Le moineau 番外編

丘の上のチェスキー・クルムロフ城へ

今朝は肌寒い。青空の色もなんとなく濁っているような…。上着と傘は手放せないかもしれない。今日も朝からモリモリ食べる。ビュッフェ形式で並んでいると、全種類制覇に燃えちゃうのよね。何泊かするなら「コレとソレは明日にしよう」とか思うけど。

相変わらずハム&サラミ類とパンばかりだけど、種類が豊富なのが嬉しい朝ご飯。アップルジュースはチェコでも美味しい

旧市街全体がもう丸ごと見どころみたいな町。でもまずはチェスキー・クルムロフ城 Zámak に行くことにする。ボヘミア地方ではプラハ城に次ぐ規模の城館だそうだけど、パッと見の感じでは1番目と2番目の間はかなり離れている感じ。13世紀に創建後、次々に改築や増築が繰り返された城館は、時代それぞれの様式が見事なハーモニーを奏でている。
昨晩ライトアップされて夜空に黄色く浮かんでいた円筒形の塔は、昼の光で見ると全然印象が違う。赤や緑の大理石を組み合わせた鮮やかな色で、これはこれで綺麗。町の顔は出来るだけ夜と昼と両方見なくちゃなぁーと感じるのはこんな時。

同じ場所でも、夜と朝ではこんなに雰囲気が違う。うーん、どっちを絵にしようかなー…

門をくぐって中庭に入る。塔の絵の描かれた立看板があり、→が示してある。人々の流れはそちらにはほとんど向かわず、城館の入口の方に一直線。高低差のある町なので、城の塔はどこからでも飛び出して目立つけど、この中庭から見上げる分には、そう天を突くほど高いようには感じない。空いてるみたいだし、これならヒナコも塔に登れるかもよ?

というわけで、最初に塔へ。
中の階段はステップが浅めで幅も広めなので、ヒナコでも大丈夫だった。何が大変て、円形の狭い螺旋階段─それも石が磨りへり凹んだのが、踊り場もなく延々と続くもの─で、登り下りで人々とすれ違うことが大変なのよ。ヒナコは三角のステップの狭い場所に片足で立って人をやり過ごすなんて芸当出来ないし。この塔の階段は各階ごとに広いスペースがあるので、休み休み行けるし、他人を先に行かせるのも楽ちん。

ヒナコの手を引き登っていると「あら、人が来るみたいだから待ちましょ」という女性の声が頭の上からした。日本語だ。
「あー、先にどうぞ。こっちはノロイですからー」踊り場に戻りかけながら言うと
「こっちもノロイですからー。どうぞ〜」と笑い声。
うちと同じ年寄り連れなのかな、そんなら…と登って行くと、ひとりは白杖をついている男性だった。連れの女性は奥さんか、お嬢さんか……。
「ご苦労さまぁ」
50代半ばというところの女性が私に向かって笑う。ご夫婦のようだった。
「もうね、あとちょっとで着きますから。もうキツイとこないですから。頑張ってくださいねぇ」ヒナコに言う。
「上は素晴らしいです。風の匂いが気持ちいいですよ」男性も言う。とても気さくで感じのいいご夫婦だった。
しっかりとご主人の手を取りながら、彼等はゆっくりゆっくり下りていった。

塔の上からの光景は、素晴らしかった。ため息モノというより、歓声モノ。今にも小雨のパラつきそうな曇天であってすら、感動的に美しいのだ。
ヴルタヴァ川がS字の形に大きく屈曲して流れ、谷を作り、中世そのままの薫りの漂う町を優しく抱いている。遠方には緑の大地がなだらかな山裾まで続いている。
“世界で最も美しい町”の冠を持つ町はたくさんあるけれど、この光景はその中の上位に確実に位置する!

建物などが美しい綺麗な町というのは無数に存在する。これまでにも数々の美しい町は見て来たし、まだ見ない町はもっと多い。でも、このチェスキー・クルムロフの町は、町並の美しさと自然の景観の美しさとの調和─そのバランスの絶妙さが抜群に素晴らしいように思う。どっぷりと光景を堪能して塔をおりる。はー、登った甲斐があったってモンだわね。

塔の上から。川と森と町並のハーモニーが絶妙なバランスで響きあう美しさ。中世の時代から時を飛び越えて来たような…

絶景の余韻に浸りながら城内ツアーの切符売場へ。行列…。英語ツアーの時間は、またもや1時間後。160コルナ。

堀にかかった橋の下には熊が飼われていた。観光客たちの視線もものともせずノソノソしている。橋の手摺が高くて、ヒナコには覗き込むことができない。うーん、隣の親子連れのように肩車してあげるわけにもいかないし。抱き上げることも出来ないし。我慢してくれよ(笑)

ツアーの時間までヒマなので、さらに第2、第3の中庭を抜ける。第4と第5の中庭にかかる橋の手前に地下ギャラリーがあった。洞窟を利用した現代美術のギャラリーみたい。ヒマだから入ってみるかー…。
洞窟の中は薄暗くてヒンヤリしていた。迷路のような空間にさまざまな現代美術のオブジェが並んでいる。顔から足の生えてるブロンズ像とか、ずらりと並んだ石膏の兎とか…。ポーランドやハンガリーとかの作家の作品みたい。中欧の現代美術の立体作品なんて普段見る機会少ないから、これはこれで面白かった。

一番気に入った作品、入れ歯の洗面台。歯が全部残ってるものから1本しかないものまで6〜7個並んでた。面白いけど、ここで顔を洗うのはちょっとイヤだな

さらに進んで行くと広大な城の庭園 Zámecká zahrada へとつながるのだけど、城内ツアーの時間が心配なので戻ることにした。ササッと見るくらいは出来そうだったけど、そういう時間ギリギリみたいなことをすると、ヒナコがヤイヤイうるさいからね。とにかく急がせてはならんのだ。

入口は、多分第2か第3の中庭あたりにあるだろう。何となく「待ち顔」で佇んでいる人々がいたので、近づいて様子を伺う。11:45の英語ツアーの人たちかな…? 人が手に持っているチケットを何となく観察していると、アラブ系の男性が意図を察して、自分のチケットをひらひらっと見せてくれた。あ、私と同じ11:45。よかった、一緒にいれば大丈夫。ここ何日間かの習慣で「ドブリー デン」とチェコ語でお礼を言ってしまったが、よく考えれば英語ツアーに参加する人なんだから「サンキュー」でいいんじゃん。

ここが入口とは思えない小さなドアから入ると、まずは城の礼拝堂だった。続いて寝室やサロンなどをガイドされて巡っていく。絵のかかった広いサロンを見ている時、窓の外でサイレンが鳴った。えー、正午の鐘でなくてサイレン? この美しい町に響かせるには、あまりに不粋な音。私のすぐ後ろに立っていた爺さんが「It's noon」とつぶやいた。連れの婆さんに話しかけたのだろうけど、返事がない。爺さんは「It's noon」「It's noon」「It's noon」と繰り返している。正午だ正午だって何度も言わんでも…。うるさいので、振り返って目顔で頷いてあげると、爺さんは満足そうに微笑んだ。

ところで、城内の部屋には熊の毛皮の敷物があちこちにあった。城で熊、飼ってるんだよね。飼ってる結果、敷物にしてたのか、敷物にするため飼っているのかはわからないけど。
金ピカの馬車とソリも凄かった。いぶしたような控え目の金色でなかなか素敵。でも、乗ってみたいとは思わなかったけどね。ソリは城内の移動に使ったらしい。

城内ツアーのガイドさんの顔は、どこかで見たような気がする。誰かに似ている。ずーっとそんなコト考えながら彼の説明を聞いていた。最後の方になってハタと思い出した。そうだ、ジョージ・ルーカスだ! 余計なこと考えてたから、説明がほとんどわからなかったよ。
最後の「仮面舞踏会の間」は、壁一面に、ロココ調のカーニバル風景のだまし絵が描かれている大広間。これが一つ一つ見ていると実に面白い。覗き見してる人とか、スリとかいるし。人の5倍くらいの大顔のおっさんもいるし。写真撮れなくて残念。

中世の面影そのままの家並を眺める

さっき見ないで手前で戻った城の庭園に行ってもいいんだけど、夕方までしか時間がない。城を出て町中の散策をすることにする。だって、私の絵の題材は路地裏にころがっているのだもの。ほっつき歩かなくてはそういう風景は探せない。

橋の上の展望台から、お決まりの俯瞰光景。定番ではあるけれど…やっぱり綺麗だ

観光インフォメーションに行ってみる。町の地図をもらうと、反古紙の裏にカラープリントしたものだった。カラープリントの地図をインフォメーションでもらったのは初めてである。それも反古紙。バスターミナルのメモ用紙も反古紙だったっけ。チェコのインフォメーションはエコロジカルだわ。でも、何かの書類の裏なんですけど。情報漏洩の心配はないのか? チェコ語なんで読めないけどさ。
ついでにバスの時刻を尋ねてみた。「プラハまで」と言うと、分厚いファイルのページを開いてくれた。16:10発ってのが良さそう。急行バスなので所要時間も一番短い。「メモしていい?」と聞くと、やっぱり反古紙を小さく切った紙とペンを渡してくれた。うーん、とことんエコロジカル。16:10の後発のバスの時刻も念のためメモしておく。
ここにもインターネットの出来るコーナーがあった。そうか、小さな町ではネットカフェ探すより、観光インフォメーションに行く方が確実なんだな。料金も安いし。ひとつ覚えたゾ。

ちょっと小腹が空いたので、休憩がてら軽食を取っておくことに。チェスキー・クルムロフの地ビール『エッゲンベルク』を飲むか、昨日飲めなかったチェスケー・ブディェョヴィッツェの『ブドヴァル』を飲むか迷ったが、『ブドヴァル』の看板が出ている店にした。スヴォルノスティ広場に面した席に座る。

ハム&チーズのトースト。ヨーロッパのカフェではどこの国にもあるのね、このメニュー。日本人にとってのシャケのおにぎりみたいなものかな? 『ブドヴァル』は、かなり私好みの味

『ブドヴァル』の正式名称は『ブディェョヴィツキー・ブドヴァル』。英語読みだと『ブドバイザー』……アメリカの『バドワイザー』の元祖。ただし、名前だけね。あーんな味も香りも薄い水みたいなビールもどきとは全然別物。風味も旨味も段違い。なんせ歴史が違うもん。醸造を始めた13世紀頃にはアメリカはまだ存在すらしてないでしょ。
肌寒くて上着が離せない日だけど、空気が乾いているので、ビールも美味しい。日本のビールが冷え冷えなのは湿度のせいもあるんだろうなぁ。でも湿気の多い日本ではキンキンに冷えたビールが美味しいんだもの。土地のモノはその土地で…。これって美味しく飲み食いする鉄則な気がする。

見どころいっぱいの旧市街を徘徊!

石畳の細い道は、風情はあるが歩きにくい。中世から時間の止まったようなこの町の石畳は、特に。足元の覚束ないヒナコは、なおのこと。
カートやスーツケースを引いている人たちの歩みも遅い。中国人らしき若い女のコ3人連れが、駅に向かうのか、大荷物を引きずっている。7〜8歩進んでは、ウンザリした顔でひと休み。また7〜8歩でひと休み。意を決して手に提げるが、15〜16歩で下に下ろしてひと休み。うん、確かに大変だわ、この道は。キャスターが真直ぐ進まないんだもの、お気の毒。ホント、私はスーツケース置いて来てよかったー。

人形劇に歴史のあるお国柄だけあって、人形のディスプレイも多い。この等身大人形は、ヨソ見しててぶつかり、つい「ごめんなさい」と言いかけてしまったくらいリアルだった。あー、びっくりした

とっても可愛い窓枠

何が並んでいるのかと思ったら、椅子だった

細い路地は入り組んでいるようだけど、狭い範囲なので、ぐるぐる歩いているうちにまたスヴォルノスティ広場に戻ってきた。何だ、40分くらいしか歩いてないじゃん。さっき広場のカフェを出た時に、広場のベンチに日本人の団体ツアーの人たちが所在なげに座っていた。40分後の今も彼等は同じ場所に同じ配列で座っている。ん? ずーっとココにいたの?
すれ違いざまに「集合3時半だよね?」と、聞こえた。3時半まではまだ30分ある。1時間ずーっと集合場所で待ってるつもりなんだろうか? こんな小さな町、1時間あったら結構散策出来るのに……。私がつぶやくと、ヒナコが「不安で動けないのよ、あの年だと」と答える。
「ちゃんと迷わず戻れるか不安なのよ。だから1時間くらいなら待ってるつもりなんでしょうよ」
ふー……ん。

今度はヴルタヴァ川のほとりまで降りてみることにした。さっき、塔の上から俯瞰している時、その辺りに「いい感じ」で家並が連なっていたから、側まで行ってみたくて。
川沿いの道は、中心部ほど人がいなくて「いい感じ」だった。岸辺から見上げる城壁は、迫力があり、そして何とも美しい。このヴルタヴァ川の流れは、北へ北へとボヘミアの大地を貫いて、プラハへと向かうのだ。ここチェスキー・クルムロフでの川幅はプラハの4分の1しかないけれど。森を抜け、水を集め、雄大に、壮大に。果ては、ドレスデンやマイセンを流れるエルベ川に注いで、北海に抜けるまで…。

しばらく川べりを進むとボート乗場があって、カヌー遊びをしている人たちがいる。ひゃー、今日は肌寒いのにー、若いって凄いわー、とか言いながら眺めていると、一隻のカヌーが転覆した。きゃー、冷たそう〜〜。見ているこっちも鳥肌がたってきそう。二人乗りカヌーでカップルが乗っていたのだけど、明らかに彼女の腕が劣っているせいみたい。ひっくり返ったカヌーを元に戻すのは、大変なのよね。両側の2人の力とタイミングが均等でないと、表面張力の働く水面から引き剥がせないのだ。

註)何で知ってるかっていうと、昔、グアムの海で苦労したからである。私の「漕ぎ」が下手くそなんで、転覆したのだ。私が下手くそなんで、なかなかカヌーを裏返せなかったのだ。で、相棒に怒鳴られたのだ。今は遠い思い出である。でも、南国の海でよかった

転覆したカヌーはなかなか戻らない。彼氏側が持ち上がっても、彼女の側が上がらない。でも、このカップルの男性は彼女を怒鳴ったりはしなかった。

城を見上げる川でカヌー遊びをする人たち

しばらく川沿いを歩いていくと、ほとんど人けのない素敵な散歩道に出逢う

高齢者を連れて旅をするということ─

そろそろバスターミナルに行っておこう。ホテルのフロントに預けていた荷物をピックアップしなくちゃ。
バスターミナルとは名ばかりのターミナルには、ベンチがほとんどない。疲れていたので、草むらにべったり座ってしまった。傘が必要なほどではないけれど、小雨が時折パラついたりしてたので、少しお尻が冷たいけどね。ヒナコのために早めに来たけど、あんまり待っている人がいない。バックパッカーの2人連れが座り込んでいるけど。彼等と私たちだけ。ホントにバス、来るのかね?

日本人の夫婦がゆっくりゆっくり歩いてきた。しっかり腕を組んで、ひとりは杖。…あれ? さっき塔の階段で会ったご夫婦?
奥さんも気づいたようだった。「今日、会いましたよね?」
二人も、プラハに何泊かしたあと荷物をホテルに預けて、チェスキー・クルムロフに一泊しに来たそう。
いつの間にか、バス乗場にたくさん人が集まって来ていた。ほどなくしてバスが到着。
奥さんはご主人に「あら、行きのバスより新しいわよ」などと言っている。次のバス停は、町のちょうど反対側の門近くにあるので、ここからもたくさん人が乗って来た。
「今ね、町の反対側のバス停。お城の塔が真正面に見えてる」ご主人に話している。目の不自由なご主人に小さなこと一つ一つ伝えながら、そしてご主人も「バスの色は何色?」などと尋ねながら、二人で一緒の光景を“見て”楽しんでいるのだ。日本人でも、この年代のご夫婦でこういう素敵な人たちがいるんだなぁ……。

バスは7割ほど乗客で埋まった。30分ほど乗降のないまま走り、チェスケー・ブディェョヴィッツェのターミナルでまた乗り込み、ほぼ満席になった。みんな旅行者の風体。
地下鉄やトラムでは論外だが、列車だと降車駅や網棚や荷物置場のスーツケースが気になってうたた寝したり出来ない。でも、終点までのバスだとちょっと安心。時々、車窓の風景を眺めたりしていたが、いつの間にかコトンと眠ってしまった。チェスキー・クルムロフ〜プラハのバス料金はたったの140コルナだった。3時間近くのバスの値段が¥600ちょっととは! 列車の半額近い。

バスの車窓から。列車からも見えていたが、ところどころに菜の花のような黄色が一面に広がっている。菜の花とは違うようだけど…何の花だろう?

バスはプラハ・スミーホフ駅に前に着いた。中心部へは地下鉄で行ける。
さっきのご夫婦に一応挨拶をする。明日はどこへ行くのか尋ねられたので「スロヴァキアへ」と言うと、自分たちはスロヴァキアから来たのだと言う。ウィーンから入ってスロヴァキアのブラチスラヴァからプラハに来たのだと。
「あら、私たちはその後ウィーンに行くんですよ。ドイツのドレスデンに1週間前に入って」
「まあ、うちは明日ドイツに行くんです。じゃあ、逆ルートなんですね」
同じくらいの3週間の旅程だと言う。プラハの滞在期間も同じくらい。ホテルに荷物預けて、今晩そこに一泊だけするのも同じ。場所を聞いたら、出口は反対方向だが同じ地下鉄駅だった。じゃあ駅までご一緒しましょう。

私は、このご夫婦に大変好感を持ったのだ。奥さんが地下鉄の切符を買いに行っている間、ご主人といろいろ喋った。ウィーンやブラチスラヴァの話も聞いた。
「プラハのスメタナ・ホールは行きました? 素晴らしいですね」と言う。
「ウィーンは音楽の街だと言うけれど、ウィーンよりプラハの方が音楽が身近ですね。教会のコンサートも行きましたし」とも言う。同じ感想は、私も後日ウィーンを訪ねて実感したこと。

彼等に好感を持った理由のひとつに、こちらにずかずか入り込んでこない…ということもあった。
実はね、割と年配の日本人ツアー客には多いんだけど、年寄りを連れて歩いていると大抵言われる言葉がある。
「まぁー、個人で(お年寄り連れて)偉いわ〜大変ですね〜」「まあ、17日間も! お仕事は何なさってるの?」ヒナコに向かって「お幸せですねー」
私が何を生業としてようと大きなお世話だし、夜昼・土日祭日のない日々を送って働いてドカッと休暇を取るのも私の勝手なんである。まあ、それは旅先のツアー客に限らないけど。
で、何が鬱陶しいって『大変』『偉い』『親孝行』。
まあ、大変て言えば大変だけどね、その大変さを楽しんでいる部分だって実はあるんである。ひとり旅でもいいんだけど、美しい風景などの前では感動を共有もしたい。食事や宿泊は二人の方が割安にもなる。長い休暇は、友人とはなかなか合わないし、旅のスタイルの違う人と同行して気疲れするのもイヤだ。だったら、暇なヒナコでも連れて行くか、本人喜ぶんだし…てな理由なだけ。親子だから喧嘩もするけど、こじれはしないし。

つまり、ハタから見えるほど、私は大変だなんて思ってないのだ。『孝行』している意識もない。手を貸さなくちゃいけないことはたくさんあるけどね。ヒナコのせいで私が損をしているわけではないのだ。ちゃんと私は自分の旅も楽しんでいるんだから。
彼等もきっと「(目の不自由な方を連れて)大変ですね」みたいなこと、言われたくないんだと思った。だから、私にも言わないのだと。

実際、奥さんは悲愴感漂う尽し方ではない。献身的ではあるけど、ポンポンした口調でご主人にも話す。「トイレ行きたくなっちゃった」とつぶやくご主人に対して「えー、ホームに降りてからそんなこと言い出すぅ。4つだからちょっと我慢してよぉ」と返し、「電車は何両編成?」などと尋ねられ「えー、見てないわよぉ、そんなの」
私もヒナコに対し「労り尽して」いるわけではない。文句も言う。無理なことはさせないけど、洗濯など出来ることはしてもらう。旅行代金だって割カンだ。
障害者や高齢者に対し、不自由している部分は手を貸すけれど、腫物に触るように何でもかんでもしてあげるっていうのは、人間として対等に接していないことになると私は思うのだ。

障害者と高齢者を連れた日本人4人が乗って来たので、地下鉄の車内にいた人たちが慌てて席を譲ろうとしてくれた。ヒナコは揺れる車内で踏ん張れないので、ありがたく好意を受けた。ご夫婦の方は、棒につかまれば大丈夫ですよ、と謝意を示しつつ断っていた。そんな部分に、私と同じ考え方を感じたのである。好意は受けるが、甘えたいわけではない。

目的駅に到着後、地下道で、この後のお互いの旅の無事を願いつつ左右に別れた。ご主人の目の不自由の程度は尋ねなかったのでわからない。でも、彼等はああやってポンポンものを言いながら、自分たちのペースで「同じ風景」を楽しんでいくのだと思う。

穴があったら入りたい思い

またプラハのホテル・エヴロパに戻ってきた。一昨日までは303号室に連泊したたが、今日渡されたキーは101。こちらでは1階部分を0階と数えるし、中2階の食堂もあるので、実際は日本の3階に当たるわけだけど。まあ、そんなことはどうでもいい。勝手知ったるエレベーターに向かう。実はバスを降りた頃からトイレに行きたくなっていたので、ちょっと慌てていたんである。
4泊の間、何度も何度も使ったエレベーターで、つい「3」を押してしまいそうになった。違う違う…「1」を押さなきゃ。
鍵を差し込む。…空回りする。…開かない。

白状すると、私は鍵を開けるのが下手である。左利きのせいもあると思うんだけど。普通、人が自然に回す方向に動かせない。意識して手を反対回しにしないとならない。ヒナコは非力なので固い鍵は回せないが、右利きなので何も考えず回すと問題なかったりする。彼女にやってもらった。…開かない。

だんだん、私はトイレに行きたくて切羽詰まってきた。焦る…が、鍵は空回りするばかりである。足踏みしながらイラつく。
ドアの前でヒナコを待たせてフロントへ戻った。「鍵が開かないの!」
4泊の間ほぼ毎日いた年配の男性─彼は再チェックインした私の名前を覚えていた─と、もうひとり初めて見る顔のスキンヘッドに髭面の巨漢の男性もいた。一見コワモテだけど、30歳前後?
「おお、俺はそういうのはプロフェッショナル(?)だから、開けてやるよ」
一緒にエレベーターに乗る。コワモテ風だけど優しい目をしてる。「何泊するの?」
一泊と答えた。一昨日までココに4泊してたんだよ…と加える余裕なく、エレベーターは着いた。私は廊下にぼーっと立ってるヒナコに駆け寄り、「お願い!」とコワモテの彼を振り返ると………2つ手前の部屋のドアを開けて、にこにこと立っている彼の姿があった。

一瞬で理解した。私は「103」のドアに「101」の鍵を突っ込んで悪戦苦闘してたんである。エレベーターのボタンは気をつけたのに、「303」と同じ位置のドアまで行っちゃっていたんである。だって何度も何度も出入りしたもんだから……
「あー………、ワン・オー・『ワン』」

馬鹿丸出し!!!
恥ずかしさのあまり、尿意は吹っ飛んだ。言い訳が頭を巡る。だってねだってね、一昨日まで4日もこの真ん中のドアから出入りしてたもんだから、間違えちゃった…
でも、そんな簡単な英文が口から出ない。アワアワと口籠ってしまった。コワモテの彼は一気に破顔して、両腕を大きく開いた。そのまま私をかき抱いて背中と頭をポンポン……ほっぺにキスまでくれた。親愛の情というよりは、ガキんちょをなだめている扱いである。でも1と3を間違えるヤツだしなぁ。

「じゃあね、ハニー」と彼はにこにこ顔で去って行った。やれやれ……脱力して座り込みかける。あッ、そうだ、トイレに行きたいんだった、私。

註)へへー、恥ずかしい話と言ったって粗相したわけじゃないんだからね! 期待して読み進んだ人もいるだろうけどね(笑)

トイレから戻ると、ヒナコはしたり顔で「何かヘンだと思ってたのよ」とか言ってる。フン! キミはいつも、私が失敗した後になってそう言うよね。じゃあ、ヘンだと思った時点で言えよ。後からならいつでも言えるじゃん!──という憎まれ口は、そういう場合たいていヘコんでいるので、頭の中でしか叩けない。私が黙っているので、彼女はなおも言う。
「でも、私が言っても余計な口出しだからねー」……はいはい。

「303」より若干狭いけど、調度品はこっちの部屋のものの方が気に入った。古いホテルは部屋一つ一つが違うのが、ある意味楽しい

さて、落ち着いたら晩ご飯に行かなくちゃ。あーあ、フロントの前通るの恥ずかしいなぁ…。ま、いいや、もう丸出しにしちゃったんだし、馬鹿なのを。
コワモテ氏はフロントに座って新聞を読んでいた。彼はこの一件で私が気に入ったらしい。私の手を両手で包み込むようにして鍵を受け取る。まあ、でもその程度のこと。同じことをイタリア人男性にしたらと思うと……
「ナントカソノコって知ってる?」え? 誰?
読んでいた新聞の記事を見せてくれた。見たことのない日本人のオバさんの写真。チェコ語の新聞なんで、見出しすら拾い読めない。
「ごめんね、このヒト知らない」
「そう。気をつけてディナーに行っておいで」…はいはい、気をつけます(笑)

チェコ最後の夜はやっぱりやっぱりビアホール!

トラムを1度乗り換えて降りると、目当ての店は停留所のすぐ正面だった。大人気の店のようで、5〜6組が行列して待っている。店内は広くて、大きな醸造タンクがでん!と鎮座している。
二人だけなので、前に並ぶ人たちより先に案内された。8人がけのテーブルに二人ずつ三組の相席。
ここは、ちょっと変わったビールがあるのよね。バナナビールとかコーヒービールとかシャンパンビールとか…。試してみたいけど、変なモン頼んで持て余したらイヤだなぁ…普通のビールが無難かな。メニューを繰っていると、テイスティング100ccという項目がある。100ccなら大丈夫かも。7〜8種類ある珍ビールの中から3つ選んでみた。感想は…「ふー…………ん」
まずくて飲めないわけではないけど、美味しいわけでもない。100ccずつで良かった、こんなのジョッキ一杯は飲めないよ。
ヒナコは3種を一口ずつ舐めて「もういらない」
その後、普通のビールをジョッキを頼んだ。うん、やっぱりこっちの方が全然美味しいや。

左からバナナビール、チェリービール、ライムビール。確かにそれぞれのフルーツの味のするビール。意外なことに、この3つの中ではバナナビールが一番美味しかった

でも、やっぱり「正しい」ビールの方が断然ウマい! 右が黒ビール、左はハーフ&ハーフ。ここんちの黒はかなりコクが強いのでハーフの方が飲みやすいかも

最初の店より、こっちのローストポークの方が好みの味だった。肉はとろけそうに柔らかい。味付けはさっぱりめ

熱々で美味しいけど、4個はちょっと多いコロッケ。ヒナコが1個、私は3個。つけ合わせも、ヒナコが嫌いだと言うので全部私の胃袋に……

料理は、チェコ初日に食べて美味しかったローストポークに再チャレンジ。もう一品はミートコロッケ。なかなかボリュームいっぱいだけど、味付けがあっさりしているので残さずペロリ。毎日食べてて思ったけど、チェコ料理は割と薄味だ。オーダー時に悩んで悩んで薄味っぽいメニューをチョイスしているせいもあるだろうけど。それと、夏のせいもあるかもね。生野菜がふんだんに摂れるから。冬場は野菜の種類も限られるし、料理も「煮込み系」が多くなるだろうから、「単調で重い」料理が続くと飽きることになるんだと思う。幸い、飽きる直前にチェコ出国。

ビールもお代りして、かなり満腹したのだが、チェコではまだデザートを頼んだことがないのを思い出した。次のウィーンでケーキ三昧の予定だったから、控えていたんだけど。最後の晩だしね、いわゆる定番デザートをひとつだけ頼んでみようか?

ローストポークやグラーシュなど汁のある肉料理に必ず添えられているクネドリーキ。あの味の薄い蒸しパンみたいなヤツ。これはスイーツにもしちゃうらしい。よし、トライ!
出て来た「オヴォツネー・クネドリーキ」は凄まじいシロモノだった。一皿にテニスボール大のクネドリーキが6個も乗っている。中にはラズベリーかブルーベリーみたいなフルーツソースが詰めてあって、カッテージチーズとバタークリームを合わせたようなソースがどっさりかかっていた。「小ぶりのジャム入り中華饅頭を溶けたチーズケーキで和えたもの」とでも表現したらいいかしら…

あぁ〜〜、これは駄目だわー。半分に分けても3個ずつ。ゴルフボール大ならともかくテニスボール大なんである。自分の担当分3個をコーヒーで流し込んだ。案の定ヒナコは1個目を4分の3でリタイア。「アナタ、食べなさい。若いんだから」
あのなー、私が若いのはヒナコとの比較の問題であって、年齢的には立派に中年なんだからね! 成長期なんて30年前のことなんだからね! いい気になって食べてると体重落とすのに死ぬほど苦労するんだから。
頼んだモノは残さない主義の私でも、ヒナコの分までは食べられなかった。

よくもまあ、食後にこんなボリュームあるデザートが腹に入るもんですね!

中のジャムもチーズのソースも、砂糖の甘さはそれほど感じないのだけど……

チェコ最後のディナーの締めでミソつけてしまった。残念。でも、料金は安かった。地元の若い人たちも多かったし。それは納得。

ホテルに戻ると、フロントにはスキンヘッドのコワモテ氏がいた。私の顔を見るなり、ルームナンバーを言う前に鍵をくれる。それも両手で包みこんで。私の手の甲は湿疹でゾウガメ状態になってるから、ちょっと恥ずかしいんだけど……
「部屋は『101』だからね。オヤスミ」

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