しまった風邪ひいちゃった……

途中でヒナコに睡眠を中断されることなく朝を迎えることが出来たが、その目覚めは決して爽やかなものではなかった。頭……重い。喉……痛い。身体……だるい。熱っぽい……ような気もする。少し下痢気味。うわー、もしかして、風邪ひいた……?
身体を温めるといいかもしれないと熱めのお風呂に浸かってみた。
お湯に浸かっている時は気持ちがいいような気がしたのだが、あがってみたら余計具合が悪くなってきてしまったような……。

今日はカフェで朝ごはん食べようかと考えていたから、パンやヨーグルトなどの買い置きはなく昨日の残りの果物があるだけ。とりあえずインスタントの味噌汁とポタージュスープを作って朝食代わりとする。もうちょっと何か口にしたいなあという気持ちはあるのだが、朝食込みの予約ではないだけで階下へ行けば別料金で食べられるのに、身体が動かない。まず「身支度しよう」という気持ちにすらなれないのだ。
昨日知った衝撃の事実のように、ヒナコは空腹感を感じないヒトなので、果物と味噌汁だけの朝食でも辛くはないのだろうけど(もっと食べようと思えば食べられる、食べなくても平気)。
彼女は昨日の「ベトナムうどん」が大変お気に召したようで、元気も回復した様子だ。ま、ほとんど一日中寝てたもんね。

さて、私がこんな状態で、今日の予定……どうしよう?
このホテルは2泊するので、チェックアウトの時間を心配する必要はない。予定としては日帰りでプロヴァンという街を訪ねるつもりだったが、どうするかしばし悩む。私の具合が悪いまま遠出してしまって大丈夫か? すぐホテルに戻って休めるようパリ市内の観光の方がいいのではないのか? 悩んではみるが結論は出ない。身体の調子に今ひとつふたつみっつ自信が持てないのだ。申し訳ないけれどもう1時間ほど眠ってみていいかな。少し具合よくなるかもしれないし。

1時間経過。

なんだか体調は代わり映えしない。たいしたものは食べていないのに胃の中がもたれていて、相変わらず下痢気味だ。私は香辛料や油などに中ることは皆無に近いので、風邪で胃腸が弱ったせいだと思う。1時間眠ってみて、あんまり良くもなっていないが、このままどんどん悪くなっていきそうな感じもしない。せっかくフランスまで来たんだから出かけることにしよう。パリ市内にするかプロヴァンまで日帰りエクスカーションをするかギリギリまで悩んだが、都会で人だらけのパリに比べ、鄙びた田舎町の(おまけに多分観光シーズンオフ真只中の)プロヴァンの方が10倍気を使わないし歩きやすいんじゃないかという結論が出た。よし! 行くぞ! 気合いを入れてガムテープのようにベッドに貼りついてしまった身体をべりべりと引き剥がした。

なかなかしんどいプロヴァンへの道

ところで、プロヴァンってどこ? フランスに行くと言うと「フランスのどこ? 南仏? プロヴァンスとか?」と聞かれることが多い。かつてのベストセラー本の影響か日本人には大人気の南仏のプロヴァンス Provence。でも、今日行くのはプロヴァン Provins [WEB] というところ。パリの南東80km、南仏とは全然違う場所にある小さな田舎町なのだけど「中世市場都市プロヴァン」という登録名を持つユネスコの世界遺産なのである。

私がこの町の名を知ったのは2006年の7月下旬にNHKで放映した『世界遺産・フランス縦断の旅』という8日間連続の生中継の番組でだった。美術評論家の先生と2人の女性アナウンサーとが毎日違う町を訪ね、パリからマルセイユまで縦断していく。そこで3日目あたりに登場した場所で、初めてその名を知り、行ってみたいなあと思ったのだ。なぜ日時までをこれほど克明に覚えているかというと、この8日間はヒナコが乳癌の手術のため入院した日程としっかり重なっているからだ。

パリからプロヴァンへは、東駅から Transilien と称されるパリ首都圏の近郊鉄道網の電車で1時間20分。プロヴァンへは1時間に1本くらいしか本数がない。

>> 長距離列車の発着するターミナル駅が始点でパリ中心部に直接乗り入れていないのが Transilien と RER の違うところ。緑の木の葉にTの文字が白抜きされたマークが目印で、切符もこのマークのついた販売機で買う。フランスの列車や電車、いろいろ複雑っぽくて戸惑うけれど理解してしまえば結構大丈夫!

普通の体調なら東駅発09:45の電車に乗れるのだが今日は無理そうなので、次の10:45を目標にノロノロと身支度開始。浮腫んだ顔に化粧を施してなんとかまともな顔色にし、首にぐるぐる巻いたストールにカイロを内蔵し、腰にもカイロを内蔵し、帽子を目深に被ってようやく完成。のたーっとした動きしか出来ないが、同行者はヒナコなんだからかえって都合がいい。よし! 行くぞ! またも気合いを入れ、とはいえ気合いのレベルにそぐわないのたーっとした動きでエレベーターに向かう。ところがエレベーターの扉には、デカデカと Out of Order の貼紙がしてあるではないか。えええー、故障中ですと? 昨日のホテルに続いてまたも階段使わないとならないんですか !? こんな時に限ってまったくもう!

メトロの入口から地下に降りて販売機で Mobilis という一日乗車券を購入、そのままメトロの改札をスルーして国鉄駅の方向へ。Mobilis とは決められたゾーン範囲の Transilien、RER、メトロ、バスが乗り放題の切符で、パリ中心部がZONE1でZONE6まで外側に広がっている。プロヴァンは一番広い範囲の1-6でOK。どうしてわざわざこんな手間をかけるかというと、Mobilis 1-6 の値段は €17.30で、パリ〜プロヴァンの運賃は片道 €10.30。単純往復するだけですでに €3以上もお得。今日の体調ではどこまで有効利用できるかわからないけれど、パリに戻ってからもいろいろ乗り放題になるので、そのお得感には底知れぬモノがあるわけ。

東駅構内は北駅のそれに比べて、だいぶ明るい。今日のようなどんよりした空模様でもそれなりに太陽光が入ってくるようで、季節によってはずいぶん爽やかな感じになるんじゃないかな?
相変わらず身体はだるく、胃も重苦しく、首のリンパも腫れている。喉の痛みもひどい。喉飴みたいなもの入手出来ないかなと売店を覗いてみたら、それらしいパッケージのものがたくさんあるじゃない。こういう時は冒険するの怖いもんね、とりあえず確実に味を知っているスイスのハーブキャンディ Ricola を買うことにしたのだが、フレーバーが10種類くらいある。日本にはノーマルとレモンの2種類しかないのにね。これほどにお菓子がバラエティ豊かな日本で発売されていないということは、恐らく日本人の味覚には著しく合わないのであろうとの判断のもと、レモンフレーバーを選んだ。Evian とレモンフレーバーの Volvic も一緒に購入。

プロヴァン行きの電車はピカピカに新しく内装もフランスらしいお洒落な色合いだったが、申し訳ないくらいにガラガラで同じ車両には私たちの他に2人しかいない。隣の車両も同じような感じ。時間帯のせいなのか、季節のせいなのか。終点なので乗り過ごす心配はないし、空いていればそうピリピリに神経を尖らせず少しぐったりしていても大丈夫そうだ。

車窓の風景などは何も覚えていない。喉がカラカラヒリヒリなので500ccの水を一気飲みし、連続して6〜7個ハーブキャンディを舐め続け。喉の痛みは和らいできたのだが、1時間あまり電車に揺られているうちにどんどん気分が悪くなってきて、胃の辺りがムカムカ、下腹部にもきゅうぅぅぅっとさしこむ痛み。到着寸前、猛烈な吐き気に襲われ車内のトイレに駆け込んだ。吐いたのはもう3時間以上も前に食べた果物とポタージュスープ。うあー……大丈夫かなあ、私。

ちっちゃな町のちっちゃな入口

もう少しぐったりしていたかったのだが、プロヴァンの駅に到着してしまった。年寄りのヒナコを連れて異国の地にいるのだからシャンとしなくては!と思うのだが、依然胃のムカムカは静まらず、下痢気味なので下半身に力が入らず、頭も朦朧としている。つぶさに観察する余裕はなかったのだが、降りた乗客は10人もいなかったかもしれない。プロヴァンの駅はどう見ても「ローカル線の田舎駅」の風情で、世界遺産の町の玄関口とは到底思えないこじんまりっぷり。

駅は町外れにあるので駅前に出ても閑散としていて殺風景なことこの上ない。だいたい観光案内所が駅にも駅前にもなくて、歴史地区をはさんで正反対の場所にあるのだ。そこは無料駐車場のある広場だそうで、自動車で来る人には都合がいいのだろうけれど、鉄道利用者にとってはホントに不便だ。地図くらい置いておいてくれればいいのに。
でも一応そういう情報は出発前にリサーチしてあったので、観光局のWebサイトから地図をダウンロードしてプリントして持ってきたのだ。知らないで来ていたらどっちに行っていいか困っちゃったろうなぁ。

>> プロヴァン観光局のWebサイトは使える。現地でもらえるパンフレットと地図をPDFファイルにしたものが言語別にダウンロード出来、ちゃんと日本語版もある。鉄道で行く人はプリントして持って行くことを推奨します

人も車もほとんど通らない道路に出てヨタヨタと歩き始めたところ、後ろから若い青年2人が声をかけてきた。彼らは詐欺やキャッチセールスなどではなく、具合の悪そうな私を気遣ったわけでもなく、絶対にナンパ目的の可能性はありえず、他に尋ねる人が誰もいなかっただけにすぎない。でもフランス語で尋ねられても全然わからんのよ。
「なんとかかんたらプロヴァンなんたらかんたら?」と語尾が上がりプロヴァンという単語が聞き取れるので、プロヴァンに関する何かを尋ねているんだろうとは思うけど。多分「町の入口はどっち?」だろうね。とにかくこの簡素で閑散とした殺風景さは、予備知識なしで降り立ったら戸惑うこと太鼓判! 大抵の場所で通用する「観光客らしい人の後を着いていけばいいや」が出来ないんだものね。

彼らは青ざめて頭がボーッとしている中年東洋人に尋ねてもラチがあかないことを瞬時に悟り、去っていった。半病人と年寄りの二人組は結局、彼らの後を追う形に。小さな川を2回渡ると、古そうな石造りの家や木組みの家がポツポツ現われ始めた。お、おお、おおお? なんか、なんかさぁ、良さそうな感じじゃないのぉ? 相変わらず胃は気持ち悪いし身体はだるくてたまらないのだが、少し気分が上向いてくる。

町に入って最初にあった木組みの民家。ブルーグレイに塗った木組みの色もピンクの漆喰の壁の色も妙に可愛らしかった

駅から入った側は新市街ということになるらしい。"新" といっても19世紀の頃、13世紀頃の旧市街に対しての新なので、現代から考えれば十分歴史ある町並なのだ。

静かなプロヴァンの新市街

それにしても静かだ。人もほとんど歩いていなければ車もたまにしか通らない。霧雨とも小雪ともつかない空模様のせいもあり、路上駐車した車がなければ打ち捨てられた古い映画セットの中に紛れ込んだような心持ちになる。
とりあえず中心部らしき方向に向かって歩いてみる。ほどなくちょっと変わった形の小さな教会が面している広場に出た。サン・タユール教会 Église Saint-Ayoul という名のこの教会は、綺麗にリストアしてあるけれど1000年の歴史を持つ古いものらしい。ファサードのブロンズ彫刻は有名な現代彫刻家のものとか。ルーブルのガラスピラミッドもそうだが、フランス人って新旧を融合させるの好きだよなあ……。

今まで見てきた中にはなかったタイプの形をしているサン・タユール教会。中世の時代、この教会前の広場では交易市場が開かれていたらしい

妙に胴長な聖人たちは顔だけが削り取られていた

古い彫刻と新しい彫刻の融合された扉口。ブロンズという素材が1000年前のものと比べて新しいわけだが、彫刻自体はオーソドックスな感じでちっとも違和感はない。それよりも石の彫刻がことごとく首を削がれていることの方がびっくりした

ゴシック様式の教会ではないのだが、扉口上部の飾りアーチや柱の聖人像などはアミアンの大聖堂のものと構造が似ている。アミアンの聖堂の飾りアーチは首が裏返るほど仰がないと見られなかったが、ここは手を伸ばせば届きそう。ただ、どの彫刻もみんな首がもげている。意図的に首チョンパしたようでスッパリ落とされている。うーむ、1000年もの間にはたくさんのことがあるはずだよね。
教会内部は祭壇なども地味で質素ながら綺麗に手入れされていたが、人っ子一人いないのでかえって落ち着けない気持ちになり、見学もそこそこにそそくさと出てきてしまった。

しっとりした趣のノートルダム・ドっ・ヴァルの鐘楼。ちなみに、鐘はサン・タユール教会にあったものだとのこと。側に寄って見上げてその下をくぐってみたかったのだが、「通行止め」の立て札が

広場から伸びているコルドネリ通り Rue de la Cordonnerie をさらに進むと、並ぶ店の隙間からノートルダム・ドゥ・ヴァルの鐘楼 la Cour Notre-Dame-du-Val が顔を覗かせてくる。この町の「いわゆる繁華街」といわれるエリアなのだろうが、お店も半分くらい閉まっていて歩く人もたまにしか見かけず、ひっそりとしている。
駅に降り立ったのが12時10分頃だったので、昼食のことを考えなくてはいけない時刻になっているのだが、どうしてもそんな気分になれない。朝ごはんをしっかり取ってきたならともかく、果物とインスタントのスープだけ。私はそれすら全て戻してしまっているのだから、胃は空っぽだ。

ヒナコにはちゃんと食べさせた方がいいとは思うのだが、今の私は、店外に漂ってくる肉の焼ける香りにすら「う。…おえっぷ」な状態なのだ。カフェのような店であれば、ヒナコにはランチプレートとかサラダなどを取って私は飲み物だけということが出来るのだけど……。「この時間は食事オンリーですよ!」という雰囲気のビストロや、ケバブやピッツァの店などがちらほらあるのみ。困ったなあ。

>> 季節や曜日によるのだろうが、ちょっと休憩できそうな場所がホントにない。そもそも飲食店の絶対数が少ない。この辺りは観光客も通り抜けはするけれど基本的に生活圏のようだ。いかにも地元の人向けの小さな店の扉に「Déjeuner €8」などと書いてあり、値段としては安いのだが……

お腹は空っぽな感じはするのだが、とにかく胸から胃にかけてが気持ち悪くてたまらない。時折下腹部にさしこみが来て、どこかに腰をおろしたいのだが、入れそうな店がない。晴れていれば、そこらのベンチか広場の石段にだって腰掛けてしまえるのだけどね。雨の日の観光って「ちょっと一休み」がしづらいのが難点。

コルドネリ通りの街灯に飾りつけられたもの。日本だったらペナントとか吊り下げちゃうだろうに……。もお! なんて可愛いのかしら♪

駅からサン・タユール広場に向かう通りの飾り。色合わせのセンスがダントツに素晴らしく、数メートルおきに並んでいてとっても華やか

サン・タユール広場のツリーは結構大きい

三叉路のちょっとした植え込みにまでツリーが飾られている

「気持ち悪いオナカ痛い気持ち悪いオナカ痛い気持ち悪いオナカ…」エンドレスで押し寄せる吐き気と腹痛。不思議なんだけどこういう極限状態の時って、真に欲しているものに対するアンテナが鋭敏になるものなのだ。歩いていて、なんの変哲もない地味な四角い建物が目にとまる。普通なら気もつかない上に素通りしてしまいそうな建物だ。でも、なぜかそこから目が離せなくなって、フラフラと引き寄せられるように。こちらに見えていたのは裏側だったので回りこんでみると……なんとなんと! 公衆トイレではないですかあ !!

>> 日本のトイレ事情をベースに考えていてはいけません。ヨーロッパの街中には公衆トイレ、ホントに少ないのだ。大抵はカフェやレストラン、美術館や観光スポットなどなど「お金を払って入る場所」で済ませるのだが、この日はそういう場所に入れなかったので

神様が私を哀れんで配置してくれたかのようなトイレから出ると、そこはサント=クロワ(聖十字)教会 Église Sainte Croix の裏側に面した広場。切羽詰っていて気づかなかったけど、こんな場所にもちゃんとクリスマスツリーが飾ってある。トイレ方向に道を逸れなかったら、この教会見つけられなかったかも。
ちゃんと後陣と交差廊のある──つまりきちんと十字の形をしている教会で、交差部には尖塔もあって、ミニサイズではあるけれどなかなか全体のシルエットは美しい。正面に回ってみたが、扉は閉ざされていて内部は見られないようだ。正面の彫刻は結構緻密なのだが、カビで黒ずんでいて、あまりキチンと手入れされていない感じ。教会前の石畳の路地や石積みの壁もとても味のある古び方で、カビっぽい彫刻にちょっと目をつぶれば、この教会周辺の景観はなかなかに雰囲気がいい。

サント=クロワ教会の優雅な後ろ姿。ちょっとした広場には必ずツリーが飾ってある。このツリーの陰にトイレがあった

教会横の石畳の小道にもとても風情がある

閉ざされた扉のまわりの彫刻自体は精緻なものだったが、黒黴で汚れていた。観光シーズンには綺麗にしてもらえるんだろうか……

適度に町並の景色を楽しんで歩いてはいるのだが、ついさっきトイレに行ったばかりなのに「気持ち悪いオナカ痛い気持ち悪いオナカ痛い気持ち…」のループは止まらない。カイロを首筋と背中と合計3枚も貼りつけているにもかかわらず、背筋と腰周りがゾクゾクする。風邪ひきと雪混じりの霧雨とのダブル攻撃で身体が冷え切っている感じだ。とはいえ、完全に雪にならず雨なのだから、数日前までの超大寒波の日々に比べて今日の気温は上がっているのだと思うが。

>> 朝、TVの天気予報では最高気温2℃最低気温0℃となっていた。マイナスでないだけ良しというところか……

道沿いに並ぶ建物の種類が変わってきた。人は少ないけれど一応「商店街」だったのだが、古い石造りの苔むした家が目立ち始める。このあたりから旧市街=中世都市エリアとなるのかな? 世界遺産の核心部だ。周辺の雰囲気はしっとりと落ち着いているのだが、私の下腹部のさしこみはかなり大変な状態になってきた。背筋に悪寒が走っているくせに脂汗は滲み、貧血の予兆の白い星が飛び始める。そんな状態では絶対に目の焦点が合わないものなのに、何故かある一点に視線がロックオン! 近眼な私の目が捉えたあるものとは……。それは数メートル先の建物脇の半地下への階段、その先の扉についた「WC」の小さなプレート。ううう、またも天の配剤があぁぁ! 神様、感謝ッ !!!

セザールの塔ってどこよお!

手にしている地図はダウンロードしたPDFをインクジェットでプリントしてきたもの、粉雪混じりの霧雨の中、広げては眺めしているうちにインクが滲んでほとんど読めなくなってしまった。
古い町並をのんびり散策するだけでも楽しいプロヴァンだが、メインの観光スポットであるセザールの塔 Tour Césarサン=キリアス参事会聖堂 Collégiale Saint-Quiriace には行っておきたい。時間に余裕があったらグランジュ・オ・ディーム「十分の一税の穀物倉」La Grange aux dimes の見学もしたい。地図はよくわからなくなってしまったけれど、セザールの塔は町の高台にあるのだからとにかく坂道を登っていけばそれらしい場所に出るだろう。

後で地図を見たら、この建物がガイドツアーで見学出来たところだとわかった。半地下のトイレを使っただけだった(それも3回も)

石造りの建物が並ぶ坂道

ひっそりと静かな町。黒ずんで苔むした石の壁にも風情がある

車の姿さえなければ13世紀にタイムスリップしたんだよと言われても信じてしまいそう

トイレを使った建物(後で知ったが、かつて貧民を受け容れた救済病院だった建物で、施設や地下ダンジョンなどが見学出来たらしかった)の前に続く長い坂道を上る。最初はとても中世の姿そのままのような石造りの建物が並んでいたのだが、だんだんその数が疎らになり、可愛らしく絵になる色形であっても中世のものとはちと雰囲気違うのでないの?という民家もチラホラ混ざり始める。なんだか城壁の名残りみたいな石塀と、その向こうには冬枯れているブドウ畑となにかの畑が広がっているのが見える。ところどころ白い雪帽子を被っていてそれがアクセントになっていて、雰囲気はいい。確かに絵になる風景ではある。でもこれは「中世市場都市」という風景とはちょっと違うのではないかい?? なんか鄙びてくるばかりで「山の手」とか「町の中心」とかに向かっている感じがしないんですけども。

なんて可愛らしい色! 隣の家は水色だった。そのまた隣はクリーム色。道が狭くて全部まとめて撮れない

赤い鎧戸とゴロゴロした石積みが素敵な家。新しい家でも周辺との調和を壊さないものが建てられているのね。
この道はとても見晴らしのいいところ。この家の人は毎日この風景を見て暮らしているんだなあ……
でも明らかに「町外れ」っぽい

どうも違う方向に進んでいる感じがするので、一旦坂道をトイレの建物(違うってば)まで戻ってみる。勿論もう一回トイレを借りてから、今度はその脇の路地っぽい階段を登ってみることにした。
私は「階段のある路地」とか「高みから見下ろす屋根の連なり」の風景が好きで、ここもとても絵になる素敵な景色なのであるが、なんか違う。写真で見たセザールの塔も参事会聖堂の特徴ある屋根も見つけられない。そもそもプロヴァンの情報は少なくてガイドブックにもほとんど載っていない。たまに載っていても1ページくらいだったり写真だって切手くらいのサイズだったり、ウェブ上の旅行記の数も他の場所に比べて少ないしで、とにかく事前に見られる町の写真は多くはない。変な先入観を持たないで見られるという利点もあるのだけどね。

冬枯れてはいるけれど、眼下に広がる田園風景と古い町並は心洗われるものだった。この風景をセザール塔の上から見るはずだったのに……!

高台っぽい場所にはいるのだが、やっぱり何か違っている気がする。あまりにも人がいなさ過ぎる。いくらシーズンオフの平日といっても曲がりなりにも世界遺産なんだし、天気が悪いといっても小雨だしそもそも冬場はほとんど青空なんて出ないんだから、もう少しくらいは観光客の姿があってもいいんじゃなかろうか?

結局、またもトイレの建物(だから違うって…)まで戻り、別の方向へ行ってみることにした。で、せっかくトイレの側を通ったのでまた使わせていただく。いやぁビロウな話で恐縮ですが、もう上からも下からも何も出ないのですわ、出尽くしてしまった感じ。それでもなおトイレがあると行かずにいられないというつらさ……。
胃袋が空っぽになって何時間もたっているのだから吐き気はさすがに治まってきたが、相変わらず下半身には力が入らずグニャグニャだ。何か食べる気持ちも自信もないけれど、せめて腰をおろして休憩をしたい。そう願っても立ち並ぶのは民家ばかりで、カフェなどが一軒も見当たらないのだ。ここは旧市街ではあるけれど観光客を集める中心部ではないってことだろうか。

核心部には辿り着けないし、身体は絶不調だしで、だんだん投げやりな気分になってきた。…もうパリに帰ろうか。
駅に引き返そうかと歩き始めたところで、四つ辻の石壁に「PROVINS-CENTRE」と小さな標識があるのに気がついた。えー、中心部はあっちなの? 一応地図を頭に入れて町歩きを始めたはずなのだったんだけど。見当違いのところをクネクネ歩き回っていたってわけ??
いろいろ思い返してみたのだが、駅から町の中に入って道なりに進んでくれば、自然にこの四つ辻に着いたはずである。なのに迷ったのは何故か──? 頭の中が半分以上「トイレトイレ、トイレはないか」という思いに占められ(だからこそトイレに特化してカンが研ぎ澄まされ、見つけにくい場所でも発見したのだとも言えるが)その他の標識に対してのカンは鈍ってしまって、結果どんどん道を逸らしていった……と。そういうことかな。

「プロヴァン中心部」と「ツーリスト周遊コース」の立て札。いったい私は、何をどう見ていたのだろう? この周遊コース通りに辿れば効率よくプロヴァン観光が出来たのに

中心部へ行く方向がわかったのだから、行ってみようかな。だけど、半病人の私とヒナコの足では高台まで登るのがやっとで、見学する時間ないかもしれないな。日暮れも早いことだし……。
不完全燃焼で後ろ髪ひかれまくりのプロヴァン探訪だったが、すっぱり諦めてパリに戻ることにした。私はこの町の風景が気に入ったので、木々の緑が鮮やかで花々が艶やかに咲き誇る季節に、青い空の下でもう一度きちんと見てみたいと思ったのだ。中世そのままが凍結保存されたこの町並には、雪とノエルの飾りつけも似合うけれど、青空と花と緑はもっともっと似合うはず。だからいつか再び来てみようと思える理由づけとして、肝心なものを見残していた方がいいんじゃないかと。夏の季節なら日も長いし、中世野外劇や鷹狩りのショーなどの催しもあるみたいだし、なんせパリから1時間半という距離なんだものね。

トイレ通いに終始したプロヴァン探訪だったので、トイレねたをひとつ。
途中で見かけたワンちゃん用の汚物入れ。御丁寧にビニール袋も置かれているのだ。そーっと覗いてみたら空っぽだった。片付けられたというよりは、滅多に入れられたことがないのでは?というキレイさだった。現にここから数メートル先に「ブツ」は落ちていたし……(笑)
フランス人の皆さん! 気取ってないで犬のフンをなんとかしなさいッ!!

駅へと戻る道、ランチタイムを過ぎた飲食店はほとんど閉まっていたが、一軒だけカフェとして営業していた。電車の時刻まで20〜30分くらいは余裕がありそうだったので、本日初のお茶休憩を取ることにした。サンドイッチのようなものを頼んでいる余裕はなかった。日本の常識でははかれないからねー、すぐ出てくるとは限らないのだ。うっかり電車逃すと次は1時間後だもん。チョコレート好きのヒナコにはショコラを、まだ胃の調子がよくない私は大好きなコーヒー(一日に5〜6杯がデフォルト)を飲む自信がなく温かいミルクを頼んだ。あーお子ちゃまなワタシ。冷え切った身体と歩きづめだった足腰には、暖かな室内と温かな飲み物はしみじみ嬉しかった。

パリに戻っても体調は戻らない

プロヴァン発15:45パリ東駅行きの電車もやはりガラガラだった。うっかり眠ってしまってもスリなどに遭わないよう、コートの内側にバッグをしっかり抱きかかえてぐったりすることにした。ホットミルクを飲んだ時はとても美味しくしみじみ臓腑に染み入る心地がしていたのに、電車の揺れがいけなかったのか、到着寸前トイレに駆け込んで全部戻してしまった。ううう、どうしたんだ、私の胃袋……。

プロヴァンよりパリの方が都会で人や車が多い分、気温が高いような気がする。雨は上がっていた。でも空気中に湿気が残っている感じで、風邪ひきの痛む喉には助かる。ホントは東駅からそのままパリ市内に繰り出すつもりだったが、少しだけ横になって休憩しておこうかな。ああ、駅前のホテルでよかったー。
……と喜んだのも束の間、朝故障していたエレベーターは引き続き故障中のままだった。えー、階段登らなきゃならないのかよ。半病人と年寄りだっていうのに。

アサインされた部屋が2階(日本式の3階に当たる)だったのが不幸中の幸い。よろよろ登ってすぐさまベッドにばったり。でもさ、朝の時点ですでに故障してたんだから日中に修理しておくよね? 今日は日曜ってわけじゃないんだし。
「客商売なんだから直しておくものなんじゃないの?」ヒナコはご立腹な様子だが。
うーん、日本ほど「お客様は神様です」な感覚じゃないんだよ、きっと。払った金額に応じてサービスもシビアに比例していくんだと思う。安い二つ星だからねぇ……ここ。
「苦情こないのかしら?」くるかもしれないけどね。レセプションの人は「ご不便おかけして申し訳ございません」とか言わないよ、絶対。だって「僕が壊したわけじゃないもーん」って思ってるから。日本だったら「自分のせいじゃなくても、とりあえず謝っておけ」だけどね。

少し横になろうかと思ったが、そのまま眠ってしまいそうなので、30分程度の休憩ですぐ出かけることにした。どのみち晩ごはんを食べに出かけなくちゃならないのだし、だったら無駄に出遅れないでするべきことを済ませて、快復のため少しでも早く眠った方がいい。
ホットミルクすら吐いてしまったので(あれは電車の揺れが多分にいけなかったのだと思うけど)出来るだけ胃に優しそうなものがいい。続けざまの嘔吐と下痢で胃も腸も洗ったように空っぽなので、とにかく何か食べた方がいいに違いない。身体も冷え切ってしまったので温まるものがいい。ということで、ポトフを食べようということになった。ポトフは "ザ・家庭料理" なのであまりレストランで出されるものではないが、オペラ座近くに専門店があり、いっぺん行ってみたいと思っていたのだ。

駅前の Mono'p に寄ってミネラルウォーターを購入。フランスは外食は高くつくけれど、基本的な食料品の値段は安いからね。いつもの私ならウキウキとスーパーマーケット・ウォッチングをするのだが、今日はその気力が出ず軽く店内を流し見ただけ。パック詰めのサラダやサンドイッチの種類も多いので、節約旅行の若い人たちで大行列。エビアン2本買うのに20分くらいかかってしまった。

ノエル色に染まった2大デパートへ

オペラ座裏手のオスマン大通り Bd.Haussmann にはパリを代表する2つのデパートがある。もともとが賑やかで華やかな場所なのだが、この時期のイルミネーションとウィンドウ・ディスプレイは特別なのだ。パリに住む人たちにとっても風物詩のひとつで、毎年点灯式には華々しく大物ゲストを呼んで、観光ツアーにも含まれるほどの人気ぶり。これは見なくっちゃ、ぜひとも見なくっちゃ! 一駅手前でメトロを降りてイルミネーション見物しながらレストランまで歩くことにした。

壁一面を使ったギャルリー・ラファイエットのイルミネーション。キラキラと点滅を繰り返し、きらびやか! 艶やか!
これは幅の一番狭い面。側面部もだだ−ッとキラキラで埋め尽くされている

7号線の Chaussée d'Antin La Fayette 駅から地上に上がると、いきなり真正面にギャラリー・ラファイエット Galeries Lafayette [WEB] の繊細なレース編みのような電飾がどーーーん!と現われる。神戸ルミナリエと東京ミレナリオをデザインしたイタリア人アートディレクター、ヴァレリオ・フェスティ氏の手によるもので、なるほどよく似ている。外壁全体を覆う暖かみのあるオレンジの灯りがとてもいい。私は最近の日本に多い青色LEDだけの電飾は冷たい感じがして好きじゃないので。

外壁の装飾も見事だが、必見なのは子供向けに作られるショーウィンドウのディスプレイ。つまり、子供の欲しがりそうなおもちゃをたくさんディスプレイされているわけだが、それが夢いっぱいのミニ劇場仕立てになっているのだ。ぬいぐるみや人形が歌ったり踊ったりしていて、その可愛いらしく楽しいことといったら。フランスではモノの年間売上の25%がノエル前の2〜3週間に集中するというから、デパート側だってリキ入れて陳列するわけである。夢と商魂がバッチリ詰まっているのだ。まあ、あんまり斜めに見ないで純粋に楽しもうか。
今年は "ミュージカル" がテーマということで、白熊が足ひれと黒い海パンで踊る『マンマ・ミーア!』、傘をさしたテディベアたちがふわふわ舞い降りる『シェルブールの雨傘』、サーキュラースカートやリーゼントの人形たちの『ウエストサイド・ストーリー』etc、etc。私は、サンタ服のぬいぐるみがラインダンスする『ザ・ロケッツ』が一番気に入った。

子供たちのが夢中になっているウインドウディスプレイは大人が見ても夢に溢れていてとっても楽しい。お立ち台の坊やたちはノリノリで踊りまくり

ウィンドウの前には手すりのついたお立ち台が設置されていて、複数の子供たちがかぶりつきで夢中になっている。食い入るように見つめたまま微動だにしない子、ぬいぐるみの動きに合わせてぴょんぴょん飛び跳ねる子、「ほら、もう行くわよ!」とお母さんに手を引かれ振り返り振り返りしていく子。ウインドウに見入る我が子を激写しまくる親バカさんたちもいっぱいいる。見ているこちらも微笑ましい。

それにしてもすごい人出。上を向けばキラキラ電飾の光の花道なのだが、前に目をやると歩道にびっしりの人、人、人。筋金入りの人混み嫌いのヒナコ、最初こそウットリと見ていたが、だんだん嫌そうな表情になってきた。
「すごく綺麗」「人が少なければいいのに」などと思い切り矛盾したことを言いやがる。でも実はこの人混みから抜け出したかったのは私の方だった。背筋に走る悪寒と全身の倦怠感がひどく、立っているのがちょっとつらかったのよ。
もうひとつの老舗デパートプランタン Printemps [WEB] は外観を遠目でざっくり眺めるのが限界で、個々のウィンドウまで見物する気分になれなかった。というより人混みをかき分けてウィンドウ寄りの歩道に近づく気になれなかった。人の隙間から垣間見た感じでは、こちらはモード色が強いスタイリッシュなディスプレイだったように思う。

ドームが印象的なプランタンのイルミネーションは赤とピンクが基調。ピンクのネオンなのに雰囲気がエロ方面にいかないのは、さすがと言おうか

あったかポトフで暖まる

ギャラリー・ラフェイエットの端からプランタンの端までオスマン通りを歩き、交差点を折れて細いビニョン通り Rue Vignon をしばらく行った辺りにポトフ専門店〈Le roi du pot au feu〉はある。その名も「ポトフの王様」、はぁー大きく出たもんだ(笑)。
早めに食事を済ませてなどと言いながら、ついついオスマン通りのイルミネーションに見入ってしまっていて、もう8時。
外の窓ガラスにはこの店の紹介記事の切り抜きがびっしりと貼られて、店内にも壁中に客の名刺が貼りつけてあるという、カジュアルな "観光客仕様" な内装。赤いわいわいと賑やかで活気のある下町食堂のような雰囲気だ。赤いチェックのテーブルクロスが可愛い。

さすがに人気店、テーブルは9割ぐらい埋まっていた。案内されたテーブルにつくと、すぐさま人の良さそ〜〜うな眼鏡のおじさんがやって来て「ポトフ、OK?」と聞いてくる。日本人には自動的にポトフとスープと聞くと決まっているようで、勿論それを食べに来たのだから異論はない。ポトフは2人前頼んだがスープは1人前にした。今日はワインを飲む自信はないので、飲み物はガス入りの水にしておいた。

スープはすぐ出てくる。野菜と肉のエキスが複雑に溶け合っていて美味しいが、ちょっと塩分がきつい。これは岩塩系の塩辛さだな。日本人は海の塩に慣れているからね……。肉料理には岩塩が合うのだけど、こうしてスープに溶けているとことさらに塩の辛みを強く感じる。
塩辛い上に結構スープの器も大きいし、でも飲み干さないとポトフ持って来てくれないのかな……? 3分の1くらい残したままスプーンを置いたのだが、眼鏡のおじさんはチラチラ様子を見ているだけ。なのでスープの器をちょっと脇にどけてみたら、すぐに目敏く気づいて「ポトフ?」と聞く。あ、やっぱりスープ飲み終わるの待ってたのね。

細い路地にある店なのでちょっと見つけづらいかも。紹介された記事がびっしりガラス扉に貼ってあり、こうなるともう立派にインテリアの一部だね

肉と野菜の旨味が抽出され溶け合い、美味しい。ボウルを両手で挟んで指を暖めるとなものこと幸せな気分

写真では迫力不足だけどすごい量なのよ。日本人には多いんだろうけど、普段の私ならこれくらいの野菜なら多分いけたハズ。肉は少し残るかな?

ポトフもすぐ出て来た。すごーくどっさり、これが1人前? ゴロンとしたすね肉2切れ、人参は丸々1本、じゃがいもも蕪もゴロリ、キャベツも葱もよく煮込まれている。テーブルに置いてあるマスタードをつけて食べると、なかなか素朴な味わい。
量は凄まじいことになっているが、お味はヒナコにも気に入ったようだ。「この半分でいいんだけど」とは言っていたが。よく煮込まれビーフのエキスがよく染みた野菜はとても美味しいと思う。胃にも優しく、今日の体調を考えればベストの選択なのだと思う。だからもっと食べたいのだが、半分くらいしか胃袋に入っていかない。肉に至っては喉を通っていかない。ナイフをキコキコさせなくても刃を乗せるだけでスッと崩れるくらい柔らかく煮込まれている肉なのだ。絶対美味しいはずなのに!

コレって冷めても結構美味しいハズ。勿体ないなーと思い、こっそりとお肉をタッパーに詰めてしまった。じゃがいもと蕪と人参も。あまりお行儀のいい行為じゃないって知ってるから自慢にならないけれど、私はコソコソっとこういうことするのが割と得意だったりする。ヒナコだとコッソリ隠そうとするあまり著しく挙動不審になって、かえって目立っちゃうのだけどね。勿論、自分の手でワインを注ぐようなカジュアルな店でしかやらないし、店員や周囲の状況だって鑑みる。私たちの席は一番奥まった場所で、カウンターとの間に衝立があって死角になる上に、私は背を向けていたから。お腹とテーブルの間に蓋を開けたタッパーをはさみ、くしゃっとさせたナプキンを膝上に置いて隠し、自然な感じでテーブルに置いた両腕で囲うように隠し、ナイフとフォークで適当に切ってはパパッとタッパーに落としこむ。あくまでさりげなく、さりげなく。にこやかに会話しているふうに顔は正面を向けたまま、タッパー内に落とす瞬間に視線だけ下に向ける。基本的にさりげなく。身体を曲げて隠そうとしてはいけない、背筋は伸ばしたままで。わはは、こんなセコい技術、解説してどうするんだ。

>> 基本的にはその場で食べます。あとね、食べ放題のところでタッパーに詰めて持ち帰るようなことは絶対に絶対にしませんからね!

肉の他に骨髄もあった。お皿の上の竹筒のようなものは牛の背骨。とろとろプルプルの髄をスプーンでほじくり出し、カリカリの薄切りガーリックトースト(サーブされたパンとは別)に塗って、粗塩をパラパラ振りかけて食べる。お味……? こってり濃厚な脂の香りで、普段の酒呑みの私だったら「旨ッ!」だったと思う。今日の私には「………おえ」だったのが残念でならない。

>> この骨髄が狂牛病の感染源になったんだよねー。今はもう喉元過ぎればなんとやら、な様子

通路を挟んで隣のテーブルに男女半々の日本人の若い4人客がいたのだが、大量のポトフに辟易しているのはむしろ男性のほう。女のコ2人は「うわーすごい〜」と言いながらも食べる食べる。ワインも飲む飲む。しっかりデザートもオーダーしていた。元気だったら多分私も完食したんだけどなあ……。なのに、野菜半分、お肉は一口、骨髄ひと舐めの体たらく。デザートと食後のカフェはやめておいた。
ポトフ2人前にスープがひとつとガス入りウォーターのボトル1本で計 €50.50。うふ。ごちそうさまでした!

42番バスでイルミネーション・ツアー

いつものようにモリモリ完食は出来なかったが、お腹は満たされ、どうやら吐き気もない。身体も暖まって気持ちもふんわりしてきた。もしかしたら熱っぽくてボーッとしているのかもしれないけれど……。
少し気持ちが元気になったら、このまままっすぐ帰ってしまうのが惜しくなってきた。でも歩き回るのはちょっとしんどいので、バスに乗るのはどうだろう? 路線バスでも結構車窓風景の楽しめるルートがあるのは下調べ済み。メトロに比べてバスの方がヒナコには使い勝手よさそうなのも昨日検証済み。だって今日いっぱいは Mobilis で市内交通が乗り放題なんだもの、どうせなら……とついさもしい根性が頭をもたげてくる

レストランを出て細い通りをさらに進むと、マドレーヌ寺院 Église de la Madeleine 裏側の高級食材店のフォションやエディアールのある広場に出る。フォションの前のバス停から42番のバスに乗った。

>> Mobilisは一回券や回数券と同じ切符で、印刷が違うだけ。日付とネームを書き込んで使う。メトロでは改札機を通し、バスでは運転手に見せるだけ。簡単簡単

乗り込んだバスはマドレーヌ寺院側面を抜けてコンコルド広場 Place de la Concorde へ。
乗り込んですぐストンと座れる位置に優先席があり、窓ガラスは大きく、立っている乗客はいない程度の乗車率なので、左右どちらの車窓風景もよく見える。コンコルド広場中央には屹立するオベリスクのシルエット、その向こうには白い大輪菊のような大観覧車。バスはオベリスクを中心に広場をぐるーっと4分の3周するので、観覧車の見え方も角度を変え大きさを変え、いろいろ楽しめる。初めてパリに来てこの観覧車を見た時は邪魔だなあと思ったのだけど、こうしてみると立派に年末年始の風物詩。時間あったら乗ってみようかしら?

コンコルド広場をぐるっと回ると、観覧車に背を向けてシャンゼリゼ通り Les Champs-Élysées の緑地帯部分を走る。この部分にはマロニエ並木のイルミネーションはないのだけど、進行方向正面には凱旋門が、横にはライトアップされたグラン・パレ Grand Palaisプティ・パレ Petit Palais の壮麗なシルエットが浮かび上がっている。
緑地帯が終わって並木のイルミネーションが始まるところでバスは左折してモンテーニュ通り Av.Montaigne へ。シャンゼリゼのコンコルド広場寄りではマルシェ・ド・ノエルが開かれているようで、たくさん立ち並ぶ小屋とお客さんたちが一瞬見える。モンテーニュ通りは華やかな超高級ブランドストリートで、連なるブランドの看板の錚々たることといったらない。

ブランド通りの突き当たりはセーヌ川手前のアルマ広場 Place de l'Alma で、ここはエッフェル塔ビューポイントのひとつ。広場のバス停に停車している間とアルマ橋 Pont de l'Alma を渡る時にエッフェル塔 La Tour Eiffel がよく見えるが、すぐ建物の影になってしまう。聞き取りの反応も身体の動きも鈍いヒナコは「あッ、あっちにエッフェル塔!」などと教えてあげても、よっこらしょとそちらを向いたりしている間に見えなくなってしまう。お気の毒さま。バスねぇ、すごいガンガン走るのよ……スピード早いの。景色をちゃんと見るのは結構忙しいのだ。

塔はいったん隠れるのだが、この後シャン・ドゥ・マルス公園 Parc du Champ-de-Mars の中央を横切るので、てっぺんから足元までを真正面から見ることが出来るのだ。ただし、一瞬。
公園を横切り終わったバス停で下車した。今度はここから別の路線で左岸のサン・ジェルマン地区あたりを流そうとも考えたが、逆方向の停留所が見つからない。

コンコルド広場の大観覧車とオベリスク。バスはぐるーっと広場を回るので、ちょうど中心に重なると大きな時計のように見える

シャンゼリゼのイルミネーションとマルシェ・ド・ノエルも一瞬垣間見える

アングルは申し分ないのだが、今ひとつクリアでないのが残念。シャンパン・フラッシュにも間に合わなくて残念

「あっという間に通り過ぎちゃって全然見えなかったわよッ」とヒナコがムクれているので、公園の真ん中まで戻ってみることにした。人の少ない夜の公園なのでちょっと危険かなーと考えないでもなかったけどね……。真ん中の噴水のところがベスト・ビュー・スポットなのだが、そこにはカップルが1組いるだけだった。だって寒いものね、こんなところフラフラしている物好きは少ないわな。むしろ暖かい季節で中途半端に人出がある方が危ない人も混ざるかもしれない、いっそ無人の方がマシ……てことかな?

>> でも私が無責任に安全と言うことはできないので。パリは性犯罪が日本の何倍も多いので特に若いお嬢さんは気をつけて。別の場所から見るかバスのナイトツアーなどを使うことを推奨

毎正時には、塔のライトがピカピカピカっと5分間点滅するシャンパンフラッシュという演出があるのだが……残念! 今の時刻は10時10分。
点滅しなくても、ここから見るエッフェル塔は十分美しい。ちょうど500メートルくらいの距離なので、足元がちょっと隠れるけれど、ほぼ全景が綺麗に視界に入る。これ以上近いと仰け反って見上げないとならないし、離れてしまえば迫力不足になる。ただ、今日は湿気が多いようで灯りがちょっと霞んで今ひとつクリアでないような。

夜の公園にいつまでもいるのも安全上問題だし、寒くてたまらないし。ヒナコが嬉しそうにエッフェル塔を見ているので言い出せなかったが、実はどんどん具合が悪くなってきて立っているのもつらいのだ。レストランやバスで座っているときはあまり感じないのだが、こうして外を歩いてみると、どうやら熱が出てきたらしいなーと思う。吐き気と下腹部のさしこみはおさまったようだけど。
そのまま公園内を横切って今度は北駅ゆき42番バスに乗った。

アルマ橋、モンテーニュ通り、シャンゼリゼ、コンコルド広場、マドレーヌ寺院とモニュメントを今度は逆に辿っていく。凱旋門は背にするので見えないが、往路では裏手だったマドレーヌ寺院は正面を通る。その先のオペラ・ガルニエも正面を通る。一瞬、だけど。
この後ギャラリー・ラファイエットの角をかすめるので、また外壁のイルミネーションもしっかり拝めるという寸法。
いやぁ、この42番ルート楽しいわあ! 低料金でかなり楽しめる。

ギャラリー・ラファイエットの脇も通り抜ける。全部点灯した瞬間を逃してしまった上、車内の灯りがガラスに写りこんでしまった

終点の北駅で降りてハタと気がついた。今日泊まってるのは東駅前じゃん! バカだなあ、もう!
北駅のバス停はターミナルになっていてすぐ目の前にメトロの入口が見えている。わざわざ料金払うのなら歩いて10分くらいの一駅なんぞメトロに乗ったりしないのだが、一日券を持っているのと具合が悪いのとヒナコを連れているのとの3つの理由で、ついその入口を降りてしまった。

急がば回れとはよく言ったもんで。
メトロの乗り場までは最初に短いエスカレーターがあっただけで、幾つも幾つも階段を降りなくてはならなかった。東駅まで一駅だけ乗って今度はしばらく通路を歩いて階段を登らなくてはならなかった。これなら真っ平らな道路を歩いて来た方がまだ楽だったはずだ。
とどめにホテルに着いてからも階段だし。あああ、明日はスーツケース下ろさなくちゃならないのに。直らないんだろうなあ、エレベーター。

ようやく部屋に辿り着いた時にはもう腰が砕けて立っていられない状態。背筋はゾクゾクだが、頬と額が熱い。呼吸もハアハアと荒い。喉の奥もぽってりと熱い。もうお風呂もダメ、寝る! すぐ寝るッ !!
今日一日葛根湯と正露丸を服んでいたのだが、風邪のひき始めならともかく、こうなってしまうともうあまり効かない。でも、本格的な感冒薬(パブロンとか)までは持って来ていない。冷えピタはある。バファリンもある。風邪薬を服むより、手っ取り早く熱を下げてしまった方がいいのではないだろうか。

よっしゃ! 熱冷まし大作戦スタート! おでこに冷えピタを貼り、カイロを包んだスカーフを首に巻き、パジャマの上にセーターを着込み、靴下も穿いて、さらにクローゼットから予備の毛布も出してきた。枕元には水のボトル、ヒナコには浴槽のお湯は抜かずバスルームの扉は開け放しておくよう指示、一目散にベッドへ。

ああ、忘れてた。本日の歩数、14077歩。あんな状態でよくまあ歩いたもんだ。

 
       

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