Le moineau 番外編

朝食前にミラベル庭園まで散歩に出てみた。
5〜6人のオバさんたちが、庭園の手入れをしていた。オバさんたちは職人というわけではようだ。いわゆる「草むしり要員」として雇われているようである。植木の横に飛び出した芽などを丁寧に摘んでいる。観光客の少ない早朝に……。それだけ人の手をかけて美しく整えている庭園なのね。
そして悲しいことに、今日の空も暗く重く、気温は昨日以上に低い。

朝のミラベル宮殿。とりあえず雨は降っていないが、今日の先行きを暗示するかのような重苦しい空の色

バラの花壇は綺麗

今朝はトーストにしてみた。野菜の歯ごたえに飢えていたので、生のラディッシュが嬉しい。ガリガリとかじる

今日は、ザルツブルクの東の湖水地方・ザルツカンマーグート Salzkammergut に行く予定。昔から王侯貴族の保養地として愛された風光明美な景勝地である。今は避暑地として賑わう場所。
避暑地であるということは…夏でも気温が低いということである。そんな場所にこんな寒い日に行ってもいいコトあるのか? 一応7月だから冬に行くほど閑古鳥鳴きまくりではないだろうけど。
でも、今回は町巡りばかりだった。自然景観を愛でるといっても、せいぜい町を流れる川と遠くの山並程度。チロル地方に行くほど「雄大な峰々」ではないだろうけど、アルプスの山と湖は魅力的である。往復の交通費はさしたるものでもないから、行くだけ行ってみようか? もともと天候は不安定でスッキリ晴れることも少ない土地らしい。雨があがって晴れ間が出るかもしれないし。

とりあえずザルツブルク観光の仕上げ!

ザルツカンマーグートまで行っても、登山鉄道やロープウェイを楽しむのは期待薄かもしれない。
それなら、ザルツブルクカードも2日用を買ってあることだし、昨日見残したところを観光して遅めに出るか。

昨日はモーツァルトの生家に行った。神童が17歳まで暮らした家。その後、一家が移った家
モーツァルトの家 Mozart Wohnhaus は、ザルツァッハ川の手前にある。ウィーンに移るまで数々の名曲を作曲した家だ。つまり、映画『アマデウス』以前の彼の人生がここにある。

ここもザルツブルクカード所持で無料。最初に28ユーロ払ったが、食事やお土産以外は一銭もかからないので、やっぱりお得だ。それに、ヒナコのために交通フリーパスをフル稼動させているし。
そして、ここも例のオーディオガイド貸与である。入口で手渡してくれるが、ヒナコは「要らない要らない」と日本語で叫びながら逃げる。係員は怪訝な顔。当たり前だよ、受け取るだけ受け取っておけよ、不思議がられるだけなんだからさぁ。

1軒の建物丸ごと、モーツァルト関連の博物館に改装されていて、なかなか見ごたえがある。
オーディオガイドは電話の子機程度の重さと大きさだが、そんなものすら重いからと、ヒナコは持つのはイヤがる。最初の展示室で、建物の模型を眺めながら、ガイドを聞いていると、展示室の係員のオバさんが寄って来た。年寄りには使い方がわからないと思ったらしく、ヒナコに説明してくれる。だが彼女は、変なところで人見知りなので「いいです、いいです」みたいに手を振って逃げるのだ。あのなー、親切で言ってくれてるんだから、そういう態度は駄目よ。お礼くらい言って、聞くふりだけでもしなくちゃ。

ヒナコの手にレシーバーを持たせておくが、やっぱり重いと言うので、また私が持つ。あーあ……。
次の展示室には、モーツァルトが実際に使った楽器──オルガンやピアノ、チェンバロやヴァイオリンなどがずらりと並んでいた。
このオーディオガイドでは日本語での説明の他に、その楽器で実際に演奏した音楽も聴けるのだ。

相変わらずヒナコの分のレシーバーを手に提げたままの私。ツカツカとさっきの係員のオバさんが来た。顔が怒っている。私が老親に使い方の説明をしないで、自分だけ聞いているのだと思っているのだ。…これじゃ私が悪者じゃん。
「どうして使わないのだ!」
目も顔も口調も怒っている。
「……彼女には必要ないので………」歯切れ悪くしか答えられない。
「どうして? 音楽だって聴けるのに」
彼女の言い分はごもっとも。モーツァルトの家までわざわざ来る人たちは、モーツァルトやその音楽を愛しているからこそ訪れているのだと、ここで働く彼女たちは思っているだろう。言葉がわからないならともかく、母国語の音声なのに、と。まして、音楽には言葉はいらないのに、と。
彼女は離れていったが、私がちゃんとヒナコに聞かせてあげるか、遠くから観察している。

「完全に、私が意地悪で不親切だと思われてるから、せめて手に持っててよ」
「やだッ! 重いもん」えーい、この頑固ババア!!

彼女は再びツカツカとやって来た。多分、親孝行でない私が許せないのだ。
「どうしてお母さんに聞かせてあげないの!? あなただけ楽しんで!」
仕方なく答える。
「ごめんなさい。…でも…彼女は………手が疲れてしまうんです………」
係員のオバさんは一瞬目を見開いた。その後、腕組みをして何度も何度も深くうなづくと
「OK。仕方ないわね………」と去っていった。すみません、親切で言ってくれてたのに。でも、私が意地悪だという誤解は解けてよかったわ。

モーツァルトが使ったという楽器がずらっと並ぶ

最後の展示室にはモーツァルトの生涯の映写フィルムもあった。20分くらいの長さのドキュメント番組みたいなヤツ。

しかし、ヒナコは私を疲れさせてくれるよな(笑)。プランニングや現地での行動などは、私自身も楽しんでいる部分があるから構わないけど。予想もしないことで、ぐったりさせてくれる。
パックツアーを彼女が受け付けないのは、自分のペースで動けないからである。自由時間でも食事時間でも「ハイ何時まで〜」と決められるのがイヤだから。他人のためにこちらが待たされることも、逆にこちらが迷惑をかけてしまうこともあるから。グリンツィグで出会った夫婦4人組みたいな人に馴れ馴れしくされるのも鬱陶しいから。

でも、個人で旅行していても、チェコでの城やマイセンでの工場見学のように、そこのガイドツアーに参加しないと見られないものだってある。彼女にしてみれば、説明箇所で立ち止まって延々わからない言葉を聞かされ、移動時には連なって歩かされることもホントーは気に入らないらしいのだ。でも、それは無理ってもんだよ。勝手に見てていい場所ばかりじゃないんだから。
だから、自分のペースで見学出来つつ、日本語で説明もしっかり聞けるオーディオガイドは一番いいハズなのに。それすら駄目とは。

バスと船での小トリップ

アルプスの山々に囲まれた大小いくつかの湖、湖畔に点在する村や町には魅力的な場所がたくさんある。そこら一帯、扇状に広がるエリアがザルツカンマーグート地方 Salzkammergut 。全部を廻ろうとしたら2〜3日はかかるだろうし、保養地なんだからバカンス中どっぷり滞在するというのがそもそも正しい訪問法。そこに午後から半日で行こうというのだから「とりあえず行ってみた」になるのは仕方あるまい。

いろいろ悩んだ末、バス1本で行けるザンクト・ギルゲンと、そこから船で行けるザンクト・ウォルフガングの二つの村を訪れることにした。世界遺産でもある町ハルシュタットにも心惹かれたが、列車2回乗り換え&渡し船というアクセスの悪さが問題。この町は宿泊の予定を持って訪れる方がよさそうだ。
午後発の半日ツアーなどもあるようだが、40〜60ユーロもするので却下。

市内のトロリーバスではなく中距離バスを使う。中央駅が始発だが、ホテル前の道路にも乗場はあった。1時間に1本。11:19のに乗れそう。
ほぼ時刻表どおりにバスは来た。料金は乗る時に運転手に払う。4.80ユーロ。

少しは天気が持ち直して欲しいものだが、垂れ込めた雲は暗く重いまま。ただ、雨に濡れたせいで新緑の色は瑞々しい鮮やかさだ。途中の車窓からは湖も見え隠れする。牛や馬や羊もところどころで放牧されている。点在する民家も可愛らしい。どんな小さな集落でも、そこには必ず教会の塔が真ん中にある。

車窓の風景はなかなか牧歌的でいい。晴れていたらもっといい!

45分ほどでザンクト・ギルゲン St.Gilgen のバス停に着いた。ここは、モーツァルトのお母さんが生まれた村。途中下車なので身構えていたが、運転手はちゃんと私たちの行き先を覚えていてくれて教えてくれた。
バス停のすぐ上を観光ロープウェイが流れている。背後の山から湖畔を見下ろせるのだろうけど、こんな天気では、さぞ見晴らしも悪かろう。料金の無駄である。公共交通でない乗り物ってのは高いんだから!

地図も何も持っていないが、小さな村である。とにかく低い方低い方へと下りていけば、湖畔に着くに違いない。
小さなホテル&レストランの並ぶ通りを下っていく。シーズン中は賑わうんだろうなぁ。せめて天気が良ければ、テラス席も華やかに彩られるだろうに。それでも一応今は夏なんで、ポツリポツリと観光客がいることはいる。あー、でも、人のいない寒い避暑地ってのは、やっぱり寂しいよぉ! もともとこの村は、湖水地方一帯の中でも一番静かに滞在出来る場所なんだそうだ。寂しいたそがれ加減もなおさら。

盛り上がりに欠ける気分のまま、15分ほどで湖畔に着いた。静かに深く水をたたえる湖は神秘的な美しさなのだが、寒くてたまらない。今日もコーディネートのセンス的には若干の問題を残す4枚重ね着ファッションである。パンツの下もストッキング。ヒナコなんてタイツ2枚重ねだ。それでも寒いんである。歯が鳴るんである。
船着場があったので時刻表を見ると、次の船まで40分ほど。見渡してみると、湖畔沿いに綺麗に遊歩道が巡っている。普通ならここを散策していれば40分なんてすぐ。でも寒くて寒くて……おまけに雨が激しくなってきた。

船着場の対面にあったカフェレストランに飛び込んでしまった。外は無人の村みたいだったが、店内は混んでいた。昼時だったせいもあるし、みんな寒くてここに避難してたんである。そして雨と寒さを避ける人たちは続々とやって来る。
飲み物だけの客は、私たちと同じ船を待つ時間つぶしの人たちだろう。店の人たちもそれはわかっている様子。はじめ30代くらいの女性がひとりで応対していたが、父親らしき初老の男性を呼んできた。さらに小学生くらいの息子までお運び要員にかり出して、大忙し。軽く何かつまもうかなーなどと考えていたが、追加オーダーするのは諦めた。

シーズン中はさぞや賑わうであろう、ホテルやレストランの連なる通り。濡れた路面がうら寂しい雰囲気

モーツァルトの母の家。お母さんとお姉さんのプレートが

船着場近く。寒くて寒くて寒くて、景色なんてロクに見ていられない

温かいカフェラテが幸せだった

結局、ザンクト・ギルゲンの村は、バス停から湖畔まで一直線に通り抜けて、カフェラテを飲んだだけに終わってしまった。ま、そういうこともあるさ。

東西に細長い湖の西の端にザンクト・ギルゲンの村はある。次に行くのは真ん中あたりのザンクト・ウォルフガング St.Wolfgang 。ここに向かう船も観光船ではなく公共交通なので値段はさほど高くない。5.40ユーロ。30分ちょっとのクルーズだ。
でも、船内はレストランになっていた。今さっきお茶してきたから何も飲みたくない。2階には甲板席もあったけど、寒いもん………。でも、必ずオーダーしなくてもよさそうだった。

船の中には、遠足らしき小学生の20人くらいの集団もいた。10歳くらいかな?
王宮ミサで唄っていたウィーン少年合唱団の少年たちと同じくらいだが、彼等がエリートらしい老成した顔つき(自分の価値をよく自覚しているような)のいいコちゃんだったのに対し、こいつらは普通のやんちゃで小うるさいガキどもである。引率教師が目を光らせているから、迷惑なほどの騒ぎ方ではないけどね。ひとりはしゃぎ過ぎてしまったコがいて、船を降りたあと桟橋で腕立て伏せをさせられていた。ふーん、私の子供時代は「バケツ持って立ってなさい!」だったけどね。腕立て伏せなんだぁ。

船の中はレストラン&バー風。無理にオーダーしなくてもよい

ザンクト・ウォルフガングの町が見えてくる

ザルツカンマーグートの“小さな首都”

メルヘンのような民家の並ぶザンクト・ウォルフガングの村が近づいてきた。教会のひときわ高い塔が美しい。
この村でのエクスカーションのひとつに、裏手の山を登るシャーフベルク鉄道 Schafbergbahn がある。運行シーズンは夏の何ヶ月かのみ。大人気のSLの登山電車だ。11ある湖からアルプスの山々などの大展望が売りだが、それも天気に恵まれてこそのこと。今日みたいな日に、決して安くない登山鉄道に乗るなど、お金をドブに捨てるようなもん。

この村の地図も持っていない。そぞろ歩きしつつ観光インフォメーションを探し、帰りのバス乗場や時刻も調べておかなくちゃ。
やはり、ザンクト・ギルゲンよりはだいぶ観光客の数は多いが、夏の保養地の賑わいにはほど遠い。みんな寒そうにしょぼしょぼ歩いている。乗る人もない遊覧ボートは、係留されて空しく濡れているばかり。
狭い通りに並ぶ建物は、行けども行けどもすべてホテルやレストラン。これだけの数の宿泊施設を必要とするほど、夏のごくごく短い期間に観光客は集中するのだ。おそらく軽井沢の旧軽銀座のような人出になるんじゃなかろうか…

観光インフォメーションはなかなか見つからない。でも、船着場の近所にはなかったから、町の一番中心部分にもなかったから、残りはクルマの走る道路の近くということ。えっちらおっちら坂道を登る。だんだんホテルや土産物屋の数が少なくなってきた。観光バスの連なる大駐車場も見えてくる。
ふとヒナコが「観光案内所って『 i 』だよね? あれ違う?」とか言う。『 i 』のマークの旗が見えた、と。私がちょうどそっちの方を見渡した時には、その旗は濡れてよれていたので、見えなかっただけのことなんだが、ヒナコの時は風ではためいた…それだけのこと。だけど、こういう時のヒナコはやたら得意げ。
「あーんな大きな字がアナタ見えなかったのぉぉ??」などとエラソーだ。
はいはいはいはい。年配者のことは立てておきましょう(笑)

インフォメーションの女性は、めちゃくちゃ明るくて親切だった。
ザルツカンマーグート一帯の大きな地図をくれ、バスの時刻表もくれ、バス停の場所も教えてくれ、おまけにキャンディまでくれた。
さあ、バスの時間も乗場もわかったから、2時間足らずだけど、ここでの滞在を楽しみましょうか!

再びホテルの並ぶ急坂を湖畔近くまで降りていく。
さて、地図でも広げて………あれ? あれれ? しまった! 観光案内所でトイレ借りたんだ。個室の棚に抱えた地図や時刻表を置いて、そのまま忘れて出てきちゃったんだ! ああー馬鹿馬鹿馬鹿、せっかくもらったのに。まあ、いいや。バスの時刻は覚えてるし、地図がどうしても必要なほどの広さの村でもないし。でも、大判で写真のいっぱい載った綺麗な地図だったから、記念に欲しかったな…。

山小屋風ホテルがずら〜り

テラスの装飾や屋根の形はスイス風、もしくはチロル風

土産物屋の入口にいたマーモットの剥製

気持ちのよさそうなテラスレストランはあちこちにある。どこも無人でテーブルや椅子が空しく雨に打たれている

とりあえず一番目立っていた教会に行ってみよう。
内部は質素で簡素なものだった。祭壇の両翼は古い板絵、木彫りのマリア像などは素朴な美しさだった。教会裏手は展望台、湖畔沿いのプロムナードから眺める湖水、どちらも美しい。ただし「晴れていれば」もっと、ずっと、きっと。

ボート乗場の前の小さな広場に、雀たちが何羽かいた。朝食ビュッフェからくすねてきたパンを撒く。雀が集まり始めると、どこからか鴨の親子もやって来た。夫婦の親鴨と4羽の子鴨たち。この鴨4兄弟は、とにもかくにも可愛かったのである。

4羽はいつも一緒にくっついている。必ず連なって歩く。パン屑を左に投げると連なって左に走り、右に投げると連なって右へ──。その様子があまりにも可愛いので、思わずあっちへこっちへとひとつずつ投げてしまう。水掻きのついた足が濡れた路面の上で「てちてちてち…」と走るたびに鳴るのだ。右へ、てちてちてち……左へ、てちてちてち…足元がもつれて顔面打ちしてるコもいたりして。
パンを千切る手がちょっと止まると、私の足元にぐるっと円陣を組んで8つの瞳で見上げている。ううう、か、か、可愛い〜〜〜ッ!

そうやって彼等をおちょくりつつ遊んでいると、いつのまにか私の周りに見物の大ギャラリーが出来ていた。30人くらいのジジババたちがいたと思う。みんなにこにこして右往左往する4兄弟を見ている。ちょっと恥ずかしかったけど、これもサービスだわ。

超可愛かった鴨4兄弟。親鴨夫婦と雀たちがおこぼれを狙う

みんなでくっついて眠る鴨4兄弟。写真が小さくて申し訳ない

お土産物屋を覗いて30分後くらいに近くを通ると、満腹になった4兄弟は「鴨団子」状態でくっついて眠っていた。パンをほとんど1個彼等だけで食べたんだから、お腹だっていっぱいになるわよね。

ケーキは必ずしも美味しいとは限らない

さて、ネットなどでこのザンクト・ウォルフガングを調べると「オペレッタ『白馬亭にて』でお馴染みの……」などとある。思うんだが、オペラはともかくオペレッタって日本人にとってホントにお馴染みか? 疑問だ。調べてみると、オペレッタの上演なんて日本ではほとんどなくて、『白馬亭にて』という演目に関しては、今までに1回か2回だとか。

そういうわけで『白馬亭にて』という演目の内容については皆目わからないが、舞台になったというホテル白馬亭 Hotel Weisses Roessl は湖畔の一等地にある。白馬をデザインしたエンブレムが老舗の風格たっぷり。パックツアーなどでは、ここのレストランで評判のマスのバター焼きをランチに食べるというのが定番となっているようだ。

昼にしても晩にしても中途半端な時間なので食事はちょっと…だな。評判のホテル・レストランならきっとケーキも美味しいに違いない、最後の至福のケーキ・タイムとするか!
まあ、正直に言うと、登山鉄道も駄目、遊覧船やボートも駄目、散策するにも寒くて雨に濡れるとなったら、暖かい室内でお茶するくらいしかないのである。

白馬亭のカフェレストランの店内はびっちりの満席だった。2人しかいないウェイターは、今いる客の応対に精一杯の様子。テーブルを片付ける余裕すらない。そして片付けてないテーブルも新たに来た客ですぐ埋まる。うーむ、みんな考えることは一緒かぁ………。ショーケースの中のケーキはどれも美味しそう。食べたいなぁ。ここは、店内の席よりもぐっと広いスペースが、湖の上に張り出したテラス席に設けられている。普通なら、中より外の方が客であふれるんだろう。でも、今日は無人。こんな寒い場所に座ってなんていられないもの。

諦めて店を出る。仕方ないので対面のレストランに入った。ここもまずまずの入りではあったが、白馬亭からアブれてきたっぽい客も多いんだろう。気分はケーキ・モードになっていたので「ケーキは何がありますか?」と聞いてみる。チョコレートと苺とアップルパイの3種類だけしかなかった。
出て来たケーキは今までで一番のデカさではあったが、美味しくなかった。これなら日本のコンビニのケーキの方がマシかも。値段は¥300程度だから安いけど。コーヒーも少し煮詰まり気味。

オーストリアのケーキ、全部美味しいワケじゃないんだぁ……。そういえば、いつも有名店ばかり行ってたからね。名の通った店はやはりその値段に見合う味を出すんである。あんまり美味しくはなかったけど、ベタ甘でなかったのが唯一の救い。オーストリアでは全てのケーキが美味しいわけではないが、そんなに甘ったるく作らないというのは共通なようだ。

白馬亭の湖に張り出したテラス席で、美味しいケーキタイムがしたかった……

あんまり美味しそうじゃないでしょ?

結局、カフェ休憩ばっかりのザルツカンマーグート訪問になってしまった。それも仕方なく入った店ばかりで、名物も口に出来なかった。今日はさ、多分、盛り上がらない星回りの一日だったんだよね、きっと。

とぼとぼとバス停までの道を登る。観光インフォメーション近くの停留所は、この村のターミナルの停留所ではなく、道路傍に標識が立ってるだけのものだった。日没にはまだまだ早いが、空はもう暗い。雨も降ってきた。標識の後ろにはうっそうとした林があり、1本の大きな樹に電燈が留めてある。傘をさしてバスを待つのは、私とヒナコのふたりだけ。バスはなかなか来ない。ここで待ってていいのか不安になり始めた頃、もうひとり男性が来た。他にも客がいるなら大丈夫。

横にも縦にも大きな男性だった。3人並んで無言で待つ。雨の音だけがしている。ん? この光景って見覚えあるぞ? そう『となりのトトロ』で、サツキとメイが雨の夜お父さんの帰りをバス停で待つシーン。隣にトトロが立っていて………。かなりトウがたって可愛くないメイとサツキではあるが、隣の男性の体型はトトロそのもの。メイはサツキの背中で眠っていたが、ヒナコも疲れて立ったままうたた寝している。(ちなみに私の髪型はサツキと一緒だ。固くてクセっ毛なのも同じ)

当たり前だが、やって来たのは猫バスではなくて普通のバスだった。

乗り換えの停留所前の風景はなかなか美しかった。雲の向こうにはきっとアルプスがある…ハズ

ザルツブルクへは途中で乗り換えなくてはならない。ここでの待ち時間が15分あった。小さいながらもターミナルの建物がある。外のベンチで待つ。雨はどんどん強くなってきた。隣に同じバスを待つドイツ人の老夫婦がいる。今日は一日雨でしたねぇ…ホント、寒い日でしたねぇ……ぽつぽつと会話。不完全燃焼だったザルツカンマーグート観光。次の機会は、どんなに混んでいようとばっちりオンシーズンに、しっかり日程を割いてゆっくり滞在しに来よう。「賑わい」というのも、立派に旅を彩るエッセンスなんだから…。寂しい暗い寒い避暑地はやっぱり物足りないし、何か違うと思う。

最後の晩ご飯までの遠い遠い道のり

ザルツブルク市内に戻ったのは5時半頃だった。もう入場できるスポットはないし、町の散策も昨日散々した。明日は日本に帰る飛行機に乗るのだから、今晩は荷造りだってしなくちゃ。それに、身体が芯まで冷えきってしまって、もう気力が萎えている。昨日豪華ディナーはしちゃったから、今日はもう簡単にサンドイッチにしようね。いろいろ用事をすませがてら、何か買って帰るね。

私自身も結構グッタリしてしまって、ベッドにごろんとしたまま出かける元気があまり出てこない。でも、いつまでもウダウダしてられないし……べりべりと身体をベッドから引き剥がす。

まず中央駅まで行って、明日のミュンヘンまでの切符を買う。
持ち帰り用に買うサンドイッチは実はもう決めてある。昨日歩いたゲトライデガッセの小道に『ノルトゼー』の看板があったのだ。「北海」という名のこの店は、ドイツのシーフード専門ファストフード・チェーン。安くてそこそこ美味しいので、ドイツ旅行では過去幾度かお世話になった。昨日通りすがりに見たガラスケース内の魚介類が、なんとも恋しい気持ちになっちゃったのよね。日本人だもん、海老やお魚食べたいじゃない。内陸国ばかりの旅程だったので、肉ばっかりだったから…。

小海老のサンドイッチとー、ニシンの酢漬けのサンドイッチも結構イケるんだよねー、あと何かマリネみたいなサラダも買って−、缶ビールとー……。わくわくしながらバスで旧市街へ。杖をついたお爺さんが乗って来たので席を譲る。彼はいろいろ話しかけてきた。うーむ、またも歯抜けのドイツ語訛りのハフハフ英語で聞き取れないぞ?
辛うじて「なんたらかんたら、オーストリア?」と聞き取れた。多分「オーストリアの旅行を楽しんでいるか?」とか言ってるんだと思う。こういう時には笑顔を返すに限る。曖昧な笑いじゃなくて極上の笑顔をね。お爺さんも、なんとも心の底からぶわっと明るくなるような優しい笑顔を返してくれた。うん、楽しかったよ、みんな親切だったしね。

バスを降りてゲトライデガッセの小道に行くと、なんだか暗い。人通りも全然ない。イヤ〜な予感がしつつ『ノルトゼー』の前まで行くと、もう閉店していた。えーッ、7時まで!?? そりゃちょっと早過ぎない??? すっかりシーフードモードになってしまったので、咄嗟の代替案が浮かばない。
ヒナコを呼び出すことは出来ない。ホテルに電話をしても、彼女は鳴る電話に小動物のように怯えるだけで受話器を取ることはないだろう。だいたい朝食堂から部屋に戻ることすら出来ないヒトなんだから。

とにかく何か買って戻らなくてはならないのだ。旧市街をさまよい歩く。ザルツブルクの町には、ファストフードや屋台の類いがほとんどないのだ。ようやくホットドッグやハンバーガーの屋台を1軒見つけた。まあ年寄りの常だが、ヒナコはハンバーガー類が嫌いである。食わず嫌いな部分も多いと思うんだけど。買うべきか悩む。でも、ここで買わなければどこで持ち帰られるモノが買える?

註)若干思考能力が衰えていたので、戻ってホテル併設のレストランでという選択肢が浮かばなかったのだ。後日調べたら、泊まったホテルのビアレストランはそこそこ人気のある店だったのに

ハンバーガーだって、作り立てなら美味しいもん。一直線でホテルに戻れば温かいうちに食べられるよね? そう決めて、その屋台でホットドッグとハンバーガーを買った。ちゃんと焼くところから始めてくれて、トッピングの野菜の量も聞いてくれる。結構この店、アタリかも? 缶ビールも何本か買う。微妙にケチな私は部屋のミニバーのビールなんか飲まないのだ。

ホカホカの袋を抱えて急いでバス停に向かう。
ところが、一直線に目当ての店に行って即座に戻るつもりだったので、バスの路線図も地図も持たずに手ぶらだったのだ。うろつき回ってしまったせいで、戻るためのバス停が予定と変わってしまった。えーと……ホテルの前を通る路線は1番と4番と……あと何だったかな? 全部で4つくらいあったよね……昨日の町歩きの記憶を手繰る。
問題なのは、旧市街エリアは自動車の乗り入れを制限しているので、周りのバスルートが少し複雑になっていること。行きと帰りでルートが違う線がほとんどで、6の字や8の字のルートのものもある。

今日は昨日の晩よりさらにさらに寒い。トレンチコートを着ている人までいる。7月に着る服じゃないでしょう! そのくらい寒いのだ。川にかかる橋を渡って、新市街側のよく知ってるバス停から乗るべきだった。でも、あまりの寒さについ旧市街側から乗ってしまった。
バスは橋を渡って……え?え? どうしてそっちに曲がっちゃうのぉ???
慌てて降りて乗り換える。このまま左に曲がってくれれば……あーどうして右に行くのぉぉ???
これは複雑なルートになっているエリアを抜けるまで走って、同じ番号の逆方向に乗るしかない。いくつか通り越して適当な停留所で降り、寒さに足踏みしながら待つ。逆方向に乗る。よしよし、橋のところまで戻ってきた…ここで左に……どうしてUターンするのぉぉ???
「おうちがどんどん遠くなる〜♪」のメロデイが頭の中をぐるぐるする。

結局、バスを5〜6回乗り換えて1時間も市内をぐるぐるしてしまった。ホカホカだった袋も冷え冷え。最後は諦めて徒歩で橋を渡って、よくわかっているバス停まで歩いた。川を渡る風が吹きさらす橋の上は、涙が出るほど寒かった。

切符とサンドイッチを買いに出ただけで2時間近く戻らなかった私を、さすがにヒナコも心配していた。ドアを開けるなり、思わず半泣きになってしまう。不可抗力とはいえ彼女の嫌いなものを買って帰ってしまった、せめて温かいうちにと思ったのに迷って冷え冷えにしてしまった、その上「何コレ。こんなもんなら要らない」などと言われたら悲し過ぎる……そういう気持ちが一気に押し寄せて涙を滲ませてしまったのである。

わがままなヒナコもそこまで非道ではなかった。「ごめんね、ごめんね。そんなこと言わないから。せっかく大変な思いして買ってきたのに、絶対言わないから」
すっかり冷えきってしまっていたが、ハンバーガーは美味しかった。「玉ねぎたくさん入れてね」の希望通り、歯ごたえのある甘い玉ねぎがたっぷり入っている。軽くソテーしたピーマンもたっぷりだし、肉も厚い。
ヒナコも「あらッ」という表情。
「ハンバーガーって結構美味しいものなのねぇ。頭から不味いものって決めてかかってたかも?」

最後のディナーはめちゃめちゃ質素。予期せぬトラブルで冷え冷えになってしまったが、それでもかなり美味しかった。温かかったら、結構◎な味だと思われる。屋台フードをナメてはいけない

せめてもの救いである。
多少記憶が曖昧だが、旧市街のヴァーク広場かアルターマルクト広場あたりに出ている緑の看板の屋台。ここのハンバーガーはなかなか美味しい。出来たてだったら、¥200程度の値段とは思えない味かもしれない。

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