Le moineau 番外編

天使の歌声に癒されに

今朝は頑張って起きなくてはならなかった。王宮礼拝堂 Hofmusikkapell の日曜ミサで、ウィーン少年合唱団 Wiener Sängerknaben の天使の歌声を聴くつもりだったから。
前売りは8週間前までにメールか郵送で申込み2日前に直接取りに行かなくちゃならない。旅行を決めたのがギリギリだったので、手配なんて出来てない。ホールでのコンサートではなくて日曜ミサだから、立ち見なら早い者順で無料で入れる。ミサは9時15分からだが、せめて8時半から45分くらいの間には並んでおきたい。
かといって、朝ご飯抜きにする気はなく、ばっちり食べていくつもりなので(笑)。王宮まではホテルから徒歩で10分程度なので、そんなに急がなくてもいいと思うでしょ? 駄目なのだ、ヒナコは支度にも食事にもさらに食後の歯磨きにも時間がかかるのだ。

今朝はGジャンなどを羽織っていても、少し寒い。空もなんとなく重い色合い。折畳み傘もしっかり持って来ている。王宮の門をくぐり、礼拝堂のある方向へ進むと、ダフ屋らしき人がいて、礼拝堂前の中庭にはすでに行列があった。8時40分、まだ30分以上あるのに。
並んで待つが、足元に抜ける風が薄寒い。そうこうしている間にも、後ろの列はどんどん伸びていき、中庭の中にとぐろを巻き始めた。前から20〜30人目という私たちのポジションはかなりの好位置と思われる。

9時になって礼拝堂入口の扉が開いた。すでにチケットを持つ人たちは、どんどんすり抜けて進んでいく。立ち見席の列からも何組か抜けていく。当日券の残りがあるようだ。でも、もういい席は残ってないだろうし……。
しかし、そんなことを口走ってしまったのをヒナコが耳にしてしまった。座れるなら座りたい、立ってなんていられないとダダをこね始めたのである。
英語やドイツ語だけが飛び交っている限りは彼女には知り得なかったことなんである。立ち見席しか残ってないと騙しておけばよかったのだが……。

2階席や3階席の後ろでは、よく聴こえないし全然見えないんだよ、それなら1階の通路で立ってれば無料なんだよ、私たちは立ち見席の行列の2組目に並んでいるんだから、かなりの好ポジションが取れるんだよ……言い聞かせても、もう無駄。
仕方なくギリギリになって列を外れてチケットボックスへ。祭壇正面席は36ユーロで、以下5〜6段階に分かれている。下から2つ目の14ユーロの席を買った。

2階席だった。それも横のボックスの後ろの方。最前列ならまだしも、最後尾! 当然祭壇なんかこれっぽっちも見えないし、狭い壁と天井に囲まれていては音響も期待出来ない。ミサの様子はボックスの中に置いてあるモニタで見ることになる。そして、肝心の少年たちの賛美歌は、一方向から聴こえるだけだ。彼等は一番後ろの3階バルコニー部分で唄っている。1階通路にいれば、座ってなくても礼拝堂の真ん中にいさえすれば、上から天使の歌声が降ってくるような、歌声に包み込まれるような思いを味わえたのに!!! こんな窮屈な空間でTV中継見てるようなものに¥2000も払ったなんて!

バルコニー最前列の席の横に人ひとりだけ立てるスペースがある。手摺につかまって乗り出せば、左下の祭壇と右上の唄う少年たちを見ることが出来るのだ。同じボックスに居合わせた40〜50人の間には、奇妙な共同意識が芽生えていた。誰が決めたでもなしに順番に席を立ち、乗り出して眺め、1枚ずつ写真を撮ってさっと交代する。この譲り合いがなかったら、私の不満は爆発していたところだ。

合唱団の少年たちは、礼拝堂の一番後ろの3階バルコニーで唄う

最後の1曲だけは、祭壇前に降りて来て唄ってくれる。順番に乗り出して撮った1枚

ミサ終了後、礼拝堂前の中庭で一緒に記念撮影してくれに出て来る。一番可愛いコを望遠でこっそり撮ってしまった。10歳くらいなのかなぁ

王室礼拝堂で日曜ミサを聴く予定の方々、奮発して¥5000の正面席を買うか、早起きして無料立ち見席のいい場所をゲットするかを、断然すすめます。中途半端な席なのだったらお金勿体ない。¥300くらいというならともかく、あの場所で¥2000はあんまりでしょ。
とか言ってたら、ヒナコがめそめそし始めた。「私は満足したもん。すご〜く満足したもん! 立ってなんていられないもん!!」
あのな〜、あなたを責めてないでしょ。自分自身で感動が半減しちゃって残念だったなーって思ってるだけなんだから。

至福のケーキタイム、三たび

礼拝堂を出て、さらに王宮の門を出る。空は今にも泣き出しそう。

まだ11時前だが、おやつの時間といきますか! 王宮のすぐ近くには王室御用達の老舗『デーメル』があるのだ。日本にも原宿に支店がある。
ザッハ・ホテルのザッハ・トルテを食べたのなら、こちらのものも食べ比べなくては! なんたって商標権を巡って、10年間も法廷裁判が続いたというのだから…。
そもそものオリジナルはザッハだけど、初代の経営者たちは仲がよかったという。ザッハが経営難になった時デーメルは、評判のトルテを自店でも作らせてもらうことを条件に資金援助をした。ザッハは持ち直し、互いに代が変わった頃、ザッハ側が権利侵害の裁判を起こしたというもの。で、10年間の闘争後、決着は「両家とも生産して可」。お陰で、ウィーンっ子も訪れる観光客も、両方のトルテの食べ比べが出来るのだー。ありがたやありがたや。

店内のショーケースには、魅惑的なケーキがずらりと並んでいた。そういうわけで、1個はザッハ・トルテと決めているけれど、もう1個がなかなか選べない。

またも店員さんに許可をもらってショーウィンドウを激写。チョコレートやナッツを使ったものが多い

席に座ってワクワクと待つ。食べてみた結果……
チョコレートのかすかな酸味はザッハの方が強い。コーティングの滑らかさもザッハの方がある。しかし、杏のジャムが薄く入る分、若干くどさと甘味が増している。生クリームで柔らげないとならない。
デーメルのザッハ・トルテには生クリームは頼まなければついてこない。外側のコーティングはわずかに舌触りを残しているが、これはむしろ心地いいザラつき感。チョコレートスポンジのしっとり感はこちらの方がある。苦味も。チョコレートの香りがダイレクトに伝わるのはこっち。
いずれにしても、どっちも美味しかった。あえて違いをあげてみただけ。どちらかを選べと言われれば、私はデーメルの方が好みの味。

デーメルでケーキを食べたら、トイレを借りるのもぜひおすすめ。店内は広く、雰囲気の違う小部屋がいくつもある。2階の席も落ち着いたいい部屋だ。トイレは2階の一番奥にあるので、それまでの間、ゴージャスなインテリアがいっぱい楽しめる。1階の奥はガラス貼りのキッチンになっていて、階段を登る時に斜め上からケーキ作りの作業を見ることも出来るのだ。

註)帰国してから知ったが、地下に入場無料のカフェ・ミュージアムもあったらしい。創業200年のお菓子作りの歴史が展示されてるそうな

ケーキとコーヒーは大変美味しく、幸せいっぱいだったのだが…。
私たちのすぐ後ろのテーブルに3〜4歳くらいの子供を連れた夫婦がいた。この子供、くるくる巻毛の金髪で、そりゃーもう絵本の天使のような男のコなのだ。見かけは天使だが、実際は行儀の悪いガキ。とにかくじっとしていない。プラスチックのおもちゃのボウガンみたいのを、ばしばし打つ。店員の女性が落ちている矢を彼に渡し「ここは店だから外でやりなさい」みたいに言っても聞かない。走り回る。大声もあげる。
だいたい親が何も注意しないのだ。もう叱ればわかる年齢でしょう? このガキ、顔が可愛いだけに余計腹が立つったら! 迷惑な子供を野放しにする親は、ヨソの国にもいるんである。欧米では日本よりちゃんとしてると思ったんだけど。

問題のザッハ・トルテ食べ比べ。私は軍配をこちらデーメルのトルテにあげる。でも好みはそれぞれ。甘党な方々、あなたはどちらのトルテが好き?

カステラの底のようなざっくりした舌触りのスポンジを薄いパイ皮で巻いたもの。甘さ控えめ

ポツポツと雨粒が当たるが、傘をさすほどではない。気温は少し上がって、薄寒くはなくなった。
次の目的地に向かうには、まずどこかでトラムに乗らなくちゃ。トラムの走る通りまで、せっかくなので王宮裏のフォルクス庭園 Volksgarten を抜けて行くことにする。
巨大な王宮の建物の脇を回り込み、のんびりと歩く。バラ園や花壇や神殿のある綺麗な庭園だ。バッグの中に昨日のパンが入っていることを思い出す。雀と遊ぶために持って出たのだが、昨日は出来なかった。シェーンブルン宮殿のカフェには抜群の飛行技術の雀たちがどっさりいたのだが、さすがにカフェの中でパン屑を撒くわけにはいくまい?

耳をすまして雀を探したのだが、近くにいないようだ。仕方ない、撒いておくか、姿見られないの残念だけど…。しかし、餌を撒き始めたら鳩が大量に集まってきてしまった。そのまま鳩に囲まれてパンをあげていると、いきなりいっせいにババババっと飛び去る。え?え?何、何??
犬が乱入してきたのだった。飼い主の持つリードを振り切って突進してきたようである。わんこは、私の前できっちり「お座り」をし、目をキラキラさせて尻尾をぶんぶん振っている。

飼い主のオバさんがようやく追いついて来た。「ごめんなさいね〜〜」
「いえ、あの……このコ、パンが欲しいみたいです………」許可もらわなきゃ勝手に物をあげるわけにはいかない。オバさんは苦笑する。
「ちょっと、ね。ほんの、ほ〜んの、ちょっと」
ちょっぴりだけちぎって差し出すと、ぱくん! そのままお座り姿勢を崩さない。
オバさんは「ほら! 行くわよ!!」わんこを引っぱる。でも彼は、私の手の中にまだパンが残っているのを見てるのだ。そう、こういう時は「もうないのよ〜終わり〜」ってしないといけないのよね。もうこれ以上は、飼い主の許可なしにはあげられないよ。
「さようなら〜」手を振る。
オバさんも笑って手を振り、さらにわんこを引っぱる。彼はお座り姿勢のまま、ずるずると引きずられていった。何mか離れるまで、キラキラ顔を私に向けたまま、お座り姿勢は崩れなかった。お尻、擦れなかったか…?

世紀末アートを堪能する

少年合唱団の歌声で耳を癒し、極上ケーキで舌を満足させた後は、絵画観賞で目へ刺激を与えたい。

トラムを乗継いでベルヴェデーレ庭園 Oberes Belvedere まで向かう。広〜いフランス式庭園の両脇に上宮と下宮があり、上宮が世界最大のクリムト・コレクションのオーストリア・ギャラリー(19-20世紀絵画館)Österreische Galarie だ。彼の一番の代表作『接吻』はここにある。上宮・下宮の共通券は、ウィーンカード提示で33%割引の4ユーロ。

ベルヴェデーレ宮殿はハプスグルグ家に仕えた名将オイゲン公(オスマン・トルコの攻撃からウィーンを救ったヒト)の夏の離宮。上宮のエントランスを入ると、豪華な大理石の広間。大階段を登って展示室へ…。かつての宮殿の内装が残るのは、入口の広間と階段のみだった。

ちょうど、オーストリアの第一次大戦前から現在までの近代史の企画展をやっていた。それは構わないのだが、常設展の展示室にそのまま企画展を展示しているので、なんだかゴチャゴチャだ。戦中のフィルムやモノクロ写真があり、グラフや年表などのデータ展示があり、その隙間に絵画や彫刻があったりする。みんな小品ばかりだ。あれ?あれれ?と進むうちに、ぐるっと回って元の大階段に戻ってしまった。企画展のせいで、ここの目玉作品は展示されないんだろうか? そんなあ!!

すごすごと階段を広間へ降りると、脇に続く通路がある。行ってみる。こちらが、世紀末芸術の作品を集めたここの心臓部だった。えー、見つかりにくいぞ、おい! 危なく見過ごして帰っちゃうところだったじゃないの! でも、普通、最初に正面の大階段を登っちゃうもんだよね、人間の心理として…。

こちらの展示室は、がらりと様相が違う。部屋は極端に暗く、作品1枚1枚にピンスポットで照明を当ててあるのだが…。どういう方法なのかわからないが、暗闇の中にぽおっと絵が発光するように浮かんでいるのだ。こういう展示方法の美術館は初めて。そして、どこか退廃的匂いのする世紀末絵画群には、この展示方法はあまりにもピッタリくるのである。展示室全体に幻想的ムードが漂う。

画集からスキャン。グスタフ・クリムトの『接吻』。実物を目の前にして魅了された。しばらく絵の前から離れられなかった。繊細で、大胆で、陶酔と幸福なオーラを放つ上質な官能がある。

絵葉書からスキャン。エゴン・シーレの『家族』。シーレと愛妻、産まれる予定の赤ん坊を描いた未完の作品。それぞれの突然の死で架空となってしまった家族……。これは、シーレの作風を変えていく分岐の作品となり得たのではないのか? それまでにはない暖かい視線が滲み出ている

クリムトの作品は、ウィーン中のあちこちの美術館に散らばっているが、一番数が揃っているのはここ。彼は金絵の具を多用する。繊細な部分の描写は、気が遠くなりそうに細かい。クリムト作品は原画を見なくちゃいかん!と思った。写真でも印刷でも映像でも、この繊細さと色は決して再現出来まい。職業柄思うことだが、おそらくメディアで再現するのが一番困難な画家なのではあるまいか…

さらに順路に従って進むと、通常の明るい展示室に移り、こちらは印象派の画家たちの小品があった。

上宮を出て、広大な庭園を縦断して下宮へ向かう。バロック様式の入口から庭園越しに下宮を、さらに向こうに旧市街を見渡すのはとても気持ちがいい。オイゲン公の見た風景そのままだろうか。
ここに来る前は雨粒を落としていた空は、爽やかに晴れあがっている。陽射しも戻ってきたが、暑過ぎるということはない。ちょうどよい初夏の気持ちよさだ。今日はこのまま降らないといいね。
庭園は花壇や植え込みは綺麗に整えられているが、噴水池に全然水がないのが気になる。水面に建物が写りこんでいたら、さぞかし絵になる光景なのに。

上宮から庭園の向こうに下宮を望む。さらに向こうはウィーン旧市街だ。シュテファン寺院の尖塔も見える

庭園がすでに緩く長い傾斜をしている。上宮は下宮に比べ、かなり高い位置にある

下宮はバロック美術館になっており、宗教画だけを集めた小さな別館も合わせて、すべて共通チケットでOK。申し訳ないが、この時代の作品にはあまり興味がないので、サラっと流す。
ヒナコがそろそろ疲れる頃合だ。一度ホテルに戻ろうか。

私のイチオシ美術館・アルベルティーナへ

私は美術観賞というと、イレこんで観てしまうので、大きな美術館のハシゴが出来ない。離れたり近寄ったりして固い床の上をかなり歩くので、足が疲れるというのもあるが。一枚一枚の絵にこもった画家たちのパワーと対峙していると、ノーミソの神経がクタクタになっちゃうのだ。これが興味ある作品となるとなおさら。
基本的に大きな美術館は一日にひとつと決めてはいるが、今日は特別にもうひとつ行っちゃおう。
長年の改修工事を終え、2003年に再オープンしたアルベルティーナ Albertina という美術館。おそらく短期間の滞在では定番コースには入らない美術館だろうが、私はとても興味があったのだ。主にスケッチやデッサン中心の小品ばかりを集めたもので、4万点のスケッチおよび100万点の銅版画…とある。特にアルブレヒト・デューラーのコレクションがすごい。
ヒナコはホテルでお留守番。

王宮に隣接したハプスブルク家の宮殿を改装してある。
常設展に加えて、8月いっぱいまで『ゴヤからピカソまで』という企画展をしているが、これが私にはホントに面白かった!
文字通り、新古典主義のゴヤから、ルノワールやセザンヌやモネやドガなどの印象派、ゴッホやゴーギャン、ピカソやマティスの近代美術に至るまでの作家が勢揃いなのだが…これが全部スケッチやデッサン、ペン画や淡彩画だけなのである。その画家の筆致を代表する作品はいっさいない。

「とりあえず有名な絵を見た」という満足感が欲しい方には、つまらない地味な展示だろうが、私には物凄く興味をそそられるものだった。これだけの画家たちのスケッチやエスキースを一度に見比べられる機会なんて、まずないもの。そう、ホントに見比べまくってしまった。

常設展の方は、かつての宮殿の部屋の内装そのままになっている。デューラー、ルーベンス、レンブラントなどなど、みんなスケッチなどの小品だ。パワーを放出しまくるような大作はないが、とても安らげる。まるでどこかのお宅の応接間にでもお邪魔しているような……。

アルベルティーナの1室。いい意味での美術館らしくなさがとても気に入った。ここはエゴン・シーレのデッサンやスケッチを集めた部屋

そういうわけで、個人的にはこの美術館はとても気に入った。予想以上の満足度である。繰り返すが、「とりあえず名画(と言われているもの)を見たい」向きには、おそらくつまらない。
いいモン見せてもらった〜という気分で、足取りも軽くヒナコの待つホテルへ戻る。

今日は日曜日なんである。初夏の気持ちいい季節だし、雨ももう今日は降りそうもないし、午後はのんびり過ごしたい。市街をはずれて、少し自然散策しようか?
実は「ここは『ウィーンの森』」という場所はない。市街を中心から少し出れば、ぐるりと豊かな緑が取り巻いていて、そこがもう「ウィーンの森」なのだ。まあ、観光客の常套の場所だが、ベートーヴェン所縁の地、ハイリンゲンシュタットに行くことに。すぐ隣のグリンツィグというエリアには、庶民的な居酒屋ホイリゲが昔ながらの姿でたくさん残っている。のんびり田園散策のしめくくりは美味しいワイン!

でも、その前にもう一回ケーキ食べちゃおうか? 小腹満たし用の『味ごのみ』と『柿の種』はもうなくなってしまったので、美味しいケーキを食べまくってしまおう。相変わらず昼ご飯は抜きで。

4軒目に行くケーキ屋さんは、映画『第三の男』にも登場した『カフェ・モーツァルト』。国立オペラ座の裏手にある店。レーマンやデーメルのようなケーキ専門店ではなく、ランチや軽い食事も楽しめる店だ。
魅惑的なショーケースを覗き込んでケーキを選ぶ。ひとつは店名を冠した名前のモーツァルト・トルテ。もうひとつは、あの有名な皇妃エリーザベトの愛称シシィを冠したシシィ・トルテにした。今日は見た目でなく名前で選んでみたの。

モーツァルト・トルテ。チョコレートスポンジの間にはさまるのはヘーゼルナッツのクリーム。バランスが絶妙。外側はビターチョコのコーティング

こちらはシシィ・トルテ。ドライフルーツ入りのずっしりしたスポンジとアプリコットのムースとジャム、メレンゲのムース、外はパイ皮。やっぱり絶妙なバランス

カフェ・モーツァルトのショウケース。デーメルやレーマンに比べて、生フルーツのケーキが多いみたい

レーマンやデーメルのケーキが「伝統的な」こっくりした味わいだったのに対し、ここの店のは「今ふうな」すっきりした感じ。ずっしりした焼き菓子風というより、ムースやババロア系。他のケーキ類もドライフルーツより生のフルーツを多く使っている。
あー、でも、それぞれみんな美味しいよね〜〜。ホント、太らないですむものなら、各店で5〜6個ずつ食べたいくらいだわよ。

註)ちなみに、偶然3店ともに入って知ったことだが、この『カフェ・モーツァルト』とシェーブルン宮殿内のカフェレストランと、王宮の銀器美術館内のカフェはすべて同じ経営・系列であった。つまりカフェ・モーツァルトのケーキは、シェーンブルン宮殿でも王宮でも食べられる。見学の合間に休憩される方、ご参考まで

ベートーヴェンの愛した町へ

ベートーヴェン所縁のハイリンゲンシュタット Hailingenstädt には地下鉄で向かった。4番ラインの終点である。駅を出ると、郊外の普通の町。実はこのエリア、小さな地図1枚手元になかったので、出たとこ勝負なのだ。
ごくごく小さな表示も見落とさないよう、なんとなく歩く。こういう普通の生活圏で迷ったら困るもん。しばらく進むと、一戸建ての立派な家々の並ぶ高級住宅地になった。曲がる時も、道の1本1本を確認しながら歩く。いつでも戻ることが出来るように。もう6時になってしまったので、ベートーヴェンの家やベートーヴェンの夏の家、遺書を書いた家──彼は引っ越し魔だったので住んだことのある家がいっぱいある──などにはもう入れなかった。

この近くに小川沿いの遊歩道、通称・ベートーヴェンの散歩道 Beethovengang があるハズなんだけどなぁ…。彼が日々散歩して田園交響曲の構想を練ったという、小川からブドウ畑に続く道。
私はベートーヴェンの交響曲では、5番の『運命』よりも、9番の『歓びの歌』よりも、実は6番『田園』が一番好きなんである。メロディを浮かべながら、彼が眉間に皺寄せてうつむき加減に歩く姿を思い浮かべたりしたかったんだけどなぁ…。もう少し早い時間なら、それなりに観光客の流れなんかがあったのかもしれないけど。

ハイリンゲンシュタット探訪は、住宅街をほっつき歩くだけで終わってしまった

こんな静かな住宅街で、それも日曜の夜に、右も左もわからなくなったらエライことである。そろそろ肌寒くなってきたこともあるし、散歩道はもう諦めるしかないね。
1軒の家の前に止めたクルマから、ビールやワインや小さな花束を抱えた人、大皿のパイなどを持った人などが出てくる。持ち寄りのホームパーティかな? 日曜の夜だもんね。
お腹も空いてきた。夕食を取るつもりのグリンツィグ Grinzing に向かおう。住宅街を抜けて、グリンツィガー通りという道に出る。ここを道なりに行けばグリンツィグに着く……ハズ。

ウィーン最後の晩はワインに酔いしれる

多少不安になりつつ歩いていたが、なんとなく賑やかな雰囲気になってきて、トラムの線路も見えた。グリンツィグは38番トラムの終点で、これに乗ればウィーン中心部に戻れる。酔っぱらってしまっても帰れるように、乗場をしっかりと確認。時刻表も確認。
これで、後は「食いしん坊な私の嗅覚アンテナ」を頼りに良さげなホイリゲを探すだけである。

What's ホイリゲ? フランスでいうところのヌーヴォーワインのこと。仕込んでから1年以内の新酒のことで、自家製ワインとおつまみを提供する店も「ホイリゲ」と称する。ブドウ農家が中庭や家屋を改装した場所で。新酒なんだから、ホントは秋が旬なんだけどね。そういう店も目先が変わって楽しそうじゃない? 気取らないですむし。

グリンツィグのトラム乗場は「昔懐かしい市電の『停車場』」という雰囲気がする

トラムの乗場を確認していると、後ろで「あったあった、ここや38番」という大阪弁のオバちゃんの声。「これ乗れば帰れるンやナ」
思わず振り向いて「そうみたいですよ」と言ってしまった。ツアーのフリータイム中の中高年夫婦2組のようだった。
オバちゃんは、アラ!という顔をして「お宅、日本人? 何してんの?? ここ何あんの??」
なんか失礼な言い方だなー。でもまあ、遠い西の地で会った同朋でもあることだし
「えーと、食事をして帰ろうと思って……」
「ふーん、私らこのへんちょっと見てこ、と思ってんヤけど、何あんの?」
「いや…『見るモノ』ってのはないかと…」
「食事…私らもしてこか! なんかここらで美味しいモン、あんの?」

一応、ホイリゲというものが何であるかを、さくっと話す。オバちゃんたちは興味を示したようだった。このままでいくと私たちについて来そうなんである。旅先で、他人と成りゆきで食事を共にすることはある。でも、この人たちとはご一緒したくないな…という思いが。
なんていうか、人なつこいのではなく馴れ馴れし過ぎるのである。それもオバちゃんだけ。この年代の日本人夫婦によくあるのだけど、夫婦がどちらも親し気に話しかけてくるのでなく、旦那の方は「俺知らないよ」みたいに離れてそっぽ向いてるのだ。自分より若い人間には会釈すらしないタイプ。
チェスキー・クルムロフで会って、プラハまで同行したご夫婦との最大の違いはそこ。彼等は、夫婦それぞれがきちんと私たちと会話し、かつ、きちんと一線を引いていた。

私はオバちゃんに反応してしまったのを後悔していた。どうでもいいけど、私はこの人たちに無償奉仕で添乗員もどきをしてあげるほど、心は広くないのだ。なんとなく雰囲気からして、ツアー内の他に客にブラ下がろうとして断られたっぽい感じ。違ってたら悪いけど。

「ふーん、そのセルフサービスで選べるっての良さそヤな」
「えーと、作り置きのおつまみだから、物凄く美味しいってものでもないかと思いますけど…」
「で、目当ての店とか、あんの?」
「えーと、決めてないです。初めての場所だし、嗅覚で…」
失敗した! 「嗅覚」とか口にしてしまった。オバちゃんの目がきらりんと光る。
私は、心は広くないが、意地悪なわけでもないのだ。もし彼等が「せっかくだからご一緒しませんか?」という態度であったら、袖すりあうも…じゃないけど、夕食の1回くらい構わないんである。
でも、やっぱり、この人たちとは……一緒にいて快適そうではないんだもの…。

「じゃッ! そういうことで!!」ヒナコの手を引いてすたこらと逃げ出す。
急ぎ足になりつつも、通り沿いに並ぶ店を物色。良さそうな1軒を見つけた。さっきの4人はずっと手前の分岐点あたりに立ち止まって、景色を眺めるふりをしているが……魂胆バレバレ! 彼等の目を盗んで、目星をつけた店に飛び込んだ。ヒナコは「なんか……こっち見てたみたいよ」と言う。ホントについて来るのかなぁ……?

店の雰囲気は、なかなかいい。最初、屋外の庇の下の席に案内された。風も避けられそうでいい場所だが、大テーブルなので、もしあの4人がついて来たら一緒に座られるんじゃないか、という思いがよぎった。躊躇していると、奥の石段の上にも席はある、という。登ってみるとブドウ畑に続く場所で、ちょっと寒そうだけど見晴らしがいい。それにテーブルが4人がけである。これなら隣のテーブルに来られても、完全に同席にはならない。…私って優しくないでしょうか? でも、ホントに、ご一緒したくないタイプの人たちだったんだもん……。

ホイリゲの店頭に松の枝が飾ってあったら「新酒あります」のサイン。日本も酒琳(さかばやし)という杉の玉を飾りますよねぇ…。若干、神事的意味あいがあるけど

オバちゃんたちから逃げながら見つけた1軒の店。なかなか趣きあるエントランスである

まず座席で飲み物をオーダー。店員さんに聞いておすすめの赤と白をグラスでもらう。
ヒナコを席に残して、食べ物を選びに入口横のカウンターに戻った。セルフサービスで選んだものをその場で精算する方式。おつまみ類の並ぶショーケースの前では、案の定さっきの4人がトレイを手にウロウロしてた。ふー……ん、やっぱりついて来たワケね。わざと気づかないふりをしてサラダをよそったりしていたが、オバちゃんに見つかってしまった。
「結局、後ついて来ちゃったー」とでも言うならまだ可愛いもんだが、彼女の口から出たのは
「アラ! あんたもここに来たの!」

思わずお口ぽかん、である。「あんたも」だぁ? 旦那たちはというと、挨拶すらするでもなし。
こんな人たちに、優しくなかったかもなどと一瞬でも反省したのを、撤回した。あわよくば他人にブラ下がろうとする人って、とことんそういう根性なんだわね。私は呆れているのだが、図々しい人は、他人のそういう反応に鈍感だから図々しくいられるんである。
「ねねね、これ何やろ?」
「さあ…? キッシュみたいなものかと思いますけど」
「何や、それ?」
「…自信ないですけど、そう見えるんで。…お店の方に尋ねられたら如何でしょうか」
「美味しいんかしらね?」
「さあ…? 好き好きかと思いますけど」
「ふーん。アラ、あんた野菜それっぽっちしか取らんの?」
大きなお世話だ…!という言葉はお腹の中で言う。

ケースの隅に美味しそうなゼリー寄せを見つけた。店員に聞くとビーフと野菜だと答える。切り分けてもらっていると
「それ、何や?」と、オバちゃんも寄って来る。自分で聞けよ…と思いつつ、つい
「ビーフだそうです……」と答えてあげる私は、本当は優しいのか、八方美人なだけか…?

精算を済ませて、トレイをテーブルに運び、ヒナコにやりとりをご報告申し上げた。
「えーッ、よくそんなことしゃあしゃあと言えるもんねー」
「うん。あんた『も』ときたもんだ」
彼等はワインのお代りもせず、ぱっぱと食べるだけ食べると、「お先に」も「さようなら」も「おやすみなさい」の一言も言わずに帰っていった。おそらくもうブラ下がる必要はなくなったので、挨拶すら勿体ないというところか。

白ワインは何故かジョッキで出てくる。ガス入り水もオーダー

ビーフのゼリー寄せとか、茄子のチーズ焼きとか、野菜のキッシュみたいなもんとか…テキトーに見つくろってきた。料理はちゃんと温めてくれる

暮れ泥む空を眺めつつワイングラスを傾けるのは、悪い気分ではない。……こんなに寒くなければ!

でも、鬱陶しい人たちがいなくなって、せいせいした。料理をゆっくりつつきながら、何杯かワインをお代りする。薄青紫から紺色へと濃さを増していく空を眺めながら、グラスを傾けるのは気持ちいいのだが……下半身からきっちり冷えてくる。うーん、これ以上長居は出来ないや。そろそろ帰ろうか。

トラム2本と地下鉄を乗継いで旧市街へ戻る頃には、空はとっぷりと暮れていた。旅の始めの頃に比べて、少しずつ日没が早くなってきているようだ。
明日は夕方までウィーン観光して、夜はザルツブルクへ移動。荷造りすませて早く寝よう。

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