかな? まあ、私もそうなんだけどね。
ずらりと並んだショップやブティックのウィンドウ・ディスプレイや照明はそのままだけど、どこも固く扉は閉ざされていて営業していない。ショッピングモールビルも建物内には入れるけれど、中の店はどこも営業していない。一見いつもの賑わった5番街ショッピング・ストリートといった状況なのに、いっぱいの人たちが所在なくただただ徘徊しているだけなのだ。
でも、ちょっと歩いてみて、意外に人がウロウロしているのがわかった。美術館やショップには入れなくても街並は見られることもわかった。地下鉄もバスもなくても二本の足があるもんね。かなり広範囲を歩けるってことは、パリのメトロのストライキの時で実践済み。よーし、少しNYを文字通り "歩き回って" みよう! 今日はご主人が臨時休業で在宅してるのだから、そんな酔狂なことにMちゃんをつき合わせるわけにはいかない。だけどお昼ごはんの都合なんかもあるので、途中で様子を見ながら連絡することにして、いったん彼女と別れた。

時計を見ると10時半。とりあえず1〜2時間くらい歩き回れるな、どこを歩いてみるかな? とりとめのないような感じがするけれど「どこそこの○○に行く」という目的がない分、かえって自由に歩くこと自体を楽しめるかもしれない。そうだ、マンハッタンの東岸まで行ってみようかしら? Mちゃんのアパートメントからは西のハドソン川が見えたから、イースト・リバーを見てみるってのはどうだろう?

5番街周辺には結構人通りがある。お店はいっさい開いていないのだけど

ショップの入口には土嚢が積まれていたけれど、これでいったい何が防ごうというの? なんだかとっても“こういう災害対策に慣れてない感”が漂っている

56丁目あたり。徐々に人が少なくなってきたかも?

オフィス街エリアに来ると歩く人はほとんどいなくなり、時折クルマが走り抜けるだけ

そもそも目論んでいた計画では……。

まず、マンハッタン島の南端からブルックリン・ブリッジ Brooklyn Bridge を徒歩で渡る。
ブルックリン側に着いたら橋のたもとのダンボ DUMBO 地区をふらついて、お洒落なアート系ショップやギャラリーなどを楽しんで……そうそう! NYで一番という『ジャック・トーレス・チョコレート Jacques Torres Chocolate』[WEB] のブルックリン本店で熱々のホットチョコレートなんか飲んじゃおう。勿論チョコレートもお土産に買うよ。
それから、ブルックリン・ブリッジ・パーク Brooklyn Bridge Park 』[WEB] を歩きながらマンハッタン島と自由の女神 Statue of Liberty とブルックリン・ブリッジとの三つ巴光景を楽しんで……天気がよければアイスクリームなんぞ舐めつつベンチでひなたぼっこもいいよね。
それからそれから、桟橋からイースト・リバー・フェリー [WEB](2011年6月に運行を始めたばかりのホヤホヤ)に乗って、いくつかの橋をくぐりながらのんびりマンハッタンを俯瞰して。たった$4で楽しめるお手軽プチ・クルーズだったのに。

ハリケーン到来のせいで私の楽しい目論見は全〜〜部パア!だ。

MoMAのあたりまで南下してから左に折れて53丁目を東へ向かってとことこ進んでみる。ところが2番街との交差部分から先は立ち入り禁止の黄色いテープが張られていてもう進めない。監視の警官までいるじゃないの。そうかぁ、イースト・リバーの近くまでは行けないのかぁ……
しかたないので西に少し戻る。パーク・アベニュー Park Av.(旧4番街)を行けるところまで南下してみようかな。

遠目には何の変哲もないオフィスビルだけど、壁面にはこんな装飾があったりする

よく見ると木組みの家ふうの模様だったり

このあたりはビジネスオフィスの集まる “丸の内” エリアなので、今日はすべてのビルが扉を閉ざしている。5番街エリアにはそれなりに人がウロウロしていたけれど、広々した歩道に通行人は皆無。緑地帯を持つ二車線の道路も普段は適度に渋滞なんかしているだろうに、行き交う車はまばら。ほとんどゴーストタウン化している。
雨風が少し強くなってきた。ビルの谷間に吹き下ろす強風は方向がめちゃくちゃなのは東京で暮らす私にはお馴染みではあるけれど、今日はこの風をほぼひとりで受け止めなくてはならない。旅行用の軽い折り畳み傘では裏返ってしまって進めないので、傘は諦め、肩にかけていたストールをイスラム女性のように頭に巻いてみた。ショウウィンドウのガラスに映る姿は謎の怪しい中年アジア人だけど、そんなこと気にしてられるもんか。それに見る人なんて誰もいない。

懸命に雨風に対抗しながら歩いていて気がついた。そういえば、洟や咳がほとんど静まっている。だるさや悪寒もなくなっている。ドラッグストアで買ったアレルギーの薬が効いたってこと? まだ1カプセルずつ3回しか飲んでいないのに? すごい効き目……っていうか、ちょっと怖いわ。今晩はもう飲むのやめよう。

グランドセントラル駅を通過して

ぐんぐん進むうち、正面にメットライフビル The Met Life Building が見えてきた。建設当時はパークアベニューを遮ってしまう立地で非難ごうごうだったという、旧パンナムビル。20年前に泊まったホテルの部屋からはこのビルがよく見えたんだった。だからなんとなく懐かしい感じがするけれど、PAN AM のロゴのかわりに Met Life のロゴがあるのがちょっと違和感でもあるかな。

メットライフビルの裏側はグランドセントラル駅 Grand Central Terminal。この駅の北側と南側では街の雰囲気がガラッと変わる。
ここをクルマで通過するための道筋は面白いことになっている。46丁目のトンネルで南下車線と北上車線に分かれてに突入し、ヘルムズリービル Helmsley Building の中を上り坂で突き抜け、グランドセントラル駅とメットライフビルの左右を高架道で迂回、再び坂道を下って40丁目で合流する。クルマ専用の道ではないので、ちょっと変わったアングルからグランドセントラル駅舎を見下ろせる「隠れ散策ルート」なんだって。普通の天候の日なら歩行者は駅舎の中を通り抜けるのだろうけど、駅全体が閉鎖されている今日はこの車道ルートを歩くしかないわけ。

パーク・アベニューを跨ぐようにパンナムビル……もといメットライフビルが見えてきた

まっすぐ続いたパークアベニューはグランドセントラル駅にぶつかるあたりで左右に分かれ、ヘルムズリービルの中をくぐっていく

グランドセントラル駅を通り越して再びパークアベニューを南下する。1〜2ブロック進んで振り返ればクライスラービル The Chrysler Building の姿が拝める。私はこのビルがマンハッタンの建造物で一番好き! 高さではエンパイアステートビル Empire State Building に負けるものの、デザインレベルでは卓越した美しさで、1930年代のアメリカン・アールデコ建築の精華だと思う。今日は重く垂れ込めた雲の中に頭を半分突っ込んでいて、かろうじてビル全体のシルエットがわかる程度で、特徴ある頭頂部の精緻な意匠が霞んでしまっているのがとっても残念だけど。

雨に煙るクライスラービル。本当に美しい形状をしていると思う。マンハッタンで一番好き

雨に煙るエンパイアステートビル

さて、そろそろ昼近い。ここまで闇雲に歩いてきちゃったけど、この後どうしよう? お昼をどうするかMちゃんに連絡しなくちゃ。戻るのならこのへんで引き返さないとならないものね。
歩く道々、休憩出来るか食事出来るか一応気にしてはいたのだけど、このあたりまで来ると個人経営の小さな飲食店がぽつりぽつりと店を開け始めている。これは……食事休憩できるかも? もうちょっと進んでみようかな? そのまましばらく下ると右手にエンパイアステート・ビルが見えたので、34丁目で右に曲がってみた。スターバックスやマクドナルドなどのチェーンのカフェやファーストフードは軒並みクローズしているけれど、4分の1くらいの飲食店は開いているし、まばらながらも人通りもある。うん、これなら昼食も取れそう。そしたら午後もしばらく歩き回れる!

予想以上に正解だった昼ごはん

Mちゃんに私のお昼ごはんの心配はしなくていいよと電話してから、目についたイタリア系のカフェのようなバールのような店に入ってみた。5番街のパニーニの美味しい店が閉まってたもんだから、気分がパニーニになっちゃったんだもの。開いている店が限られているからか、そこそこ混んでいる。店の造りは古くて、店内にもお洒落な雰囲気は微塵もないけれど……この店、悪くなさそう。私はこういう時の直感は結構鋭いのよ。とりあえず店内に入ってみた。うん、ガラスケースの中のパニーニは種類も豊富でどれもみんな美味しそう。店員2人の顔立ちはしっかりイタリア人だし、これはちょっと期待してもいいかも? しばらく悩んだ末、無難そうなツナメルト・パニーニにした。だってサイズが大きいんだもの、今ひとつの味だったら対処できないわ。

雨風で少し冷えた身体には嬉しい熱々のパニーニとコーヒーの昼食

圧縮して焼いてあるにもかかわらずのこのボリューム!

焼きたてのパニーニはちょっと焦げ気味だったけれど、中のツナクリームが熱々トロトロで美味しかった。ザク切りのオニオンやトマト、ゆで卵もたっぷり、もちろんツナもこれでもかと入っている。……これさあ、日本のツナ缶2個分くらいあると思うよ? ツナをあえてるマヨネーズはかなり濃厚クリーミーで、適度な酸味がある日本のマヨネーズに慣れた舌にはちょっと油っぽく感じる。チーズまで入っているものだから、たくさん食べているうちに最後の方は少し飽きてきた。でも気持ち悪くなるほどではないし、量もちょっとばかり多いけど残さず完食! こんな日に開いていたからというだけで入った店だけど、じゅうぶん満足。ふふっ、やっぱり私の食べ物屋に対する嗅覚は間違ってなかった♪

さて、このまま34丁目を西へ向かってもいいのだけど、どうせなら最初に決めた通りに行けるところまでパークアベニューを南下してみよう。

その後はただひたすらにパークアベニューを歩いた。34丁目から南は中央分離帯の緑地もなくなり、特筆するような風景もランドマークもない普通の街並が延々と続いている。ただ、その路面の商店は大半が閉まっていて、通行人もまばら、行き交う自動車もまばらなだけ。48丁目から46丁目あたりでは雨風に立ち向かいながら懸命に歩いたけれど、今はもうだいぶ弱まっていて、普通の “ちょっと天気の悪い日” レベル。これで非常事態宣言クラスのハリケーンなのだとはやっぱり信じられないよ。

そろそろ疲れてきた。Mちゃん宅に帰るためには今までと同じ距離を歩いて戻らなければならないので、その余力を温存しておかなくてはならない。流しのタクシーが皆無なわけでもなさそうだけど、必ず拾えると思っちゃいけない。でも、とりたててランドマークがないものだから、引き返すきっかけやタイミングがつかめないのだ。なんでもない普通の道でUターンするのは、ちょっと悔しいじゃないの。「○○まで行った」という達成感が欲しいものね。
……などと思っていると、こんもりと樹々の茂った公園らしきスペースが見えてきた。ユニオン・スクエア Union Square だった。ということは……16丁目だ。Mちゃんと分かれたのは58〜57丁目あたり。うわー、歩いたなあ!

ブロードウェイを北上する

ユニオン・スクエアは16丁目から14丁目まで2ブロック丸々のスペースで、周辺にはNY大学やNY市立大学、アートスクールなどの有名大学機関が多くある。たくさんの売店や青空マーケットなんかも集まっていて、無料コンサートなんかのイベントもあったりするし、9・11以降は死者を追悼し花束を手向ける場にもなっているので、たくさんの人の集まり賑わい憩う場所なのだ。……普段ならね。もちろん今日は閑散としていて、雨に濡れた樹々の緑色だけが曇天の下で変に瑞々しい。
ちょっと休憩したいところだけど、カフェも屋台もバザーも何も出てなくて、腰掛けたくても公園内のベンチはどこもびしょびしょ。うん、ここを折り返し地点にしよう。ユニオン・スクエアからはブロードウェイ Broadway が延びている。今度はこの道を北上して戻ろう。

「ブロードウェイ」というと一般的に「劇場街」みたいな意味で使われて、舞台やミュージカルが開催されているごく一部のエリアのことを指すことが多い。私たち日本人の認識もほぼ同じ。でも実際のブロードウェイは、マンハッタン島を南端のバッテリーパークから北端のイーストリバーまで南北に縦断する20km以上の長い長い道路だ。劇場の集まる数ブロック以外はごくごく普通の道でしかない。
他のアベニューと違うのは、ユニオン・スクエアの北からは並行ではなく斜めに交差する形で北西へ向かっているということ。碁盤の目状に道路の走るミッドタウンからアップタウン部分で唯一の斜め方向の道なのだ。

「Happy Sandy Hour」と称して店を開けていたカクテルバー。4時から8時までバー・オンリーと書いてあった。話の種にちょっと入ってみてビールかカクテルでも飲んでみたらよかったかな

ショウウィンドウを厳重に板張りしている店もある。正しすぎるハリケーン対処法と言える

23丁目で5番街と交差した。ここにはマディソン・スクエア・パーク Madison Square Park があって、パークの樹々の間からフラットアイアン・ビルやエンパイアステート・ビルが頭を覗かせているのが見える。マンハッタンらしい光景ではあるけれど、たぶん閑散としているだろうし休憩できるような状況でないことはわかりきっているので、立ち寄らずにぐんぐん進む。

一心不乱に歩くうちに今度は34丁目で6番街と交差した。南側の32丁目と33丁目の間はグリーリー・スクエア Greeley Square、北側の34丁目と35丁目の間はヘラルド・スクエア Herald Square と2つの三角形の公園が交差点を中心に蝶ネクタイの形になっている。この交差点のスペースは車の通行が止められていて、椅子やテーブルの置かれた広場になっているのだけど、やっぱり今日は閑散としていて一ヶ所に集められた椅子が雨に濡れそぼっているばかり。この公園には公衆トイレがあるのだけど、扉は固く施錠されていた。アメリカでは犯罪防止のために日本のように自由に公衆トイレは使えないのだ。このトイレも公園管理事務所に鍵を借りなくちゃ使えないのだろうけど、きっと今日は事務所すら閉まっているはず。歩き続けるのはたいして苦にならないけど、トイレを我慢しなくちゃならないのは本当に閉口した。

ヘラルド・スクエアの広場にそびえる尖り帽子の時計塔はこの周辺のランドマーク

ブロードウェイをはさんだ向かい側にある百貨店『メイシーズ Macy's』[WEB] は、やっぱり固く扉を閉ざしていた。このデパートにはどうしても縁がないなあ……。

20年前に来た時も何故か扉が閉ざされていて、入ろうとする私と同行の友人はドアマンに阻止された。周辺にはメイシーズのショップバッグを持った人たちも多くいて、いきなり追い出されてクローズした感じだった。
「なんで? まだ閉店時間じゃないよね?」私たちは半分憤りながら、予定変更してエンパイアステートビルに向かって歩き始めたのだけど、その道筋で大量のポリスマンたちの行列と行き会った。100人? 150人? もっといたかもしれない。ゾロゾロゾロと連なって歩く彼らに何台も何台もパトカーが横付けされ、ポリスマンたちが降りてきてはその行列に加わっていく。いったい何がどうなっているのかサッパリわからなかった。
後で知ったことだけど、その日はロス暴動の起きた日で、連動してNYでもあちこちで暴動や破壊行動が行われていたのだ。とばっちりを恐れたデパートはさっさと店を閉め、大量の警官たちはその鎮圧や処理のために駆り出されたってわけ。私たちは呑気にエンパイアステートビルの展望台からマンハッタンの夜景にはしゃいでいたけれど、その足元のコリアンタウンやチャイナタウンではリアルタイムに破壊や略奪が起きていたってことね。

タイムズ・スクエアはそこそこ賑わっていた

ヘラルド・スクエアを過ぎた辺りから徐々に人通りが増えて来た。もちろん普段の繁華街ぶりとはほど遠い状況ではあるけれど。色鮮やかな電飾や看板なども増えてきた。マンハッタンの繁華街の象徴、タイムズ・スクエア Times Square へ近づいて来たのだ。タイムズ・スクエアというエリアには厳密な境界というものはなくて、南北は39丁目あたりから52丁目あたり、東西は6番街から9番街と結構広い範囲に広がっているのだけど、42丁目と7番街とブロードウェイの3点が交差する場所が一番の中心で、NYのタイムズ・スクエアの写真といえばこの交差点からのアングルのもの。建物外壁のビルボードには世界中の企業の広告や巨大ディスプレイが溢れている。バブルの頃には目につく広告看板は日本企業のものばかりだったのに、今は探すのが困難なくらい。

普段のタイムズ・スクエアと比べては電飾も人出もぐーっと少ないのだろうけど……半分ゴーストタウン化したエリアを抜けて来た目には十分賑わっているように見える

いわゆるブロードウェイ・ミュージカルが上演されている劇場はすべてクローズしているし、マクドナルドやスターバックスなどのチェーン店も開いてはいなかったけれど、ところどころの店はオープンしていてネオンサインもチカチカ、田舎町の繁華街程度には人出がある。多分、手持ち無沙汰の観光客が大半なんだろうけど、ぶらぶら歩き回って適度に暇をつぶすには十分な賑わいだった。うーん、ホントに「ハリケーンで非常事態宣言発令中」なわけ??
さすがに疲れて足が棒になってきた。一度もトイレに行っていない膀胱だって一触即発状態だ。ここらで休憩したいところだけど、開いているのはスーベニア・ショップの類いばかりでカフェのような店はない。時計を見ると2時半。ここまで来ればMちゃんのアパートメントまでの20分かそこらだものね、そろそろ帰った方がいいだろうなあ……。ブロードウェイのシアター・ディレクトリ辺りにいるからとMちゃんに帰るコールをした。

電話を切って5mほど歩いたら、持ち帰りデリの店が開いているのが目に入った。覗いてみると、ちょっとしたデパ地下並みに種類が豊富で美味しそう。今日もMちゃん宅の晩ごはんをご馳走になるしかないのだから、何かサイドディッシュを買って帰ろうーっと。
料理はすべて量り売りで、100g単価は3パターンくらいに分かれているみたい。大皿から自分で容器に好きなだけ詰めてレジに持って行き精算する形式のようだった。Mちゃんがいろいろ用意してくれてるだろうから、あんまりいっぱい買って帰ってもなあ……。味の当たり外れがなさそうで且つ明日に持ち越しても大丈夫そうなものがいいよね。容器を手にしたまま店内を行きつ戻りつしながら悩んだけれど、結局コールスローサラダを150gくらいとカットフルーツ盛り合わせを300gくらい買った。飲料用の冷蔵庫の中にキリンの一番搾りがあるのが見えたので、これも半ダース買った。

ハリケーン上陸の夜

帰るコールの後でデリの店に入り、思った以上に長い時間ウロウロ悩んでしまってたみたい。私がMちゃん宅に帰り着いたのは電話を切ってから40分以上も経っていた。今日も扉を開けるなり、ふわあ〜〜っとした暖気と美味しそうな香りとに包まれた。ワンコたちもそれなりに歓迎してくれている。
「お帰り〜〜! あんまり遅いから迷っちゃったかと思った」Mちゃんへの返事もそこそこに、私は一目散でトイレに直行。耐えに耐えた膀胱は一触即発だったのよ………ホント、何の罰ゲームだよ、コレ。
トイレから出てようやく一息ついて、室内に満たされた美味しそうな匂いを実感出来た。お腹がきゅるるるんと鳴る。
「ビーフ・ストロガノフ作ったんだけど、晩ごはん、それでいい?」
他には人参のサラダが作ってあるだけでちょっと少なめなんだけど、とMちゃんは言う。わあ、それならちょうどよかったあ! デリで買い物してきて。

雨の中、57丁目から14丁目までパークアベニューをひたすら南下して、ユニオン・スクエアからブロードウェイを斜めに北上すること5時間以上。なにしろ後半の2時間ちょっとはトイレを我慢しながらだったから、足踏み状態を緩めることができなかったのよ。競歩さながらの勢いでガツガツと歩き回った脚はパンパン。身体もそれなりに冷えているし、雨風にかき回された髪はボサボサ爆発状態だ。熱いシャワーを浴びてからちょっとダラダラしようーっと。

相変わらず現地のTVはどこも「Trucking Sandy」一色だった。
ハロウィーンを間近に控えて「フランケンストーム」「モンスターストーム」などという別称までつけられたハリケーン・サンディは、まさに今日の夜から明日未明にかけて、デラウェア州からニュージャージー州のどこかに上陸しようとしているのだ。そうなると、進路北側に位置するNYでは満潮時間に重なってしまい、標高の低い地域で大被害が及ぶ可能性が高くなるわけだ。ロングアイランド湾やニューヨーク湾では、通常より3m以上波が高くなる、中には4m以上高くなるかも……。そんなことをエンドレスで繰り返している。
私が帰ってきて1時間もしないうちに、外の雨風もどんどん強くなってきた。ああ、いいタイミングでUターンしてよかった。タイムズ・スクエアでのんびり休憩なんてしてこなくてよかった。
そうかぁ、いよいよ今晩上陸かあ……

「あれっ、これってさあ、56丁目だか57丁目だかにあるビルじゃない?」
TVを観ていたMちゃんのご主人が声を上げた。
「ああっ、ホントだ! パークから見えてるビルだわ」キッチンから出て来たMちゃんも驚く。
画面に映っていたのは、57丁目にある建設中の90階建ての高層高級アパートメントのてっぺん。周辺にある高層ビルよりひときわ高い煙突みたいに細くて長いビル……完成間近のそのビルの最上部にあったクレーンが強風にあおられて部分的に破損し、ストリート上空にアームが垂れ下がっているという恐ろしい絵づらだった。

「ひゃー、ハンギング・クレーンとか言ってるよ」
「これさあ、クレーンの首ちぎれたらどうなるの?」
「すとーんと落ちないで回りのビルにぶつかりながらって怖くない?」
「これからもっと風強くなるんじゃなかった?」
「クレーンごと吹っ飛ばされるとかもありかしら」
「うわあ、大惨事になるよねえ……」
「ていうか、ハリケーン来るってわかっててどうしてクレーン下ろしておかなかったわけ?」
「この高級アパートねえ、最上階のペントハウスは9000万ドル(約72億円)もするんだって。中国人が買ったらしいよ」
「損害賠償とか、オーナーに請求行くの?」
「建設会社が被るのかな。」
「Zさんたちのホテル、ここから近いんだけど。大丈夫かな」
首吊りクレーンの映像を見ながら、私たちは口々に騒いだ。ほんの3〜4ブロック先でこんなことが現在進行形で起きているなんて。マンハッタンのミッドタウンにいてはあまり実感しづらかったハリケーンの恐怖がいきなり迫ってきた気がする。

“ハンギング・クレーン”の怖〜い中継映像。画面の一番下の帯状のテロップには交通情報などがエンドレスで流れ続けている。日本の震災や台風の時と同じ

雨風は夕方頃からどんどん激しさを増してきた。窓の外がよく見えなくなってくる

現場は警察や消防が駆けつけて包囲し、57丁目は通行止め、周辺の住民は避難させられているらしい。その後、避難対象区域はさらに拡大していったよう。夕食を食べ始めた頃、Mちゃんのところにメールがいくつか入り始めた。
事故現場からワンブロックしか離れていないホテルに滞在していたZ夫妻は、別のホテルに避難させられることになったという。別のホテルっていってもねえ……ロウアー・エリアの住民がごっそり避難してるわ、帰れない客は延泊してるわで、どこも満杯なんじゃないの? 彼らは帰国便の連絡待ちだってしなくちゃならないというのにね。

また、拡大された対象区域に住むMちゃんの知人からもメールが入った。ハリケーン中は仕事もないし、手の込んだ料理でも作って自宅に引きこもってのんびりするつもりで、食材いっぱい買い込んできたそう。で、まさしく調理が佳境に入った頃にNY市警がやって来て、容赦なく中断させられて避難させられたって。うわー、作りかけの料理も買い込んだ食材も放置かあ……
なんか、この一画だけでの被害でも凄まじい金額になるよね。

夕方頃から強くなった雨風は激しく窓を叩き続けていたけれど、9時半頃ニュージャージー州アトランティックシティ付近に上陸し、夜半過ぎに静かになった。

 
 

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