Le moineau 番外編
- 紺碧のイタリアとクロアチア歩き -

早朝のドゥブロヴニク旧市街散歩

旅も9日めの朝。昨日は変則的な眠り方になってしまったけれど、今日は5時にすっきりと目覚めた。階上の部屋からずっとガタガタと物音がしていて、上に宿泊していた彼らはどうやら早朝出発らしい。6時少し前にスーツケースを階段から下ろす音がし、オーナーと挨拶し見送られている気配がした。その直後、私も部屋を出る。昨日は出来なかった早朝の旧市街散歩をするのだ。このために城壁内のアパルトマンに泊まったんだもん!

早朝の朝もやが残っているのか、今日も天気はパッとしないのか、空は白っぽい。空気もまだ少しひんやりしている。アパルトマンの周辺の路地はひっそりとして、クロスを剥がれたレストランのテーブルだけが並んでいる。
そのままプラツァ通りに出たら、大型の自動車が何台も通りを埋めていたので、いきなりギョッとする。ゴミ収集車、食材搬入トラック、道路清掃車と、それはすべて "働くクルマたち" だった。車両進入禁止の城壁内、朝から夜遅くまで溢れるたくさんの観光客、彼らを相手にする多くの飲食店や民泊施設……。大量の食材が必要で大量のゴミが出る。美麗で清潔──両方の "綺麗" を保つには毎日のメンテナンスが必要で、そこに携わる人たちがいるのも当たり前なのよね。

観光客はいないけれど、たくさんの人たちが働く早朝のドゥブロヴニク旧市街。こうして縁の下で支える人たちがいて、A級観光地はその価値を維持していられるのだとつくづく思う

一番低いプラツァ通りから両脇に櫛の歯のように延びる路地のひとつひとつ、それを丹念に歩いて美しいアングルを探してみようと決めた。まずは南の海側から。旧港から聖イヴァン要塞あたり、ボカール要塞まで城壁沿いの東西ルートをジグザクしながら攻めて行こう。

城壁の上から見下ろしていた場所をグラウンドレベルで確認しながら辿るのはとても楽しかった。6時台にはまだ散歩する人もほとんどなく、行き会うのはにゃんこばかり。時々ゴミ回収のお兄さんに会う。収集のトラックが入れるのはメインストリートと広場までで、奥まった階段路地の部分は人力で回収してまわらないとならないのだ。底にキャスターのついた蓋つきゴミバケツは人間ひとりが入れそうな大きさで、細身で縦長で階段での上げ下ろしがしやすい形状にはなっている。それでも2つ3つまとめて回収車まで運んでは空のバケツを元の場所まで戻す作業は疲れると思う。改めて気をつけて探してみるとゴミバケツは路地のあちこちに置いてあるのだ。

早朝のドゥブロヴニク旧市街は想像以上のにゃんこ天国だった

どこまで行くんだろう? しばらく尾行してみたけれど、お構いなしに歩いてる

ウンチしてカリカリ砂かけしてるけど……キミ、それはどれだけ頑張っても無理だわ

レストランのテーブルや椅子は基本的にそのまま放置なのね。そして、その下にはたいていにゃんこが潜んでいる

"猫のたまり場" にて。たたんだパラソルの上で眠り、ベンチにすら直には座らない誇り高きにゃんこ

窓の鉄格子の中にぴったりとはまって眠るにゃんこ。撮影していたら食材搬入のお兄さんに笑われてしまった

南半分をひととおり歩いて、いったんプラツァ通りまで戻ってきた。通りを埋めていたトラックはすべて引き上げていて、むしろ今の方が閑散としている。時刻は7時少し前、通りに面したカフェではテーブルにクロスをかけたりの開店準備を始めていた。

今度は倍以上の高さのある急斜面の山側を辿る。城壁の一番上を歩く時ですらかなりの高低差があったけれど、下からの階段の距離と高さは想像以上だった。旧市街の北半分は山の裾野の斜面と重なっているので、階段は崖のような急峻さで、なおかつ一段一段のステップが高い。さらに古びて崩れかけている箇所もあるという……。

トラックびっしりの5時台6時台よりも、7時少し前くらいの方がよっぽど閑散としている

山側の奥まった場所は生活感がいっぱい。急な階段の先にはオレンジの屋根の連なりと青い空と海(今日は白いけど)が見える。洗濯物は一晩中干してあったのかしら?

こうした路地にもAPARTMANやSOBEのプレートだらけ。短期滞在だと行き帰りが疲れるだけになりそう

ドゥブロヴニク旧市街の宿泊を検討する時、私は北側のアパルトマンも候補に入れていた。ピレ門から入って2つめの路地の突き当たりで、平面の地図での直線距離なら今のところより近かったくらいで、なにしろお値段が半分近かいのが魅力だったから。でも、やめておいてよかった。この階段をスーツケース持って登るとか……それってもはや "修行" でしょ。

早朝散歩のフィニッシュに青空市場でいちじくを買う

北向きの斜面を這う階段を縦に一直線に登り、城壁に沿って横に、次でまた階段を下り、また横に……まるであみだくじみたい。路地をひとつひとつ丹念に辿って再びプラツァ通りまで戻り、まだ静かな旧港の湾に突き出た小さな岬の突端まで。突端のベンチは空いていたけれど、今朝の海の色は沈んでいてあまり眺望を楽しめそうにはない。
プロチェ門から城壁外側に出て、見晴し台から旧港ごしに旧市街と海とを俯瞰する。犬を連れて散歩する地元の人などもぽつぽつ現われ、セッティング前のレストランのテーブルに勝手に座ってお喋りなんかしてる。ドゥブロヴニクの日常はもうスタートしているのだ。

時計を見たらもう8時近い。うわっ、2時間も休みなしで歩き回ってたわけか! いったん帰って朝ごはんにしよう。

城壁内に戻ると、ちょうど青空市場がオープンするところだった。ドライフルーツ詰め合わせを買ったおばちゃんの店も、果物を買ったおじちゃんの店も、今日も同じ位置に同じように店を広げている。実は、おじちゃんのところのドライいちじくが気になってたのよねー……。隣のおばちゃんはセンスよくお土産向けに組み合わせてパッキングしていたけれど、おじちゃんのは洒落っ気の欠片もなく、いちじくだけを大袋にどさっと入れてあるだけ。おばちゃんちのいちじくは表面に蜜っぽいテカりがあるけど、おじちゃんのは白く粉っぽい感じで見た目が全然違う。不揃いで素朴でいかにも農家の自家製って感じ。これさあ、味も全然違うよね、きっと。そう思って自分用に40knの大袋をひとつ買った。グラム単価としては、おばちゃんのところの半額くらいなのかな。

昨日オーナーに差し入れしていただいたホームメイドのチェリーパイを朝ごはんにする。今日も安上がりにしっかりたっぷり

朝食の時に大袋のドライいちじくを二粒ほどつまみ食いしてみた。んんっ? 見た目は今ひとつだけど、味はこっちの方が私の好みかも? よかったぁ、買っておいて! もうちょっと食べちゃお(^^)

しばらくのんびりしていると、またもノックの音がする。なんと今日もオーナーからの差し入れ!「ボスニアの伝統的なお菓子なので、ドゥブロヴニクではどこにも売ってないわよ」とのこと。これもやっぱりホームメイドらしい。わあー嬉しい。思い切りニコニコと受け取ってから気づいた。やだー、私、髪にカーラー巻いたまんま!

10時半になって、城壁内の教会巡りのために再び外に出た。プラツァ通りにはすでに観光客がわんさかしている。でも私は、早朝にたくさんの人たちが観光客を迎える準備とメンテをしていることを知っているのよ。ピカピカ光る白い敷石は清掃車がブラシで磨き上げたものなの、階段路地の奥までゴミは残さず回収しているの、観光客たちの胃袋を支えるために大量の食材が運び込まれているの。

フランシスコ会修道院は薬局ばかりが大賑わい

旧市街内の教会巡りはフランシスコ会修道院 Franjevacki samostan からスタート。ピレ門から入ってすぐのオノフリノの噴水前に位置している。教会横の城壁入口や回廊への小道にはわさわさと人が向かっているというのに、教会の建物は地味で周囲に埋没し、内部に入っても先客はわずか4人のみ。私と入れ替わりに2人が出て行き、また1人2人と減り、私だけになった。静かな空間をしばらくの間ひとりじめにする。

次に入ってくる人も来ないまま、教会を出て脇の小道から修道院付属の回廊へ。回廊は有料だけど、ドゥブロヴニクカードで入場可。カードを見せるだけでするっと通してもらえた。こちらにはぱらぱらと人がいる。
この回廊よりさらに有名なのは、修道院に併設しているクロアチア最古のマラ・ブラーチャ薬局 Ljekarna Mala Braca だ。開業は1317年で、現在も営業している薬局の中では世界で3番めに古いのだとか。有名にしているのは、門外不出のレシピで作られたオリジナルコスメが大人気だからなのだ。そういうわけで、回廊入口の手前にある狭い店内は各国の女性ツーリストたちで大混雑だった。ローズウォーターや乳液やクリーム、ボディミルクやリップバームなど種類も豊富だけど、決してバラまき土産にできるほど安いわけではない。後でちょっとだけ覗いてみようっと。

フランシスコ会修道院内部は扉一枚外側の喧噪が嘘のような静謐さ。荘厳な割にさして広くないので、中身がぎゅうぎゅうに詰まっている感じがする

回廊から中心の中庭越しの塔を見上げるアングルは大好きで、必ず撮ってしまうの

14世紀に建てられたロマネスク様式の美しい回廊。イタリアで多くの建造物を見てきた後だとどうしても格落ち感は否めないけどね……

こじんまりとした回廊にはレリーフ彫刻が施され、壁にお決まりのフランチェスコの生涯の絵物語が描かれている。この絵がまあ……その、巧くない。なんせ過去にフランチェスコ会の総本山アッシジでジョットの描いたものを見てしまっているからねぇ……。ジョットと比べるのは申し訳ないとしても「味がある」というレベルにすら及ばなく稚拙でヘタクソ。

回廊の奥は小さなミュージアムに続いていて、法衣や聖具、16世紀頃の宗教画(やっぱり巧くない)、ローマ時代のレリーフの発掘物などが脈絡なくごちゃっと並べられている。一番奥には、さまざまな大きさや形の薬壺、秤や調剤道具、装飾を施された棚など、中世時代の薬局の様子が再現されていた。これはとても美しく興味深いもので、私にとって唯一見るに値したものだったかな。

>> 世界で最古の薬局はフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局。ここもオリジナルのコスメや石鹸が人気だった。最古と3番めばかり取り沙汰されて2番めはどこ?と調べてみたらドイツにあった。普通に薬を売っているだけの薬局で、ただ店がずっと続いているというだけ。「修道院の」とか「秘伝の」とか「門外不出の」とかのオリジナルコスメなどはないので無名なのだった

一周して戻ってきたけれど薬局内は相変わらず混んでいた。ガラス越しにしばらく眺めていたけど、次から次と女性たちがやって来て店内の密度は一向に減らない。順繰りにテスターを試す人、いったいいくつ買ったのか大袋を手渡されている人、外で待つのにしびれを切らしている連れの男性たち、同じツアーの人たちを呼びにいっては騒いで戻ってくるおばちゃん……ああ、もう入るのはやめ、やめ! あの人たちをかき分けてまでどうしても買いたいというわけではないもの。そんなパワーと熱意はないわ。

教会巡りのふたつめは、町の守護聖人を祀る優美な聖堂へ

修道院を出て反対側の端までプラツァ通りを歩き、ルジャ広場に面した聖ヴラホ教会 Crkva svetog Vlaha に。
ドゥブロヴニクの守護聖人・聖ヴラホの像は、城壁や門の上や建物の壁などのあちこちに刻まれていて、この教会はその守護聖人を祀っている。教会は三方に入口を持つギリシャ十字型をしていて、バロック様式の正面ファサード、4本のコリントス式の柱で区切られ、その上には3体の彫刻を戴いた屋根が優雅な弧を描いている。3体並ぶ中央が、左手にドゥブロヴニクの模型を抱えた聖ヴラホ像だ。
こんな感じのバロックの教会、イタリアでたくさん見たなあ……と思ったら、デザインしたのはイタリア人で、ヴェネツィアのサン・マウリツィオ教会をモデルとしているとのことだった。もともと中世のロマネスク様式だったものが、大地震で損傷し、さらに火事で修復不能になって18世紀に再建されたのだそう。

早朝の人のいない時間に撮っておいた聖ヴラホ教会正面。ひときわ高い位置になる中央の像がブラホで、残り2体は "信心" と "希望" を人の形に表現したものなんだとか

三方向の扉上すべてに半円形のステンドグラスがある。聖書の物語を表したものなどではなく、キュビズムみたいな現代美術風だった。まあ、綺麗ではある

金ぴかでさらに彫刻で飾られた主祭壇には銀製の聖ヴラホ像が祀ってある。普通は反対の正面入口側にあることの多いパイプオルガンが祭壇の上にあるのは、すごく珍しい

クロアチアの教会全般に共通するけれど、内部の印象は「こじんまりしているのに、ごちゃっとてんこ盛り」だった。教会じたいがさほど大きくないので椅子の数も少ないのに座っている人が多いのは、広場の目立つ位置に目立つ外観で鎮座しているので入りやすいし、きっとみんな涼みがてら休憩しているのだ。三方向に出入り口があるので人の動線も無秩序で、そんな要素もプラスされて余計にゴチャゴチャに感じるのかもしれない。
3ヶ所で扉が開いているので堂内は明るく、壁も天井も真っ白なので、ステンドグラスや絵ろうそくなどの色彩鮮やかなものがとても映えている。

お寺でいうところの "ご本尊さま" である主祭壇の聖ヴラホ像は、小さい上に銀特有の黒っぽい錆びも出ていて、豪華彫刻や金ぴか装飾には不釣り合いにも見えてしまう。でもこの像は、大地震の時も火災の時も瓦礫の中から無傷で見つかったそうで、歴史的価値からも奇跡の象徴としても唯一無二の特別なものなのだ。

ルジャ広場の奥側、聖ヴラホ教会の斜め後ろに位置している旧総督邸 Lector's Palace は、実は見たかった場所だった。ドゥブロヴニクがラグーサ共和国という独立国家だった時代の総督の仕事場兼住居だったところで、まるで宮殿のように豪華な造りをしている。内部は歴史文化博物館 Cultural Historical Museum になっているのだけど、なんと修復工事中で入れない。2015年中には終わる予定が、延びて延びて延びて、ネット情報では2018年3月予定とのことだったけど、5月現在まだ終わっていなかった。ここもドゥブロヴニクカードで入れるスポットだったので、損した気分だわ。(6月に無事オープンしたとのこと。直前だったのねー、残念!)

総督邸で見られるのは、外側のバロック様式の美しい柱廊部分のみ。日中は人がわさわさし過ぎていて、工事の音もうるさいし、この周辺の雰囲気は夜の方が何倍もいいと思う。

ティツィアーノらしくないティツィアーノ

総督邸から聖ヴラホ教会とは反対側の斜めに位置するのが聖母被昇天大聖堂 Katedrala Uznesenja Marijina で、つまりは町一番の教会であるドゥブロヴニク大聖堂。やはり震災後に再建されたバロック様式の教会だけど、聖ヴラホ教会ほどイタリアン・バロック丸出しな外観ではない。いろんな建築様式が微妙にミックスされている感じ。

さて、楽しみしていたティツィアーノ。わくわくして主祭壇まで一直線に向かったものの、手前でロープで仕切られてしまってその先は有料らしかった。それほど大きな絵ではないので、遠目では詳細がよくわからない。ただ、遠目で細部がわからなくても、魂のこもった絵からは訴えかけてくる圧倒的なオーラがあるのだ。それがほとんど感じられない。双眼鏡で細部を見てみるものの、なんか感動が薄い。うーーーん、なんか腰砕けだなあ……

有料チケットは25knで、絵のすぐ真下まで行くだけの金額としてはちと高いな。聖堂内にたくさんいる観光客たちもわざわざ入っていく人はいない。しばらくロープの手前で遠目に祭壇画を睨んでいた。そのうち祭壇の左側奥にやはりロープで区切られた入口があり、奥に部屋があることに気づいた。人が時々出入りしている。あらっ、奥にも何かある? ああ、宝物室も込みの料金なのか!

それならということで料金を払ってロープを通してもらった。まずはティツィアーノの絵を至近距離からとっくりと見る。その結果、やっぱり「うーーーーん?」だった。なんか雑な感じだし、"色彩の魔術師ティツィアーノ" の作品なのに、肝心の色彩がちっとも美しくない。聖母の頭上にも空間が感じられず、このまま昇天していったらぶつかってしまいそう。聖母の視線の方向も微妙だし、取り巻く黒雲も不穏だ。天使たちを描こうとして失敗して塗りつぶしたのか?などと思ってしまうくらい。とにかく私には全然響かなかった。ティツィアーノ好きなのに……

内部もバロック装飾で華やかながらも真っ白に塗られて清楚な雰囲気。こちらのパイプオルガンは入口の上の一般的な位置にあった

正面のクーポラからの採光があり、他の教会より天井が高いぶん開放感が感じられる

側廊の祭壇にはドゥブロヴニク近郊では採れないはずの大理石がふんだんに使われている。なんと、わざわざイタリアから運ばせたものなんだとか……

主祭壇にあるティツィアーノの「聖母被昇天」。でも、なんかちょっとしっくりこない。手抜きした? 弟子に描かせた? とりあえずこれは私の好きなティツィアーノとは違〜う!

水盤の周りにもイタリアン・バロックな彫刻群。ここにも大理石が使われている

落胆して隣の宝物室に入ると、目の前がいきなり黄金色になった。小さな部屋の壁一面が聖遺物を収める棚になっていて、棚にもそれぞれの聖遺物箱にも金銀宝石の装飾がこれでもかと施されているのだ。金ぴか壁は手すりとガラスで仕切られていて、見学者はガラス越しにしか見ることができない。
遺品の多くは11世紀にまで遡り、聖ヴラホの頭、腕、足、キリストの産着、キリストが磔にされた十字架の破片などが中世期の十字架像に組み込まれている……というのはガイド本から書き写した。いっさいの写真撮影が禁止だったので写真もないし、私の印象に残っているのは「とにかく金ぴかキラキラ派手派手の洪水だった」ということだけなんだもん。そういえば、えげつないほどゴージャスな十字架が真ん中にあったかも? その周りも金ぴかだったので印象が霞んでるわ。

出入りしていた人は見学者ではなくて、修復作業をしている職人さんだった。金の装飾部分を細い筆でなぞるようにしていて、この作業を眺めている方が面白かった。
この宝物室で驚いたのは、ラファエロの「小椅子の聖母」の絵が側面の床に直置きで立てかけられていたこと! マリアの表情が柔らかで好感はあるけれど、全体の出来としては今ひとつ。いくら小品といってもラファエロなのに扱いがぞんざい過ぎない? 後で知ったのだけど、これはラファエロの筆になるものではなく、ラファエロ工房作のものだったらしい。それにしても待遇ひど過ぎない?

懸案のパラチンケを食べそびれる

時計を見ると12時。立て続けに3つの教会をじっくり見てちょっと疲れた。軽くお昼がわりのオヤツにしようかな?

実はプラツァ通りからちょこっと路地に入ったところの《Dolce Vita》という店でパラチンケというものを食べてみたいと思ってたの。パラチンケとは、クレープとパンケーキの中間のような薄焼き生地でジャムとかチョコソースなんかを巻いたもの。クロアチアのスイーツは意外に甘さ控えめなのは、この数日間で実証済み。
観光客向けのお洒落で気取ったカフェ(現に昨日はカプチーノ一杯に45kn=800円も取られた)ばかりのメインストリート周辺にあって、この《Dolce Vita》は地元っ子にも愛される素朴でリーズナブルなお菓子屋さんなのだ。もちろん観光客にも人気で、何度も近くを通ったものの席が空いていたことがない。狭い路地なので10卓程度しか置けないせいもあるけど、ランチタイムに突入する時間なら席が空くんじゃないかと思ったのよ。狙いは当たり、店内の簡易席が空いていた。

テーブルに置かれた写真つきのメニューを眺め、満を持してプラムジャムとカスタードクリームとバニラアイスのパラチンケをオーダーする。ところが、クリッとした瞳の可愛い若い女性店員の答えは「今はパラチンケはない」。え、え、えーっ、そんなあ(T○T)
彼女は出来ない理由をなにやら言っていたけれど、がっかりし過ぎて頭に入って来ない。時間帯のせいなのか、タネがないのか、焼ける人がいないのか……なんだったかな? でもまあ、この店はパラチンケよりもアイスクリームが有名な店なので、気を取り直してアイスクリームを食べることにしよう。迷った時は店名のついた商品を! ということで、ドルチェ・ヴィータというフレーバーを選ぶ。ベリークリームにチョコチップが入ったものだった。クロアチアのアイスクリームは全体に薄くサラリとしているけれど、ここはミルクの濃厚さがきちんとあった。シングルで13kn。他のカフェに比べればお手頃価格ではあるけれど、そういえば昨日ツァブタットで食べたアイスクリームはシングルで8kn、ダブルでも16knだったっけ。やっぱりドゥブロヴニクは物価高め。

ティツィアーノにがっかりし、パラチンケもダメで地味にショックを受けたので、アイスクリームにピントが合わせられなかった(ハイ、言い訳ですね)。

三角のケーキがオーナー手づくりののボスニアのスイーツ。薄皮の層の間にクルミ風味のペーストと何かスパイスの効いたリンゴ、あまり甘くないけれど油っぽく、スパイスの風味がちょっと鼻につく。たくさんあると持て余すな、きっと。
カルツォーネは辛いサラミとトマトソース入りで、イタリアで食べるそれとはやや違うものだったけど、これはこれで美味しいので良しとする!

そこそこ腹持ちしそうなパラチンケならともかく、アイスクリームでは昼ごはんがわりにはならない。今朝差し入れてもらったボスニアのお菓子があったことを思い出し、パン屋の《Mlinar》でカルツォーネを1個買って部屋に戻った。
昼食後、しばしシエスタ。しっかり眠るわけではないけれど、汗ばんだ服を着替え、靴も靴下も脱いで人の目のないところで寛ぐのはクセになるね。

ストンへのバス便は3本? それとも4本?

今日も午後からはちょっと遠出する。なんていうか、観光客がわさわさしているところに一日中いるのは苦痛っていうか……数時間くらいはのんびりしたところに身を置きたいと思うってしまうの。自分もわさわさの観光客の一員なんだってことは棚上げしておいて。
これから行く予定のところは、ドゥブロヴニクから西に60kmほど、ボスニア・ヘルツェゴヴィナとの国境線手前のペリエシャツ半島 Pljesac にあるストンという町とその隣のマリストンという小さな居住地。スプリットからの長距離バスではするっと通り越してきたけれど、ドゥブロヴニクの路線バスで行けるのは国境の手前までになる。

ストンとマリストンは、一昨日や昨日に訪れたボサンカ村よりもツァブタットよりもずっと遠く、アクセスの難易度もぐっと高くなる。ドゥブロヴニクの長距離バスターミナル発ストン行き15番は、10:45と15:15、20:30の3本きり。21番のオレビチュ Orebic 行きが一日1本のみの14:14発で、ストンを経由する。正確には経由するのだと思う、位置関係からして。帰りの便はストン発5:20、12:00、19:00。バスの乗車時間は75分程度、便数が少ない上に観光客に便宜のいい時間帯ではない。でも日曜には一日1便になってしまうので、平日ならかろうじて日帰りできるわけ。
15:15のバスだとストン着が16:30頃で、2時間半しか滞在ができない。10:45のバスで行っても帰りは19:00のバスしかないから、今度は時間を持て余し過ぎる。この時点では21番が本当にストンを経由してくれるのか、ドゥブロヴニクの公共交通 Libertas Dubrovnik のウエブページでは調べきれなかった。旧市街にある窓口で尋ねてみても「ここは市内バス窓口だからターミナルで聞いて」とけんもほろろ。なんだよー、同じ会社じゃないよ、そのくらい知っててよ(*`∧´)

確証は持てなかったけど、とりあえず14:14を目指してターミナルに行っておくことにした。違ったらターミナルのカフェで1時間つぶせばいいや。ピレ門前から1Aのバスで14時にターミナルに到着し、窓口で尋ねたらやっぱり次のバスは14:14発の21番だった。ストンまでは40kn。
21番のバスはもう乗場に待機していたのでさっさと乗り込んでおく。出発を待ちながら外を窺ってみると空模様がなんとも怪しい。朝から曇ってはいたけれど、どうも一雨来そうな感じ。

バスターミナルを出て5分ほど走るうちに空の様子がどんどん怪しくなってきた。先日走った景勝ルートなのに、この違いたるや。空には黒雲がもくもく、海はどんより鉛色。見る見るうちに暗くなる

車窓から見える空も海もどんどん暗くなり、15分もしないうちに雨になった。かなり激しい降り。10分も走るうちに黒雲を抜けてわずかに明るくなり、局地的なものだったかもと安堵するも再び雨、またあがり……の繰り返し。ちゃんと折り畳み傘は持参しているけど、でもやっぱり雨には降って欲しくない。ストンでの目的を考えるとねー……

城壁を歩くべきか、歩かざるべきか、それが問題だ。そして雷雨が……

なぜ本数の少ないバスに乗ってわざわざこんなところまで来ようと思ったか。
ワインの産地でもあるペリエシャツ半島の付け根にあるストン、1km離れた反対側の半島付け根に「小さいストン」という意味のマリストン。半島の山の稜線にはローマ時代の城壁が巡らされていて、その総全長は5.5kmとヨーロッパで2番目の長さ、なおかつ城壁の上を歩いて二つの村を移動できる。ストンには古くから塩田があって現在も良質な塩を生産していて、マリストンは食通をもうならせるヨーロッパ有数の牡蠣の産地。ワイン&塩&牡蠣&城壁……こんな小さな町に興味深いことがてんこ盛りなんだもん! 過度な観光地化していない歴史のある小さな地方の町、アクセスにちょっぴり難ありなところも "行ってみたい心" に火をつけてくれちゃうのよね(^^)

私の計画では、ストンからマリストンまで城壁上を歩いていって、山の上から塩田や牡蠣の養殖筏の風景など遠望して、マリストンで牡蠣とワインいただいて、アドリア海の美味しい塩をお土産に買って……これを3時間半で終えなくてはならないので、かなり綱渡りではあるのだ。

15時30分、バスはストンの村の入口の駐車場のような広場に到着した。ここで下車したのは私を含め3人だけだった。今にも泣き出しそうな空だけど、雨は降っていない。
ガランとだだっ広いだけの広場から道を渡った向こうに家並、そのすぐ背後の山に万里の長城のような城壁が見えている。うひゃー、思った以上に高さと傾斜がありそう。観光客の数から考えてドゥブロヴニクの城壁ほど足元が整えられてるとも思えないし、雨降ったら危ないかなあ……と愕然としているところにポツポツきた。うわあ、どうしようどうしよう?

逡巡しつつとりあえず城壁の末端まで来てみた。門や切符売場のようなものはなく、いきなり登り階段が続いている。料金所は途中にあるんだろうけど、そういう問題ではなく、今ここに入ってしまってはいけないという注意報みたいなものが私の頭の中で鳴っている。どうしようどうしよう? 楽しみにしてきた城壁歩きだけど、遠路はるばるわざわざ来たんだけど、でも時間ギリギリだし天気ヤバそうだし、どうするどうする?

どんよりした空の下にポツポツと雨が降り始めたストンの街。正面の建物には城壁ウォークの観光ポスターがあるけれど、街は閑散としている

牡蠣を出すレストランがたくさん連なる奥に城壁が一部見えている。この高さを時間制限つきで歩くなんてちょっと無謀かもしれないと思えてきた

城壁歩いて牡蠣食べるんなら時間無駄に出来ないんだけど、でもでもでも……。頭の中の注意報は鳴り続けている。とりあえず適当なカフェに入って作戦を練る? 飲食店はたくさんあるけどレストランばかりでカフェは見当たらない。だからか、ようやく見つけた店のテラス席はかなり満杯で、空いていた席に座ろうとすると、4人のおじおばグループにテーブルを横取りされてしまった。ムッときて、それなら思い切って城壁行っちゃおうと店を出た。だけど登り口前に立つとやっぱり注意報がピコピコする。うーーーーむ。
生牡蠣や牡蠣ソテーや牡蠣ワイン蒸しの看板を掲げた飲食店の並ぶ路地を行ったり来たりして悩むうち、雨はポツポツからパラパラという感じになってきた。そしてかすかに雷鳴まで。あ、ダメだ、これはカフェに避難だ! テラス席のパラソル下に飛び込む時にはピカリと光り大きな雷鳴がとどろき、同時に堰を切ったような土砂降り。ああ、よかった、頭の中の注意報は正しかった!

さっき私が座ろうとして横取りされたテーブルは、パラソルの継ぎ目の真下なので滝のような雨を浴びていた。横取りしたおじ&おばは慌てて各自グラスを持って狭いスペースに避難し呆然と立ちすくんでいた。へへーんだ、因果応報、ざまーみろ(ちょっと黒い心)

大きなグラスにたっぷりのカフェラテはクロアチアでの一般的価格の13kn。しつこいようだけど、ドゥブロヴニクのメインストリートのテラス席のカプチーノは45knだったのですよ!

ここまで激しく降ってくれたのなら、潔く諦めもつくってもの。うっかり城壁登りを敢行してこの雨に遭っていたら、滑って転んで怪我してたかもしれない。こんな日には人もいなくて遭難しかけたかもしれない。当然、帰りのバスの時間にも間に合わなかったに違いない。自分の注意報を信じて正解だった。
さらにラッキーなことに、さっきは空いていなかった軒下壁際の席に座れたのだ。この場所は全然濡れないし、椅子が二人掛けの籐のブランコになっていて、大きなクッションが置いてあり、リラックスできて気持ちいい。たぶんカップルなら並んで座ってイチャイチャゆらゆらするのよね(*^.^*)

マリストンの生牡蠣までへの道

ブランコ席で心地よく揺れながら、たっぷり温かなカフェラテをちびちび飲み、激しい雨脚をぼーっと眺めていた。30分もするうちに天井に大岩が転がるような雷鳴は徐々に遠のいていき、雨もひとときの土砂降りではなくなっていった。

城壁歩きは諦めたけど、一番の目的の牡蠣は達成させなくてはならないので、とりあえず道路を歩いてマリストンまで行ってみることにした。1kmなんて平地ならなんということもない距離だし。

万全を期すために、帰りの時刻を再確認しにバスを降りた広場に立ち寄る。乗場にはドゥブロヴニク行きの表示を出したバスがすでに停車していたけれど、中は無人だ。これは多分15:15発のドゥブロヴニクからのバスで、19:00に折り返すんだろう。現在16時半、2時間半でマリストン往復して牡蠣食べてこられるかな?

半島の丘の付け根を回り込むように道路がふたつの村をつないでいる。海のすぐ近くなのにまるで山の奥深くの道のよう。歩行者専用の道は車道より一段高くなっていて、一本道なので迷わないし、水はけのいい砂地なので歩きやすい。しんと静かな中に雨が傘に当たる音、強い風が木々を揺らす音、濡れた砂地を踏む音、時折響く鳶のような鳴き声……
深遠な山中の道をしとしと雨に降られてとぼとぼ歩いているうちに、「私はクロアチアくんだりまで来て、いったいなんだってひとりでこんなところ歩いてるんだろう? それも雷雨にまで遭遇しちゃってさ」と変な可笑しさがこみ上げてきた。誰もいないのをいいことにクツクツと笑ってるうちに、マリストンに到着した。25分ほど歩いている間に歩行者には1人も会わなかったし、クルマだって3台くらいしか通らなかった。

城壁の終点はマリストンの小さな墓地の裏側に通じていた。あの雷雨の中、こんなところ乗り越えてこようとしなくてよかったと改めて思う

"村" とすら呼べないような小さな集落のマリストン。たぶん数分も歩けば通り抜けてしまいそうな全長しかない

静かな湾に面してレストランが何軒も並んでいる。どれも割と大きな規模で、ホテルの看板も出ていたりする。17時というディナーには早過ぎる時間帯だけど、昼から継続して営業しているみたいだった。そのうちの一軒に入って「牡蠣が食べたいんだけど」と言ってみる。
快く迎え入れられ、案内の後をついていくと、外から見た以上に店内は奥行きがあった。入口すぐ近くにはバースペースやカジュアルな内装のテーブル席があり、二階席への階段も見える。奥に続く白いクロスのかかった高級そうな席を抜けると、披露宴会場のような広いホール。生け簀の水槽がいくつか並び、サンルームのようにぐるりと囲んだ窓からは養殖筏の浮かぶ様子が一望できる。この広いホールの一番奥の窓際に席に案内された。半端な時間だから当たり前だけど、バースペースにいた2人以外は誰も客はいなかった。

せっかく一番眺望のいい席に案内してくれたけれど、しとしと雨。湿気で曇ったガラスを拭ってみても、窓からの海の風景はどんよりと冴えない

マリストン産の牡蠣は殻も身も丸くて、薄く平べったく、滋味の濃い味がする。フランスのブロン種のものとも、もちろん日本の真牡蠣とも全然違う

1個10knの生牡蠣を半ダース、白のグラスワインをオーダーした。マリストンの牡蠣は美味しいけれど、私の正直なところでは日本の白くぷっくりした牡蠣の方が好みだわ。ただ、添えられてきたストン産の塩はすごく美味しい。とても辛いのにほんのりとした甘さも感じる。太陽の光をたっぷり浴びて干された潮の味だ。
だだっ広い部屋の中央には長テーブルが何列も並び、若い女性が2人で紙ナプキンやカトラリーなどテーブルセッティングをしていた。ああ、そうか、この後きっと団体ツアーがディナーに来るんだわ。ドゥブロヴニクには団体の入れるような大きなレストランは少ないし、公共交通ではアクセスが大変でもツアーバスなら移動の通り道だもんね。

レジ横の売店にストンの塩が何種類か置いてあったので、試食させてもらい、500g入りの粗塩を買った。アクアパッツァなんかに使ったらとても美味しいと思うの。飲食代と合計で102.50knだった。

塩と牡蠣のために半日を使う……まあ、そんな日があってもいいよね

ストン発のバスはマリストンも経由していくけれど、マリストンのバス停は道端に立つ標識プレートだけ。バスのマークがついているだけで時刻表も行き先も何も書かれていない。標識近辺にいれば見落とされることはないだろうけれど、もし最終バスを逃したら笑えないので、ストンまで戻っておくことにした。その前に、レストランの窓から眺めた入り江に沿って歩いてみようかな。

山に囲まれた小さな入り江にへばりつくようなマリストンの集落。浮かぶボートはレジャー用ではなくて漁民のもの。湾の奥の方に養殖の筏がいくつも見える

雷雨の後なので多少濁っていることを差し引いてもこの透明度。この澄んだ水が美味しく良質な牡蠣を育てるのだそう

再び道路横の遊歩道を歩いてストンに戻る。今度は途中で犬の散歩をする男性とすれ違い、クルマも数台通っていった。どうしてもバスの時間が気になってしまい心持ち早足で歩いたので、18時にはストンに着いてしまった。ドゥブロヴニクの行き先表示を出したバスは同じ場所に停車したまま。さっきは雷雨に阻まれてストンの街区を見られなかったので、少しだけ奥まで行ってみよう。

街中は閑散としていた。もともとドゥブロヴニクほどの観光地ではないし、そこに今日の天気のせいもあるだろうし、バスではなくクルマで訪れていたわずかな観光客たちも引き上げてしまったんだと思う。ディナーのためにツアーバスが立ち寄り始めるのはもう少し経ってからだろう。

街の入口広場近くにある小さな可愛らしい教会。ちょっと覗いてみたら夕方のミサの真っ最中だった

街の一番奥の方に塩田見学の案内板があった。ここからも城壁に入れるみたい。背後の山に伝う城壁を目の当たりにして、安直に入り込まなくてよかったとつくづく思う

自分の乗るバスの真正面でわずか8knのカフェマッキャートを飲みながら、出発を待つ。だって、絶対に逃すわけにはいかないんだから! 広い駐車場をフレンチブルドッグが一匹、テンションあげあげで走り回っていた。飼い主どこ〜?

バス乗場周辺まで引き返してくると、道路の向こう側に狭い濠をはさんで厳つい感じの建物が見えたので近寄っていみた。濠に架かる跳ね橋を渡って門を入ってみると切符売場のブースがあり、暇そうにしていたお兄さんが私の姿に気づいて身を乗り出したので、反射的にブンブンと首を振り踵を返してしまった。跳ね橋横の立て看板を見ると、どうやら要塞か何かみたいだった。ちょっと興味引かれるけれど、うっかり入ってしまって1本きりのバスを逃してしまう代償は大き過ぎるからね。

まだ30分近くあるけれど、ウロウロ歩いていても心臓に悪いだけなので、バス停前のカフェでバスを見張りながら待つことにした。コーヒーを運んできたお姉さんに「ドゥブロヴニク行きはあのバスよね」としっかり確認を取り、支払いも同時にすませ、いつでも飛び出せるようにしておく。この店はヨーロッパのカフェというよりは一昔前のアメリカのダイナーのような雰囲気で、ウッディな店内にはピンボールやビリヤード台が並び、ビール片手の地元青年たちが玉突きしながら賑やかだ。

18時50分頃からバスの車体周辺に数人の人がウロつくようになってきた。5分前になるとどこからともなくバスの運転手らしきおっさんが現われ、大股でバスに向かって歩いていく。おお、待ってました! すぐさま立ち上がり、急いで彼の後ろに続く。さっきウロついていた人々もわらわらと集まってきた。といっても、全部で6〜7人ほど。一日3本しかないバスでも乗客数はこんなもんなんだぁ………。それじゃあ増便なんてしないよねぇ。
運転手から切符を買い、車内の席に沈み込んだ。は〜ぁ……これで無事にドゥブロヴニクまで帰れる。心の底から安堵した。

今日はなにもかもが裏目に出る日──

快調に走るバスから車窓を眺めながら、ぼーっと今日の遠足について考えた。往復80knのバス料金と半日の時間使って、雷雨に遭って、カフェラテ飲んで、牡蠣食べて、塩買って、道路をとぼとぼ歩いただけ。別にそういう時間があっても構わないけど、思った以上にストン&マリストンは見どころがあって、それを何も見られなかったんだなーと、しみじみ。午前中のバスで来ても時間が余って余って仕方ないというほどではないかも。ただ、塩田見学も城壁歩きもそこそこ晴れていてこそ楽しめるものだからね。今日のところは致し方なかったと思うし、ドゥブロヴニクの見どころを削ってまでというのは本末転倒だ。

ストンとドゥブロヴニクのちょうど中間地点あたりに道路工事中の箇所があり、上り下りが交互に10台くらいずつ狭い迂回路を通らされる。その迂回路がなかなかの美景ポイント。崖ギリギリの未舗装の砂利道なので、図体の大きなバスは慎重にゆっくりだし、反対方向のクルマが通る間は停車して待つので、じっくり眺めを堪能できた。

工事中の迂回路からの迫力ある美景。とうとう綺麗な夕陽は見られなかったけれど、だいぶ雲は少なくなってきた。明日はドゥブロヴニク最終日、紺碧の海が見られますように!

帰りはたったの1時間でドゥブロヴニクのバスターミナルに着いたのは日没前の20時だった。せっかく明るいうちに着いたというのに、疲れて思考停止していたせいなのか、私はバス停を勘違いしたまま50分も待ち続けてしまった。
ちょっと考えてみれば当たり前なんだけど、市内バスのバス停はターミナルの敷地を出た外側の道路沿いにある。勘違いしてしまうのは、中長距離バス乗場の一番端っこにいくつかの路線番号を書いたローカルバスの標識が立っているからだ。待てど暮らせど1本もバスが来なければ不思議にも思うけど、たまに敷地内に入ってくるバスがあるので、次には自分の乗るバスが来るのでは?と立ち去り難くなってしまうわけ。柵の向こうの道路に通り過ぎるバスの屋根がいくつも見えて「あれ?」と行ってみたら、そこがバス停だった。もうーーーッ! あの紛らわしい標識は撤去していただきたい!

ああ、今日はとことん裏目に出たり時間の無駄遣いになったりする日なんだなあ……まあ、大きな事故などなくてよかったと考えるようにしよう。
旧市街行きのバスはこの時間帯でも7〜8分おきに来るので、数分待つだけですぐに乗れた。そういうわけでピレ門まで帰り着いたのはもう21時をだいぶ過ぎていた。

クロアチア最後の晩餐は尾頭付き!

夜の旧市街は今晩も賑わっていた。ディナー後の腹ごなしにそぞろ歩いている人たちもいれば、晩餐の真っ最中の人たち、もちろんこれから食事やお酒を楽しもうという人たちもたくさんいる。

私は当初行く予定にしていた《D'vino Wine Bar》というワインバーに向かってみた。クロアチアのワインをたくさん取り揃えていて、3種類とか5種類とか組み合わせた飲み比べセットがとても楽しそうだったから。夕方に牡蠣を食べているから軽くつまむだけでいいだろうとも思ったし。
プラツァ通りから山側へ1本入る階段途中の路地の狭い店で、店内のカウンター席は空いていたけれど、外の気持ちよさそうな席はすでに全部埋まっている。ただ、私は牡蠣をちょっとばかり食べたせいで、よけいにお腹が減ってしまっていることに気がついちゃったのだ。うーん、あれはどう考えても前菜だったよね……。この店はいい雰囲気ではあるけれど、ワイン主体なのでチーズやハム程度のつまみしかない。実はかなり空腹を感じていたので、しっかり食べることにしようっと。それにしても旧市街内の飲食店の多いこと多いこと。

ずらずら並ぶ店の雰囲気を窺ったり、お客の食べてるものをちらちら見たり、店頭メニューを眺めたりしながら周辺の店を物色して歩く。一軒の店のメインディッシュの項に「Today's Fishing」というものがあった。「今日の水揚げ」ってこと? 時価ってのがちょっと不安だなーなどと考えていると、店のマダムに声をかけられたので尋ねてみると今日はシーバスだとのこと。シーバスってスズキだよね。あー、白身の魚食べたいな、スズキなら目をむくほど高価にはならないだろう、ということでこの店に決定。調理法を尋ねられたのでグリルでお願いする。

階段横の席なのでテーブルも椅子も傾いている。ワイングラスは曲がっていませんよ

シンプルに塩焼きされた尾頭付きのスズキ。日本人だからこんなのは楽勝! 身がしっとりふわふわで、皮がパリッとして本当に美味しい。付け合わせの野菜もシンプルなグリルで、ワインより白飯が恋しいくらい

登場したシーバスは30cm近くあった。日本ではスズキは切り身で出ることがほとんどだけど、スズキって確か出世魚だったので、つまりこの大きさのうちは別の名前なのよね。スズキの前はなんていうのかな? 英語では全部シーバスでくくっちゃうようだけど。大きいけれど淡白で美味しいので難なくパクパク、絵に描いたような魚の骨の形に綺麗にペロリと平らげた。時価だからちょっとビクビクしてたけど、ワインと合計で200knだったのでホッとする。

帰国後に撮影したドゥブロヴニクのお土産たち。蜜でコーティングしたドライいちじくをドライオレンジやアーモンドをお洒落にパッケージしたもの、白っぽく粉っぽく艶もなく不揃いなドライいちじくを大袋にどさっと詰めたもの。でも、実は見てくれの悪い方が私の好みの味だった。塩はどっさり500g

5泊6日のクロアチア滞在ももう終わり。明日は夕方の飛行機までの時間を見残したドゥブロヴニク観光にがっつり当てなくちゃ。夜空を見上げる限りでは雲は少なく、またたく星もたくさん見えている。明日こそ晴れるんじゃないかなぁ? スプリットやシベニクで見た青いアドリア海をドゥブロヴニクでも見たいよ……。

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