Le moineau 番外編 - ヴァル・ディ・ノートのバロック都市めぐり -

       
 

旧・星付ダイニングで優雅な朝食

昨晩の足湯が効いたのか、5時までぐっすりと眠れた。変な筋肉痛もないし、目覚めも爽やか。気分よく朝ごはんに向かう。

朝食室は、かつてのメインダイニング《La Gazza Ladra》のスペースが調度や内装もそのまま使われている。閉店してしまった今となってはもう宿泊客しかここで食事はできないってわけね。そもそも10室しかないホテルで、オフシーズンの今は稼働率も半分以下だろうに、並べられた朝食は質も量も素晴らしい。部屋の雰囲気も相まって朝からなんとも優雅で豪華な気分。

かつてのミシュラン1つ星レストランは品よく落ち着いた内装

ホールケーキが丸々1個ある! ここに私がナイフを入れちゃってもいいんだろうか……と思いながらもザックリと切り取らせていただいた。美味しいチョコタルトだった(^^)

何種類かのハムやサラミとチーズをひととおり取ってきた。新鮮なフルーツも。ブラッドオレンジの生ジュースも絞りたて

さあ、本日も元気に街歩きに出発だ。すっきり青空ではないけれど、これから天気は崩れていくらしいので、モディカのパノラマを堪能するには今日しかない。出発の際、初老の男性が「電話してくれたら迎えに行くからね」と言ってくれた。ありがとう。でも今日は大荷物ないから、上り坂でも階段でも元気に歩けるわ。

勇んで早足で、モディカ・アルタのドゥオモサン・ジョルジョ教会 Chiesa di San Giorgio まで一気に下った。昨日までは裏手しか通らなかったけど今日はちゃんと見るんだ! ところが写真を撮ろうと電源を入れた途端に重大なことに気がついた。デジカメのバッテリーが半分しかない!
今日は昼前にシクリという別の町へのエクスカーションを予定している。途中でバッテリー切れして写真が撮れなくなったら……いや、確実に夕方まで保たない。昼過ぎで充電切れになる可能性も高い。スマホで撮ってもいいけど、一眼レフのようにはいかないし、そっちのバッテリーも心配。少し悩んだけれど、充電しに一回戻ることにした。ホテルまで上り坂だけど7〜8分、この残量なら高速充電で15分程度。30分ほどのロスと後半の写真が撮れなくなることを天秤にかければ答えはひとつしかないでしょ。

さっき出かけたと思ったらすぐにバタバタ戻ってきて、20分ほどで慌ただしく出発する私に、先ほどの男性がまたも「迎えに行くからね」「電話してね」と何度も言ってくれた。本当にありがとう。
ロスした時間を埋めるべく、再びサン・ジョルジョ教会の前までの坂道と階段を一気に駆け下りる。

パノラミック・バロック・タウンを西から東から

モディカ・アルタの守護聖人聖ジョルジョに捧げられたというサン・ジョルジョ教会は、250段の階段を登った高台にあるゴージャスなバロック建築で、やはり大地震で被害を受けて17世紀に再建されたもの。本当は下から階段を250段登ってくるのが正しい聖ジョルジョ詣で≠ネんだろうけど、私は裏手から下ってきてしまった。

堂々とした前階段を持つバロック様式の教会はノートの町にもいくつかあったけれど、それは教会単体でそれぞれが美しいものだった。単体で美しいバロックの建物が一本の通りにずらっとコンパクトに集結して、テーマパークのような整然とした町並だった。このモディカでは峡谷の両側の斜面に街が広がるという地形のためか、町並と教会とが込みになって相乗的に美しさを醸しているように思える。
教会のファサードは凸レンズのように膨らんで中央部が前にせり出していて、前階段も前面部が膨らんだ弧を描いている。その下でいったん道路が横切り、この道路が展望テラスの役割を果たしている。このテラスからは向かいの丘の家々の連なりが望め、途中にいくつかの踊り場を作りながら左右に振り分けられた200段超の階段を見下ろせ、その下に続くモディカ・バッサの街の屋根の波までもが眺められる。実に舞台演出的な造りなのよ。

サン・ジョルジョ教会を斜め位置の足元から見上げる。ファサードは緩やかなカーブを持って前面にせり出している

教会前から右手を眺めると、ずっと奥に家々が積み重なっているのが見える。あの一番高いところがピッツォ・ベルヴェデーレの展望台かな

パノラマ機能を使って撮ってみた。教会前のテラスからのモディカ・バッサと対面の丘の眺めは絶景!

今度は向かい側の丘からこちらを見てみたい。そのためにはいったん下まで降りてまた登らなくてはならない。教会の前階段ではなくて、昨日辿ってきた教会裏手からの階段道を下りてみることにした。昨日は35分かかったところが、わずか10分強でメインストリートに到着。そのままの勢いで大通りを渡り、対岸の路地に入り、とにかく上に向かってみる。こちら側の丘はモディカ・アルタに比べて斜面がきついためか、階段一段のステップが高い。教会や貴族のパラッツォのような大きな建物はなく、基本的に民家ばかり。洗濯物の翻る路地を抜け、玄関先に佇むお婆ちゃんに微笑みかけられ、たまり場に集まる猫たちに睨まれ、庭先の犬に吠えかけられ、登る登る登る。

急斜面に設えられたつづら折りの階段路地をひたすらひたすら登っていく

ほんのりピンクがかった明るい褐色の町並に埋もれてしまって見えづらいけれど、満開のアーモンドの花が咲いている。隣にサボテンもあるのがシチリアならではの風景

登ってきた甲斐があった! こちら側からの眺めも絶景

丘の中腹あたりでいきなり視界が開けた。サン・ジョルジョ教会とその左手に連なるモディカ・アルタの眺めは、弾んでいる息ですら思わず呑み込むほどの素晴らしさ! 教会のせり出すようなファサードと劇場セットのような大階段は、こうして対面から向き合うと舞台演出効果が倍増する。
さらに登って展望台のある道路まで行くと、サン・ジョルジョ教会はモディカ・アルタの町並の中に埋もれてしまう。教会以外のモディカの建物のひとつひとつは特に意匠を凝らしてもいない普通の四角いビルばかり。この町の目を見張るような景観は、地形を生かした特異の構造にある。すべてが一体となって眼前に広がり、まるで自分がジオラマの中に組み込まれたかのように錯覚してしまうほど。この心地よさはその場に身を置いてみないと感じられないことだった。

いつまでも眺めていたかったけれど、シクリに行くバスの時間が迫っている。急いで下りなくちゃ。階段一段一段のステップの高さは、下りる時の方が膝へのダメージがきつかった。

谷底の小さな田舎町シクリへ

膝を笑わせながらコルソ・ウンベルト1世通りまで下りてきた。そのまま通りを北上していって町並が途切れたあたりがバスターミナル。路肩のだだっ広いスペースに「Scicli」と表示したバスが停まっている。まだ発車まで10分ちょっとあるはずだけど、バスの姿を見ると慌ててしまう。道路に面した赤い扉のバールで切符が買えるらしいけれど、バールじたいは休業なのか廃業なのか閉まっていて、扉の中はいわゆる切符売場の窓口となっていた。無愛想なお姉ちゃんからシクリの往復切符を買いながら何気なく時刻表を見ると、シクリへの発車は11:10になっている。えっ? 私が直前にバス会社のウェブページで調べた時刻表では11:20だったはずよ? 急いでバスに乗り込むとほどなく、11:10に「定刻通り」発車した。ああ、膝が笑っても階段をガンガン下りてきて正解だった。ギリギリに来ていたら間に合わなかった。次は2時間も先なんだもの。やっぱり時刻表は現地確認が鉄則だわ。
シクリまでのバス料金は往復で€3.80。交通費はホントに安い。

シクリも、世界遺産『ヴァル・ディ・ノート後期バロック様式の8つの町』のひとつ。日本における知名度はモディカよりもさらに低く、当然ガイドブックにも載っていない。3つの丘に囲まれたわずかな平地に広がる小さな町で、一方が海に開けているとのこと。
モディカの一番低い場所から出発したバスは、眼下に町並を望みながら坂を駆け上がっていく。そのまま岩山と畑の間の道路をひた走っていくうちに、はるか下方に谷底にへばりつくような町が見えてきた。あれがシクリの町かな? そろそろ40分近く経つし……などと思う間もなく、すり鉢状の谷に吸い込まれるかのように螺旋を描いて下っていく。慌ててカメラを取り出したものの、一気呵成にぐんぐんと町に近づいて、満足な写真も撮れないまま到着してしまった。うわー、この町へのアプローチも結構ドラマチックじゃないの!

バスが着いたのは、道路の延長のように細長いイタリア広場 Piazza Italia の一番端っこ。一応ここが町の中心らしく、広場周辺のあちこちのベンチで暇なシチリア親父たちが山盛りでたむろしている。こうして集まった親父たちは、たいていは大きな身振り手振りとともに賑やかに喋っているものなのだけど、彼らはひっそりと集まっているだけで会話も少なく声も静か。なんだかちょっとシャイな感じもする。
ぐるりと見渡せば三方に丘が迫り、黄みがかったベージュ色した華やかなバロック様式の建物がいくつか眼に飛び込んでくる。午前中に比べて青空にもなってきている。 そういうわけで「明るいけれど静かでちょっと寂し気な田舎町」というのが、降り立った時の第一印象だった。

丘の上からは今は廃墟となった教会がイタリア広場を見下ろしている

暇な爺さんたちがたむろしているシチリアお馴染みの光景

町の中心≠フバスターミナルは、バス停の標識に時刻表がぺらっと貼られているだけ。集まっている人々はバスの乗客ではなく、地元のシチリア親父軍団

歩き始める前に帰りのバス時刻を確認しておく。これはウェブで調べてメモしてきたものと同じだった。

廃墟の教会のある丘まで一目散に登っていきたい気持ちにかられたけれど、先にイタリア広場に面したサン・イニャツィオ教会 Chiesa di San Ignazio の中に入っておくことにした。見られるものは見られる時に見ておかないと「後で」はないことが多いのよね。イタリアではちょくちょく痛い目をみたもの。

サン・イニャツィオ教会真ん前のベンチには爺さんがひとり。誰か来るのを待ってるのかな

ファサードから受ける印象よりも内部は綺麗で華やかだった

この教会はシクリの町のマドレ(母)教会。カテドラーレ≠ナないのは司教座がないからだろうけれどドゥオモ≠名乗っているわけでもないのね。ファサードのバロック装飾がおとなしめに感じてしまうのは、毎日毎日これでもかとバロック浸けになっているからかも。

教会内部は思った以上に華やかで奥行きがあり、身廊も3つある。祭壇の装飾もかなりきらびやかな……多少ゴテゴテ気味でもあるかしら。おそらく世界遺産のひとつになった近年になって綺麗にしたからなんだろう、いくぶん装飾過剰なきらいがある。ここでの見ものは、白馬に跨がってアラブ人を踏みつぶそうとしている勇ましいミリツィエの聖母 Madonna delle Milizie の像かな。鮮やかな原色で彩色されているために、なんだか遊園地のメリーゴーラウンドの人形みたいな感じもしなくもない。馬だからなおさらそう思うのかしら。

サン・マッテオの丘で教会の鐘の音に包まれる

さあ、いよいよ廃墟教会まで丘登りのプチ・トレッキング。その途中、イタリア広場からほど近い Via Duca D'Aosta という路地に、シクリを代表するバロック建築だというベネヴェンターノ宮 Palazzo Beneventano がある。さほど大きなパラッツォではないけれど、ノートのニコラチ館のようにユニークな彫刻で彩られた外観をしている。彫刻があるのは一階の窓の上と二階のバルコニー下と建物の角の部分で、数は少ないけれど彫刻単体のグロテスク度ではニコラチ館のものを凌駕するかもしれない。
このパラッツォは長らく廃館になっていたものを最近になって綺麗にしたらしく、とりあえずはまだ外側から眺めるだけ。内部は内装工事の真っ最中だった。見学できる施設になるのか、レストランとかショップが入るのか、誰かが居住するのかは不明だけど、見捨てられていた古い館が綺麗に再生していくのは素晴らしいことよね。

ベネヴェンターノ宮の彫刻はユニークかつグロテスク。今にも襲いかかってきそうな妖怪のような顔、異様な苦悶の表情の黒人のような顔、石の聖母像

「→S. Matteo」の小さなプレートを目印に、丘へ向かう道を進む。民家ばかりの狭く細い急な坂と階段だらけの道。しばらく登って建物も少なくなってきたところで階段が枝分かれししていて、ちょっと悩んでから小さな教会の見えている方に進んでみた。この小さな教会も打ち捨てられたもののようで、周辺は草ぼうぼう。そのまま道なりに進んでいくと、どんどん草むらのハイキング道みたいになってきて、結局途中で封鎖されていた。杭を打たれた先にも道は続いていて、古い時代の石垣の名残りのようなものが見えるけれど、かつては城塞でもあったのかもね。

>> 石垣らしきものはやっぱり古い城塞の跡だった。ここはシクリの一番古い地区で、なんと紀元前15世紀頃からギリシャ人が来る前の先住民族シクリ人が住み始めたという。町の名の由来もシクリ人からだそう。丘の下の平地に町が広がってきたのは14世紀頃からとのこと。

目当ての教会はまだまだ上の方だけど、間違えついでに休憩がてら少し景観を楽しんでみようかな。ここは崖のやや上寄りの中腹で、シクリの町がそれなりに見下ろせるのよ。風に吹かれながら汗を拭っていると、あちこちで教会の鐘が一斉に鳴り始めた。時計を見ると正午をだいぶ過ぎているけれど、とにかく定時の鐘≠ナはあるらしく、少なくとも5〜6ヶ所で同時に鳴っている。
すり鉢状の地形ならではの独特の音響効果があるようで、わずかな時間差で響く鐘の音が輪唱となり、三方の丘に反響してさらに重なっていく。こうして丘の斜面に立っていると、音が這うように立ちのぼってきて全身が包みこまれるような感じ。まるでアリーナの最上部で聴いているみたい。

雰囲気のよさそうなトラットリアの角からの坂道の路地が、サン・マッテオの丘へのスタート地点

生活感あふれる階段路地をひたすら登る。このあたりで暮らすのは大変だろうなあ……

丘の中腹にも打ち捨てられた小さな教会があった

分岐点まで戻って、改めて登り始める。こちらの道にも人の住む家はほとんどないけれど、道の草ぼうぼう度がさっきとは違うので、つまりは人の行き来が多少はあるということ。たぶんあとわずかで頂上であろうというあたりに観光客らしき二人連れの青年がいた。ひとりが疲れて立ち止まってしまってるもよう。
「俺ダメ、もう歩けねえ」「えー、マジかよ」「マジ。無理」「行かねえの? あとちょっとじゃね?」「お前だけ行ってこいよ。待ってっから」「えー、しょうがねえなあ……じゃ、ちょっくら見てくるわ」よくわからないけれど会話の雰囲気としては、そんな感じだった。まー、若いのに根性なしねえ!
佇む青年を追い越したあたりで、女性三人連れが下りてきた。初老の女性と40代くらいの女性と中学生くらいの娘さんの三世代ファミリーだ。中年の女性が「この先を曲がったところよ。あと少しよ。美しいわよ」と私に声をかけてくれた。青年にも聞こえているだろうに彼は微動だにせず。

頂上に着く寸前で、戻ってくるもうひとりの青年とすれ違った。これはさささーっと眺めてきただけだわね。母ヒナコを連れて歩いている時によくあったことだけど、途中で「ここで待ってるからひとりで行って来て」って言われるの本当に困るのよね。待っててもらうなら最初から待てる場所を選んでおくのに、急に言われても道端に放置しておくわけにいかないし。見学時間がかかる場合やルートによっては同じ場所に戻ってこれない場合もある。ひとりで行っても気になって見てられなくて、すぐ戻らざるをえなかった。
今の私はひとりで自由に自分のペースで歩けばいい。気楽だ。

廃墟教会は美しく物悲しい

下から見上げた時にも古そうには感じなかったサン・マッテオ教会 Chiesa di San Matteo は、こうして近くまで来てみてもあまり廃墟っぽくはない。これまで訪れた町の教会たちと同じようなバロック様式の建築で、とても綺麗だ。建物の造りや装飾が綺麗なだけではなく、外壁が黴びて煤けて朽ちたような汚さがないのよね。冬でもカラッと明るいシチリアの気候のせいもあるのかな。でも教会前は土の地面がむき出しで石がゴロゴロし、雑草もぼうぼうとしてる。夏だったらもっと鬱蒼状態になってるだろうから、そうしたら少しは裏ぶれ感も増すのかしら。

そんなことを思いながら教会の扉前に立ってみると、紛うことなく完璧な廃墟だった。綺麗さを保っているのは外観の壁だけ。おそらく彫刻が施されていたであろう扉は取り外されて鉄格子が嵌められ、さらに鎖と大きな南京錠がかかっている。鉄格子のガラスの割れた隙間から覗き込んでみると、床のモザイクは全部剥ぎ取られて下絵の線を残すのみ、祭壇も装飾の類いはすべて外されて空っぽだった。削りようのない柱上部の彫刻だけが残っていて、それがとても繊細で美しいのがかえって物悲しい。

敷石が剥がされてむき出しの地面に雑草が茂っているけれど、外観を見る限りでは廃墟のような感じはしない

割れた窓の隙間から手を突っ込んで教会内部を撮ってみた。なーんだ、やっぱり廃墟だわ

廃墟教会の横から町を見下ろすと、3つの丘に囲まれているというのがよくわかる。真ん中に植込みのある細長い広場がイタリア広場だ。一直線に伸びる大通りの先には、わずかに水平線も見えている

サン・マッテオの丘の頂上はかなり風が強かったけれど、教会横からの眺望はそれはそれは素晴らしかった。サン・マッテオ教会は旧マドレ教会だったそうだけど、町をまるごと見下ろすこの場所に町の一番の教会を建てるという気持ちはよくわかる。でもこの山道のアクセスを考えたら、今の時代では打ち捨てられてしまってもしかたない。おそらくこの町も人口が流出して高齢化しているに違いないもの。年寄りがミサに通えるロケーションじゃないよね。

>> サン・マッテオ教会は11世紀の創建で、14世紀頃から町の中心が丘の下に移っていった後も、ずっとシクリの中心の教会であり続けたそう。1693年の地震後に、ヴァル・ディ・ノート周辺の他の町と同じくバロック様式で再建され、見捨てられたのは1874年とのこと。

眺望を堪能して下っていく途中、民家のあるあたりまで下りたところで、杖をついたお婆さんに出会った。先が4つに分かれている多脚杖を使っているということは、相当に歩行は大変なはず。彼女は階段道を3歩進んでは腰をのばして休み、また3歩進んでは膝をさすって休み、たぶん亀の方が早いんじゃないかというほどの歩みだった。小さな買物袋から青菜がのぞいている。どうしても必要だったのかしら、それとも運動がわりに外歩きしているのかしら。年寄りになると坂と階段の町は大変だろうけれど、彼女にとってはずっと暮らしてきた愛着のある土地なのでしょうね……

モンタルバーノ刑事の部屋はここシクリにあった

午前中にモディカの丘を上り下りして、40分ほどのバス移動をはさんだものの、すぐさまシクリの丘も上り下りして、かなり足腰がくがく。なんとなくふらふら歩くうちに赤と黒の椅子がモダンな洒落たカフェを見つけたので、ちょっと一休みすることにした。

モディカ以上に日本の媒体には載っていないシクリなので、画像検索で観光マップだけは探り当てていた。中程度の解像度だったけど、プリントすればなんとか使える。私は馬鹿のひとつ覚えのカフェマッキャートを啜りながらシクリ観光マップとスマホのGoogle Mapをつき合わせて、現在地確認と見どころチェックをした。日本語の解説はいっさいないから、そこに載ってるいくつかのスポットの重要度や順列はわからないけれど、とりあえず入れるところに入るしかないのよね。
ああ、今いるカフェは《Millennium》[WEB]というのか……カフェレストランとしても評価が高いみたい。まだあんまりお腹空いてないけど、ついでにお昼にしようかな。テラス席正面の堂々とした建物は、市庁舎 Palazzo Municipale か……。市庁舎って見学できるんじゃなかったっけ? そう思ってよく見ると入口脇に立て看板が出ている。イタリアではタイミングを逃してはいけないのは鉄則。お昼のことはあとで考えればいい。大急ぎでコーヒーを飲み干し、精算して、市庁舎に駆け込んだ。

『モンタルバーノ刑事』のロケで使われている警察署とモンタルバーノがいつも立ち寄るカフェ。何故かこの周辺の写真はこれ1枚しか撮影していなかった。疲労困憊してたからかな……

3ヶ所見られるという€5のチケットを買った。切符売場の青年は13時までだから時間が足りないということをしきりに言っていたけれど、うんうんと適当に頷いて2階へ。だってまだ20分近くあるし。階段を上った先にあったのはとてもゴージャスな市長室 Stanza del Questore だった。暇そうにバルコニーから外を眺めていた若い女性の係員は、私が入っていくと盛大に歓待してくれた。

帰国してから知ったことだけど、シクリはイタリアのTVドラマシリーズ『モンタルバーノ刑事 Il commissario Montalbano』のロケ地のひとつなんですって。実は私はこのドラマのこと知らなかったのだけど、イタリア版『はぐれ刑事純情派』ともいうべき人情刑事ドラマらしく、イタリアでは大人気だそうで。日本でもCSで放映されたのでそれなりにコアなファンがいるらしい。

ドラマの舞台はシチリア内にあるモンテルーザという架空の町で、シクリ市庁舎の建物はモンタルバーノの勤める警察本部として撮影に使われていて、市長室はモンタルバーノがちょくちょく訪れる上司の部屋としてそのまま使われているとのこと。うわぁ、事前に知ってればねえ……市庁舎正面見て、市長室に入って、いちいち感慨深かったのだろうけど。
で、さきほど私が休憩していた《Millennium》は、モンタルバーノがしょっちゅうエスプレッソを飲みに立ち寄るカフェという設定でロケに使われているとのこと。ホント、知ってればコーヒーの味わいもまた違ったものだったろうに……

「モンタルバーノが訪れる上司の部屋」とされている本物の市長室。家具調度もそのままにロケに使われたらしい。私がこのドラマをよく知っていたなら、もっともっと楽しめたのに……

シクリのパラッツォや教会はみんな天井の装飾がとても綺麗だった。その綺麗な天井たちとの最初の出逢いがここだった

さて残りの2ヶ所を見ようかね、と廊下に出て奥へ進もうとすると、係員の女性にに押し止められてしまった。
「コンビチケットを買ってるんだけど?」とチケットを見せると、ここではこの部屋しか見られないと言う。残りの2ヶ所は違う建物の違う施設なんだということを理解したのは、しばし問答を繰り返した後だった。ああ、それで時間が足りないって言ってたのか! うわあ、13時までだったら間に合わないかも!

シャイで親切なシクリの若者たち

市庁舎の左隣は、現在は戦没者記念堂になっているという美しいバロック建築のサン・ジョヴァンニ教会 Chiesa di San Giovanni Evangelista。でも今は中を見ている余裕はないのよ。とはいえ、残りふたつの施設がどこにあるのかもわからない。この Via Francesco Mormino Penna という通り沿いに、ひとつは市庁舎の並びに、もうひとつは突き当たりにあるって言ってたけど……。チケット裏に位置関係マップくらいつけといてよ、もう! スパダーロ宮 Palazzo Spadaro とあるので、かつての貴族の屋敷であることは確か。

ウロウロ探しながらそれらしき建物に入ろうとしていると、後ろから肩をポンポンと叩かれた。振り返ると、先ほど市庁舎の市長室にいた若い女性。ジャケット羽織ってショルダーバッグ下げて完全に帰り支度になっている。私は1ブロック手前の違う建物に入ろうとしてたらしく、「ここじゃないわよ、こっちよ」と、正しいスパダーロ宮まで案内してくれた。ところが入口には鎖が渡され、扉も閉まっている。
「ああ、間に合わなかった……」落胆しかけた私をよそに、彼女は「問題ないわよ」と言いながら鎖を外し、バッグから取り出した鍵で内扉を開けてくれた。
「入っていいの?」
「もちろん。だって切符買ってくれたでしょ?」
13時を過ぎちゃったんだから悪いのは私なのに、わざわざ開けてくれるなんて! なんて親切なの!
これまで受けた数々の仕打ちを思い出す。アレッツォの考古学博物館では、まだ閉館前なのにオバちゃん係員に後ろにびったり貼り付かれ、見ていくそばから部屋の窓を閉められ照明を消され鍵をかけて追い立られ、最後にトイレに寄ったら舌打ちまでされた。パリのオランジュリー美術館のモネの部屋では、クローズ15分前でまだ20人近くの客がいるのに、3〜4人の係員がハンドベルを鳴らしながらやって来て、鳩のように全員が追い払われた。17時までじゃないのかと誰かが文句を言ったら、17時は私たちの帰る時間だと答えてたのでびっくりしたっけ。ヨーロッパではそんな目にばかり遭っていたので、彼女の親切が嘘みたい。

2階に階段を上ったエントランスホールは意外にもアールヌーヴォー調だった。青緑色の色調が美しい絵画が何枚か飾られている。アールヌーヴォーの旗手ミュシャやナビ派のモーリス・ドニ、ウィーン世紀末芸術のクリムトや、スイスのフェルディナント・ホドラー……そんな人たちの作風を彷彿させるロマンティックでファンタスティックな絵だ。おそらく19世紀から20世紀にかけてに作られた内装なんだろうなあ。

アールヌーヴォー調のエントランスホールでは、ロマンティックな絵画がお出迎え

各部屋それぞれで趣の違う天井装飾は、どれもそれぞれ綺麗

天井の装飾とシャンデリアが一番豪華だった一番広い部屋。ここが大広間だったのかな

パラッツォ内部は、部屋が10室くらい連なっていた。それぞれ雰囲気の異なる天井装飾がとてもノーブルでエレガント。ひとつひとつ丁寧に見たいけれど、時間外なんだからあまりノロノロしてたら悪いよね。女性はぐいぐい先導するわけでなく、ほんのり笑顔のまま私の一歩後ろをついてくる。つまり私の見学ペースを優先してくれてるわけで、あんまり簡単に流し見しちゃったら、それはそれで申し訳ない気もするの。だって「私たちの町を見てね」という気持ちで開けてくれたんだと思うから。

そういうわけで私は、杜撰な感じはしない程度にゆっくりと、かつイライラしない程度の速度は保ちつつ、ところどころで双眼鏡を取り出して天井を眺めたりして、パラッツォの見学を10分間ですませた。
天井装飾はどれも素敵だけど、シャンデリアが残っている部屋が2つ3つあるくらいで、どの部屋にも家具調度の類いはいっさいないので、元は何の部屋だったのか想像がつかない。いくつかの部屋の壁にお世辞にも巧いとはいえない風景画が何枚か飾ってあった。悪いけど私の絵の方がマシかも……

>> あとでスパダーロ宮について調べてみた。イタリア語のサイトを英語にGoogle翻訳してさらに日本語に翻訳してみたら、ここは市の持ち物になっていて市民のためのアートギャラリーとしても開放しているらしかった。なるほど、あれは市民の作品だったか。

女性はスパダーロ宮の戸締まりをすると、残りの見学箇所のサンタ・テレサ教会 Chiesa di Santa Teresa に連れてってくれた。中には彼女と同年代くらいの男女が数人いて、彼女の到着を待っていたようだった。さっき市庁舎の入口で切符を売ってくれた青年も混ざってる。私がいることにちょっと怪訝な表情を浮かべたものの、二言三言の会話で納得したみたい。ああ、そうか! 彼らはみんな市の職員で、同僚なんだ。今日は土曜日で13時で終いだから、このあと食事にでも行こうと待ち合わせてたのかもしれない。彼らの間に流れていた空気はそんな感じだった。申し訳ない。でも、せっかくだからここでも流し見でない程度には見させていただくわ。

ゴージャスかつエレガントなバロック装飾の祭壇にはキリスト降誕の絵画

これまで見てきたヴァル・ディ・ノートの町のどの教会よりも豪華な内装で、どこもかしこもとてもきらびやか

ここはもう教会としては使われてなくて、展示ホールやコンサート会場などに貸し出されているらしい。内部はパネルとパーテーションで区切られているけれど、文字や図版ばかりの展示で、雰囲気としては学園祭の研究発表みたいな感じ。まあ、この展示内容はどうでもいいのよ。私がここで見るべきは、豪華で精緻なバロック装飾の内装。この町が世界遺産に登録されてから、おそらくここ10年以内に修復されたのだろうけれど、それでも元々かなり贅を尽くしたものだったと思う。床の黒と白のモザイクもとても綺麗だし、祭壇画まわりの彫刻の絢爛なことといったら! パネル展示のせいで全体がゴチャゴチャ雑多な印象になってしまっているのが残念きわまりない。

壁のキリスト磔刑像の前に立つと、背の高い青年が近寄って来て「釘のところに花が咲いているんだよ」と言う。えっ! ホント? 遠くて見えづらいので双眼鏡で覗いてみると、確かに掌と足の甲の釘を打たれた部分が流れる血ではなく深紅の薔薇の花になっている。とても美しいキリスト像だった。 ひととおり見終わって、時間延長につき合わせてしまった彼らにたっぷりお礼を言った。誰も不機嫌そうな様子はなく、むしろ穏やかな笑顔で「私たちの町を楽しんでね」と、みんなで手を振って見送ってくれた。小さな田舎町のシクリで、若い彼らが町起こしに観光誘致に頑張っているのね。

シクリの町でベスト・オブ・ラビオリに出会った〜(下條アトム口調で)

外に出ると、ただでさえ少なかった人通りが完全に途絶えていた。さっきは素通りせざるをえなかったサン・ジョヴァンニ教会に行ってみたけど、もう扉も閉ざされている。今日は土曜日だし、入れる場所はきっとどこにもないわね。帰りのバスは16時近くだし、これはゆっくり優雅にランチするしかないでしょ。とりあえず感じの良さそうなレストランかトラットリアでもを探そう。

あてずっぽうに歩き回っていると川があったので橋を渡ってみる。川沿いに歩いてみる。また橋を渡って対岸も歩いてみる。ところどころで路地裏を覗いてみる。
それにしても誰にも行き会わない。雲は多いけれど青空が見え、陽射しは明るく、町並は白っぽく乾いた褐色で、なんだか白日夢の世界に放り込まれたよう。

今はほとんど川の体裁をなしていないけれど、季節によってはこれだけの深さの必要なほどの水量があるってことなんでしょうね

川沿いに1軒のレストランを見つけた。《Osteria del Ponte》[WEB]、直訳すれば呑み喰い処・橋≠チてところかしら。間口が小さくて地味な上に、外に並べられているはずのテーブル席もないので、ちょっと見では営業しているのかどうかわからない。様子を伺っていると店員らしき人がちょうど出て来たので「ひとりでも大丈夫? パスタだけでも大丈夫?」と尋ね、快く受け入れてもらえた。

間口の狭さと地味さからは想像もできないほど、店内は広く奥行きがあり洗練された内装で、満席に近いほど混んでいた。街が無人だと思ってたら、みんな室内でお昼食べていたのね! 高い天井に反響するお喋りの声、食器の音、テーブルの隙間をきびきび歩き回る数人のカメリエーレたち……無人の白日夢の世界からいきなり賑やかな現実世界に引き戻された感じ。奥まった窓際の中庭に面した落ち着ける位置のテーブルに案内してもらえた。さあ、何を食べようかな。

プリモはどれも美味しそうで迷いに迷った。ふたりならシェアできるけどひとりだからねぇ……。ドライトマトとキャベツのタリアテッレ、茄子のトマトソースのスパゲッティ、このへんは味の想像もできるし無難そうだけど、もうちょっとこの地ならではのものにトライしてみたい。ピスタチオのリゾットにも惹かれたけど、きっと途中で飽きちゃうだろうから完食できるか不安。結局カメリエーレのお兄さんにお奨めを聞いて、リコッタチーズとポークのラビオリにした。お昼だけど赤のローカルワインも250mlもらう。

さすがお店のお奨めだけあって絶品だったラビオリ。チーズもたっぷりかけ放題。ワインも足付きグラスでなくコップでぐびぐび飲めるのが気軽でいい

ラビオリは挽肉ベースの具材を皮で包むので、よくイタリア版餃子≠ネんて例えられる。皮で包むというよりは、皮に具材を塗りつけてはさんでいるような感じで、実は私はラビオリってあまり好きじゃなかったの。具を味わうには皮の比率が高過ぎでよくわかんないし、単純にソースで和えてあるだけだし、中途半端な気がして。お奨めされたけど最初はどうしようかなって思ったくらい。
だけど、この店のラビオリはその固定観念をぶっ飛ばす美味しさだった。私の人生で堂々のベスト1のラビオリ。これからもずっとベスト1であり続けると思う(たぶん積極的にラビオリをオーダーすることはないだろうから)。

この店のラビオリは一個一個が大きくて、小ぶりの大福くらいのが7個。数えられるラビオリってのがまず驚き。切り分けて口に入れるラビオリってのも驚き。食感と味わいが既成概念をいい感じに裏切ってくれて、また驚き。皮はつるっとしつつもモチモチで、なんていうか雲呑みたい。中身はリコッタチーズとポークとのことだけど肉肉しい食感はなく、卵豆腐の水分抜いてモロモロふわふわにして若干コクを加えたような感じ。それだけだとちょっと淡白過ぎるところを、酸味が強めのトマトソースが全体を引き締めている。うわー、これは美味しいわあ! 口に運びながら咀嚼しながらも思わず顔がにまーっとしてしまう。最後まで飽きることなくペロリと完食して、食後のエスプレッソももらって、しめて€13。充実したランチだった。

昼下がりのシクリをしばし徘徊する

ゆっくり食事したつもりが時刻はまだ15時少し前。所詮ひとりでパスタ一皿食べるだけなので、ゆっくりっていってもたかが知れているのよ。まだ街中は閑散としている。なんとなく川沿いに進んでいくと、ブサッカ広場 Piazza Busacca に出た。広場に面して建つバロック様式の教会はカルミネ教会 Chiesa del Carmineカルメル会修道会 Convento dei Carmelitani。シクリの教会は外観より内部の装飾の方が派手で華やかなようなので見てみたかったけれど、扉は閉まっている。土曜日の午後という時間的なことなのか、内部には入れない教会なのかはわからないけれど……。
教会の90度左隣で広場に面しているブサッカ宮 Palazzo Busacca には観光インフォメーションの「i」のマークがあったけれど、やっぱり閉まっている。記念に観光地図が欲しかったけど仕方ないな。

カルミネ教会前のブサッカ広場はいくつかベンチなども設えられていて、ちょっと休憩するにも気持ちのいい空間になっている。昼ごはんから戻って来たシチリア親父がひとり、ポツンと誰かが来るのを待っていた

左側にはバールが、右側には観光インフォメーションの入っているブサッカ宮。バールは一応開店していたのでしばらく待ってみたけれど、店の人は誰も出てなかった

しばしシクリの街を徘徊してみる。相変わらず人通りも自動車も少なく、静かで少し寂し気な町という印象は変わらないけれど、貧しい荒んだ感じはしない。通りにも広場にもゴミひとつ落ちてないし、落書きなどもなく清潔で美しい。コンパクトでのんびりした、よい意味での田舎町。ノートほど観光ずれしていないし、モディカほど広くはない。ジュゼッペ・トルナトーレ監督は『L' uomo delle stelle』や『Marena』をこの町でも撮影したとのことだし、映画やドラマのロケに使われるというのも妙に納得できる。

そもそもが小さな町な上に、観光客が楽しめる旧市街エリアは300m四方程度なので、ただ歩くだけではすぐ限界がきた。どこにも入れる場所はないし、残り2つの丘に登って街を俯瞰するのはちょっとしたハイキングになっちゃうし、街歩きはもういいや。バスの時刻の15:50まではまだ30分あるので、カフェ休憩しててもいいんだけど、バスが来るのが見えないと何だか不安だし。
最初にバスを降りたイタリア広場まで戻ると、バス停周辺にいくつもあるベンチの半分以上がすでに埋まっている。こんなに乗客が待ってるの?と一瞬焦ったものの、よく見ると大部分が暇なシチリア親父たち。午前中に広場のあちこちにたむろしていた爺さんたちは、お昼ごはんを食べに家に戻って一休みして、再び三々五々に集まってきたのだ。

ベンチに座ってぼーっとしていると、暇な爺さんたちに混じってバスの乗客らしき人もポツリポツリと集まり始めてきた。多分ここにバスは来るんだろうけど、念のために地元の人に確認してみよう。
5〜6人の爺さんたちが集まるベンチ横に立って「Scusi」と声をかけてみると、一番手前の爺さんがゆっくりと私を振り仰いだ。
「すみません。モディカ行きのバス停はここですか?」今度は全員が気づいて、全員が振り向き、全員が耳に手を当てて「…ん、あ?」
「私。モディカに。行きたいの! バス停は。ここ?」大振りのゼスチャーも交え、大きな声で一語一語くっきりと尋ねると、爺さんたちはみんなで耳に手を当てたまま頷き、入れ歯をフガフガさせながら口々に答えてくれた。
「そうだ、そうだ、ここだ」「うん、ここでいい」「切符は持ってるのか?」「あっちのタバッキで買える」「わかるか? あそこだ」ありがとう、モゴモゴしててすごく聞き取りづらいけれど、ここで場所が合ってるってことはわかったわ。切符は往復で買ってあるから大丈夫よ。
わざわざよっこらしょと立ち上がって標識のところまで来て、ポケットから老眼鏡を取り出してまで時刻表を見てくれる爺さんもいる。大丈夫、大丈夫、時刻表は読めるから。私の腕時計の50分のところを指差して「ここだ」とも言ってくれる。うんうん、大丈夫よ、時計も読めるから(^^;)
シクリの若者たちはシャイで静かで親切だったけれど、どうやら老人たちも同じよう。この町の人たちの気質なのかもしれないね。

バスは1分前にやって来て、定刻の15時50分にちゃんと出発した。到着時には撮れなかった道路の上からのシクリの町並の撮影を試みたけれど、螺旋状に遠ざかりながらの登りではやっぱりうまくいかなかった。

シチリアのバス移動は便利なんだか不便なんだか

帰りのバスの運転手のドライビングはかなり大胆だった。日光いろは坂並みのヘアピンカーブをカッ飛ばす、カッ飛ばす。いろは坂は傾斜がきつい上に行楽シーズンは大渋滞だからちんたら走るしかないけれど、ヴァル・ディ・ノートの道路はガラガラなので飛ばし放題なのだ。草原や果樹畑ばかりの台地の中の疾走だし、バスだから普通の乗用車と体感速度は違うと思うけど、たぶん80km/h以上出てたはず。途中でガソリンスタンドにも立ち寄った。運行途中で乗客乗せたまま給油?と私はかなりびっくりしたのだけど、みんな平然としてるから普通のことなのね。

バスはガソリンスタンドのタイムロス分を埋めるかのようにさらにカッ飛んで、時刻表にあった16時30分よりも5分早くモディカに着いた。
さてこのあとだけど、明日は移動日なのでバスの時刻をきちんと確認しておきたい。ウェブで調べてはあるけれど、ちゃんと現地でも確認しなくちゃいけないのは、今日のシクリ行きのバスで実証ずみ。なんせ明日は乗り換えありの長距離移動しなくちゃならないのよ。おまけに日曜日なのでバスの本数は激減する。バスターミナルの切符売場はもう閉まっていたけど、コルソ・ウンベルト1世通り沿いの観光インフォメーションは開いていた。ふくよかなオバちゃん職員が「もうすぐ閉めちゃうところだったのよ、明日は休みだし」と笑う。よかったぁ!

「明日カルタジローネに行くのでバスの時刻を教えて」と頼むと、モディカから出るバス一覧の時刻表をコピーしてくれた。カルタジローネもヴァル・ディ・ノートの世界遺産の8つの町のひとつ。モディカからは80kmほどで、ちゃんと道路もつながっているので、車での所要時間は1時間半くらい。なのに、いくら検索してもモディカとカルタジローネを結ぶバス路線は出てこなかった。でも現地で調べれば実はあるんじゃないかなんて都合のいいことを考えていたのだけど、やっぱりそんなものはなく、カターニアで乗り換えて大回りするしかない。冬の季節だから直行便がないのか、一年中ないのかわからないけれど、一日1便でも走らせてくれればいいのになあ……。

オバちゃんはちょっと申し訳なさそうに「明日は日曜日だから本数が少ないの」と、時刻表のコピーにマーカーを引いてくれた。ざっと見た感じ、どの路線も半分から3分の1以下に本数が減っている。さすがにカターニア行きは日曜でもそんなに減っていないけれど、カルタジローネに連絡できるのは朝7時台の1本と14:30発の2本きり。ウェブで事前に調べたものと完全に同じだった。絶対に午後の便を逃せない。

モディカからカターニアへはカターニア空港を経由するし、カターニア発カルタジローネも空港を経由するので、空港で乗り換えればいいのかと尋ねると、オバちゃんはキッパリと「カターニア駅で乗り換えるのよ」と言う。
「駅? 空港じゃなくて?」
「駅よ」毅然と言い張る。オバちゃんの勘違いのように思うけど、まあ、いいや。時刻表が合ってることはしっかり確認できたので。

癖になる味わいのモディカ・チョコレート

さあ、お土産のモディカ・チョコレートも今日のうちに買っておこう。モディカはペルージャ、トリノに並ぶイタリア3大チョコレートの町≠ネのだ。ビターなカカオの苦みがガツンとくる私好みのチョコレートなのは、昨日のディナーのジェラートで実感ずみ。
町にはチョコレートの専門店が何軒もあるけれど、一番の有名店《Antica Dolceria Bonajuto》[WEB]に行ってみた。モディカ・バッサの大聖堂サン・ピエトロ教会正面、看板がなければとても気づかないような小道の奥にひっそりと立つ可愛らしい店は、1880年創業の老舗ドルチェリアの本店にはとても見えない。ガラス扉ごしに見た店内はお客さんでいっぱい。買物をすませた人が何人か出てくるまで店の前で待った。

ボナユート店内では、ほぼ全種類のフレーバーが試食できる。チョコレートドリンクの試飲もさせてくれる。なんて太っ腹なんでしょう!

外から見ても可愛いらしい店構えの店内はお洒落な雰囲気。奥の工房と店舗部分とを仕切る大理石のカウンターの上には試食できる各種フレーバーのチョコレートがどっさり。えーっ、これ全部試せるの?

実は、モディカ・チョコレートはちょっと特殊なチョコレート。現在のチョコレートが口の中でトロリと甘く溶けるのは、カカオバターを混ぜるからなのだが、カカオからカカオバターが抽出されるようになったのは19世紀頃のこと。モディカ・チョコレートはその技術革新前の伝統的な製法で作られていて、そのレシピは古代アステカ帝国からカカオが渡った時代のもので、素材はカカオと粉砂糖とスパイスのみ。
……とかなんとか、うんちくは調べてきたものの、やっぱり口にしてみないことにはね! 早速端っこから試食開始。

試食用のものは板チョコを砕いたものなのだけど、まず見た目がいつものチョコレート≠ニ違う。普通の板チョコのように表面つるつるではなくて、表面が粉っぽくて断面にはザラザラした砂糖の結晶も見え、色は真っ黒で硬そう。手に持った感じも硬く、掌の上でも溶けない。口に含んでも溶けてこないので、一瞬「えっ?」となる。噛み砕いてみると最初にジャリジャリっとした砂糖の食感、その後に広がるカカオの香りと苦み、最後にほのかに残る香辛料の風味。うわー、なんだこれ。面白〜い。洗練された繊細さとはほど遠いけど、素朴で力強い味わいだ。

フレーバーはいろいろで、バニラやオレンジやレモン、シナモン、唐辛子や塩などまである。甘さは控えめ、というよりなにしろカカオの苦みが強烈。私は元々ビターなダークチョコレートが大好きだけど、甘くて滑らかなミルクチョコレートが好きな人には向かないんじゃないかな。一時期日本でも売り出したカカオ80%以上のチョコレート、あれも定着しなかったしね。ここには70%、80%、90%、100%のものがあった。さすがに90%以上のものは薬のように苦くて、私にもそのままは無理。

ひととおり食べているうちに味の違いがよくわからなくなってきた。どちらかというと、いわゆるスパイシーな強いフレーバーの方が合うみたい。甘く爽やかなフレーバーでは、カカオの苦みに太刀打ちできないのね、きっと。
結局、友人たちへの土産用には、缶ケースに一口大のチョコレートが6粒入っている唐辛子フレーバーのものにした。板チョコ1枚だとかなりボリュームがあるし、好みに合わなければ相当ヘビーでいやげもの≠ノ分類されそうだけど、このくらいの量なら珍しがって試しているうちになくなる。でもね、別に気をてらっているわけではなくて、ジャリジャリの苦いチョコレートにピリリとした唐辛子フレーバー、意外なマッチングで美味しいの。自分用にも唐辛子とシチリア・マルサラ産の塩を買った。唐辛子と塩は、6粒入り缶ケースの他にマッチ箱のような紙ケースに2粒入ったものもありので、おまけのお土産にすると話の種にもいい感じ。

お土産を買い終わったらいきなり疲れが押し寄せてきてぐったりしてしまった。モディカの町のスポット巡りは明日14時まではたっぷり出来るので、今日はもう帰って晩ごはんまで少し横になろう。ホテルへ向かう階段坂道を半分以上登ったあたりで、ホテルの初老の男性に「電話くれれば迎えに行くからね」と何度も言われていたことを思い出した。

地元ワインを楽しむ夜

今日は朝もしっかり、お昼にもラザニアをしっかり食べたので、夜は軽くすませようと思う。レストランでひとりでディナーをとるとなると、飲み物はビールかハウスワインかにするしかない。いや、それでもいいんだけどね、ちょっとはいいワインなんかも味わってみたい。

というわけで、今晩はエノテカでワインを飲むことにした。料理のお供にワインを飲むのではなく、あくまでワイン主体でおつまみを頂くというスタンスでいくつもり。私はいそいそとホテル斜め向かいの《Rappa Enoteca》という店に向かった。まだ19時をわずかに回った程度なので、夜の時間帯の客としては私が第一号だった。店内の内装はくだけた感じで、飲食店というよりは酒屋の中に簡易な椅子とテーブルが並べてあるといった感じ。壁全面に造りつけた棚にはびっしりとワインが並び、正面のガラスケースの中にはチーズやハム&サラミ類がぎっしり、ワインリストは30ページくらいある。ああ、これは自分ではとても選べない。

尋ねてみると、いくつかの高価なもの以外はオマケのおつまみも含んで1杯一律€5ということだった。うん、これはもうお任せするしかないな。シチリアのローカルワインの赤を2種類試してみたい、1杯目はライトなものを、2杯目はフルボディで、と頼んだ。

早速ナッツとドライビーンズの盛り合わせが出てきた。御飯茶碗くらいの器にてんこ盛りの大盤振る舞いにまずはびっくり。肝心のワインのお味だけど、最初に出てきたライトボディのものは透明で明るいルビー色で、見るからに軽そうな感じ。そしてやっぱり見た目通りに軽かった。軽すぎた。一気にくぴーっと飲み干してしまった。

2杯目のフルボディのものは、1杯目の反動か一口目がちょっと渋く感じたけれど、二口目からは深みのある味わいがじんわりと沁みてくる。あっ、これ、結構好みかも? などと思っているところに2つ目のおつまみが登場して、とてもオマケとは思えない豪華さに再びびっくり。小皿にサラミが1〜2枚にチーズ一切れなんてレベルかと思っていたのに……。このクォリティのものを日本のワインバーで出したら、平気で2000円くらいの値段つけてくる。で、ワインが1杯700円とかね。ひとつひとつチーズとサラミの説明をしてくれたけど、リコッタチーズと生ハムしかわからなかったよ。

サラミ類はどれも塩辛く、スパイスが効いているのだけど、このちょっと渋めのワインにはベストマッチング! ワインだけでは渋いし、サラミだけでは塩辛いのに、相乗効果でとても美味しくなる! 私はたぶん顔がほころんでいたと思う。うんうん頷きながらサラミを噛み締めワインをごくり、チーズをつまんでワインをくぴり。幸せだぁ〜〜(*^.^*)

最初のワインはライトなものから。ナッツやドライビーンズのおつまみがおまけについてくる

山のようなコルク栓とワインの木箱のショーウィンドウ・ディスプレイ

2杯目はフルボディタイプ。おまけのおつまみがあまりに豪華でびっくり! 3種のチーズと3種のサラミ&ハム、大粒のオリーブ。パンにはオイル漬けのドライトマトがはさんである

3杯目にはミディアムボディ。なんと、また違う種類のチーズとサラミが! 左上の唐辛子入りのチーズがめちゃくちゃ美味しくて、やみつきになりそう

幸せな気持ちで味わっているうちに、いつの間にか店内のテーブルは半分以上埋まっていた。7〜8人くらいの若い人たちのグループもいて、わいわい賑やかだ。

とりあえず2杯だけのつもりだったけど、最初の1杯が物足りなかったのでもう少し試してみたくなってしまった。ホテルは真向かいだし、ちょっとくらい酔っぱらっててもいいよね。などと言い訳しつつ、ミディアムボディの3杯目を追加。そして今度もまたサラミとチーズの盛り合わせプレートが出てきた。さっきとは違う種類の組み合わせで! パンまでついてきた。軽くすませるどころか、完璧に満腹だ。ワインだけなら4杯目も飲めなくはないけれど、これ以上おつまみが食べられないので打ち止めにする。

さて、お土産にワインを買って帰ろう。ワインの味としては3杯目のものが一番飲みやすくてバランスは取れていたように思う。ワイン単体で飲むなら一番無難で普通に美味しい。でも私は、2杯目の渋いフルボディと塩辛いサラミの黄金カップルの味わいがどうしても捨てがたかった。渋みが強いのに重すぎない赤って日本ではあまりないもんね。
ワインは1本€15だった。イタリアにおいて€15のワインとは、高級ではないけど、普段使いよりはちょい背伸びしたという位置づけのお値段。お土産としては、まあまあ妥当ね。あの豪華おつまみ群はホントにオマケだったようで、飲食分では€5×3杯しか請求されなかった。コスパよすぎでしょ。

ほろ酔いウォーキング・悔恨のダウンアップ

店に入った時にポツポツ降り始めていた雨は、ワインを楽しんでいる間は本降りになっていて、外に出た時にはすっかりあがっていた。洗われたような星空が綺麗。3杯のワインと美味しいサラミ&チーズに心も身体もいい感じに酔っぱらった私は、なんだか変なテンションあげのスイッチが入ってしまったらしい。「今日はモディカ最後の夜だしぃ……」などと呟きながら、目の前にあるホテルをすたすたと素通り。

私はワインの入った紙袋をぶんぶん振りながら、人けのない路地を上機嫌でスキップせんばかりに歩き回った。完全に酔っ払いの行動だ。ライトアップされたサン・ジョルジョ教会の塔が見えたので「わ〜い」と駆けていく。昼間、街のパノラマを楽しんだ教会前のテラスにも人ひとりいない。思い返せばその時の私のテンションはマックスにあがっていて、リミッターが振り切れつつある状態だった。「うわ〜綺麗」「うわ〜凄い」と言いながらテラス下の階段をたーっと駆け下りては振り返って教会を眺め、さらにたーっと駆け下りては仰ぎ見て、結局200段超の前階段をすべて下りてしまった。スポットライトに照らし出された舞台装置のような教会の展望が独り占めだ。いくつもの聖人の彫像の並ぶ美しい前階段正面から、威風堂々と屹立する教会のファサードをしばらくうっとりと眺める。

前階段を一気に駆け下りてドゥオモの美しいファサードを見上げる

雨があがって、空気がスッキリ洗われたよう。街の灯りもキラキラくっきり

ひとしきりうっとりと楽しんで、そろそろ帰ろうかというところで突然、ホテルまでは合計300段近くも階段を登らなければいけないのだということを思い出してしまった。ああ、これぞ酔っ払いの思考と行動なんだわ。テンションあがって後先考えてない……一気に駆け下りて酔いもさらに回ってる……ああ馬鹿馬鹿馬鹿。私は自分自身に悪態をつきながら、えっちらおっちらと階段を登った。今日はモディカでもシクリでもひたすら階段の上り下りだったっけ。とどめに酔いが回っての一気登りをする羽目になるとは……。トホホではあるけれど、こんな美しい夜景を独り占め出来たんだから良しとせねばね。

おまけにさっきの店に傘を忘れてきてしまったことまで思い出した。私が店を出た時にすでに賑わい始めていた店内は、21時を回ってほぼ満席になり阿鼻叫喚の大賑わいだった。私は座ってたテーブル脇に傘を置いた記憶があるのだけど、そこにはなかった。店の青年は忙しさに目つきが尖り気味になってはいたけれど、その時は申し訳なさそうに首を振った。
さらに疲労が増した思いがしてしょんぼりと真向かいのホテルに帰る。残る2日間に雨が降らないといいんだけど……そう思いながらバッグを開けたら傘はちゃんと底に入っていて、自分の馬鹿さ加減にさらにぐったり疲れた。私、疲れてるんだわ、酔っ払いなんだわ、早く休もう。

本日も歩数は31975歩で3万歩越え。歩数じたいは昨日や一昨日よりは少ないけれど、一日中上下移動の激しい行程だったからねぇ……。やっぱりシャワーの後で足湯もしよう〜っと。

 
       

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