Le moineau 番外編

バロック、ロココの粋を集めた宮殿へ

目覚めるなり二人して、開口一番「昨日のオバさん、どうしたろうね?」
朝ご飯の食堂で会ったらどうする? 向こうは覚えてないんじゃないの? でも旦那の顔見てみたいよね。それにしても、ブラチスラヴァでの犬もそうだったけどさ、どうしてみんな、手前にいる私をすっ飛ばしてヒナコに吠えかかるんだろ? 吠えかかりたくなる顔してるんじゃないの?
絶叫オバさんはすでに私たちの中では犬と同列扱い。諌められてすぐ黙らないのは、犬以下か…?

朝ご飯を食べに食堂へ行く。エレベーターはちゃんと動いていた。フロントの中には昨晩の男性ではなく、若い女性がいた。

さあ、今日はいの一番でシェーンブルン宮殿 Schloss Schönbrunn を見に行く。ウィーンの街全体がもう、昔日のハプスブルク家の栄華が偲ばれる雰囲気いっぱいなのだが、中でもこのシェーンブルン宮殿はその再絶頂期を象徴する豪華絢爛なものである。

ウィーン滞在中は、この華やかな宮廷文化の栄光の名残りをイヤというほど見せつけられるわけなのだが……。考えてみると、昨日までずっと廻っていたチェコやスロヴァキアは、何百年もの間、このハプスブルク家に支配され続けていた国々なのだ。母国語を使うことすら許されずに…。支配していた側、されていた側、同時に逆の側面を見てみようと意図的に組んだ旅程であるが、やはりいろいろ考えさせられるものである。

もともと夏の離宮として建てられた宮殿なので、ウィーン中心部からは5kmほど郊外にある。といっても地下鉄で行けるので楽ちん。地下鉄駅は広大な宮殿の敷地の角に市しているが、ここから正門までも歩いて5分くらいかかる。ようやく正門をくぐると、大きな中庭の向こうに鮮やかな黄色に覆われた宮殿の堂々たる姿がある。「マリア・テレジア・イエロー」と呼ばれる、ややくすんだ明るい黄色は、太陽と権力の象徴だという。
宮殿の屋根中央には、ハプスブルク家の紋章の「双頭の鷲」の像が見下ろしていた。

広い広いシェーブルン宮殿。門をくぐってから建物に到達するまでが長い長い…

当然のことながら、観光シーズン真只中なので、人の数はハンパではない。あまりに広過ぎる広場の中では多少閑散と見えるが、切符売場のある建物に入ると、びっしりの人人人。行列が出来ているが、その先頭がどうなっているのかよくわからない。ヒナコを適当に並ばせておいて探索に行く。売場のブースは4つ開いており、2つずつが前後に並んで、列は2本出来ているようだ。パンフレットが落ちていたので拾う。どんな種類の切符があるのか、並びながらじっくり検討するとしよう。

よく見てみると、ウィーン市内の王宮も見られるコンビチケットがあるようだ。合計25%の割引とある。王宮も見るつもりだったので願ったりかなったり。シェーンブルン宮殿+王宮(居室、シシィ・ミュージアム、銀器コレクション)+王室家具コレクションと全部合わせて19ユーロはかな〜りお得! ウィーンカードでさらに割引になるので17ユーロだ。

宮殿内の全1400室のうち、40室が見学出来る。各国語のガイドツアーがあるが、私たちには日本語のオーディオガイドを貸してくれる。
宮殿内も当然だが人人人…。それでも日本語でかなり詳細な説明が聴けるのでありがたい。ところがヒナコは、このオーディオガイドのボタンを押すことすら出来ないのである。まったく困ったちゃんなんだから! 各部屋の入口で該当する音声を出して「ホラッ」といちいち渡してあげなきゃならない。最初が聞き取れなかったと言われると、いちいち巻き戻してあげないとならない。あー面倒くさい!

宮殿内の白眉ともいえる大ギャラリーは、それはそれは見事なものだった。
豪華絢爛なロココ様式だけでなく、東洋美術や漆工芸などもちりばめられたシックな部屋もある。フランツ1世の執務室は、家具や羽目板が漆。中国の絵の壁紙や磁器の壺などのある部屋は、当時の貴族に流行ったオリエンタル趣味のものだろう。
壁一面に南国の森─極彩色の花や鳥─の絵の描かれた部屋は、悪天で庭の散歩が出来ない日に過ごすらしい。
青い淡彩画が壁一面に飾られた部屋─この淡彩画はマリア・テレジアの夫や娘たちが描いたものだという。「朝食の間」は、マリア・テレジアと娘たちが手作りした刺繍が壁を飾っている。豪華な宮廷ではあるけれど、温かな家庭生活の場でもあったんだ……そんなふうに思う。

マリア・テレジアの16人の子供の中には、かのマリー・アントワネット(オーストリアでの名はマリア・アントーニア)がいるけれど、彼女の未婚時代の部屋もあった。
白い化粧漆喰の壁や天井に渋い金の飾りがあり、家具や絨毯は落ち着いた赤。決してハデハデではなくシックな豪華さだ。うーむ、このシックさが彼女には物足りなかったのだろうか……だからヴェルサイユをあそこまでド派手ピカピカにしてしまったのだろうか……?

しかし、まあ、人だらけである。各国語のガイドツアーも次々回ってくる。中でも強烈なイタリア語ガイドがいた。声がデカいというか朗々とし過ぎるというか、耳に当てたオーディオガイドの音声を飛び越して頭にガンガン響く。…いや、彼女は一生懸命職務を全うしているだけなのだが。
こうして時々出会う声の大きいガイドをやり過ごしているうちに、どんどん時間はたっていく。おかげで隅々までとっくりと眺めることは出来たけれど、40室を見終わった時にはもうヘトヘトだった。

芸術的アクロバット飛行、芸術的建築物巡り

とにかく休憩しなくては、足腰ガタガタである。
当初の目的としては、宮殿裏手の庭園の高台にあるグロリエッテという柱廊建築の建物まで行き、そこのカフェでお茶…とか考えていた。でも、駄目、歩けない〜〜。宮殿横のカフェレストランのテラス席にへたりこんでしまった。
テラス席とはいっても、屋内半分、外半分みたいなもの。大きなシェードが上にあるので、陽射しは充分に避けられるが、やはり風は少し抜けにくい。
カプチーノを頼んでみた。本場カプチーノと違い、シナモンパウダーがふってあるのは日本と同じ。

昼時の頃合もあって、休憩だけでなく食事をする人たちでテーブル席は満席に近い賑わい。で、半分屋内みたいな場所ではあるけど、外にもつながっているので、食べこぼしを狙う雀たちがたくさんやって来ているのである。ヨーロッパのカフェの外の席には、たいてい雀たちはいる。それでも人のいるテーブルに乗ったりすることはなく、足元をちょろちょろと走り回る程度だ。片付けてないテーブルに乗ってささっとパン屑をかすめ取ったりはするけど。

虎視眈々とパン屑を狙う雀(カーソルを当てると雀のお姿を拡大します)

いやはや、シェーンブルン宮殿の雀たちはすごい! 勿論テーブルには乗らない。地面の屑を拾うだけなのだが、拾った後がすごいのだ。高速飛行で飛び去るのだけど、それが頭上ではなく、超低空なの! テーブルや椅子や人の脚が林立する隙間をS字旋回し、忙しく歩き回るウェイターを急カーブで避け、脚の林を抜けるや急浮上して樹の上へ。2羽並んでのランデブー飛行後、すっと二手に分かれたりもする。航空ショーのアクロバット飛行さながらである。そのうち5色のスモークでも出すんじゃないか?

断言する。シェーンブルン宮殿レストラン脇に住む雀たちの飛行技術は世界一!!

さあ、庭園の散策といこうか。カフェを出て宮殿の裏手に回る。
と、あまりにもあまりにも広大すぎる庭園がどどーんと広がっていた。遥か遠くに風格あるグロリエッテ Gloriette の姿が霞んでいる。つづれ折りの階段も見える。うへー、遠そう……。あそこからの景色は素晴らしいんだと思う。多分ウィーン市街までも見渡せるだろう。
断念した理由はいくつか。まず陽射しを遮るもののない庭園を延々縦断しなくてはならないこと。この距離から見てもかなりの高さのありそうな階段をヒナコ連れて昇り降りすること。そして、そこをまた戻らなくてはならないこと。
最大の理由は、宮殿の裏側が工事の足場とシートでびっしり覆われていたことである。これでは、グロリエッテ側から庭園越しに宮殿を望む絵は描けない!

事前に調べた情報では、この何日か後に、ウィーン・フィルの野外コンサートがこの庭園で開催されるらしい。私たちは前日にウィーンを出てしまうのだけど。ウィーン・フィルの生演奏を無料で聴ける機会なんて、そうそうないから残念な気もするけど、だからこそ物凄い数の人出になるんだろうなぁ。庭園のど真ん中では、コンサート会場の設営も始まっていた。これも、通常の景観を損ねるものではある。

写真でなくて絵なのが気に入って購入した宮殿室内の絵葉書

裏側の庭園はさらに広い。一番向こうに霞んで見えるのがグロリエッテ。目的勾配のあまりの高さに行くのを断念した

ウィーン中心部に戻ることにする。宮廷文化の豪華絢爛さには今どっぷり浸かったから、今度はちょっと庶民の日常生活に触れてみようよ。戻る途中にナッシュマルクト Naschmaekt という市場があるのだ。今日は土曜日なので午後は市場は閉まるけど、かわりに蚤の市をやってるハズ。後ね、見ておきたい建物も近くにあるの。ヒナコは不満顔である。何故なら、私の立ち寄りたい場所の事前知識がないから。まあまあ…ちょっと寄るだけだから…そしたらホテルに連れて帰ってあげるから…なだめて地下鉄を途中下車する。

19世紀末、ヨーロッパを席巻した新しい芸術表現がある。時は産業革命の全盛期。新しい産業構造のもと、自由主義の若い芸術家たちが伝統技法偏重のアカデミーに反旗を翻したわけ。
フランスの「アール・ヌーヴォー」、スペインの「モデルニスモ」などと並ぶ新潮流は、ここウィーンでは「ユーゲントシュティール=青年様式」と呼ぶ。中世からの古い建築物もいいけど、ウィーンでの世紀末建築ウォッチングも楽しみにしていた。

引用になるが3大建築家のお言葉。ヴァーグナーの「必要のみが芸術を支配する」。フンデルヴァッサーの「直線に神は宿らない」。ロースの「装飾は罪悪である」。

駅を降りてすぐの場所に、ヴァーグナーの設計した優美な建築物があるのだ。他にもユーゲントシュティールの建築群が近くには多い。
鮮やかな赤い花のタイルで飾られたマヨリカハウス Majolikahaus 、女性の顔の形をした金細工で飾られたメダイヨンマンション Medaillons Mansion 、二つを繋ぐバルコニーは曲線を描く植物がモチーフだ。この曲線はアール・ヌーヴォーの様式にも共通する。流れるように美しい装飾の建物たちを、ヒナコは気に入ったようだ。よかったー、機嫌直してくれて。…じゃ、もうちょっと引っぱり回しちゃおうかな? もう少し市内の建築物巡りしてもいい?? 外観だけだから、さ。

蚤の市はガラクタとアンティークの中間な品々が並ぶ

オットー・ヴァーグナーの初期の作品、マヨリカハウスとメダイヨンマンション。マヨリカタイルの装飾が綺麗。今も普通に集合住宅として使われている

再び地下鉄に一駅だけ乗り、カールスプラッツ駅で下りる。ここの旧駅舎 Karlsplatz-Stadtbahn-Pavillonも有名な世紀末建築のひとつ。同じ建物が向い合わせに建っていて、ひとつはカフェに、もうひとつはミュージアムになっている。内部を見たいのもやまやまだが、外観だけって約束したからねー……。
大通りをはさんで反対側にはセセッション(分離派会館)Secession の金のドームも見えている。

でも、もう何を説明しても、ヒナコは「ふー…ん」という感じで耳は右から左に抜けてる風情。やばい、本格的に具合悪くなる前にホテルへ連れ帰らねば。
ヒナコを部屋で休ませ、再度ひとりで街に出る。他に見てみたい世紀末建築物は大半がホテルからの徒歩圏内にあるので。

ウィーン世紀末建築巡り。ヴァーグナー作のカールスプラッツ駅舎。外観の形状もさることながら、白大理石と緑の鉄骨と金の装飾のバランスが見事に調和している

アドルフ・ロース作の、法律書専門のマンツ書店。

「黄金のキャベツ」の異名を持つドームの分離派会館。地下には、クリムトの超大作壁画『ベートーヴェン・フリーズ─敵対する力』があるのだけど、時間が足りず行けなかった

モザイク装飾の綺麗なエンゲル薬局。今もちゃんと薬屋さん

絵葉書からスキャン。フンデルヴァッサー作のゴミ焼却場。このらしからぬ外観の存在感たっぷりの建物を肉眼で見てみたかった

シックでシンプルなマンツ書店 Mantz 、淡いモザイク画の美しいエンゲル薬局 Engel Apotheke 、金のレリーフのアンカー時計 Anker Uhr 、建設差し止め騒動まで巻き起こした超近代建築のロースハウス Looshaus などなど…ひとりで歩く分にはガンガン見られる。ホントはちょっと外れのゴミ焼却場もぜひこの目で見たかったが、ちょうど絵葉書を売っていたのでそれで我慢。明日か明後日、時間が取れればな…無理だろうな、多分。

至福のケーキタイム再び

元気復活したヒナコを迎えに戻る。
パックツアーというものに参加したことはないけれど、旅程組みの参考にパンフを見たりはする。ウィーンの場合だと、午前中2時間シェーンブルン宮殿で、午後はまた何ケ所か回って夕方にはもうフリータイムだったりしている。私の方はというと、朝一番の宮殿見学の後、ちょこちょこオプションつけただけで、もう3時を回っている。でも、いいんだ、これが私のペースなんだから。「はい次ほい次」とあちこち連れ回されると、消化不良で欲求不満になっちゃうもん。

そういうわけで、休憩を取った直後のヒナコは、またもいきなりケーキでの休憩タイムとなるのだ。
今日は、創業150年の老舗店『レーマン』へ行こう。この店はシュテファン広場からほんの1〜2分の場所。外のテラスではなく、木製の天井が趣きある店内でくつろぐことにした。

ガラスケースの中のケーキはどれもこれも美味しそうで、迷う迷う。
これは何? これは? それはラズベリー? こっちは? 店員のオバさんに教えてもらいながら、さらに悩む。ようやく2種類をチョイス。
この後、何軒かでウィーン菓子を食べ比べて感じることだが、オーストリアのケーキ、美味しいです! こっくりとした甘さが決して濃厚過ぎないので。私個人としてはパリのケーキより舌に合う。イタリアのお菓子の美味しさはまた違う位置付けかな…? ドイツのケーキの素朴さもいいけどねぇ…。アメリカのケーキ? 頭痛くなるほど甘い、あれは論外。

ケーキ2個とコーヒー2杯で合計12.80ユーロ。日本のケーキセットと同等なお値段である。

許可をもらってショーウィンドウを撮影。ケーキは皆、伝統的ウィーン菓子という外観をしている。昔懐かしいケーキというお姿

フルーツ入りカスタードのムースを、スポンジと薄いクレープ皮のようなもので巻いてある

木苺のトルテは、こくのある甘さ。スポンジは少しチョコレート風味で、外側にはナッツがまぶしてある。苺の酸味と合わせて絶妙に調和。

3つでも4つでも食べてしまえそうな気分だが、物足りないくらいがちょうどいいというもの。顔をほころばせて店の外へ出ると、何だか空が暗い。気温もいきなり何度か下がった感じがする。でも、このくらいの温度が歩くには気持ちいいよね。

とりあえずすぐ近くのシュテファン寺院 Stephansdom に行ってみる。ここの二つの塔は見晴らしがいいのだ。南塔は階段だが、北塔はエレベーターもあるというし。内部は、よくある普通の教会内部だった。今晩のコンサートのリハーサルをしている。歌声が聴けたのはラッキーだが、縄で仕切られてしまって奥まで進めないのは残念。

シュテファン寺院内部。ちょうどコンサートのリハーサルをしていたので、しばらく聴く。なんだか儲けた気になる貧乏性な私たち(笑)

塔の登り口もなかなか見つけられない。うーん、でも、何だか空も曇ってきたし、登っても絶景!とはいかないかもなぁ。そんなことを思いながらシュテファン寺院の扉を出ると、空はますます暗くなっていて、雨がポツポツ降り始めている。あら、降って来た…と口にする間に、ざざざーっと激しさを増してくる。きゃーーー、傘持って来てな〜〜い!

ホテルはすぐそば。傘を取りに行かなきゃ。あー、でもヒナコが足手まとい。ホテルより手前に地下鉄駅への降り口がある。彼女にエスカレーターを降りて下にいるよう命じて、広場を猛ダッシュ! 雨は凄まじい激しさとなってきた。カフェのテラス席の人たちも大慌てで避難。そのくらい突然で急激な雨なんである。頭を抱えて走り回る人々が、あっちからこっちからへと広場中交錯しまくっている。何とか人をはね飛ばしたりしないでホテルの玄関に飛び込むことが出来た。ドアマンは笑っている。部屋に戻って傘を持ち、ヒナコを待たせた場所へ戻る。

暑さにうんざりした日々は、この日の夕立ちを境に寒さに震える日々となるのを、この時点ではまだ知る由もなかった。

夭折の画家、エゴン・シーレの世界最大コレクション

雨は凄まじいが、どうせこの後は美術館に行く予定だったので構わない。ハプスブルクの帝国支配の陰りとともに、新しい時代の生んだ分離派──その世紀末アートをどっぷり楽しむつもりである。

2001年オープンほやほやのミュージアム・クォーター・ウィーン Museums Quartir Wien (MQW) という巨大な美術館&博物館エリアがある。やっぱり一番の目玉は、エゴン・シーレの所蔵世界一のレオポルト美術館 Leopold Museun でしょう!
MQW全体は、かつての王宮厩舎を改築した豪壮なバロック建築。ぐるりを取り囲まれた中は、洒落た近代建築の点在し、イベントスペースなども整備された複合空間になっている。でも、傘をさしても靴が水浸しになりそうな土砂降り。いかに軒先のような場所をうまく歩くか……一苦労である。

レオポルト美術館は、およそ美術館らしからぬ白い素っ気ない四角い建物。でも、新しいだけあって館内のバリアフリー設備は完璧である。刹那主義ムード漂う鋭い人物描画のシーレ作品をここは200点以上も持っているのだ。

ところでエゴン・シーレって、ウィーン世紀末アートの巨匠クリムトと同列に扱われることが多いけど、彼の活動期は19世紀末ではなく20世紀初頭である。ヒトラーとほぼ同世代。ヒトラーが芸術家志望だったことは知ってる人も多いと思うけど、彼はウィーンでシーレと同じ美術大学を受験しているのである。シーレは合格したけど、ヒトラーは二年連続して落ちた。理由は「写実的ではあるが独創性に乏しい」
その後彫刻家に弟子入りしたり建築を志したりするものの、試験官に作品も見てもらえず……紆余曲折の末、彼は独裁者となっていくのであった。ヒトラーが美大に合格して画家となっていたら…? 世界の近代史は少しばかり違ったものになっていたかもしれない。

絵葉書からスキャン。エゴン・シーレ『ほおずきの実のある自画像』。50〜60cm角程度の、さして大きな作品ではないが、オーラを放つ存在感があった。バックの赤い実のバランスに、日本美術的な「間」を感じるのは私だけ?

個人的には、エゴン・シーレって、暗い気がしてあまり好きではなかった。でも、これだけの作品群をこれでもかと並べられると、その迫力には圧倒される。少女モデルを使ったデッサンなど、確かに「アブない、イッちゃってる」ものも多い。当時は不道徳ということで焼却処分になったりもしたらしい。
シーレは、自画像をたくさん残している。病に伏した死の直前の自画像もあった。彼は妊娠中の最愛の妻をスペイン風邪で亡くし、自身も3日後に同じ病気で他界しているのだ。どんな思いで、自分の死にゆく顔をスケッチに残したのか…この時には愛する妻はもう亡くなっているのだ…へっぽこアマチュア絵描きの私には想像だに出来ない。
風景画も描いていた。先日訪れたチェコのチェスキー・クルムロフ──母親の生まれ故郷のこの町をシーレはこよなく愛していたようで、彼独特のタッチで何枚も描いている。

決して安らぐ絵ではない。それでも、ビリビリと背筋に針のような刺激を受ける作品群。人物画はいっさい描かない私でも、お腹の底をギュッとつかまれるような感銘を受けた。好きかと言われたら、やっぱりあまり好きではないと答えるだろうけど…。見る価値は十二分にある。
ウィーンカードで10%割引の8.10ユーロ。

でも、ヒナコはあんまり面白くなさそうだった。「だって気持ち悪いんだもん」とか言う。あなたは印象派が、特にモネやドガが好きなんだもんね。考えようによっては、面白くないものに料金払うのも無駄だし、美術館って疲れるんだし、こういう場所は彼女の昼寝タイムにひとりで来ればよかったんである。

ワンフロアまるまるシーレ・コレクションだが、他の階にもクリムトやココシュカなどの世紀末アート作品が揃っていた。ひと通り見てから出口ロビーまで戻ったが、外は相変わらずの超土砂降り。おまけに、ひどく冷たい雨なのである。傘を持っていても、駅まで5分の道のりをためらうような…。
ロビーのソファには、私たちと同じ思いで座り込んでいる人たちが何組かいた。
19時の閉館まであと15分くらいしかない。ここにいつまでも座ってたって仕方ないから帰ろうよ。傘のない人に比べたら100倍ましじゃない。
ヒナコは「靴が水浸しになったら嫌だし」とか「駅までだって濡れちゃう。滑りそうで走れないし」とか「どうせまた晩ご飯食べに出るのに濡れるでしょ」とかブツブツつぶやいている。挙句「もう晩ご飯いらない! あなたひとりで食べて!」

そんなぁ、ひとりでったってヒナコを送り届けなくちゃ私は出かけられないんだし。そういう無茶苦茶なわがまま言うのは、美術館が彼女のお気に召さなかったからだ。

わかったよ! ホントは夕食取るのに目論んでいたエリアが近くにあるけどさ、探し歩くと文句言うんでしょ? ホテルのあるそばまで行って、その近くで目についた店に入りましょ。そのかわり、口に合わなくても文句言いっこなしよ! でも合わなかったらきっと文句なんだろうなーと思いつつ、言い放つ。見つからなかったら、あなたをホテルに置いて、私だけもう一度出るから! でも、テレポート移動は出来ないんだから、地下鉄駅までは歩いてちょうだい!

レストラン選びは当たりクジだった

シュテファンプラッツ駅まで地下鉄で行く。一駅ずつを2路線乗り換えている間に、雨はやや小降りになっていた。助かった…。
いかにも観光客御用達のような店の並ぶ通りをあえて避け、なんの目星もつけていないが、路地に入る。本屋や小物屋のある通りで飲食店が1軒もない。ごめん! ちょっと約束と違うけど、もう1本先の路地も見ていい? ここに店がなかったらホテルに連れて帰るから!

註)泊まったホテルにもレストランはあったのだが、イタリアンなのである。経験則からいって、イタリア本国以外で食べるイタリア料理は大抵「ハズレ」なのだ。世界で二番目にイタリア料理が美味しいのは、絶対に日本。私の持論

入った路地に1軒のレストランがあった。ちらっと覗くと中はガラガラ、私の食い物屋に対する嗅覚アンテナは、ぴっこんぴっこんとNGサインを出している。足元ばかりを気にして歩いているヒナコは、ここにレストランがあることに気づいていない。それをいいことに、この店を無視して通過。路地が開けた先に、彫刻像がある小さな広場が見え、そこに面して何か看板があるようだ。よし、あそこにしよう。嗅覚にストライクな感じはしなかったけど、悪くはなさそうだ。

店内はそこそこの混み具合だった。微妙に時間が早いのかな。でも、ブラチスラヴァの店のように無人ではないので安心する。
私はローストビーフを、ヒナコにはベジタリアンメニューから野菜のプレートをオーダー。この野菜、実は賭けなんである。というのも、ヨーロッパの温野菜は、火が通され過ぎているモノが多いんである。歯ごたえを好む日本人には、あまりにもクタクタ過ぎ。まして我が家は伝統的(笑)に、一般家庭より固めに野菜を茹でる。

この温野菜は、柔らかくなかった! 好みとしては、もう1分ほど早く鍋から出してくれぇな茹で方だけど、充分充分。ヒナコの機嫌、一気に回復。我が親ヒナコは、アイテムによってパワーが落ちたり充填したりするシュミレーションゲームのキャラクターみたいな奴である。

ローストビーフは、想像と違ってビーフシチューみたいなものが出てきた。値段もワイン何杯かと水と合わせて合計32ユーロだったので、まあまあ妥当なところ。
この店は、グラスワイン一つにつきグラス1杯のお冷やを持って来る。ワインのお代りをするたびに水が来るのだ。これなら、ボトルの水をオーダーする必要なかったな…。

これはビーフシチューというものでは? とりあえず肉は柔らかくソースもくどくなかったので許す。じゃがいもは軽くローストされている

にんじんにもブロッコリーにもちゃんと歯ごたえらしきものは残っていた。ヨーグルト風味のドレッシングも○。ホウレン草だけは、ちょっといただけなかった

食事を終えて店を出ると、雨はほとんど上がっていた。だけど気温ががっくり下がっている。昼間の暑さからすると10度以上下がった感じ。ぶるぶる震えながら小走りでホテルへ戻る。

フロントの女性は私がルームナンバーを告げる前に鍵を出してくれる。まだ二晩目だが、昼間何度か出入りしたので、顔と部屋番号を覚えてくれたようだった。小さなホテルでの、こういう対応はすごく嬉しい。
もうひとりの男性スタッフがにこにこと私を見ている。パッキッグ材が欲しいことを思い出した。
「ねえ、古新聞をもらえる? ワインボトルを包みたいの」
「ああ、ロビーにあるのを、好きなだけ持って行っていいよ」
閲覧用に置いてある新聞を適当に手に取る。彼は、まだ何か言いたそうに、にこにこしている。
「…あの、…大変だったね」
ん? 何? え? 今日のすごい雨のこと……? きょとんとしていると
「…ほら………『ひょぇぇぇぇ〜〜〜』」
あーッ、昨日の絶叫オバさん!?
彼はさらに笑う。話をしたくてたまらない様子。これは聞いてあげなくちゃねー。うーん、私の英語能力でどこまで理解出来るかわからないけど、顛末も知りたいし。
「…何が起きたの?」
彼は待ってましたとばかりに話し始めた。昨晩フロントに立っていたのは別の男性だけれど、彼も事務所にいたらしい。どうやら、あのオバさんはここの宿泊客でもなんでもなくて、勝手に入り込んで騒いでいたんだ、と。荷物がなくなった、幽霊が盗ったんだ、警察を呼べ…と。そうか、夫婦喧嘩の巻き添え食ったのとは違うわけね。
「だから、彼女の希望通り、警察に来てもらったよ」
「…それで?」
「さあ? どうなったんだろうね。警察が連れてったよ」
「ふー……ん」
「アメリカ人の女でさぁ………」
彼が吐き捨てるように発した『アメリカン』という言葉には、侮蔑の響きがあった。ヨーロッパ人のアメリカ人に対する本音の感情が垣間見えたような気がした。私たち日本人に対しても、お腹の底ではどう思っているかはわからないけれど、とりあえず客である以上、きちんと礼儀を尽してくれるのだから、別に構わない。
「彼女、裸足だったでしょ?」
「ああー、うんうん」
「でね、…ちょっと待って」
彼は携帯電話を取り出し、何か画像を探している。「ほら見て見て」
エレベーターの扉と床の細い隙間、3cmくらいしかないところに、靴が1足、ふたつ横に並べてぺたんこにきっちり詰め込んである。これ、詰めるのも大変なんじゃ…?
「あー、だからエレベーターが止まってたんだぁー!!」
何を話しているか訳わからなかったヒナコも、画像を見てさすがに理解した。みんなで大爆笑。えーと…なんて言えばいいかな…単語が思い出せない。えーとえーと、…そうだ!
「あんびりぃばぼぉ!」

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