Le moineau 番外編

緑の中でゆったりリフレッシュ

エアコンのない古いホテルだから、窓を開けたまま寝てしまったのだが、6時半でもうすでに暑い。昨日に続いて今日もかよ…と思うと、ウンザリである。今年は東京もいつまでも寒かったから、この暑さはまだ身体が経験してないのである。

さて、本日の観光計画の見直しである。昨日は出足がちょっと遅れた上、想像以上の人出で予定時間がジワジワ押していき、さらに暑さでヒナコが参ってしまったので後半部分の予定が遂行出来なかった。夜は急遽コンサートに行ったけどね。
朝食をとりながら、プランをいくつか出してヒナコに相談してみたが、案の定「そんなこと言われても全然わからないから、あなたのいいようにして」…ハイ、聞いた私がバカでした。

今朝はシリアルにしてみた。昨日は置いてなかったケーキも取る。朝からちょっと甘過ぎかな…口直しにこの後やっぱりパンも食べてしまった。このホテルのソーセージは柔らか過ぎて私の好みではない

当初の予定としては、今日の午前中はユダヤ人地区 Josefov に行くつもりだった。
以前スペインのコルドバに行った時、ユダヤ人街のシナゴーグを見学したかったのだが、時間がなくて前を通ることしか出来なかった。ここプラハのシナゴーグはヨーロッパ最古のもの。今度はぜひ内部を見てみたいと思っていたのよ。
だけど、プラハ旧市街の探索がまだ不十分である。昨日ひとりでダダッと歩いたけど、ヒナコには見せていないし。プラハ観光においてのユダヤ人地区は、やはり本来のプラハらしい町並をきちんと見終わってからのプラスα的な観光スポットであろう。

午後はボヘミアの古城への半日エクスカーションを予定していた。ヒナコはコレははずせないと言う。

じゃあ、ムハ美術館 Muchovo muzeum か? アール・ヌーヴォーの騎手、アルフォンス・ミュシャの美術館である。ミュシャはパリで成功したのでフランス語読みの名前だが、チェコ語ではムハ。ヒナコはミュシャと言われてもピンとこないようだったが、絵を見れば知ってるだろうし、きっと好きだとも思う。
でも、私はつい何ヶ月か前に、東京での大規模なミュシャ展を見ている。展覧会はまだ日本各地を巡回中のはず。よし、パス。

結局、朝いちでヴィシェフラド Vysehrad に行くことに決める。「高い城」という名のこの場所は、プラハ旧城のあったプラハ発祥の地と言われるところ。地下鉄で2〜3駅程度の距離だし、少し離れた静かな場所からプラハの街を俯瞰するのもいいでしょ。多分ヒナコは人の多さと喧噪にも参っているのである。

地下鉄ヴィシェフラド駅を出ると、いきなり超近代的高層ビルがばーんとあって一瞬戸惑う。が、表示を見ながら西へ向かっていくと、すぐに静かな住宅街に出た。同じ方向に歩く観光客は、私たちの他にわずか2組。5分ほど住宅街を行くと古い城門が見えてきた。かつての城壁の内側が公園のようになっている。

城跡はすでに影も形もなく、残るのは墓地と教会だけ。でも木々の豊かな広い公園をのんびり散策するのは気持ちいい。昨日の暑さと喧噪が嘘みたい。
墓地にはチェコの有名人たちがたくさん埋葬されている。不勉強な私が知っている程度でも、作曲家のスメタナやドヴォルザーク、画家のミュシャや『ダーシェンカ』の作家・カレル・チャペックまで。他にもクラシック・ファンなら当然ご存知の方々もたくさん。
日本の墓地を見慣れている私たちには、こういう墓地は夢のように綺麗に映る。墓石ひとつひとつにそれぞれの意匠が凝らされていて、不謹慎なようだが…面白い。遺族たちが故人を悼む気持ちは共通なのだけれど…。

墓地は静謐な空気に満ちていた…とか言いたいところだが、結構、人がいた

プラハ城の威容あるお姿を見るには、ここからではちと遠い。でも、展望する景色としては一級

一番の高台からは、ヴルタヴァ川越しにプラハ市内が遠望出来た。…ちと、遠望すぎるかな? 辛うじてプラハ城の形がわかる程度。反対側を見下ろすと、崖下の川沿いにトラムが走っている。あそこまで下りればトラムで中心部に戻れるな…どこから下りたらいいんだろ…? この崖を一直線じゃ急だな…。
考えながらウロウロしてみたが、城壁からの出口は、地下鉄駅側からの城門と、公園内を真直ぐ抜けて反対側に出る城門の二つしかないようだった。素直に道に沿って下りていく。低い方低い方と道を選んでいくと、線路のある川沿いの道路に出た。線路に沿って歩けば停留所があるハズだ。

停留所に着くと、最初地下鉄駅で降りた時、同方向に向かって歩いていた家族がトラムを待っていた。老いた両親と30代くらいの息子たちの四人家族。だいたい同じような時間配分で公園を歩いて来たってコトね。
兄弟二人は笑っちゃうくらいソックリ。人の良さそ〜〜うな顔で、いかついお父さんとは似てないようだが、間にお母さんをはさむと「うわぁ〜、アナタたち紛れもなく家族ねーッ」って納得する。ああ、DNAのかくも不思議なことよのぉ。

1時間ちょっとの散策だったが、気持ちが洗われたようでスッキリした。一日中の町中の喧噪は疲れます、ハイ。

そして再び、旧市街の迷宮を彷徨いに…

トラムに乗って、旧市街に向かう。暑くて人のザワザワしている旧市街で、『変身』『存在の耐えられない軽さ』の作者フランツ・カフカが、今もさまよい歩いているようなほの暗い路地は見つけられるだろうか…
トラムはヴルタヴァ川沿いを北上していく。旧市街に入れそうな適当な停留所で降り、とりあえずもう一度旧市街広場に行く。昨日しつらえられていたステージは撤去されて、ぐるりと空間が広がっていた。まだ午前中のせいか、昨日より人も少なめだ。
ゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式などさまざまな時代の建築様式の建物群が広場を取り囲んでいる。ああ、この建物たちは皆、プラハの歴史を見守ってきた生き証人なんだなぁ……広場の中央に立つと、そんな思いが押し寄せてくる。今日、改めて来てよかった。

旧市庁舎 Staromestská radnice は数世紀かけて増改築したり、業務拡張上まわりの家を買い取ったり、とどめは第二次世界大戦で破壊され、現在の姿は修復されたもの。そういうわけで大きさも装飾もてんでな建物が連なっていて、どこからどこまでが市庁舎なのかよくわからない。市庁舎塔の下にある天文時計は、昨日からくり人形にガッカリしたもの。美しいんだけどね(笑)
15世紀フレスコ画の残る旧会議室などを見て廻るガイドツアーもあるのだが、日曜日の今日はお休み。ちなみに旧市庁舎の礼拝堂はプラハ市民の結婚式場として人気だそう。

市庁舎の正面にはティーン教会 Matka Bozí pred Tynem の二つの尖塔が見える。塔やアーケードはゴシック式、飾り屋根はルネサンス式。
その並びにあるゴルツ・キンスキー宮殿 Palác Golz-Kinskych はロココ形式のピンクの装飾が何とも優雅。
広場中央のヤン・フス像Pomník Jana Husa の回りには綺麗な花々が植えられ、その対面には聖ミクラーシュ教会 Kostel sv. Mikuláse が、バロック式の壮麗な姿を見せている。

広場の中心に立って、ぐる〜り4方向。様々な様式の建造物の宝庫

もっとじっくり建物たちを眺めていたいのだが、暑くて暑くて広場の真ん中になんか立っていられない。行き交う人々は、半裸みたいな人たちも多い。彼等の白い肌はすでに真っ赤っか…痛くないの、それ? ビキニのブラだけの女性もいるし、上半身裸の男性もいる。シャツの前を完全にはだけている人も。まあ、若い人ならそれでもいいけど、毛むくじゃらの太鼓腹の親父がソレやるのはどうかと思うよ? ココは海辺じゃなくて、一応町中なんだし…。
近くにいたポロシャツ姿のおっさんが、いきなりシャツをたくし上げ始めた。脱ぐのかな?と思ったら、腹と胸だけ出して顎でシャツを押さえている。えーッ、ポロシャツだから前を全開に出来ないんだろうけど、そういうのもアリ? だけどお世辞にも格好いいとはいえない。ていうか、信楽焼の狸が首に布巻いてるみたいなんですけど。

ああ、まったくもって、人間ウォッチングの楽しいことったらないわ〜。

さて、絵の題材になりそうな魅力的な路地裏探しといこう。
地図は見ないようにして、わざと脇路地へと入り込む。昼なお影差す路地に何か見つけられるかもしれない。迷ったって狭いエリアなんだから。

とか言ってたら、ホントに迷った。確かに路地には深い影も落ちているが、強烈に日が差している場所もある。ぐるぐるぐるぐる歩く。いい加減ココはドコなのよ状態になった時、大きなホテルの前に出た。地図で確かめてみると、たいした範囲を歩いていたわけではなかった。でも同じ場所を行ったり来たりした覚えはないの。これだから迷路みたいな路地歩きはたまらない。…面白かったぁ。

そろそろ次の行動に移ろう。すぐ近くの市民会館 Obecní dum へ。文字どおり公共サービスや文化的催しをする市民会館なんだけど、日本にあるそれとは全く違う。華麗なアールヌーヴォー・スタイルの歴史的建造物。プラハを代表する音楽ホールのスメタナ・ホールSmetanova sín もここにある。
そう、私はまだ今日のスメタナ・ホールでのプラハ響のコンサートに未練を残していた。チケットボックスでも売っている気配はない。やっぱりな、音楽祭のチケットはそう簡単には手に入らない。私のように「ついで」みたいに考えてるんじゃ駄目ね、それだけを目的にしている人たちがたくさんいるんだから…

結局、明日のコンサートのチケットを会館のボックスオフィスで買った。音楽祭に該当するプログラムではないけれど、スメタナ・ホールでのオーケストラだったから。どうしてもこのホールで聴いてみたかったの。
プログラムはチェコを代表する音楽家、スメタナとドヴォルザークの代表的なものばかり。ダンサーによるスラブ舞踊も2〜3曲つくという。もろ観光客向けだけど、私たちレベルにはわかりやすくていいかと。

夢のように美しい市民会館のエントランス部分

カフェの看板はミュシャのデザイン。お洒落だ

カフェの店内もアールヌーヴォー調で素敵。大きなワゴンにケーキをいっぱい乗せてテーブルに回ってくるので、つい誘惑に負けそうになる

メニューのデザインもミュシャ。馬鹿のひとつ覚えのようにビールを頼む。だって美味しいんだもん! アイスカフェと頼むとアイスクリームと生クリームが乗ってくる。日本のように冷たいブラックコーヒーはない

市民会館は不定期に内部のガイドツアーもしているようだが、音楽祭期間中は催行していないようだった。ここは、1階のカフェも有名。お茶していこう。

さて、午後はボヘミアの古城への半日エクスカーション。バスや電車で30分〜1時間程度のプラハ郊外には、シュテルンベルク城、カルルシュテイン城、コノピシュチェ城などいくつかあって迷ったんだけど。外観の写真や交通手段、駅から城までのアプローチなど、もろもろ検討の結果、カルルシュテイン城 Hrad Karlstejn に行くことにした。
一応、現地発の半日ツアーなんぞを事前に調べてみたら、英語ツアーが870コルナ(¥3800くらい)、日本語ガイド同行のものに至っては95ユーロ(¥13000!)である。バスに乗せて連れて行くだけなのにねぇ…

カルルシュテインに行くべくプラハ本駅に向かおうとする道筋で、ネットカフェの看板を発見! ビラの貼紙があって「INTER N」までしか見えなかったし、ビルの狭い入口から奥に入る店なので、昨日は気づかなかったよ。とりあえずメールのチェックと連絡をしなくちゃならない。

当然だがWin機である。Macユーザーの私は、それだけでフェイスや配列などに微妙に違和感がある。そのためにMyパソ持参で来たのだが…仕方ないよね。

ネットカフェのPCは、日本語表示はしたが、日本語は打てない。マイクロソフトのHPから変換ソフトをダウンロードする方法があるらしいんだけど、Mac使いにとっては、東京出身のヒトに鹿児島弁や津軽弁で喋りなさいと言うようなハードルに感じるのだ。
仕方なくローマ字でちくちくとメールを打った。ところがキーボードがチェコ仕様。時々チェコ語特有の記号がついた文字が出てしまう。普通の記号を打つのも難儀した。
「あのぅ…@マークが打ちたいんだけど…」
「ああ、それはね、Altプラス64だよ」(そんなのわかるか!)
「あのぅ…アンダーバーは…」
こんな調子で、短いメールを2本打っただけで疲労困憊してしまった。

店内にはバリバリ冷房がきいており、じっと座って待っていたヒナコは冷え冷えになっていた。うーん、暑いだ寒いだと年寄りは大変である。

ボヘミアの森に囲まれた古城への──道のりは遠い

ネットカフェで予想外に時間を食ってしまったが、急げば13:25の列車に乗れるかも。高齢のヒナコに急げる範囲で、地下鉄に一駅乗って本駅へ向かう。本駅のホールに着いたのは15分頃だった。うーん、切符買わなくちゃなんだった。まとめて明日と明後日の行程の切符も買ってしまいたいな、間に合うか…?

ずらっと窓口が並んでいるが、チェコ語の表示しかない。適当な窓口に立つ。
「カルルシュテイン往復。クトナー・ホラ往復。チェスケー・ブディェョヴィッツェ片道。二人!」
窓口の女性は困惑していた。英語は、単語がいくつか…くらいしか出来ないようだった。「……Today?」
あらら、ここは当日券専用窓口だったか! そりゃー困惑するわね。午後1時に東京駅で「熱海往復、郡山往復、それから岡山片道。全部本日!」とか言ってるようなモンである。

慌てて違う文章の表示の窓口へ移り、同じことをする。こちらの窓口の女性も英語はほとんど出来なかったが、なんとか3種類の切符を入手した。クレジットカードは使えなかった。
てな、すったもんだをしている間に列車は行ってしまった。次は14:25。プラハ本駅は3階のカフェが素敵だということを思い出し、発車までここで過ごすことにした。華麗な装飾彫刻が飾る丸天井のこのカフェは、1階や2階の喧噪が嘘のように静かでゆったりした雰囲気。コーヒーも¥150程度だし、ホームへは脇のドアから直結している。プラハ本駅から列車に乗る方、早めに行ってここでゆっくり時間を過ごすの…おススめです。

すずめのオススメ、プラハ本駅のカフェ。列車待ちの時間がゆっくり過ごせます。ここで買った切符に間違いがないか確認するのもよいでしょう。理由は後述(笑)

プラハ本駅からカルルシュテイン駅までは45分ほど。列車の中でお昼ご飯がわりの『味ごのみ』と『柿ピー』をつまむ。
そろそろ検札の回ってくる頃合かなと、切符を出して眺めていた。カルルシュテインへの切符は1枚きりである。それはいいの、ひとり1枚ずつ切符が出ることもあれば、二人まとめて1枚のこともあるから。急いでまとめ買いをしたものだから、ついそのまま受け取ってしまっていたのだが…。どこをどう見ても、「2person」に該当する数字が印字されていない。「2」はあるが、これは「二等席」だろう。往復なのかどうかも、すごーくわかりづらい。切符の値段を見る。58コルナ…二人で列車45分の往復をして¥250はいくら何でも安すぎないか???

いきなり不安になって、隣に座ったおじさんに切符を見せて尋ねてみる。おじさんはしげしげと切符を見ていたが、片言英語で「カルルシュテイン リターン ワンパーソン」
ワンパーソン?? やっぱりひとり分なんだぁ! 明日以降の切符も見せてみた。
「クトナー・ホラ リターン ワンパーソン」
「チェスケー・ブディェョヴィッツェ リターン ワンパーソン」
どこを見て「往復」と判断する基準があるのかよくわからない切符だが、とにかく全部「往復1名様」のようである。指2本突き出して「Two」って言ったのに…! 二等だと思ったのかしら…でも二等なら「Second class」じゃないかぁ!! 「Return」と「One way」も通じてなかったってことか…。
なんだかトホホな気持ち。そういえば、ヨーロッパで鉄道旅行を始めた頃は、馬鹿みたいに緊張して事細かに書いたメモを渡して切符買ってたっけ…。初心に返らなきゃな…などと反省していると、検札が来た。罰金かなーと思っていたが、たった40コルナだった。片道運賃らしい。往復切符はずいぶん割安になってるのね。\250……

カルルシュテイン駅は小さい田舎駅だった。城へ行く前に、ヒナコの分の帰りの切符を買っておかねば。
窓口に人がいない。待ってても来ない。おーい。しばらくするとサンドイッチを半分口にくわえて駅員の女性が飛んで来た。あ、食事中でしたか…。彼女の英語も片言だった。

「プラハまで1枚」
「1枚? 2枚?」連れの分はどうするんだという顔をする。
「1枚! 私は切符がある。母のがない」
「これは往復切符よ。OK。OK」
「うん、わかってる。私はこの切符でプラハに帰れるんでしょ?」
「そう。帰れる」
「わかってる。でもこれ、ひとり分でしょ? 母の分がない」
「そう。彼女は帰れない」
「だ・か・ら! プラハ行きを1枚!」
「あなたの 切符はOKよ」
「だ〜か〜ら〜! 彼女の切符が! 欲しい! の!!!」

窓口のおばちゃんは、にこにこしてとっても感じがいい人なのだ。ブスッとした態度でこういうやり取りなら対処のしようもあるけど、にこにこ友好的なのに話が通じないと、かえってもどかしいものなのね…。
奥からもうひとり駅員が出てきて何やら話していたが、列車内精算のレシートを見せて追加分を払い、ようやくヒナコの帰りの切符を手に入れた。普通なら1分で終わることなのにね、15分かかった(笑)

のどかな田舎駅のカルルシュテイン駅は、対応ものどかであった…

山の上にそびえる堅固な城へ

駅から城までは徒歩で30〜40分かかる。プラハで列車を1時間待ち、到着したカルルシュテイン駅でもごちゃごちゃあったので、もう3時半近くになってしまった。城は5時までである。あまりのんびりしていると見学時間がなくなる。

駅前は、なーーーんにもない。5分ほどで美しい川にかかった橋を渡る。この橋からの光景の美しさといったら………! 私は東京育ちで、親類縁者もみんな東京近郊なので、子供の頃の思い出の中にも、こういう牧歌的田園風景というものは存在してないの。それでも、何故か懐かしいような気持ちになるのはどうしてかしら。
が、のんびり景色を味わっている時間はないのだ。帰りも通るのだから、その時にゆっくり眺めよう。

しばらくは緑と遠くに点在する民家しか見えない「何にもない道」が続く。でも、矢印の案内版がところどころにあるから平気。当たり前のことだが、城は山の上にある。始めはなだらかだった上り坂が、だんだん急坂になってきた頃、道の両側に土産物店やカフェがたくさん立ち並び始めた。ほどなくして、城壁に囲まれたカルルシュテイン城が、忽然とその重厚な姿を現した。

城へ向かう途中の橋の上から。明るすぎる(暑過ぎる?)陽光も幸いし、ため息の出るような美しい自然風景である。ツアーバスで直接、城へ向かっていたらこの景色には出会えなかった

城が姿を現してからも坂は続く

目標物が見えると人間は安心するものではあるが……かなりの高さだぞ? そう、見えてからが遠いんである。坂の勾配はかなりのもの。息があがる。カフェで一服…といきたいが、城が閉まる! しかし、暑いなぁ、喉が乾く。この2〜3日、私たちは自分がスポンジになってしまったのではないかというくらい水分をとっている。今日だって、ビールやジュースだけでも1リットルくらい飲んでいるのに、さらに朝開けた1.5リットルボトルの水が終わりそうな勢い。

土産物通りは日陰がないので、ホントしんどい。途中からは森の中の坂道になり、暑さも和らいだが。
ようやく城の入口に着いた。4時5分前。お? 駅から40分で着いたぞ? 普通こんな急坂では、ヒナコは途中でゴネて歩かなくなるので、徒歩30〜40分と書いてある道なら50分〜1時間かかるものなのだ。でも「ホラ、あれがお城だよ。頑張らないと入れないよ」とニンジンをぶら下げたものだから(笑)。

城内はガイドツアーで回る。所要50分。4時半の英語のツアーの切符を買う。これが最終のようだ、よかった、間に合った! 英語とドイツ語は200コルナ。チェコ語なら120コルナである。
城の中庭のベンチでぼーっと待った。スプリンクラーが散水している。若い男のコたちが騒ぎながらその水を浴びている。私も一緒になって水をかぶりたい気分だよ。

ガイドの女のコは、クリスティーナ、18歳と名乗った。20代くらいに見えたけど、まだ18歳なんだぁ…。でも、アヒルちゃん柄のタンクトップ姿は、紛れもなくティーンかも。
で、このクリスティーナ嬢、すらりと背が高くむちゃくちゃ美人である。日本のおじさんたちなんて、多分ぽぉ〜っとなっちゃうよ? スラヴ系の女性はホント綺麗。お嬢さんがたは綺麗なんだけど…おばちゃんたちは超重量級──特大臀部を持ち、肩から太ももが生えてるような方々。この可愛いクリスティーナ嬢も20年後は、あんなになっちゃうんだろうか。

クリスティーナ嬢は、英語がまだ覚えたてのようで、時々単語が出てこなくて客に助け舟を出されたりしている。ボヘミアの周辺国についての説明でも、ミラノのあたりを指差して「サウスイタリア!」と言い切ったのも愛嬌ってもん。一生懸命記憶を辿ろうと目をくるくる動かす表情が、これまた可愛い。いかん、すっかり「おやぢ」の視線な私(笑)。可愛い女のコは好きなのよん。

この城は、カレル4世の創建だが、スェーデン軍に占領されたり、オーストリアのマリア・テレジアの所有になったりと、幾多の政治的苦難の歴史を持つものであるようだ。話の中でしょっちゅう出て来る「チャールズ・フォース」が「カレル4世」のことだと気づくのがもうちょっと早かったら、もう少し内容もつかめただろうに。

帰り道は下りなので楽である。これが「下り階段」だと、夕方になって疲れた年寄りの足では登りより時間がかかってしまうのだが。立ち並ぶ土産物屋を冷やかして歩きたいところだが、もう片付けの準備を始めている。

プラハに戻る列車は、プラハ・本駅行きではなかったようだ。終点で降りて、駅の光景に見覚えがないので、初めて気がつく。駅の外に出てみると地下鉄駅やトラムがあったので、適当に乗って共和国広場 Námestí Republiky まで出た。

註)地下鉄B線の共和国広場駅のエスカレーターは、超スピードである。概して日本以外の国のエスカレーターは早めだが、ここのは凄い。乗っててスピード感を感じるエスカレーターは初めて。勿論、乗り降り時もスリリングである。心してかかるべし

「大当たり」レストランで至福の夕食

さて、夜の予定はどうしよう?
プラハ泊はもう今日と明日だけなのだが、明日の夜はオーケストラのコンサートである。人形劇観るなら今晩しかないけど。
ヒナコは疲れてるようだ。今日はお昼寝させてないもんな…列車に乗ったのだって1時間半程度だったし…一度ホテルに戻ってもいいんだけど、そしたらきっと「もう食事に出るのもイヤ!」とか言い出すだろうな…人形劇の始まる前に夕食すませちゃおうか。が、プランを話しても、彼女の耳には右から左であった。とりあえずマリオネット劇場の方向に向かい、道すがら食事場所を探すことに。

8時までには1時間足らずしかないのに、ピンとくるレストランが見つからない。こう言っちゃナンだが、当てずっぽうで店を選ぶ時の私の嗅覚は、かなり「アタル」のだ。味・値段・雰囲気ともにアタリの店は、外にあるメニューや看板などが、私の目には浮き上がって見えてくるんである。その判断基準がどこにあるのかは、自分自身でもわからないのよね。でも、ここ5〜6年は特にアンテナ精度があがったように思う。ゆったりした旅程を組むようになってからだ。やっぱり慌ただしく動くと見えるものも見えなくなるということか…。

で、アンテナはピンとこない。これは8時までに食事すませなきゃとアセッているからだな。人形劇はやめ! 観終わってから夕食でもいいけど、それじゃ遅くなるでしょ。ヒナコを早く眠らせてあげたいし、連日汗だくなんで予定以上に洗濯だってしなくちゃ、だし。

結局、旧市街エリアを通り抜けてカレル橋まで来てしまった。せっかくだから夕暮れのカレル橋風景でも眺めようよ。
橋の上は夕刻でも人だらけではあったが、市街の町並や、川の流れ、遠くのプラハ城とが一体となって織りなす光景は美しい。様々な形の建物が重なり合う姿は「百塔の街」の名に恥じない。

…が、ヒナコは聞いちゃいない、見ちゃいない。とほほ。西日が眩しい、暑い、同じ場所を何度も行ったり来たり! …怒ってる。
同じ場所だけど違う時間じゃん。朝と昼と夜じゃ、風景の顔は違うんだもん。私はそれが見たいの、感じたいの。ヒナコの名誉のために書いておくが、別に彼女はわがままばあさんなワケではない。今は疲れてどうでもよくなっているだけである。

相変わらず人でいっぱいではあるが、夕暮れ近くのカレル橋の雰囲気は、昼とはまた違った表情を見せる。露店の土産物売りもそろそろ店じまいの準備

旧市街地区の店はお洒落だけど、観光客仕様で高そうなので(昨日、サラダ一皿とビール一杯だけで¥1400というので立証された)、カレル橋を渡ったマラー・ストラナ地区で店を探す。…いけない、そろそろヒナコは「レストラン探しに疲れ『もう何も食べたくない』モード」に入りつつある。
マラー・ストラナ地区のトラムの停留所近くの1軒の店に決めて、一歩入りかけた。一歩踏み込んだ途端、頭の中に「ここじゃない」との声が聞こえた。瞬時の判断で、店員に気づかれる前に踵を返した。5分くらい戻った場所にアンテナに引っ掛かりかけた店があったのだ。食い意地に支えられた私のカンは「さっきの店!」と訴えていたんである。自慢じゃないけど、これ、ホント。

ここを選んで正解だった(さっきの店でも美味しかったのかもしれないけど)。
カジュアルなレストランなのだが、店員は応対の際に必ず「マダム」とつけてくれる。一日汗だくで太陽にあぶられて、化粧ボロボロ、服もよれよれカットソーにチノパンの私たちに。
今までだって、みんな愛想はよかったし、感じもよかった。チェコに来て不快な思いはしていない。駅窓口ではゴタゴタしたが、あれは単に言葉が通じないだけのこと。敵意や悪意なんて感じなかった。だけど「敬意を払った扱い」をされるってことは、また別の気分である。それも慇懃無礼ではなくフレンドリーに。

私はビールを、ヒナコはレモンを入れたガス入りの水を、出されるなり一気飲み。うわぁ〜〜〜生き返ったぁ………。
オーダーは、チーズフライときのこのオムレツ。つけ合わせのベイクドポテトとザウワークラウトはどちらも同じ。どれも味が濃過ぎなくて美味しかった。ビールも水もお代りする。パンも美味しそうなのが3種類盛られてきたので、全部食べてしまった。とはいえ、ヒナコの分のつけ合わせのポテト3分に1とザウワークラウト全部も、私の胃袋に入れなくてはならない。美味しかったんで、自分の分と合わせて食べてしまった。食後のコーヒーももらった。

ヒナコの「もう食べたくないモード」は、最初の水の一気飲みであっさり切り替わっている。さらに料理が美味しかったもんだから「完食・大満足モード」になった。単純…。ま、私の親だしな(笑)。

チーズまるごと揚げてある。サックリした衣の中からトロ〜リチーズ。タルタルソースをつけて食べる。美味しいけどカロリー高そ。何故かベジタブルメニューのカテゴリに入っている

オムレツがよくわからなく写ってしまった…。つけ合わせのベイクドポテトは粉ふきいも風でアッサリしていた。これもベジタブルメニューのカテゴリに入っていた。チーズも卵も動物では……?

この店の大正解度をさらに知るのは会計の時。ざっと値段は見ていたんだけど……352コルナ!?? 飲み物お代りしてコーヒーもつけてサービス料も込で、ひとり¥750ですかぁ?? 昨日の昼のカフェは一等地だから当然とはいえ、初日のビアホールも昨晩のレストランも、一応観光地値段だったのだな…と知る。それでも日本の感覚より安いんだけど。このマラー・ストラナ地区も立派に観光地だと思うが。庶民の店はもっと安いということか…

今日は大充実の一日であった。締めの夕食に満足すると、より一層充実感も高まるってモン。一日の暑さも疲れも駅でのゴタゴタも全部忘れられる。
あー、でも今日食べ過ぎたことは忘れてはいけない! 明日も一食抜きだな。

ホテルへ戻るには一度トラムを乗り換えなくてはならない。乗り換えの停留所で降り、100メートルほど先の停留所に移動しようとすると、若い女性とぶつかった。ぶつかってきたのは相手の方だが「Sorry…」と口にしかけて顔を見ると、これがベロベロの酔っぱらい。凄く酒臭い。目がすわっている。正直言って、その顔は美人なだけに、凄くコワかった。えー、若いお嬢さんがひとりでどうしちゃったの!?

彼女は私たちの前を同じ方向にフラフラと行く。街灯にぶつかり、ゴミ箱にぶつかり、道端のレストランの椅子にぶつかり、通行人にぶつかり、車をせき止めて赤信号を渡っていく。テラス席でビールを飲んでいた青年たちが、揶揄や嘲弄の声を浴びせるが、意に介する様子もない。何だろう、大丈夫かな。どうしてあげることも出来ないんだけどね。

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