Le moineau 番外編

2012年10月31日

 
     
 

街は日常に戻ろうとしている

ハロウィンの朝。
爪痕ボロボロのハリケーン一過の朝。窓から見渡す秋空は、雲は多めだけど高く青く澄んでいた。
相変わらずTVの画面には色帯が入っていて交通情報などのテロップが絶えず流れている。昨晩から一部の路線バスは動き始めたけれど、地下鉄はどうやら今日もシャットダウンのよう。停電も徐々に回復しつつはあるみたいだけど、水浸しのダウンタウン地区の映像を見る限りでは、まだまだ完全復旧には遠いんだろうなあ……。とりあえず今日から懸命の復旧作業が行われるんでしょう。
どうやらNY証券取引所は3営業日ぶりに取引を再開するみたい。実は悪天候で金融市場が2日間の休場に追い込まれたのは1888年以来なんだそうな。

ハリケーン一過、まだ雲は残るものの、青く晴れ上がったNYの空

数千の欠航が出た空の便も、JFK空港とニューアーク空港で一部再開するようで、明日は全便復旧させるつもりらしい。ラガーディア空港はまだ洪水被害で閉鎖されたままのようだけど。私の明日のフライトは無事飛ぶのかしら? 私は当初の予定通り帰国出来るってことかしら? ……とすれば、今日はNY滞在最終日ということになるわけね。

美術館なんかも今日はオープンするところもあるんじゃないかしら? ミュージカルやシアターなんかは再開するかなあ? いずれにしても今日は街に人が戻ってくるんじゃないかな。みんなエンタメ関係にちょっと飢えちゃってるからね。
おなじみMちゃん特製の定番朝食をいただきながら、いくつかのミュージアムのサイトにアクセスして情報収集する。Metや自然史博物館のような大きなところは今日のオープンはないようだった。まあね、あれだけ広いミュージアムだとスタッフの人数だって膨大だろうから、被災した人たちもたくさんいるだろうし、よっぽど職住接近している人以外は通勤の足が確保出来ないでしょ。

さて、最終滞在日をどう過ごそう?

今日一日はMちゃんとマンハッタンの一日過ごすのがもともとの予定だった。ご案内するお客さまのZ夫妻は昨日のうちに帰国の途につくはずだったから、彼女の身体は丸々一日空くはずだったから。Mちゃんのご主人だって普通に朝から会社に出勤するはずだったのに、予定外の休暇で自宅待機状態を強いられている。まったくもう! ハリケーン・サンディのせいで予定なんてめちゃくちゃだ。それでも、Mちゃん宅にいるおかげで私には実質的被害はほとんどなかったんだから、それは感謝しなくちゃいけないわね。
だってさ、Mちゃんのお客さまのZ夫妻なんて本当にお気の毒なのだ。首ちょんぱクレーンのせいでホテル移動を余儀なくされた彼らは、ようやく取れた帰国便のチケットは3日後だというのに、今晩はまたもホテルを移らなくてはならないらしい。昨晩移ったホテルは緊急で一泊だけ受け容れてくれただけなのだ。今日からは本来の予約客のために部屋を空けるので臨時客は出て行け、と、そういうこと。

で、私の今日のスケジュールをどうするかだけど。どうやら10時半からオープンするらしいMoMA(NY近代美術館 The Museum of Modern Art)[WEB] へ行くことにした。MoMAには20年前も行ったけど、あの時はマティスの『ダンス』が貸し出し中で見られなかったんだもん。数年後に東京開催のマティス展で見たけれど、もう一度ちゃんと本来あるべき場所であの絵が見たい。それからゴッホの『星月夜』もピカソの『アヴィニョンの娘たち』ももう一度見たい。
商売柄、グラフィックデザインやプロダクトデザインの展示フロアも見たい。この20年の間には日本のデザイナーの作品もずいぶんたくさん追加されているはずだもの。

Mちゃんは自宅の家事を片づけてから届け物をしにZ夫妻のホテルにちょっと顔を出すというので、昼前くらいにMoMAで合流することにして先に家を出た。MちゃんはMoMAの年間パスを持っているので自由に出入り出来るのだ。年がら年中お客さんを案内しているから中は見飽きているだろうから、私につきあって館内を見て回るのも無駄ってもんよね。

再び首吊りクレーンを野次馬しに行く

MちゃんのアパートメントからMoMAまでは徒歩15分程度で着いてしまうのだけど、オープン時刻まではまだ1時間近くあるので、少しばかり遠回りして首吊りクレーンの封鎖ラインぎりぎりを経由して行くことにした。クレーンはいまだに90階の高さからストリート上空に首ガックリ状態で、本体を下ろすどころかアームのを内向きを変えることすらもされていない様子。とりあえず強風はおさまっているものの、このままアームが引き千切れてあるいはクレーン本体が自重に耐えかねて落下したら……と想像するだけで本当に怖い。

6番街と55丁目の交わった辺りがクレーンのビルに一番近い。昨日も今朝もさんざんニュースで映像が流されたせいか、野次馬てんこ盛り。ま、私もその一人なんだけどね。野次馬さんたちの数は昨日の夕方の10倍くらいはいて、周辺はプチ観光地化していた。水浸しのグラウンドゼロやバッテリーパークとか水没した地下鉄駅まではおいそれと見に行くのも大変だけど、ここは被害がほとんどないエリアだものね。

首ちょんぱクレーンのシルエットも背景が青空だとめちゃくちゃ映える。コンデジの限界までズームして激写!

道端の植え込みでニューヨーカーの雀に出逢い、しばし和む。よかったねー、誰かにパン屑もらえたんだね

封鎖ラインのテープには警官が立っている。目が合ったのでビルを指して「写真撮っていい?」と笑顔で尋ねたら、彼もちょっと笑って腕組み仁王立ちのポージングをしてくれた。あのねえ……! あなたの写真撮りたいわけじゃないんだけど(苦笑)。でもせっかくだから彼の上半身を下に置いたフレーミングでクレーンのビルの写真を1枚撮った。その後はズームを最大限にしてクレーン本体をクローズアップしてパチリ! 空が青いもんだから、壊れたシルエットがまあ映えること映えること。

首吊りクレーンの撮影をしてしまえば55丁目周辺にはもう用はない。美術館のオープンは10時半だけど併設のデザインストアは9時半に店開きしてるんじゃなかったかしら。

まずはMoMAデザインストアを物色

クレーン撮影ポイントからMoMAまではたったの2ブロック、5分もかからない。ゆるゆる歩きながらヒルトンホテルのある6番街と53丁目の角を曲がると、路上に行列が。え、美術館の入口はもうちょっと先だと思うけど? こんなにもう並んでるわけ? ちょっとびっくりしながら先頭まで調べに行くと、どうやら入館のためではなくチケット購入のための行列のよう。

へへ〜ん、実は私はチケット持ってるんだもんね〜〜、買わなくてもいいのよね〜〜♪ Mちゃんの年間パスを借りているわけではなくて、Z夫妻の買った前売券を譲り受けているの。彼らはトップ・オブ・ザ・ロック(ロックフェラーセンターの展望台)とMoMAのコンビチケットを買ったのだけど、展望台には登ったもののMoMAに行く前にハリケーンが来ちゃった……と。有効期限はまだあるから無駄にするなら誰かに……とMちゃんが預かってきていたものをありがたく頂戴したというわけ。チケットをいただいたメリットは入館料が浮くことよりも無駄な時間の節約になることの方が何倍も何倍も大きいわぁ。

そういうわけで私は慌てて行列に並ぶことはせず、すでにオープンしていたMoMAデザインストアを先にゆっくり見ることにした。とても楽しく心浮き立つショップで、収蔵品である作品ポスターや絵はがきはもちろん、MoMAの永久収蔵品や限定商品、文具、キッチン用品、インテリア雑貨、バッグ類、家具、ジュエリー、旅行用品、キッズアイテム、さまざまなアート関係書籍など、たくさん。これらはすべてMoMAのバイイングチームが世界中を回って買いつけたものばかりで、どれも個性的でデザインセンスが素晴らしいものばかり。お洒落なんだけど、ちゃんと実用的。日常使う物だからこそ、使いやすくて生活を楽しくしてくれるものじゃなくちゃね。どの商品を見ても楽しくて楽しくて、20年前には確か2時間以上は店にいたような記憶がある。MoMAデザインストアは2007年に東京・表参道にも海外唯一店舗としてオープンしたけれど、やっぱりNYで見たり買ったりしたいじゃない!

ミュージアム内併設のデザイン&ブックストアではなく、53丁目のストリートをはさんで向かいにあるデザインストアに先に入る。私と同じような考えで開館時間前に商品を物色しようとする人たちでストア内はとても混雑していた。一番奥には無印良品のコーナーがあって、商品ディスプレイも日本とまるで同じ。フランスにもブティックが何軒もあるけど、『MUJI』は外国人に人気あるなあ……。 ワクワクしながら店内を見て回り、欲しいもの候補をいくつかリストアップした。美術館を見てから帰りに寄ってその時も欲しいと思えたら買おう〜っと。

>> 20年前のNY訪問の際、このMoMAデザインストアでジャン・コクトーの絵のついた5枚組のお皿を買った。重いのはわかってたけどどうしても欲しくて。シンプルな白地の皿に黒一色の細い線画がサラリと書かれたもので、どんな料理を盛っても邪魔にならない。飽きずに20年間ヘビーユーズしているけど、まだまだ使い続けるつもり

ストアを出て53丁目のストリートを反対側に渡ると、目の前にいきなり長蛇の行列! ええっ、ほんの20分前はここまで並んでなかったよね?? お店を見ているわずかな間に行列の長さは思い切り延びていて、ヒルトンホテルの方まで届くんじゃないかというくらい。慌ててエントランスまで行くと、ゲートはもう開いていてロビーまでは入れる。でも、そのロビーはというとびっしりの人、人、人! その人口密度といったら、事故などでダイヤの乱れた山手線駅の構内か、お花見シーズンの上野公園か……というくらい。うーーーん、これはとてもじゃないけど優雅に絵画鑑賞する環境じゃあないでしょ。まあ、今日はここしかミュージアムが開いてないから一極集中しちゃったのは仕方ないけど。

ブックストアで充実のひととき

中に入る気持ちがすっかり萎えてしまった私はMちゃんに電話してミュージアムではなく併設のブックストアで待っていると伝えた。
このブックストアがまた素晴らしくてね〜〜! アート関連の書籍の品揃えがとてもとてもマーベラス! ファインアートやモダンアートの画集や写真集のみならず、グラフィックデザインやアーキテクチャ、CGやプロダクトデザイン関連の本のラインナップも充実しているのがMoMAならでは。私、このブックストアでだったら3時間や4時間は平気で滞在できる自信あるわぁ。Mちゃん、慌てないでゆっくり用事すませてきていいよ〜〜。

とにかく目についた本、気になった本を片っ端から立ち読み、もとい立ち眺め。欲しいと思う本は何冊もあったけど、アート関連の本は値段も張るし持って帰るのも重たいし、衝動的にドカ買いしてはいけないわ。厳選しなくては。近代絵画の画集にも欲しいものがいっぱいあったけど、メジャーな画家の作品集なら類似のものが日本でも美術館や洋書店やAmazonで買えるし、東京在住なら展覧会も頻繁にあるので現物を直接見て目録も買える。ここはやっぱり商業デザイン関連のものを選ぼう。

悩んだ結果、『Color Management』『Photoshop for Artists』の2冊を買うことにした。『Color Management』はさまざまなポスターやリーフレット、ブックデザインやパッケージデザインの作品を配色についてのみ1作品見開き単位でたっぷり考察し解説したもので、カラーチャートや色分解の数値なども添えられているので、英文が完全に読めなくてもグラフィック・デザイナーである私にはある程度理解できるの。ていうか、パラパラ眺めているだけで楽しいし、勉強にもなるし、触発もされるし。これで$19.95はむちゃくちゃお得でしょ。日本の書籍の装釘や焼酎のボトルとラベルデザインなど、日本人のデザイナーの作品もいくつか取り上げられていた。
『Photoshop for Artists』はPhotoshopのアーティスティックなチュートリアルが満載の本。これも手順が細かにキャプチャされているので、英文が読めなくてもフォトショップ使いの私には何となくわかるのよね。こちらは$35だった。

ブックストアの奥はデザインストアになっていたので、さっき見た欲しいもの候補を再び手に取って熟考する。さっきの店にはなかったけどこっちにある新たに欲しくなっちゃった商品もあって、とにかく悩む悩む。結局、本2冊に合わせて、パプリカの形のシリコンスチーマーとポストカードを差し入れることによってデザインが変えられるビニール製のトートバッグ、ブックマークやメモパッドなどのお洒落なステーショナリーいくつかを抱えてキャッシャーに向かった。ひゃー、結構いろいろ買っちゃった……
そろそろMちゃんの来る時間なのでキャッシャーの列に並びながら電話してみると「ごめーーーーん! まだZさんたちのホテルにいるのぉ」とのこと。あと30分か40分ぐらいかかっちゃいそうだ、と。ああ、そうなの。大丈夫、このブックストアにならあと2時間だって居られる。30分なんて余裕、余裕。

アート関連の本がたくさんのブックストアはちょっとした図書館なみ。ワクワクしちゃう〜〜

1時間半以上の時間をかけて悩み抜いて選んだ本たち

食卓にそのまま出せるシリコンスチーマーはパプリカそのものの色と形。こういうセンス好きだわ〜♪

それじゃ腰を据えて立ち読みをするとしよう。先ほどはスルーした名前も知らない作家の画集や写真集などの棚も端から丹念に眺めていく。そして私は出逢ってしまったのだ、華やかな色彩で花々を艶やかに描くゲーリー・ブコヴニック Gary Bukovnik [WEB] という水彩画作家の作品に……! 一応ファインアートの範疇には入るのだろうけど、でも限りなく商業ベースのイラストレーションに近い作品たちは、すべて花がモチーフだけどいわゆるボタニカルアートではない。一種の花を単品で描くのではなく、さまざまな種類の花々のブーケが、花たちひとつひとつが踊るように歌うように描かれている。私には絶対に描けない方向性の作品なのだけど、だからこそたまらなく魅了されてしまった。

巻末のプロフィールを見ると、日本では2008年に数カ所の地方都市で小さな巡回作品展を催したことが一度あっただけで、つまりは日本ではほとんど知られていない作家ということだ。とても日本人受けしそうな作風なんだけどなあ。うわあ、どうしよう、欲しくなっちゃった………。値段を見ると、えっ! $55?? えええッ、それはちょっと高くないかなあ? さっき買った2冊の半分くらいしかページ数がないのに。
うーん、どうしよう。高いなあ、でも欲しいなあ、でも高いなあ、でも……。迷いながら、とりあえずもう一度1ページ1ページを食い入るほどに穴があくほどに見つめた。うーーん、いいなあ、欲しいなあ……、でもなあ……。もう一度1ページ1ページを丹念に見る。

ようやく用事を済ませたMちゃんが着いたのは正午に近い時間になっていて、ということは私は2時間近くをブックストア内で過ごしていたわけだ。そんなに時間が経っているとはこれっぽちも感じなかった。どころか、彼女が息せき切ってストアに駆け込んできた時には、まだ私はブコヴニック氏の画集のページを繰っては悩み睨みつけては悩みしている真っ最中だった。
「ああ、綺麗な絵だねえ。そうね、確かにちょっと高いけど……」悩む私の手元をMちゃんは覗き込む。
「こういうのは出逢いだからさあ、後悔するかもって思ったら買っておいた方がいいと思うよ」多分、買いたい欲求は気持ちの9割がたを占めていたのだ。私の財布の紐は彼女のこの言葉に難なく解かれてしまった。

やっぱり買ってよかった! 帰国してからも時々ページを繰っては眺めてうっとりしているもん。

No.1ハンバーガーを食しに行こう

最終日のランチは昨日食べられなかった“美味しい”ハンバーガーにするつもり。ここはぜひとも、美味しいと大評判の『シェイク・シャック Shake Shack』[WEB] に行きたい! NYナンバー1の呼び声も高いシェイク・シャックはマンハッタンに4店舗、ブルックリンに1店舗があるとのこと。水没エリアを通り越さないと行けないブルックリン店は論外として、マディソン・スクエア・パーク店も営業しているかは微妙。だって昨日はパークを境に南が停電エリアだったものね。Mちゃんがよく行くのはタイムズ・スクエア近くのシアター・ディレクトリ店だというけれど、今日はもうあの辺りをウロウロしたくはないな。最後の一日なんだから被害の少なかったアップタウン方面を歩きたいよ。その他の店舗はミュージアム・マイル近くのアッパー・イースト店と自然史博物館そばのアッパー・ウエスト店で、セントラルパークをはさんで対称的に西側と東側にあるみたい。今日はお土産購入もしなくちゃならないから、個性的なスーパーマーケット巡りが出来る西側に行った方がよさそう。

地図を見ると自然史博物館の裏手の77丁目にある。私たちはお喋りに花を咲かせながら6番街から53丁目を西に9番街まで歩き、そのままガンガン北上していった。連日のワンコの散歩で鍛えられたMちゃんの脚力はなかなかのもので、競歩さながらのスピード。ここ10年間くらいの私はスポーツジム通いをしているから彼女に並んで歩いていけるけど、不摂生の極みを尽くしていた頃だったらきっと着いていけなかったよ。ガンガン歩いたおかげでMoMAから30分ほどで到着。お店はちゃんと営業してたけれど、かなりの混雑だわ〜。でも予想通りだわ〜〜。そもそもがさほど大きさのある店舗ではないみたいで、テーブル席の数も多くはないけれど、セントラルパークが近いからテイクアウトのお客さんも多いんでしょ。注文の行列は20人程度で、店の外まで長蛇の列がとぐろを巻いているわけではなかった。

とりあえず私が列に並んで注文担当、Mちゃんがテーブルゲット担当ということにした。壁にはTシャツやトートバッグなどのオリジナル商品も並べられていて、これが結構可愛い。……買うほどじゃないけどね
注文の順番は5分もかからずに回ってきた。でも、ここはオーダーを受けてからひとつひとつを手作りで作ってくれる『モスバーガー』方式。マクドナルドやバーガーキングよりずっと時間がかかるわけ。そのぶんずっと美味しいんだけどさ。
シャック・バーガーのシングルをふたつとフレッシュ・スクイーズ・レモネードのレギュラーサイズをふたつ、フレンチフライはMちゃんと半分こにするのでひとつ。トロトロにとけたチェダーチーズをボテトにかけたチーズフライも捨てがたかったけど……。チーズのトッピングぶりが半端ないとのことなので、今回はパス。

注文して会計を済ますと店のロゴ入りのポケベルが渡される。オーダーが出来上がったらブルブルっと震えて呼び出してくれるのでカウンターに受け取りに行くしくみ。店名の『シェイク』の由来はコレかな? 違うのかな?
カウンターの奥は広いオープンキッチンになっていて、10人以上はいるスタッフ総出でせっせと作ってくれているのが見える。ボーッと立って待ってるのも暇なのでついつい観察してしまったのだけど、どうもなあ、日本人目線で見ると今ひとつ動きがキビキビしてないんだよなあ。ま、仕方ないか。

NYナンバー1の呼び声が高いのも納得のシェイク・シャックのハンバーガー。サクサクのフレンチフライも自家製レモネードも美味しい。二人分で$18.02。まあまあ手頃な値段かな

で、肝心のお味はというと……。
まず、見た目がとっても綺麗。絵に描いたような整ったハンバーガーだ。ミートパテの焼き加減はミディアムで、お肉の味がしっかりとしていてなおかつジューシー! 軽くトーストしてあるバンズはふんわり柔らかで、サクサクぱりぱりのオニオン、トロトロチェダーチーズとマヨネーズベースにした「シャック・ソース」との相性も抜群。うわぁ、これホントに美味しいわ!
フレンチフライもサクサク。新鮮なレモンをたっぷりざっくり絞ったレモネードは、爽やかな香りで果肉の歯触りもあり、甘すぎず酸っぱすぎずでスッキリ飲みやすい。うんうん、日本人の舌に合う“アメリカの味”だわ。ここはお奨め、とってもお奨め!!

NYのハンバーガーの大きさ基準からいうと少し小さめサイズなのだろうけど、私たち中年日本人には十分なボリュームの昼食だった。大満足で店を後にする。残念ながらここにはトイレはない。まったくなあ……今日も膀胱は頑張らされるわけだ。

楽しい楽しいスーパー巡り

「美味しいハンバーガーを食べる」ミッションは完遂されたので、今度はお土産ゲットである。アッパー・ウェスト・サイドには魅力的なスーパーマーケットが多いので、ブロードウェイに沿って南下しながら覗いてみるつもり。Mちゃんの現地住みならではの解説つきで。

まずはちょびっとだけ北上して、80丁目とブロードウェイの角にある70年以上の老舗スーパーマーケット『ゼイバーズ Zabar's』[WEB] から。基本的に対面式で販売していて、お奨め商品なんかも尋ねやすいし試食もさせてくれたりと、何となく全体的に市場のような庶民的賑わいがある。お店のロゴ入りPB商品や自家焙煎のコーヒー、ソーセージやベーカリーもみんな美味しそう。特にすごいのがチーズ売り場で、種類の充実ぶりが半端ない上に、お値段もとても安い。確かに……日本で買う半分以下のものもある。Mちゃん曰く、赴任してきたばかりの駐在家族はみんな、安さに狂喜して買いまくるそう。うん、この値段だったら端っこから順番に試してみたいと思うもん。
「でしょ? それやって、みーーーんな太るわけ。で、ハタと気づいて買うのやめるの。ま、駐在生活の通過儀礼だわね」
そうかあ……そうだよね。

年間7トン(トンですよ、トン! キロではなく……)の売り上げがあるというチーズ売り場には、膨大な種類のチーズが並んでいる。おまけに安い! 確かにこれは大興奮しながら日参してしまいそう

ポップな色彩の赤ちゃんのよだれかけ。十二単のような琉球装束のような衣装を纏う女性、梅に鉄瓶に扇子に招き猫、謎の「酸っぱい」「甘い」の文字。なんか、いろいろ間違ってるような……

2階のキッチン用品コーナーもなかなか楽しい。鍋釜の類いは無論のこと、ピーラーやマッシャー、肉たたきやシリコンスチーマーやワインオープナーなどの定番調理用品に加えて、アボカド剥き専用器具などの「そんなもんナイフ1本で事足りるでしょ」みたいな道具もいっぱいある。アメリカ人の不器用っぷりっていうのは、日本人の想像を絶しているからね。オリジナルのナプキンやエプロンも可愛い。

お次は74丁目の『フェアウェイ Fairway』[WEB] に。ここも80年くらいの老舗スーパーで、そもそも果物屋さんとして開業したそうで、だからか店頭には色鮮やかな野菜や果物がどっさり並んでいる。おまけに安〜い! 値段が抑えられているのは生産者と直接契約しているからだそう。
「ここもオーガニックの食品が充実してるんだよ」
店内はカラフルなポップに彩られていて、これなら買い物するにも楽しそう。二階はオーガニック商品売場と小さなカフェスペースがあった。生鮮食品はお土産には出来ないけれど、現地で暮らす人と一緒にこういう場所を歩くと、その土地での生活の一部を垣間見れるようで楽しい。

ハリケーンでお店が全部閉まってたから、売るべき日に売ってもらえなくて、半額で投げ売りされていたハロウィンの飾り。なんだか可哀想

72丁目の『トレーダー・ジョーズ Trader Joe's』[WEB] は全米では300店舗もあるというグルメ・スーパーマーケット。ここもお手頃価格のヘルシー・オーガニック・フードが充実していて、日用雑貨品も豊富にある。カリフォルニア生まれの店だそうで、うーん、そういえば漂う雰囲気は何となく西海岸っぽい明るさがあるかしら。プレッツェルやドライナッツやドライフルーツ、オーガニック・ティーなどのオリジナル商品もたくさんあるから、ばらまき土産を探すのにもぴったりかもね。

念願のチョコレートを入手する

3店のスーパーを巡った後、『ジャック・トーレス・チョコレート Jacques Torres Chocolate』[WEB] のアッパーウエスト店に行ってみた。よかった〜〜、ちゃんと開いてたよ〜〜!
店内はダークな色味の木材を基調としたアンティークっぽいインテリアで、入ってすぐのガラスケースにはいろいろな種類の見目麗しいトリュフチョコレートがびっしりと並んでいる。新鮮な材料を厳選して、ココアパウダーはいっさい使わず、添加物も使わないというポリシーのジャック氏のチョコレートは、見た目もどことなくヨーロピアンな雰囲気。さすがフランスで修行しただけあるわね。だけどパリではなくて南仏だというから、フランスやベルギーの王室御用達クラスの “超” 高級店ほどの気品……高飛車な感じはなくて親しみやすい感じ。

手頃なお土産にするのなら板チョコやチョコフレーク、チョココーティングしたコーヒービーンズやレーズン、ホットチョコレートパウダーなどなど気軽に買えそうなものがたくさんある。チョコレート店では定番のチョコがけオレンジピールもある。オレンジなのにリンゴの形のお洒落なボックスに入っていて、いかにもビッグ・アップルNYらしいし、$10というお値段もいいよね。
ちょっと迷ったけれどせっかくなのでトリュフチョコレートを詰め合わせてもらうことにした。ラインナップはショップの人にお任せしてもいいんだけど、自分で直感で選んでみようかな。ビターそうなのとかミルク系とかホワイトチョコ系とか、まんべんなく網羅するよう選ぶのはとっても楽しい。12個ずつを同じ組み合わせで3箱作ってもらった。2箱は贈答用にするけど、1箱は自宅用にして帰国したら毎日一粒ずつ楽しむんだあ〜♪
12個入りのボックスで$19.50というのは、高級チョコレートにしてはかなりお手頃価格で嬉しいな。

ショップおまかせにしないで全部自分で選んでみた。ビジュアル的にもフランスやベルギーの超高級チョコレートのような高飛車な感じはしないし、味もダークすぎず甘すぎずほどほどに美味しかった

会計の時、当たり前のようにカードを出したら、「ごめんなさい。今日はキャッシュ・オンリーなの」と言われた。「コンピューター・システムがどうしたこうした、オンラインが使えなくてなんたらかんたら」とか。ああっ、そうかぁ! ブルックリン本店がハリケーン被害を受けてるってことね。それでカードの取り扱いが出来ないわけだ。アメリカではほんの数ドルでもみんなカード払いするので、旅行者であってもほとんど現金を持たずに歩けるけど、こういう場合もあるからねー……、やっぱり$100程度は持ってた方がいいのね。まあ、今回のハリケーンみたいな事態は稀だけど。

ともあれ「ブルックリン・ブリッジを徒歩で渡ってブルックリンの本店でホットチョコレートを飲みながらお土産のチョコレートを物色する」という計画は果たせなかったけれど、チョコレートを買うという目的は達成出来た。

アップタウンをぶらぶら

MoMAの大きな紙袋とチョコレートの紙袋を下げて、私たちはしばらくアップタウンの散策を楽しんだ。というよりは散策しながらのお喋りに花を咲かせた。

Mちゃんは「意外にマンハッタンて狭くて。結構歩いていろいろ行けちゃうのよね」と言う。
うん、それは私も昨日と一昨日で実感した。マンハッタン島全体の面積は山手線内側の面積とほぼ同じだというけれど、普段生活しているエリアはそのうちの3分の1程度なのだから。旅行者の動き回る範囲だってそんなもん。地下鉄待ったりしている間にササッと行けちゃう。駅2つ分くらいだったら歩いた方が絶対に早いもん。
「でもね、最初の頃はねぇ、“ブロードウェイの罠” に何度も嵌ったなあ……」
碁盤の目タウンのマンハッタンで唯一斜めに走る長い長いブロードウェイ、交差部分で惑わされて気がつくとズレてしまっているんだって。うんうん、確かに。それもわかるわあ。

そういえば今週末に予定されているNYシティ・マラソンはどうするんだろ? 開催するのかしら。ハリケーン前にセントラルパーク周辺を歩いていると、ウェアもかなり本格的な市民ランナーたちが大量に走り回っていた。東京の皇居ランナーなんかの比ではない数の。毎年、パークの紅葉が終わりに近づく頃にハロウィンがきて、ハロウィン直後にNYシティ・マラソンがあり、マラソンが終わる頃には急激に気温が下がって樹々の葉は一気にバサバサと落ちて、その日から初冬になっていくのだという。マンハッタンの季節の風物詩なわけで、これが終わらないと冬支度へと心も切り替わっていかないってことなんでしょ。
「NY市は開催するつもりみたいだね」
「ダウンタウンでは街も地下鉄も水没してるのに? ホテルも足りないんじゃないの?」
「うーん……ハリケーン後だからこそ、なんじゃない? 『負けないアメリカ』を示したいっていうか……さ」
ふーん、『負けないアメリカ』かあ。アメリカ人でそういう気質あるよね。さすがに激甚被害を受けた数日後にその場所で大きなイベント開催っていうのは、日本だったら中止にするだろうね。被災者に対して不謹慎だ自粛だってのもあるけど、充分な受け容れ態勢が整えられないために事故があったら失礼があったらって思うのも日本人のメンタリティだし。

>> 結局、NYシティ・マラソンは直前になって中止された。ズタボロになったマンハッタンのインフラはとてもじゃないけど数日で回復するものではなかったから

暑くもなく寒くもなく、こうして歩いていてちょうど気持ちのいい気温だ。朝よりは雲も増えてきたけれど、秋の空はそれなりに青い。このアッパーエリアに限っては、商店も人通りもほとんど回復していてハリケーンの被害などは微塵も感じない。「歩く人の数は普段より多いくらい」とMちゃん。
2日間抑圧された反動で、みんな外に出て来てるのかな。地下鉄が動いてないから、本当は地下を移動中の人たちも地表を歩いているからかな。発見だったのは、ウロウロ歩き回っている人たちの中で小中学生くらいの子供の割合がとっても高いっていうこと。商店の営業は始まったけれど学校はまだ臨時休校のままなので、暇を持て余した子供たちがウロつき回っているってわけ。いつもはこの時間は学校行ってるからね〜。彼らは学校への往復の際は黄色いスクールバスに閉じ込められるので、Mちゃんは学齢期の子供の姿を路上で見ることはほとんどないそう。
「へえーー、マンハッタンに子供がこんなにいっぱい住んでるとは思わなかったわあ」ふふっ、日々発見はあるねえ。

……てなことを喋り散らかしているうちに、ブロードウェイとコロンバス・アヴェニュー(9番街の60丁目以北の呼び名)が交わる地点に来た。このまま買い物を続けたい私は、ここでMちゃんといったん分かれることにした。MoMAの紙袋を持って帰ってくれると言う。分厚い本が3冊も入っている袋はめちゃくちゃ重いのだけど、私はスーパーマーケットで行商人のように買い物をするつもりなので、ありがたく厚意に甘えることにした。Mちゃんはコロンバス・アヴェニューを、私はブロードウェイを直進する。真っ直ぐ進む先にタイム・ワーナー・センターの黒っぽいツインタワーが見える。

異国のスーパーマーケットはワンダーランド!

タイム・ワーナー・センターに着いて一直線に『ホールフーズ・マーケット Wholefoods Market』[WEB] に直行した。今日はもう入場制限なんてしていないのですんなりと地下へのエスカレーターに乗れる。2日目にMちゃんの買い物にくっついて下見に来たはずなんだけど、あの日は花粉症と風邪ひきのダブル責めだったもんだから……。クシャミ連発だわ洟は垂れるだわ頭はボーッとしてダルいだわで、よく覚えてないのよ。
今日は日本へのお土産を買うのだから、生鮮食品コーナーとお惣菜コーナーはパスするけれど、とりあえずはその他の売場を隅々までじっくり見て回ることにした。さあて、何を掘り出そうかなぁ〜〜。

ヨーロッパでも大きなスーパーでは店内カートがそれなりに巨大なので、アメリカではなおさらだと思っていたらやっぱり巨大だった。幼児が3〜4人は運べそうなほど。でもここはクルマで乗りつける郊外型スーパーではないので、巨大カートを満載にするほどの買い物をしている人はほとんどいない。私の買い物も手提げカゴで十分なのだけど、このカゴがすでに日本のスーパーカゴの2倍くらいある。大きさは2倍程度でも、ビールケースのような分厚くがっちりした作りだから重量は3倍以上あって、ここにブツを入れたらかなり重たいんじゃないかという感じ。ところが、このカゴは手提げじゃないんですね〜〜! サイドからキャリーバッグのようなハンドルがびょ〜〜んと引っぱり出せるようになっていて、ここをつかんで床をズルズルとカゴごと引きずるのである! みんな犬の散歩よろしくカゴをズルズルしながら店内をある行き回っている。Mちゃんの買い物にくっついて来た時に彼女がそうやっているのを見て、すごくすご〜くびっくりした。アメリカで生活している人には珍しいことではないのだろうけど。日本人の感覚としては、食品を入れたカゴを床に直置きするということがちょっと何だかなあ……だし、あろうことかそれをズルズル引き回すっていうこともアレだしなあ……なんだけど。でもね、郷に行っては郷に従えってことで、もちろん私もちゃんとズルズル引き回しましたとも。

いろいろな種類のオーガニック・ケーキミックス。パッケージデザインがどれも可愛い

シーズニング類もいろいろ。そのまま使えるスパイスミックスなんかもあって、どれを選ぶか迷っちゃう

マストブラザーズ・チョコレートのお洒落なラッピングはイタリア製ペーパーなんだって

こちらもLocal表示があるからNYメイドの板チョコなのかな。唐辛子フレーバーなどがあってちょっとびっくり

戦利品の一部。「Japanese Teriyaki」や「Honey Masterd」などの粉末シーズニングスパイス、全粒粉のパンケーキ・ミックス、インスタントのチェダーチーズがけマカロニ

まず、オーガニックの全粒粉のパンケーキ・ミックスをカゴに入れる。何種類かあってどれにするか迷ったのでパッケージデザインだけで選んだ。自分用にも1袋取っておいて作ってみたけど、小麦の風味がしっかりあって結構美味しかったので、これは正解!
インスタントのマカロニ・チーズも買ってみた。アメリカ人てマカロニ・チーズ好きだもんねえ。これもいっぱい種類があったのでパケ買いした。やっぱり自分用に1箱取っておいて作ってみたけど、マカロニは腰がなくてヘニャっとした歯ごたえだし、お湯で練る粉末のチェダーチーズソースは香りもコクもない安っぽい風味だったしで、いかにもアメリカのインスタントなお味だった。差し上げた方、ごめんなさ〜〜い! 日本のレトルト食品で偉いなあ……ってしみじみ思う。

肉やシーフードにまぶして焼くだけのシーズニングスパイスも何種類か買ってみた。「Japanese Teriyaki Wasabi」などのフレーパーもある。裏面の成分表を見てみるとSoy souse、Honey、Wasabi、Orangeなどとある。うーーん、ジャパニーズ・テリヤキなら蜂蜜じゃなくて味醂だろうがよ、柑橘の風味はオレンジじゃなくて柚子だろうがよ……と突っ込みたい気持ちは抑えて。シーズニングスパイスは全部バラまき土産にしてしまったので、残念ながら味はわからない。

チョコレート売場に行ってみると、さまざまな板チョコでずらーーっと棚が埋め尽くされていた。ホントにもう、どれだけチョコレート好きなんだっての。メイド・イン・NYのものに関しては「Local」の表示がされた専用コーナーが設けられている。センスあふれるパッケージが目を引くマストブラザーズ・チョコレートは、ブルックリンで作られているチョコレートで、10種類もあるそれぞれのフレーバーごとに違うラッピングがされていて、そのペーパーがどれもこれもとてもハイセンスでお洒落。お味もビターで、ヘーゼルナッツや海塩など、なかなか “オトナの味” なんだそう。試しに何種類か買ってみたいけれど、1枚が300gもあってお値段も$7もするんだもん。ジャック・トーレスでも買ったし、今回はパスするか……。

ハリケーン一過の後のテンペスト

どっちゃりと戦利品を抱えてMちゃん宅に戻った。
今晩はオペラを観に行くことになっている。今朝、急遽決めた。ブロードウェイの一部の劇場やメトロポリタンオペラは今日から公演を再開した。今日かかる演目はかなりの話題作なのだけど、ハリケーンのせいでキャンセルが出たようで、午前中の時点でいくつか空席があったのだ。Mちゃんは観たいと思っていたようで、娯楽に飢えていた私もそれに乗っかったわけ。Z夫妻も彼らの友人夫妻も一緒だ。

で、その話題の演目はというと、英ロイヤルオペラのプロダクションの作曲者が来米して自ら指揮をとったという『テンペスト The Tempest』え? シェークスピア? 演劇じゃなくて……オペラ? そうなの、いわゆる正統派のクラシック・オペラではないけれど、ちゃんとオペラなんですって。演出がシルク・ド・ソレイユの天才演出家R・ルパージュ氏ということで、ヴィジュアルがとんでもなく凄いという噂。
そうねえ、ハリケーンの後にテンペスト(嵐)を観るというのも、まあオツなものかもしれないね。他の予定や楽しみがことごとくブッ飛んだ結果、なし崩し的に観ることになったオペラだけど、行くからにはそれなりに楽しまなくちゃね。

私たちは先日と同じくMETのあるリンカーン・センターまでトコトコ歩く。Z夫妻たちに切符を渡さなくてはいけないので40分ほど早めに着くようにしたのだけど、彼らの姿はまだなかった。二度目のホテル移動によって彼らの宿はより南側に離れてしまって、歩いて来られる距離ではないのだ。まだ地下鉄が全面的にストップしているから、復旧した一部のバス路線かタクシーを使うしかない。タクシーにもバスにも客は集中しているみたい。特にバスは今日のところは無料だというし。エントランスから見ていると満載のバスから後から後から人が湧き出てはこちらに向かってくる。
私はスーベニアショップなどを覗いたりしていたけれど、開演10分前になったので、Mちゃんに言われて先に一人で中に入った。どっちみちMちゃんと私の席はバラバラなんだし。先日の『フィガロの結婚』の時よりは二段階くらい良い席だった。少〜し舞台が近い。
結局、開演は10分ほど遅れ、彼らはギリギリ間に合ったようだった。駆け込んできたらしき様子が視界の端っこで見えた気がしたけれど、すぐに照明が暗くなってしまったので。

Mちゃん曰くNYメトロポリタンオペラとしては今秋一押しの演目らしい、この『テンペスト』、ニューヨークタイムズなどでも高評価ということだけど。うーーー………ん。なんとなく会場全体の観客の反応は鈍いような感じもする。私のようになし崩し的に観に来た人も多く、鑑賞者の姿勢に気合いが足りなかったせいかもしれない。舞台としては面白いと思うけど “オペラ” っぽくないんだよね。クラシック好みの観客にはちょっと受け入れられにくいんじゃないかな。もしくは正統派の定番作品をいくつか観て、その次の段階で応用編として進んでいく演目なんじゃないかな。私のようにオペラ鑑賞の絶対数が少ない人間は、この作品のオペラとしての凄さや斬新さがハッキリ言って全然わからない。

まず、一番の違和感は言語が英語であるってこと。英語で歌われちゃうとさ、オペラっていうよりミュージカルみたいなんだよね。それから、音楽もかなり現代音楽っぽい。ストラヴィンスキー並みに不協和音ありまくり。
そして、演出と舞台効果……これはもう『シルク・ド・ソレイユ』そのもの。その演出の白眉がワイヤーアクション全開の妖精アリエル。なにしろ天井のシャンデリアに絡みつきながらの登場ときたもんだ。背中に蜘蛛を背負ってる全身タイツ状の衣装だし……アリエルはスパイダーウーマンだという解釈なの? とにかく彼女は常にワイヤーで吊られていて、舞台上のあちこちに神出鬼没で出現するものの、一回も足では立たない。逆さ吊りになったり空中を滑降したりの状態で不協和音の超難解曲を超ソプラノで歌うのだ。それは単純に凄いとは思うけど……ごめん! 心地いいとは言えない。妖精っていうより妖怪みたいなんですけど。
プロスペロを演じたバリトンのS・キーンリーサイドは流石というか……とても巧かった。素晴らしかった。これぞ至福の歌声。

最終日ディナーはメキシカン

オペラのハネた後なので時間はちょっと遅いけれど、NY最後のディナーと、しばらく出来なくなるMちゃんとのお喋りとを楽しむために、リンカーン・センター向かいの『ローザ・メキシカーノ Rosa Mexicano』[WEB] へと向かった。国内15店舗も展開するメキシコ料理のチェーン店で、本店のここが一番雰囲気がいいらしい。私たちがオペラを観ている間にMちゃんのご主人が予約しておいてくれた。1階はバー・スペースで、2階がレストランになっていて、宮殿のように天井の高い大階段で2階へ登る。レストランの内装は、いかにもメキシカンなイメージの底抜けに明るいものではなく、暗めの照明でしっとり落ち着いたシックな雰囲気だった。カジュアルな服装でも違和感ないけれど、ちょっとドレスアップしてても浮いたりはしない……そんな感じ。うん、いいねいいね。

残念なことがひとつ。大荷物を持ってMちゃん宅に帰ってから、シャワー浴びて着替えて化粧し直して……と大急ぎで身支度したものだから、カメラをハンドバックに入れ忘れてきてしまった。だから、このメキシコ料理店の写真はいっさいなし。走り書きのメモと記憶によるものだけで書くことになる。でもあの時は旅先の地で異国情緒を味わうことよりは長年の友人との会話をどっぷり楽しむことの方が私にとっては重要だったのだ。

まずは、Mちゃんお奨めのモヒート Mojito という、ミントを入れたライムとホワイトラムとソーダのロング・カクテルを注文。フレッシュ・ライムはケチ臭い櫛形ではなくてどーんと半個、ミントもフレッシュなリーフが数枚入っている。爽やかでスッキリした飲み口の中にほのかに甘みも感じるのは、少しシロップを加えてあるのかな? あーコレ飲みやすいわー。うっかりおかわりし続けると “危険” なヤツですわ、コレ。

さあ、何を頼もうか? 夜遅いけど最後の晩だもの、せっかくだから食べちゃおう。メキシコ料理の定番ワカモレ guacamole は、この店の一押し名物メニューで、当然、頼む。辛さは選べるけど、中程度の「スパイシー」にしておいた。うっかり「ベリー・スパイシー」なんかにしちゃったら大変なことになっちゃうんだから!
この店のワカモレを名物たらしめているのは、ホールスタッフがワゴンをテーブルサイドまで持ってきて客の目の前で作ってくれる、そのパフォーマンスにある。まずは、いかにも中南米なテイストのプリミティブな模様の足付きの器がどすんと置かれる。くるん!と一瞬の動作でアボカドをくり抜き、ざくざくっとつぶしてその中に入れられる。そこに粗微塵にしたトマトとオニオンを加え、ハラペーニョやシラントロ(コリアンダー)やニンニクをテンポよく混ぜていき、さらにはフレッシュライムをきゅーーーっと絞って、石焼ビビンバそっくりの重量感のある器に移して完成。この一連の作業は流れるようで芸術的に綺麗。これをタコスやトルティーヤチップスにつけていただくわけ。うわー、コレも美味しいわぁ。

もう一品はチキンパイを頼んだ。メモには、タコス、チーズ、たたいたチキンと記してあるけれど、その記述を見ても味が思い出せない。細かくたたいた鶏肉とタコスに包んで、チーズを乗せてパイみたいに焼いたものだったのかな? 思い出せない。写真もないし。でも、とんでもないものだったら逆にハッキリ記憶に残るだろうから、それなりに普通に美味しかったんだとは思う。とにかくワカモレのような感動や驚きはなかったということだ。

私たちはもう一杯ずつモヒートをおかわりして、盛大にお喋りに花を咲かせ、帰路についた。
どうやら明日は私の予約した飛行機はきちんと飛ぶよう。キャンセル待ちの人たちはてんこ盛りでいるだろうけど、私の予約は本来のものなんだから彼らより優先されるのだ。予定通り帰国の途につけるってわけ。

 
 

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