Le moineau 番外編
- 紺碧のイタリアとクロアチア歩き -

クロアチア到着はなんだか慌ただしい

やっぱり2時半頃にいったん目が覚めた。夜中の2時は日本の朝9時だもん、これはもうどうしようもないよね。フェリーはつつがなく夜のアドリア海を航行中のようで、低いモーター音と振動が伝わってくる。かすかに波音も混ざっている。目覚めたもののすぐに二度寝して、次に気がつくと4時10分だった。窓の外はまだ暗い。
携帯電話にはクロアチアからの電波が入ったかと思うとまた圏外になったり。だけど、確実にクロアチアの沿岸に近づいているのね。
そのまましばらくベッドでダラダラ。5時半になったのでシャワーを浴びる準備をしていると、けたたましいチャイム音が鳴り、船内アナウンスが始まった。これがもう大音量で、やたらハイテンションで陽気で、嫌でも目覚めるわ。「乗客の皆様、おはようございま〜す。5時半で〜す。ラウンジでは朝食をご用意してますよ〜〜。7時にはスプリットに着くからそのつもりで支度してね〜〜〜〜」みたいなことを英語とイタリア語とクロアチア語で順番に。

身支度を整え、荷物を詰め直したりしていてハッと気づくと、窓の外がもうだいぶ明るい。あっ! いけない、日の出を見に行こうと思ってたのに!

ああー、水平線から昇る太陽が見たかった……! デッキに来た時にはもうここまで高くなってしまっていた

シャアアアアアア……という音をたてながら白い波の筋を残して船は海面を滑っていく。沿岸に見えるのはクロアチアのどこの町なのかしら?

朝のデッキにいるのは2人連れの中年女性が一組いるだけだった。そりゃあ、みんな朝は忙しいわよねぇ。そうなのよ、私ものんびりしている場合じゃないんだった。デッキ展望は10分で切り上げて階下に降りると、ラウンジも廊下もレセプションも乗客たちでごった返していた。
朝食は、レジで最初に精算してレシートをカウンターに持って行って改めて注文するという、イタリアのバールでよくある二度手間形式。それは構わないけれど、短時間に客が集中するのにレジ係がひとりしかいないのって、どうかと思うわ。レジに15分並んで朝食セットを買い、コーヒーは30秒で出てきて、パンはセルフで取り、適当に空いてるテーブルに座って5分で食べ終えた。ああ、忙しい。

カプチーノとクロワッサンの朝食。この程度のものに€4.50も払ってしまったなんて! 実はキャビン利用者には朝食はついていて、レジでボーディングパスを見せればよかったのだと知った時には後の祭り

朝食を速攻で流し込んで、もう一度デッキに出てみる。今度は最上部まで行かずに自分のキャビンの近くから。スプリットの町はすぐそこまで迫っていて、船はゆっくりと港へ近づいていくところ。
初めて訪れる国、初めて訪れる町、それだけで気持ちが昂ってくる。下調べして予備知識もあって、あらかじめ写真で見ていたものと同じ風景であっても、こうして眼前に現れれば、わざわざここまで来たんだという感慨でワクワクする。こうして船でゆっくりアプローチしていくのってさらにワクワクを高めてくれるような気がするわ。う〜〜ん、旅情ありまくり!

アドリア海の色もイタリア側とクロアチア側では違うような気がする。緑みが少なく紺に近い青のような……まだ朝早い時間帯のせいもあるのかしら

7時少し前、もうすぐスプリットの港に到着。いつまでも甲板で眺めてるわけにいかないわ、キャビンをチェックアウトしなきゃ!

旅情に浸っていられたのもわずか数分。6時50分になっていることに気づいて、バタバタとキャビンに戻り荷物を持ってバタバタとチェックアウト。といっても精算の必要などないのでレセプションの回収ボックスにキーを放り込むだけだけど。
すでに廊下には下船を待っている乗客がたくさんいた。みんなそれなりに大きな荷物を持っているから狭い廊下はそこそこ混雑している。まあ、夏のピーク時はこんなもんじゃないんだろうけどね。私のスーツケースのキャスターは今朝もカーペットと相性が悪くて、きゅいきゅいと間抜けな音を立てている。昨日会った案内のおじさんは私を見るとにっこりと挨拶してくれた。
「ボンジョルノ、マダム・きゅきゅきゅ」なんだよ、それ。

朝のスプリットでモーニングコーヒーの仕切り直し

エスカレーターを降りて船の外に出て、桟橋からターミナルビルまで歩く。空は真っ青、朝の7時だというのにすでに強い陽射しで、気温も25℃以上ある感じ。今日は暑くなるかも……?

パスポートコントロールの女性係官は、ひとりひとりに「Welcome Croatia! Welcome Split! Enjoy your stay!! Have a nice day!!!」と声をかけて微笑んでくれる。本当にひとりひとりに。もちろん私にも。
もともと私は丸顔童顔で人畜無害にしか見られないので、イミグレや税関ではほぼほぼフリースルー、不審がられたり咎められるようなことはほとんどなかった。それはもう、20歳そこそこの小娘の頃から中高年オバちゃんになる現在まで一貫して。それでもここまで愛想よく対応されたのは初めてだわ。さすがの観光国クロアチア、ファーストインプレッションはばっちりじゃないですか!

当たり前だけど、入国スタンプは船のアイコンになっていた

フェリーターミナルはスプリットの旧市街に近接していて、荷物つきで歩いても10分くらい。ターミナル前の道路をはさんで鉄道駅、その並びにバスターミナルがある。スプリットの町への出入りポイントがすべて隣接しているわけで、まったくもって旅行者にはありがたい。まったくねえ……アンコーナにも見習ってほしいものだわ。バスツアーやボートツアーの看板に混じって荷物預かりの表示もたくさんある。まずはATMを見つけてクロアチア・クーナの現金をおろし、旧市街に向けて歩き始める。ちなみに1knは18円くらいだった。クロアチアは2013年にEU加盟したのに、通貨はユーロじゃないんだなぁ。

今朝はずっとバタバタしてたのでずいぶん時間が経っているような気がするけど、実はまだ朝の7時半。観光スポットだって9時頃にならないと入れないよねぇ。宿には14時にならないとチェックインできないし。時間だけはあり過ぎるほど。旧市街に入る手前に気持ちのよさそうなカフェが何軒か並んでいる。朝ごはんのカプチーノが美味しくなかったから飲み直していこうかな。

旧市街の城壁を眺めながら Bijela Kava(White Coffee=カフェオレやカフェラテ)を大サイズでたっぷり飲み直し。

柔らかいクッションの置かれた籐の長椅子、港や木陰を吹き抜けてくる気持ちいい海風、たっぷりと温かい美味しいコーヒー……気持ちが静かにほどけてくる。クロアチアのコーヒーはイタリアのものに近くて、つまりはそこそこ美味しい。1.2倍くらい薄まって増量した感じかな。
メールを書いたり荷物整理をしたりしながらゆっくり1時間寛いでしまった。11knの支払いに100kn札を出したので軽く舌打ちされちゃったけど。でもATMからおろしたばかりで小銭がひとつもなかったんだもの、ごめんね。

カフェの並びには小綺麗な旅行代理店があったので、スーツケースを預けて身軽になる。料金は30knで、スプリットの観光マップまでもらえた。

まずは城壁内の旧市街に入ってみる

スプリットはアドリア海に面した港町で、首都ザグレブに次ぐクロアチア第2の都市だけど、観光客が見るのはスプリット港周辺の旧市街の狭いエリアに限られる。狭いけれど、古代ローマの宮殿と中世以降の建造物が混在して融合した旧市街は世界遺産で、今も普通に生活の営みのある希有な場所なのだ。

4世紀初頭、古代ローマのディオクレティアヌス帝が退位後に宮殿を建て、7世紀にスラブ人侵攻で逃れた住民が城壁内に新たに町を作って住み着き、さらに中世期にはローマ時代の霊廟や神殿をキリスト教教会や洗礼堂に改造していった……とのこと。1800年の間にリユース、リサイクル、リフォームされ続けて出来上がっている町なわけ。かつてのディオクレティアヌス宮殿 Dioklecijanove palace を囲っていた300m四方の城壁は、隙間を埋められたり継ぎ足されたりしているものの、ところどころに原型が残っている。「スプリットのディオクレティアヌス宮殿と歴史的建造物群 Historical Complex of Split with the Palace of Diocletian」として世界遺産に登録されているのがこのあたり一帯。 四辺の中央にある4つの門は今もそのまま残っていて、そのうちのひとつ南側の海辺のプロムナードに面した青銅の門 Mijedena Vrata(Brass Gate)から旧市街内部に入った。

宮殿地下の通路には土産物屋がズラリと並ぶものの、朝早いのでほとんどが閉まっている。朝の散歩中のおじいちゃんと開店準備中の若い売り子の娘さんが親し気に談笑していた

青銅の門から城壁内に入るにはポドゥルミ Podrumi という宮殿地下スペースを通っていく。つまり階段の上り下りがあるのだけど、そのステップひとつひとつがとても高いので、スーツケースを持っている場合は別のゲートを使った方がいいと思う。私は城壁外で預けてきておいてよかった。
地下通路にはローマ時代の水道管なども展示されていて、通行人もなく閑散としている。ただ、海辺の地下のせいか、ジメジメしててすごくカビ臭いのは気になるなあ……

地下通路から抜けると目の前がペリスティル Peristil という広場だった。周柱式という意味らしい。ローマ時代の神殿の列柱で囲まれているかつての宮殿の中庭に当たる部分で、大聖堂や洗礼堂や鐘楼などが集まっている。いきなり正方形の城壁のど真ん中に出てしまうのね。

東側の銀の門を背にした位置から大聖堂と鐘楼を見上げる。列柱に囲まれた八角形の建物が大聖堂。それにしてもイタリア側とは空の色が違う

朝の早い時間はまだ閑散としているペリスティル。階段に置かれた赤いクッションはLXSORというカフェの席なので、オーダーしないなら勝手に座っちゃダメよ

聖堂や鐘楼の見学を始めるにはまだ早いなあと思いつつ、まずはもらった地図を頼りにトイレを探し出し、用をすませておく。その時はさして尿意が迫っていたわけではないけど、行ける時に行っておくのは大切なことですから! 緊急時のために場所を把握しておく意味でもね。

巨大青空市場はワンダーランド

そのままなんとなく道なりに進んで銀の門 Srebrena vrata(Silver gate)から城壁外に出てみると、そこには青空市場のテントがズラリと並んでいた。午前中の早い時間だというのに、地元のおばちゃんたちですごい活気! 威勢のいいかけ声もあちこちで飛び交っている。

多少不揃いだけど新鮮な野菜や果物がどっさり。そしてまた安い!

迷惑にならないように一番端っこの人の少ない場所で撮影したけれど、ホントはあちこちでめちゃくちゃ賑わっているのよ

市場のカオスの中をしばらく徘徊した。農家が直販に来ているらしく品揃えはさまざま。野菜はトマト、ズッキーニ、アーティーチョーク、なす、青菜類などなど。どれも大きくてつやつやしている。果物はいちごとチェリーが旬のようで、あちこちにあった。
半露天ながら小さな間口の実店舗を持つ店が城壁にへばりつくように並んでいる。豚肉が一頭丸ごと下がっている店には美味しそうなサラミや生ハム、ヨーグルトやチーズの店、自家製ドライフルーツ、ナッツ類、オリーブオイルや蜂蜜……さまざま。いや〜〜ん、楽し〜〜い(^▽^)

青空市場で売られているのは食材だけではなかった。縁日の屋台のように道なりに露店が延々続く。衣類や帽子やスカーフやネクタイなどの服飾品、時計や小型電気製品や文房具……安かろう悪かろうな商品のオンパレードだけど、ディスカウントストアや100円ショップを覗いているような楽しさがある。

面白がって歩いていて、ハッと気づいた時には「ここどこ?」状態だった。そのうち戻れるだろうと適当に道を折れているうちにどんどんわからなくなってしまった。どうしよう?
私の携帯プランだと海外での接続は一日980円、日額ではなく使い始めた時間から24時間なので、使う日と始めるタイミングは選んでいる。クロアチアはレストランやカフェでWi-Fi完備している店が多いようだから、うまく利用すればメールチェックや調べものには困らないので、今日は使わないですませるつもりだったけど……。でも迷っちゃったなら仕方ない。Google先生にお願いしてみると、マップの現在地情報は旧市街とはかけ離れた位置を示していた。同時に、私が思う方向に進んでいくとさらにドツボに嵌ってしまうであろうこともわかった。ケチらず接続してよかったわ(^^;;)

人がたくさん行き交う中で、ずっと置物化していたにゃんこ。勢いよく角を曲がってきたじいさんに尻尾を踏まれて悲鳴をあげ、弾丸のように逃げ去っていった。
右奥に見える古代ローマの遺跡のようなものが銀の門。

どうせ接続開始しちゃったんだからと、Google先生のナビに頼り切って無事にペリスティルまで戻ってきた。めでたしめでたし。

鐘楼からスプリットの街と海を眺望する

さあ、気を取り直して "スプリット観光" のスタート! 予期せず市場のカオスに嵌りこんで放浪してしまったけれど、足はまだまだ元気。でも鐘楼には一番先に登っておこう。20kn払って、いざ!

最初の方の石のステップは普通の階段の3倍くらい高さがあって、一段一段よじ登る感じ。ああぁ〜、この調子で塔上まで階段が続いたら腸腰筋と大腿四頭筋がどうにかなってしまうわぁ〜、と暗澹としていると最初の踊り場から先は一般的な高さのスチールの階段になっていた。はあー、やれやれ。
次の踊り場では若い妊婦ママと3歳くらいの女の子が登るのを諦めて引き返すところ。うん、無理しない方がいいね。てっぺんに着くとさっきの親子の連れらしきパパと7歳くらいの女の子が、絶景を撮影中だった。そうよね、ママと妹に見せるためだもんね、一番のベストビューポイントは譲ってあげて私は待ってるわ。

大部分が普通のカンカン階段に取り替えられているので、登りやすくてありがたい。下が丸見えで怖かったという声もあるようだけど、私はそういうのはへっちゃら。3分の2ほど登ったあたりに大きな鐘がひとつと小さな鐘がいくつかあった。とりあえず鐘の時刻に遭遇しなくてよかった……

鐘楼の最上部は列柱で囲まれている。街並に連なる小高い丘からの眺望も素晴らしいらしいので、後で行くつもり

とんがり帽子型の鐘楼の天井は小さなドーム型になっていて、ここにも小さな鐘が見えるような、見えないような

柱の隙間から身を乗り出してスプリット港を一望する。私が乗ってきたSNAVのフェリーも停泊している

鐘楼最上部の先客には他に中国人カップルが一組いた。弾む息を整えながら、親子連れやカップルの背中越しに眺望する。最上部スペースは四畳半くらいの広さしかないので、首を巡らすだけでぐるりと360度が同時に見渡せる。そうしているうちにパパとお姉ちゃんが去り、いちいち騒ぎながらポーズを決めては撮影しまくっていたカップルが去った。新たに登ってくる人の気配もない。あらっ! これはしばらく絶景独り占めなんじゃない?
空が青い、海が青い、オレンジ色の瓦屋根の連なり、緑の木々、海に浮かぶ白い船たち………。汗ばんだ額や首筋に海風が心地よい。耳をすませてみると男性合唱の歌声がかすかに聞こえてくる。中国人がわあわあ騒いでいる時には気づかなかったわ。

肉眼でぼーっと俯瞰し、双眼鏡で細部をじっくり眺め、写真を撮り、動画も撮り、またぼーっと眺め……私は15分近くを塔上でのんびりと過ごした。新たな客が登り着いたのをしおに、彼らとバトンタッチする格好で塔を降りる。スチール階段はリズミカルに駆け降りていけるものの、一番下の石段では登りより何倍も難儀した。ステップが高いだけじゃなくて、幅も狭くて、さらに石が摩耗してるんだもん。滑るし、斜めだし、凹んでるし、照明もなくて暗いし。朝早くの空いている時間帯でよかった。夏のオンシーズンの日中なんかだとダンゴ状態になるんだろうなぁ。

カテドラルは豪華絢爛がところ狭しとてんこ盛り

鐘楼に引き続き聖ドムニウス大聖堂 Katedrala Sv. Duje(Cattedrale di San Domino)に。八角形のロマネスク様式の建物は約1,700年前に建てられた当時の姿のままだとか。建物を囲む28本の列柱はディオクレティアヌス帝が遠征から持ち帰ってきたもので、これもほぼ完璧に当時のままなんだとか。シンプルで簡素な外観で "大聖堂" というにはこじんまりミニサイズなのは、元々はディオクレティアヌス帝の霊廟だったから。

>> キリスト教の大迫害をしたディオクレティアヌス帝への恨みは凄まじく、300年以上の時を経てキリスト教徒たちに彼が処刑した聖人の名を冠した大聖堂に改修され、その際に安置された遺体も持ち去られてどこかに捨てられたらしい。死後の安住場所を追い出され、皮肉にも邪教とし弾圧した人物たちを讃える施設に作り替えられ、ディオクレティアヌス帝は何を思うのか……

鐘楼に隣接した聖堂の扉は出口専用らしいので、脇から回り込むようにして裏側に。コンビチケットは2種類あった。カテドラルと地下のクリプタと洗礼堂がセットの Blue Ticket が25kn、鐘楼と宝物室がプラスされた Red Ticket が45kn。なんだ、鐘楼登るなら先にコンビチケット買った方がお得だったのね。まあ宝物室は諦めるか……ということで25knの方のチケットを買った。

入口をくぐるといきなり目の前にきらびやか祭壇が現れた。祭壇前には礼拝スペースのようなものはなく、聖堂内部へは脇をすり抜けて入るようなので、最初は祭壇の裏側なのかと思ってた。祭壇の裏から入る教会なんて初めて。それにしても、裏側にしてはずいぶん豪華絢爛なんじゃないの? そしたら、なんと、これがカテドラルの主祭壇なんだそうだ。そもそもここには祭壇が4つあるそうなのだ。主祭壇はひとつで礼拝堂をいくつも持つのではなく。なるほど〜、始めからキリスト教教会として造られたものとは根本的に違うのね。

バロックの主祭壇と表裏一体になっているのは聖スタシウスの祭壇で、こちらが礼拝室内部に向いている。両側には聖ドムニウスの祭壇が新旧ひとつずつ。聖スタシウスも聖ドムニウスもディオクレティアヌス帝による大迫害で殉教した聖職者だ。

入口すぐの至近距離に突然現れたバロック様式の主祭壇。17世紀後半の頃のものなので聖堂内では一番新しく、とってつけたように綺羅綺羅しい

八角形の礼拝室内にて。左奥にあるのが聖ドムニウスのバロック様式の新祭壇、右側が聖スタシウスの祭壇。新祭壇と向かい合わせて、私の背中側には後期ゴシック様式の聖ドムニウスの旧祭壇がある

地下の礼拝堂には聖ルチア像が飾られている。彼女も殉教した聖女だとのこと

ドーム型の天井は、かつて美しく飾られていたというモザイクがすべて剥ぎ取られて寒々しい石の肌がむき出し。その天井を囲む8本のコリントの柱は八角形の建物に沿うように並び、最上部に残る美しいレリーフ装飾がとてもエレガント。床モザイクはディオクレティアヌス帝の霊廟時代だったものが一部残っている。木製の聖歌隊席には繊細な彫刻が施されている。聖ドムニウス祭壇下の古びた石棺はロマネスク様式らしい。
つまり、さまざまな時代のさまざまな様式の祭壇や説教壇や装飾品が勢揃いして、ところ狭しと詰め込まれているわけ。そういったところはヨーロッパにはあちこちにあるけれど、ここは本当に小さくて狭くて……荘厳さを感じるには今ひとつ。なんていうか、シャンデリアや豪華なアンティーク家具を日本家屋の6畳間に押し込めたような圧迫感があるのよね。ひとつひとつは素晴らしく、きっと価値もあるものなんだろうけれどね。

地下のクリプタに行くにはいったん外に出て裏手に回る。古い石造りで、ここも強烈にカビ臭かった。せめて地下に降りる階段には照明をつけて欲しいわ。臭くて真っ暗だと足を踏み入れるのを躊躇しちゃうのよ。
鐘楼とカテドラルとクリプタのいっき見でなんだかぐったりしてしまい、洗礼堂となっているユピテル神殿 Jupiterov hram を見忘れてしまった。

10時のおやつにクリムピタ

カテドラルの見学を終えて外に出ると、いったいいつの間にこんなに集まってきたのだ……というくらいの観光客がペリスティルに溢れている。朝7時にスプリットに着いた私にはもうずいぶん時間が経ったような気がするけれど、まだ10時10分でしかない。ちょうどみんなが観光を始める時間帯なのよね。ツアーの団体客もたくさんで、あちこちでガイドが叫んでいて騒々しいことったら。朝一番でメインの観光箇所を終えておいて正解だったわ。

人がわさわさいる状況がちょっとしんどいのでいったん城壁外に出ることにした。朝来た時には無人だったヴェスティブル Vestibul というドーム天井の前庭では4人の男性が合唱をしていて、観光客たちがぐるりと取り囲んで聴いている。ああ、さっき鐘楼の上まで聞こえてきた唄だ。見た目はフツーーーの小太りのおっさんたちのハーモニーはとても美しく、この場所では天井に反響してさらに美しく響く。もちろん彼らだって純粋なサービスだけで歌っているわけではないので、一曲ごとにしつこくCDを売りに来る。

>> 帰国後調べてみると、彼らは Klapa VESTIBUL という7人の合唱団だった。クラッパとはクロアチアのダルマチア地方伝統のアカペラのこと。ちなみにア・カペラ a cappella は無伴奏の合唱を表すイタリア語だけど、クラッパも語源は同じなんじゃなかろうか?

ほとんどが営業開始した土産物店が並ぶ宮殿地下を抜けて、青銅の門から海沿いのプロムナードに出てきた。そもそも青銅の門は船着場の門だったので、ディオクレティアヌス帝の時代にはここまで海が来ていたとのこと。海岸を埋め立てて造られた宮殿前のプロムナード──リヴァ Riva には、今はレストランやカフェのテラス席がズラリと並んでいる。
そのうちの一軒《BOBIS》という店に入った。スプリット市内に何軒も支店を持つパン屋さんで、テラス席に座ってもテイクアウトと同じ値段でパンやケーキが食べられるみたい。なんせ朝食は6時半、それもたいして美味しくもないクロワッサン1個だったので、お腹も空いている。休憩がてら10時のおやつといきましょう(^^)

気持ちのいいテラス席で休憩タイム。クリムピタはサクサクのパイ皮で硬めのカスタードクリームをサンドしたもので、クリームの甘さはかなり控えめ。素朴に美味しいケーキだ。気に入ったので滞在中にもう一回食べるかも? まあ、その機会は結局なかったけれど……

パン屋のイートイン席でありながら、雰囲気は他のレストランのテラス席と遜色ない。観光の一等地にあるカフェながら味も値段も地元民の買うパン&ケーキと同じ。美味しく食べてのんびり寛いで、カフェは15kn、クリムピタは12knだった。とってもリーズナブルでお奨め!

炎天下のスプリット旧市街を徘徊

カフェのテラス席を出たのは11時少し前で、まだ午前中だっていうのに、もう一仕事も二仕事も終えた気分。アドリア海のイタリア側とクロアチア側では海の色も空の色も違うなあと思ったけど、温度も陽射しもまるで違う。地理的なものなのか、今日があまりに晴天なのか、初夏の陽射しというにはあまりに強烈すぎる。

宮殿の城壁に沿った海沿いの遊歩道はシュロの木の立ち並んで南国ムード。その先には綺麗なピラミッド型のマルヤンの丘が見えている。見た目だけでなく気温も陽射しもばっちり南国だった

広々として歩きやすい遊歩道に面してズラリとカフェやレストランが並んでいる

その強烈な陽射しの中、海岸通りや城壁外の旧市街を散策した。海岸通りに沿って歩き、連なるカフェのテラス席が途切れたあたりにレプブリカ広場 Trg Republike の入口がある。カラフルな回廊を持つ建物が取り囲んだネオ・ルネサンス様式の広場だ。そういえば宿泊予定のアパルトマンはこの先だったっけ。オーナーと待ち合わせしている場所を確認しておこう。荷物を持って迷いたくないからね。荷物を預けた場所からは徒歩7〜8分で行けそうだし、階段を使わずフラットなまま行けることもわかった。気分的にはもうチェックインしたいんだけど、待ち合わせ時間は14時なので、それまで時間を潰さなくちゃならない。

レプブリカ広場を抜けて路地をくねくね北上し、ショッピングストリートのマルモントヴァ通り Marmontova ul を海に向かって南下し、途中で左折すると魚市場があった。その周辺のひときわ賑やかな広場はナロドゥニ広場 Narodni Trg で、その先には宮殿の西門である鉄の門 Zeljezna Vrata。このあたりはゴチャゴチャしていてどこが門なのか、どこから城壁内なのかわかりにくい。とりあえずまた城壁内に入る。こう書くとまるで優雅に散策しているようだけど、その実情はというと、徘徊する夢遊病者に近い状態だった。なにしろ暑い、暑いの! 暑すぎるの! 気温よりもとにかく陽射しが強すぎる! そして、日陰が金輪際なさすぎる。ああああー、ボローニャのポルティコが恋しいわぁ!

お洒落なショップの立ち並ぶマルモントヴァ通りは緩やかに海に向かって下っていく。真っ白な敷石がつるつるピカピカで青空と初夏の陽射しに眩しい。たまたま木陰があるけど、ここだけ。基本的に陽射しを遮るものはない

城壁内の旧市街は細かい道がごちゃごちゃ。そしてとにかく日陰がない! 暑い!

おや? テントに上にカモメの置物? いや、動いた、本物だ、と思ったら、ここは魚市場なのだった。よく見ると等間隔に何羽も止まっていた

私は去年5月下旬の中部イタリア旅で熱中症になりかけ、塩と砂糖で経口補水液を自作して乗り切った。自作経口補水液はあまりに不味いので、今年は粉末ポカリを持ってきたのよ。なのに馬鹿な私はポカリの袋をスーツケースに入れたまま預けてしまった。アンコーナのスーパーで3本も買った予備の水ごと。早朝着いた時にはここまで暑くなると思わなかったのよ……
この徘徊の1時間は今にして思えばとてもとても苦行だった(T^T)

よろよろしながら溢れかえっている観光客たちをかき分けながら城壁内を横断し、銀の門を抜けて再び青空市場に向かう。朝早くに迷い込んだ時より活気は半減しているけれど、それでもまだまだ市場は賑やかだった。山積みされていた野菜は3分の1くらいになっている。よーし、滞在中のビタミン補給に果物を買うぞ!
チェリーは最低単位が500gで、大きなスコップでざくっとすくって、多少潰れようが汁が染みようが枝葉が混ざろうがお構いなし。チェリー2種類で1kg、杏1パックが300gくらい、合計でわずか30knだった。

無事に果物を買い終えたことで任務を果たしたような気持ちになって、もうぐったり。でも、まだ12時そこそこで待ち合わせまでは2時間もある。木陰のある公園でもあれば今買った果物食べながらゆっくり座っていたいけど、そんな場所がないのはこの1時間の徘徊で思い知ったわよ。どこか店内に入るしか陽射しを避けるすべはないと悟った私は、あまり食べたくないけどランチを摂ることにした。大聖堂と背中合わせに位置したレストランのテラス席の出来るだけ涼しそうな場所を選ぶ。がっつり観光客仕様の味と値段かもしれないけれど、探しまわったりたらいよいよ脱水症状起こして倒れちゃう。

ランチはあっさりとタコのカルパッチョのみ。生干ししたような、燻製にしたような、噛みしめる系の味わい。どうやら薄切りにするために冷凍保存していたらしく、解凍が不十分で時折「シャリッ」とした歯触りがするのが残念

食事を摂ることよりも陽射しを避けて時間潰しが目的だったので、一口一口をゆっくりゆっくり噛み、ビールもちびちびちびちび舐め、道ゆく人々の人間観察。観光客はぞろぞろ、旗を掲げた団体ツアーに混じって、買い物カートを持った地元の人も多く通る。大型犬の散歩をしている人が意外に多い。こんな炎天下に暑くないのかしら。

たらたらちびちび呑み喰いしていてもビール一杯とカルパッチョ一皿では1時間が限界だった。メインはどうするかとか、ビールのお替わりはいらないかとか、しつこいんだもん。会計は125knだった。うーん、やっぱり高めだな。

旧市街のアパルトマンで暮らすように泊まる

クロアチアは宿泊費が高い。基本的にホテルは高級なものばかりで、手頃なエコノミーホテルが少ない。B&Bですら朝食つきの宿は高い。そのかわりに民泊施設が非常に充実しているのだ。

>> ほんの10数年前までは、長距離バスターミナルやフェリーターミナルの出口には、バックパッカーや節約個人旅行者を当て込んで、おばちゃんたちが手書きの札を持って客引きに集まっていたらしい。キッチンや食器のついたアパルトマンは、リビングルームにベッドルームが2室も3室もついたもの、ワンルームタイプのもの、共用の中庭などを持つものなどいろいろで、星3つまでのランクがある。ソベ(SOBE)と呼ばれる部屋貸しは安価だけど、ロケーションが悪いとかリビングやキッチンが家主と共用などということもある

私が探したのは、旧市街エリア内の1〜2人までの小さなアパルトマン。ダブルやツインでも50平米以上あるところもあり、なかなか値段とロケーションと折り合いをつけていくのは大変。全般的にイタリアよりも微妙に……高いのだ。100平米もあって€200以上するアパルトマンも多い。4人で€200ならお得だけど、ひとりでそんなに出せないわ。そもそも東京の自宅より広いスペースである必要ないもの。それでも5月はまだミドルシーズン値段で、6月になると1.5倍、7〜8月は2倍以上になるのだから驚き。
城壁内でいくつか目星をつけてタイムセールになるタイミングを狙っていたけど、セールになるどころかむしろどんどん予約で埋まっていく。で、城壁外の Apartments Providenca というアパルトマンに急いで決めたのだ。一泊€40というのはロケーションを考えるとずいぶん安いので、何か問題あるのかなってちょっと迷ったけどね。

ほとんど日陰のない街のわずかな軒下の陰を選んでのろのろと歩き、のろのろと荷物をピックアップし、待ち合わせ場所近くまでのろのろと歩いた。まだ20分以上も早い。レプブリカ広場の回廊部分は全部レストランに占拠されているので、広場から抜けるトンネル通路にスーツケースを置き、その上にへたりこんで陽射しを避けた。でも、頭ぐらぐらでもう限界。2時10分前に「ちょっと早いけど」と伝えられていた番号にダイヤルしてしまった。

指定されたピッツェリアの前で待っていると、5分ほどで180cm近い長身のスラリとした女性が現れた。長いウエーブヘアに柔らかいシルエットのワンピースは女性的だけど、低くハスキーながらもハッキリ通る声で、目鼻立ちや眉はキリッと凛々しい。宝塚の男役スターのような印象の彼女はアナと名乗った。
部屋はここから少し離れているらしい。高いヒールをカツカツ鳴らして大股で歩くアナの後ろをよろよろとついていく。あのさー、荷物は自分で運ぶって断ったのは私だけどさー、もうちょっとゆっくり歩いて欲しいんだけど……。
ピッツェリアの並びにはケバブ屋やサンドイッチ屋などカジュアルな飲食店が細々と集まっていて、その1ブロック先の狭い路地を入り、30mほど直進した突き当たりに今日から二泊するアパルトマンがあった。

旧市街の生活圏にあるアパルトマンの入口。完全に "住んでる" 感覚が味わえる。上の階や向かいの家は普通に民家で、洗濯物が満艦飾にはためいていた。赤ちゃんの泣き声、子供が騒ぎ走り回る足音、それを叱るお母さん……生活感ありすぎる

シャワー室と洗面所。バスルームに洗濯機があったので一瞬喜んだら、故障してるので使わないでって。なーんだ、期待しちゃったのに

ドアを開けるといきなりワンルームの部屋だった。入口以外に窓がないのでちょっと暗いけどね、二泊ならこれで十分

私はアパルトマンに宿泊するのは初めてだったけど、小さなキッチンと食器類が備えつけられているだけで、鍵を預かって勝手に出入りできるという点ではB&Bと大差はない。アナは部屋の設備の簡単な説明をし、私のパスポートをスマホで撮影し、Wi-fiパスワードの画像を見せて私にメモを取らせ、そうしたひととおりをすませると「じゃあよい滞在を。何かあったら電話して」と言って帰っていった。

あああああ、ようやくこれで寛げる!!!
汗びっしょりの服を脱ぎ、冷房を強風にし、お茶を淹れ、青空市場で買ってきた果物をボウルにいっぱい食べた。生産農家直売の果物は多少いびつだったり不揃いだったりするけれど、新鮮でとても美味しい。

陽射しが強いのでしっかりビタミン補給しなくちゃね! 2種類のチェリーと杏をたっぷり食べる。ボウルいっぱい山盛りにしても、買った全体量の4分の1でしかない

汗だくのタンクトップやハンカチを水洗いし、干そうとして気づいた。丸形のミニ物干しとタオルハンカチを一枚と靴下一組、フェリーのキャビンに置き忘れてきちゃった! そうか、ベッドの手すりに引っかけたまんまなんだわ。出る時に見たつもりだったけど、ドアの陰に隠れてたのかも? 値段的にはたいしたものではないけれど、まだ一週間ある旅程でちょっと不便になるわね。ま、仕方ないか。とりあえずドアノブやテーブルの縁などを使って干しておこう。
炎天下の徘徊で、眉間がキリキリ痛むし、後頭部もぼわーんと重だるい。熱中症になりかけたのかも……? ちょっと一眠りしようかな。

マルヤンの丘までの遠くつらい道のり

一時間ほど午睡して少しスッキリした。時刻はちょうど16時。まだぼーっとするけど、ちょっと外歩きしてこようかな。城壁内の旧市街歩きはもういいから、マルヤンの丘 Vrh Marjana からスプリットの街を俯瞰してみよう。そうそう、念のためにポカリ作って持っていこう。ドリンクボトルに粉末を入れ、ミネラルウォーターをどぶどぶと注ぐと……うわぁ! しゅわしゅわ〜〜〜と一気に泡が立って半分以上が吹きこぼれてしまった。この水、ガス入り?? しまった、どうやらアンコーナのスーパーで間違えちゃったらしい。炭酸水に塩と砂糖を投入してるもんだから、後から後から泡が鬼のように湧いてくる。静かに静かに、出来るだけ泡を立てないように注ぎ足し注ぎ足し、ボトル一杯のポカリ液をこしらえた。

16時はそろそろ夕方に区分される時刻のつもりだったけど、外はまだまだ真昼間だった。考えてみたら日没までまだ4時間半もあるんだっけ。
緩やかながらも長く続く階段坂道を歩いて丘の上に向かう。このあたりは住宅街で窓辺の花々や洗濯物などの生活感いっぱいな一方、ところどころに「SOBE」や「Apertment」のプレートのついた家も多い。距離的には旧市街からたいして離れていないけれど、この階段坂道を荷物つきで登るのは大変そうだなあ……。夏のピークシーズンにはこのあたりも満杯になっちゃうんだろうか?

いろんなことを考えて気を紛らせながら登っていたけれど、どんどん息があがってきて、頭もクラクラ、身体もふらふら、階段一段のステップは低いのに足が持ち上げられなくなってきた。あー、やっぱり熱中症っぽいのかも、まだ回復してないのかも……。ふらふらと道端にしゃがみ込みかけた途端、バッグの中で突然「ポンッ」という音が。ポカリ入りの炭酸水がドリンクボトルの栓をすっ飛ばしたのだった。あー、100円ショップの安いボトルだから栓もへなちょこなんだわ。中身があふれ出て、カメラやスマホは被害を受けなかったものの、バッグの中はびちょびちょベタベタ。
ものすごく情けない気持ちになり、さらに頭がぐらぐらしてきて、そのまま階段に座り込んでしまった。地べただろうとなんだろうと横になってしまいたい気分。とはいえ、こんなところで直射日光に炙られていてはさらに具合悪くなっちゃう。

レプブリカ広場から教会の脇の道を入り、住宅街の中の坂道をマルヤンの丘に向かう。緩やかながらも登り階段が延々と続いている

空の色も陽射しも気温もまだまだバリバリに真っ昼間のそれで、暑い! とにかくとにかく日陰がない!

丘の上のカフェに到着した時にはすでに青息吐息だった

マルヤンの丘の展望台からのスプリットの眺めは確かに素晴らしい絶景だった。体調さえ万全だったらどれほど気分爽快だったことか

途中で引き返したい思いにかられつつも、懸命に足を進めてどうにかこうにか展望台脇のカフェ《Vidilica》に到着。見晴らし最高の最前列のソファ席は埋まっていたけれど、一列後ろの2人がけの小さなテーブルは空いていた。倒れ込むように座り、カフェ・マッキャートをオーダー。本当は美景を前にビールを一杯といきたかったんだけどねー……、今アルコール飲んだら倒れるわ、きっと。こういうロケーションなんだからお高い店かと思ったら、街中のカフェとたいして変わらず、カフェはたった12knだった。

スプリットの街と港を海を一望するせっかくの絶景シチュエーションにいるというのに、なんだか景色もカフェの味も頭や身体に入ってこない。座っていれば体調も戻ってくるかと思ったけれど、眉間やこみかみは痛んでくるし、身体はぐらぐらしてくるし、動悸はするし、下半身もざわざわする。ああ……これはかなり本格的にヤバい状態かも。

マルヤンの丘の散策路はカフェの奥にも続いていて、休憩後は散歩を楽しむつもりだったけれど、とてもとてもそんな気にはなれないわ。スプリット市街を一望する展望台はカフェのテラス席の一段下にある。ここまで頑張って登ってきたんだから、絶景堪能だけは省略するわけにはいかない。よろよろながらも展望テラスまで降りて、手すりにしがみつくようにしてしばらく景色を眺め、証拠の写真撮影。ああ、悔しい。もっと空気をじっくり味わいたかったのに!

住宅街の中を抜けてここまで登ってきたので、帰りは展望台前から降りてみた。ガイドブックなどにこのカフェへの行き方として載っているのはこちらの道の方。林の中の散策路として整えられているので、陽射しは避けられるけど階段一段のステップは高い。こちらを登ってきたらもっと息切れしてたかもなぁ。そんなことも後から思い返してみただけで、その時は崩れ落ちそうな身体を支えながら、一秒でも早く身体を横たえたい一心で一歩一歩を進めているだけだった。

激旨リゾットの夕食で元気復活

よろよろで部屋まで戻ったのは17時。靴だけ脱いでベッドに倒れ込む。たった1時間のことなのに、マルヤンの丘の往復をしたことで、本格的に具合が悪くなってしまった。ゼエゼエと息があがり、動悸が激しい。冷や汗びっしょり。頭がガンガンする。眠ろうにも眠れず、しばらく呻きながら悶々とのたうっていた。明日はシベニクやトロギールに遠出するつもりだったけど、これは無理かもしれない。いや無理そう。うーん、行きたかったのになあ、残念だなあ。

のたうっているうちに少しずつ息や動悸も鎮まってきて、いつの間にか眠っていた。目が覚めた時には20時過ぎ。そろそろと身体を起こしてみた。だいぶよくなったけど、まだちょっとふらふらする。ふらふらするけれど、かなりの空腹でもあることに気づいた。うーん、夕食どうしよう? 今日は朝クロワッサン1個、10時にケーキ1個、昼にタコのカルパッチョ、ボウルいっぱいの果物……しっかりディナーのつもりでろくなもの食べてない。でもなあ、外に食べにいく自信ないなあ。サンドイッチでも買ってくる? それって結局外に出るわけだし、日本のコンビニみたいに都合のいい店があると限らないし……。

しばらく悶々としていたけれど、意を決して食べに出ることにした。もう21時半。スプリットの飲食店は夜が遅くて12時くらいまで普通に開いていることも決意の後押しになってくれた。

選んだのは旧市街の込み入った路地奥の《Konoba Korta》という店。Konobaとは飲食店のカテゴリーのひとつで、ダルマチア地方の料理を出すレストランのことで、大衆食堂よりはちょっと格上といったところ。白い水玉の赤い鍋があしらわれた店のロゴが可愛らしく、なんか素朴で美味しいような気がしたのと、メニューにリゾットが何品かあったのでチェックしていたの。日本語のガイドブックには出てないけど、Trip Adviserの評価は高く、看板と同じ水玉模様の赤い鍋に煮込み料理が盛られている料理写真も魅力的だったし。

店頭のメニューを眺めていると店の女性がにこにこと話しかけてきた。「この値段はハイシーズンのものなの。今はミドルシーズンなのでもう少し安いわよ」
リゾットが食べたいのだけどハーフポーションに出来ないか尋ねると、彼女は「うちは量が多いからねえ」と笑う。ハーフには出来ないけど残ったらパッキングしてあげる、とのこと。キッチンがあるんだから明日の朝ごはんにしてもいいか……うん、それなら。
キャンドルの灯りが揺れる夜風の気持ちいい席に座ったらなんだか気持ちが上向いてきて、ちょっと飲みたい気持ちになってグラスのロゼワインをオーダーしてしまった。もちろん食事は初志貫徹で、店名を冠したRisotto Korta。

ロゼワインをちびちび舐めながら待っているうちに、胃袋がきゅんきゅん鳴って早く固形物をよこせと催促してきた。あらあら、これはちょっとよい兆し。とはいえ、リゾットが鍋ごと登場したらどうしようと思ったけど、目の前に置かれたのはとりあえず皿一枚だった。山盛りではあるけれど "うんざり" という量ではなく「美味しそう〜」と思える量。これなら何とかなるかも?

マテ貝とかアサリとか、よくわからない巻貝とか、何種類かの貝と小海老のリゾット。海老と貝の出汁が効いた汁気の多めのあっさり味のリゾットで、刻んだセロリやネギもたっぷり入っている。まるで鍋の〆の雑炊みたいで美味しく完食してしまった。トマト味だったらきっと食べられなかったかも……

リゾットはあまりに美味しくて、残りをパックしてもらうどころか、皿を拭う勢いでペロリと完食だった。これは美味しい、ものすごく美味しい。体調悪いのにこんなに食べられるんだから、すごくすごく美味しい。ああ、なんかずいぶん元気出てきた!
会計はいくらだったのか、メモを取り忘れてしまい、レシートも見当たらない。でも160〜170kn程度だったんじゃないかな? えーっ、こんなに食べてこの程度、ランチのカルパッチョは割高だったなーって思った記憶があるから。

夢見心地の夜のスプリット徘徊

思い切って外に食事に出てきて、その食事がこれまたとても美味しくて、本当によかった。まだ身体が少しふらふらするけど、たった一杯だけどワインの酔いもあるけど、少しだけ夜のスプリット旧市街を歩いてみようかな?

旧市街内の路地には小さなレストランやバーがたくさん。23時近い時刻というのにそこそこ人がいる。まだ店を開けているスーベニアショップなどもある。羽目を外して大騒ぎしている人たちもいるけれど、基本的に観光客ばかりなので、あまり治安の悪い感じはしない。リゾート地っぽい空気感。

土曜夜の旧市街内はたくさんの人で賑わっていた。ペリスティルでは何やらライブイベントをやっていて、ビールを片手に若いコたちがテンションあげて大騒ぎ

金の門から城壁の外側に出てみる。城壁内の騒ぎが嘘のようにこちら側は静かだった

そういえば宮殿を囲む4つの門のうち北側の金の門 Zlatna Vrata(Golden Gate)だけまだ見てなかった。金の門の北側には緑地の公園と歩道があり、そこに大きなグルグール・ニンスキの像 Grgur Ninski が立っている……はずなのだけど、暗がりでよく見えない。像の足の親指を撫でて願いごとをすると叶うとかなんとか。明日明るい時に改めて来ようっと。

15分ほど歩き回ってから部屋へ戻ってきた。階上の家では赤ん坊がずっとギャン泣きしていたけれど、ようやく眠ったようで静かになっていた。ドアノブやテーブルに干しておいた洗濯物は全然乾いておらず、じっとり濡れたままだった。この部屋、全然光が入らなくて換気も出来なくて、ちょっとジメっとしてるのよねー。安い理由はそんなところにもあるのかもしれない。インテリアはまあまあなんだけどな。

とりあえず、今日はもう眠ろう。明日シベニクに行くかどうかは明日考えよう。

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