Le moineau 番外編

またも朝から一人で街を走り回る

大熟睡してしまった。
6時に起きるつもりだったのだが、もう7時半である。プラハ観光初日としてはやはり、いの一番で、名実ともにプラハのシンボル、プラハ城 Prazky hrad に向かうのだ。観光シーズンということもあり、人の量たるやハンパでないだろうから、9時の開門に合わせて行っておきたかったんだけど。
でも、まあ寝過ごしたってコトは、身体がまだもうちょっと眠りたいと思っているというコトである。ゆっくりいきましょ。朝ご飯もゆっくり食べましょ。

アールヌーヴォー様式のここホテル・エヴロパは、1階のカフェも有名である。
宿泊客が朝食をとるのは、そのカフェの中2階。1階の天井が吹き抜けになっていて、その外側を見下ろす位置にテーブルが並べられている。……なかなか雰囲気いいんじゃない?

中2階は宿泊客専用のスペース。カフェが見下ろせる

ハムやソーセージの種類はこの程度

朝食の内容は、2つ星だから、ドレスデンの4つ星には比べるべくもなかったが、ハムやパン、シリアルの種類などは、4日間の毎朝、違うバリエーションで組み合わせられそうな程度にはあった。今朝も、お腹いっぱいに食べておく。とにかく、私たち親娘の旅先での食計画は「朝たっぷり、昼は抜くか、おやつ程度、夕食は名物をきっちり押さえる」なのである。

どうせ遅れたのだから、4泊のプラハ滞在を快適に過ごせる下準備をしておこう。ホテル近辺で必要なものを入手しておくことにする。私が走り回る間、ヒナコにはホテルで靴下や下着類の洗濯などをしておいてもらうことに。

註)この旅では、ヒナコに洗濯と靴磨きを担当していただいた。老親をコキ使っているわけではない。彼女が「私は何の役にもたたない足手まとい」と落ち込んでしまわないように。役割があれば張り合いも出るでしょ?

実は今は『プラハの春・音楽祭』の期間なのである。旅の準備中、音楽祭HPでプログラムを調べていて、明後日29日のスメタナ・ホールでのプラハ響のが聴きたいな…と思っていたの。私はクラシック音楽に詳しいわけではないのよ。好きだけど、メロディと曲名が覚えられないし、演奏者の違いも厳密に聞き分けたり出来ないし。その程度の「好き」なんだけどね(笑)。

註)スメタナ・ホールはプラハ響の本拠地。チェコ・フィルの本拠地とか書いてあるガイドブックもあるが、チェコ・フィルはドヴォルザーク(チェコ語ではドヴォジャーク)・ホールの方。いずれも音楽祭のメイン会場となる素晴らしいホールである

音楽祭チケットは、会場になるホールのチケットオフィスか、市内何ケ所かのチケットエージェンシーで買える、と音楽祭のHPにはあった。チケットぴあやプレイガイドみたいなとこね。ところが、このチケットオフィスは皆、土日はほとんど休み。たまに開くとことがあっても、午後からみたい……。ホテルのフロントで教えてもらった一番近い窓口に行ってみる。土日は9:00からって書いてあるのに、開く気配もなくキッチリ閉まっていた。

こういうコト、日本にいる感覚で文句言ってたら旅は進まない。さっくりあきらめて、昨日見つけておいたスーパーに向かった。水、水……。
げげー、昨日屋台で60コルナで買った1.5リットルボトルは、スーパーでは10〜12コルナ平均で売ってやがった。なんだか少しでも昨日の損を取り戻したいような気持ちになって、特売の8コルナのボトルを5本買った。1本だいたい35円……? 安ぅ。日常品の物価ってそんな程度なんだぁ。

音楽祭のチケットはまだ入手出来ないが、水は3、4日分たんまりある。
今日も暑そう。昨日は、手持ちのボトルの残量を気にしつつ飲まなくてはならなかった。耐性のない年寄りにとって、日射病や脱水症状は要注意だからね。
1.5リットルボトルは重いので、日本から持って来た500ccの空容器に移す。日本のペットボトルは丈夫で、フタもしっかりしまるんだもん。バッグの中で押されてひしゃげて水びたし…なんてコトは、絶対起きないから。

ボヘミア王国の象徴・街と川を見下ろす城へ

ここプラハには、400年もの間、歴代の王様が戴冠パレードを行ったという『王の道』というものがある。旧市街の宮廷門からカレル橋を渡り、対岸のプラハ城までの約2.5km。
いにしえの華麗かつ荘厳なパレードに思いを馳せつつ、ドラマチックにアプローチしてみたかったが、城のあるフラッチャニ地区 Hradcany は、ヴルタヴァ川西岸の小高な丘。そもそも西岸全体が東岸を見下ろす高台なのだが、さらに丘。上り坂をヒナコ連れて歩くといつ到着するかわからないので、トラムで城の裏口まで行ってしまおう。王の道は帰りに下りを歩くってコトで。

トラムで向かう乗り換えの組み合わせは何通りかあるが、ヴルタヴァ川にかかる橋の上を走る路線に乗った。遠くに有名なカレル橋が見え、さらに向こうの丘に城の威風堂々とした姿がある。天気は快晴である。やっぱり晴れていると「これからあそこに行くんだぁ…」との気分は高揚してくる。でも、暑そう。今日は水分補給を怠らないようにせねば。

トラム車内は、いかにも観光客な人たちでぎゅうぎゅう詰め。これなら降りる場所も、降りてから向かう方向も間違えないですむけど。でも、これだけの人が15分ごとに送り込まれていくワケ? ましてこれは裏ルート。正面入口からはもっとたくさんの人たちが、じゃんじゃん城に向かっているのよね。大型観光バスだって、そっちから行くはずだし…。ワクワクもするけど、どれほどたくさんの人がうじゃうじゃしているのかと考えると、ちょっとうんざりする気分にもなる。

ところで、こんな暑い日にトラムでスシ詰めになると、車内の臭いったら、そりゃあもうトンでもないことになる。なんといいますか、そのぅ…肉食の方々の体臭はキツイの。デカイ彼等が吊革につかまると、脇の下が私の顔の真正面に来る。ギュウ詰めで離れられない時は、結構苦行なのよ…
ちなみにヒナコはちっこいので、立っても顔の位置がずっと低いし、たいてい誰かが席を譲ってくれるので被害にあうことは少ない。

城の手前の1区間は、くねくねの山道だった。裏手から一気に登るのね。遠くから見ていても高い場所にあったんだから、実際歩いて登ったら、ヒナコの足では着くのは昼になっちゃうよ。
トラムを降りて、裏手の庭園を横切って城に向かう。裏門の両脇にもボックスがあって、銃を持った制服の衛兵が直立不動していた。観光客たちが入れ代わり立ち代わり、マネキン人形のように固まった衛兵と並んでスナップ撮影している。私は「自分の写った旅先アリバイ写真」みたいなのに興味がないので、観察してただけなんだけど。

左側の衛兵は、ブサイクではないけど、まあ、普通の容貌だった。ところが、右側の彼はスラリと背の高い、めちゃくちゃ男前なんである。見ようによっては冷たく感じるような整った顔で、キリっと薄い唇を結んで青い瞳で一点を見つめて、制服に身を包んでいる凛々しい姿は、そりゃーもう、うっとりしちゃうくらい。
で、見ていると明らかに、左の衛兵より右の衛兵の方が、写真を撮る回転率が早いの。一瞬として「待ちの列」が途絶えない。
みんな、どうせならカッコいい人と一緒に写りたいのねー(笑)

プラハ城の裏手よりアプローチ。午前中は逆光になってしまうので撮影には適さない

大人気の右側の衛兵サン。記念撮影も順番待ちの列

しばらく衛兵&衛兵とツーショットしたい人たちウォッチングを楽しんでから城内への門をくぐる。
で、そのプラハ城。ざっくり言うと、歴代王の居城である。広大な敷地の城壁内に王宮や教会や修道院が建っている。大統領執務室もあって、現在もちゃんと使われている。
まずは、広い中庭の隅にある切符売場へと向かう。案の定、長蛇の列が売場の外までとぐろを巻いていた。また気持ちが萎えかける。…が、仕方ない。有名観光地へオンシーズンに出向くということの行列と混雑は、避けられない儀式よね。
20分ほどかかって、やっと切符を買った。城内すべてを見られるAルート。350コルナ。

当然のことだが、城内に入ると切符売場にいた数以上の人々であふれかえっていた。さらに門をくぐると、眼前に聖ヴィート大聖堂 Katedrála sv. Víta の尖塔がそびえ立つ。…が、正面の二つの尖塔の一つは修復中の足場が組まれていた。ああー、残念。遠くからでは気がつかなかったのに。でも、どっちみちこの大きな聖堂の足元からでは、すべてをカメラのフレームに収めることは出来まい。
早速中に入ろうとしたが、入口に行列が出来ているのを見て後回しにすることにした。
先に旧王宮 Stary Kralovsky palác へ行こう。が、旧王宮の入口も行列だった。もう観光客の絶対数が多いんだな、これは。並びたくないからなんて言ってたら、いつまでたってもどこにも入れないわね…

王宮や中庭などはとにかく広い空間なので、どれほど人であふれていようと、さほど閉塞感はなかった。でも、さらに奥の黄金小路 Zlatá Ulicka に入ってみると……
黄金小路は、もともと城内の召使いの住居だったのが、一角に錬金術師たちが住むようになって、この名前になったという、小さく可愛らしい家々の並ぶ狭い小道。今はみんな土産物屋になっている。どの建物も本当に可愛いんだけど2メートルくらいしかない道幅いっぱいに人々が押しくらまんじゅう状態! 自分の横の家と屋根しか見えない。押し合いへし合いして「通行するだけ」になってしまった。なんか酸欠を起こしそうである。トイレに行けば、ここも行列。

完成当時はヨーロッパ最大だった旧王宮のホールは、今も現役。大統領選挙などの行事に使われている

お伽の国のような可愛い小道なのに、撮れた写真はこれ1枚。ヒトでびっしり…

ミュシャのステンドグラス

城内のカフェは町中と変わらない値段。ビール1杯¥200くらい

聖ヴィート大聖堂に戻る。ゴシック様式の聖堂建築も素晴らしいけど、見たかったのはアールヌーヴォーの旗手、アルフォンス・ミュシャのステンドグラス。入口入って左から三番目がそう。通路に立つと、一つ目二つ目と数えるまでもなく、目に飛び込んでくる一枚がある。他のステンドグラスも美しいのだけれど、群を抜いて綺麗だ。青みの多い色彩は、色としてはむしろ地味なはずなのに……目立つのだ!
うっとりと眺める。人をかき分けて離れて眺める。またかき分けて近寄って眺める。
スイスのチューリッヒで見た、シャガールのステンドグラスとどっちが綺麗かな…? 甲乙なんてつけられない。「幻想的で教会ぽくない」という意味ではシャガールかな…

350コルナで買ったAルート券では、この大聖堂の塔にも登ることが出来る。でも、年寄りを連れて、狭い階段を登るのは無理。何よりこの人出では、ノロノロしてたら、たくさんの人に迷惑をかけてしまう。街を展望出来る場所は他にいくらでもあると、思うよ。この塔はあきらめよう。高いところ好きの私の親なだけあって、ヒナコも登れるところは登りたがるのである。しかし3年前、バルセロナのサグラダ・ファミリアの螺旋階段の下りで、たくさんの人を塞き止めてしまったことから、階段で昇り降りする塔はさすがに諦めるようになった。

いやはやしかし、人も多いが、今日の暑さといったら! 昨日のドレスデンよりさらに暑くなっている。陽射しも強烈。首筋などがじりじり熱い。しまった、日焼け止めをもっと厚塗りしてくるんだった。

暑さにうだりながら、火薬塔 Prasná vez に向かう。名前通り、火薬の貯蔵や武器庫になってた小さな塔。
ところで中世の錬金術師って、アヤシイ響きを感じるんだけど。だって、鉛を黄金にしようとか、不老長寿の秘薬作ろうとかしてたわけでしょ? メルヘンチックな(人が多すぎて雰囲気を味わう余裕はなかったけど)黄金小路の家々では、錬金術師が住んでいたというイメージは感じなかった。どうやら彼等がアヤシイ実験に明け暮れていたのは、こっちの塔でだったよう。地下のフロアに実験器具の展示があるらしいんだけど……ドアには鍵がかかっていた。ちぇっ。上のフロアの武器の展示と城壁からの展望だけを楽しむ。塔が低いし、街側に向いてないので、感動するほどの見晴らしではない。

もう、昼の1時近い。食事の必要はないが、少し休んでおかないと。これから王の道を逆行して旧市街 Staré Mesto までかなりの距離を歩くんだから。城内のカフェでビール休憩。美味しい。暑さでひからびた身体に染み込むようだわ。

中世の町並をそのまま残す旧市街へ

入る時には通らなかったプラハ城の正門を出る。本当は毎正時にある衛兵交代式が見たかったけど。正午のが、鼓笛隊も出たりして一番華やからしい。
正門前に張り出したテラスからは旧市街が一望。
そのあとは城の足元に広がるマラー・ストラナ地区 Malá Strana の細い急な坂道を旧市街まで下りていく。

正門前。衛兵交代式までは時間がありすぎた

マラー・ストラナ地区の可愛い建物。同じ形でピンク、水色、クリーム色、ペパーミント色と4つ並んでいる

聖ミクラーシュ教会 Chrám sv. Mikuláse をぐるりと囲む、マラー・ストラナ広場 Malostrananské námestí を抜け、あまりにも有名な人気スポット、プラハ最古のカレル橋 Karluv most へ。アーチが支える欄干の両側に30の聖人像が並んでいる美しい橋。歩行者のみのこの橋の上には、土産物屋台や、自作の絵を売る人や、ストリートパフォーマーたちでいっぱい。それ以上に観光客もいっぱい。観光客は立ち止まって撮影したり、いきなり斜めに動いたり……歩行に秩序というモンがないんである。私も同じことしてるんだけどね。

下り坂だったというのに、暑さのせいでもうヘロヘロ。さっきたっぷり休憩したはずなのに。でもって、この橋は500メートル以上もある。橋なんだから陽射しを遮るものなんてない。
橋の下を流れるのはヴルタヴァ川。
この川は、チェコ南部、ほとんどオーストリアとの国境近辺に源流を持ち、ボヘミア地方を南北に滔々と貫く。プラハを通り抜けてしばらくすると、昨日まで見ていたエルベ川に合流し、ドイツを北上して北海に注ぐ。
ヨーロッパの中央に在るが故に、東西南北さまざまな文化が流入融合して「黄金のプラハ」の繁栄を手にした。そして中央に在るが故に、周囲の大国の思惑に翻弄されて、宗教や思想がぶつかり合い苦悩し続けた……そんな抑圧と抵抗の歴史に翻弄されたチェコの姿をずっと見つめ続けてきた川なのだ。
チェコ人にとっての象徴は「母なる川・ヴルタヴァ」なのだ。日本人の心に「富士山」があるように。

でも「ヴルタヴァ」よりも「モルダウ」の方が日本人の耳には馴染みがあるかも。スメタナの交響詩『我が祖国』の第二楽章が『モルダウ』。胸が潤むような美しい旋律は、全6楽章の中で圧倒的なポピュラリティを持つ。中学校の合唱で「♪ボヘ〜ミアの川よ モ〜ルダ〜ウよ」とか唄った記憶あるし…。

だけど「モルダウ」はドイツ語なのである。数百年に及ぶハプスブルグ家の支配下でカトリックとドイツ語を強制され、その後ナチス・ドイツによる占領、ソ連に踏みにじられ、ようやく以前の民主主義国家に戻った国。やっぱり敬意を表してチェコ語で「ヴルタヴァ川」と呼びたい。でも日本語訳詞にあった「水清く青きモルダウよ」とは言い難いな。「水濁り茶色き」である。

…てな、にわか仕込み知識をヒナコに話しつつ歩くが、すでに彼女は、眩しさと暑さと人いきれとで千鳥足。やばいやばい。『わが祖国・第二楽章』を唄ってあげても「…? わかんない。知ってるような気もするけど。アナタ音痴なんじゃないの?」……大きなお世話だ。

服装はこんなだが、このヒトたちの演奏は巧かった! 真ん中のジイさんは鉄板を叩いている

橋塔から橋とプラハ城を望む。絶景だが、川は青くない。それにしても人だらけ

橋のたもとには、橋塔がある。ようやく橋を渡り終えて、旧市街側の塔に着いた。塔の根元を見ると小さな入口がある。あれ、ここ登れるのかな? 市内何ケ所かある「展望ポイント」に比べ、ここは今ひとつマイナーな雰囲気。そんなに高くないし、人が少なければヒナコの足でも他人に迷惑かかることもないかも。第一、涼しそうだ。
覗き込んでみると料金の貼紙に「大人50コルナ、6歳以下40コルナ、70歳以上10コルナ」とある。はぁ? 年寄りは大人の5分の1?? 安すぎ。

この塔を選んだのは正解だった。階段幅が広くて、しっかりしているので、年寄りでもゆっくりなら大丈夫。人も少ないので、すれ違いや追い越されで迷惑かけちゃう度も低い。カレル橋の歴史のフィルムも見せてくれる。で、橋の上がまっすぐ見おろせる展望アングルは素敵! ガイドブックにはこの橋塔の記述はほとんどないけれど、すずめのおすすめ穴場です。

橋塔をおりて、また進む。細い小道の両側は、絵葉書などの土産物に混じって、ボヘミアングラスやチェコビーズのアクセサリーなどのショウウィンドウが艶やか。狭い小道をくねくね進むと突然目の前がすこんと開け、そこが旧市街広場 Staromestské námestí だった。さまざまな年代の建物が取り囲み、広場に面してずらりとカフェが立ち並び、その店それぞれのパラソルやテーブルクロスの色が鮮やかだ。
地図を見ると、そこは旧市庁舎 Staromestská radnice の脇あたり。広場にはステージが作られていて、何かのイベントをやっている。とても広くて美しい広場なんだけど、人であふれていて広さが実感として把握出来ない。それに、この暑さ! 見晴らしのよさそうな店で休憩しようよ。
でも、テラス席はどこもかしこも人々で満載。いい場所を見つけるどころか空席じたいが、ない。橋塔に登った時は一度機嫌の直ったヒナコも、暑さと人の多さと石畳の歩きにくさで、またぐったりしてきた。

旧市街広場に近づいてくる。手前が市庁舎塔、ティーン教会の二つの尖塔も見える

時計としては美しいけれど、からくりとしては「…ぷぷぷ」な天文時計

旧市庁舎の外壁には毎正時にからくり人形の動く天文時計 Orloj がある。15世紀当時の宇宙観・天動説に基づいたもので、細工の綺麗な文字盤が上下に二つ並んでいる。上が『プラネタリウム』。地球中心に太陽や月や他の天体が動いて、1年かけて一周する。下は『カレンダリウム』。12宮と農村の四季の作業が描かれた暦で、1日でひと目盛動く。
時計の真ん前の店にようやく空席を見つけた。時刻を見ると2時40分。ここで3時を待とうよ。だけど、その場所は少し奥まっていて、大きく張り出した日よけが邪魔になって時計の上半分は見えなかった。
「ねえ、あの一番前の席、ふたつ椅子が空いてるわよ。相席頼んできてよ」などと言う。ちょっとちょっと…ビアホールの長テーブルならともかく、こんなお洒落なカフェでそんなこと出来るわけないでしょ! 余った椅子を「これ持っていっていい?」って聞くのと違うのよ。それに、あそこは日が当たるでしょ。日射病になりそうだからカフェに入ったんじゃなかったの?
ヒナコをなんとか納得させ、サラダを2種類とビールをオーダーした。

2時50分頃になると、時計の前に人垣が出来始めた。またヒナコが不満顔になる。
「これじゃなにも見えないじゃない! あなたは背が高いからいいけど私は小さいんだから!」…いや、奥まって座ってたら、たいして変わらないと思うんですけど。それにこの時計は、文字盤は美しいけどからくり人形の仕掛けはたいしたコトないって噂だし。ドイツによくあるものとは、比較にならないくらいチャチだと思うよ。
ところが彼女は、一番前で見てくると言って、外へ出て行った。えー、さっきまで頭のてっぺんが焦げそうって怒ってたじゃんよ。

3時ぴったりに鐘が鳴り、そのあとのオルゴール音は15秒ほどで終わった。集まった人々の中からどよめきのように失笑が起こる。人の山は、あちこちの方向へさっさと崩れていった。
ヒナコが戻ってきたのは、それから5分近くたっていた。時計を見に行く前より顔が怒っている。
「鐘のあと、扉が二つぱたんと開いて、人形が出て来てお辞儀して、引っ込んで、それで終わり。まだ何かあるだろうってしばらく見てたけど、それっきり」だったそう。わはは、それだけかよ。太陽にあぶられながら、押しくらまんじゅうしてまで、見るほどのものじゃなかったってことね。

ほら、サラダが来てるよ、食べよう。2種類のサラダはどちらも、上品な味で美味しかった。でも、ヒナコはチーズがビミョーに口に合わなかったようで、最後にドッサリとチーズだけを私によこした。あのねー…、葉っぱとチーズと一緒に口に入れてこそ美味しいのよ。あなたの分も食べてあげるのは構わないけど、それなら最初にそう言って欲しいわ。

サラダ2種。手前のは「ギリシャ風」とあった。オリーブとトマト、カッテージチーズたっぷりで「南欧風」とでも言おうか…。奥のは、チコリとルッコラと薄切りチーズ。ビールも黒と白、2種類

サラダ2皿とビール2杯きりで630コルナ。やっぱりこういう場所の店は、高い。

再びひとりで街歩き

予想以上の暑さのせいで、ヒナコの疲労がひどく(からくり人形もつまんなかったしね)、何とな〜く目論んでいた「観光計画」はあまり予定どおり進まない。うーん、こりゃかなりの計画見直しが必要だな。とりあえずは、ヒナコを少し昼寝させなくちゃならない……。このあと旧市街の町並をじっくる眺めるつもりだった予定を切り上げて、一度ホテルに戻ろう。

ヒナコの昼寝の間、ひとりでまた街に出る。彼女には申し訳ないんだけど、ひとりで歩くと疲れているはずの足取りがかえって軽くなる。町並のひとつひとつとじっくり「対話」出来るのだ。ホントに、こういう時間はお互いのために必要だ。一日中、年寄り連れで歩き回っていては、ヒナコは身体が参るし、私は気遣いで神経が参る。

地下鉄に乗って、旧市街「王の道」の出発点・火薬塔 Prasná brána のあたりまで行ってみる。ネットカフェも探さなくちゃ。
今日、歩いている間、たくさんのコンサートのチラシをあちこちで配っていた。教会の入口にも「Ticket Today」のビラが貼られて切符売りの机が出ていた。『プラハの春・音楽祭』のチケット入手はやっぱりそう甘くなさそうなので(きっと私には価値もわからないし)何か手頃な教会コンサートなど見繕うつもりで、俳諧して歩く。

旧市街の美麗建築ウォッチング。…さて、これをどのように絵にしよう。嬉しい悩みだ

チェコの伝統芸能・マリオネット劇を観るっていうのもいいな。国立マリオネット劇場 Divadélko Ríse Loutek の辺りに行ってみるが入口が見つからない。他にもマリオネットを上演する劇場はいくつかあるが、ここは由緒正しいのだ。歌舞伎座のようなもの? あー、でも歌舞伎座は歌舞伎以外のモノもやるな……そんなことはさておき。
人形劇とはいっても子供だましのモノではない。ハプスブルク家の支配でドイツ語を強制されていた18世紀、チェコ語を使えるのは人形劇と民謡だけ。都市での上演も禁止、地方の農村を家族単位のチビ劇団で巡業していた。 500年間に及ぶ隣国オーストリアの支配→民族再生運動→チェコスロバキア共和国誕生→またもや隣国ドイツのナチスの支配→ソ連主導の共産化→民主化運動「プラハの春」も東欧諸国の介入で挫折。周辺国に翻弄され続けた時代にも、物語を通じて権力を批判し続け…、つまりはチェコ語による人形劇は、チェコ人のアイデンティティの証なのだ。

王の道のマリオネット劇場 Museum a divadlo loutek の前にも行ってみる。ここは入口にビラ配りの女のコが立っていた。チラシを手渡しながら「ジャパニーズ?」と聞く。うなずくと、ちょっと記憶を手繰るような目をして「チェコ ノ デントーテキ ニンギョーゲキ。 モーツァルト オペラ『ドン・ジョバンニ』。 ヨル ゴジ ト ハチジ カラ。ゼンブデ イチジカン。マイニチ ヤッテマス。ヨンヒャク コルナ。キット ミテ クダサーイ」一気に言った。おお、各国語の情報を喋る音声再生機となっているのか、彼女は。

さらに歩き回る。
立看板にピンで留めてあったチラシを手に取って見ると、若い女のコ─多分17〜18歳─が声をかけてきた。切符売りのコのようだ。今晩8時からの弦楽四重奏の室内コンサート。まあ、プログラムの内容にちょっと興味があったから手に取っていたわけだけど、その女のコもとっても感じがよかったので、そのコから切符を買ってしまうことにする。
場所は「雪の聖母教会」とある。ん? どこ? ガイドブックには出てなかった教会だ。チラシ裏面の地図を見てもピンとこない。金髪のスリムな彼女は「じゃあ、そこまで一緒に行って教えてあげる。ここから歩いて10分だから」と言う。あら、看板の側から離れちゃっていいの?

旧市街のくねくねした裏路地をお喋りしながら連れていってもらう。旅のルートなどを話したりしたあと、日本の東京からだと言うと
「日本語は一つだけ知ってる。“コンニチハ”」と言い、
「東京は暑いの?」
「うん、東京の夏の方が暑いと思う。(「蒸し暑い」はどう言っていいのかわからなかった)。春と夏の間は雨もたくさん降る。でも今日のプラハは東京より暑い」
「そうなの。急に夏になっちゃったのよ」

英語力の乏しい私は簡単な会話でもノーミソ使いまくっちゃうので、話しながら路地をくねくねすると、どこに連れて行かれているのか、回りの景色や道筋を覚える余裕がない。
女のコが「このあたりではバッグをしっかり持って気をつけて」と急に言う。うん、わかった…と横を向くと、そこには見覚えのある光景が。ホテルのあるヴァーツラフ広場の一番はじっこだった。なーんだ、ここに出るんだ。会場の教会はそこから路地を1本入るだけだった。ホテルから5分かからない。
「切符買ってくれてありがとう。8時開始だから絶対に遅れないでね。遅れたら入れないからね」
「わかった。どうもありがとう。私のホテルはここからすぐ近くだから、直接帰る」
「私はまたあの広場まで戻るわね。暑くて、くたびれちゃう。じゃあ、今晩のコンサートとチェコの旅を楽しんでね」
手を振って彼女と別れた。

ホテルに着いたが「ヒナコのお世話・開始の時間」をもう少し引き延ばしたい気分で、部屋に戻らず1階のカフェでカプチーノを頼み、しばらくボーッと道行く人々を眺めていた。カプチーノのお味は、イタリアのそれとは比較にならない。でも、アール・ヌーヴォー様式のカフェの雰囲気はあるし、ピアノの生演奏なんかも始まったし、何より一人の時間をリラックス出来たので、…許す!

トラムを使ってピンポイント観光──プラハの夜を楽しむ

部屋に戻ると、2時間近くも昼寝したヒナコはさすがに目を覚ましていた。

コンサートの時刻まで1時間半ほどある。
旧市街の町並じっくりは明日改めてヒナコを連れて行くとして、市内のそれ以外の面白そうなところをピンポイントで見て廻ろう。トラムのフリーパスがあるんだからじゃんじゃん使わなくちゃ。

汗だくの身体にサッとシャワーを浴びて大急ぎでワンピースに着替える。皺にならない軽いものを1枚は持って来てある。でも、ハンドバッグはスカーフで代用。日本の優れモノ・風呂敷の要領。財布などを包んでから口を縛って、両端を輪っかに結んで持ち手にすると、プリント柄の巾着型ミニバッグになるのだ。エルメスとかのスカーフだと、かなり可愛いです。正式フォーマルには向かないし、物の出し入れがしづらいので、昼間の観光にも向かないけど。

路線図とにらめっこ。川沿いの現代建築、通称『ダンシング・ビル』のお姿を拝見後、朝にトラムで通過した橋の上からプラハ城とヴルタヴァ川のプラハ定番の光景を……しまった、夕方は逆光だった。ここから写真を撮るなら午前中に、どうぞ。

踊ってるでしょ? 中身はフツーのオフィスビルなんである。保険会社かなんかの…

プラハの定番光景「ヴルタヴァ川にかかるカレル橋の向こうにプラハ城を望む」なのだが……夕焼けにはまだ早く、かといって明るさも足りず、逆光でもあり…の、何とも中途半端な写真になってしまった

しばし橋の上を行ったり来たりして景色を堪能してから、コンサートのある教会へ向かう。
雪の聖母教会 Kostel P.Snnezná は直接道に面していない。建物の陰になって教会の塔も道からは見えない。ヒトの家としか思えないような小さな木戸をくぐると中庭があって、教会はさらにその横手奥にある。通りがかりにこの木戸をくぐってみる観光客はいないだろう。入口にコンサートの立看板がなかったら…切符売りのコに直接連れて来てもらってなかったら…まず探せなかった。

外観は地味だが、内部は名前に似合った清楚な美しさがあった。客は8部の入りといったところ。考えてみたら、日本では、小編成の室内楽なんて聴く機会は少ないものね。
私の前には巨大なオバサン3人組が座っていて、4人の演奏者はほとんど見えない。ていうか、全然見えない。おまけに彼女たちは絶えず首を右左に動かすものだから……。
演奏者たちは曲の間ごとに立って挨拶してくれるが、その時に辛うじて第1ヴァイオリンの人の顔が(女の人だった)、たまに第2ヴァイオリンの人が半分(おじさんのようだ)見えた。ヴィオラとチェロの人は性別すらわからなかった。

…でも、いいんだ。音楽を聴きに来たんだから(ちょっとは見えた方が嬉しいけど)。大ホールでオーケストラに酔いしれるのもいいけど、大きな教会での荘厳なパイプオルガンもいいけど、小さな教会での弦楽四重奏も趣きがあっていいなぁ…。小さくても教会の天井はそれなりに高いので、弦楽器の音が、優しくまろやかに響く。

プログラムは、ヴィヴァルディの協奏曲や、モーツァルトやシューベルトのアヴェ・マリア、ヘンデルのオンブラ・マイ・フなど、8曲。どれも耳馴染みのあるメロディだった。観光客向け選曲なんだろうけれど、私は専門家でもクラシックおたくでもないので、心安らぐ時間が過ごせてそれなりに満足した。チケットの値段は僅か400コルナ。¥1700ほどなのである。

プラハの街には、音楽が溢れている。毎日どこかしらの教会や小ホールで、さまざまなミニ・コンサートがある。私は弦楽四重奏を選んだが、ピアノのつくものや歌のつくもの、合唱、パイプオルガンやギターなどもある。プログラムはどれも、曲名は知らなくても、誰でも聴いたことのあるものだ。観光客向けだっていいじゃない。¥1000〜¥2000くらいで楽しめるのである。

街を一日歩いていれば、当日&翌日のコンサートのビラが10枚くらいは軽く集まる。プログラムが気に入ったら、その場で買ってしまってもいいし、開始直前に直接会場に行っても、多分買える。私はちょっと気分を盛り上げたかったので「プチお洒落」(ワンピース着ただけだけど)をしたが、Tシャツ・ジーパンでも大丈夫。

註)旅の後半、「音楽の都・ウィーン」へ行ったが、気軽にクラシック音楽を楽しめるという点では、プラハの方が上だと感じた。コンサートの数も多いし、値段もウィーンの半分近い。普段着レベルで音楽が行き渡っている感じ

さて、コンサートの余韻が気持ちよく残っている間に、夕食にしよう。9時をとうに回ってしまったのでレストラン探しに遠出はしない。ヴァーツラフ広場に面した手頃な1軒に入る。ここはホテルの3、4軒先なので1分で帰れる。布のクロスが敷かれた高級店ではない。紙のテーブルマットに「この店を訪れた有名人たち」が印刷された気軽な店。ハリウッドスターとかNFL選手とかあるけど。うーん、どのヒトも知らないゾ? チェコでだけ有名なヒト? 私が知らないだけかも…。スナップ写真とサイン入り。色紙を飾るラーメン屋のノリだわね(笑)。

撮影失敗。照明が暗すぎた…
キャベツのサラダはいわゆるコールスローだった。甘酸っぱい味がヒナコのお気に召さず、大半が私の胃袋に

店内でフラッシュ焚くの恥ずかしいからね。
ハムはまあまあ美味しい。辛子がついてるが、あまり辛くないし、ニンジンとキュウリはフカフカしてた

ハンガリーの名物料理グラーシュ。チェコ風というのは、蒸しパンみたいなクネドリーキがついてるからか…? パプリカ風味というよりデミグラスソースのビーフシチューに近い。肉はとても柔らかかったが、味はやや濃いめ

これならオーダーも気を遣わなくて楽ちんだ。前菜にロースハムのプレート、サイドメニューのキャベツサラダ、メインにチェコ風グラーシュ。それぞれ1品のみ。勿論ビールもね。食後にコーヒーももらって640コルナ。昼のサラダとビールだけのと、ほぼ同じ値段。やっぱり観光一等地のカフェの値段は高いわ〜!
完食出来たので、まずくはなかったわけだけど、激ウマでもなかったかな…。

ああ、今日もネットカフェやPC関係の店が見つけられなかった。送信しなくてはならないデータは未だ「絶海の孤島」のパソコン内にあるまま。観光地エリアでは無理なのかな……。

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