Le moineau 番外編 - ヴァル・ディ・ノートのバロック都市めぐり -

       
 

シラクーサ2日目の朝は雨降り

今朝は4時過ぎに目が覚めた。少しずつ起床時間が遅くなっているけれど、このペースでは現地時間に適応する前に帰国日になってしまいそう。まあ、寝過ごしてしまうよりは、ちょっと早起きし過ぎなくらいがちょうどいいでしょう。
昨日も寝間着に着替えるだけでバッタリだったので、ゆっくりシャワーを浴び、ハーブティなど淹れて、スケジュールを練ったりメールを書いたりした。このB&BのWi-Fiはちょっと不安定で、時たまプツンと切れたり接続しづらかったりするけれど、昔のダイヤルアップ接続の悲哀を思えば天国みたいなもん。今日は移動日なので荷造りもしっかりすませる。

8時になると同時に階下の朝食室に行った。クリスティーナ曰く本日のお奨めのリコッタチーズの揚げパンをもらい、お気に入りのほうれん草のパイももちろん頂く。ヨーグルトはイチジク入りのにしてみた。オレンジジュースも絞りたて。たっぷりのカプチーノも美味しい。

今日もたっぷりと幸せな朝食。お奨めだけあってリコッタチーズ揚げパンはすごく美味しかった。調子に乗ってケーキも食べてしまったので、めちゃくちゃ満腹

夜中に雨音を聞いたような気がしたけれど、朝食室の窓から外をみるとやっぱり雨が降っていた。屋根裏部屋の小さな窓からではわからなかったわ。空は明るい感じなので、そのうち晴れてくれる気はするけど。今日は午前中いっぱいをオルティージャ島歩きに費やして、14時前後にモディカに移動する予定だから、ここを発つまでには上がって欲しいな。傘を持ってスーツケース引っぱるのは嫌だもの。お願い!

天気のことはともかくとして、出発まで荷物を預かってもらわなくてはならない。ここはB&Bだから常にスタッフが常駐しているわけではないのだが、クリスティーナは快く了承してくれた。朝食ビュッフェの台の下に私のスーツケースを突っ込むと、上からクロスをかけて隠し、外玄関とB&Bエントランスの鍵を渡してくれる。つまり、都合のいい時間に勝手に取りにきて鍵はカウンターの上に置いて、エントランスはロックしなくていいとのこと。外玄関の鍵はオートロックだからそれで構わないのね。

支払いをすませ、荷物のピックアップ時にはもう会えないクリスティーナに感謝の挨拶をして、さあ出発! 今日もガンガン歩くわよ! オルティージャ島歩きに使える時間は4時間ちょっとしかないんだから。

雨のオルティージャ島を歩く

外に出ると、傘が必要な程度にまだ雨は降っていた。ああ、昨日ノートでバッグごと傘をなくさないでよかった。

B&Bの2ブロック裏手は、オルティージャの市場 Mercato di Ortigia の東端だった。一昨日通った時はただの道路だったのに、今朝は新鮮な魚や野菜やお惣菜の屋台がズラリと並んでいて、それは鮮やかで壮観な景色だ。だけど、お客さんはほとんどいなくて閑散としている。まだ9時前のせいか、雨のせいか。店主たちも軒下に引っ込んでやる気なさそうな感じ。商品はたっぷり豊富なのに全然活気がないってのもなんだかなあ……。市場見物と買物は荷物ピックアップの直前にするとして、とりあえず市場のあるストリートをずんずん突き抜け、ドゥオモ広場へ直行する。

路面の様子を見る限りでは、夜のうちにずいぶんの量が降ったようだった。雨に濡れた路地には何ともいえない風情があるね

路地を歩いているうちに雨が強くなってきた。海からの西風が強いのは相変わらずで、路地の隙間から吹き込んでくるので、早くも髪も服もヨレヨレになりつつある。これはとにかく建物の内部に入って小降りになるまでやり過ごすのが得策だわ。

ドゥオモ広場全体を覆う白い敷石は表面がつるつるで、夜はライトアップした灯りを映してとても美しかったのだけど、雨に濡れた今朝はさらに艶やかに輝いていた。そしてやっぱりこの広いスペースにほとんど人がいない。カッカッカッという爪の音が後ろから聞こえてきたので振り返ると、スペース独占状態に大興奮で全力疾走してくる犬。ところが、この美しい敷石はつやぴかに輝くだけでなく、濡れるとおそろしく滑るものでもあったのよ。案の定ワンコは突然転んで、スピードスケートの転倒さながらに横倒しのまま滑りながら私を7〜8メートルも追い越していった。思わず大爆笑。ワンコもあんなふうに転ぶのね。

カブール通りを抜けて広場に出たすぐ左手にあるのが、今は市庁舎として使われているヴェルメクシオ宮 Palazzo Vermexio(老院宮 Palazzo Senatorio)。門が開いていたのでとりあえず中庭に入ってみた。この建物は紀元前6世紀末のアルテミシオン Artemision(イオニア式神殿遺構)の上に建てられているとのことで、その見学ができるはず。でもどこから入っていいのかわからない。
係員らしき人のいるブースがあったので行ってみると、守衛室だった。「この裏に回ったあっち」と教えられたので、素直に裏手に回ってみたけれど何もない。古い時代の発掘品のようなものが展示されたガラスケースがあったので、その周辺をウロウロしてみるけれど、切符売場や入口らしきものは見当たらない。これがハイシーズンなら観光客らしき人の後にくっついていけばいいんだけどなあ……。何人かが入っていく扉があったので覗いてみると、彼らは市庁舎に出勤してきた職員たちで、そこは通用口だった。

実は私は、ヴェルメクシオ宮のどこを見学できるのか、この時はよくわかっていなかった。ネットで調べた情報をちゃんとメモってなかったのよ。だから「○○に行きたいの」という聞き方ができない。ああ、もういいや、雨宿りする気持ちで入ろうと思っただけなんだもん。次行こう、次! 時間なくなっちゃう。

>> この神殿は建設中にシラクーサの支配者が変わってしまい、未完成で終わったとのことだ。その上にヴェルメクシオ宮が建てられたのは、2000年も後になった17世紀始めのこと。地下の発掘は1960年代から行われていたけれど、近年ようやく見学できるように整備された。

帰国後調べてみると、ヴェルメクシオ宮後方の入口から地下に降りるとのことだった。守衛室で聞いたこの裏≠ヘ「守衛室の裏側」ではなくて「建物の裏手」ということだったわけ。もっと奥までずんずん進んでいちゃってよかったのね。地下遺構は広範囲に続いていて、かなり距離のある場所に出てしまったというコメントもあった。2度目以降の訪問か、時間のたっぷりある時に適している見学箇所なのかも。

ドゥオモは華やかな衣を纏った清楚な淑女

雨脚はまだそこそこ強めなので、そのままヴェルメクシオ宮の隣のドゥオモ Duomo に入った。ここも元はギリシャ時代のアテナ神殿だったもの。紀元前5世紀の神殿が、紀元後のローマ時代にはミネルヴァ神殿と呼ばれ、ビザンチンの時代に教会に改築されて、大地震後にバロック様式のファサードに改装されたという。遺構保存の意味もあるのか、ドゥオモに入るには€2の喜捨料がかかった。

あれだけ華やかなファサードを持つ教会なのに、内部は薄暗く、意外と質素な雰囲気だった。そういえばノートやカターニアで見たバロックの教会には白い柱からカーブを持つ天井へと続いていて、明るい色調の天井画があるものが多かったけど、ここは平べったい木製の天井だ。暗く感じるのはその印象と今日の天候のせいもあるのかもしれない。

左側の回廊に廻ってみると、なるほど! 壁の中にギリシャ時代のドーリス式の円柱が埋め込まれているのがわかる。柱の間を塗り込めて壁にしているのね。そして元々の神殿の壁部分はアーチ状にくり貫かれている。内部をつぶさに見て回ると、中央の祭壇や礼拝堂のフレスコ画などはとても美しい。ノートやカターニアでの華やかなバロックの内装ばかりを見ていたので地味に感じるだけで、静謐な美しさがある。
その他にもさまざまな時代の祭壇や彫刻やモザイクなどが残されている。私は、どれがどの時代のものということはよくわからず「うわ〜綺麗ねえ〜」と感嘆しているだけなんだけど。でも、過去何千年に渡ってさまざまな民族に統治されてきたシチリアの歴史を感じ、同時にここが常に大切にされてきた重要な建物だったのだということはよくわかった。

ドゥオモのファサードは大地震の後で再建された壮麗なバロック様式

教会内部に入ると、ギリシア時代の神殿の古い柱の間を塗り込めてそのまま組み入れられているのがわかる

床のモザイクはもう少し新しい時代のものみたい。ずっと重要な建物であり続けた歴史が堂内あちこちにある

繊細で美しい彫刻から気品が匂い立ってくるのは、石灰岩の白さのせいもあるのかな

壁に飾ってあったモザイクは元はどこにあったものかな? 一部だけだったけど、かなり古い時代のもののよう

贅沢極まりないことに、この厳かで静寂の空間には私ひとりしかいない。ゆったりと身を置いていた20分ほどの間に誰も来なかった。そもそも街の中に観光客が少ない上に、雨降りで、まだ9時台で、拝観が有料なものだからね。
外に出て、壮麗なファサードを改めてしっかりと見た。正面には聖マリア像、右側には町の守護聖人の聖ルチア像。細部に施された彫刻はレースのように繊細だ。それにしても、同じような装飾のバロック建築の教会でも、石材によってこんなに印象が変わるなんて……! ノートの蜂蜜色の石には華やいだ甘さがあったけれど、シラクーサの白い石灰岩はどこか清楚な気品がある。

雨上がりのオルティージャ島をさらに歩く

ドゥオモでひとり静寂の時を過ごしている間に、雨はずいぶん小降りになっていた。ポツリポツリと雨粒が当たるけれど、青空が広がり始めている。
ドゥオモの向かい側には、ベネヴェンターノ・デル・ボスコ宮 Palazzo Beneventano del Bosco がある。ここも元々の宮殿を18世紀にバロックに改築したもの。門扉の奥に中庭が見えていて、守衛室のような小部屋があるんだけど、内部見学ができるのかな? それともここも役所関連の施設として使われているのかもしれない。時間はそんなにないんだから、よくわからないところに引っかかってないで、次行こう、次!

ボスコ宮の門扉は閉ざされていて、結局中には入れなかった。通りがかりに何度か覗いてみたんだけどね

ドゥオモ広場の南端のサンタ・ルチア・アッラ・バディア教会 Chiesa di Santa Lucia alla Badia には、カラヴァッジョの祭壇画がある。一応バロック装飾されてはいるものの、この広場の建物群があまりに華やかなせいで見落としてしまいそうに小さくささやかな教会だ。「CARAVAGGIO」の文字が白抜きされた赤い幕がかけられているので、ようやくそうだとわかるけど。カラヴァッジョ好きの私にとって今回の目的の大きなひとつなのだけど、扉は閉ざされていた。まだ開いてないの? 今日は開いてないの? わからないけど、後でまた来てみよう。

雨上がりの艶やかに光る路地をどんどん南下していくと、ほどなく一昨日夕方に散策した西側の海沿いに出た。もう傘は要らない。チャチな折り畳み傘なんだから強い海風に壊されちゃうもんね。

雨上がりの雲はドラマッチック。海に突き出したオルティージャ島西側はいつも風が強い

パピルスの原生するアレトゥーサの泉には白鳥が似合いそうだけど、のんびり泳いでいたのはアヒルたち

暗くなりかけていた一昨日にはよく見えなかったアレトゥーサの泉 Fonte di Aretusa をちゃんと見てみる。海沿いにあるのに何故か真水が湧き出している泉で、パピルスが群生して、水の中には鯉が泳いで、水面ではアヒルが戯れていた。事前に調べた情報によると「泉の周りにはバールやジェラテリアなどがたくさんあり、昼も夜もたくさんの人が集まる憩いの場所となっている」とあるけれど、そんなものはないし、人なんて集まってない。バールやジェラテリアの看板だけはあるので、ハイシーズン時期の話なんでしょうね。その先には海の見える遊歩道やベンチの並んだ展望台もあるけれど、ほぼ独り占め状態で絶景を堪能できるのは無論のこと。

さあ、どんどん行こう。とりあえず島の南端まで。ここから先は初めて足を踏み入れるエリアだ。

要塞探索はワクワクするね

オルティージャ島の先端部、さらに鍵爪のように突き出した部分に、かつて城塞だったマニアーチェ城 Castello Maniace がある。長らく国防省の管轄にあって一般人の立ち入りは禁止だったそうだけど、近年ようやく内部見学が可能になったそう。今日もちゃんと門は開放されていて、横にオフィスがあってそこでチケットが買える。ガイドツアーの値段表が貼ってあったので申し込まないといけないのかと思ったら、それはオプションで、たった€2で勝手に中を歩き回って見ていいらしい。ここに来てようやく数人の観光客に出会った。

>> マニアーチェ城とは、イタリア史に詳しい人なら誰でも知ってる神聖ローマ帝王・フェデリコ2世≠ノよって建設された。カターニアのウルシーノ城とか、プーリア州にある世界遺産のカステル・デル・モンテとか、彼の作った歴史的建造物は他にもいろいろ

チケットオフィスを出て城塞内に入ると、何も整備されていないだだっ広い土のままの広場がずどーんと広がっている。そこにある普通っぽい建物にはトイレの表示。広場の右側には青い海、左側にも青い海。ん? お城はどこにあるの?
「Castello」と示す矢印看板に沿って進んでいくと、おそろしく背の高い無骨な門が突如として出現した。うわーうわー、このそっけないようなゴツさ、要塞≠チて感じ。
無骨な門の先には、何色かの色大理石で組まれた門があった。門の先の左側の建物は工事中の足場で覆われていて、2〜3人の作業員が出入りしていて、工事の機械音が響いている。ちょうど資材を積んだトラックも入ってきた。チラリと覗いてみると、たくさんの柱と天井アーチのあるアラブ風の部屋のようだった。礼拝堂みたいなもの? 集会場? でも絶賛修復中なのね、入れないのかしら。

よくわからないので、とにかく三角形の先端部へと向かった。ここからは高い城壁に囲まれた道をうねうねと進んでいく。内部のあまりのだだっ広さに、チケットオフィスに数人いた観光客は散り散りになっていて、またも私ひとりきりだ。うふふ、要塞感が高まってきたゾ(^^)

道は緩やかに下っていって城塞の地下部分に続いている。三角形の敷地の先はいくつかの小部屋に区切られていて、その区切り方も迷路みたいに込み入っている。小部屋には小窓がある。いくつかの窓は開いていて、外海が見える。ここが要塞として機能していた時代の調度や装備のようなものは何も残されていないけれど、だからこそ想像が膨らんでワクワクする。高い壁に囲まれた地下だけど天井はなく、ところどころで頭の上に青空が開ける。
「ちょっとぉ! ここ楽しいじゃないのぉ!」誰もいないので、あえて感激を声に出してみた。ホントに楽しい。こういうの大好き!

無骨な第一の門をくぐってマニアーチェ城に入っていく。雨はすっかり晴れて、青い海面がキラキラ輝いている

地下部分はダンジョンみたいでワクワクする。ここは食糧や武器の保管庫だったのかしら? 兵隊たちが待機していた部屋だったのかしら?

窓からは外を監視したの? ここから大砲や鉄砲を撃ったりしたの? 時代によっては石を落としたり熱湯かけたりしたのかも?

屋上から街の方角を見渡してみる。城壁は高さがあるので、ちょっと乗り出し気味にしないと写真が撮れない

地下部分のダンジョンが行き当たったところでUターンして戻っていくと、途中に分岐路があった。上へ向かう階段を進むと、そこはさっきまでウロついていた地下ダンジョンの屋上だった。三方が真っ青な海に囲まれている。うわー、綺麗! 気持ちいい! 太陽が眩しい!

屋上部分には先客がいた。小学生くらいの男の子を連れた30代くらいの夫婦で、たぶん中国人。男性は普通に旅行に適したカジュアルな服装で、Nikonの高級一眼レフを持っていて、とにかく風景撮影に没頭している。女性はというと、ロングヘアに原色のワンピースにハイヒール。バブル期のジュリアナ東京のお立ち台にこういう人たくさんいたよなあ……。まあ、およそ旅行に適しているとはいいがたい服装で、美しい風景の中での自撮りに余念がない。前髪パッツン坊ちゃん刈りの男の子は、入学式のような半ズボンスーツになぜか蝶タイとハイソックスで、自撮りするお母さんの横でつまらなそうにしている。
彼らの会話している言語を聞いたわけではないけれど、少なくともこういう服装でヨーロッパ旅行する日本人家族はいないだろうと思うので。富裕層の家族なのだろうけれど、子供がちっとも楽しそうじゃないのが気になった。大きなお世話なんだけどねー。

再び城壁に囲まれたうねうね道を辿って広場に戻り、併設された資料館の展示をさっと流し見た。シラクーサの歴史や城塞の成り立ちのようなものが説明されているようで、ビデオ上映などもしているからか、かなり客が集まっていた。城内にこんなに人がいたのね……。

アルキメデスの町を歩き∞愛で≠キ

今度は東側の海岸線に沿って北上して歩いてみよう。

「アルキメデスの町を・歩き・愛で・す」という駄洒落をかましてくれたのは、数十回のイタリア訪問暦を持つ友人だ。いかにもおっさん感覚あふれる駄洒落ではあるけれど、このオルティージャ島は散策を楽しむのに本当に適した場所であり、「歩きを愛でる」ということが間違ってないと実感する。

島の西側の海岸線は湾のように内側に弧を描いていて、対岸に本土が見えていた。マリーナがあるために一段低い場所に海岸線を辿るプロムナードが作られていて、海風がとても強かった。東側は外海に面していて、かつては町を取り囲んでいたと思われる城壁がそのまま道路になっている。のんびり歩いていくと、城壁の一部を改装して作られたサン・ジャコモ展望台 Belevedele San Giacomo があった。展望台から眺めるイオニア海は青く輝き、水平線が緩やかな弧を描いていて、地球の丸さを感じられる。意外にも外海に面しているこちら側の方が風が穏やかだ。
道路からは海へ降りる階段もところどころに設置されている。今は誰もいないけど、夏はきっと海水浴や日光浴を楽しむ人たちがたくさんいるに違いないわね。

それにしても海の水のなんて透明なこと!

東側は風もずいぶん穏やかで、こころなし海の色まで違って見える。海岸線に沿って北上しながらマニアーチェ城の方向を振り返ってみた

身を乗り出して見下ろしてみた海の水の透明度といったら! 夏だったら絶対に足を浸しに降りていくところだわ

歩くうちにだんだん陽射しが強く感じられ、ちょっと汗ばんでもきた。朝方の雨が嘘のよう。でも、ちょうど日本での桜の頃のような気候だし、東側の海風は爽やかなので、不快な気持ちはちっともない。
途中にパピルス博物館 Museo del Papiro の看板があった。ちょっと興味を惹かれたけれど、見学している時間の余裕はなさそう。まだカラヴァッジョの絵を見なくちゃだし、市場で買物しなくちゃだし、適当なところでカフェ休憩もしたいもの。ここシラクーサにもいくつか見るべき箇所を残すことになりそう。

東側の海岸道を半分くらいまで北上したところで、島の内部に向けて路地を折れてみた。内部は細い路地が迷路のように入り組んで縦横に伸びている。くねくねと当てずっぽうに歩き回っていると、彫像のある小さな噴水のある小さな広場に出た。どうやらここがアルキメーデ広場 Piazza Archimede らしい。シラクーサ出身の超有名数学者アルキメデス(イタリア語ではアルキメーデ)に捧げられたという広場だけど、思っていたよりもささやかな空間だった。広場というよりは、通行制限の多い島内での数少ない抜け道が一部広くなっただけという感じで、ひっきりなしに自動車が通過していく。

アルキメデスの名を冠した記念碑的な位置づけの広場なのに、中心に堂々と構えている美しいアルテミスの噴水 Fontana di Artemide は、ギリシャ神話の「アレトゥーサの伝説」をモチーフにしたもの。アルキメデスには何の関係もないよね。アルキメデスの銅像でも建ててあげればいいのにね。綺麗なニンフたちの姿の方が街の景観としてはいいのかな?

朝から歩きづめなので、広場に面したバールのテラス席で少し休憩をすることにした。噴水を眺めながらゆっくりしようかと思ったのに、あまり落ち着ける環境じゃなかったなあ……。ドゥオモ広場のカフェの方が雰囲気はよかっただろうけど、疲れちゃってそこまで行くのもかったるかったんだもん。

アルテミスの噴水を眺めながらというよりは、排ガスを被りながら休憩する。噴水の写真撮影にはひっきりなしに通る車の一瞬の切れ目を狙わなくてはならない。で、注文するのはやっぱりカフェマッキャート

バールに座っていたのはほんの20〜30分程度だったけど、一気にパワーチャージは回復した。
さあ、シラクーサ歩きに割ける時間も残すところわずか。カラヴァッジョの絵は見られるかな? これを逃したら本当に遺恨になりそうだもの。

カラヴァッジョの描いた「悲劇の聖女の最期」

こころもち急ぎ足で、ドゥオモ広場南端のサンタ・ルチア・アッラ・バディア教会 Chiesa di Santa Lucia alla Badia へ向かった。ああ、扉が開いている! よかったあ!

カターニアの町の守護聖女アガタは乳房を切り取られるという迫害を受けたけれど、悲惨さでは聖ルチアも負けていない。美しい瞳の彼女にしつこく求婚を迫る男性に眼をくり貫いて届けてフったという伝説があるそう。結局、迫害を受けて喉を剣で突かれて亡くなってしまった。だから、聖ルチアのシンボルは目と剣。シラクーサの町の守護聖人であるとともに、眼病に関わる守護聖人でもあるのだ。
壮麗な建物群の並ぶドゥオモ広場の中では、いささか見劣りしてしまう小さな単廊式の教会だけど、よく見るとファサードはバロック様式とロココ様式が融合したような小粒なりの美しさがあった。教会の入口には剣をモチーフにした飾りがある。

教会内部は漆喰とフレスコ画の装飾のみ。ガランとした空間の中、一番奥で照明に浮かび上がっている絵が『聖ルチアの埋葬』だ。これだけ遠目でも、浮き上がってくる臨場感が確かに感じられる。
全体的には暗い色調で、画面の大半を占めるのは穴蔵の暗い壁だ。一番目立つのは埋葬のための墓堀りをしている二人の大男。その奥で身を寄せ合って悲嘆する人たち。テーマの主役であるはずの聖ルチアの遺体はというと、画面の一番下にひっそりと横たわっていて、一瞬みた限りではそれとわからない。作品の真正面に立って最大限に近づいてみたけれど、中央祭壇のさらに奥に飾られているので、距離があって細部がよく見えない。この作品は4メートルもの大きさがあるというのに……。当然、写真撮影は禁止。さあ、こういう時こそ双眼鏡の出番ですよ。

聖ルチアの表情なども含め、聖女をヒロイックに神々しく見せる表現は何もない。美人ではあるけれど、眉根のあたりに苦悶をかすかに浮かべた、ただの遺体として描かれている。さらにレンズのピントを合わせてよく見ると、首筋には致命傷となった剣の傷痕もある。宗教色を排した冷徹な表現、上品ないかがわしさと、そこはかとなく漂うエロチシズム──まさしくカラヴァッジョの作品だわ。

カラヴァッジョの『聖ルチアの埋葬』にはヒロイックな表現はまるでない。冷徹な眼で見据えて表現された悲劇の聖女の最期の姿には、彼自身の暗い運命も投影されているのかも……

この作品は彼がほんの数ヶ月だけのシラクーサ滞在中に描いたもの。ローマで殺人事件を起こしてマルタ島に逃亡し、マルタで何点も作品を残したのち、そこでも争いごとを起こしてシチリアに逃げ込んだカラヴァッジョ。逃亡の身にあった彼の心の奥で、悲惨な迫害で命を落とした聖ルチアの人生と自分の運命とがどこかでリンクした瞬間があったのではないかしら。『洗礼者ヨハネの斬首』に代表されるマルタ島での作品たちに共通する静謐な狂気≠ェ、この作品にも確かにあった。

>> 日本では帰国後の3月から国立西洋美術館で大々的なカラヴァッジョ展が開かれた。日本初公開の作品もいくつかあったけれど、教会の祭壇画であるこの作品は、当然のことながら展示リストには含まれていなかった。

最後にカラヴァッジョの作品をじっくり堪能できて、シラクーサ観光の満足度は完全に及第点を超えた。引かれる後ろ髪はかなり少ない。

最後に、朝一番にはスルーしてしまった市場を見物していこう。 その前に通り道のアポロ神殿 Tempio di Apollo のことも、ちゃんと見ておこう。この古代遺跡群のある広場は、滞在中に何度か通り過ぎていただけだった。紀元前のギリシャ時代の遺跡は、本土側だけではなくオルティージャ島にもちゃんとあるのだ。シチリアを含むギリシャ世界で現存する石造りの神殿として最も古いとも言われているそう。低い柵で囲われた遺跡のまわりの歩道をぐるっと一周して、ドーリス式の太い円柱が逞しい神殿を四方から眺めた。そういえば、夜はライトアップされていて、とても綺麗でロマンチックだったっけ。

やっぱり市場見物はいと愉し

12時ちょい過ぎに再訪してみたオルティージャの市場 Mercato di Ortigia は、朝一番の閑散ぶりではないけれど、やっぱり人は少なかった。それでも屋台の商品が半分くらいに減っているので、ずーっと閑古鳥が鳴いていたわけではなさそう。雨が上がってからの賑わいがひと山ふた山あって、それが一段落したという感じ。店番する人たちの表情もどこかリラックスしている。
これはなかなか被写体としてはいい感じ。初日のカターニアの市場ではモジモジして言いづらかった「Posso prendere la poto?(写真を撮ってもいいですか)」を連発しながら、市場中でシャッターを切って回った。

今が旬のブラッドオレンジを惜しげもなくスライスしてディスプレイしている八百屋さんがひときわ目を引いて、思わずフラフラ吸い寄せられてしまう。手管にまんまと嵌って、4個で€2のオレンジを買った。絞りたて生ジュースは毎朝飲んでるし、旅行中のビタミンC補給は十分過ぎるほどに万全!

どれも新鮮で緑が濃くて美味しそうなお野菜たち。名前のわからない菜っ葉もあったけど、青菜の種類の豊富さはアジア(特に中華圏)には負けると思うわ

トマトばっかり何種類も取り揃えているお店。きっと料理によって使い分けているんだろうなあ……この写真と左側の写真はまだ商品がたっぷりある朝一番のもの

こうしてスライスされてみると、普通のオレンジとあまり変わらない色合いのものもあって、ブラッドオレンジの赤色にもずいぶん個体差があるのがわかる

魚屋さんのかけ声はやっぱり「えー、らっしゃいらっしゃい、○○が安いよ〜安いよ〜」のイントネーション

市場の一番はずれのあたりに若干の人だかりがしている。近寄ってみると、きちんと実店舗を持つ食料品店が2軒並んでいた。手前にあった《Caseificio Borderi Elefteria》はチーズやハム類や簡単な惣菜などの店で、好きな具材を選んでサンドイッチを作ってもらえると、トリップアドバイザーで高評価だったところだ。店頭に飲食コーナーもちゃんとあり、まだイタリアの昼食の標準タイムとしては早めの時刻なのだけど、ボツリポツリとお客さんが来ていた。当初の予定としては、ここでお昼ごはんにするつもりだったのよね……。でも、朝ごはんをモリモリ食べて、さらには調子に乗ってケーキとクッキーまで食べてしまったので、全然お腹が減ってない。チラリと見た感じではたくさん並んだ具材からチョイスするのもハードルが高そう。残念だわ。

先の店が超庶民的な感じなら、隣の《Fratelli Burgio》[WEB] はちょっぴりお洒落で洗練された感じ。店頭には色鮮やかなドライトマトやドライポルチーニ、ハーブ類などが山積みになっている。店内には各種野菜をオイル漬けやピクルスにしたもの、ピスタチオなどのナッツやケッパーなどのスパイス類をペーストやソースにしたもの、カポナータやオリーブとチーズのハーブオイル漬けなどの調理品……何十種類もの瓶詰めが綺麗にディスプレイされていた。瓶詰めのデザインは統一されているから、これは全部この店の自家製なのね! 私はこの光景にうわーーーっと興奮した。こういうの大好きなのよ! お土産はここで買って帰ろう。

ハムやサラミ類やチーズがたんまり詰まったショーケース。オリーブやピクルス、マリネなどの簡単なおつまみや副菜類もある

瓶詰め類もとても種類が豊富で、なおかつディスプレイもとってもお洒落

こちらのケースにはパンが何種類も! 好きな組み合わせでサンドイッチ作ってもらえるんだろうなあ……

戦利品の数々。ドライトマト、ハーブミックス、トマトのオイル漬け、ケッパーペースト、カルチョーフィのマリネ、ピスタチオクリームペースト……

種類豊富な瓶詰めはどれも美味しそうで、端からひとつずつ全部もらって帰りたいくらい。でもまだ旅の行程は半分だ。ひとつひとつの瓶は小さいけれど、20個もあったらさすがに重いもんね。友人たちへの気軽なお土産としてドライトマトやハーブミックスはたくさん買ったけれど、瓶詰めは悩みながら5つを厳選した。
ショーケース内のオリーブやマリネもとっても美味しそうだった。チーズやサラミ類も。時間と適度に空いたお腹があれば、おまかせで盛り合わせてもらってワインを一杯……なんて素敵なのに。

さよならシラクーサ、いつかきっとまた来るよ

B&Bに戻る予定時間までは30分ほどあるけれど、とりあえずこれでシラクーサ観光は終了!

戦利品を抱えて急ぎ足でB&Bまで戻った。ところが外玄関を開けて建物内部までは入れたものの、B&Bエントランスの鍵が開かない! 私は左利きなので、鍵の挿入や回転の角度が人と少しズレているのかもしれず、結構な確率で鍵が一回で開かないことが多いの。この鍵も滞在中に一発で開けられたことがなかった。私は焦って何度も鍵を挿し直しては回そうと試みた。何度もドアノブをがちゃがちゃと捻った。力技でどうなるってものじゃないのに……。ああ、このまま開けられなかったらどうしよう! 焦りが限界に達した時、中から扉を叩くような音が聞こえた気がした。続けて鍵の音も聞こえた気がした。捻り続けていた手を離したドアノブがかちゃりと回って、開いた扉の向こうには……大笑いしているクリスティーナ。
「クリスティーナ!」私は歓声をあげて、彼女の手を両手で握りしめてしまった。よかったあ、クリスティーナがいてくれて。思うんだけど、おそらく彼女は私が戻る時間に合わせていてくれたような気がする。掃除とか仕込みとか何かしら作業はあったのだろうけど、でも合わせてくれた、そんな気がする。

簡単に荷造りのし直しをさせてもらって、どうせならとトイレも借りた。別れの挨拶の時にはクリスティーナの方からハグしてくれ、「玄関までだけど」とスーツケースを下ろすのも手伝ってくれた。本当に明るくて気持ちのいい人だった。B&Bならではの不自由もあるけれど逆に自由もあるし、建物はちょっと古いけど部屋や水回りは綺麗に改装されているし、とっても美味しくて充実した朝ごはんがついての一泊€40は、コストパフォーマンスとしてはかなりのものでしょう! 機械が故障中でクレジットカード払いが出来なかったことは、まあ些末な問題だわ。

ノートに日帰りしたので、シラクーサ観光は実質一日だった。オルティージャ島に限って言えば半日。オフシーズンの今回は静かな滞在を楽しんだけれど、人々で賑わっている夏のオルティージャ島も見てみたい。カターニアを発つ時もそうだったけれど、「またここに来るぞ」と思いながらその地を去っていくのは、私は結構好き。たとえその後叶わなくても、ね。

シラクーサ駅のおっさん駅員になぜか気に入られる

シラクーサ駅には13時半ちょい過ぎに着いた。13:56発の列車に乗る予定なので、時間は十分過ぎるほど。本当はこの駅の勝手はわかっているので、ギリギリでもよかったのだけど……。

昨日、何故かこの駅のおっさん駅員に妙に気に入られてしまい、もちろん親切にもしてもらえたのだけど、親切がちょっと過剰な気もした。国鉄に勤務しているってことはまだ定年ではないので多分50代くらい、イケメンでもないし苦み走った魅力があるわけでもない普通の人の良さそうなおっさんで、とにかく超フレンドリー。でもそれが性格的なものなのか、職務の延長なのか、イタリア人男性気質なのか、その判断が微妙につけづらい。
列車の時刻やプラットフォームの番線とか、これから向かう町の案内を教えてもらったりの受け答えで、微笑みながら大きく頷いては「可愛いねえ」「眼が綺麗だ」みたいなこと言うのだ。いちいち肩なんかに触れるし。手を握ろうとするし。イタリア人男性は女性と見ると義務のようにこうした行動に出る。とにかく数打ちゃ当たる鉄砲≠フ乱射と発砲範囲が半端ではないからね。初めてイタリアを歩いた時は20代の小娘だったので、それは思い切り味わった。信号待ちしてても地下鉄構内歩いてても、とにかく声がかかる。アジア人を小馬鹿にしている人もいるけど、逆にアジア人萌えタイプも一定数いるんだなってことも知った。

でもねえ、20〜30年前の私なら毅然とツンツンしただろうけれど、いくらアジア人は若く見えるとはいえ、もう立派な中高年なのよ? いくらなんでも自惚れ過ぎでしょ……と思いつつも一応警戒モードに入った私に、彼は制服の襟のバッジをつまんで見せて「僕は国鉄職員だよ、安心して」と言ったのだ。そう言われれば「そうよねー」って思うし、自意識過剰な自分に恥ずかしくもなるってもんでしょ。 そういう経緯から、ちょっと鬱陶しいなあと思う気持ちもあって、出来れば駅で待ってる時間を短くしたかったのよね。

そーっとエントランスホールに入っていったのだけど、早速おっさんに見つかってしまった。私に気づいたおっさんは、弾けるようにぱああっと満面に笑みを浮かべると、両手を大仰に開いて「やあ、また会えたね」と近寄ってきた。そのままハグされかけるのをかわし、にこやかに挨拶だけはちゃんとした。オバちゃんにもなれば世間智にも長けてきて如才ないのである。
とっとと切符を買って構内のバールに逃げてしまおうとするものの、なんと昼休みで窓口が閉まっている。おっさんは「自動販売機で買うんだよ」と言って、私の代わりに機械を操作してくれた。これだけなら職務に忠実でやや親切な駅員でしかない。

プラットフォームには高校生くらいの若い男性たちの集団が列車を待っていた。20人以上はいる。彼らは列車の扉が開くなりわーっと殺到すると、年配の人も女性も大きな荷物を持っている人もすべて押しのけて我先に乗り込み、あちこちのボックスシートにばらばらに陣取った。他の客のことなんておかまいなし。この年代の男の子たちの傍若無人さってのも世界共通なのかしらね。同世代の女の子がいないとイイカッコしいもしないのね。
私はようやく乗り込んだものの、どこに座ったらいいのかとちょっと呆然としてしまった。そこにさっきのおっさん駅員が登場。「ほらほら、お前ら、そっちでまとめて座れ。はい、あなたはこちら、あなたはこちらへどうぞ」とばかりに仕切り始め、男の子たちを移動させ、すべての客の座席配分をしてくれた。もちろん私の席も確保してくれ、網棚にスーツケースを持ち上げてくれる。席に誘導するのに私だけ手を握って引いていくのはちょっと何だかなあと思ったけど、まあこれで会うこともないんだし、手ぐらいいいか。実際、彼のお陰で助かったのだし。私はにっこり笑ってお礼を言った。

まったく、イタリア男ってやつは……

モディカ行きの列車は定刻から数分遅れで発車した。たった2両の車両もほぼ満席、若い男の子たちが大量に乗った車内はとても賑やかだ。私の座るボックス席は一番奥まった位置で、通路をはさんだ隣のボックスともども30〜50代のひとり客たちがまとめられているので、さほど騒々しさも感じない。
彼らは20分ほどで全員ごっそりと降りた。私のボックス席の人たちも次の駅で1人、その次で2人降り、4人席独り占め状態に。ようやく車内全体がローカル線らしいのんびりした雰囲気になった。

くつろいだ気持ちになって車窓風景を眺めながらシラクーサの市場で買ったオレンジを食べていると、さっきのおっさん国鉄職員がニコニコしながらやって来る。え? どうして? どうして列車に乗ってるの? シラクーサ駅の駅員ではなくて車掌だったということ? 彼はニコニコしたまま私の前の席に腰を下ろした。私はよく事態が飲み込めず、とりあえず頬張ったオレンジだけは飲み下した。

驚くべきことに彼は職務中でありながら私のナンパを始めたのである。

もちろん最初は普通の観光客と国鉄職員としての会話から始まった。
「モディカはいい町だよ」「今日はモディカに泊まるの?」「何泊するの?」「明日はどこに行くの?」そんなことを聞かれて律儀に答えていたけれど、「どこのホテルに泊まるの?」には言葉を濁しておいた。彼の英語は片言で、私のイタリア語は会話帳から定型フレーズをピックアップしたレベルなのだから、すぐに会話は行き詰まる。それでも「今晩ディナーに行こう」「お奨めのレストランがあるんだ」「で、ホテルどこなの」とエンドレスに続く。少し鬱陶しくなり始めたところで、どこかの駅に着いた。 「ほら、駅」意図的にぶっきらぼうに言うと、彼は渋々と席を立っていったものの、去り際のウィンクは忘れない。プラットフォームで駅員と運転士と3人で車輪のあたりを覗き込んで何やら会話をしている。あら、ちゃんとお仕事してるんじゃん。

ところが列車が発車すると、また彼はニコニコしながら私の前に座ったのである。そしてイタリア語で口説き文句らしき言葉を囁き続ける。若い頃の写真を見せながら自分語りらしきことも言う。いい加減うざったい。
こういうトラブルの場合、普通は乗務員に訴えるものなのに、なんと相手が職務中の車掌ときたもんだ。私の行先がモディカであることも把握されている。「急いでいるんです」という断りの常套句も使えないし、こんなローカル路線で途中下車して逃げるわけにもいかない。昨日この時間の列車を執拗に奨めたのは自分が乗務するからだったし、私を一番奥の席に押し込めた理由もわかった。

まあ、到着まで退屈なことだし、どんなこと言うのかちょっと聞いてやるか。私はスマートフォンを取り出してGoogle翻訳アプリを立ち上げた。こいつはなかなか優れもので、文字を打ち込んでも、カメラで文字を撮影して認識させても、直接話しかけても設定した言語に同時翻訳してくれる。
彼は音声翻訳できるとわかると、嬉々としてさまざまな愛の言葉≠連射し始めた。賢いとはいえ機械のすることだから「僕にはあなたが必要だ」「僕は狂ってしまいそう」「君は花のようだ」「瞳が美しい」などの歯の浮くフレーズを表示する合間に「あなたの息が臭い」などというバカたれな訳も交えてくる。わざとブスっとしてるのに、思わず吹き出してしまいそう。どんな言葉に対しても「No」「No」「No」と言い続けていたら、今度は「イタリアではNo、No、NoはSi、Si、Siと同じなんだよ」などと言う。SiはYesのことね。これには完全に吹き出してしまった。それって「嫌よ嫌よも好きのうち」ってやつよね! おっさんだけの都合のいい解釈は日伊共通?

うっかり笑ってしまったことで、また執拗に口説きが始まった。こんなことなら薬指にダミーの指輪を嵌めてくるんだった。だけどいくらひとり旅でも、この歳になってたらナンパ防止対策は不要と思ったんだもの。太って手持ちの指輪が全部きつくなっちゃったせいもあるけど(^^;)
再び私は意図的に仏頂面になると、「自分は10年前に亡くした夫を今も愛している未亡人で、生前の彼と思い出の地イタリアを訪ね、行こうと約束していたシチリアを旅しているのだ」という嘘八百設定を作り上げ、そっくりそのままGoogleに翻訳させた。
それにしてもイタリア人男性は本当にこういう口説き文句を言うのね。でも、脈がないとわかれば引き際はあっさりだった。腹いせに「なんだよブス」など捨て台詞は言わない。引いたというより、終点近くなってそろそろ業務に戻らなくちゃならないのね。きっと、彼も暇つぶし半分だったんでしょ。

>> 移動する列車の中でGoogle翻訳を使いまくったために、帰国後届いた明細を見ると通信量が凄まじいことになっていた。どれだけ使っても一日の請求上限が一定との契約してたからいいものの、真っ当に請求されたら卒倒ものだった。Google MapのナビもGoogle翻訳も便利だけど、Wi-FI環境にない場所で移動しながら使うのは要注意

線路沿いにはアーモンドの花が八分咲き。桜によく似ているので、日本の里山風景のような雰囲気も一瞬感じる

列車の車窓から撮るのは至難の業……。ソメイヨシノよりはピンクの色が濃いけれど、八重桜みたいね

峡谷を跨ぐ高い橋が見えてくると、もう到着寸前。橋をくぐり抜けた先がモディカ駅

ようやくのんびりと車窓風景を眺められるようになったけど、時刻表どおりならモディカ到着まであと10分程度。そろそろ降りる準備をしなくちゃ。もう車掌のおっさんの過剰な厚意は期待できないので、網棚のスーツケースも頑張って自力で下ろす。

ジオラマのような町モディカに劇的アプローチ

ここモディカも、世界遺産に登録されているヴァル・ディ・ノートの8つのバロック都市のひとつ。日本のガイドブックには『地球の歩き方』にすら出ていないし、他国の観光客全般にとっても周辺のラグーサやノートに比べて知名度は下がる。この町の魅力を伝えてくれたのは、先述した数十回のイタリア訪問暦を持つ友人で、彼の話を聞くうちに、どうしてもこの町に訪れてみたくなってしまったの。

シラクーサからモディカには鉄道でもバスでもどちらでもアプローチできる。所要時間はバスが2時間半、鉄道が2時間、料金はたぶん同じくらい。ちなみに鉄道料金は€7.10だった。バスターミナルはメインストリートの終わる北端、鉄道駅は完全に町外れの南端にあるので、荷物を持っての移動なら普通はバスを選択するところ。でもあえて鉄道でのアプローチを選んだのは、件の友人の言葉があったから。
モディカは深い峡谷の底に発展していったバロックタウンで、一番低い部分が町のメインストリートになっている。かつては急流の川であったストリートは緩やかに蛇行していて、そこを取り囲む両側の丘にびっしりと家が立て込んで、まるでジオラマのような造りになっている。友人は予備知識なし期待感なしでこの町に出会って感動もひとしおだったそうだけど、町外れから徐々に導入していったことがことさら素晴らしさを印象づけたとのこと。私は予備知識も持ってしまったし、Googleストリートビューで予習もしてしまったけど、それでも同じようにワクワクするアプローチがしたい! そう思ってしまったの。

無人駅のノートよりは少し大きいけれど、シラクーサよりは小さい、どうということのない駅舎から外に出る。確かに谷底の一番端っこにあるようで、振り返るとすぐ後ろには峡谷にかかる高い道路橋。歩く人も走る車もほとんどいない Via Stazione を北上していくと、5分ほどで小さなロータリーになった五叉路に出た。ここで町のメインストリートコルソ・ウンベルト1世通り Corso Umberto I をさらに北上する。緩やかな坂道を進むうちに、両側の丘に家々がびっしりと積み重なる光景が徐々に眼に入ってきた。ああ、確かにこれはドラマチックだわ〜、ワクワクするわ〜〜!

駅から7〜8分歩いて町の入口に到達したあたり。重層的に積みあがるモディカの町の姿が少しずつ現れてくるのはとてもワクワクする導入だ

モディカの町の構造はとても重層的で、高台の町モディカ・アルタ Modica Alta と低い町モディカ・バッサ Modica Bassa の2つに分かれている。今立っている場所は町の入口でモディカ・バッサの一番はずれ。そして私はモディカ・アルタに宿を取ってしまった。かつての貴族の邸宅を改装した部屋数わずか10室のホテル──そんな宿は数あるけれど、ここはオーナー自身が自分の育った家屋敷で総支配人をしているのだそう。家具や調度品などもそのまま使っているという。で、こんな田舎町の小さな宿でありながら星は4つついている。つまり、高級ホテルでありながら、家族経営ならでの温もりもあって、ありがたいことに田舎町だからかお値段が高くない。そしたら、どうしてもどうしてもそこに泊まりたくなってしまったの。とにかく私は、このモディカという町にはち切れんばかりの期待を抱えてきたのだ。

そういうわけで、この積み上がった町のてっぺん近くまでスーツケースつきで登っていかなければならない。写真やストリートビューで想像した以上に、町の積み上がりっぷりには圧倒された。「あそこまで登るってこと……?」思わず嘆息しちゃったけれど、仕方ないよね……。

ホテルまでの道筋はGoogle Mapで事前に予習してあるけれど、徒歩ルートと自動車ルートでの道筋はまるで違っていた。自動車ルートは日光いろは坂のようにヘアピンカーブしながら大回りで登っていくようだけど、徒歩ルートは内側の路地をショートカットして最短距離でつないでいる。ショートカット部分の道にはストリートビューの表示も出ていない──ということは車が入っていけない道。つまり階段? 準備段階で検索しているうちに、モディカ観光局のWebから解像度の高い観光マップを見つけたので、ダウンロードしてA3に大判プリントし、赤ペンでルートをしっかり書き込んできた。 駅からの徒歩での所要時間は、Google先生によると29分。上り坂だしスーツケースがあるから15分くらいはオーバーするだろうけれどね。さーて、行くか!

超劇的アプローチはさらにさらに続く

今いるのは町の入口部分、駅からメインストリートに入ってモディカ・アルタの連なりが見えてきたあたりで、二股の分岐点になっている。ここでメインストリートから逸れて Via Marchesa Tedeschi へと右折し、2ブロックほど先でいよいよストリートビューの空白地帯へ突入していく。マップの赤線通りに路地を進むとすぐに低い町のドゥオモサン・ピエトロ教会 Chiesa di San Pietro の真裏に出た。ここから150mほど一直線に続くカステッロ通り Strada Castello を行けばいいのだけど………。通りの入口に立って愕然とした。Via(通り)でなくStrada(小径)という表記からも予測していたけれど、カステッロ通りは約150mの一直線の緩やかな階段だった。せめて坂道ならよかったのに……やっぱり階段なのかあ(TT)

カステッロ通りからの眺めはパノラミックかつドラマチックだけど……この階段が延々続くのよ

まだまだ先にこんなに続くと思うとげんなりする。スーツケースがなければこの程度はたいしたことないのに

振り返ってみると「ああ、こんなに登ってきたんだわ」と少し報われた気持ちになる。手ぶらの男性がリズミカルに階段を下っていった

たかが150mと意を決して登り始めたものの、されど150mで、途中でちょくちょく挫けた。普通の階段であれば、重たいけれどバッグの取っ手を掴んで早足で一気に登れるし、坂道でも段差がなければキャスターを転がせるけれど、こういう緩やかな階段道ではバッグのキャスターは本当に仇になる。ステップ部分でよいしょと持ち上げて下ろして2〜3歩転がす、またステップ部分でよいしょと持ち上げて……と、これを延々繰り返していると二の腕と腰にくる。かといって、ずっと手に下げたまま歩くには距離が長過ぎる。私は誰もいないのをいいことに「なんだ坂(よいしょ)こんな坂(よいしょ)」とか「えっさえっさ(よいしょ)お猿の籠屋ほいさっさ(よいしょ)」など歌いながら自分を鼓舞し、歩みを続けた。『ヨイトマケの唄』の「エンヤコーラ」も口ずさんだ。作業時における労働歌の必要性がよーくわかった気がしたわ。
だけど、途中で一休みしながら見渡すモディカのパノラマ風景は本当に素晴らしい。これがなかったらやってられなかったよ。

150m一直線にひたすら階段のカステッロ通りを登り終え、自動車道を登る。歩道の幅が人ひとり分しかないけれど、ちょっとでこぼこだけど、傾斜はきついけれど、段差がないってだけでありがたい。150mほど進むと、今度は高台の町のドゥオモサン・ジョルジョ教会 Chiesa di San Giorgio の真裏に出た。
この後もショートカットの階段、少し自動車道、再びショートカットの階段と繰り返し、最後の角を曲がり、金文字で「HOTEL★★★★」と書かれた赤い幌が視界に入った時にはへたりこみそうになった。なんと駅から55分もかかってしまった。
貴族の元邸宅の4星ホテルを訪ねるには、今の私はあまりにも汗だくだくでヨレヨレすぎる。手前の広場のベンチで恥ずかしくない程度に身なりを整えてから、チェックインに臨む。

歴史を感じる重厚なパラッツォにお泊まり

Palazzo Failla Hotel [WEB] の外観は、華美ではないものの落ち着いた佇まいで、日本人のイメージする「貴族の屋敷」という感じではない。まあ、イタリアのパラッツォはみんなそうだけど。エントランスホールもコンパクトながら、高い天井はヴォールト式の緩やかなアーチを描いている。本来ならエントランス正面に続いていたであろう大階段の前にこじんまりとしたレセプションが据えられていた。

レセプションにいたのは30代くらいの男性と、若い女性、初老の女性。お喋りを楽しんでいる感じだった。みんなどことなく顔立ちが似てノーブルな雰囲気があるので、オーナー一家か親戚筋の人たちかな。穏やかに微笑んで迎えてくれたのに、対する私はというと、まだ息は弾み気味だし、せっかく拭いた汗も再びどっと吹き出してきて顔もダラダラで、優雅とはほど遠い状態。とほほ。
「歩いて来たんですか? 電話をくれたら迎えに行ったのに」
「歩きたかったんです。少しずつ町が見えてきて……とてもドラマチックでエキサイティングでした! でも……疲れたぁ」
「バスターミナルから1kmありますからね」
「いいえ、鉄道駅から来ました」
「えっ! 駅……」
鉄道駅からここまで荷物つきで歩いて登ってくる人はやっぱり珍しかったのかしら。でも、歩きたかったのは本当よ。

>> 件の友人に「鉄道駅からのアプローチが感動的だって絶賛していたからその通りにしたら確かにとてもよかったよ、でもパラッツォ・ファイラまで1時間近くかかったよ」と報告したら「それは町の入口までだよ!」と呆れられてしまったことを追記しておく

さあ、いよいよ部屋に案内してもらう。正面の大階段を2階まで登り、深紅のカーペットの敷かれた廊下を進んだ先に「Hotel Guests Only」のプレートがついた扉があった。

私の部屋のある棟に向かう階段。派手やかさはないけれど落ち着いて洗練されている

由緒ありそうながらもどこかホッとくつろげる雰囲気のリビングルームのようなラウンジスペース。このラウンジを囲むように客室が4部屋ある

案内されたシングルルームはファブリックなどは洗練されていて落ち着ける雰囲気だけどよくある普通の感じ

扉の先は近しい友人と過ごすリビングルームのような部屋で、この部屋を囲む4部屋の共通のラウンジスペースだとのこと。天井の細工やアンティークな家具、壁に何枚かかかった肖像写真はご先祖さまかしら。

私が予約したのはクラシック・シングルルーム。貴族の元お屋敷の4星ホテルでたった€59という値段に狂喜してしまって。でも部屋に入った瞬間、私はちょっとだけ落胆してしまった。確かにクラシックな洗練された雰囲気で悪くないんだけど、普通にこの部屋に通されれば「うん、充分よ、素敵」って思えるのだろうけれど。天井画とか、美しい彫刻や彩色の施されたクローゼットやベッドや、シャンデリアや……そういったキラキラした貴族の館テイスト≠ェ薄いのだ。元々使用人の部屋か物置にでも使ってた部屋なのかも。バスルームも綺麗に改装されていたけれど、シャワーのみでバスタブはなかった。カターニアの宿もシラクーサの宿もシャワーだけだったから、ここではお湯に浸かれるかなーと期待したのにな。
せっかくならダブルルームのシングルユースをすればよかったのよね。ものすごく高いというのならともかく、確か€70〜75程度だったはず。ここはケチってはいけないところだったわ。軽く後悔するとともに、まだこの町に着いたばかりなのに「次に来るときは絶対にダブルにするんだ」などとも考えてしまう私(^^)

大急ぎでモディカの街を俯瞰しなくっちゃ

モディカの駅に到着したのが16時、そこからえっちらおっちら坂と階段を登ってホテルに辿り着いたのが17時。チェックインして街の地図をもらったりディナーの予約を取ってもらったりして部屋に通されて、今は17時20分頃。へとへとだけど、夕景から夜景へと変わるモディカの街の姿を俯瞰したい。天気予報では明日以降は天気が崩れるかもしれないんだもの。荷物をほどくのもそこそこに、大急ぎで地図とカメラだけ持ってホテルを出た。

モディカ・アルタの展望台までの行き方はホテルの男性が教えてくれた。ホテル手前の小さな広場脇の Corso Regina Margherita を登って登って登って登って、教会に突き当たったら左折すればいいとのこと。言われた通りにかなり傾斜のきつい通りを登って行くと、長い前階段を持つ優美なバロック式のサン・ジョヴァンニ教会 Chiesa di San Giovanni が見えてきた。この時間では扉はもう閉ざされているようで、階段下のバールのテラス席にも誰もいない。

モディカ・アルタの一番高い場所にあるサン・ジョヴァンニ教会。もう夕方なので中には入れない

こうして高台から俯瞰してみると、メインストリートがかつて渓谷の川であったというのがよくわかる

オレンジ色の灯りはいいなあ……。LEDの灯りは蛍光灯以上に尖っているような気がする

サン・ジョヴァンニ教会脇の階段はとても趣のある散歩道だった。歩いているうちにとっぷりと暮れてくる

普通の民家の間の路地を進んでいくと、いきなり視界が開けて、そこがピッツォ・ベルヴェデーレ Pizzo Belvedere だった。モディカ・アルタの一番高い場所の端っこに小さな展望台スペースが設えてあった。いくつかベンチもあり、7〜8人くらいの若者グループと初老のご夫婦の先客もいた。鮮やかな夕焼けや夕陽は望めなかったけれど、ちょうど日没後の黄昏から宵へと移っていくタイミングで、俯瞰する街は刻々と顔貌を変えていく。まだ暗くなりきらない藍色の空が濃さを増していくとともに、点っていく灯りが増えていく光景は美しくも幻想的。

20分以上もぼーっと見下ろしていただろうか。さすがに寒くなってきて帰ることにした。サン・ジョヴァンニ教会前まで戻り、さっき登ってきた道ではなく細い階段路地を降りてみることにした。当てずっぽうに進んでいたらちょっと迷ってしまったが、さらに適当にうろついていると、駅からホテルに向かう時に通った高台の町のドゥオモ≠フ裏手に出た。なんだ、下がり過ぎちゃったのね。また上り坂と階段でも、今度は空身だから早いこと早いこと。

目当てのレストランが休業で、今晩のディナーどうする?

町の俯瞰の散歩から戻って、ディナーの予約時間の20時まで2時間ほどを過ごした。結局お昼ごはんは列車の中で食べたブラッドオレンジだけだったので、目眩がしそうにお腹は空いている。スーツケースにある「赤いきつねミニ」に手をのばしそうなるけど、今は我慢我慢我慢。

このパラッツォ・ファイラを予約したもうひとつの理由に、ホテルのメインダイニングがミシュランの1つ星を獲得しているリストランテだということがあった。でも田舎町でもあるし、格式やお値段がバリバリに高いというわけでもなさそう。とはいえ、女性ひとり旅だとそういう店はちょっぴり敷居が高いものなので、オフシーズンで宿泊客なら気兼ねしないですむと思って。ただ、事前情報によると1つ星を持つ《La Gazza Ladra》という店は最近閉店してしまっていて、近くに《Locanda del Colonnello》という別の店をオープンさせているようだった。こちらはまだミシュランの星はないようだけど、評判はよさそう。で、チェックイン時にメインダイニングでディナーがしたいと申し出てみたわけだ。ところが、2月はレストランは冬期休業なのだと申し訳なさそうに告げられた。がっかり。
「代わりに、ずっと昔から親しくしているファミリーが経営している店を紹介しますよ」と予約してくれたのがこれから向かおうとしている《Taverna Nicastro》なのだ。

レセプションの女性に教えられたとおりに Corso Vittorio Emanuele を道なりに5分ほど進む。途中で枝分かれした階段路地を20段ほど登ったところだとのことだけど……。ちょっと迷ってしまった。まず途中で枝分かれするという階段が見つからない。探しながら歩く5分というのは距離を稼げないものなので、実はかなり手前で行きつ戻りつしてしまっていた。ここでいったんスマホのGPSの手助けを借りた。ようやく階段路地に辿り着いて意気揚々と登り始めたものの、民家がひっそりと静かに立ち並ぶばかりの裏通りで、飲食店の看板や灯りが見つからない。でもGoogle mapが示しているのは確かにこの路地だし……。階段を何度か昇り降りして、言語に不安があるものの意を決して店に電話をかけた。ああ、スマホありがたや。

電話に出た男性に「予約してる! 迷ってる!」と英語で叫ぶと「どこにいるの?」と英語で答えが。英語が通じてよかったけど「階段の……真ん中」としか答えようがない。なんとか暗がりの中で通り名を書いたプレートを読み上げようとしていると、少し先の扉から男性が手を振ってくれているのが見えた。えーっ、まるで民家の玄関の門灯くらいの明るさで看板も小さくて全然わからなかったよ。

>> 冬以外の季節にこの店を訪れるのであれば探せないわけはない。むしろすぐ見つかるはず。なぜならば階段路地にはびっしりとテーブル席が並べられているからだ。

店内はホールが2つか3つに分かれているようで、奥の方からはグループらしき賑やかな声が聞こえてくる。私の通されたのは7〜8卓ほどのこじんまりとした部屋で、初老の夫婦が先客で1組、私のテーブルの他にもうひとつリザーブのプレートが置かれていた。うん、ここなら落ち着いてゆっくり食事が楽しめそう。

結局、今日のディナーも大満足

まずはキリリと冷えた辛口のプロセッコから。今日は汗だくになったから爽やかな微発泡の刺激が喉に心地いい。んー、あまり2月にすべき表現ではないな(^^)
とにかく野菜が食べたかったので、前菜は「野菜の炭火焼」にした。何種類かの野菜が盛り合わせてあるかと思ったら、ちょっと焦げ気味のヴィジュアルの茄子とズッキーニだけだった。ところが、野菜の甘みがじっくり引き出されていてまあ美味しいこと美味しいこと。こんなんなら倍量だって私はペロリとイケるわ!

食前酒がわりにプロセッコを1杯、グラスでオーダー。まだ時間が早くて閑散としているけれど、店内はとても家庭的で暖かい雰囲気

この陶器のプレートが壁に飾られている一画は好き

炭火でグリルした茄子とズッキーニは、バジルと唐辛子粉とオリーブオイルだけのシンプルな味つけ。一瞬味が薄いと思いきや、ピリリとくる後口が堪らない

サルシッチャは、やや塩味がきつめでスパイスが効いている。粗挽きというよりは粗みじんという感じでとても肉肉しく、ちょっと渋めのローカルワインによく合う

モディカ・チョコレートのジェラートは、普通のジェラートほどトロリと滑らかではないけれど、かえってカカオの苦みの心地よさが際立つ感じ。トッピングのピスタチオパウダーもいいお仕事してます!

野菜の前菜で満悦した私はプロセッコを飲み干し、今度は赤ワインを4分の1ボトルでもらった。メニューを見たところ肉料理が得意そうな感じだったので、メインは自家製サルシッチャ。手作り感満載の野性味ある味わいで、ちょっとしょっぱめかな、ワインが進んでしまいそう。始めは3本くらい余裕と思ったものの、やっぱり肉料理は魚に比べて胃袋にインパクト大で、お腹がいっぱいになり始めると無理がきかない。最後の1本を3分の1ほど、付け合わせのフライドポテト3切れを残してリタイアするしかなかった。

でも甘いものは別腹よ。モディカは、トリノ、ペルージャと並ぶ3大チョコレートの町≠ネのだ。スペイン支配時代から伝わる伝統的な製法で作られるモディカ・チョコレートを使ったドルチェ──これはどんなに満腹だって外せない。で、迷った結果に選んだチョコレートのジェラートは絶品だった。カカオのビターな風味がダイレクトに口内に広がってくる。甘さより苦みが心地いいなんて……。食後にエスプレッソをダブルでいただいて、しめて€27。これだけ食べて良心的なお値段だこと。うーん、満足、大満足! ごちそうさまでした!

帰り道、酔い覚まし&腹ごなしに路地をちょっとだけ散策するつもりが迷宮に入り込んでしまった

ふわふわと気分よく、でも絶対に坂や階段を下りないようにしばらく路地をほっつき歩いてホテルに戻った。万歩計の数字は35920歩で今日も3万歩超え。今日はスーツケースつきの階段登りがあったんだから、足腰のダメージは歩数以上にあると思う。
ああ、バスタブに浸かりたかったなあ……せっかく温泉の素を持ってきたのに……。と、ここで私はピコーンとひらめいた! 温泉の素で足湯をすればいいんだ!

フタを下ろした便器の上に座り、横にあるビデになみなみとお湯を張って入浴剤を3分の1袋ほど入れ、両足を突っ込んでみた。なんとか足首まで浸けられる。足の収まりが今ひとつよくないのと、もう少し深さがあればいいけど、本来目的が違うものなんだから贅沢を言ってはダメよね。私は足を浸けたまま、ノートPCを膝に乗せてメールを書いたりネットをしたりして30分ほどをゆったり過ごした。途中で水位が減ったりぬるくなるので、お湯と入浴剤を足しながら。身体がとても暖まって、たくさん歩いた足の疲れも緩やかにほどけていった。これはいいわ〜気持ちいいわ〜〜〜。なんで早く思いつかなかったんだろう。

 
       

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