Le moineau 番外編
- 紺碧のイタリアとクロアチア歩き -

ついに最終日、短期決戦ローマ観光のスタート

旅の12日め、今日はもう帰国日。とはいえ、飛行機は午後の3時だから午前中いっぱいは観光に使える。このホテルのチェックアウトは12時までOKなので、いったん戻ってこられるのも助かるわぁ。荷造りは98%まですませておいて、7時過ぎには朝食ルームに行き、可もなく不可もない朝食をしっかり食べる。たぶん14時頃まで何も口にできないだろうからね。よし、準備万端、最後の足掻きに向かってGO!

トラステヴェレ駅前から8番トラムに乗り、テヴェレ川を渡ったひとつ先で降り、ナヴォーナ広場 Piazza Navona まで歩く。広場近くのサンタ・マリア・デッラ・パーチェ教会 Santa Maria della Pace が目的地。ここは月、水、土の週3日、しかも午前中の2時間半しか扉を開いてくれない。それでもマシになった方で、数年前までは開かずの教会として有名で、予定を合わせるのがとても困難だったという。土曜日の午前中が当てられるならぜひともこのチャンスを逃したくない。そうなの、私はそのために旅程を一日のばしたのよ!

日中はこれでもかと大量の人々を集めるナヴォーナ広場も朝8時台のはまだ人が少なく静かだ。半分近くに影が落ちてしまっているけれど、そのぶん青空が清々しいわぁ

人の少ないナヴォーナ広場を歩き回って噴水の彫刻をじっくり眺めたりして時間をつぶし、開扉同時に入るべく9時5分前に満を持して広場脇の路地を教会に向かった。鼻息荒く門前で待つものの、9時になっても門が開かない。まあ、イタリアだからねぇ、数分遅れるようなことは日常茶飯でしょ。ところが5分待っても10分待っても15分待っても開かない。門の奥に見える扉は半分開いていて、ヨボヨボの爺さんがゆっくりと行ったり来たり、内部の照明をポツリポツリと点したり掃除したりしている様子。準備してるんだろうけど、でももう9時過ぎてるよ! 牢屋の囚人よろしく門をつかんでガチャガチャしたけれど、彼はまったくのマイペースで、こちらを見ようともしない。気づいているのかすらわからない。

しばらくすると鍵束を持った爺さんがよろよろと扉まで歩いてきた。いよいよ門を開けてくれるのかと思いきや、入口脇に立ったまま外を見ている。彼の顔はこちらに向いているものの目は私を見てはいない。結局9時半まで開けてくれなかった。9時半オープンが正しいらしい。

サンタ・マリア・デッラ・パーチェ教会の半円形になっているファサードは真っ白で小さくて可愛く、花の鉢植えなどが並べられていて一瞬どこかの家の玄関のようで、見落としてしまいそう

9時に行ったのに門が閉まっている! でも扉は開いているのできっと準備中なのかな?

開扉同時に入ったのは私ひとりだった。
ラファエロの作品『巫女』のあるキージ礼拝堂 Cappella Chigi は、足を踏み入れていきなり横に現れる。ポポロ教会のキージ礼拝堂もラファエロとベルニーニだったっけ。キージ家はラファエロ贔屓なのね。
ダ・ヴィンチやミケランジェロとともにルネサンス御三家として並び称されるラファエロだけど、彼ひとりだけがずっと若い。すでに巨匠であった偉大な二人に憧れて崇拝し尊敬しつつ模倣もし、結果的に "二人のいいとこ取り" の作風になったように思う。この作品はそれがとても如実で、身体の動きやポーズなどはミケランジェロの、豊かで深い表情などはダ・ヴィンチの、でも全体的にはとても親しみやすく柔らかい雰囲気で、なにより色彩とそのグラデーションが桁違いに美しい。閉ざされていることが多かったために劣化を免れたということなのかしら。とにかく私は、このラファエロ作品をとても気に入った。

内部に入っても小さい。なのに、あまりに中身が盛りだくさんなので驚愕する

ラファエロ作品のあるキージ礼拝堂は入口を入ってすぐ右側。教会に入ってわずか3歩でラファエロが眼前に!

ポンツェッティ礼拝堂のフレスコ画もみごと。特に天蓋に描かれた聖書の物語がとても緻密で、鮮やかな赤いラインがハッとするほど美しい

円熟期のラファエロの特徴がこれでもかと詰め込まれている。彼のむちっとした筆致はあまり好みではないと思っていたけど、天使を描くとそのむちむち具合が可愛らしいことったらない。特に左側の頬杖をついているコがサイコー!

礼拝堂の名前を記してくるのを忘れてしまったけれど、これはたぶん生前の姿の彫刻が乗った棺だと思う。男女なのでたぶん夫婦だけど、片肘ついてゴロ寝しているというのは異質。エジプト人のような人が棺を支えているのも珍しい

小さいながらも身廊の奥には八角形の後陣があって八角形のクーポラもある。クーポラの装飾はまるでレース編みののような繊細さ

キージ礼拝堂の向かい側のポンツェッティ礼拝堂 Cappella Ponzetti、キージ礼拝堂隣のチェージ礼拝堂 Cappella Cesi、さほど大きくはないけれど美しいクーポラ……小さいながらもあちこちに贅を尽くした教会だ。でもゴテゴテしてなくてとても落ち着いている。ああ、見にきてよかった。本当によかった。
外観からは想像もできないような美しい教会はローマ中あちこちにある。何度来ても、都度新しい驚きがあるね。

うっとりとラファエロの前に立っていると、20代半ばくらいの男性がひとりずかずかと入ってきた。にこやかに「チャオ! マダ〜ム」と右手を差し出され、勢いに飲まれて思わず握手してしまった。彼は私の手を両手で包んだまま「あなたは友人! 僕にパンを買う金をくれたまえ」というようなことを言う。はぁ!? 身なりは小綺麗だし、フレンドリーでやたら能動的で堂々としているけど、もしかしてこれは新手の物乞い? 「ノー」と首を振ると、彼は笑顔を保ったまま「OK。チャオ!」と手を振って去っていった。

なんか鳩が豆鉄砲くらったみたいにビックリしてしまい、この教会の美しい回廊を見るのを忘れてしまったじゃないのよ! バカ!

さらにカラヴァッジョに逢いにゆく

ナヴォーナ広場周辺の教会巡りを続けよう。限定オープンの教会を見るという使命は無事遂行したので、ここからヴェネツィア広場の8番トラム乗場まで戻る道すがらの教会にいくつか立ち寄ることとする。まずはカラッヴァジョのあるローマの3ヶ所の教会の最後のひとつ、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会 San Luigi dei Francesi に向かう。サンタゴスティーノ教会 Chiesa di Sant’Agostino は去年、サンタ・マリア・デル・ポポロ教会 Basilica Parrocchiale Santa Maria del Popolo は昨日行ったからね。

ナヴォーナ広場には1時間前の閑散具合が嘘のように人が増え、賑わい始めていた。それを横目に広場を横切り、パーチェ教会とは反対側に。教会はほとんど人通りのないような静かな裏通りに面しているのに、途中には自動小銃を持った兵士がそこかしこに立っていた。テロ対象になる何かがこの周辺にあるんだろうか?

教会のファサードは比較的地味で、さらに特徴のない裏通りの特徴のない建物の間にはさまって建っているので、入口真ん前まで来ても注意してないと通り過ぎてしまいそう。フランチェージの名の由来は、ローマにおけるフランスの教会であることからだそう。フランスの守護聖人である聖ルイを祀る教会で、多くの著名なフランス人が埋葬されている。
フランス人のための国民教会であるけれど、ここを有名にしているのはコンタレッリ礼拝堂 Cappella Contarelli のカラヴァッジョ作品。この教会がまだ無名のカラヴァッジョを初めて世の中に送り出したのだとか。

サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会の中にはすごくたくさんの人がいた。ドメニキーノの天井画やバロックの装飾にもロココっぽい匂いも感じられ、中の造りのそこここにフランスっぽい甘い華やかさが満ちている

左側にある『聖マタイの召命』。この時間帯は上から射し込む光が斜めに白く横切っていて、ほとんど見えない。この写真は後でレベル補正をしてなんとか調子が出したもの

右側の『聖マタイの殉教』も上部が少し光ってしまっている。ただでさえ斜め方向で見づらいのに……

フラッシュ禁止の表示が意味ないと思えるほどに直射日光攻撃を受けている若きカラヴァッジョのマタイ三部作

聖ルイ9世の祭壇画。絵の上には優美な天使の彫刻が施され、祭壇全体が華やかに彩られている

扉上のパイプオルガンを天使の彫像が支える。左側の柱に立つのはフランスの国民的ヒロイン、ジャンヌ・ダルクの彫像。とことんフランスに所縁がある教会だ

聖ルイ9世の祭壇にはクーポラもたくさんの彫像で装飾されている。まるで天使に天上に導かれていくかのような……

さあ、これでカラヴァッジョのあるローマの教会3つは制覇した。本当は最初に心臓をわしづかみにされた『洗礼者ヨハネ』に逢いにカピトリーノ美術館にも行きたいところだけど、今回もまた無理だなぁ……。
昨日も思ったことだけど、白い壁の美術館よりも、ほの暗い教会の片隅にある方がカラヴァッジョ作品には似つかわしいように思う。正面から見られなくても、近寄れなくても、ちゃんとした光線でなくても、ね。

>> 日本では2016年に上野の国立西洋美術館でカラヴァッジョ展があった。そのラインナップにさらに日本未公開のボルゲーゼ美術館所蔵の3点を加えて、2019年から2020年にかけて札幌・名古屋・大阪で巡回展があるらしい。つまり、その間にボルゲーゼ美術館を訪れてもカラヴァッジョはいないということ

残り1時間、駆け足の教会巡りのラストスパート

サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会のある人通りの少ない道を抜けると、ものの2〜3分でパンテオン Pantheon のあるロトンダ広場 Piazza della Rotonda に出る。歴史的な美しい建造物の美しい広場で最初に目に入ってくるのは、ものすごくたくさんの人、人、人! 観光客、物売り、大道芸人……クルマが通り抜けていないのがせめての救いの賑やかさ。

ありえないほど大量の人たちで溢れているパンテオン前のロトンド広場を通過する。これもちゃんとローマにいるよ〜の証拠写真

パンテオンから左の脇道に入っていくと、ローマで唯一残っているゴシック様式の教会サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会 Basilica di Santa Maria sopra Minerva がひっそりと佇んでいる。ローマの教会としては珍しい四角いファサードは残念ながら修復中で、グレーのシートにぴっちりと覆われているのでなおさら目立たない。教会前の広場に立つベルニーニ発案の象のオベリスクが目印になるはずだけど、バックはグレーだし周辺に資材は置きっぱなしだしで、ほとんど工事現場の雰囲気の中に埋没している。思わず通り過ぎちゃうところだったわ。

ラテン十字形の内部には、高いヴォールト天井や身廊の尖頭アーチなどにゴシックの特徴があり、外観のちんまり感(シートに覆われていたからなおのこと)からは想像できないほどの広々とした空間がある。代表的なゴシック建築の教会といえば、フランス各地のノートルダム聖堂やドイツのケルン大聖堂で、とにかく大きく高く上へ上へと伸ばしていく尖った石の塊のイメージ。そういった豪壮さや重厚さや威圧感はなく、やっぱりイタリア的な軽い華やかさに満ちている。でも、シートに覆われているもんだから、とにかく暗いのよね。ファサードのバラ窓も光が遮断されてしまって、聖母の周りに百合をあしらったというステンドグラスが見えないのはとても残念。

この教会もまた美術館にも劣らない美術品がたくさんあり、入ってすぐのホール部分には、堂内案内図と懇切丁寧な説明と写真つきの作品一覧のパネルがずらっと並んでいる。一番の目的はフィリッピーノ・リッピとミケランジェロ。

ゴシック教会ならではの、高い柱とヴォールト天井、そしてステンドグラスとバラ窓

フィリッポ・リッピの息子のフィリーピーノ・リッピの『聖母被昇天』は、リッピらしい明るく華やかな色使い。祭壇中央にあるのは『受胎告知』

名前を控えてくるのを忘れてしまったたくさんの天使たちの舞う礼拝堂。とてもとても気に入った

柱の脇にひっそりとあるので気づく人も少ないミケランジェロの彫刻。「触るな」と書いてあるので、レプリカではなくオリジナルでしょ。こんなふうに当たり前に置いてあるのがすごい

吸い込まれるような深い青色の中に、金色に輝く星や聖人たちの姿が描かれ、とても神秘的で心落ち着く空間になっている。交差したヴォールト天井は宇宙を表しているのだとか

目指すフィリッピーノ・リッピのフレスコ画は、右側の翼廊のカラファ礼拝堂 Cappella di Calafa にあった。ここもコインを入れると照明が点く。カラヴァッジョのように人だかりがしているわけではないので、誰かのおこぼれに預かることも誰かにおこぼれを与えることもなく、私の入れたコインで私だけが見る。スポレートの大聖堂で逢って以来のリッピのフレスコ画をじっくりと味わった。スポレートの天井画は父親のフィリッポ・リッピの遺作だけど、仕上げたのは息子のフィリッピーノだからね。

マリアさまの眼差しが柔らかなゴッツォリの『祝福を受ける聖母子』、優し気な表情ながらも威厳あるペルジーノの『イエス・キリスト』、ロマーノの『受胎告知』は同じ主題のリッピ作品と見比べてみるのも興味深い。主祭壇にはシエナの聖カタリナの墓、その隣にはフラ・アンジェリコの墓もあって、自分自身の描いた聖母子像が穏やかに棺を見下ろしている。そして、ミケランジェロの『十字架を運ぶイエス・キリスト』の大理石像が主祭壇脇の柱の前にさりげなく立っている。あまりにさり気なさ過ぎて、みんな気づかずに通り過ぎていく。主祭壇の両脇の柱には彫像が一体ずつあり、ミケランジェロ作は左側。右側の像を作った方にはお気の毒だけど、双方を同時に俯瞰して眺めると力量の違いはあからさま。

いやはや、ローマの教会は奥深い。

最後に駆け込み食べ納め。そして幕切れはトホホ……

サンタ・マリア・デッラ・パーチェ教会、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会と3つの教会を見た。駆け足ながらもじっくり堪能したし、そろそろタイムアウトかなあ……。本当はあとひとつジェズ教会 Chiesa del Gesu を見る予定だったけど、欲張らない方がいいな。ということで、最後は教会よりもジェラートを食べ納めすることにした。

ジェズ教会前にある《Vale Gelato》という店はカラフルなマカロンも売りのよう。ミルクフィオーレとピスタチオの2フレーバー€2.50に€1のモカマカロンをトッピング。奥のイートインコーナーには広いスペースと絵本や遊具などもあるので、子供連れの休憩にも最適

この店では無難はフレーバーを選んでしまったせいもあるけれど、個人的には昨日の店の方が好みだったな。でも、もっと美味しかったのはラヴェンナの店の方だな。クロアチアのアイスクリームはちょっと水っぽい感じだったけど、暑い日にはその方がサラッと食べられるのかもしれない。イタリアでうんと暑い日ならジェラートよりも断然グラニータだよな。そんなことを考えながらラスト・ジェラートを味わった。

ヴェネツィア広場の端っこにある乗場から何度もお世話になった8番トラムに乗る。これからもローマ滞在の際にはお世話になるんだろうな

新緑が目に鮮やかなトラステヴェレ駅前の停留所

去年は12時ギリギリになってしまったけれど、今年はきちんと余裕を持って11時半にホテルに帰り着いた。さすがにシャワーを浴びる時間はないけれど、汗ばんだ服を着替えて荷造りを完了し、チェックアウト。12:21の普通電車でフィウミチーノ空港までは30分。
前日にウェブチェックイン済みだけど、去年はオタオタしてしまった自動荷物預けマシンも今年はちゃんと出来た。へへん、学習したんだよ、私だって。

空港で遅いお昼ごはんがイタリア・ラストごはん。どうやらナポリに本店のある店のようなので、大好きなナポリのお菓子スフォリアテッラも買ってしまう

荷物預けからX線チェックまではものの10分程度でサクサク進んだので、これなら30分遅い電車でも大丈夫だったかな、時間持て余しちゃうかなと思っていたら、まさかまさかの出国審査が大混雑。余裕ブチかましてたけど、イミグレ前の行列で40分以上もイライラさせられるとは思わなかったわ。最後まで気を緩めちゃいけないいけない……「おウチに帰るまでが遠足です」

そんなこんなで細かなトラブルは多々あれど、今回も旅はつつがなく終わった………と言いたいところだけど。
私は最後に飛行機の中で気を抜いてしまい、ジャケットとマスクとのど飴を荷物棚に入れっぱなしにしてしまった。ちょっと寒いなあ……喉が痛いなあ……と思いつつも、隣席の人に退いてもらうのを憚っているうちに眠ってしまい、気がついたら背筋がゾクゾクして喉がヒリヒリに痛かった。あれぇ、これはちょっとマズいかも……?

無事に成田に着いてリムジンバスに乗り込んでからも、ゾクゾクヒリヒリは続いていて、そのうち頭がボーッとして身体が熱くなってきた。ああ、本格的にマズいかも……(TT)

帰宅するなり寝室に直行してベッドに昏倒し、それから3日間、私は発熱し昏々と眠り続けたのであった。若くはないってコト、しみじみ思い知らされたトホホな幕切れだった。

-The End-

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