パリ最初の朝ごはんはインスタントのスープと味噌汁

空腹に耐え切れず目を覚ますと夜中の3時半だった。日本時間なら朝の11時半、朝寝坊し過ぎてしまった起床時刻というところか。そしてそのままお腹が空いて眠れなくなってしまった。朝食は7時からだっていうのに……!

いつものヒナコとの欧州旅行では小腹満たしの柿の種や味ごのみなどを持参するのだが、今回は持ってきていない。だって、あれって結構嵩張るんだもの。まあ保険のようなものだが、意外に現地の食事に充分満足して出番は少なく、最後はお土産のスペースを空けるために無理矢理に食べる羽目になるんだもの。機内食の余りのチョコバーなども今日はない。

お煎餅類を一切持ってこなかったかわりに、粉末の味噌汁やポタージュスープやスティックタイプのカフェオレなどいろいろ持ってきた。日本茶のティーバッグもいっぱいある。水分ものばかりだけど何もお腹に入れないよりはマシだろうと、ちまちまとコップ一杯ずつお湯を沸かしてはクノールのかぼちゃポタージュと永谷園の粉末味噌汁とBrendyのカフェオレを順番に飲んだ。何だかあまり根本的な問題は解決されていないように思うけど、仕方ないもの。ヒナコはそんな私に頓着せずにくーかくーかと眠っている。

せめてもう少し眠ろうとしたのだが、やっぱりダメだった。

今度こそ朝ごはん

7時になるのを待ちかねて朝食室へ。
小さなホテルなので10畳ほどの部屋に4卓程度のささやかな食堂だった。朝一番なので誰もいない。この時期の日の出は8時半頃なので、まだ外は真っ暗だ。

さて、フランスのホテルというのは基本朝食込みではなく、他の国に比べて品数的には貧相なくせに結構な値段を取るのである。貧相な品数というのは、卵やハムやチーズや果物やシリアルなどがデフォルトではつかないという意味ね。
クロワッサン一個、縦割りにしたバゲット半分バターつき、オレンジジュース一杯、カフェか紅茶かショコラかの温かい飲み物、何種かのジャムというのが、プチデジュネ(朝食)の基本セット。
小さい安ホテルだから何も期待してなかったが、ヨーグルトがあったのが嬉しい。

コーヒーはファミレスのドリンクバーにあるようなマシンで入れるものだったので、不味いだろうと予想したらやっぱり思い切り不味かった。予想していても軽くがっかりする。仕方ないよねぇ、どうせパンだって不味くはないって程度でしょ。……と思ったら。

こうやって撮るととりあえず幸せそうな朝ごはん。コーヒーだけがうんと不味い

クロワッサンはたいしたものではなかったが、バゲットは結構美味しかった。バターが美味しいせいもあるかもしれない。勿論かなり固いのだけど、噛みしめているとすごく味わいがある。ヒナコの歯ではバゲットの外側部分は無理なので、彼女には私の分のクロワッサンをあげて、バゲットは私が全部美味しくいただいた。だってお腹空いているんだもん。
ヨーグルトはどこにでも売っているようなものだったのでやっぱり普通程度にしか期待しなかったのだが、これがまたフルーツ入りでも甘くないしクリーミィ。

>> フランスのヨーグルトはめちゃくちゃ美味しいぞ! クリームっぽいのが好きな人には堪らんであろう。さすが酪農の国である。フルーツソース入りのものがあまり甘くないのもポイント高い。他の国のはねぇ、プレーン以外は甘過ぎてダメなのよ……

とりあえずお腹は膨れた。空腹は一番の調味料だというのはホントだ。夜中にインスタント味噌汁とスープで凌いだくらいに胃袋空っぽだったんだから。

切符購入にチャレンジ

今日は世界遺産の大聖堂のあるアミアンへと移動するのだが、ヒナコの身支度に時間がかかっているので、先に列車の切符を買ってくることにした。こういう時のために駅前のホテルにしておいたのだもの。外はようやく早朝という感じの明るさ、空気は刺さるように冷たい。コートをひらっと羽織っただけで出てしまったので、帽子と手袋を置いてきたのを少しばかり後悔した。小走りで道路を渡って駅の中へ。

構内のホールはターミナル駅としてのそれなりの雑踏があったが、とりあえず暗くはないので落ち着いて機械操作に取り組める。実は昨晩にも自販機にトライしてみかけたのだが、周囲は暗いし人はごちゃごちゃしているし、長距離フライトを経て時差ぼけている頭では何かとんでもないミスをしそうで途中でやめたのだった。

だいたいフランス人たちは夏場は少しは綺麗な色を着るようだけど、冬になると全身黒ずくめになってしまう。黒っぽい長いコートに、マフラーや帽子も焦茶やチャコールグレーや紺。鞄だって黒か紺。シックと言えばそうなのだが、まあ「地味」である。またこの辺りは居住者にアフリカ系移民の人たちも多いので、行き交う人々の中に黒人もかなり多い。
そもそもこちらの駅構内は日本の半分くらいしか明るくしない。薄暗い中に大量の黒っぽい人たちがざわざわうごめいているのは、何か得体の知れない大きな怪物でも潜んでいるかののような気分になってしまうのだ。

明るい中で落ち着いて操作すれば自販機での切符購入は何も難しいことなんかなかった。今日は近郊線ではないので黄色の販売機を使うのだが、やっぱりタッチパネルは固く鈍く、ひとつひとつの操作の反応がうんざりするほどトロい。画面に触れるコツがあるのかもしれないけれど、ギュウギュウ押さないと反応しない

まず言語リストから「英語」を選び、「すぐ出発する」を選ぶ。「出発駅」を選ぶ。デフォルトでは今いる駅だが、無論別の駅発も選べる。するとずらずらっと北駅発の代表的行き先が並ぶが、その中にアミアンはなかったのでアルファベットで「amiens」と打ち込む。数本のアミアン行き列車が表示されるので「10:07」を選ぶ。往復か片道か聞かれるので「往復」を、一等か二等か聞かれるので「二等」を選ぶ。するとカレンダーが出てくるので復路を使う日である「5日」の「午前中」を選ぶ。再び候補の列車が羅列されるのでその中からとりあえず「9:31」を選ぶ。枚数を聞かれるので大人「2枚」とすると、その大人の種類(ノーマルか25歳以下のユースか60歳以上のシニアか)をひとりずつ選ぶ。何か割引の適用されるパス類を持っているかもここで聞かれる。合計金額が表示されるので「支払」の項目を選んで、ようやくクレジットカード挿入。

日本のキャッシュディスペンサーのように軽く差し入れるだけでスルスル入っていったりしないので、カードが折れ曲がるんじゃないかと思うくらいぎゅうううっと押し込まなくてはならない。昨日はカードを受け付けてもらえないんじゃないかと思って、この段階で取り止めてしまったのだ。とりあえず今日は奥までぐぐっと差し込んだら、ちゃんと入った。多分この時にICチップ情報を確認しているのだと思うが、日本のATMでは「ただいま何それを確認しています」など表示が出て待ち時間の不安を和らげてくれるけれど、こっちは無音で数秒固まったまま。微妙に心配になりかけた頃「カードOK 暗証番号入れろ」の表示。番号を認識すると「カードを抜け」の表示が出るのだが、この時のピーーッという音がまるでエラー音のような癇に触る音で、また何かいけないことをしたのではと慌ててしまうのだ。おそるおそるカードを抜き取る。

明細書が要るか要らないかを聞かれて「はい」を選ぶと「あなたの切符を印刷しています」の表示が出てしばらくするとカタカタと切符が出てくる。明細書は同時ではなく一呼吸おいて出てくる。予約が必要な列車の場合はさらに一行程二行程加わるのだろう。……やれやれ。

こうして詳細に書いてみるとずいぶん面倒臭いようだが、考えようによってはひとつひとつ順番に確認しつつ作業できるのでかえって間違いがないかもしれない。フランス人はこういう作業をわかりづらいと考えるようで、だから実は自動販売機はすいている。時刻を調べたりお得な切符があるのかを窓口で長々と相談しながら買うので、窓口は長蛇の列になるのだ。

明日の帰りの分の切符まで入手したので、とりあえず明日いっぱいまではひと安心。全行程分をまとめ買いしてしまうことも可能だけど、ヒナコ連れの場合、必ずしも予定が完璧に遂行されるという保障はないので、面倒にならない程度に都度購入した方が安全なのである。
ちなみにパリ北駅Gare du Nordからアミアンまで €19.90、ヒナコは25%のシニア割引が適用されるので €15。特に往復割引というものの設定はないようだった。

さて、朝食のコーヒーが激マズだったので、美味しいヤツを飲み直したい。マズマズコーヒーでは私の朝は始まらないのである。夜ライトアップされた北駅周辺の風情もよかったが、朝の光の中で駅舎の堂々とした姿をじっくりと眺めてもみたい。
列車の時刻までまだ1時間以上あるが、早々にチェックアウトして駅正面のカフェでゆっくりしよう。

北駅駅舎を望みつつ温かなカフェオレを

昨晩のチェックイン時にレセプションに座っていたのは、普通程度に愛想のいい可もなく不可もなくの青年だったが、今朝はやたら明るいノリの小太りのおっさんだった。
ヒナコを部屋に残したまま切符を買いに外へ出た時、「ボンジュール!」と挨拶だけはしたのだが、呼び止められて「はーい、ボンジュー、マダ〜〜ム! さ、鍵を返してね〜支払いは €65だよ〜ん」てなことを言われたのである。この段階での精算要求がちょっと予想外で、一瞬頭の中が白くなったのだった。
何も難しいことではなく、「今部屋に連れがいるので鍵は部屋にある。列車の切符買ってくるだけですぐ戻る。チェックアウトはその後ね」と言えばいいだけだったのだが、頭の中の英単語がごそっと吹き飛ばされたみたいになって「え、えとえと、えーと」としどろもどろになってしまった。しどもどした挙句、ひゅいっと空気を吸い込んでしまって「げへげほげほげへん」と咳き込んでもしまった。
おっさんは大笑い、「落ち着いて落ち着いて」と私の手を両手で包んでぽんぽんと軽く叩いてくれた。

外観的には悪くはないホテルだけど、中はボロい。値段と立地を考えたら文句なんて言えない、言っちゃいけない。

……と、まあ、そういう経緯があって。
ようやく身支度の完了したヒナコを連れて、狭くて古いリフトでごとごとと降りていき「ボンジュー! 今度はチェックアウトするよ〜〜」「おうマダ〜ム、了解了解」と、スムーズに精算したのだった。精算手続きの間中おっさん常に喋り続け。ヒナコにも何かやかやといろいろ喋りかける。このノリってあんまりフランス人ぽくないよね。イタリアに行けばこんなおっさんは帚いて捨ててもまだ山盛りにいるんだけど。イタリアノリのおっさんに明るく見送られて外に出た。

ヒートテックの肌着や靴下、セーターにロングのダウンコート、耳まですっぽり覆った帽子、しっかりした靴底のゴムびきブーツにジーンズをインと、ボディは重装備なのだが、むき出しの顔だけがピリピリと冷たくなる。ガラガラと荷物を引っ張って小走り、駅正面のカフェの駅舎がよく見える席に陣取った。ファサードの彫刻のひとつひとつまでがしっかり見える。

ホテル内もがっちりと暖房がきいていたが、カフェの中も別世界のように暖かい。グランデで注文したカフェオレは大きなカップにたっぷりとしていて、掌にも胃袋にも優しく温かい。大きな一枚ガラスの向こう側にはどんより曇った寒々とした空、たくさんの自動車や旅行者や出勤する人々がひっきりなしに行き交っている。しばし、内側と外側のギャップを楽しんだ。

カフェの窓から見える北駅のファサード

北駅駅前。決して上品なエリアではないけどね、この辺りまでなら観光客がウロついても問題はないと思う。駅から北部は止めておいた方が……

なかなか列車に乗り込めない

しばしゆったりした後、20分以上も余裕を持って駅に入った。
一番左端がロンドン行きユーロスターのホームで、ここは出国審査も必要なためきっちりと分かれている。順にベルギー方面の国際列車が続くようなので、アミアン辺りの中距離列車は右寄りホームでの発着でないかと踏んでいた。
目星をつけて巨大なオンボードを確認したが、ほとんどの出発予定列車のホーム番号が出ていない。どうも発車10分前くらいにならないとホーム番号が表示されないようなのだ。だからみんなホームに向かうわけにも待合室やカフェで待つわけにもいかず、大荷物とともにオンボードの下で所在なげに待つしかない。これってすごーく邪魔だよね……。
旧式のボードがバタバタバタッと動き始めると、みんな一斉に上を見つめる。そしてパタッと数字が出ると、あちらからこちらからどどどどどっと人が流れ始め、交錯するのだ。あたかも黒潮と親潮の合流地点で巨大な渦が出来るかのように人波が混沌とする。

でもさあ、毎日定期的に運行している列車のホームが毎日直前まで決まらないってどうなのよ? ホントにギリギリまで決まらないのか、決まってるけどギリギリまで教えてくれないのかは知らないけど。
フランス人はさあ、こういうシステム不便だとは思わないんだろうかね? よそのヨーロッパの国では毎日定期運行する列車のホームくらいあらかじめ決まってたよ。臨時で変更されることはたまにあっても。

そういうわけで、アミアン方面の列車も表示されてはいるが、番線のところだけギリギリまで空白だった。一度「17」と出たのだが、すぐにパタッとまた空白に戻った。そのままずっと動かないままで発車5分前に再び「17」と出た。結局17なのかい! この瞬間、人波がどどどどどっと17番ホームへと流れ始める。私とヒナコもスーツケースつきでこの波に混ざらなくてはならない。
私たちは比較的17番線に近い辺りで待っていたので焦りも少ないが、近い場所にいたからこそ20分以上前から17番に列車が停まっていたのも見えていた。……決まってたわけだよね、この列車がアミアン方面行きでここから出るって。始発駅だから整備の都合もあるだろうから、列車に乗せてくれなくてもいいけれど、せめてホームで待たせて欲しいよね。

列車の乗車率は70%くらいというところか。北駅周辺は人も車も往来が激しいので雪はなかったが、ちょっと郊外に出るとかなり雪が残っている。北部に向かうからやっぱりパリより寒いのかな、そんな会話をしながら車窓風景を眺めていると、そのうち「森」や「田園」にさしかかり、残雪どころか一面の銀世界状態に。多分畑であろう緩やかな丘陵は全面真っ白、ところどころに屋敷森のような糸杉の塊、三角屋根の民家がたまにぽつりと出現する風景はそれはそれは清廉で美しい。行った先の積雪状態がどうかはあまり考えないようにして、とりあえずは雪景色をたっぷり堪能することにした。

1時間ちょっとでアミアンAmiens [WEB] に到着。駅の規模と雰囲気は、地方都市というよりはそこそこ栄えた田舎町という感じ。少し小雪が舞い、道に雪も残っているが、歩くに困りそうなほどではなく、むしろ素敵な雰囲気を倍増させていた。そ、それにしても……さささ、寒〜い!

ホテル、ケチるんじゃなかった!

駅前広場に出ると道路をはさんで正面に屹立しているコンクリート造り超高層のペレ・タワーが真っ先に視界に飛び込んでくる。予約したHôtel De Normandie [WEB] は駅から300メートルほど。地図で見る限りそびえ立つタワーの右側の脇道を入った方が近そうだったし、人通りが少なくて歩きやすいだろうと思ったのだが……失敗した。人が通らないので歩道には雪ががっちり残っていたのだ。スーツケースの車輪が雪を巻き込みそのまま固まってしまい、運びにくいことこのうえない。

チェックインには微妙に早いかなと思ったが、部屋の用意は出来ていたようだった。そもそもアミアンには高級ホテルなどはないようで、パリなどに比べて同じランクでも値段は格段に安いのだが。つい節約気分でうんと安いところにしてしまった。ホテル自体がエコノミーなのでどうせならと三段階あるカテゴリーで一番高いクラスを予約した。一番高いといったって €69なのである。朝食は別だけどね。

レセプションの笑顔の可愛いお姉さんはニコニコしながらキーを手渡してくれ、「6号室ね。3階よ。階段はあっち」と言う。3階ということは日本式の4階に相当するのだが、そんなことはどうでもいい。今なんて言いました?
「階段?」オウム返しに口にしてみた。「リフト」の聞き間違いじゃないかと思って。
「そっちよ」お姉さんはニコニコしている。
お姉さんの指す方向に向かってみる。階段がある。裏側にエレベーター……ないよねぇ。階段に足を乗せてお姉さんを振り返ってみた。「そっちじゃないわよ、リフトがあるのよ」とか言ってくれるんじゃないかと思って。でもやっぱりお姉さんはニコニコしているだけだった。

ぬかったなあ……、エレベーターがないとは。1つ星ならともかく2つ星だから大丈夫かと思ったんだけど。どの部屋でも階段の昇り降りしなくちゃならないのなら、割り切って一番安いカテゴリにして「安いんだから仕方ないよねっ!」って開き直ってしまった方がいっそ潔かった気もする。私は、頑張ってスーツケース持ち上げればいいだけなんだけど、ヒナコが困るんだよね。ま、仕方ない仕方ない。

>> ちなみに今回の旅はホテルのランクと値段にとてもバラつきがある。この後行くアルザス地方は12月はホテル代の高騰する時期なので安くは押さえられないし、ナンシーではちょっと奮発して由緒あるホテルにしてしまった。後半は疲労も溜まってくるからシャワーのみでは寛げないし最後にうら寂しい宿でショボくれた思いをするのも嫌なので、ある程度の値段を出す必要がある。てなわけで前半の宿はちょっと節約モードにしてあるのだ

えっちらおっちら登って到達した部屋はそこそこ広さはあったが、調度は情緒もへったくれもないシンプルきわまりないものだった。それでも清潔ではあるし、水回りの設備は新しくしてある。シャワールームもカーテンでなく扉のあるブース式なので、床が水浸しにはならずにすみそうだ。トイレも電気モーターで流す仕組みのよう。古い建物は配管がひ弱だったりするので水回りのチェックは重要なのだ。ちゃんと流れるのはいいのだが、タンクに水を溜める時に「ウィンウィンゴゴゴゴ」というすごいモーター音がする。おそらく水圧が低くてモーターの力を借りなければダメなんだろう。ともあれ設備はおおむねOK。アミアンを観光出来るのは今日一日しなかいので、とりあえずすぐ出かけよう。

残雪のアミアン旧市街

空気は冷たいが今は雪は降っていない。うっすらと雪に覆われた街は雰囲気満点! かと言って、滑って歩けないほど雪が残っているわけではない。まずはとりあえず世界遺産でもあるノートルダム大聖堂 Cathédrale Notre-Dame d'Amiens [WEB] を目指そう。アミアンを訪れた観光客の99%が最初に向かう場所だ。

ホテルからペレ・タワーの左側に伸びている Rue de Noyon という歩行者専用道に出る。来る時に通らなかった道だが幅も広くてきちんと整備され除雪もされている。なあんだ、こっちを通っていたらスーツケースの車輪に雪を巻き込むことなかったのに! いろいろなショップの並ぶ目抜き通りのようで、小規模ながらマルシェ・ド・ノエルが出ている。まだ半分くらいしか店を開いていないようだけど、赤い山小屋のような屋台が並んでいる。50メートルほど進むと小さな緑地広場があって、もうそこからは建物の向こうに大聖堂の姿が見えている。わあ、わくわくするなあ。

石畳というのは雪の時に滑りにくいものだったのだと今さらながら理解した。風情もあるね

雪道と冠雪したモミの木と大聖堂(南正面)との素敵すぎる組み合わせ

広場から右に折れていくと聖堂の南翼廊の扉口に突き当たる。でもこれは側面の一部が見えているだけ。そのまま広場に面した西正面とへ回り込んで、このフランス最大のゴシック大聖堂に向き合うと、そのあまりの大きさと正面を覆い尽くす緻密な彫刻群とに思わず息をのむ。早速じっくり見学したいところだが、お昼ごはんを済ませてからにしよう。聖堂の斜め向かいに観光案内所があったので、とりあえず地図だけをもらった。

大聖堂の北側へと下っていくと、小さな運河沿いにカフェやレストランやショップの並ぶサン・ルー地区 Quartier St-Leu に出る。一軒一軒の建物は色鮮やかでとても可愛らしいのだが、シーズンオフのせいか土曜日の昼という時間帯のせいか半分以上の店が閉まっていて、なんだか閑散とした雰囲気だ。積もる雪の白さで多少華やいだ感じになってはいるのだが、どんより曇った寒空だけだったら寂れた印象のみが残ってしまいそう。
運河にかかる橋の上からは大聖堂の北側側面の眺めがいい。蜘蛛の脚のようにフライング・バットレス(飛梁)が高い壁を支えているのをよく見たかったのだが、北正面は薔薇窓を含めてごっそりと修復の足場とシートとに覆われてしまっている。かなりがっかりだけど、聖堂全体のシルエットおよび街並との調和および白雪の彩りと丸ごとトータルで綺麗なので、許しちゃう。

かわいらしい家々の並ぶ路地。観光客相手の店でなく普通にクリーニング店だったりするのが素敵

サン・ルー地区は運河沿いに洒落たレストランがズラリと並んでいるのだが、テラス席が出されていないのでどことなく寂しい

運河にかかる橋の上から見上げる大聖堂。北側ほとんどがシートで覆われてしまっているのが本当に残念。夏には橋の欄干部にたくさん花が飾られて、それは華やかになるようだ

街の北部には広大な湿地が広がっていて、夏であれば、網の目のような運河を小舟で巡ったり湿生庭園をのんびり散策したりするのも楽しそうだ。きっとそういう季節にはもっとたくさんのたくさんの観光客が集まり、今ゴーストタウンのように閉まっている店もすべてオープンし、外のテラスにはズラリとテーブルが並び、窓辺には色鮮やかな花々が飾られるのだろう。

ボリュームたっぷり過ぎるクレープランチ

「ジャンヌおばさん」という名前の 〈Tante Jeanne〉 [WEB] は運河にかかる橋のたもとにあるクレープとサラダのレストラン。店頭には、おそらく創業者なのであろうジャンヌさんの人形が写真入りのメニューを掲げ持って立っているので、観光客でも気軽に入りやすい。二階の出窓のジャンヌおばさん人形はサンタクロースの衣装を着せられていた。

出窓のジャンヌさん人形はサンタさん仕様

逆光になっちゃったけれど。
1日から25日まで日付けのついている赤い洗濯ばさみがロープに留めてある。ただそれだけなのに、なんか可愛いのは何故?

店内のインテリアは素朴なフレンチ・カントリー調で、可愛らしいながらもところどころが粋な感じ。私は小花模様やフリルやパステルカラーのガーリッシュ過ぎるカントリーはちょっと勘弁なんだが、麻紐に生成りの布を木製の洗濯ばさみで数箇所留めてカーテンにしているのなんかは可愛いし、センスいいアイディアだなーーと思う。

Crêperie & Saladerieとあるのでクレープとサラダのレストランだというのはわかるが、日本人の思うクレープとサラダのイメージを持って軽食のつもりで臨んではいけない。平日ならお得なランチのセットメニューがあるようだが、今日は土曜日なのでアラカルトで注文することになる。ガレット(私の大好きなそば粉のクレープ)もサラダもそれぞれ5〜6種類あって、トッピングされている具材が列記されているし、写真入りなのでイメージしやすい。私は「ガレット・ルシアン」、ヒナコには「サラダ・タンテ・ジェンヌ」をオーダー。

リンゴのお酒シードルは何種類かあり €8という低価格からてっきりカラフで出てくるかと思ったら750mlあるフルボトルだった。リンゴの味と香りが濃厚で、でもしっかり辛口で、ひゃあこれは美味しいわ〜〜〜。空腹にきゅううぅぅと沁みるのだが、ついクピクピと飲んでしまう。

そうこうするうちにオーダーしたガレットとサラダが目の前に置かれた。地元でもボリューミーな店として人気のようなので、具沢山であろうとは想像したがちょっと「"たくさん"の基準」が違っていた。写真で見て想像していたよりお皿のサイズが1.5倍あるんだもの……。思わずヒナコと二人で「わはははは」と笑うことにした。

ヒナコとトッピングを少し交換して、早速食べ始める。
私のガレットには(そもそもこのガレット、畳んであるのを広げれば直径35cm以上ありそう)チキンと鴨、ビーフ、ソーセージ、ベーコンのお肉オールスターズのトッピング。もはやトッピングというレベルの分量ではない。日本のファミレスのミックスグリルはこの3分の1の量だ。さらに私の拳骨より大きな特大ベイクドポテトとグリーンサラダが添えてある。サラダのためのハーブとマスタードのマヨネーズソースはとっても美味しい。

ヒナコのサラダにはスモークチキンや生ハムやゆで卵やポテトが、これも日本人の考えるトッピングとはおよそかけ離れた大量さで乗せられていた。じゃがいもは私のものと種類が違う小ぶりの黄色いもので、こちらの方が味が濃くて美味しいのだが、いかんせん量が多すぎる。薄くスライスされてはいるが、葉っぱ類と何層にも重なっていって、掘っても掘っても掘っても後から沸いて出てくるような……。多分、じゃがいも3〜4個くらいある。私とヒナコが二人分の肉じゃがで使うお芋の量だ。こちらのドレッシングはほんのりヨーグルトの香り。

すごくすごーく美味しかったシードル。3年前にモンパルナスのクレープリー・プチ・ジョスランで飲んだシードルも美味しかったけど、それを更新した

もはや「トッピング」の範疇ではないたくさんの肉・肉・肉。下に敷いたガレットは三つ折りに畳んであります。ちなみにポテトに突き刺さっているスプーンはカレースプーンサイズです

このサラダ皿は「プレート」ではなく「ボウル」です。葉っぱ類とお芋とハム類は約5層構造になってます

信じられないことに、何切れかのパンもサービスされるのだが、申し訳ないけれど一口味見する程度にもお腹にスペースを作ることは出来ない。こっちの人はこのガレットやサラダを平らげて、パンもいくつか食べちゃうのかなあ? その後デザートも食べるんだよね……?

私たちが料理との格闘を始めた頃、40人くらいの団体客が来て、ぞろぞろぞろと私たちのテーブル脇を通って二階へと通されていった。私は階段に背を向けた位置に座っていたが、対面のヒナコは階段を登っていくたくさんの尻・尻・尻が段々に延々と連なるのを目の当たりにしたわけだ。たまにスリムな人が混ざりはするが基本的にでかい40個の尻が、上へ上へと連なり流れていくさまは圧巻ではあった。
あのボディを維持するためにこのボリューミーな食事が必要なのか、こんな食事をしているからあのように膨らんでしまうのか、どっちが原因で結果なのかはわからないけれど、とにかく妙に納得した臀部の連なりではあった。

「出されたものは残さない」を信条とする私なんだが、今回はゴメンナサイするしかない。だって「私はライオンじゃないよ」というくらいの肉の量なんだもの。500gくらいはあったんじゃないかなあ……。それでも頑張って80%は食べたんだよ、お芋は半分でリタイアしたけれど、葉っぱは完食したし。

食後はカフェのみオーダー。濃厚なエスプレッソ。カフェに添えられてきたクッキーすら入る余地はなかった。これは後でのおやつにしよーっと!
ホントはデザートも食べてみたかったのよ。「砂糖がけクレープ・フルーツとアイスクリーム添え」とか「3種のアイスクリームのフォンダン・ショコラ」とか「本日のタルト」とか、字面だけはとってもとっても魅力的。私の別腹はずいぶん許容量が大きいのだけど、多分対応できる分量ではないんだろうと思う。

しめて €42.40。2人分の昼ごはんの値段としては高いようだけれど、日本の平均的なランチの5人前くらいあったからねぇ。正直に言わせてもらえば、量を3分の1にしてもらって値段が半分だったらありがたいというところかな。でも、あのクリアな味わいの辛口シードルは美味しかった。

>> Bolée d'Armorique Brutという銘柄。日本でも取扱いショップがあるようだ。お値段も¥1200くらいだし。わーい、今度買おうーっと♪

世界遺産の大聖堂、まずは外から堪能する

さあ、お腹もいっぱいになったし(いっぱいになり過ぎたともいえるけど)、いよいよ世界遺産のノートルダム大聖堂をじっくりと見学に行こう。ヴィクトル・ユゴーが『ノートルダム・ド・パリ』でモチーフにしたのはパリのノートルダム大聖堂だけど、アレクサンドル・デュマは『三銃士』の中でアミアン大聖堂前の庭でアンヌとバッキンガム公とを出会わせた。その庭は今は小さな広場となっているけれど、聖堂の姿は変わらない。フランス最大のゴシック聖堂は、確かに圧倒される巨大さなのだけど、さほど威圧感を感じないのはファサードに施された優美で精緻な彫刻群のせいだ。

私には宗教的素養はないので解説書片手でないとその意味するところはわからないのだが、これが「石の百科全書」と呼ばれるということは理解出来る。そもそも教会の絵や彫刻は字の読めない人たちに教義を説くためのものなのだから、ただの飾りではなく意味を持っているものなのだ。
中央扉の真ん中の柱には美しき神 "Beau Dieu" と呼ばれるキリスト像、扉口上部の半円形のアーチ部分には『最後の審判』のシーンが描かれている。左の扉口はアミアンの初代司教で町の守護成人・聖フィルマン、右はマリアさま。上部にも天地創造伝や聖人伝などの物語が絵とかれている(らしい)。柱に立ち並ぶ彫像は『旧約聖書』の神々や聖人たち。その下部には四葉の形のレリーフがいくつも並んでいる。このレリーフは二段ずつ対になっていて、生活のさまざまな面での「美徳と悪徳」を表現していたり、12星座の下にはその季節にすべきこと(獅子座の季節は小麦の刈入れ、蠍座の季節はワイン造り、とか)が描かれていたりして、中世の庶民たちの姿が緻密に浮き彫られているのだ。後で知ったことだが、大聖堂の正面入口に一般人の日常的な労働などが表現されるのはかなり特異なことらしい。

13世紀創建の大きな大きな大聖堂。その天突く威容にも圧倒されるけれど、びっしりとファサード埋め尽くす彫刻群の緻密さ神々しさも圧巻だ。左側の塔だけ後に改築されたそうで、高さとデザインが違う。このわずかなアンバランスさがいいなぁ!

中央のキリスト像は穏やかな表情。取り囲むように聖人たちの像が並ぶ。対して、最後の審判をくだすキリストの表情はとても厳しいものだ。その周りは虹のような飾りアーチが幾層も包みこんでいる

聖人像の下の二段のレリーフは「月々の仕事」「美徳と悪徳」など市民の心得を描いたもの

この大聖堂が着工からわずか68年で完成してしまったというのは本当に驚きだ。重機も何もない時代にだよ? それだけ熱意とパワーがあったということなのだろうけれど。
そもそも12世紀頃からのこの時代は経済が発達して「都市」というものが出来ていって、聖職者だけでなくて市民も「おらが町に立派な聖堂を!」と願ったわけである。結果、あっちでもこっちでも聖堂建設大ブーム。隣町が聖堂造るのなら、ウチとこではもっと立派なヤツ造ってやるべ! そうだそうだ、いっちょやったるで!……と、そういうことなんだろうが。勿論、無理した挙句に崩れてしまったものや財政が続かず縮小されてしまったり未完に終わったりしたものも多いだろうが、幾つかの優れた大聖堂は数百年の時を経てなおその姿をそのままにとどめ、極東の国からはるばる訪れた私がこうして目にすることが出来るのだ。ありがたやありがたや。

彫刻は持参のチビ双眼鏡でとっくりと眺める。細部のひとつひとつに中世の人々の息遣いが宿っているようだ。彫刻のパーツパーツも素晴らしいけれど、聖堂全体のシルエットとしては、正面のふたつの塔の高さとデザインが微妙に異なっているところが私はとても好き。

聖堂内部も意外な驚き

少し小雪が舞い始めたのをしおに、教会内部に入った。こういう教会でのお約束のように、入口には必ず物乞いがいる。
堂内に入るとやはり、まずはその天井の高さに息をのむ。そして、意外に明るい。

石が白っぽいせいもあるのだろうし、建設と彫刻とで手が回りきらなかったのか入口近くはステンドグラスの嵌まっていない窓が多いせいもあるのだろう。今日は曇天にもかかわらず光が多く入ってきている。40m以上ある天井を支えるにしては1本1本の柱が細いようにも思える。それともあまりの高さに相対的に細く見えているのかしら?
天へ天へと真っ直ぐに伸びる柱の林をゆっくり進んでいくと、本当に天上に向かっていくような高揚感に包まれてくる。厳粛な心持ちになるよりも浮揚する感覚になってくるのは、きっとこの明るさのせいだ。

天上まで届くかのような柱の林の奥には神々しいまでに明るい内陣。ひねくれた私ですらなにか敬虔な気持ちになってくる

南の薔薇窓が一番綺麗

彫刻で飾られたパイプオルガンの上には西の薔薇窓

今入ってきた西の入口を振り返ると、中央扉口の真上に大オルガンのパイプ部分があり、パイプ周辺もたくさんの彫刻で飾られている。その上に大きな薔薇窓。北正面は修復のためのシートでごっそりと覆われているので、そちら側からはほとんど光は入ってこない。南正面にも薔薇窓はあって、こっちの方が色も模様も西正面のものより華やかで綺麗だ。
床面は黒白の石でラビリント(迷宮)が描かれている。ただの幾何学模様のように見えるが、聖地エルサレムへの困難な道のりを例えての迷路になっているのだ。何人かの人たちが道筋に沿ってうねうねと辿って歩いていた。

扉口から入って内陣の主祭壇──十字の交差するあたりまでは意外に明るいと思ったのだが、このあたりの天井がひときわ高く、大きな高窓があるからのようだった。中央の内陣は一段高く造られていて、ここで最も聖なる空間。U字形に回りを囲む周歩廊との境界には、2人の守護聖人のふたつの物語を描いた彫刻で飾られた障壁が設けられている。早い話が「聖人物語・立体漫画劇場」。まるで木彫りなのでは?と思うほど細かな彫刻で、一枚の石から半レリーフ状態で彫り出してある。かつてはたいそう鮮やかであったであろう彩色の名残りもかなり感じられるのだが、それをじっくり見るにはちょっと薄暗い。ポーズや表情などがすごくイキイキしているようなのだが、完全に確かめきれないのがなんとももどかしい。

聖人4コマ漫画とでも考えればいい。「町に聖人が現れ」「布教活動をし崇拝されるが」「異教を広めたかどで捕らえられ」「処刑される」が左から4場で絵が画れている。4コマの下は聖人の墓……と、かようにわかりやすく解説されているわけで

処刑シーンは結構リアルな首チョンパ

後陣のステンドグラス密集地帯。さまざまな色でそれはそれは美しい。ここにもきちんと物語があるのだが、近眼の私には双眼鏡を使っても読み解くことは不可能だった……あ、目じゃなくて知識の問題か……(笑)

後陣には縦長のステンドグラスが密集していて、そこからぐるっと放射状に礼拝堂が並び、ちょうど主祭壇の裏側にあたる位置にはバロック様式の彫刻で飾られた衝立がある。後年、第一次世界大戦の頃に作られたもので、中のひとつ「嘆きの天使」が表情がとてもリアルだと有名なのだ。でも暗くてほとんど見えない。近寄ったり離れたり向きを変えたり双眼鏡で覗いたり散々苦労して天使像を見たのだが、確かにとってもリアルな泣き顔だ。でも「嘆いている」というよりは「叱られて泣きべそかいてる」という感じかな。

ステンドグラスは綺麗ではあったけれど、窓の全体の5分の2くらいは素通しのままだった。
……うーーむ、アミアンの大聖堂をひとことで表現しろと言われれば、「フランスで一番大きいゴシック聖堂」ということより「彫刻の聖堂」だな。それほど彫刻の鮮烈な印象は際立っていた。

空想小説家の暮らした夢いっぱいの家

大聖堂の外も中もしっかり堪能しまくって外に出ると、昼過ぎにはかすかに舞っていた雪が少しみぞれっぽくなっていた。夕方近くになって少し気温が上がったような気もする。傘を取り出そうかどうしようか悩みつつ、大聖堂の脇を抜け裏側へと回り込み後陣を外側からじっくり眺める。西正面、南正面、北、そして東の後陣からと、見る方向によってまるで違う趣がある。

大聖堂の裏側へ回り、東側から後陣を眺める。フレンチゴシックの教会の後ろ姿はとてもエレガント

聖堂の裏側をまっすぐ東へ進むとほどなく駅前の通りに出た。大聖堂の他にもうひとつ忘れずに見学したいなぁと思っているのが、空想科学小説の巨匠ジュール・ヴェルヌが晩年の10年ほどを過ごしたという家。アミアンは奥さんの出身地だそうで、彼は市議会議員も何年か務めたという。
『十五少年漂流記』『地底探検』『海底二万里』『80日間世界一周』『月世界旅行』……etc、etc。どの小説もみんな、子供の頃ワクワクしながら何度も何度も読み返したものだ。その多くの名作を生んだ家が現在は、彼の書斎や所縁のある遺品を展示する博物館になっているという。

>> そういえば観光案内所の中に熱気球のキャビンを模した篭が置いてあった。あれって『80日間世界一周』の気球なのかな?

観光案内所でもらった地図を頼りに、そのまま駅を通り越し左に左にと歩いて行くと、ロータリーのようになった場所に出た。みぞれ混じりの雪はどんどん雨に近くなり、ちょっと強くなってきた。うーん、それらしいものはないなあ、この辺りのはずなんだけどなぁ……? もらった地図はデフォルメされた絵地図で、綺麗ではあるのだが位置や距離感などが今ひとつ正確さに欠けているのだ。たいした雨ではないと思っていたが、いつの間にか帽子やコートが濡れている。どうしよう? 見つからないみたいだから戻ろうか? ロータリーの先の道路に沿って街路樹が並び、さらにその奥に公園緑地のような細長いスペースが沿っている。

「とりあえずあっちまで渡って見ましょうよ。それでも見つからなかったら諦めて帰ればいいじゃない?」とヒナコが言うので、従ってみることにした。何車線もある交通量の多い道路を渡り、緑地を半分くらい横切ると、その先の家並の中に地球儀のコンパスのようなものを乗っけた屋根とドームのあるファンタジックな塔を持った豪華な造りの家が見え隠れしてきた。あっ、きっとあれがそうだ、ジュール・ヴェルヌの家 La Maison de Jules Verne [WEB] ! 雨もだいぶ強くなってきたので、室内に入れるのは助かった。

柱の花柄の飾りタイル、アールヌ−ヴォー様式の鉄線飾りなどなど、細部も綺麗。人間不信に陥ったヴェルヌが引き蘢っていたという塔が印象的。ヴェルヌって元祖オタクのひきこもり……?

料金は €7、ヒナコはシニア割引で €5。受付の女性の「どこから来たの?」との問いに「日本」と答えると、英語の説明ガイドと順路とを説明してくれる。傍らには片言のたどたどしい日本語を話す若い青年がいて、大学で日本語学科に通っているのだと言う。敬語や丁寧語の使い方など今の日本人よりよほどしっかりしている反面、簡単な言葉が通じなかったりする。私の旅行英会話と同じで「文章丸ごと暗記」に近いのかもしれないな。……頑張ってねーーー!

クロークにコートを預け、といっても小さなミュージアムなので、受付横の小部屋のハンガーに勝手に掛けておくだけなのだけどね。
ガイドのパンフレットの順路に従って館内を辿る。1階から3階そして屋根裏部屋へとヴェルヌの小説を時間軸で部屋ごとに追っていくテーマパークのような構成になっている。残念ながら館内は撮影禁止なのだが、すべての部屋、すべてのフロアに、在りし日のヴェルヌの息遣いが感じられる。

彼が暮らしていた頃そのままの内装のような部屋もあれば、様々なジオラマやヘンなオブジェみたいなものや船の模型などが展示された部屋など、基本的にどの部屋も自由に見学して回れる。だけど、たくさんの名作が産み出された場所である書斎と、スカンジナビア号の操舵室(『80日間世界一周』執筆のきっかけとなったらしい)の再現部屋のふたつは、ロープで仕切られていて遠くから覗きこむしかない。展示されている草稿などはコピーのようで、多分本物はナントの記念館にあるのだろう。彼の小説を読んだのは子供の頃だったので細部の記憶は曖昧で、そのあたりがハッキリしていたら細かな部分がもっともっと面白かったのだと思う。
でも、私は装丁などグラフィックデザインの仕事をしているので、彼の著作関連の展示はかなり興味深いものだった。繊細な意匠の革表紙の初版本、子供向けの絵物語ゲームのようなもの(カードだったりすごろくのようだったり)、古い映画のポスターや書籍の広告、などなどなど。

そろそろ日没時刻でだいぶ薄暗くなってきているというのに、館内に灯りを点してくれないのであまりよく見えないのが残念でたまらない。自然光のみで見学しろと……そういうことですね?

>> 帰国後知ったのだが、地下にあるトイレが『地底探検』の洞窟を模したものだったらしい。わートイレ借りてくればよかったーー

見学を終え、勝手に掛けておいたコートを勝手に取って外に出ると、雨はほとんど上がっていたが、日はすっかり落ちていた。
ヴェルヌの建てたというサーカス小屋にも立ち寄りたかったのだが、コートや帽子も少しじっとり濡れてしまったことだし、一旦ホテルに戻ることにしよう。どうせなら着たルートとは違う道筋を通って散策がてらぷらぷら歩くとしますか。

夕食はブラッセリーでと考えていたが、昼のお肉オールスターズ・ガレットと具沢山サラダがもたれていて、ちっともお腹が減らない。商店街を歩いているとガラスケースに美味しそうなサンドイッチが並んでいるパン屋さんがあった。もう夜ごはんはサンドイッチ半分こでいいかあ……。バゲット一個分のサンドイッチなので充分デカイのだ。5〜6種類あるサンドイッチから悩んでひとつ選び、明日の朝ごはん用のパンも2種類、一緒に買った。

同じ商店街にMono'pというスーパーマーケットがあったので、ミネラルウォーターと朝食用のヨーグルトと果物も購入。さすが酪農大国、乳製品の種類の豊富さといったらそれはもう半端ではない。棚にずらーーーーーーーーーと上下左右全部全部全部ヨーグルト。全部全部全部違う種類。どれを選んでいいのか軽くパニックになりかけたので、Mのマークのついたプライベートブランドらしい商品を選んだ。多分、安くてそこそこ美味しいのではないかとの判断により。

これが全部違う種類のヨーグルト。写真に写っているのはそのうちの3分の1にも満たない。コレはどれ選んでいいかわかんなくなるよねー……

こういう移動式のメリーゴーラウンドはフランス中あちこちにあった。4歳くらいの坊やが「あれに乗りたい」と(多分)おじいちゃん(多分)にねだっていた


中世の彩りを取り戻す夜の大聖堂

小一時間ほど部屋でダラダラと休憩後、背中にカイロをしっかり貼って外出準備。相変わらずちっともお腹は減っていないし、サンドイッチは手配済みなので食事に出る必要はないのだけど。La cathedrale en couleurs という大聖堂のライトアップ・イベントが19:00からあり、どうしてもこれが見たくて日帰りしないでアミアンに宿泊することにしたのだから。

堂内の「宗教漫画彫刻」の彩色は、制作の時代が後のせいと室内であるせいとで結構残っていたが、外部のファサードを飾る彫刻群も創建当時は鮮やかに彩色されていたという。入念な調査と最新の照明技術を持って、スポットライトを駆使して往時の彩色を蘇らせるという夏とクリスマスシーズンにのみ行われるページェントだ。ただモニュメントに光を当てるだけのライトアップとは全然違うものなのだ(…と思う、多分)。

ホテルから大聖堂前の広場までは普通の大人なら徒歩6〜7分というところだが、ヒナコの足なら15分みなくてはならない。ここにさらに「4階分の階段を降りる時間」を計算に入れなくてはならないのだ。この時間がまた、半端ない。ええ、年寄りがみんな口を揃えて言うことですけどね、階段は昇るより降りる方が何倍も時間かかるんですわ……
予想以上に、ええ、遙かに予想を上回る時間をかけてヒナコは階段を降りた。ひゃー5分近くかかったよー。急がせると心臓バクバクになってしまうので、「うわーん、始まっちゃうよぉ」と、どんなに気持ちが急いでもそぞろ歩きペースは崩せない。とほほ。

時計の針がちょうど19時を指した時、まだ私たちは聖堂側面の道をよちよちと歩いていた。西正面前の広場に人々が集まってきているのが見えるが、ラッキーなことに、まだ始まっていないようだ。いつ始まっちゃうか今にも始まっちゃうんじゃないか気持ちだけあせりつつ、それでも歩みはよちよち(笑)。なんとか広場に到着し、よさそうな立ち位置を確保してもまだ始まっていなかった。こういう場合は日本以外の国の時間がルーズなところがありがたい。雨は完全に上がっている。よかったー。

19:10、それまで大聖堂にはいわゆる普通のライトアップがされていたのだが、その照明がフッと消され聖堂は夜の闇の中に一旦沈み込む。ザワザワと待っていた観客たちも一瞬沈黙する。わずかな間をおいて正面の薔薇窓だけがふわっと色づき、観客たちの間に「おおおおおーっ」とどよめきがあがる。ジャジャジャーンという音楽、そして何やら前フリ語りが男女の声で交互にアナウンスされるのだが……。この語りは結構長くて、いろいろ説明をしているんだろうけど、フランス語で男女で喋られるとどうしても愛を語らっているように聞こえてしまうのは何故かしら。ドイツ語だと喧嘩しているようだし、関西弁だと漫才みたいだし(笑)。

徐々に音量を増してゆく音楽をバックに男女の語りは続き、薔薇窓もその彩度を濃くしてゆく。見つめていると、いつの間にかファサードの彫刻にほんのりと色がつき始めているのに気づき、気づくと同時にその色はどんどんと極彩色へと変わってゆき闇の中に輝くように浮かび上がってくる。
スポットライトで彫像に彩色するってどういうこと? どうせプロジェクターでスライドを投影するようなものなんでしょ、とか思っていたのだが、どうしてどうしてコレは素晴らしい。すぐ傍まで近寄ってじっくり見ることも出来るのだが、顔や手足は肌色に衣は赤・青・黄・緑・紫……なんて緻密に計算されつくしたライトアートなんだろう!
中世の時代、本当にこんな彩色がされていたとしたら? 現在のように色や光が溢れているわけではない時代、染料というものは高価なもので庶民の衣服や住まいは基本的に「茶色」ばかりだったはず……。この鮮やかで艶やかな色たちは、どれだけ綺麗で神々しい特別なものとして目に映ったのだろうか。

夢のように綺麗な光のページェントだった

本当に直に彩色したかのよう

扉口真下まで行って見上げる。中央の審判を下すキリスト像は青い瞳をしている、掌には磔刑の釘の血痕がある……そんな細部までもが再現されている驚き

時折、夜空に流れる雲が映し出され、天上にいる心持ちになる

この彩色照明ショーはだいたい45分くらい。BGMは流れているが、基本的に同じライティングのまま大きな変化はないので、寒さに挫けて観客も少しずつ減っていく。私たちもいくらカイロを貼り付けて厚着しているとはいえ、足元からきっちり冷えてきたので、適当な頃合で帰ることにした。

静かな田舎町で地味な夕食

せっかくなのでちょっとだけ大回りして帰ってみることにした。さっきは通っていない商店街を歩いてみる。運河沿いのサン・ルー地区は綺麗に整備されているが、こちら側はどうということのない普通の街並。この時間(まだ20時前)ショップはほとんど店じまい、観光客狙いではなさそうなレストランがポツリポツリと店を開けているだけ。通りにイルミネーション等の飾りつけもされてはいるが、どうにも田舎町っぽい地味〜な感じ。マルシェ・ド・ノエルの屋台もすでに大半が店じまい、子供のための小さなメリーゴーラウンドももうビニールシートを被せられて店じまい。

控えめなイルミネーション

マルシェ・ド・ノエルの屋台はそろそろ片付けの作業に入っていた

朝ごはんみたいな晩ごはん。ゴマたっぷりのパンも美味しいのだけど、ここフランスに於いてはバゲットのシンプルな美味しさがダントツですね。サンドイッチ半分ずつでもお腹いっぱいになってしまい、オレンジは明日の朝にまわすことにした(そのくらい昼食のボリュームは凄まじいものだった)

買い置きしておいたサンドイッチはとっても美味しかった。ゴマたっぷりのパンにチーズと生ハム、グリーンオリーブとタイムやオレガノなどのハーブが効いている。ちょっとポソポソしたような食感のチーズと刻んだオリーブとの相性がバッチリ。インスタント味噌汁とヨーグルトを添えて、何だか朝ごはんみたいなラインナップだったけど(笑)

本日の歩数、14473歩。ヒナコ連れてタラタラ歩いてるからね、まあこんなもんか。

 
       

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