Le moineau 番外編 - 緑のハート・ウンブリア州の丘上都市めぐり -

       
 

ぐっすり眠ってスッキリ目覚めた朝

自然に目覚めた時にはもう8時近くになっていた。半端な時間に起きることもなく、初めてしっかり熟睡した気がする。旅も7日目、ようやく時差に適応したということかしら。これが年取るってことねー……と思いつつも、とてもスッキリ爽やかで力が内面から漲ってくる感じ。うん、今日も暑そうだけど、元気で楽しめそう!

やや寝坊気味だったこともあるし、今朝はゆったりスタートにしよう。たっぷりしっかりと朝食を取って、10時少し前にホテルを出た。今日はカスティリオーネ・デル・ラーゴに半日エクスカーションするつもり。トラジメーノ湖という大きな湖にでべそのように突き出た小さい村で「イタリアの最も美しい村」加盟の自治体だ。オルヴィエートから行ける範囲でちょっと毛色の変わったところはないかな……海のないウンブリアの旅だから一ヶ所くらい水辺に行きたいな……と思って選んだの。

カヘン広場まで5分ほど歩いてケーブルカーで鉄道駅に降り、10:15発の列車に乗る。オルヴィエート駅からカスティリオーネ・デル・ラーゴ駅まではローカル線で3つめか4つめで、所要時間50分ほど。切符は往復で€9.50だった。
ローマとフィレンツェを結ぶ幹線なので普通列車でもそこそこ混んでいた。ところが乗り込んだもののなかなか発車しない。どうやら車内でもめ事してるらしくスペイン語のような罵声が聞こえる。車掌がやって来て、さらには2人の警官(あるいは鉄道公安員?)まで来てかなり強い調子で何か言う。乗客は椅子の上に乗り出したりして成り行きを見ているけれど、みんな半笑いの表情をしているから、たぶんかなりバカバカしく下らないもめ事なんでしょうね。スペイン語でわめくおっさんは強制連行されていって、車内が静かになると同時に「やれやれ」といった苦笑のような吐息がさざ波のように広がった。そんなこんなで15分遅れで無事発車。
たまたま同じ車両にいたから何で停まってるのかわかったものの、別車両にいたら状況がつかめなかったと思う。

湖畔の美しい村までの道のりは遠い

15分遅れで出発した列車は途中でさらに5分遅れてカスティリオーネ・デル・ラーゴ駅に着いた。11:08到着予定だったけど、もう11時半。待合室すらない無人駅を出ても、駅前にはバールが一軒あるだけ。
駅から旧市街までは2km弱。一直線に延びた自動車道の突き当たりなので迷いようもないけれど、ただひたすら20〜30分を歩いていかなくちゃならない。でも今日の私はぐっすり眠って元気が満ち満ちているので、そんな距離は余裕、余裕!

元気いっぱいに歩き始めてはみたけれど、途中にはほとんど何もなくて退屈きわまりない。一直線の道なので、すぐに進行方向に旧市街の教会のクーポラのようなものが見え始めたけれど、歩いても歩いてもその距離が縮まっていかないんだもん。今日もやっぱり陽射しは強く、日陰のない自動車道は暑い。とにかく歩いてて楽しい道じゃないのよねぇ。元気だった足取りもだんだんヘタレてきた。

ずっと先に目的地の旧市街が見えているけれど、途中には何もない一直線の道路をただひたすら歩いていく

階段を登って旧市街入口に立つと、家々の向こうに青い湖面が見えた

単調な道中にいいかげんウンザリしてきた頃、突然バールやショップが何軒か現れて町らしくなったと思ったら、そこが旧市街の入口だった。そのまま数十段の階段を登りきると、その先は見晴らしのいい広場になっていた。広場中央には噴水や花壇があって、衣料品や雑貨の露店がズラッと並んでいる。露店のテントの連なりのさらに高い位置に村の入口のセネーゼ門 Porta Senese が、その奥にはずっと目標物にしてきた教会のクーポラが、私の両サイドには真っ青な湖面の広がりが見える。この旅で初めて "水辺" と呼べるようなところに来て、いきなりテンションが上がった。心なしか涼し気な風まで感じられる気もするわぁ……。
カスティリオーネ・デル・ラーゴの村は楕円形の小高い半島が城壁で囲まれているので、まるで湖に浮かぶ大型船みたい。

カスティリオーネ・デル・ラーゴは食材のお土産天国

門の入口までは馬蹄形に左右に分かれた坂道を登っていく。道には露店がびっしりだけど、イタリアン・センスの欠片もないダサい花柄のアッパッパワンピースとかペラペラのシャツとか、100円ショップで売ってそうな工具類とか雑貨とか、安かろう悪かろうなものばっかり。
門をくぐって城壁内に入っても、ささやかなメインストリートは露店のテントに埋め尽くされていた。露店の商品は冷やかす気にもなれないものだけど、通りに並んだ実店舗では地元食材を売っていて商品もディスプレイも実に魅力的。早速一軒目で引っかかっちゃった。

イタリアでは欲しいモノはその場で入手するのが鉄則。荷物になるから帰り際に……などと考えていると、その時には閉まってて買えなかったりするからね。過去何度か涙をのんだことがあるのよね。

瓶詰めやパスタなどいろいろな食材の並ぶ魅力的な棚。ホントは端っこから全種類買いたいくらい

パスタにあえるだけのシーズニングもこんなに種類がある。これは軽いし安いし、きっと美味しいし、お土産に最適

ここの名産のイノシシのハムやサラミは日本には買って帰れない。木製のボウルやサーバーなどの食器類も素敵だけど、日本で使うにはちょっと大ぶり過ぎる。さまざまな瓶詰めも美味しそうだけど、グッビオでトリュフやポルチーニのペーストをいっぱい買っちゃったし。
悩んだあげく、店頭に並んでいたシーズニングを全種類買った。お店のおばちゃん曰く、パスタにあえてもいいし、トマトとオイルであえてブリュスケッタにしてもいいし、焼いたチキンや魚にまぶしてもいいんだって。パスタだったら30〜40人前は作れそうな量の一袋がたったの€2!

その先にも美味しそうな食材をお洒落にディスプレイした店は何軒もあり、エノテカを併設している店には店頭と店内に数卓のテーブルがある。へぇー、ワインとサラミの盛り合わせセットが€10だって!

イノシシのハムやサラミが特産だからといって、ぬいぐるみや剥製のイノシシで可愛くディスプレイするってのは、どんなもんなんでしょ(^^;;)
可愛いけど美味しいのよねぇ……

砂糖漬けフルーツの露店が出ていた

トラジメーノ湖周辺は豆の産地でもあるらしく、いろいろな種類の豆も売られていた。穀物のようなものもある。とにかく店先を覗くのが楽しい

さまざまな果物が30種類くらいある

安かろう悪かろうな露店群の最後に、砂糖漬けフルーツの店があって、思わず足が止まる。これは手作りなのかな? とても美味しそうに見えるけど……イタリアのお菓子は時に頭が痛くなりそうに甘いものもあるからなあ……。日本では砂糖漬けフルーツは決して安いものではないし、たくさん買ってクソ甘くて持て余したら嫌だしなあ。
しばらく悩んでオレンジ一種類だけ買ってみることにした。量り売りの単位がわからないので一本指を立てると、封筒くらいの紙袋に10切れくらいを入れてくれて€1.50だった。あー、歩きながらつまみ食いしろってことなのね。その時は暑くて喉がカラカラしていたので、ベタベタ甘いものを口にしたくなくて味見することなく袋をしまってしまった。

>> その場で味見してみなかったことを激しく後悔した。買ったことを忘れていて翌日に一切れ食べた時、その美味しさに驚愕したから。素材の味が生きていて、これまで食べたどの砂糖漬けより甘さ控えめで、おまけに超安い。10種類くらいもっといっぱい買ってくるんだったぁ(TT)

カスティリオーネ・デル・ラーゴは湖だけど、周りは肥沃な緑の土地なので、農産物や加工肉製品も豊富なのだ。美味しい食材がたくさん、なんたって産地直送だからとってもリーズナブル!

まずはドゥカーレ宮の見学から

一応ヴィットリオ・エマヌエーレ通り via Vittorio Emanuele の名がついた道幅3m程度のささやかなメインストリートは200m足らずほどで終わり、現在は市庁舎として使われているパラッツォのある広場に出た。カスティリオーネ・デル・ラーゴの日本語のガイドは本やサイトでも見つけられないのでよくわからないけれど、ここが村で唯一かつ最大の観光スポットになんだろうな。Google map や Trip Adviser の表記ではドゥカーレ宮 Palazzo Ducale とあったり、コルーニャ宮 Palazzo della Corgna とあったりして、どちらが正しいのかは不明。まあ、どっちでもいいけど。

パラッツォ見学の前に裏手に回って城壁の側面に出てみる。湖に面した緩やかな斜面にオリーブ畑が広がっているのが見えた

パラッツォと呼ぶにはかなり地味な建物の中に入って€8のチケットを買い、奥に進む。ここでもやっぱり天井や壁面がフレスコ画で埋め尽くされていた。割と近年になって剥落箇所の多くを修復したらしく、色や描線はくっきり鮮やかね。常設の展示物は、この地方の歴史風土のような説明パネルや民族衣装のマネキンが並んでいる程度でたいして面白くない。ここでも大広間は市民ホールの役割も果たしているらしく、びっしりと椅子が並べられている。

ドゥカーレ宮内部には、天井に鮮やかなフレスコ画がたくさん残っていた。各部屋でテーマや趣が異なって、どれもそれぞれ美しい。
ささやかなピカソの企画展もやっていた

パラッツォ内ではちょうどピカソの企画展をやっていた。メモ描き程度のスケッチや小さな版画や陶器などが3室ほどにパラパラと並べられたギャラリーレベルの展示だったけど、ちょっと得した気分。

ダンジョンのような隠し通路を抜けて要塞へ

湖に突き出た村の最先端部のレオーネ要塞 Rocca del Leone にはパラッツォ内部の通路から行ける。このアクセスがなかなかワクワクするもので、城壁内部の隠し通路を通っていくのだ。人ひとり分の幅しかない狭い一直線の通路が100m以上は延々続いていて、途中に出口はない。要塞巡りは一方通行なので対向から人が来る心配はないけれど、後ろからも誰も来ないのも不安になり、心持ち早足になってしまう。数メートルおきに開いた窓から光が入って青い湖面が見えなければ、閉塞感でどうにかなりそう。

要塞に至る通路の入口。ずっと先に見えている塔のある要塞までこの細い通路を行くのだよ。おデブさんは入れないね

まっすぐに続く誰もいない細い通路の中を延々と歩いていく。ダンジョン探索みたいでワクワク半分、ちょっと怖いの半分

ところどころの覗き窓(たぶん銃眼)から明るい湖面が見えてホッとする

狭い通路の突き当たりにはカフェの看板だった。カフェの矢印は右側に向いていて、中庭の木々の隙間にパラソルらしきものチラチラ見える。順路の矢印は左側に向いていて、その先の狭い階段を登るとそこが城壁の上だった。眼前に真っ青な湖面がいきなり広がった。ワ〜〜〜オ! ブラボー!

城壁の上に立ってみると、五角形の形をしている要塞の全貌が見渡せる。レオーネ(ライオン)の名の由来は、この五角形が獅子座の形に似ているからなんだって。そもそもこの町は元々カスティリオーネ・デル・レオーネ Castiglione del Leone と呼ばれていたらしいから……。
城壁上には陽射しを遮るものはなく、強烈な陽射しに炙られながら歩くのは連日のことだけど、今日の場合は水辺にいるせいか心持ち涼しい……ような気がする。たまにそよ風程度の風が湖面を渡ってくるだけなんだけど、真っ青な湖面が隣にあるというだけで気分的に涼しく感じるんでしょうねぇ。

城壁内の通路から今度は城壁上をぐるっと歩く

方向によってはエメラルド色にも見える湖面には、さざ波がキラキラしてとても綺麗

東南側の斜面にはオリーブ畑が広がっている

塔にも登ってみたけれど、特に見晴らしが劇的に変わるわけではなかった

五角形を二辺歩いて湖面に突き出した最先端に立ってみた。半島じたいが小山のような舟形なので、本当に湖に浮かぶ大型船の船首にいるみたい。湖を背に振り返ってみると、一直線にのびたヴィットリオ・エマヌエーレ通りの両脇に立ち並ぶ家々、その先にはサンタ・マリア・マッダレーナ教会 Parrocchia S.Maria Maddalena のクーポラが。このクーポラは、駅から一直線の自動車道を歩く先にもずっと見えてたよね。五角形に囲まれたかつての要塞部分は今は緑地になっていて、コンサートや演劇のイベント用らしき巨大モニターのあるステージが設えられている。

最後に塔に登る階段が現れたので、一応登ってみてサクッと展望。順路に従って階段を下り、地下庫のようなところを通って、先ほど見下ろしていた緑地に出て、ステージの周りを巡りカフェを通り越し、そのまま歩いていたらいつの間にか外に出ていた。これにて村一番の観光スポットであるパラッツォ&要塞巡りは終了。

木陰のテラスでのんびりランチ

さあ、ランチにしよう。エノテカを併設した食料品店でサラミやハムつつきながらワインにも惹かれるけど、歩き疲れたし少しゆっくり食事したい。せっかく水辺に来たんだから魚が食べたいしね。

ドゥカーレ宮からヴィットリオ・エマヌエーレ通りを少しだけ戻ったところの立派な門構えの《Ristorante La Cantina》というところに入ってみた。門をくぐると湖を望む緑豊かな庭があり、湖に張り出したテラス席はもちろんのこと、庭に並んだテーブルの大半が埋まっていたけれど、ひとり客の私でも嫌な顔することもなく、木陰の落ち着く席に案内してもらえた。

魚料理といってもここは内陸部の湖なのだから淡水魚になる。鯉のトマト煮込みが名物らしいけど、鯉はちょっと癖が強そうだしなあ……。ちょっぴりならともかく、きっとそこそこ量はあるだろうから口に合わないと食事が苦行になっちゃう。
結局、無難にトラジメーノ湖のトラウトのソテーを選んだ。……と書くと仕方なく選んだみたいだけど、実は私はトラウトって結構好きで、これまでにもあちこちの国の内陸部で魚が食べたい時によくオーダーしていた。バターレモン風味でソテーされてたり、野菜と一緒にホイル包み焼きにされてたり、ナッツ入りの衣で揚げ焼きにされてたり、味が外れたことはなかったのよね。ここはイタリアだし、シンプルにニンニクとオリーブオイルでカリッと焼かれてくるのかな。

ワクワクして待っていると、チャーミングなカメリエーラが「Buonappetito!」と皿を置いてくれた。私も微笑み返したけれど、内心では予想を裏切られるそのビジュアルにちょっと動揺していた。だってカレーみたいなんだもん。

気持ちのいいテラス席でいただく初の魚料理! 

テーブルの足元では雀たちが絶賛子育て中。わざとパン屑を盛大にこぼしてあげるのだ(^^)v

カレーみたいと思った通り、ソテーされたトラウトがたっぷりまとっているのはターメリックソースだった。ローズマリー風味で、スライスアーモンドもトッピングされている。うわあ、初めて食べる味つけ! でも美味しい! 付け合わせのベイクド・トマトも味が濃くて美味しい! トラウトは大きめのものが二切れもあったけれど、皿に残ったソースも全部パンで綺麗に拭いて、余裕で完食。
中庭のテーブル席は気軽な感じだけど、トイレを借りるために建物内に入ったら、かしこまった雰囲気のそれなりのリストランテだった。ワインはオーダーしなかったけれど、ちゃんとメイン料理を食べたので会計は€20。チャーミングなカメリエーラは帰り際にニコニコと手を振ってくれた。

外に出ると、ささやかなメインストリートを埋め尽くしていた露店はすべて撤退していて、歩く人もほとんどなく、ゴーストタウンのように閑散としていた。湖畔の散策でもしてみようかと城壁側面の門から外周を取り囲む道路に出てみたけれど、水辺まではかなりの高さがあってちょっと下りて戻ってこられる感じではない。時計を見ると14時。オルヴィエートへ戻る列車は14:47発だからもう駅に行ってようかな。
カスティリオーネ・デル・ラーゴの滞在時間は2時間半にも満たないものだったけれど、結構楽しめたなあ。

展望台にこういう絵地図が描かれるのは全世界でお約束なのかな。それにしても絵が下手過ぎる

セネーゼ門を出て旧市街を背にしての眺望。これからこの一本道を歩いて戻らないとならない

このように充実した半日エクスカーションの帰途、事件は起こるのであった。

甘くて冷たいカフェ・シェケラート

駅までは何もない日陰すらない一直線自動車道を2km弱、また歩いていかなくてはならない。迷う心配もないし、何か考えてるとしんどいので、邪念を排してひたすら無心で歩いた。次の列車は2時間先なので遅れるわけにはいかないと心持ち早足にしたせいか、駅に着いたのは発車時刻より20分近くも早めだった。

カスティリオーネ・デル・ラーゴ駅は駅舎も待合室もベンチすらないような無人駅なので、駅前のバールが切符販売を代行している。まあ、こんなこともあろうかと往復で買ってあるけどね。駅前にある店はこのバール一軒なのだけど、店構えや内装はなかなかハイセンスで、ショーケースの中のパニーノやドルチェ類やジェラートも垢抜けてて美味しそう。田舎町のよろず屋バールにありがちな煤けたような感じがないのは、地元民御用達ではなくて、駅を利用する旅行者が待合室がわりに使うからかもしれない。一心不乱に歩いて汗だくだし、時間も少しあるんで何か飲もうかな……ということで、カフェ・シェケラートに再チャレンジ。

ちなみに、カフェ・シェケラートとは、砂糖入りの濃いめのエスプレッソとクラッシュアイスをシェーカーで振り振りしたもの。一昨日スポレートで飲んだ初シェケラートは、薄くて生ぬるくて、何だかなあ……という味だった。

きちんと冷たくて、泡がふんわりきめ細かくて、ほんのり甘くて、しっかりビター風味だったカフェ・シェケラート。とてもいい意味で想像を裏切られて美味しかった〜〜♥

この店のカフェ・シェケラートはとっても美味しかった!
「甘くする? ビターにする?」って聞いてくれたのでビターを選んだ。ちゃんと濃くて苦くてほの甘くて、よくシェイクされててクリーミーで、キリキリに冷えてはいないけれど適度に冷たくて。ビールを飲みたくない暑い日中の休憩には最適な飲み物だけど、店によってクオリティに差がありそうだなあ。

駅前バールは駅利用のお客さんでそこそこ混んでいてなかなか注文が出来ず、さらに丁寧に作ってくれたので時間があまりなくなってしまった。ストローでちゅーーーっと一気に飲み干して、そそくさと駅のホームに向かう。

回送列車に閉じ込められる!

屋根もベンチもないプラットホームでは、私を含め10人ほどが待っていた。列車は遅れていて、じりじりと焼け焦げながら15分以上も待った。なんだよー、あんなに急いで飲み干さないでも、もっと味わえたのに……。私は個人旅行する割には珍しく幸いにも、遅延の憂き目にあったことがあまりないので、そういえばここはイタリアなんだったっけねと、今さら気づいた感じ。乗り継ぎもないので影響はないけど、予定より長めに直射日光に炙られているので地味にイラっとしてくる。

遅れてきた列車は新型の2階建て車両が連結されていた。2階建てというよりは半地下と半2階という感じかしら。天井が低いゆえの圧迫感もあるけれど、同じ車両には数人しかいないので、静かで落ち着く。オルヴィエートまではたった3駅、35分ほど、荷物も乗り換えもないので神経遣うこともない。リラックスしきって新型の柔らかいシートにふんぞり返っていた──つまり私は異国での列車移動に慣れ、ナメていたのである。

遅れた列車は遅れを取り戻す気はまったくなさそう。ちんたらと10分ほど走り、次の駅に着くまで車内アナウンスが長々と続いたけれど、近場のローカル線移動でナメている私は真剣に聞くことも、周辺の様子を確かめることもしなかった。どうせ聞いてもわかんないし、どことなく申し訳なさそうな口調なので「へえ、最近はイタリアでも遅延のお詫びをアナウンスするんだぁ……」などと思っていたくらい。

次の駅ではかなりの数の乗客が降り、さらに10分以上も停まっていた。この駅には往路でも長めに停車してたっけ。ようやく動き始めたと思ったら、少しだけ走ってまた停まる。なんだよー……と思いながらウトウトしかけ、ハっと気づいたらまだ停まってる。いいかげんにしろよなーと窓の外を見ると、風景が……駅のホームではない! え? ええッ?? どういうこと?

立ち上がって車内を見た。がらーんとして誰もいない。隣の車両も、その隣の車両も、がらーーーーん。どうやらこの列車は回送車両になって、今は待避線にいるということらしい。つまり、あのアナウンスは乗り換えをお願いするもので、臨時で車両変更になったためにお詫びニュアンスになってたってことか!

駅舎に着くまでの4つの修羅場

瞬時の理解とパニックとが同時に押し寄せてきて、無人の車両を何両も走り抜けた。この時が、第一にして最大の修羅場。

6両か7両を駆け抜けたところで、車内のゴミ集めをしているスタッフがいた! あああああー、人がいたぁ! 泣き笑いを浮かべて駆け寄る私。私に気づいたふたりのスタッフはあからさまに「うわ、まいったなあ」という表情を浮かべた。閉じ込められてたバカがいたんだもんねぇ。それもわけわからなそうな東洋人のオバちゃんひとり。でも、私にとっては救いの神だった。

スタッフの青年が扉を開けて私を降ろしてくれると、150メートルほど先に見える駅のホームを指差し、線路を歩いていけと言う。えええ、この石ころゴロゴロの線路を? 線路の間に20cm幅くらいに石をどけた通路があり、そこを歩くよう言われた。よろよろ歩いていたら、新たな回送列車がこちらに向かってくる。線路は10数本はあるのに、よりによって私のすぐ脇を通っていく。ヨーロッパの鉄道は広軌なので車両も大きくて、それを引っぱる機関車もとても大きくて、怖くて硬直してしまった。「なんだってコイツはこんな場所にいるんだ?」とでも思ったか、運転士が不思議そうに見下ろす視線も感じたけど、ニコニコ手を振る精神的余裕なんてないよ。これが第二の修羅場。

硬直をほどいて再び歩き始めたものの、まだ身体がギクシャクしていて、線路を横切ろうとしてゴロゴロの石に足を取られて転んでしまった。片方の手のひらをちょっとすり剥き、両膝も強打。半泣きで立ち上がる。幸い、くじいたり捻挫はしてないみたいだけど……。じんじん痛む膝で線路を歩き続けたのが、第三の修羅場。

ようやく駅のプラットフォームの端に辿り着いて、線路からよじ登った。ああ、これで普通の乗客がいてもおかしくないエリアに来たよぉ! ホッとしてスマホで位置情報を確かめようとしたら、熱々になっていて電源が入らない。うっかりGPSをオンにしたままのせいなのか一気にバッテリー消耗して熱暴走したらしかった。たぶん冷えてから充電すれば戻るだろうけど、故障の不安も頭をよぎった。これが第四の修羅場。

予備知識なしのプチ滞在

駅舎まで連絡通路を歩いて壁の時刻表で次の列車を確かめると、まだ1時間半近く先だった。ああ、そうだった、次が2時間後なので14時台の列車に乗ったんだった……。待つしかないのねぇ。
ここは Chiusi-chianciano Terme という駅らしい。構内には一応バールが併設されていたけれど、ここでじっと待つってのもつまらないので、駅周辺をちょっとお散歩してみようかな。どんな町なのかは全然わからないけど「テルメ」とつくってことは温泉地なのかな?

駅から外に出てみると、シエスタの時間帯で閑散とはしているけれど、一応「街」としての体裁は保たれていた。駅前の小さなロータリーにはバス停とタクシー乗場があって、2〜3台のタクシーが客待ちしている。

ロータリーを渡って、街路をちょっと歩いてみた。昼休みで店を閉めているショップ、銀行、バールやジェラテリアなどの軽食の店などの並ぶ普通の生活圏の街だった。
300メートルほどで街区は途切れ、続いていく道路の遥か向こうに何やら丘上の町の塊が見える。スマホが使えなくなってしまったので確かめることができないけど、あれは何ていう町なのかな。いずれにしてもちょっと散歩がてら行ける距離ではないわね。それに下調べもなくGoogle先生に教わることも出来ない状態で変なところに迷いこんだら大変。

Uターンして駅前まで戻り、反対方向に街路を歩いてみたけれど、こちら側は50メートルほどで行き止まり。ちょうど現金が心もとなくなってきたところなので、銀行でキャッシュを少しおろす。まだ1時間あるけど、暑いし、膝もズキズキ痛むし、動き回っててもいいことなさそう。駅前に広めのゆったりしたバールがあったので、ここで時間つぶすことにしようーっと。ジェラートでも食べよう!

時間つぶしのために仕方なく入ったバールだったけど、意外に落ち着けた。ジェラートはピスタチオとレモンにしたけど、この組み合わせは相性悪かったな。香ばしナッツ系かサッパリ酸味系で統一するべきだった

バールの片隅に落ち着いてからそーっとパンツの裾をめくって膝の怪我の状態を見た。両膝ともすり剥いていて、打撲でほんのり紫色になり腫れていて、右膝なんてダラダラに流血した名残りの塊がこびりついている。ウェットティッシュを何枚か使って丁寧に拭いて、バンドエイドを3枚つなぎ合わせて手当てした。よ〜し、これで傷処置はバッチリ!
予想外の修羅場にパニクったけれど、怪我も大したことなかったし、面白い土産話が出来たってことでいいかな。まあ、スマホ充電切れのまま清掃スタッフにも会えなかったら、そのまま夜になったらと考えると、とても笑えないんだけどね。結果オーライとしておきましょ(^^;)

井戸見物は、行きはよいよい帰りはこわい

念のために、というよりは時間を持て余して10分ほど早めに駅に戻った。次の列車は時刻表どおりに16:59に発車し、時刻表どおりに25分後にオルヴィエートに着き、すぐにケーブルカーでカヘン広場に向かう。2時間ロスしたのでもう17時半。日没の早い季節だったらガッカリ感も半端ないところだったわ。とはいえ、外は明るくても入場できるところには時間制限がある。とりあえずサン・パトリツィオの井戸 Pozzo di San Patrizio を見学してみることにした。前の訪問ではここは見ていないのよね。

ケーブルカー駅の左手横には緑地公園が広がっていて、井戸はその中にある。キオスクのような売店とバールの脇を抜けて公園内の遊歩道を進むと料金所のブースがあるので、ここで€5のチケットを買う。井戸はさらに先で入口には係員も観光客も誰もいなかった。まだ十分に明るい時間だけど周辺の木々は鬱蒼としていて薄暗いので、こんな井戸の底に入っていくのをちょっと躊躇した。

サン・パトリツィオの井戸は深さが62mもある。つまり地下20階相当ということ。階段は登りと下りが交わらない二重螺旋構造になっていて、448段もある。これを手掘りしたっていうんだから……。
降り始めて少ししたところで、登ってくる若い母親と小学生くらいの男の子と通路の窓越しにすれ違った。その後は登ってくる人も後ろから降りてくる人も誰もいない。立ち止まって耳を澄ませてみても、声も足音も何もなし。ええ……今、この井戸の中に私ひとりってこと? クローズ時刻まで1時間以上はあるはずだけど、ついさっき車両に閉じ込められた恐怖がフラッシュバックしてきて、突き動かされるように螺旋階段を駆け下りる。

サン・パトリツィオの井戸へと降りていく階段。夕方にひとりだとちょっと勇気いるなー……

下から親子連れが登ってきた。疲れてゴネている少年をじっと待つ若いお母さん

井戸の底から上を見上げる。なんか宇宙的な光景……

螺旋階段の通路には井戸に向かって明かり取りの大きな窓がたくさん開いているけれど、底に向かうにつれてどんどん暗くなってくる。直径15m足らずの井戸の底にはわずかに水が溜まっている程度のものだった。中央に渡された橋の上にしゃがんでみると、薄暗くてよく見えないけれど水はとても澄んでいるみたい。コインがいくつか投げ込まれている。何かの願掛け? しゃがんだまま上を見上げてみて、自分がいる場所のあまりの深さにゾクッとした。怖さに震えたのではなくて、これからここを登っていかないとならないってことに対してね。

50〜60mくらいの高さの塔に階段で登ったことはこれまでにもたくさんあるけれど、決定的な違いは今回は登りと下りが逆だということ。塔に登る時は息を切らして休み休みであっても、素晴らしいパノラマ展望というご褒美が待っている。途中の小窓からちょいちょいご褒美が垣間見えて期待感が高まっていくこともあり、頑張ろうと思えたりする。達成感の後はしばらく景色を堪能して心身を解放し、帰りは一気に降りて来ればいい。なのに、この井戸の最終到達地といったら閉塞感バリバリの薄暗い水の底。盛り上がりに欠けるったらない。
そういうわけで帰りは本当にしんどかった。駄々をこねてた少年の気持ちもよくわかった。さらに私はこんな地の底にひとりぼっちで、クローズの時間も迫りつつあり閉じ込められたらエラいこっちゃという恐怖もあるし。切符売場のおばさんは最後の客の私のことちゃんと覚えててくれてるかしら、閉める時に確認してくれるかしら、時間になったらピシャッと鍵かけたりしないかしら……?

私は自分で自分を勝手に追い込んで、ほとんど休憩もないまま20階分を登り、ようやく外に出た時には汗だくのフラフラになってしまった。こんな場所はそうそうないので一回は見ておくべきとは思うけど、一回こっきりでいいわぁ。二回目はないわぁ。

ワインとサラミを堪能する幸福

井戸のある公園の一番奥の崖っぷちまで行くと展望台になっていて、ここからも緑豊かなウンブリアの大地が見渡せる。日中の凶暴な陽射しはようやく和らいできたけれど、階段一気登りした私は汗だくだく。……と思ったのもつかの間、吹き渡る風は意外に涼しくて、汗に濡れた身体は逆に冷えてきた。冷えてくるとトイレに行きたくなってくる。下半身がソワソワし始めてしまった私は、もう眺望も上の空。いったんホテルに戻ることにして公園を抜け、心持ち内股気味でカブール通りを小走り。ああ、ホテル近くてよかったぁ。

19時頃に少し早めに夕食に出た。今日はランチをしっかり食べてるから、ちゃんとしたトラットリアやリストランテではなく軽くすませたいな。でも、パニーノやカットピッツァまで簡単過ぎるのは嫌。明日は朝早いので、早くすませて早寝しておきたいんだけど。あ、お土産のワインも見繕っておかなくちゃ。いろいろ断片的に考えながら、カブール通りやドゥオモ通りあたりをウロウロする。

ドゥオモ通り中ほどの《Bottega Vera》というエノテカを覗いてみた。にこにこ迎えてくれた男性にD.O.Cのオルヴィエート・クラシコが欲しいと尋ね、4種類くらいの銘柄の中から彼お奨めの€26のものを1本選ぶ。
なんとなく店内を物色していると、試飲やグラスオーダーの項目に「Sagrantino di Montefarco」の文字を見つけた。あ、サグランティーノもあるの? 飲めるの? モンテファルコで飲んだけど、真っ昼間の30℃超の暑さの中、ブリュスケッタのつまみではちょっと重過ぎたんだもの。勿体なかったよね。ああ、もう一回飲みた〜い! 試飲だけなら店内のカウンターでスタンディングなんだけど、外の4卓ほど並べられた簡易テーブルでならグラスワインが飲めるらしい。

7〜8種類のグラスワインが€5〜€8くらい、簡単なおつまみもオーダーできる。うんうん、いいね、いいね。サグランティーノは絶対サラミに合うと思うの! 今日の夕食はこれに決〜めた! ガラスケースの中には美味しそうなサラミやプロシュートが何種類か並んでいて、盛り合わせは€10なのだけど、カッコして2人前と書いてある。私が躊躇していると「いいよ、半分にしてあげる」と言ってくれた。1200〜1300円程度なら……などと一瞬思ったけれど、サラミの質と量を日本の値段で考えちゃダメよね。結果として半分にしてもらって正解、これで十分すぎる。

道をはさんだ向かいのテーブルで、心ゆくまでサグランティーノ・ディ・モンテファルコを味わう。5種類のサラミやハムがそれぞれ3切れずつ、パンもついて、これが1人前?

まだ外は明るく、暑くもなく寒くもない気持ちのいい爽やかな風が吹いている。日帰りの観光客たちはすでに引き上げ、周辺には緩くほどけたような空気が漂っていて、こんな道端でも落ち着いてワインをしみじみ味わえた。やっぱり、サグランティーノ美味しいわぁ。滋味豊かなサラミやハムもとても美味しいわぁ。時間帯と合わせるつまみのチョイスってすごく大事だわぁ。ああ、幸せ。なんだか幸せ。口元がついニマニマしちゃう。
突然、頭の隅に「もし回送車両に閉じ込められたままだったら、今のこの幸せはないんだわ」と浮かんだ。血の引くようなな出来事だったけど、ほんの数時間前のことだったのよね。

サラミ盛り合わせ1人前€5、グラスワインが€6、しめて€11の幸福なひとときだった。

本日のフィナーレはドラマチックに暮れてゆく

やや光がなずみ始めてきたものの、まだ十分に明るく、時計を見ると20時半にはなっていない。日没まではまだ15分ほどある。よし、今日も落日と夕焼けを味わおうではないの! ほろ酔いで上機嫌の私は、ワインの紙袋をプラプラさせながらスキップのような足取りでウキウキとカブール通りを西に向かった。

夾竹桃が鮮やかな赤い花を咲かせていた

西端の崖っぷちまで行って日没を待つ。親子三代のファミリーが一組、同じように待っていた

今日もドラマチックな夕暮れを見ることができた

ちょっと路地に迷い込んだり、面白いモチーフを撮影したりしていたので、西端の崖っぷちまで30分近くかかってしまった。旧市街の最西端には、いかにも古そうな素朴な外観のサン・ジョバンナーレ教会 Chiesa di San Giovenale が外側に向かって建ち、その前のわずかなスペースが展望台になっている。地表近くに雲があったのでいかにもな落日の瞬間は見られなかったけれど、目の前に広がる大地には燃えるような夕焼けの余韻が残り、ピンクから紫色へ変わりつつある空が広がっていた。まるで待ち構えていたように教会の鐘が鳴り始め、周辺に響き渡った。まあ……なんてでき過ぎたシチュエーションなのかしら。鐘の音に重ねて、頭の中にはパイプオルガンの荘厳なバロック音楽がずっと鳴り響いていたような気がする。

空は刻一刻と色を変えてゆき、私はその変貌を楽しむのに20分近くを費やした。気がついた時には空のほとんどが濃紺になり、わずかに残る地平のオレンジ色も消えていた。
ああ、今日もいろいろあったけど、こうして無事に暮れていく。ようやく身体が時差に対応してきたことだし、明日は早起きしなくちゃならないので今日は早寝しましょう。なんだかんだいって私のイタリア旅もあと3日、正確には2日半。

 
       

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