Le moineau 番外編 - ヴァル・ディ・ノートのバロック都市めぐり -

       
 

ついに帰国の朝なのだ

昨晩はどうにも睡魔に抗えなかったので、すみやかに眠ってしまい、5時半に起床して一気に帰国のための荷造りをした。シラクーサで買った瓶詰め、モディカで買ったワイン、カルタジローネで買ったカップや絵皿の時計……重い割れものが増えている。移動時の取り回しを考えてスーツケースは小さめのものを選んでいるので、上手に詰め込むのは至難の業なんだけど、それは醍醐味でもあるのよねぇ。わざわざエアパッキンなどを持ってくる人もいるそうだけど、衣類やレジ袋や紙袋などうまく利用すれば大丈夫。つまりは、固いもの同士がぶつからないようにすること、中で荷物が動かないよう固定すること、これに尽きる。私はこれまでワインや瓶詰めや陶器が割れたことはない。今回もきっちりうまく詰め込んで、スーツケース前に仁王立ちして「どうだ、参ったか!」と征服感で高笑いした。私がいったい何と闘っているのか疑問に思う方がいるでしょうが、それは否定しませんよ(^^)

荷物をすべて持って昨日と同じバールに向かう。約束した7時半よりは少し前だけど、私ひとりのための朝食はきちんと用意されていた。内容は昨日と同じ。あのピスタチオもなか≠烽ソゃんとある。嬉しい〜〜!
朝食を食べながら、オーナー夫妻とぽちぽち会話をする。彼らは英語が出来ないのでGoogle先生の手助けつきで。
この後はどこへ行くのかと尋ねられたので、「日本だよ。帰るんだよ」と答えた。「日本はまだ寒いの。これが必要」とファーのついたもこもこのダウンコートを見せる。

「カルタジローネはとてもよかった。今度は夏に来たい」とも言った。本心半分、社交辞令半分。違う季節に見てみたいことも確かだけど、その時間とお金があったら行きたい未訪の地はまだまだたくさんあるもん。
「夏! 夏はいいわよ! 綺麗よ、ぜひ夏に来て!」奥さんは目を輝かせて突然雄弁になる。
「暑いでしょう?」
「暑いけど……綺麗よ。あとね、彼の作るグラニータはとても美味しいのよ。ぜひ食べてちょうだい! この雑誌知ってる?」棚から日本の雑誌を一冊出してくる。雑誌の名前は聞いたことのないものだったけど、20代向けくらいの女性誌だった。付箋のつけられたページには、手作りグラニータの美味しいカフェとしてこの店が取り上げられていた。ご主人の写真もちゃんと載っている。そうか、日本からの旅行者は日帰りする人がほとんどだから、B&Bとしてよりも階段中腹のカフェとしてアピールした方がいいのね。

そうだ。モディカのホテルで絵を描いたら受けがよかったので、ここでもちょっと絵描きアピールしてみるか。
「私は絵描きなので、シチリアの風景を絵に描くつもり」と言ってみた。
「絵描きなの?」 手元にPCがあったので、これまでに描いたイタリアの風景画を見せた。彼らは嬉しそうに画面を覗き込んでいる。こういう時、自分は絵が描けてよかったなあって思うの。絵って共通言語だもんね。
作品をスクロールさせながら順番に地名を読み上げて、最後に「……アンド、シチリア!」と締めくくった。彼らも「シチリア!」「楽しみ!」と笑う。
「描いたら見せるね。いつになるかわからないけど」と約束した。出来がよかったら水彩紙に精彩プリントして郵送するつもり。

たっぷりの朝食はやっぱり全部食べきれなかった。さらにおかわりのチョコレートパイも頂いたので、潰れないように乾かないようにジップロックのコンテナにしまった。これ、日本まで持って帰ってチョコレート好きの母に食べさせてあげよう。多少は味が落ちちゃうけど、24時間以内には家に着けるし。

精算時にオーナーの奥さんの方が「私たちからのプレゼントよ」と言って、小さな陶器のチャームをくれた。黒地に鮮やかな大輪の花が描かれた5cm四方くらいの陶器の板で、細い紐が通してある。革紐に変えてペンダントにしたら可愛いかも。たぶん、宿泊客みんなにあげているわけではないと思う。私は2泊したし、センスのいい品揃えのセレクトショップでネックレスを買ったりしたからね、きっと。
バスターミナルまではご主人が送ってくれるそうなので、奥さんとはここでお別れ。そうそう、今回はちゃんと名前も聞いた。ご主人はジュゼッペ、奥さんはドナテッラ。「ありがとう、ドナテッラ。絵を送るね」「きっと夏に来てね」と軽くハグ。

霧に迎えられて霧に送られたカルタジローネ

今朝、目覚めて最初に外を見たら霧だった。到着した夜のようにミルクみたいに濃いものではなかったけれど、バルコニーから階段下までは見通せなかった。温度と湿度が高いのかな……? この時期はいつもこんな感じなのかしら? だとしたら、昨日一日の穏やかな晴天はとてもラッキーだったということになる。朝ごはんの間に多少は晴れたようだけど、ドゥオモのクーポラや鐘楼のシルエットは霞んでよく見えない。

自動車でのルートは、昨日少しだけ歩いた北側の道路をぐるっと大回りで行くらしい。道路の左側には広がっているはずの丘陵も白い霧の中だった。当然その向こうのエトナ山なんか見えるはずがない。まあ、その時点ではそっちにエトナ山があることも知らなかったわけだけど。

ジュゼッペはバスターミナルではなく鉄道駅の方に横付けした。えっ! 私はバスに乗るんだけど! 私が慌てると「切符は売店で買うんだよ」と言う。いや、駅の売店で買えるのは市内バスの切符じゃないの? 戸惑う私をよそに彼は、駅構内へずんずんとスーツケースを引っぱっていく。その時間帯には列車はないから、そもそも数えるほどしか本数のないローカル駅だから、構内はがらんとしている。売店だって閉まってる。ちょうどそこに出てきた駅員に尋ねて、案の定、バスターミナルへ行けと却下された。ほ〜ら、ね! 遠い異国の旅行者の方が下調べしてくる分よっぽどよく知っているという事実。日本でもそうだけど、普段は自家用車で動いてる人ほど地元の公共交通のことに疎かったりするのよね。

バスターミナルは駅から30mほどしか離れていない。霧に煙ってよく見えてないけど位置関係は把握しているし、少しだけ坂道を下っていくだけなので、わざわざ車で送ってもらうまでもない。ジュゼッペにたっぷりとお礼を言って握手とともにそこで別れた。

ターミナルにはまだバスの姿はなかったけれど、乗客らしき人たちが10数人待っていたので安心した。たぶんみんな8:30のカターニア行きに乗るんだと思う。貼られていた時刻表にも8:30発空港経由カターニア行きが書かれているのを確認する。隅っこに小屋のような切符売場があったので切符も無事に買えた。

さあ、後は日本に一直線だ! 空港行きのバスの切符を買ったというだけで、私の脳内ではすでに帰国モードになってしまい、その場で自宅へ能天気な帰るコール≠した。それでもうすっかり家に帰り着いたような気持ちになってしまった。

「おうちに帰るまでが遠足です」
そうなのだ。気を抜いてはいけないのだ。小学生の頃の先生の言葉の意味がしみじみ甦ってくるのは2時間ばかり後のこと……。

カルタジローネ遠望は諦めた。でもエトナ山は……?

カターニア行きのバスは霧の中から唐突に現れた。ここカルタジローネが始発ではないようで、すでに乗客でそこそこ埋まっており、下車する人はひとりもいなかった。荷物室もそこそこ埋まっていたけれど、無理矢理スーツケースを押し込んだ。2人掛けのシートに相席せずに座れたので、完全に満席ではなかったということね。

発車したバスが町から遠ざかっていく時がカルタジローネ旧市街遠望の最後のチャンス! 走り出したバスの中から身体をよじって眺めてみたけれど、霧の中にぼんやりとしたシルエットが浮かぶだけだった。そのぼんやりシルエットもあっと言う間に過ぎ去ってしまった。まあ、いいや。私の脳内は完璧に帰国モードになっていたので、もう悔しくないんだよね。

カルタジローネとカターニアを繋ぐ道路は丘陵地帯のくねくね道。いつの間にか霧は晴れていて、まだ曇り空ではあるけれど、緑豊かな丘や畑に囲まれた車窓風景は気持ちいい。真っ暗な中を振り回されて車酔いした道とは思えない。猛スピードで曲がるカーブや微妙なアップダウンは同じなんだけど、視覚情報があるってだけで身体に感じる影響がこんなに違うものなのね。

どんより垂れ込めた雲の下、2月にしては濃い緑の丘陵地帯の中をバスはくねくねと疾走していく

周りにはこんなに畑があったなんて! 今が旬のオレンジがたわわになっている

少しずつ曇り空が明るく青くなってきた。今さら晴れてもねえ……、もう雨降ったって関係ないし……。窓ガラスに頭をもたれかけ、視界の片隅で流れ去る緑の丘をぼーっと見ていると、薄水色の空の中に山のシルエットが微かに浮かんでいるような気がした。え? もしかしてエトナ山見えてる?? でろ〜んともたれていた背筋を伸ばして、可能な限り目のピントを合わせて丘の向こうを凝視する。最初は今ひとつ確信が持てなかったけれど、空港が近づくにつれだんだんハッキリしてきた。エトナ山だわ、これ。まだちょっと薄いけど見えてきたわ〜! 最後の最後に見られるかもしれないわ〜!

実は3日前にネットで飛行機の座席を左側窓側に変更しておいたのだ。もちろん上からエトナ山を見るために。出発までまだしばらくあるから、このまま少しずつ晴れていけば綺麗に見られるかもしれない。やったね!

曇り空が明るくなってくるとともに、エトナ山らしきシルエットがうっすら浮かび上がってきた

空港ビルの到着口では真正面にエトナ山が望める。まだちょっと薄いなぁ……もうちょっと晴れないかなぁ……

すっかり日本に帰ったつもりになっていた私の気持ちは再び舞い上がった。少しずつ濃さを増していくエトナ山を見ながら窓ガラスに貼付いてウキウキしていると、……あれっ! いつの間にか空港に着いてる! 特に車内がざわついていないのは、大部分の乗客がカターニア市内あるいはカターニア駅までで、空港で降りるのは7〜8人しかいないからだった。
あわあわと飛び降り、ぎゅうぎゅう詰めの荷物室に上半身を突っ込み、自分のスーツケースを引っぱり出す。ぐいっと引き出した拍子に、勢い余って荷物室の扉に脳天を強打してしまった。ああ、2日前にぶつけた同じ箇所をさらに強くぶつけてしまうなんて!「うっ!」と頭を抱えたものの、一緒に降りた人たちはすでに空港ビルへ向かってしまい周りには労ってくれる人は誰もいない。とりあえず最後の降車客である私が荷物室の扉を閉めてあげないことにはバスが発車できないよね。頭を押さえながら義務は果たした。

ウェブチェックインの落とし穴

脳天を強打したことで少しばかり思考がピヨピヨになってしまった。いかん、いかん、落ち着かなくては! 慌てなくても大丈夫、出発まではまだ2時間近くあるんだから。それに私は昨日の夜のうちにウェブチェックインを済ませていて、すでに搭乗券は手元にあるのだよ、へへへ。

>> Eチケットが登場したのが20年近く前。旅行中に紙の航空券の保管や紛失に気を遣わなくてすむようになってずいぶん楽になった。海外に限らず国内でも飛行機での出張が日常な人にとっては「何をそんなこと今さら」なんだろうけど。ウェブチェックインも何年も前からあったけれど、スマホを持たない頃はあんまりありがたみを感じなかった。海外でのモバイル環境が向上したことで本当に便利でお手軽になった

つまりは私が中途半端に海外旅行慣れしている(つもりだった)ことが仇になった。空港でのチェックインにいちいち緊張することもなくなっていたけれど、ルーティンで動けるほどに頻々と渡航しているわけではない。これまで手のかかる母ヒナコを連れての旅だったので、ひとり旅であることは逆に緊張より気楽さの方が勝っていた。いったん頭の中が完璧帰国モードに切り替わってしまってたせいもある。慣れていたといっても、実際は前の旅から3年が空いてしまっていたわけで……。チェックインの省ける手間と省いちゃいけない部分が混同してしまっていた。まあ、言い訳ですね(^^;)

空港ビルに入るといきなり、フロアを埋め尽くす大行列が目の前に現れ、軽くパニクった。でも、それも一瞬のこと。すぐにまだ2時間あるんだからと思い直した。
みんなゲート入口の係員にチケットやセルフプリントした紙などを提示している。私も水戸黄門の印籠よろしくスマホ画面の搭乗券を突き出して、すんなり通過する。ゲートの先にあるのは荷物のX線検査場で、とぐろを巻いている行列について私は何の疑問も感じずに40分近くを並んだ。自分の番が来た時も、よっこらしょとスーツケースを検査台に載せ、小物を入れるカゴを次の人のために取ってあげるくらいに余裕ぶっこいていた。

再びスマホの画面を見せてバーコードを読み取ってもらい、金属探知機をくぐる。私自身にはアラームが鳴ることもなかったが、私のスーツケースは脇によけられていた。「これはあなたの荷物? 見せて」若い女性係員が言う。
仕方なく鍵を外してケースを開けると、彼女はてきぱきと手を突っ込んで中を探る。ああッ! 今朝苦労して詰め込んだのに、そんなに掻き回してくれちゃって! そのあたりで私はすでにムカつき始めていた。彼女の手は躊躇なくいくつかの品を引っぱり出す。モディカで買ったワイン、シラクーサの食料品店で買ったペースト類、ボディローションのボトル、アーミーナイフ……その品々を台に載せて端に寄せると「これはNo!」。はあッ!? 私はさらにムッとした。液体や刃物類が機内持ち込み出来ないことなんか知ってるわよ!

この後のことについては、巨大墓穴を掘って入りたいほどの大赤面モノなのだけど、自戒の意味であえて書く。私はとんでもない勘違いをしたまま、この係員と喧嘩したのだ。彼女にとっては頭のおかしい東洋人のオバちゃんに因縁つけられたとしか思えなかっただろう。本当に申し訳ない。

穴があったら入りたい……

実は私が並んでいたのは持ち込み荷物チェックの列だった。ウェブチェックインの利便性の真価が発揮出来るのは持ち込み荷物オンリーな時のみで、預け荷物がある場合はチェックインカウンターに立ち寄ることを省略はできないのである。なまじ搭乗券があったせいで最初の関門を通れてしまったのと、ここは国内線の乗客ばかりで荷物の少ない人が多かったせいもある。うん、だからぁ……言い訳ですね。でも、その時の私はカウンターに寄る手間を省いたつもりはなく、この後でちゃんと預けるつもりでいたのよ。ホントよ。

>> 成田空港ではチェックインカウンターの手前で預け荷物もいったんX線に通す。その感覚でチェックの後で預けられるつもりでいた

その時の私は自分が間違っているとは微塵も思わなかったので、憤然と食ってかかった。ボディローションなんかどうでもいいけど、せっかく買ったお土産の品々や30年近くを一緒に旅してきた愛着あるアーミーナイフは諦めきれない。
係員の若い女性は英語はそれほど堪能ではなかった。私にイタリア語が出来るか問うてダメとわかると、淡々と片言の英語でこれは持ち込めないと繰り返す。これから預けるつもりの私は「そんなのわかってるわよ」と言いながら、取り出された品々を再びスーツケースに詰めようとする。彼女は阻止する。私は奪い取ろうとする。とにかく話が全然噛み合わない。当たり前なんだけど……。おそらく彼女は「いったん荷物を預けて来い」という意味で最初に入ってきたゲートを指差しているのだけど、頭に血が上った私は「あっちから出て行け」と拒絶されたと勘違いした。

先にブチ切れたのは彼女の方だった。話の通じないバカを相手にしてたわけで、その点は大いに同情するけどね。「あーーっ、もう!」みたいにいきなり叫んだかと思うと、2mほど離れた大きなゴミバケツに件の品々を乱暴に放り投げるという大胆なキレ方をした。ガコン!ゴトン!という大きな音がしたが、ガラスは割れなかったようだ。「あっ! 何するのよ!」慌てて拾い出そうとする私の前に彼女は立ちはだかった。
「私はもうあなたと話さない。出て行け!」出口を指差してソッポを向く。私が何か言おうとしても、目を合わさずに首を振って「あ〜〜聞こえない聞こえない」と言う。そして検査待ちの乗客たちに向かってなにやらイタリア語で叫んだ。
「ああ、うるさいうるさい! この中国人だか日本人だかの頭のおかしい女が何か言ってるわよ。嫌ね! 馬ッ鹿じゃないの!?」多分そんな内容。言葉わからなくても、自分に向けられた悪口はちゃんとわかるものなのねー。彼女の腹立ちはそれでは鎮まらないようで悪口雑言は一回で終わらず、言葉に詰まってオタオタした私の口真似をしては、嘲笑を繰り返す。その場に居合わせた乗客たちは「えーと、なんか、困ったなあ……」という表情をしている。
若い娘特有の排他的な底意地の悪さをひしひしと感じた。でも、通してもらわないことには飛行機に乗れない、帰れない。

いくらなんでも彼女のそういう態度はどうしたものかと、放置されて途方に暮れる私のところに上司らしきおじさん係員が来てくれた。さすがイタリア人男性で、たとえ相手がバカなオバちゃんであっても女性にはとにかく優しい。この期に及んでもまだ私は理不尽に押し止められているとばかり思っていたので、おじさんが優しいのをいいことに「どうして? どうして? これはボーディングパスなんじゃないの? 正規チケットでちゃんとチェックインしてるでしょ?」と訴えた。
突きつけられたスマホ画面を見たおじさんは「確かにボーディングパスだよ」と苦笑いしながらも、丁寧に内容を確認してくれる。
「出発は1時間後だから……チェックインカウンターに行くのは可能だよ。出て左にカウンターがあるから預けて来ればいい」彼が指し示すのは、彼女もさんざん指差していた、あの出口。
「……ん? え? ……あっ!」
この瞬間に私の疑問は一気に氷解し、いきなり全部を理解した。つまり私は、預け荷物を持ち込もうとして咎められてさらに強硬突破しようと駄々をこねていたというわけかーッ! 目から巨大なウロコがどばどばっと落ち、同時に凄まじい恥ずかしさが襲ってきた。うわーーーーっ、なんというモンスター乗客! 顔を覆って走って逃げたい、穴があったら入りたいって、こういう時本当にそう思うのね。それに、もし液体や刃物類を持っていなくてここを通過出来ても、このサイズのスーツケースだったら搭乗口で一悶着あるのは必至だった。ああ、想像するだけで怖いわ。

かき捨ててしまった旅の恥をエトナ山に浄化してもらう

一刻も早くこの場から逃げ出したいけれど、とりあえず巨大ゴミバケツからワインと食品ペーストだけは救出させてもらった。バケツ内には他のゴミもいっぱいで、アーミーナイフは沈み込んでしまってサルベージ出来なかった。取り出したものを抱えて、おじさんにペコペコ謝りながらそそくさとその場を逃げ出した。去り際に件の彼女をチラリと見ると、じっとX線のモニターに向き合っている。ごめんなさい! あなたはちゃんと業務を遂行していただけなのに。あんなに混んでて忙しくて、多少イラついてもいたでしょうに、さらにややこしいことしちゃって、本当に本当にごめんなさい! 

言われた通りに検査場を出て左に進むとチェックインカウンターがあった。並んでいる人は数人程度でガラガラだ。スーツケースの梱包をしっかりやり直し、ついさっき空港に着いた人のような顔をしてカウンターに進んだ。私が荷物検査でひと騒ぎ起こしてきたことなど知る由もないアリタリア職員は「ボンジョルノ!」とにこやかに迎えてくれる。スーツケースを預けて、スマホのボーディングパスを確認し、手続きは3分ですんだ。
「控えをプリントする必要はある?」と問われて、大きくコクコクと頷いてお願いしてしまった。ペーパーレスにするためのEチケットでありウェブチェックインなのに、紙を手元に持たないと不安になってしまうという、この矛盾(^^;)

持ち込みバッグひとつの身軽になって気づいた。もう一度あの手荷物検査場を通るという、気まずさ全開の試練が残されている……。
列の長さはさっきの5分の1以下に減っていた。あの時間が集中的に混んでいただけだったのね。居合わせた乗客たちはもうゲートに行ってしまっただろうけど、あの女性係員やおじさん係員に会うのは恥ずかしいなあ。騒ぎを起こした検査レーンは一番奥なので、背中を向け顔を伏せて一番手前の列にコソコソと並んだ。10分も待たずに検査はあっさり終わり、チェックゲート先の階段を数段登るとそこはもう搭乗フロアだった。こんなに小さくコンパクトな空港なのに、チェックインカウンターをスルーしてしまうなんて。

私の便のゲートはよりによって検査場の真正面で、数mしか離れていない。検査場が丸見えだし、検査場からも丸見えで、ここに座ってるのは嫌。騒ぎを目撃していた乗客で、まだ搭乗していない人もフロアにいるかもしれない。私はカフェの一番すみっこの席の植木鉢の陰で小さくなって、カプチーノを啜りながら搭乗開始を待った。あの場にどうやら同胞はいなかったのだけが唯一の心の救い。

搭乗が開始されるなり真っ先に乗り込む。小さな窓から見える空はすっかり青い。冠雪したエトナ山を見下ろせることを期待して、デジカメだけは荷物棚のバッグから取り出しておく。そのために翼を避けて左側の後ろの方に座席変更したんだから。
ほぼ満席の乗客の搭乗はサクサクとすんで、ちゃんと定刻の11:50に離陸した。機体が浮いて空港の地面から離れた瞬間、ものすごくホッとした。手荷物検査のお姉さん、おじさん、お騒がせしました。こうして無事に乗り込みました。ご迷惑おかけしました。

離陸して5分もしないうちに飛行機はカターニアの市街地を飛び越え、真っ青なイオニア海の上空に出た。そのまま海岸線に沿って北上していく。その先に見える雪帽子を冠った富士山によく似た山は……エトナ山! やったー! 見られたーーッ!

カターニア市街地と、真っ青な海に突き出しているのはカターニア港の桟橋、そこにエトナ山……最後の最後でセットで見ることが出来た! 空がもっと青かったら言うことないのだけど

この位置からの方が山に近いし、形も綺麗ね

もう少し空に青が欲しかったのと、飛行機の窓ガラスが埃だらけでなければ、もっと美しく清冽な光景だったかもしれない。でも、今朝は濃霧だったことを思えばこれだけ綺麗に見られるのは十分に上出来だ。トラブってささくれ立った気持ちも浄化されるというものだわ。ええ、トラブったのは自業自得なんですが。

おうちに帰るまでが遠足です

カターニア発AZ1724便は10分ほど遅れてローマ・フィウミチーノ空港に到着した。往路の乗り継ぎでは空港内大疾走を繰り広げたわけだけど、今度は最初から2時間あるので余裕だ。でも、余裕があると思い過ぎてはいけないのだ。私はまたもそのことを肝に銘じなくてはならなくなるのだけど、それももう少し後のこと。

時間帯のせいもあるのか、空港内は大混雑だった。いやいやいや……大混雑や大行列を見て焦ってはいかん。さっきの二の舞になってしまわないよう、手順をシミュレートする。ここは国内線ターミナルだから、まずは国際線ターミナルへ移動よね。適当に人にくっついていってはいかんいかん。
ターミナル移動のバス乗場で待つものの、バスがちっとも来ない。待つ人はじわじわじわじわ増えていく。でも全然来ない。いかんいかん、焦っては……などど言い聞かせているところにバスが来たが、私の二人前で列を切られてしまった。またしばらく来ない。イライライラ………。
ようやく来たバスに乗ったものの、しばらく止まっている。ううう、イライラしちゃいかんいかん。

国際線ターミナルのパスポートコントロールは山盛りで混んでいて、「うへぇ……」と思わず声が出た。仕方なく並んだものの私の列だけ進まない。ローマ到着時と同じだわ、これ。今回の旅の鬼門は空港だな。
なんとか出国手続きは果たしたものの、その先でゲート移動のバスがまた来ない。1台目のバスが行ってしまったところで、自分の並んでいた列は中東方面への便のゲート行きだったことに気づく。うわー、うっかり乗らなくてよかった! とんでもないことになるところだった! それにしてもこの時間のフィウミチーノ空港の混雑っぷりは尋常じゃないな……。
正しいバスに乗ってアジア方面の便の出るターミナルに着いた。後ろからバタバタと足音が響いてきたので振り返ると、鬼の形相で疾走する10数人の韓国人グループだった。思わず飛び退いて道を譲る。ようやく搭乗ゲートに到着した時には出発の20分前、おまけに搭乗ゲートが変更されている。またも右往左往して正しいゲートに辿り着いた時にはすでに半分ほど搭乗が進んでいた。2時間も余裕があったはずなのに、どうしてこんなにギリギリになるのよ? 乗る前にトイレに行っておきたかったし、ミネラルウォーターも1本買っておきたかったんだけど、まあいいか、乗っちゃえ。

トイレに行かずに搭乗してしまって後悔した。管制塔の許可がなかなか下りなくて、あと10分もう10分といいながら離陸が55分も遅れ、離陸後も気流が安定しなくてなかなかベルト着用サインが消えなかった。私の隣は空席だったけど、ひとつ置いて隣の超巨漢男性は乗り込んでほどなく熟睡してしまい、声をかけても起きてくれなくてなかなか通れなかったの。トイレに行きたいと思い始めて約4時間、私の膀胱は本当によく頑張ってくれたと思うよ。

トイレは行きたい時行ける時に行っておくこと。これ、海外旅行の鉄則。

そんなこんなで、私の12年ぶりのイタリアひとり旅は終了した。まあ、ちゃんと無事に帰って来られたのだから「つつがなく」と言ってしまおう。
久し振りにイタリアを歩いてみて、この国はやっぱり私とはウマが合ってるなーと思った。観光客にとって必ずしも利便性が高いわけではないのだけどね。次もイタリアに行こう! 今度はいつ、どのあたりを歩こうかな……?

《おまけ》シチリアで出会った、わんにゃんたち

シラクーサの考古学地区内をわがもの顔で歩き回るニャンコ

考古学地区内には何匹もニャンコがいる。たぶん、係員たちに餌をもらっているんだと思う

シラクーサで出会ったニャンコ。半開きの扉から覗き込んだら、奥のベンチから「何か用ですか?」とばかりに出てきてくれた。執事のようだ。ベンチには黒ニャンコがもう一匹いる

モディカのわんこ。荷物つきで階段を登る私を見守るようにしばらく並んで歩いてくれ、ここで見送ってくれた

これもモディカで出会ったニャンコ。うまく写ってないけれど後ろ脚が片方ない。階段道の延長でうっかり車道に出ちゃったのかな? 逞しく生きて欲しいな

ここもモディカ。階段の街はニャンコ天国

モディカは本当にニャンコだらけ。明らかにヨソ者の私は「通らせていただく」という感じ

シクリの裏通りの2階バルコニーにいた置物のようなワンコ。カメラを向けても、無表情で吠えもせず微動だにせず

カルタジローネの市民公園でいちゃいちゃしていたニャンコ。目が合った途端に何事もなかったかのようにすっと離れていった

END

 
       

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