Le moineau 番外編
イタリア〜スロヴェニア〜クロアチア漂遊
- ヴェネツィア共和国の足跡を辿る -

メストレを離れ、国境近くの町トリエステへ

夜中の2時、突然パッチリと目が覚めてしまった。ベッドに入ったのは日付が変わる直前くらいだったと思うので、まだ2時間しか眠ってない。そのうち二度寝できるんじゃないかと悶々としていたけれど、全然ダメ。

今日はヴェネツィアから離れて、イタリア半島付け根の東端の町トリエステに移動する予定だ。ゆったりめに出発しようと思ってたけど、もう早めの列車でとっとと向かっちゃおう。メストレからトリエステに行く列車は7時台には3本もあるのに、8時台には1本もなく、その次は9:53発までないのだ。そうと決めたら急に慌ただしくなってきて、一気にバタバタと支度する。シャワー浴びて、朝ごはん食べて、荷造りして……昨日買ったオリーブ入りのフォカッチャはちょっと固くなっていて、噛みしめてると美味しいけれど、急いで飲み下すと胸が詰まる。

支度しているうちに眠くなってきたけど、ここでうっかり横になろうものなら大変なことになりそう。睡魔を振り払うようにして、7時過ぎには荷物を全部まとめてチェックアウトするべく階下に。朝のレセプション担当は中国系の男性で、二度もせっかちな醜態を見せてしまったイケメン男性ではなかった。ホッとする反面、もう一度お会いしたかったような……(^^)
宿泊費は予約時にすでにクレジット決済してあるので、市税の€2.40×3日分をキャッシュで払って完了。

トリエステまでの料金は€13.10。まだ7時10分だけど、7:53発の列車に乗ることにして構内のバールでカプチーノを啜る。7時台には17分発と29分発もあってどちらもまだ乗れるけど、停車駅やルートの関係で53分発が一番早くトリエステに着くのだ。

車窓から眺める空にはちょっと変な感じの雲。予報では大気の状態が不安定で週末にかけて天候が荒れていくとのことだけど……

湿地のような森の向こうにアドリア海が見え隠れし始めた。だんだんワクワクしてくるね

メストレ駅を5分遅れて列車は出発。車窓の外にはヴェネト地方の田園風景が広がっている。線路際には赤やオレンジのポピーが群生していて、通り過ぎる一瞬でもその鮮やかさが目に残る。白い野バラの木もあちこちにあって可憐に咲き乱れている。ヴェネツィア近くは草原のような田園風景だったけれど、走っているうちに畑が、特にぶどう畑が増えてきた。これがみんなヴェネト地方のすっきりと美味しい白ワインになるのねぇ、きっと。
途中にトリエステ空港駅があったけれど、終点のトリエステまではまだ40分近く手前で、列車の本数だって多いわけでないし使い勝手のいい空港ではなさそう……

モザイクの遺跡のある世界遺産の町アクイレイア、続いてモンファルコネを過ぎると青い海が見え始め、その青さがもうなんとも鮮やかでいて深く明るい藍色をしている。ああ、アドリア海! 紺碧のアドリア海だあ! その後は終点のトリエステ中央駅直前までほぼ海を見下ろしながら走っていく絶景ルート。急に建物が増え始めたと思ったら到着だった。メストレからトリエステまでは2時間足らずだったのでまだ9時50分だ。

早めにチェックインできてラッキー♥

トリエステには一泊だけの予定で、駅近のホテルを予約してある。荷物だけ預かってもらうことになるなぁ。駅のトイレは料金が€1もしたけれど、個室内が車椅子用トイレ並みに広かった。床にスーツケースを広げて、預ける分と街歩きに使う分とに荷物整理し直せた。

中央駅前には、リベルタ庭園広場 Giardino di Piazza della Liberta という公園なんだか広場なんだかという緑地があり、市内の路線バスの発着所が取り囲むようなロータリーになっていた。ただその周りをさらに車道が取り囲んでいて、緑地広場に出るにしても道路を渡るにしても階段を下りて地下道をくぐっていくしかない。横断歩道はないし、地下道は何方向かに分かれているので、適当に行って間違えてしまったらいちいち階段上り下りなので進行方向は慎重にね。
幸いにも間違えることなく、カルロ・ゲガ通り Via Carlo Ghega に入れた。この通りと裏手に平行したジェッパ通り Via della Geppa には手頃な中級ホテルが6〜7軒連なっている。予約した Hotel Colombia(イタリアなのになぜかコロンビア……) もその中のひとつで、朝食つきシングルルームが€65とお手頃価格だった。10時20分だったので、チェックインは出来ても部屋には入れないだろうと思ったら、もう準備できてるからと通してもらえた。よかったぁ!

トリエステでは一泊だけなので利便性重視。必要最低限にして十分な簡素なシングルルーム。うっかりカメラのキラキラ加工フィルターをオンにしてしまっていて、窓からの光がすごいゴージャスなことになってるけど……

せっかく部屋に通してもらえたので、30分ほど休憩することに。これ以上休んでいると本格的に眠ってしまいそうなので、11時には街歩きに出発。トリエステ滞在は24時間しかないので、時間無駄には出来ないもの。

"東側の国の香り" がする一風変わったイタリア

トリエステはイタリア北東部のフリウリ=ベネチア=ジュリア自治州の州都で、アドリア海沿岸とスロヴェニアとの国境にある港湾都市だ。こうした地理的な問題もあってか、この町は多くの民族や国家の支配を受けてきていた。共和制ローマ→東ローマ帝国→フランク王国→ヴェネツィア共和国→フランス帝国→オーストリア=ハンガリー帝国(ハプスブルク)→ユーゴスラヴィア……。ハプスブルクの支配が長かったので、随所に "東側の国の香り" がする。まず、建物がいきなり大きくて豪壮になった。建築様式も含めてウィーンっぽい。イタリアの建築物にはこういった方向の派手さや豪壮さはないよね。イタリアっぽくないイタリアだ。

建物がひとつひとつが大きいから、街路の一画の規模も大きい。かなり都会で、交通量も多い。よりによって昨日の訪問地がバッサーノやマロースティカという小さな町だったからね、違い過ぎて戸惑っちゃう。今日の方が陽射しがあって汗ばむくらいだし、睡眠不足でぼーーっとしているせいもあって、都会の喧噪が気に障るのかも。 ホテル裏手からローマ通り Via Roma を500mほど一直線に南下していくと、カナル・グランデ Canal Grande di Trieste に架かるロッソ橋 Ponte Rosso の上に出る。「大運河」という意味のカナル・グランデ、ヴェネツィアのものが有名だけど、トリエステにもこう呼ばれるスポットがあるのだ。見た目も規模もぜぇ〜んぜん違うけどさ。かつての運河の名残りといったところで、海岸まで200mほど続いているだけ。小樽の運河よりもたぶん短い。

トリエステのイメージ写真として定番のカナル・グランデ越しの聖アントニオ・ヌオーヴォ聖堂。今日は晴れているので運河に青空が映り込んでとても美しいこと!

カナル・グランデ沿いにはハプスブルクの香りのする壮麗な建物が立ち並んでいる

聖アントニオ・ヌオーヴォ聖堂に背を向けて海の方を向いたところ

吸い込まれそうな青! 午前中のアドリア海は明るく深い藍色をしている

ロッソ橋のたもとの広場には移動式のメリーゴーラウンドがあった。運河沿いに立ち並ぶ建物の一階にはカフェやレストランがテラス席を並べ、明るく華やいだ雰囲気。ドイツ系の団体観光客が多くゾロゾロ歩いているのも印象的だった。そのまま運河沿いをぷらぷらして海岸まで。ああ、なんという青! 去年クロアチアで見たアドリア海の色とはまた違う。イタリア側のアンコーナで見た色ともまた違う。青い海の前に立ち、大きく深呼吸。陽射しはちょっと強いけれど、海を渡る風が心地いい。

そのまま海沿いを400mほど歩いていくと、トリエステの中心イタリア統一広場(ウニタ・ディタリア広場)Piazza Unita d'Italia に出る。大きな四角形の広場で、一方が港に面して残りの三方にはこれはまた豪壮かつ優雅な建物たちが取り囲んでいる。港を背にして真正面の一番存在感のあるのが市庁舎 Comune di Trieste。かつてムッソリーニが民衆を前に演説を行った広場でもあるとか。そういえばパドヴァのプラート・デッラ・ヴァッレでも彼は演説したんだっけか。

イタリア統一広場の一番奥にどっしりと鎮座しているのは19世紀のネオクラシック様式の市庁舎。確かにイタリアの他の町の市庁舎よりはドイツ語圏の建造物に近いように思える。ウィーンの市庁舎はネオゴシック様式だったけれど、周辺の雰囲気含めて似ている

市庁舎の前にあるのは『四大陸の泉 Fontana dei Quattro Continenti』 の彫刻。そう、ローマのナヴォーナ広場にあるベルニーニの作品と同じ名前。もちろんベルニーニ作品ではないし、彫刻のデザインも全然違う

広場に面して並ぶ優雅なカフェのテラス席。イタリアのバール文化よりもウィーンのカフェ文化の影響が強いとのこと

片側が海に開けていることと、今日の青空と青い海との相乗効果もあって、清々しいまでに広々と突き抜けた美しい空間だ。海に面した広場としてはEU最大の広さだそう。面積だけでいったらもっと広い広場はゴロゴロあるんだろうけれど、この開放感は別格ね。なんて気持ちいいのかしら。

老舗ブッフェでトリエステ郷土料理に舌鼓

イタリア統一広場から県庁 Ufficio prefettura の脇を北に入ると、統一広場の続きのようにジュゼッペ・ヴェルディ広場 Piazza Giuseppe Verdi があり、ここもヴェルディ劇場 Teatro Verdiテルジェスト宮 Palazzo Tergesteo などの立派な建物たちが取り囲んでいる。ジュゼッペ・ヴェルディ広場の突き当たりを右に折れると三角形のボルサ広場 Piazza della Borsa。神殿風の造りの旧証券取引所(現在は商業会議所らしい)が面していて、広場の真ん中にはネプチューンの泉 Fontana di Nettuno の優美な彫刻が立っている。
まあ、広場と名づけられてはいるけれど、単に建物の間の道なんだけどね。建物ひとつひとつが大きいので、向かい合わせた間の道もそこそこ広くなってしまっているにすぎない。ボルサ広場が三角形なのも、とても広い三叉路だというわけ。この広場周辺の路地にはショップや飲食店、屋台などがたくさん集まっていて、いわゆる繁華街としての町の中心になっているみたい。まだ12時15分前だけど、このあたりでランチにしよう。おひとりさまは早めの入店を心がけておくにこしたことはないからね。

トリエステには「Buffet」という飲食店のカテゴリーがある。いわゆる一般的なブッフェ(日本でいうところの食べ放題やバイキング)ではなくて、郷土料理を出すカジュアルで気軽な店のことをいうらしい。
そんなトリエステ特有のブッフェのひとつ《Buffet Da Pepi》は1897年創業の老舗で、TVやガイドブックに取り上げられるほど有名でありながらも地元でも人気店とのこと。8時半から22時までノンストップで営業していて、出るものはというとトリエステならでは豚肉料理のみ! なんとまあ潔いこと。
店は本当に小さく、間口も狭く、店内も狭い。バールのようなカウンターがあって、ビールのサーバーがあり、ガラスケースの中にはいろんな部位の豚肉の塊がごろごろしている。路面のテラス席は10数卓程度だったけど、店内の席は小さい2人掛けテーブルが7〜8卓で、ファストフード店のようなカジュアルな雰囲気。あら、これなら気楽だわ。

注文するものは事前リサーチの結果、もう決めてある。初めての客にはまず最初にお奨めされるというボッリート・ミスト(bollito misto)。豚のいろんな部位やソーセージやパンチェッタなどの加工品を茹でたものの盛り合わせプレートだ。合わせる飲物はもちろんビールに決まってる。Dreher をジョッキで! 付け合わせは、ドイツ語圏料理では定番の……あれ? なんだっけ? えーと、あの、酸っぱい細切りキャベツ漬け……あー、なんていう名前だったっけ? 「ザウワークラウト」という単語が思い出せない。あーやだやだ、歳とるとこういうこと多くてさ。うねうねと指で細い線を書いたりしながらモゴモゴ口ごもる私。パニクったので英語の「キャベジ」も思い出せないし、なぜか「シュークルート」というフランス語の単語だけ出てきたけれど、もちろん通じない。しばしアウアウしていたけれど、突然「あっ! ザウワークラウト!」と思い出せた。不審な表情だった店の女の子もニッコリ。ふぅー、無事に注文完了(- -;)

豚さんの形のお皿が可愛い茹で豚盛り合わせ。マスタードとホースラディッシュをつけて食べるのも、付け合わせがザウアークラウトなのも、ちょっと酸味のある黒パンなのも、みんな中欧風

ケース内の塊から切り分けるだけなのですぐに出てきた。6種類の部位が盛り合わせてあって、一応説明してくれたけど、今ひとつわからなかった。でも、それぞれ味や食感が全然違っていて、それぞれ美味しいのは確か。ボイルなので塩けも脂もサッパリしていて、すいすい食べられる。ザウワークラウトはやや酸っぱめ、ヘナヘナではなく歯ごたえもあって、何かスパイスっぽい香りもある。スッキリした飲み口のピルスナービールにもすごくよく合う。うーーん、これは美味しいわぁぁ。こういう感じで食べられる豚肉料理はイタリアンぽくないけれど、味のクオリティが高いのは紛れもなくイタリアだわ。

私が入店した時には2〜3人しかいなかった店内もお客さんで賑わい始めてきた。買い物帰りのおばさんたちが待ち合わせしてたり、お母さんが小さな子と分け合ってたり、散歩途中のようなおじいちゃんが立ち食いしてたり、持ち帰り用に買いに来たり。地元の人は好きな部位だけパニーノにしてもらったりしてるみたい。
肉の量は結構あったと思うけれど、むしろ物足りないくらいの勢いでペロリと完食。合計€17。ごちそうさまでした!

サン・ジュストの丘まで "トリエステの坂道" を登る

昨日の睡眠時間は2時間しかないのに、お腹がいっぱいになっても眠くなってこない。たぶん、ワクワクしてるからだな。そのうちめちゃくちゃ睡魔が襲ってくるかもしれないし、明日から天気が崩れるらしいので、とりあえず元気で晴れてるうちに「海とセットになった高台からの俯瞰」をしておかなくちゃ。須賀敦子さんのエッセイ『トリエステの坂道』に書かれた魅力ある坂道をえっちらおっちら登りましょ。彼女の上質で軽妙な文体は没後20年を経てなお色褪せることなく、根強いファンが多い。私の周りにも彼女の愛読者がちらほらいて、「須賀さんの本でトリエステという地名を知った」と言う人が何人かいた。

町の背後からぐるりとトリエステ湾を見下ろすサン・ジュストの丘 Colle di San Giusto、その上に建つ城と教会を訪ねよう。24番の市バスでもアクセス可能らしいけれど、私は坂道や階段なんてへっちゃら。むしろ徒歩でのんびり景色を巡って上り下りの行程を楽しみたい。だって、途中でどんな素敵な風景に出逢えるかわからないもの。そのために往路と復路でコースを変えるべくルート計画を練る。湾に面した真正面から丘を登るのではなく、側面から裏側を回り込むようにしてみよう。今いる場所からだとそのルートの方が迷わずにすみそうだから。
ボルサ広場からイタリア大通り Corso Italia を道なりに直進していき、ゴルドーニ広場 Piazza Carlo Goldoni で右に折れた先にギガンテの階段 Scala Dei Giganti が見えてきた。

車道はそのまま丘の下を突き抜けるトンネルに。そのトンネルの上にジグザグとつづら折りになっているギガンテの階段。パッと見だと教会のファサードのような、城壁の門のような……

階段上から見下ろしている偶然行き会った赤の他人のみなさんたち

みなさんたちが退いてからゴルドーニ広場方面を俯瞰する

ビル側面の非常階段のようにジグザグしているのは、ほとんど崖のような斜面を登るからなのね。振り返ってみると、距離はたいして進んでないのにいきなり視点が高くなっている。でも、この美しいジグザグ階段を登り切ってもまだ到達点ではなかった。この階段はギガンテの階段全体の3分の1くらいの部分でしかないのだった。登り切ったところには正面にさらに小高い丘があり、一直線に階段が続いている。その手前を横切るのは細い小径のモンテ通り Via del Monte には縦列駐車のクルマがずらり。

地図での予習では、サン・ジュストの丘の北側斜面のリメンブランツァ公園 Parco della Rimembranza を縦断する形になっているギガンテの階段をまっすぐに進むつもりだった。でも、丘をトンネルで抜ける道と公園内を斜めに横切る道、丘を巻くように迂回する小径、歩行者のみの階段道といろいろある。高低差や重なり具合は地図だけでは全然わからないもんよねぇ。

緑豊かなリメンブランツァ公園の中を真っ直ぐに階段が続いている。てっぺんのモニュメントまで行けば、果たしてそこが頂上なんだろうか……?

公園内には言葉を刻んだ白い石がたくさんあった。彫った文字の窪みを赤く染めてある形は全部同じだけど、詩のようなものだったり、人の名前のようなものだったり、内容には統一感がない感じ

サン・ジュスト城の側には古代ローマの神殿の遺構が残っている

公園内の階段を登り切ったところがようやく丘の一番高い位置だったようで、ブランコなどの子供の遊具のある小さな広場があり、その先に城壁が長々と横たわっている。ふぅー疲れた。 "トリエステの坂道" はなかなかヘビーだわぁ……。この城壁はサン・ジュスト城 Castello di San Giusto のものだろうけれど、どうやら城の真裏に出てしまったようで、左右どちらかからぐるっと回り込んでいかなくてはならない。さて、右側か左側か、入口はどっちが近い? 私はこういう時たいてい逆を選んで4分の3周してしまったりするので、最初は左に行きかけて「やっぱり逆にしておこう」と思って右に行った。右回りだといったん公園内に坂道を下がってからまた上るので、やっぱり遠回りの選択をしてしまったかと思ったけれど、おそらくどっちに回っても距離は同じくらいだった。でもアプローチ途中の眺めはきっとこちらが上だったと思うよ。思いたい。
北側からぐるっと回り込んで辿り着いたサン・ジュスト城、城砦が造られたのは15〜17世紀だけど、もともと古代ローマ時代の神殿があった場所だという。城の前にその遺構があった。

町を見下ろすサン・ジュスト城。町を見守るサン・ジュスト大聖堂

まるで城の前庭のような草ぼうぼうの神殿遺構をずかずかと横切って、跳ねあげ橋をくぐってサン・ジュスト城内に入ると、かつて市庁舎の屋根の上に立っていたという「初代鐘つき番」の2体のブロンズ像に迎えられる。その先の切符売場で€3の料金を払う。

内部に入るといきなりだだっ広い中庭が広がっているだけで、一瞬ナンダコレと拍子抜けするものの、城壁の階段を登って見晴し台に出た途端にそんな思いは吹き飛んでしまう。トリエステが一望できる超超絶景スポットなのだ! さすがに360度とはいかないけれど290度くらいはぐるりと見渡せる。坂道や階段を登ってくる苦労も報われるってもんだわ。
豪壮な建物の集まる中心地、丘の中腹に扇状に広がる家々、トリエステ湾の青い海、高く広がる青い空……こうして見ると海に近い低い部分以外はトリエステは斜面の町なのだということがよくわかる。こんなに素晴らしい絶景スポットだというのに、今日はこんなに気持ちのいい天気だというのに、観光客が10人くらいしかいない。あまり知られてないのかな? 統一広場やカナル・グランデ周辺には団体ツアーもたくさんいたのに、ここまでは来ないのかな? おかげでゆっくり美景を楽しむことが出来るけどね。

サン・ジュストの丘から眺めるトリエステ湾とトリエステ市街。午後になって雲がとてもドラマチックな顔つきになってきた。明日の午後から降水確率70%だっていうのは当たるんだろうか……

城内が博物館になっているので一応見ていこう。中庭に面した地上階部分はローマ時代のトリエステの展示。遺構からの出土品とか、町の歴史年表、映像やCG画像による当時のトリエステの再現図などがある。テクノロジーを用いての想像図は興味深くはあるけれど、展示物の量はさほどではない。展望台の途中から入る城内は武器博物館になっていた。槍、剣、銃、鎧……中世の武器がこれでもかと展示されている。ただ、行けども行けども武器ばかり、ていうか武器しかない。たいした解説もなくただ並べてあるだけなので、別に中世マニアでもない私は途中で飽きてきた。昨日マロースティカでもっと立派な武器をいっぱい見たばっかりだしね。まあ€3だし、あの展望台だけでも十分に料金に見合うものだったと思うわ。

かつての城砦内をひと巡りできるけれど、もともと要塞なので内装は無骨。全体的に博物館としての整備の行き届き方は今ひとつだった

槍や剣の細かい細工が格好いい! こういうの好きな方はワクワクしちゃうのかな

サン・ジュスト城の次は、その隣で町を見守るように佇むサン・ジュスト大聖堂 Cattedrale di San Giusto Martire を訪ねる。丘や城に名づけられた "聖ジュスト" はトリエステの町の守護聖人なのだ。
この聖堂はちょっと成り立ちが面白い。もともとローマ時代の神殿と飾り門とがあったこの場所に、5世紀頃に小さな教会が隣り合って建ち、14世紀頃にふたつをくっつけて再建したものが今のサン・ジュスト大聖堂の基になったとか。隣り合うそれぞれの壁を取っ払って間を中央廊にし、新たに主祭壇を作って屋根やファサードを作り直したというわけ。元のふたつの教会の構造をそのまま生かしたので、5廊式の中央廊両側の柱の本数も装飾も異なっている。両側の側廊それぞれも教会として成り立っているし、左右違うにもかかわらず全体として調和しているのも面白い。

隣り合った2つの教会を結合して14世紀に再建したので、中央が後からつけ足した部分、左右がもともと別だった教会。そのため柱列ばかりが並ぶ5身廊で左右非対称になっている


中央主祭壇のモザイクは1930年代に作った新しいものなので、とても近代風。綺麗だけど、なんだか教会内で見ると違和感あるなー

元アッスンタ教会側にある6世紀頃のモザイク『聖母子と大天使ミカエルとガブリエル』。コインを入れるとしばらく照明が点く。見とれていて、いざ写真を撮ろうとした瞬間に消えてしまった……

古い方の教会側には5世紀のものだというモザイクの床も一部残っている

大きなバラ窓にスタンドグラスは嵌まってない。天井は彩色した竜骨状で、升目のひとつひとつに星が描かれている

聖堂内部も人が少なかった。時期的なものなのか、トリエステという場所がそうなのか。私にとってはゆっくりと静謐な空気の中に身を置けてとてもよかったけれど。
外に出ると教会前には校外学習グループの中学生がわんさかといた。あらら、遭遇しなくてよかったわ。彼らは聖堂の鐘楼に登るための順番待ちをしているみたい。登ってみてもいいかと思ってたけどもういいや。たぶん、この高さと狭さでは城砦の見晴し台からの展望には遠く敵わないと思うから。

トリエステの小径を巡ってローマ時代の遺構に出逢う

私は裏側から回って丘の上に登ってきたので、帰りは教会の真正面の急峻な階段を下りて戻ることにする。サン・ジュストの丘への行き方としてガイドブックやウェブに載っているのは、ほとんどがこっちのルートだ。確かにね、公園の木々の中の階段より、家々の間の路地をくねくね歩く方が「"トリエステの坂道" を歩いている!」という実感は強いよね。でもそれは下り坂だって別にいいわけで。

サン・ジュスト大聖堂正面の階段から振り返ったものの、樹々が生い茂って全像が見えないのが残念

こんな急斜面の幅の狭い道に、横向きにぴっちり密接させて上手に停めるもんだなあ……ってつくづく感心するよね

サン・ジュストの丘のローマ神殿以外にも、トリエステ市内には古代ローマの遺構がいくつかある。せっかくなので帰り道にちらっとチェックしていこうと思う。古い門が一部だけ残って新しい建物に突き刺さっているリカルドのアーチ Arco di Riccardo は、適当に道なりに下っていく途中で突然そこにあった。そういうものがあるらしいという予備知識はあったけれど、探すつもりで歩いていたら逆に見逃してしまいそうなさり気なさ。あまりにも普通の何の変哲もない路地のすき間にひょいっと存在していて、そもそもの門がとても小さく、当たり前のように建物と一体化している。でも、これ紀元前1世紀の城壁の一部なんだっていうんだから……。

ところが途中で矢印のプレートまで出ていたローマ劇場 Teatro Romano di Trieste の方はなかなか見つけられない。私が勝手にローマのコロッセオのミニミニ・バージョンを思い描いて探していたせいもあるけれど。イタリアのみならずヨーロッパ中あちこちにこういう遺跡はあるし、観客席がすり鉢状になっているのは共通なのでついごっちゃになってしまうけれど、円形闘技場と劇場はそもそもの形が違うのよね。闘技場は楕円形で、劇場は扇形。闘技場は上に積み上げてるイメージなので町中で遠目にも目立つけど、劇場は地形を利用して掘り下げているイメージなので街並に埋もれてる。厳密には定義があるのだろうし、きちんと実地検証したわけではないので、あくまで私がこれまで見たことのある場所限定でのイメージね。

丘の上の神殿跡もずかずかと踏みしめ放題だったけど、リカルドのアーチも特別に保護されているわけでもない。ローマ劇場もそこに普通に存在しているだけで、みんな町の一部になっている。ローマ時代、町の中心は丘の上で劇場は町外れにあり、ここまで海が迫っていたらしい

ローマ劇場見つからないならもう見なくていいや、と中心部に戻るべく歩き始めたら……あった。井上陽水の歌詞が再び頭に響く。♪探すのをやめた時、見つかることはよくある話で……(^^;)

劇場を右手に見ながら大通りを道なりに進んでいくうちにカナル・グランデまで戻ってきた。なーんだ、中心部からほんの1本山側に入った程度に近かったんじゃないの。

20世紀初頭、アイルランドの作家ジェームス・ジョイスはここトリエステで英語教師をしていた。とのことで、カナル・グランデのロッソ橋上にジョイスのブロンズ像が立っている。この旅ではもう一度ジョイス像に出会うのだけど、それがどこかはお楽しみに……!

白亜のお城ミラマーレ城へショートトリップ

時刻は15時近い。ちょっと疲れて少し休憩したいところだけど、この勢いのままミラマーレ城 Castello di Miramare へ行ってしまおう。20〜30分程度だけどバスで行く郊外なので、明日の午前中ではちょっと忙しい。お天気もどうなるかわからないもの。なぜならミラマーレ城は、アドリア海を望む海岸線の断崖に建つ優美な「白亜の城」なのだ。とにかく海と空が青いうちでなくちゃ来た意味が半減しちゃう。

ミラマーレ城までは、路線バス6番の Grignano 行きに乗ればいい。ガイドブック含むさまざまな案内には36番バスとあるけれど、これは夏期のみとのこと。6番は通年運行している。駅前から乗るようにともあるけれど、駅は単なる途中の停留所でしかないので、もっとずっと手前の市内中心部から乗れる。私はホテル・ローマ前の停留所から乗った。切符はあらかじめ通りがかりのタバッキで2枚購入済み。

バス停近くの食料品店で水を買っていたら、ちょうど6番が来るのが見えたけど、赤信号で横断出来なくて乗り過ごしてしまった。15分おきに頻発しているはずなのに、次のバスまで25分待たされる。そもそもすでに疲れて眠かった私は、この時点でかなりぐったり。
直射日光がとても暑くて朦朧としかけたところにようやく来たバスは、とてもとても混んでいた。いや、空いているように見えて奥まで進んだら、そこには3〜4歳くらいの幼稚園児が15人くらいいたのよね。おまけにチビちゃんたちの側には赤ちゃんを乗せたベビーカーまであったのよね。チビちゃんたちが見えない入口近くの人たちがギュウギュウ押してくるし、バスはカッ飛び運転だし、私は防波堤になるしかなかった。左の腰骨にベビーカーが当たって痛いけど、右側で数珠つなぎになってるチビちゃんたちを押しつぶすわけにいかないので、背中を「くの字」にして踏ん張る。腕を突っ張って、さらにねじって、離れた手すりにつかまる。どんな筋トレだよ。それだけならともかく、チビちゃんたちは蜂の巣を突ついたようなぴーちくぱーちく大騒ぎ。カン高い声が寝不足の脳天に突き刺さるったらない。

バスはずっと海沿いを走っていくけれど車窓を楽しむ余裕もない。途中でベビーカーのママは降りていったけれど、チビちゃんたちとは最後まで一緒。苦行に耐えること25分間、終点のグリニャーノに到着した。移動時に休息するどころか、余計に疲れちゃったわ……

6番バス終点のグリニャーノはヨットが停泊しているマリーナ。ここを横目に奥へ進み、海に面したレストランの裏手に城のある公園の入口がある

レストラン裏の門から公園内に入り、階段と坂道をしばらく登っていくと小さな展望スペースが。振り返るとグリニャーノのマリーナが見下ろせた

小山のような小さな半島全体が城の敷地で、自然保護区でもあるミラマーレ城公園となっていて、林の中の小径や美しい庭園などがある。斜面の庭園は「超ミニミニ・シェーンブルン宮殿」みたいかも?

午後4時頃の海の色は午前中ほどの深い青ではなくなっていた。時間帯のせいか天気のせいか……。でも、さざ波がキラキラと光ってそれはそれは美しい

公園内の美しく整えられた木々のすき間から真っ白なお城が見えてきた

ミラマーレ城まで歩くには3ルートあって、ひとつ手前で降りてミラマーレ城公園 Parco del Castello Miramare 内を縦断していく方法、ふたつ手前で降りて海岸線に沿って散策しながらアプローチする方法とある。私は降りる場所で迷わないように、終点から公園内を横断しながら戻っていくルートをとったというわけ。どのルートをとっても15分くらいは歩かなくちゃならないけどね。
先ほど訪ねたサン・ジュスト城は城といっても無骨な要塞だったけれど、こちらミラマーレ城はロマンティックな宮殿系。青いアドリア海と澄んだ5月の空に映える白く美しいお城は、日本人の思い描く「ザ・ヨーロッパのお城」そのもの。

白亜の「ザ・ヨーロッパのお城」を堪能する

ミラマーレ城はオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフの弟マクシミリアンが妻シャルロッテのために心血注いで贅も尽くして建てたもの。ハプスブルク支配下で発展したトリエステを象徴する建造物でもあるわけ。なにしろ綺麗だもんね。

この城においても小学生や中学生や高校生の遠足および校外学習グループに10組ほども出くわした。イタリアの5月って、つまりそういうシーズンなわけね……。城にまだ到達する前、庭園内を歩いている時から雄叫びや歓声が響いていて不思議だったのだけど、それは15人くらいの男女混合高校生たちだった。彼らは海に突き出した桟橋の上で、城をバックに一斉にジャンプする瞬間を撮影しようとしていた。それだけの人数でピタリと揃うわけがないので、何度も何度も何度も撮り直す。そのたびにカウントする雄叫びをあげるのだ。う、う、うるせぇぇぇ!!! それに邪魔!!!!!! 彼らがずーっと占拠しているので近づけないけど、たぶん桟橋から城を見上げる構図はきっと素晴らしいはず。後で私も撮ろう〜っと。

城の前の庭園も端正に整えられている。桟橋の真ん中あたりの大きな突起物のようなのが高校生集団の塊

お城の裏側に回り込んで、海に臨んでいる外側のテラスをぐるりと巡る。遥か遠くにトリエステ市街もうっすらと見えている

庭園、前庭、桟橋周辺、外周のテラスは無料で歩き回れるエリア。特にテラスのところどころで星形の角のように突き出している部分では、海と空をバックに記念撮影するのに最適そう。30代くらいの夫婦がキスしている瞬間を撮っていて、このロマティックなシチュエーションだもんねーと微笑ましく見ていたら、そのシャッターを切っているのは7〜8歳くらいの彼らの娘だった。ほぇ〜、さすがアモーレの国であることよ……と、感心する。

公園や海べりを散歩して城の外観を眺めるだけでも十分に素敵だけど、ここまでせっかく来たのだから内部見学もしましょ。切符は€8とちょい高めだけど、トリエステの大事な観光スポットだもんねー。少なくともサン・ジュスト城の十数倍も観光客がいる。小中学生および高校生の校外学習、ガイドつき団体ツアーなどのグループのすき間にうまく挟まらなくちゃ。

マクシミリアン公が情熱を注いで建造した城だけど、実際に夫妻がここで生活を共にしていたのはほんの数年のことらしい。夫は若くして処刑されシャルロッテは心を閉ざしてこの城に隠遁したという、この美しい城は悲劇の城でもあるのだ。ともあれ、30ほどある部屋が全部見学できる。 いざ!

大きな窓が海に面した明るい部屋で、妻シャルロッテはピアノを弾いたり絵を描いたりしていたそう。肖像画の彼女は伝統衣装に身を包んでいて、とても綺麗

夫妻の寝室の隠し扉の先は、小さいながらも美しい礼拝堂に通じている。夫妻だけの祈りの場だったのかしら?

2階へ向かう階段ホールの装飾は、真っ白な壁に上質なオーク材の木彫が映え、シックで重厚な雰囲気

当時のヨーロッパはオリエンタルブームだったので、当然こうした中国趣味の部屋もある。続いて日本趣味の部屋もあるけれど……う〜ん? ちょっと違うんだよなぁ(^^;;)

お客様用ベッドルームは金ぴか使いまくり。こんなにぴかぴかな装飾で、こんなに広い部屋なのに、ベッドは狭いのよね

客人を迎えるための大広間。豪華絢爛というよりは、派手でけばけばしい印象を受ける。魚の骨のような天井装飾は面白いけど

夫妻が居住したのは主にグラウンドフロアで、大部分の部屋の窓から海が望める。妻と船旅とを愛したマクシミリアンの書斎は自身の船の船室に似せてあり、膨大なコレクションの図書室には幼き日のシャルロッテの肖像画と大きな地球儀が飾られている。わざと船室のように作られた低い天井のトイレや浴室、海に向けて大きく窓の開いた明るいシャルロッテの部屋、小さなベッドの並んだ夫妻の寝室……洗練された品のいい部屋が続いている。

ところが広々とした階段室を登って2階に上がると雰囲気は一変する。2階の内装はマクシミリアン公によるものではないのだ。20世紀初頭に住んだ貴族が改装し、大戦後は米軍司令所としても使われたりしたという。城のお客様用の部屋として見栄を張りまくって豪華絢爛に飾り立てて超派手派手。興味深く思ったのは、館内の解説パネルがイタリア語、ドイツ語、英語の順になっていること。そもそもイタリアの観光地でドイツ語解説があるのも少ないけど、英語より先とはね。やっぱり中欧寄りのイタリアなんだなあ……

写真撮り忘れ! ちょっと遺恨の残ったミラマーレ観光

同じハプスブルクの城といっても、ウィーンの王宮やシェーンブルン宮殿などとは広さでも豪華さでも品のよさでも足元にも及ばない。まあ、時代も違うけれど、海に面しているというロケーションはとても素晴らしいわ。オーストリアは海なし国だものね。
……などという感想も、旅行記を書こうとして改めて思い出したようなもので、その時は実はよく覚えていないの。ガイドツアーの団体を避けるように館内を移動し、睡眠2時間のツケがきて睡魔は襲ってくるし、歩きづめでバスでも立ちづめだったし、とにかく頭がぼーっとして足も痛くて。とりあえず館内をひととおり見るだけは見て、よろよろと庭園に出てくると、ベンチがいくつも並んだ休憩所のような場所がある。そこでしばらく廃人化してると、中学生の少年たちグループたちも集まってきた。音声オンのままスマホぽちぽちしたり、空のペットボトルぶつけ合ったり、騒いだり、世界中どこでもこの年代のガキどもは……ホントにもう!

もう少しぐったりしていたいけれど、早々に帰るとしよう。私は桟橋側から城を見上げたアングルで写真を撮りたかったことや、庭園の上の方から見下ろすようにも撮りたかったことも全部忘れて、海岸線に沿う道を歩き始めた。そう、この道は海を眺めながら遠くに見える城にだんだんと近づいていく道なのね。そこを逆に進んでるんだから、振り返らないと「青い海と空に突き出す白亜の城」は見えないわけ。なのに疲れ過ぎた私は無心にのそのそと足を進めるだけだった。庭園の中のように木陰もなく、17時でもまだまだ強い直射日光と海からの照り返しを受け、眩しいよ〜暑いよ〜〜とは考えてたけど。ハっと気がついたら、もう城は点のような大きさで、おまけに逆光で白亜なんだか灰褐色なんだかわからない色あい。あああああ、なんてこった!

写真を撮るためにだけに戻る気力も体力もないので、せめてもの慰めにと、海岸沿いの散策路の出口にあった看板を撮ってみた。この風景を見にきたはずなのに! せっかく晴れてたのに!

公園出口に隣接した駐車場脇にある細い階段を登って、森の中のトンネルのようなところを道なりに進むと、車道に出る。バス停はトリエステ方向に数mほど戻った道沿いにあった。4〜5人ほどがバスを待っている。5分もしないうちにバスは来たけれど、座席は全部埋まっていた。うぇーん。途中で座れるどころか、こまめに停車しては2人降りては3人乗ってくる感じで、車内の人数はじわじわ増えていくばかり。普通に生活路線なのね。

>> 後で自分の撮った写真を見てみたら、ミラマーレ城の全景がきちんと写ったものは1枚もなくて愕然とした。ただ、どのみち夕刻では逆光になってしまう。いっそ日没が早い季節なら夕陽の光景狙いもありだけど、城見学と撮影と両方を満たすなら午前中がいいと思う。午後は太陽光線が黄味を帯びてくるけれど、午前中の青みの光は白色を綺麗に見せてくれる。メリハリある陰影がつく方向から光が当たるし、海の青色が濃い。朝一番なら城内見学もきっと空いている

ディナーもデザートも "イタリアっぽくなさ" を楽しもう

ミラマーレ城のショートトリップから戻り、2時間ほど部屋でだらだら過ごした。さ、これ以上ゴロゴロしてると眠ってしまいそうなので、ディナーに出るか!

ランチに引き続き、ディナーも「ブッフェ」でトリエステならではの郷土料理を食べよう。目当ての《Buffet Marascutti》という店は、飲食店の集まる繁華エリアにはなく、ちょっとだけ離れている。お昼を食べた店はバールやファストフードのような気軽な雰囲気だったけど、こちらは家庭的な中級レストランやトラットリアという感じ。トリエステのブッフェとひとくちに言ってもずいぶん違うのね。でも、どちらも地元の人御用達の気取らない店であることには違いない。

オーダーは決めてある。トリエステ名物、パンのニョッキ! 普通はじゃがいもと小麦粉で作るニョッキだけど、パンをこねているのだとか。ポテトニョッキの方が美味しそうな気もするけど、それはイタリア中どこにでもあるので、ここはあえて……ね! ちなみにニョッキのソースもラグーソースとグヤーシュがある。グヤーシュ(グラーシュともいう)といえばハンガリーの代表料理だけど、ハンガリー以外にも、オーストリアとかドイツ南部とかチェコとかスロバキアとかポーランドとか……中欧東欧一帯で広く食べられている家庭的料理。国によって微妙に異なるけど、つまりはパプリカと牛肉のシチューやスープだ。

初めて食べたパンのニョッキは、ハンバーグの肉とつなぎの分量を逆転させた感じで「確かにこねたパンだな」という味。もちもちして、何かのスパイスと小さく刻んだパンチェッタが入っている。グヤーシュがスッキリしているので食べやすい。うん、中欧の味! どっさり鉢盛りされて具材がいろいろ乗ってるミックスサラダも、イタリアっぽくないな

シエナでトスカーナ地方の郷土料理リボリータ(野菜や豆と一緒に固くなったパンを煮込んだもの)を食べたことがある。このパンのニョッキも元々はマンマの残り物救済料理だったんだろうなぁ。ものすごく美味というわけではないけれど、家庭的な素朴な味がして、ものすごく腹持ちがよさそう。本場のグヤーシュは香辛料や油っぽさが口に合わないことがあるけど、いい感じにイタリアナイズされてて食べやすかった。グラス2杯ぶんの赤ワインと水のボトルもつけて€23.50。うん、妥当。
会計を待っている間、厨房の方からドン!ベシッ!バン!という音がしてきた。この音……もしかしてパンのニョッキをこねてる? あのモチモチ感は叩きつけるようにこねることで生まれた??

さて、時刻は21時半。寝不足の身体としてはさっさとホテルに帰りたいところだけど。
今日は日中におやつ食べそびれてたよね? ていうか、今日はメストレ駅でカプチーノ飲んだきりコーヒー飲んでないよね? で、トリエステにはウィーンから伝わってきたカフェ文化があるんだよね? そう、トリエステには「ラ・チッタ・デル・カフェ La Citta del Caffe」──カフェの街という別名もあるのだ。ということで、老舗のウィーン風カフェ《Antico Caffe San Marco》に行く。この町出身のウンベルト・サバはじめ多くの文化人や政治家が通った店なのだとか。このカフェもポツンと繁華エリアから離れているけれど、幸い今いる店と同じ道沿いにあるのだ。まあ、計画のうちに入れていたということね。

緩やかな上り坂の大通りを300mほど歩くと、建物の壁に「CAFFE S.MARCO」のネオンが見えてきた。たぶん創業年と思われる「1914」と彫られた重い扉を押して店内に入る。店内の雰囲気は100年前にタイムスリップしたかのような古色蒼然さだった。いえ、いい意味で。ダークな色調の木材の太い梁、木製のカウンターやテーブル、黄みを帯びた明るすぎない照明……この感じ、ウィーンの老舗カフェ《Cafe Hawelka》によく似てる。シュテファン寺院そばの裏路地にひっそりとある店だった。イタリアのバールでもフランスのカフェでもなく、オーストリアのカフェ風なのはやっぱりトリエステだからこそ。

ショーケースの中にもザッハトルテやキルシュトルテなどのウィーン風のケーキが並んでいる。アップルシュトゥルーデルを選んでみた。コーヒーはたっぷり飲みたかったのでエスプレッソをダブルで。

現在の内装は2013年に改装されたものというけれど、おそらくその時に本屋さんを組み込んだのだと思う。書棚の間にもテーブル席が点在している

グラスの水がサービスされるのもオーストリア流。これで銀のトレーにでも乗ってたら、本当にウィーンのカフェにいるんだと錯覚しそう。でも、エスプレッソが濃くてしっかりクレマの立っているところはちゃんとイタリアしてる

ウィーンの古いカフェの雰囲気そのもの。とても落ち着ける店内で、ひとりでゆっくり読書などするのも素敵。実際、そういうお客さんがちらほらいた

アップルシュトゥルーデルはトロトロ甘く煮たアップルパイもどきではなく、本格的にオーストリア式のものだった。中に詰めたフィリングは、小さく切ったリンゴをパン粉と砂糖とバターで炒めたポロポロしたもの。シナモンとラム酒がかなり効いてて、あまり甘くなく、レーズンやくるみの食感もある。よかったぁ、お腹パンパンだからクソ甘な巨大ケーキ出てきたら別腹でも対処出来ずに持て余すところだったよ。ものすごく落ち着ける店で、いくらでも寛いでいられそうだけど、30分ほどで引き上げることに。もうね、ヘロヘロに疲れ果てて、眠くて眠くて。

レジでの支払いの時に「私たちのアップルシュトゥルーデルはいかがでした?」と聞かれた。
「美味しかった。リンゴを甘く煮たアップルパイみたいの想像してたら、本格的なオーストリア・スタイルでびっくりした。ちょっとスパイシーで大人の味わいがした」というような感想を流暢に言えるはずもなく……「あ、あ、ベリー・グッド! で、でりしゃぁす!」としどろもどろ。咄嗟のことでパニクったとはいえ、ダメダメじゃーん。レジの彼女は「Grazie!」とにこにこしてくれたので通じたようけど。
老舗カフェだから高いのかなと思ったら、カフェがダブルでケーキも食べて€6.80だった。

イタリア統一広場の夜景が綺麗だということだけど、ここからだと遠回りだし、わざわざ立ち寄る気力はなかった。一目散にホテルに帰り、22時半にはベッドに昏倒した。
ちなみに本日の歩数は19179歩と2万歩に届かず。列車移動もあったからね、少なめ。こんなに疲れているのはいっぱい歩いたからでなくて、ひとえに寝不足のせいね。判断力鈍るのは事故や犯罪にもつながるし、一人旅には命取りになるのでしっかり眠っておかなくちゃ。




PREV

TOP

NEXT

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送