どうにかしてくれ、冷房

肌寒くて目が覚めた。

香港やマカオの室内冷房攻撃はすさまじく凶暴だ。油断するとホテルの部屋も設定温度16度などにされている。暑い外から戻って「お。涼しい」なんて喜んでいられるのはほんの5分ほど。すぐに冷え冷えになってしまう。羽織りモノなしではいられない。でも暑い国では冷房は“客に対するサービス”“おもてなし”の意味もあるんだろうな……。でんこちゃんが「電気を大切にね!」と設定温度28度をいくらPRしても、東南アジアがこの調子ではどうしたもんだか……。ああ、電飾も一晩中きらきらしてたしねぇ。マカオのカジノは不夜城。

>>でんこちゃんは内田春菊さんが描いた東京電力のキャラクターです。他地方の方、東京ローカルネタでごめんなさい

私は冷房の中で眠ると翌朝必ず喉をやられてしまうので、就寝時にはスイッチを切るようにしている。そうやって眠ると軽く汗ばんだ感じで目覚め、よーしシャワー浴びてスッキリさせるぞという気持ちになって、元気に起き上がれるのだよ。
勿論、年寄りであるヒナコの身体にも冷房はよくないのでね。彼女は汗びっしょりになると不機嫌になるが、寒くて足や膝が冷えても不機嫌になる。でも、彼女の希望を叶えるとなると、常に5月か10月で常に気温20度の場所にしか行けないので。暑いといっても熱中症になるほどではないので、有無を言わせずスイッチは切る。

…というわけで、ちゃんとツマミをオフにしたはずなのに、部屋が冷えているのは何故だ! 上下左右の部屋が冷えてて一緒に冷やされちゃったのか??
昨日の香港のホテルは室内のスイッチをオフにすればそれ以上冷えなかったのにな。でも、スイートルームだったのでエアコンの吹出し口もコントローラーも3ヶ所もあった。「切ったのにまだ音がする! 冷気が来るッ! どこだ!?」と探し回らなくてはならなかった。

少しばかり洟をスンスンさせながら窓から外を眺めると、極彩色ネオンももう消えていた。明け方頃に少し雨が降った気配あり。今はいくらか雲は多いが晴れている。今日も蒸し暑いのかな……? 雨季真っ最中なのだから(東京の6月の平均降水量の倍以上だ)傘はバッグに入れておかなくてはね。

それでも、昨日歩き疲れていたのでぐっすりと眠れているので元気は満々だ。とりあえず、支度して朝ごはんを食べに出かけよう。

マカオのエッグタルトはポルトガルのナタか

かつてのポルトガル旅行では、お菓子がホントに美味しくて毎日楽しみだった。地方独特の名物菓子があってその町によってラインナップは微妙に違ったけれど、唯一全国区だったのがパステイス・デ・ナタというエッグタルト。もともとはリスボン近くのベレンのジェロニモス修道院で生まれたこのお菓子は、どこの店にもあって、それぞれ味も違ってて、どこでもそれなりに美味しかった。私はこの国民的お菓子がとても気に入って、さすがに「一日1ナタ」くらいの勢いで毎日せっせと食べた。

その何年か前に日本では(毎年特定のスイーツがブームになってデパートからカフェからコンビニに至るまで溢れまくってはいつの間にか消えるのだが)ちょっとしたエッグタルト・ブームがあった。これはマカオのタルトが香港経由で日本に入ってきたもので、皮はタルトっぽく硬め、エッグと謳う割には牛乳の比率の高いカスタードクリームが詰められたものだった。…無難に美味しい洋菓子だけれど大騒ぎするものではない、という感じ

ところがポルトガルのナタは、タルトではなくさっくりとしたパイのような台でいて、でもホロホロと崩れてしまうほどではない。中身の卵にはミルクはクリーム状にするための必要最低限しか加えられていないようで、卵黄オンリーかというくらいねっとり濃厚。あまりに卵黄比率が高いので、キツネ色を通り越して黒く焼け焦げてしまうのだが、これがもう美味しかった。あの濃厚さなら焼き色がヒヨコ色なのはありえない。香港にあるアレ、日本でブームになったアレは、カスタードクリームタルトであって断固パステイス・デ・ナタじゃないのだ。

果たしてマカオのエッグタルトは、ポルトガルのナタだろうか? 今回のマカオ行きで確かめてみたかったミッションのひとつ。ミッション? 単に自分に課した「旅の目標・其の壱」を格好つけて言ったに過ぎないが。だってあのナタをまた食べてみたかったのよ。ポルトガルはそうそう行けないし、遠くて。少なくともガイドブックの写真のタルトには“黒い焦げ目”はあった。期待は高まる。

目指すは『マーガレット・カフェ・エ・ナタ(瑪嘉烈蛋撻)』。日本のガイドブックにもマカオ観光局のHPにも載る有名なカフェ・ベーカリーだ。宿泊したホテルからはホントに近く、面した大通りを渡って路地を入った場所にある。徒歩3分、信号待ち時間含む。
ベーカリーなので、勿論パンもサンドイッチも美味しいはず。朝6時半からのオープンだというし、ここは地の利を活かして観光客で混雑してしまう前にゆっくりしようという腹づもり。でも、ヒナコの身支度がのろいのでもう8時になっている。

オーダー方法にしばし悩む

路地の入口に看板と矢印が出ているので迷わない。さすが有名店だ。
「カフェを併設している町の手作りパン屋さん」という雰囲気の店だった。店の前のスペースにテント屋根を張り出してテラス席をしつらえてある。

店内に入ってみた。入口すぐ脇の棚に美味しそうなパンが並んでいる。奥には焼きたてのナタや焼き菓子がずらりと並んだ棚がある。正面には冷蔵ショーケースがあって、オバちゃんが二人、サンドイッチを作っている。行列が出来ていたがテラス席で食べている人は少ない。並んでいるのは出勤途中のおじさんやOLや制服の女子高生たちで、パンの袋を受け取っては足早に去っていく。
…さて、どうしたらサンドイッチとナタとコーヒーにありつけるのだろう?? 勝手に座席に座っていても注文を取りに来てくれる感じではない。わけのわからない観光客がわけのわからないことをして朝の忙しい人たちの邪魔をしないよう、どういうシステムで注文購入出来るのか、少し後ろに離れてしばし観察する。

人の波が途絶えたのを見計らってガラスケースに近づく。オバちゃんに「トゥー サンドイッチ プリーズ」と言ってみると、彼女は大きく頷いてくれた。スライスした食パンを手に持って「ホワイト? ブラック?」白い小麦のとライ麦のとひとつずつ選ぶ。再びオバちゃんは頷き、台にパンを置いて片手にナイフを握って目で促す。ああ、そうか、○○サンドイッチというのがあるんじゃなくて、好きな具を好きな組み合わせで選ぶってことか! ケースの中には、レタスやトマトやにんじんなどの野菜類、コールスローやポテトなどのサラダ類、マカロニなど具の入ったバットが14〜15種類並んでいた。うーん、どれにしようかな?

白いパンには定番・マヨ卵とレタスとチーズ、ライ麦パンの方にはカレー味のチキンペーストとトマトときゅうり。悩んだわりには結構普通の組み合わせにしちゃったかも。オバちゃんはパン2枚たっぷりと具を挟み、対角線に半分に切ってそれぞれラップする。合計4切れ出来たわけだが、うわ、これはかなりボリューミーだわ……。料金体系はどうなっているのかなと思ったが、サンドイッチを入れた袋にキュキュキュッと値段を書き込み手渡してくれる。ああ、これでレジに行くシステムなのね。

焼きたてナタの棚横には、マダム(多分オーナーのマーガレットさん)がにこやかに立っている。彼女にカプチーノとナタがふたつ欲しいと伝え、レジで精算。ナタを乗せた皿とサンドイッチの袋と飲み物の番号札をもらって席で待つ──どうってことないシステムだった(笑)。

ほどなくカプチーノも運ばれてきた。わー、いい香り。早速いただこう。

パンも美味しい! タルトも美味しい! 朝から嬉しい

後期高齢者になって数年のヒナコは、自前の歯も残っているが自前でない部分もたくさんある。一般的高齢者は歯が弱ってしまうと面倒になって、いろいろ食べ物を諦めるようだが、ヒナコはなんとしても“固形物を噛んで”食べようとする。義歯の治療中「しばらく流動食にしなさい」と言われても聞き入れず、1時間以上かけてすべての食材をみじん切りにしていた。ミキサーやフードプロセッサーでペースト状にするのと大差なさそうに見えるが、頑として譲らず、一度きちんと調理したものを食卓で極細みじん切り。本来歯ごたえのあるものが好きなのだ。だから昨日のお粥の朝ごはんも最初は嫌そうな顔をした。広東風のお粥は具だくさんなので許されたものの。

おまけに彼女は口が小さい。というか大きく開かない。歯医者が治療しづらいとこぼすほどだ。彼女の一口大は私の一口大の3分の1だ。「お上品ぶってるだけじゃないの?」と言ったら憤慨していたが。
それでもナイフとフォークを使うなら問題はないのだ。心ゆくまで自分で切り刻めばいいからね。むしろ一般的一口大になっている和食の懐石料理なんぞの方が厄介だったりする。同様の理由で、海外でサンドイッチを食べさせることは少なかった。カフェでサラダなどと一緒にオーダーするとナイフとフォークが出てくるので、分解して刻んでいたが、サンドイッチ本来の食べ方である「片手で持ってかぶりつく」は出来なかった。

前置き終わり。
そういうわけで、バケットサンドなどは無理っぽそうだけど、柔らかい食パンに卵やチキンのペーストを挟んだサンドイッチは食べやすいだろうと私は考えたのだ。そう、思いやりのつもりだった。あー、でも、思いやったつもりで実は間逆なことってよくありますね。こんな柔らかい(と私が思う)ものでも彼女は“前歯で噛み切る”ことは出来ないのであった。違うか。サンドイッチの厚みまで口が開かないのか。仕方ないので一口サイズに指でちぎるわけだが。ペースト状のものがギュウギュウに挟まった柔らかいパンは、そういうことをすると中身がむにゅむにゅはみ出して大惨事になってしまう。それでも彼女は怒りながらも頑張って食べていた。

サンドイッチはとっても美味しかった。具だくさんなので素晴らしく満腹になってしまったが。ヒナコもパンのミミは残したものの、怒りながらも完食したわけだし。完全に分解されていたので、味のハーモニーっちゅうヤツは楽しめなかったと思うが。

たかだか「三角サンド」を2つ食べるだけなのに大騒ぎですっかり時間を使ってしまった。せっかく焼きたてのタルトが冷めちゃったじゃない…と手に取ると、まだほんわか温かい。鼻先に持って行くと卵とバターの甘い香りがふわっと漂う。…うひゃ、たまらんかも、コレ。

パンはふっくらふわふわ。チキンカレーのペーストは想像したよりずっとスパイシー。かなりお薦め。トマトときゅうりでなく、ピクルスやオニオンスライスを挟んでもらうべきだった……

昨日のマンゴープリンに続き、朝から絶品スイーツってのは幸せな気持ちになるよね。ポルトガルのナタは美味しいけど、元祖の修道院横の1店を除き(ここのナタは別格)1個で充分満足する濃厚さ。でもこれなら、私は半ダースはいける!

皮はサクッと香ばしい。中のクリームは、かなり卵濃度は高いがほどよく乳濃度もある感じ。ポルトガル本土の卵黄バリバリの極濃厚クリームも美味しいが、このくらいの方が食べやすいかもしれない。東南アジアの高温高湿度の中では卵黄クリームは少しヘビーかも。

つまり、とっても美味しかったのだ。香港のエッグタルトとは違います! 何年か前に日本で流行ったエッグタルトとも違います! 私たちが1時間もかけてのんびり食事している間にも、ひっきりなしに客は来てサンドイッチをテイクアウトしていく。ぼちぼち観光客っぽい人たちが座席を埋め始めてきたのをしおに席を立つ。
こんなに満腹してゆったりした気持ちになって合計82パタカ。この路地近辺はそういう位置にあるのか、ちょっと下水道の臭いがしたことがややマイナスポイントだった。

今日も世界遺産ラリーのスタート

マーガレット・カフェ・エ・ナタのある路地を奥に抜けてみることにした。並びの店はすべてカフェやお粥店などで、地元の人々の朝ごはんエリアのようだ。一本裏側の路地もそんな感じ。

チャイニーズな雰囲気の八角形と赤い窓枠が可愛い八角亭。法隆寺の夢殿をひとまわり大きくしたくらい

路地のはしっこで新鮮な朝採りのお野菜並べて店開き。

昨日あまりの観光客密度に恐れをなして行かなかった聖ポール天主堂跡から今朝はスタート。香港や大陸からの日帰り観光客が溢れ始める前に行くのだ!
ふらふらと歩いていると赤い扉の中国っぽい小さなお堂のような建物が見えてきた。あ、あれが市民図書館の八角亭ってやつじゃないかな? かなり交通量の多い道路が二股になった部分にモザイク石畳が敷かれグリーンが植えられ、ちょっとした公園みたいになっている。その真ん中にちょこんと建つ可愛いお堂。どんな図書館なのか覗いてみたくて周りをぐるぐるしてみたが、扉は開いていない。残念。

さらにのこのこと進む。今朝はセナド広場を経由せず、カテドラルの裏手からショートカット。この裏手の階段のある路地がとっても風情があるのだ。ちょっとリスボンのバイロ・アルト地区みたいなの……。昨晩偶然通って気に入ったので、明るくなってからも通ってみることにした。夜の方が雰囲気いいな。それから広場の脇を折れて、あのお気に入りの緩い坂道へ。まだ時間が早いのでこの坂道のショップはほとんどが開店前だ。抜けたところから先が聖ポール天主堂跡(大三巴牌坊)〈世界遺産その10〉へと続く大三巴街(聖ポール通り)。仲見世通りの様相を呈したうねうね続くこの通りには、土産物屋がずらりと軒を連ねている。昨日の午後には観光客がみっしりだったこの通りも今朝はまだ人影まばら。お店はとりあえず開店はしているけれど、まだまだ準備段階で道行く人を呼び込む余裕はない。だいたい道行く人、少ないし(笑)。

こういう通りは活気あるのが本来の姿なんだけど、ヒナコが嫌がるからなあ。彼女はかなり重度の網膜剥離を患ったので、失明こそ免れたものの片目が見えづらいのだ。だから人がうじゃうじゃ目の前を行き交うと目が疲労してしまうというのも理由なのだが。(見えない側に私が立って視界を遮ればいいのだが)
ただ、人が少ないならでは見えてくるものもある。路傍の足元に小さな小さな魔除けの石碑があり、線香とちょっとした供え物がしてある。これが各店各店ひとつひとつにあるのだ。線香からは煙がゆるゆると立ち昇り、ついさっき火をつけたという感じ。恐らく開店前の最初の仕事なのだろう。人で溢れている土産物街ではそういうものにはなかなか気づけない。

まだ人もまばらな大三巴街の到達点は、小高い丘の上の堂々そびえる天主堂。聖堂へのアプローチとしてはなかなか感動的だ

ぽっかり開いた窓にステンドグラスは嵌っていない。見えるのは壁の裏の青い空

緩くカーブする細い大三巴街を抜けると突然視界が開け、由緒ありそうな建造物に囲まれたイエズス会記念広場〈世界遺産その11〉に出る。広場から小高い丘の上に続く大階段の上に天主堂の威風堂々とした姿。火事で正面壁のみを焼け残したかつての大聖堂だ。ファサードの大きさといい、広場から階段を経てのアプローチといい、かなり立派な聖堂だ。マカオの欧風建造物は全体にこじんまりとしてヨーロッパのミニチュアっぽい印象だったが、これは見事だ。後ろに建物が続いているのではないかと錯覚してしまいそうだが、残された一枚の壁である証拠にその窓から覗き見えるのは青空だ。

マカオで最もシンボリックな教会

しかし、今日は暑い。湿気は激烈に高いから蒸すのは勿論、天気がいいので陽射しの強さも強烈だ。こてこて塗り重ねたUVクリームも流れてしまいそうに大汗が吹き出す。よろよろと大階段を登るが早くもめげそう。

ファサードの真下に立って見上げてみる。遠目にはヨーロッパの聖堂並みのファサードに見えたし、彫刻などの綺麗さも実際そうなのだが(勿論ヨーロッパのトップクラスの見事なものとは比べ物にならないけどね、バチカンとかノートルダム寺院とか)、微妙に違うのだ。これぞ東洋と西洋の融合というか混在というか、そういう意味では多少技術的に稚拙であることなんぞ差し引いてなお、大変希少で価値あるものなのではないか。500年も昔に極東にこれだけの聖堂が拵えられた──少なくとも東洋一壮大で美麗な教会であったことは間違いない。

正面の入口を入って裏からも見る。ああ、完全に一枚の壁でしかない。コンクリートと鉄骨での補強がされているので、なおのこと“壁”感が強い。裏側に続く跡地はかなり広く、本当に立派な聖堂だったんだという事実が偲ばれる。
中央のマリアさまの彫刻の周りには“菊の御紋”のようなものがあり、女神が怪物を踏みつけている彫刻もある。この怪物は七頭の龍で、ヤマタノオロチのようでもあり、ナーガのようであり、ドラゴンのようでもあり。中華世界での“龍”は神獣・霊獣で皇帝の象徴でもあるが、キリスト教に於いては“ドラゴン”は神と敵対する邪悪な幻獣だ。

4体並ぶ聖人たちの像は欧風だが、上のほうのレリーフにはどことなく東洋の“磨崖仏”っぽい雰囲気がある。この融合感覚が面白い

この鉄骨の補強は展望台にもなっている

かなり広い聖堂の敷地跡

地下の基礎もいくらか残っていて、その辺りはちょっと囲われて聖堂の歴史を紹介しているコーナーになっていた。パネル写真につけられた説明文を拾い読み。広東語の漢字と英文、わかる単語だけ読んでるだけだけど。建ててから一度火災で焼失している。最終的に1835年の火事でファサードと基礎の一部以外が焼失し、現在残る姿になるわけだ。2度目の建築をする頃はちょうど家康が切支丹を禁教して弾圧した時期と重なる。長崎から日本人切支丹たちがここマカオに逃れて来て聖堂建設に携わったようだ。

>> 出発直前の『世界不思議発見』でマカオを取り上げていた。この怪物の彫刻は家康だとの説もあるって……。ホント?

その何枚かのパネル写真の前で、小太り丸顔で人が良さそ〜〜な一人旅の中国人のおじさんにシャッター押しを頼まれた。声のかけやすそうな顔してるのかボーっとして見えるのかわからないが、洋の東西を問わずシャッター押しは必ず頼まれるのだ。渡されたのはニコンの最新のデジタル一眼だった。プロカメラマンしてる友人が持ってたプロ仕様のヤツ。ひゃー、私にシャッター押せるかしらん。

おじさんは私の撮った画面を見てニッコリしてくれたのでとりあえず大丈夫だったと理解する。
地下へ続く階段を下りると宗教美術品の博物館と納骨堂になっていた。さして広くはないけれど静かで厳粛な雰囲気の場所である。特に納骨堂の方は。大陸からの観光客の集団が大声で喋るわ、ドタバタと右往左往するわ、挙句、人が見ている前も構わず横切り立ちはだかって、フラッシュ焚いて埋葬された人骨と記念撮影だ。

こういうことってあまり言いたくないんだけど……私はあちこちの観光地で遭遇する大陸の人たちの、この傍若無人さが大変に不愉快なのだ。ポーズ決め決めで“不自然な”スナップ写真を撮っているのは、まず大陸の人たちだ(と思う)。木や石碑に登ってポーズつけちゃったり、欄干に片足かけて肘を乗せ顎下に添えちゃったりする。あんたは石原裕次郎かっての。女性は年齢体型ファッション関係なくもれなくパニオン立ちだ。その間、声が大音量になっていようが、通行人を延々とせき止めていようが、知ったこっちゃない感じ。台湾人とか香港人とか韓国人とか日本人は……スナップ写真はもうちょっとさり気なく撮る(と思う)。

奇妙な三種揃い踏み

天主堂跡のファサードを側面からも眺めてみる。左側にもささやかながら世界遺産があるのだ。中国の暴れ神ナーチャを祀るナーチャ廟〈世界遺産その12〉とポルトガル人によって築かれた旧城壁〈世界遺産その13〉。マカオ市街地区はぐるりとこの壁に囲まれていたらしく、そういうところはとてもとてもヨーロッパっぽい。現存している一部の城壁は、今ではきちゃない土壁にしか見えないのだけど。築かれ始めたのは1569年頃からとかなので、つまりは440年も前の壁なわけだ。
ちなみに、土砂と藁と牡蠣の貝殻を何層にも何層にも塗り重ねた壁だという。ヨーロッパなら石造りにしちゃうところだが、現地の素材や技術を使ったわけだ。気候的にもその方が結果的には丈夫で長持ちしたんではないかと。

その壁の横にナーチャ廟がある。聖ポール天主堂に比べればあまりに小さくささやかであるが、中国的美しさならではの赤の鮮やかさが際立つ建物は、周辺の欧風建造物の中に混ざっても不思議と違和感がない。マカオの宗教や東西文化交流の自由さをとても象徴していると思う。で、ナーチャって誰? 西遊記に登場する子供の戦闘神だそうで、この近辺で蔓延した伝染病を鎮めるために建てられたとか。
立ち位置によっては、この中国的な廟と天主堂、そのずっと先に奇天烈なグランド・リスボアのタワーとを同時に視界に収めることが出来る。ああ、なんていうか、その、すごくすごく奇妙な世界だわ

小さな可愛らしい廟だけど、精巧な中国的意匠にある種の幻想的ムードがある。左横のきちゃない土壁みたいなのが旧城壁。
中には普通の民家が立ち並んでいて、ゾロゾロ観光客に立ち入られて迷惑だろうな。慣れっこかな?

で、振り返ってみると廟と天主堂とグランド・リスボアが一直線に並ぶ

西瓜ジュースもマンゴージュースも味が濃くて美味しい。400ccくらいはある。観光客相手の店なので高めの値段設定なのだろうが(お世辞もコミだし)2本でたった35パタカ。

摩訶不思議でありつつ妙にしっくり馴染む組み合わせの景観を肴に、さっき大三巴里街の店で買ったフレッシュジュースで休憩する。お店のオバちゃんは「日本人?日本人?」と聞き、そうだと答えると「おキャクさんビジンねーキレイねー」とお世辞を言った。きゃはは、誰に教わったんだ(笑)。1本でいいところをつい2本買っちゃったじゃないか。
今日は晴天なのでもう暑さが半端ではない。10時を過ぎて観光客の数もガンガン増えてきて、暑苦しさに拍車がかかる。陽射しを避けて日陰に入っても、あまりにも高い湿気が肌にじっとりとまといつく。
時折吹き抜ける風にホッとしつつジュースを味わっていると、天主堂の壁裏の小さな穴に茶色っぽい何かが出入りしているのが見えた。近寄ってみると…雀だ! もっと近寄って壁にへばりつくように真上を見上げる。あっ、一羽出て来た! 別の一羽が近寄る。あっ、入った! 耳を澄ますと、小鳥の雛を餌付けして育てた者にはたまらないあの声──ぴーぴーと餌をねだる声がかすかに聞こえる。うわーうわーうわーこの穴の奥に雀が巣を作ってる! でもって現在子育て中! それも夫婦でもって! 世界遺産の建造物の壁の穴で! 大慌てでカメラを取り出したが間に合わず、さっき入った雀は出てきてしまった。望遠で穴に焦点を合わせて次の出入りを待ったが、そういうときに限ってなかなか現れない。炎天下じっと固まって待つのはしんどくなって諦めた。
親鳥夫婦は餌探しに奔走しているわけだけど、かすかなぴーぴー声は聞こえてくる。ああああーッ! 雛の黄色い口に餌をぎゅうぎゅう押し込みたいッ! 雀のご夫婦のお手伝いをしたくてたまらない私だった。後ろ髪引かれつつその場を去る。

丘の上の砦から街を望む

そもそも天主堂は坂道の上にあるのだが、その右横はさらに高い台形の丘になっている。もともと祭壇として使っていたのをポルトガル人が砦に改造したマカオの防衛基地、モンテの砦(大炮台)〈世界遺産その14〉。総督の邸宅や兵舎や監獄などに使われていた部分は今はマカオ博物館[WEB]になっていて、一番上の展望台に登るのにここのエスカレーターを使うと楽ちん。博物館も結構面白そうなのでどうせ見るつもりだから。

>> 博物館に入らなくてもエスカレーターは使えます

2つ3つ長いエスカレーターを乗り継ぐとマカオ博物館の入口に到達するが、気づかずにスルーしてもうひとつエスカレーターを登ってしまった。ちょっとした庭園と市内を見渡せる展望台への出口になっている。砦のてっぺんはかなり広くて、三方向に向けて22門の大砲が据えられていた。ここからだと市街一望。さっき天主堂の上に登った時より当たり前だが段違いに見渡せる。こうして見るとマカオがいかに小さなエリアかということがありありとわかる。なんせ、私の住む世田谷区の半分くらいしかないらしいから。人口はかなり過密なんだろう、高層マンションもたくさん屹立している。リスボンが7つの丘の街と言われたように、マカオも7つの丘に囲まれているので、起伏に富んで見える。

この写真はみんな撮るんだよね(笑)。グランド・リスボア狙い打ち、どどーん!

一枚壁の天主堂を見下ろす。運河の向こうに見える町並と山は、中国本土

砲台がたくさん据えられている側には観光客がたくさんいるが、北を望む側は閑散としていた。雀たちの声が聞こえる。わーい、ここなら雀ッ子たちに餌があげられるわいと、ヒナコが朝食べ残したパンのミミを取り出した。天主堂の脇には人が多くてね、掃除のオバサンとかもいるのに目の前でパン屑まき散らすわけにはいかないでしょ。

一羽の雀ッ子が目の前に舞い降りてきた。よしッ存分にお食べッ! ちょんちょんと歩くその目の前にちぎったパンを放る。とにかく一羽の眼前に餌をまいてあげれば、その子が気づいて食べ始めれば、どこからともなく雀たちはわらわらと集まってきて、私はしばらく嬉し楽しい思いが出来るのである。
ところが、すぐ近くに飛んできたパンのかけらに驚いたのか、雀ッ子はちょんちょんとホップで逃げる。いや、驚いても食べ物だと認識すればすぐ戻ってくるのが常である。もう一度投げる。さらにホップホップホップ……。え、ええッ、どおして? どおちて逃げるんでちゅかッ!! 雀は誰も寄ってきてはくれなかった。くすん。

ああ、思い出してきたぞ。ヨーロッパの雀ッ子は、人懐こいというか人を恐れないというか図々しいというか、餌があると見るやガンガン近寄ってきてくれて、それはそれは嬉し楽しタイムを過ごせたのであるが。唯一ポルトガルの雀は臆病で餌まくと逃げちゃったんだった。
えーー……、いくら長年ポルトガルの統治下になったからって、そんなところまで同じにならないでもいいのに。ちぇ、つまんないの。

結構楽しい博物館

あまりに暑くて、そろそろ屋内で涼みたくなった。エスカレーターをひとつ下って博物館へ。私は15パタカ、ヒナコは8パタカ。ミュージアムと名のつくところを一ヶ所くらいは見とかなくちゃね程度で入ったのであるが、なかなかこの博物館は楽しめた。

貿易船に取引の品々──スパイスとかお茶とかシルクとか陶器とかがどのように梱包収納されていたかの模型、実物大に再現されたマカオの町並み、中国本土とマカオのキッチン用品の違いを示すレプリカ、などなど、言葉で説明されなくてもわかりやすいものばかり。
古い商店や町家を再現したジオラマには、物売りの姿のロウ人形が何体かいる。お茶売りみたいな人、お惣菜みたいなものを売っている人、ひと昔前には日本にもこういう人たちたくさんいただろうに。ボタンを押すと物売りたちのかけ声を聞くことが出来る。広東語で妙な節がつくので何を言っているかは聞き取れないけれど。恐らく「焼き芋〜〜甘くて美味しいほっかほか」とか「竿竹〜〜ェ、竿竹」みたいなものかと。

こんな感じに館内に昔の町並を再現。この赤いポストは昔の日本と似ていて嬉しくなって思わずパチリ。でも日本のポストは朱赤、マカオのは深紅

「マカオの子供たちの昔の遊び」のようなものを流しているビデオモニターがあったのだが、この中で三人の子供たちがやっているのは、何と「あやとり」であった。「えっ、これ、あやとり??」とびっくりして見つめる。私が小学生の頃やったあやとりと手順も何もかも一緒。うわー、懐かしい。ていうか、あやとりなんてもう忘れちゃってたけれど、「うわぁ懐かしい! そうそう、こんなふうにやったんだよ」「次は真ん中の糸を薬指で引っ掛けて…そうそうそう!」ヒナコとふたりで大興奮。今の子供たちはもうこんなことしないんだろうなあ。
ところで、あやとりってどこの国のものだったの? 日本の遊びだとばっかり思っていたけれど、中国発だったの? 日本から輸出された遊びなの? 疑問はまだ解決していない。

>> ルーツはいろいろ複雑なようだ。ネットでさくっと調べられるようなものじゃないみたい

そういう結構面白いものが、そこそこ広いけれど一国の国立博物館の規模としては圧倒的にコンパクトにまとまっている。
面白いなーと思ったのは、公用語が中国語とポルトガル語なので、中葡併記で説明文が書かれていること。街中のストリート名の標識なども中葡併記だった。ここはさすがにミュージアムなので英語も書いてあるが、三番目である。

一番上のフロアは企画展示のスペースで、セピアカラーの古い時代のマカオの写真展をやっていた。順路通りに辿ると展望台の出口につながるようになっている。さっきはスルーして先に上に来ちゃったのね。
砦に登るのはエスカレーターでばびゅーんと来ちゃったけど、下りは屋外の遊歩道を歩くつもりだった。でも、あまりの暑さにひよってしまい、エスカレーターで降りることにした。いや足を使うのがイヤなんじゃなくて少しでも屋根のある場所にいたいと思っただけなのよー。

まだまだ続くよ、世界遺産

今度は天主堂の裏手を回りこむように歩いていく。病院や学校や幼稚園などが民家に混じって点在するエリアで、この辺りを歩く観光客はほとんどいない。世界遺産巡りルートとしても裏道を選んでしまったようだが、静かでのんびりしていて歩きやすい。でも暑いことに変わりはないけど。

集合住宅が林立する狭間の階段路地を抜けると(ああ、こんな感じもリスボンのアルファマ地区やポルトの下町地区みたいだ)突然車の走る道路に出た。そこが聖アントニオ教会〈世界遺産その15〉、カテドラルに似たあっさりした外観だが、小さいながら鐘楼を持っている。門柱には「安多尼教堂」とある。「安多尼」は「アントニオ」の当て字なのだろうけれど、恩と意味と両方にしっくり来る文字を当てるものだなあ…と妙に感心。

シンプルでありながら鐘楼もあり、しっとり落ち着いた外観の聖アントニオ教会。漢字の当て字は安多尼だが、中国名は花王堂というらしい。「花の教会」

正面の聖母子像が清楚な華やかさを添えている

マカオの教会内部はどこも明るい

新しいものではあるが、アズレージョで飾られた小さな礼拝堂も併設していた

内部は壁全体がクリーム色、コロニアル風で明るい雰囲気。さすがに教会には冷房はなく、窓を開け放し大きな扇風機が低くうなりながらゆっくり首を振っている。パステルカラーに塗られた内壁の印象もあるが、窓から存分に取り込まれる光や風も明るく開放的なムードを生んでいるのかもしれない。
それにしても暑い。蒸し暑い。湿気の量ったら半端ではない。ちゃっかり扇風機の前の椅子に腰掛けて、しばらく祭壇を眺めて雰囲気を味わっていたが、いつまでもこうしているわけにはいかない。よたよたと外に出てみたが、いやー暑い暑い。

教会から道を渡って裏手あたりにルイス・カモンエス公園が広がる。ポルトガルの国民的詩人の名前を冠したこの公園は、地図を見る限りではかなり広いスペースのようだ。うーん、そろそろヒナコがへばりつつあるなあ……どうしよう? この広さを回れるだろうか?
ホントはお昼前に公園の散策まで終わらせる予定だったのだ。でもヒナコの歩みや身のこなしは年々トロくドン臭くなり、一般よりずっとゆったりしたスケジュール組みをしているにもかかわらず、じわじわじわじわ予定が押してくるようになった。公園の前のカモンエス広場〈世界遺産その16〉にはベンチがたくさん並んでいるので、少しここで休憩してから中に入ろうか…?

ずらりと並んだベンチにようやく空きを見つけて腰をおろして見渡すと、ベンチを埋め尽くしているのは地元の爺婆たち。どうしたんだ、ここは地元の老人会の集会所か?と思うくらいにたくさんの爺さん婆さん。
「あら、年寄りしかいないじゃない、ここ」ヒナコが言う。いや、あなたもこの中に混じって全然違和感ありませんから。正直に言って何の変哲もない広場だ。爺婆だらけで彼らにとっては憩いの場のようではあるけれど、ここが世界遺産だなんてちょっと納得いかない。確かに爺婆たちは“古くて歴史もある”けど。

公園に入ってみた。緑豊かで起伏に富んだ公園のようだ。状況次第でこういう場所ではゆっくりリラックス出来るのだけど。ヒナコが歩き疲れて暑さに参り始めているので、そろそろ不機嫌になってきた。うーん、どうしよう?
中華圏の公園や広場にはよくある“健康遊具”が並んでいた。スポーツジムのマシンを公園のジャングルジムやシーソー仕様にしたようなもの……TVで見たことがある。爺婆がぎっこんばっこんと“身体を鍛えて”いる。ちょっと面白そうなので不機嫌になりかけているヒナコに「ちょっとここ乗って動かしてみ?」と水を向けてみる。ヒナコは興味なさそうに渋々とハンドルを回してみたりしたが、バランスを崩し、うまく出来ないものだから不貞腐れて「後期高齢者なんだから! こんなこと出来ないわよッ!」などと怒る。まったくなあ、自分都合で若くなったり年寄りになったりするんだよなー、ぶつぶつ。

この公園内にカーサ庭園&東方基金會〈世界遺産その17〉とかプロテスタント墓地〈世界遺産その18〉とかあるはずなんだけれど? 案内見取り図や園内標識にもそのようなものは見当たらないし?

>> ふたつの世界遺産スポットは、カモンエス公園の中でなく、隣接していたのであった。墓地の方はいかにもな「西洋墓地」なのでどうでもよかったが、ポルトガル商人の邸宅だった洋館と庭園は見た方がよかったかも。

小高い丘丸ごと公園なので、だんだん登りがきつくなってきた。そしてあっちの木陰でもこっちの東屋でも、とにかく地元爺婆(圧倒的に爺比率高し)が集っているのである。爺婆95%観光客5%という感じ。“地元の人”度が高いのはわかるけれど、この爺婆度の高さはなんだ? ま、平日の正午過ぎだからね、爺婆以外は働いたり学校行ったりしてるんだけどね。

「何よ、年寄りばっかり」さっき自分を後期高齢者と言ったその口でヒナコが呟く。
うーむ。ここはいったん引き上げた方がいいかもしれないぞ。実はあまりの暑さに1.5リットルも持ってあったミネラルウォーターをふたりで飲み尽くしてしまったのだ。朝ごはんに大ぶりのカップでカプチーノを飲み、フレッシュジュースもそれぞれがボトル1本ずつ飲んでいるのである。「高齢者の脱水症状」「高齢者の熱中症」怖〜い言葉が頭内で明滅する。観光客の多いエリアなら飲み物も買えるが、この地元濃度の高い公園では売店など見当たらない。

使い方が想像出来ないものもある健康遊具群。総じてどこでも鮮やかなカラーリング

水辺とあらば小さな噴水池でも蓮が植えられているのは、ここが中華圏であると納得させられる。西洋風庭園とよくわからん現代風オブジェ、チャイニーズを象徴する蓮。これが同居して違和感ないのが「マカオ」ではないか

そろそろお昼ごはんの時刻でもあるし。
「糖尿病きみ高齢者の血糖値低下」もうひとつ怖い言葉が明滅してしまった。やっぱり一旦引き上げよう。観光客でもお昼ごはん食べやすいエリアに移動するか、一度ホテルに帰るか。朝のボリューミー・サンドイッチのお陰で1時近くなってもまだお腹は減らないが、水分取って休憩しなきゃマズイでしょ。
爺婆がたむろっていたカモンエス広場の前にはバス停があった覚えが。マカオでの初バスだが、何とかなるでしょ、あれで帰ろう。ここが始発の路線もあるようで、広場脇で時間調整していたバスの途中停留所表示に「葡京」の文字を見た記憶があるのだ。「リスボア」だよね? あの奇天烈建築物群が見える所で降りればホテルは近くなんだから。

バスにTRY……できるかな?

地元のバスというものは、網の目のように縦横無尽に路線が張り巡らされていて、おそらくどこにだって行くことが出来る。それだけに複雑でわかりにくく、地元民ですら自分のよく利用するものしか理解していなかったりする。安くて便利であることはわかっているが、旅行者にはハードルの高いシロモノであることも確か。そうだよ、私は過去に何度も地元の路線バスで市中引き回しの憂き目に遭っていたのではなかったのか?
「懲りない」と言わば言え。でもそういうことを面白がる自分もどこかにいる。中長距離バスを適当に乗るととんでもないことになるが、市内路線バスなら時間のロスもお金のロスもダメージ少ないからね。

ハードル高いと知りつつ近寄ってみたバス停には何路線かの経路図が貼ってあった。全路線を網羅した地図状のものではなく、例えば12番なら12番のバスの停留所名を羅列して矢印でつないだだけのもの、それが紙一枚に印刷されてぴらんとあるだけ。時刻表に該当するものはない。欄外に10分おきみたいな中国語が書いてある。まあ、そんなことはなんとか理解できることだから別に構わないのだ。
最初にげげげっと思ったのは、停留所名表示が「漢字のみ・下に小さくポルトガル語」、路線経路図は「漢字のみ」だったことだ。
「○○廟」とか元々が中国名のものはいい。「○○路」「○○街」などのストリート名もわかる。「ドッグレース場」に「賽狗場」などと意味のわかる漢字が当ててあるものも想像がつく。だけど、ポルトガル語や英語の名前に漢字の音を当てたものはお手上げ。地図と突きあわせても皆目わかりましぇん。現に今いるカモンエス広場は「白鴿巣前地」と書く。白い鳩の巣…文字の意味は関係なさそう。だからといってこれをカモンエスと読むなんて無理無理無理。

>> 地名が漢字オンリーだったことだけではない。マカオの路線バスには他の地域とは違う独特の法則があった。このことに気づくのは後日のこと。プチ失敗を積み重ねてのことであった。

うわ、駄目だ、これはわからん。だいたい、バス停にある経路図の中に「葡京」の文字が見つからない。ここを通るバスはリスボア方向行かないのかな? いろんな番号のバスがひっきりなしに停車するのだが、乗ってしまう決め手がない。この広場前の道は、さほど広い通りではないのだが交通量は多く、タクシーもよく通る。半分くらいは空車なので面倒になって手を挙げてしまった。とりあえずはホテルに帰ろう。

マカオのタクシーは安い。ホテル・シントラまで僅か31パタカ、400円しない。日本だったら2500円は取られそうな時間と距離なのに。タクシーの運転手には英語はほとんど通じず、私は中国語の発音も正確に出来ないわけだが、メモを書いて渡せば完璧だ。
短期の旅行者ならタクシーでピンポイントに移動すれば楽ちんなのはわかっている。でもね、でもねー……。私は観光スポットという「点」だけでなくそれらをつなぐ「線」としてその街の顔を見たいと思うのだ。出来れば「面」に近く「線」で埋めたい。歩くことは勿論「線」だし、タクシーを使っての移動でも立派に「線」だけど、どうせなら地元の人に近い「線」を垣間見てみたい。地下鉄やトラムは難易度の低い「線」だが、路線バスとなるとぐぐっとハードになる。

ホテルの裏側のセブンイレブンでミネラルウォーターと缶ビールを買って部屋で少し休憩することにした。いっぱい歩いた足がだるい。浴槽に半分お湯を溜めて、ちゃぷちゃぷと足湯をしながらビールをぐびり。うまッ! 聞いたことのない中国ビールで一缶30円くらいだったんだけど、身体中の水分が枯渇しかけていたので、冷たくてとにかく美味しかった。ちょっとくらい農薬入りだったとしても許すよ。いや、駄目か許しちゃ(笑)

ローカルB級フードは捨てがたい

浴槽の縁に腰かけ、足湯をしながらビールを飲むのはなかなか気持ちよかった。疲労がするするとほどけて、心地よく軽い酔いと倦怠感に包まれて、ベッドで足に乳液をすり込んでいるうちにうつらうつらしてしまった。はっと気がつくと、ひゃあ、もう2時になろうとしている。お昼行かなくちゃ、相変わらず暑いのかな、と窓の外を見てみると、足湯と居眠りの小1時間の間に一雨降ったようで、かなり道路が濡れている。でも歩く人たちは傘をさしていないので、もう上がったようだ。あんなに晴れていたのにねぇ、この季節は一日に必ず降るのかな? とりあえずは雨に遭わず(フェリーに乗ってたり、夜中だったり、ホテルで休憩中だったり)うまくいっている。

外に出ると、なまじ雨上がりなために、より一層湿気ってすごいことになっている。熱と湿度とを孕んだもったりと重い空気が、首筋や胸元に絡み付いてくるようだ。一度は静まった汗が一気に噴き出してきた。
さあ、お昼どうしようかな。時間もだいぶ押してしまったし、夜はレストランで食事したいので軽くすませておきたいが、今日も麺というのもねぇ……。なにかばっちりな小腹満たし対応フードはないかな。歩いているうちに、マカオB級フードのひとつにポークチョップバーガーがあるのだと思いついた。味つき厚切り豚肉をパンにはさんだだけの、シンプル極まりないけど美味しそうなモノ。セナド広場や聖ドミニコ広場近辺の繁華街に「猪八包」という看板いっぱい出ていたではないか! 立ち食いかテイクアウトっぽい店が多かったけど、広場のベンチかどこかで座って食べればいいんだよね。

ところが、歩いている時はそういう店をたくさん見たように思うのに、いざ探すと見つからない。このままではヒナコが不機嫌になる〜〜〜。やばいやばい。
ウロウロしているうちにセナド広場に面した『義順』の看板が目に入った。ああ“牛乳プリン”の美味しい店だ、一回は入ろうと思ってたんだよな、えい! 先におやつ食べちゃえ!

店内はとても混雑していたが、階段下の虐げられたような2人がけ席が空いていた。圧迫感もあるが変に落ち着く気もする。普通はこんな場所は掃除用具置場か何かにされて、客を座らせようとは考えないだろうが。
壁のメニューを眺めてみると、下の方に猪八包の文字がある。あれ? メニューにあるんだぁ、ポークチョップバーガー。カッコして(午2どうたらこうたら)と中国語が併記してある。「午後2時まで」か「午後2時から」か、どっちだろ?

威勢のいいお兄ちゃんにオーダーしてみたら頷いてくれた。おお、「2時から」でおっけーなんだな、じゃあ辣魚包というのとひとつずつ。勿論、牛乳プリンも2個ね。

牛乳プリンに匙をさし入れると、ゼラチンや寒天系の弾力ある抵抗感はなく、卵豆腐にするっとさしこむような感触。口当たりも「ぷるん」ではなく、ふわっ、とろっ、すいっ。ミルクの味が練乳に近いほど濃厚で、ほんのり甘くて冷たくて、美味し〜い。慈しむように牛乳プリンを味わっていると、まず辣魚包の方が出て来た。

牛乳の膜が残ったままの“構わなさ”もB級フードならでは。お味はというと、かなり「乳臭い」。牛乳が大好きでない人はあまり美味しいと思わないかも。私は勿論大好き!
冷たいのと温かいのがあるので、1個ずつ頼めばよかったと今頃後悔

ピリ辛オイルサーディンだけの簡単サンドだが、噛み締めると味のあるパンなのでなかなか美味。レタス1枚ない“飾らなさ”もB級ならでは

飾らないが、魚と豚ではパンの種類を変えるという芸の細かさもある。魚サンドは「普通に美味しい」がポークは「めちゃくちゃ美味しい」。甘み、塩気、スパイス、全部絶妙のバランス

小さい。これなら小腹満たしジャストサイズだ。辛い魚サンドってどんなかなーと思っていたら、ピリ辛オイルサーディンをパンに挟んだだけのもの。共演者はレタス一枚ピクルス一片たりともなし。でも、こんな地味で素朴なものが妙に美味しい。猪八包も焼いた豚肉とパンだけだったが、こっちはスパイスが効いててもっと美味しかった。
よかった、昼食もおやつも一緒に済んじゃった。サンドイッチ2種、牛乳プリン2個でしめて60パタカ。ひとり370円のランチだった。ちなみにサンドイッチより牛乳プリンの方が単価が高いのだ。

店内はひっきりなしに客が来ては、プリンを食べて帰っていく。すごい回転の早さ。ここは“休憩する”店ではないようだ。

世界遺産コースを南下する

ふたつみっつ取りこぼしはあるが、セナド広場から北側の世界遺産スポットはひととおり回ったので、午後は南西方向を攻めてゆく。民政総署の右側の坂の小道をゆるゆると上る。セナド広場から北東方向へはマカオ一番の観光ポイントや繁華街が連なるので、縁日のような賑わい方だが、こちら側は歩く人もずっと少なくのんびりしている。

上り坂では人の倍も歩みの遅いヒナコの足でも15分歩けば、聖オーガスチン教会〈世界遺産その19〉の横を抜けて聖オーガスチン広場〈世界遺産その20〉に到達する。さして広くはない広場だが、白黒だけでなくサーモンピンクの石も使って花模様モザイクにしてあるのが可愛い。ここに面して、聖オーガスチン教会以外にもいくつかの世界遺産が固まっているのだ。現在も公立図書館として使用されているロバート・ホー・トン図書館〈世界遺産その21〉、中国での最初の西洋式劇場のドン・ペドロ五世劇場〈世界遺産その22〉聖ヨセフ修道院と聖堂〈世界遺産その23〉は修道院の裏口が広場に向いている。
さ〜て、どこから見ようかな?

小さくて人通りも少ない広場だけど、ピンクの花模様モザイクが可憐な印象

図書館の中庭は、南欧のどこか小さな村の小さなホテルを思わせる雰囲気。ここで少し遅めの朝ごはんをゆったり取ってみたい気分になるような

修道院の裏門。マリアさまのガラスケースは屋根つき、色とりどりの花で飾られている

とりあえず図書館の門をくぐってみた。清時代のポルトガル人の邸宅を香港の大富豪ホー・トン(何東)卿が別荘として購入し、死後マカオ政府に寄贈したもので、現在もマカオ最大の図書館として一般に公開されているという。そういえばさっきから学生のようないでたちの人たちがひっきしなしに出入りしている。門から建物エントランスと続く前庭には、よく手入れされた樹木や花々などが植えられ、木漏れ日が敷石にちらちら揺れている。パラソルの下にはテーブルと椅子が何組か置かれていて、隠れ家風のカフェのようだ。単なる休憩スペースに過ぎないわけだけど、なんかお洒落。

奥まで入ってみようかなと思ったが、学生さんたちの邪魔になっても申し訳ないので、前庭まででやめにした。
図書館の横に聖ヨセフ修道院があるが門は固く閉じられていて見学は不可のようだ。門扉の斜め前には、穏やかで優しい表情の聖母子像の入ったガラスケースがある。とてもアジア人好みの顔をしたマリアさまだ。修道院に隣接した聖堂は見学出来るのだが、ぐるっと道を回っていかなくてはならないので、後回しね。

オペラハウスとしてはあまりにプチサイズの劇場。多分、渋谷公会堂の方が大きい。中華圏で初の西洋式劇場ということに意味があるのだろう

いろいろパーツが気に入った聖オーガスチン教会。内部も綺麗だし

珍しい十字架を担いだキリスト像(カーソルを乗せると祭壇を拡大します)

窓の渦巻模様が好き♪ 石を十字に積み上げている塀も好き♪

劇場も内部見学は不可。なーんだ、この広場も含めて5つも世界遺産が固まっている割にはきちんと中に入れる所は少ないんだ……。ま、図書館はあえて入らなかったわけだけど。
聖オーガスチン教会もクリーム色に白い縁飾りの外観だった。この教会はところどころのパーツの意匠が微妙に私の好みツボに入る。ファサードのぐるぐる渦巻模様とか、横の塀が十字の透かし模様に石を組んでいるとか、天井の青緑色した格子の模様とか。祭壇のキリスト像は十字架を担いでいる。ゴルゴタの丘に登るキリスト像なわけだ。珍しいな、教会の祭壇にあるのは磔刑像であることが多いのに。

まだまだ続く教会巡り

さて、聖ヨセフ修道院と背中合わせに建っている聖ヨセフ聖堂には、修道院の内部を抜けられないがゆえにぐるっと外側を回っていかなくてはならない。他の建造物も密接してしるので、単純に敷地外壁に沿って回ればいいわけではないようだ。
道は湾曲しつつ五叉路になっていたりして、分岐点に立つ標識もどこを指しているのか微妙にわかりにくい。いや、後になって考えればそうわかりにくくもなかったと思う。何だかその時は頭がいっぱいいっぱいになっていて、思考力が著しく低下していたのだ。暑さのせいだ! 湿気のせいだ! 私の少ない脳細胞が汗に溶けて流出しているのではないかと思えるほど頭が働かない。ていうか、そのくらい汗が出る。全身の休眠汗腺がすべて目覚めてフル稼働している感じだった。

ようやく(実際は500mくらいしか歩いていないのだが)聖ヨセフ聖堂の入口らしきところに着いた。貝を象ったアーチが印象的な門の先には、体力勝負!と言わんばかりの階段が続き、その先に堂々とした聖堂が鎮座している。
階段を見てヒナコの眉が曇った。うん、わかってる、そろそろ休憩したい頃合なんだよね。でもね、ヨーロッパと違ってそこらにカフェは溢れていないのだよ。暑いしね、この辺起伏が多いしね、そこにこの階段だもんね。気持ちはわかるが炎天下の階段下で佇んでいてもラチはあかないので、彼女の手を引いてゆっくりゆっくり上ることにした。

上った甲斐はあった。下から見上げてもそこそこ大きそうだなと思ったが、やはり立派で荘厳な佇まいだ。外観の装飾はあっさりめだが、内部に入ると祭壇の上は丸天井のドームがあった。マカオでは丸天井の教会は初めて見たゾ。これまでの教会と同じように壁はクリーム色に塗られているが、少し色が明るめに感じる。ドームの天窓から光が燦々と差し込むからそう感じるんだろうか。ねじり棒のような柱も面白いし。

一瞬気持ちが萎える階段だが、登る価値はある

ドーム天井を持つ教会はとても優美で格調高い。紋章の細工も綺麗だし、柱は金と白のねじり棒。そうした細かい部分が燦々と差し込む外光で存分に観賞できる

入口のステンドグラスから鮮やかな色光。太陽の角度がぴったり合う時間帯でないとこの光景には出会えない。やっぱり柱がねじり棒

振り返ってみる。正面入口の上にはステンドグラスがあって、そこを通り抜けた鮮やかな色光がよく磨きこまれた椅子や床に映っている。うわ、結構いいなあ、この教会。上ってきてよかったでしょ? あの階段に億劫になってしまうのか、他の世界遺産登録教会より人が少ないのも、ゆっくり落ち着けるポイントのような気がする。私たちがいた15分か20分の間、誰一人訪れなかった。時間帯もあるのだろうが。

教会を出てのたのたと階段を下りる。次の聖ローレンス教会〈世界遺産その24〉は地図上で見る限りでは120〜130mくらいしか離れていない。まあ、普通は行っちゃおうと考えるわな、100mちょっとのところにあとひとつ残っていれば。

この辺りは路地とまではいえないが道幅は狭く、そこそこ車も通るし、アップダウンも激しい。蒸し暑いのと坂道があるのとでヒナコの歩みはのろい。ここ数年で段違いに歩みはのろくなった。仕方ない、後期高齢者なんだから。
ガイドブックなどに載っている2.5時間コースを参考に、4時間目処で歩いているのだが、まだ行程は3分の1なのだがもう2時間が経過している。驚きの「スケジュール押し」である。私たちはゆっくりのんびり見学するので、もともと推奨ルートの1.5〜2倍くらいの時間をかけてはいた。それでもかつては、観光をしていても単純に移動の部分はスタスタ歩けていたのだ。それが今や、横断歩道を渡るのも駅の地下道抜けるのも、“ぶらぶらそぞろ歩き”ペースである。また、私にはほとんど気づかない僅かな勾配の違いが、彼女の心拍数と膝には即座に現れる。

そのことを私は怒っているわけでも、不満に思っているわけではない! ヒナコも年とっちゃったのね…と感慨深くなったり驚いたりすることはあるが、私の方から邪魔だなんて本気で言ったことはない。
地図上たった120mの距離でも「下りて」「上って」その上「暑い」。聖ローレンス教会の門をくぐって教会敷地に入った途端、ヒナコが怒りながら泣き出した。椰子の茂る庭と花壇があり、東屋とベンチがあったのだが、そういうものを見つけるのは素早くて、ささっと走り寄ってへたり込む。びっくりするのは私である。なんでいきなり泣くのよ?

私たちが東屋のベンチに座ると同時にポツポツと雨が降り出し、たいして間をおかずにそれは土砂降りとなった。ヒナコはわんわん泣いている。わけがわからない。

よくよく訳を聞くと、暑いのがことさらこたえるし、思うように歩けないし、だから全然予定どおり観光できないし。つまりは体力が落ちた自分が情けなくなっちゃったと、思い切り要約してしまえばそういうことらしい。暑いのと湿気は私もこたえてるよ。日本はまだ本格的に夏になってないから、暑さ慣れしてないんだよ。
「邪魔にされてるし」してないよ。
「足手まといだし」まあ、そう思わないでもないけど、でも心からそう思ったら一人で来るよ。連れてきているうちは心からそう思ってないってことだから。
旅行に来てて辛いことと楽しいこととどっちが多いの? しんどいことの方が多くなっちゃった?
「そんなことない。楽しいことの方がずっと多い」じゃあ、それでいいじゃない。

ヒナコはもともとノーテンキの部類に入るほどの楽天家だった。でありながらまた、不安神経症気味な部分も併せ持ち、その振幅がちょっと極端なところがある。彼女はAB型で、AとB両方の気質が共存しているのだ。私はあまり血液型で人を分類したくはないのだが、なんとなくヒナコの場合は納得する。これまでは楽天的な部分が割と勝っていたのだが、年を重ねて思うようにならないことが多くなると悲観的な性格が前面に出がちになった。ただ、「楽天的でこだわらないポイント」と「神経質に気に病むポイント」が完璧に彼女の脳内自分基準。この基準に法則性を全然見出せないので、私はいろいろ困るんである。

「疲れたよ〜ここでちょっと座って休ませてぇ」と言えばいいじゃないの。なぜ怒りながら泣く?
以前の自分はもっとずっと元気だった、衰えた自分を認めたくない、思うようにならないジレンマもわかるよ。悲しくなるのも、自分に腹が立つのもわかる。でもさ、基本的に私に感謝してくれているというのなら、べそべそと泣くのは止めて欲しい。通りすがる人がみんな私を責める眼で見るのよ。。傍から見ると、私が苛めてるようにしか見えないんだけど……。

ポジティブに考えようよ。暑いなー疲れたなーと思ってた。ちょうど雨が降ってきて否応なしに休憩せざるを得なくなって、そしたら屋根のある椅子がちょうどあって、おまけに涼しくなってきて。…運がいいじゃん? 無理しなさんな、ここでちょっと休みなさいって神様が用意してくれたんだよ。前はそういうふうに考えてたよね?
話した内容についてはヒナコはベソかきながらも納得してくれたのだが、私の諭すような口調が今一つ気に入らないようである。「親に説教するなんて……」ブツブツ呟いているが、私は取り合わないことにした。

初バス、チャレンジ

20分ほどで激しい雨はポツポツ程度になってきた。ほら、ちょうど休憩できたじゃない。ずぶ濡れにもならずにすんだよね? ラッキー!って思わなくちゃ。
さ、まずはこの教会に入ろう。どうやら私たちが入ってきたのは裏門だったようで、正面に回ってみると左右に塔を持ったなかなか優雅な姿の教会だった。左右に振り分けられた外階段も美しい。庭園もなかなか綺麗に整えられているではないの。

階段とセットで見るとこの双塔の教会は風格ある姿をしている。しかし、この辺りはとても起伏の激しい場所なんだなぁ

扉のところに花束がいくつも飾ってあり、盛装の人たちが出入りしていたのでアレっと思って近寄ってみると、結婚式の真っ最中だった。入口からそっと中を覗くだけにする。ちら見しただけだが、シャンデリアがキラキラしていて、ステンドグラスもここのは幾何学模様でなく絵になっているようで、祭壇には金の飾りもあり、内部も優美なようだ。結婚式の雰囲気がよけい優美さを倍増させているのかもしれないし、豪華で優美な教会だから結婚式を挙げるのに相応しいのかもしれない。じっくり見たかったな……。

>> 後日、ネットで人さまの撮った内部写真を見た。うう、結構ロマンチックな雰囲気ではないか……

教会の外階段を下り、次をどうするか考える。このまま南下ルートを辿ればいいだけの話だが、次のスポットまで500mくらいある。「たかが500m」と侮ってはいけない、ヒナコがお疲れ不機嫌モードになり、わけわからん“泣きのスイッチ”もいつ入るかわからず、雨も降って足元も不安定になった今、「されど500m」なのである。その500m先にあるのは広場と修復中で内部観光不可の古い屋敷で、わざわざ行く価値は低いように思える。ぜひ見たいのは世界遺産ロードの最南端の媽閣廟〈世界遺産その25〉なのだが……。

どうしよう? 次に行くにしても、切り上げてホテルへ帰るにしても、「ただの街中」を長くは歩かせられない。タクシーは通るかな、と周辺を見渡してみると……バス停がある。その停留所には5〜6路線が通過するようで、半分は媽閣廟へ行くではないか。バス乗っちゃおうか? ヒナコさんあと一ヶ所見られる? でもまだ引き上げるにはちょっと早いよね、5時前だし。逡巡していると、突然雨足が強くなってきた。思わず停留所の屋根の下に避難することになり、図らずもバスを待つ結果となった。狭い屋根の下、同じように急遽バスに乗ることに決めた人たちがギュウギュウと身を寄せ合う。あ、バスが来た。えい、乗ってしまえ!

前払い方式のようだ。3.4パタカと電光表示が出ているが、料金箱はただの穴のあいた箱だ。運転手に向いた面だけが透明になっている。金額カウント機能はなさそうだし、当然お釣りも出なさそう。二人分7パタカのコインを入れた。地元の人たちはICカードでピッピッ。タクシーも安いと思ったが、バスはもっと安いなあ。3.4パタカっていったら42円だ。0.2パタカのお釣りもらえなくっても文句言えないよ(笑)

海の守り神を祀る廟

媽閣廟のバス停は半島部の南西端、内港に面し、ちょっとしたターミナルになっている。降りる時にバスの運転手に「媽閣廟はここ?」と聞いてみたが、英語も通じないし、私の「マァコッミウ」の発音も通じなかった。慌てて手帳に漢字を走り書きして見せてみる。彼はニコニコ頷いて右側にこんもりと見える小山を指差した。ああ、漢字って便利。

バスを降りて景色を眺めてみる。海の向こうのタイパ島、コロアン島などを繋ぐ三本の大橋の行き着く先は、雨に煙ってよく見えない。気持ちよい海風に吹かれてのんびりする予定が、雨風に服の裾を濡らされ髪を掻き混ぜられている。だいたい、この周辺は3車線のでかい道路で散策できるようなプロムナードにはなっていなかったのではあるが。うぅぅむ、いろいろ上手くいかないのぅ……。まあいいや、媽閣廟を見るとしよう。

門前には物乞いがたくさんいた

鮮やかなんだけど派手でもなく、いい赤だと思う。屋根瓦もいいなあ

文字どおり、“阿媽”を祀る寺院で、台湾でも“媽祖”としてあちこちで祀られていた。航海や漁業の守り神で、台湾とか福建省では一、二の人気を争う女の神様なのだ。マカオ最古の中国寺院であるというし、「マァコッミウ」は「マカオ」という地名の由来にもなったというし、いずれにしても古い地域ではあるわけだ。
ちっちゃな廟を想像していたら、海に向かって丘の斜面を這いのぼるように4つの社殿が立ち並び、それを回廊が繋ぐ立派な寺院だった。屋根瓦など極彩色なのではあるが、色褪せ具合がなかなか良いぞ、良いぞ。それに壁の赤が中国寺院によくある朱赤系でなく、かなりシックないい色だぞ。ヒナコがちょっと嬉しそうになった。

門の前には鮮やかな色彩で船の絵の描かれた巨岩があり、ああ航海の守り神なんだなあ、と思う。廟の天井にはいくつもの円錐形の渦巻線香が吊るされている。航海に出ている間中一ヶ月近くも保つというこの線香は、とてもとても香りがいい。こんな香木のように香り高い線香には初めて出会った。

一番上の観音殿で、若い女性がなにか祈願に来ていた。ちょっとお願いごとがあると、ささっと訪れるのだろう。そのくらいさり気なかった

裏に書かれた願いごとは中国語あり、英語あり、国際色豊か

すみっこにあった渦巻線香。これを吊るすと円錐形になる。中央に願いごとを書いた紙を吊るすようだ。普通の棒状の線香や蓮をかたどったロウソクなどもあった。お願いごとの真剣度によって分けるのだろうか?

あっ面白い、わあ綺麗、あっあれ見て、これ何だろう、などと言いながら、ついかなりな急斜面をぐいぐいと登ってきてしまった。一番てっぺんには「太乙」の文字が彫られた大岩が。これ、ご神体なのかもね。そのすぐ下には観音殿があり、若い女性が何かを祈願して渦巻線香を供えるその儀式が始まる瞬間にちょうど出くわした。
面白そうだよ、と促すつもりですぐ後ろにいるはずのヒナコを振り返ると、彼女は10歩くらい後ろでじっと立ち止まっている。10歩戻れば広場や内港を見渡せる場所だし、10歩進めば観音殿なのに、そんな小屋みたいなところの前で何してるの? ヒナコは答えない上に咎めるように私を睨む。えっ、何、どうしたの、私何かしたの?

どうやら、はしゃいでガンガン登ってきた結果、気づいたら返事も出来ないほど心臓バクバクになっていて突然一歩も動けなくなった、と、そういうことだったようだ。
「だから、さんざん言ってるじゃないの! 私は登りは苦しくなっちゃうんだから! ゆっくりゆっくりじゃなきゃ駄目なんだから」
ああ、そうでしたね、ええ、私の気遣いが足りなくてそれは悪うございましたね。でもね、あなたも嬉しそうにターっと登ってたよね。
「またそういう嫌味っぽい言い方をするぅ(めそめそめそ……)」あのね、一生懸命推し量ろうとはしてますけどね、あなたの疲れの本当のところは私にはわからないんだから。辛いかなと思ったらその都度「もうちょっとゆっくり」「ここで一休みしたい」って言ってよ。これはほんの30分ちょっと前に喧嘩になったポイントだったじゃないの、納得したんじゃなかったっけ?
「だって、私がのろいと迷惑かけて申し訳ないもの(めそめそめそ……)」勝手に我慢して限界に達して突然キレて、思いやりが足りないのこの年になってみないとどうせわからないだの言われて人前でいきなり泣かれる方が、よっぽど迷惑ですってば。突然“不満爆弾”をぶつけてこないで、その前に“要望”の形で軽〜く放り投げてきて欲しいだけなのよ。私の言うこと、何か違いますか?
ヒナコは悲観的思考のスパイラルに陥っている。だから私がつい漏らした「…やれやれ…」みたいな一言にも過敏に反応してしまうのだ。それが年を取ること、衰えていくということなんだろうが。

バラ広場がちょこっと見える。ヒナコと揉めていてこの綺麗で開放的な広場の写真を撮っていなかった。広場の端に建つ媽閣廟の総門は内港に面していて、航海を守る神様ならでは

一番上にあった文字を彫られた大岩。ご神体?

せめて雨が降ってなければね。その辺の岩にでも腰かけちゃえばよかったんだろうけど。ヒナコの機嫌と心拍数が戻るのを待って、ゆっくりゆっくり下へ降りた。雨はもう上がっていた。
媽閣廟の門前にじっと立ち、その前に広がるモザイク模様が綺麗なバラ広場(媽閣廟前地)〈世界遺産その26〉を眺めながらヒナコに尋ねてみる。
今見た媽閣廟は面白かった? それとも見ない方がよかった? 「…面白かった。でも」
でも? 面白かったのは50%以下なの? 辛いことの方が勝るの? 「そんなことない。基本的に楽しいことがほとんど」
だったらさ、いいじゃないのよ、それで。今回のテーマは“物見遊山”なんだから。

>> ちなみにバラ広場とは、日本語訳して「薔薇広場」なのだと思っていた。白と黒だけでなく色石も使ったモザイクがとても華やかで綺麗だったから。観光局からもらったマップの英文表記を見てみたら「Barra Square」とある。目の前の道路は中国語では媽閣上街だがポルトガル語ではデ・サンチャゴ・ダ・バラとなるのであった。な〜んだ、地名なのか、バラ。

またやっちまったゼ、市中引き回し

事前にざくっと立てた予定では、媽閣廟を見た後、近くの丘の上のペンニャ教会からマカオ市街と海とを展望するつもりだった。もしくは、やはり近くのマカオタワーからマカオ市街と海とを展望するつもりだった。でも、もう5時半。18時までのペンニャ教会にはもう無理でしょ、丘の上なんだし。マカオタワーはまだ大丈夫だけど、雨は止んでもどんより曇っているし、かといって夜景の時刻にはまだ早過ぎるしで、どっちみち「展望モノ」は意味もないし勿体ない。

回廊の見学が出来る港務局大楼〈世界遺産その27〉も割と近くにあるけど、まだ時間は大丈夫そうだけど、どうする?
でも、雨も再びポツポツしてきたので、今日のところは一旦引き上げることにした。ちょっと休んでから晩ごはんに出よう。バラ広場に面した道路まで出てみたところ、交通量は結構あるもののタクシーの空車が通らない。ただしバスは通る。いっぱい通る。ホテル・リスボア近辺を通るバス絶対あるよね…バス安かったよね…タクシーだって安いんだけど、バス、すごーく安かったよね……。また降り始めた雨はどんどん強くなってくる。

目についた停留所にふらふらと近寄り漢字だらけの路線図を見てみる。4路線ほど通るようだが、行先は北へも南へも混在しているようだ。その中に「葡京」の文字を見つけた。この停留所にホテル・リスボアを通る路線がある?
ただ、いくつか疑問に思うこともあった。リスボアを通る路線図は、単純に「A←→B」でなく循環しているように見える。循環ルートなら時間がかかっても乗っていればいつかは着くわけだ。この環状に書かれた路線図の途中で矢印の色が変わっているのには何か意味があるのかな? いや、たいした意味はないだろう。

また、今立っている停留所には4路線しか通らないようだが、道路を渡った反対車線はちょっとしたターミナルになっていて、20路線以上はあるみたいだ。あっちから乗った方がいいんだろうか? でも道を渡るには、雨の中朦朧としたような顔をしているヒナコの手を引いて横断歩道をぐるっと迂回しなくてはならない。ここは海に面していて風が強い。ヒナコは折畳み傘をさすのが人一倍へたくそで、僅かの風ですぐお猪口にしてしまう。うまく私が盾になってあげなくてはならないし、それでも傘を飛ばされてヒステリー起こしたりするし、そうこうするうちに信号が点滅し始めて急がせるとまた怒ったりするし、道は濡れて滑りやすいし。

ちょっと面倒だな、と思った。こう思ってしまう私を責めないでほしい。

>> あの時の私に教えてあげたい。疑問に思ったこととか、こうした方がいいのかなと思ったことは、スルーしてはいけないよと。あれにもそれにも、いろいろいろいろ意味はあったのだ。

思い返してみれば、ヒナコが疲労困憊して今にも死にそうな顔して駄々こねた時、面倒になって早く帰ろうとして“おうちがだんだん遠くなる〜”のドツボにはまるパターンが多いのではなかったか? 学習しないなあ、私。
まあ、その時も「今回は大丈夫」と考えたわけだ。毎回そう考えてるんだけどね(笑)。
バスが来た。ルートの中に「葡京」の文字を持つ路線だ。

運転手に「ホテル・リスボア?」と尋ねてみるが、こんな英語すら通じない。えー「葡京酒店」って広東語でどう発音するのよ? このバスは見送って次のバスまでの間に“一目瞭然メモ書き”を用意しておくか(バスの運転手に見せるには地図に書かれた小さな文字では駄目。黄門さまの印篭の葵紋のように多少の遠目でもはっきり見えなくては)……そう諦めかけたところ、一番前の席に座っていた男性乗客が「どこに行くんだ?」と英語で聞いてくれた。「ホテル・リスボア」と答えると、OK、乗れ乗れみたいなことを言う。これだけでよかった英語通じた〜と安心してしまった私もいけないが。

乗っていいと言われたので乗ったが、3.4パタカ×2人分のコインがちょうどない。財布をひっくり返し、よけておいた香港ドルのコインも総動員。揺れる車内で仁王立ちで踏ん張りながらごたごた手間取っているうちに、停留所にして5つ分くらいは過ぎてしまった。距離的にそろそろだと思うけど……? ヒナコはさっさと優先席に腰かけている。

停留所にあった路線図の漢字が全部読めないので、このバスがどういうルートを走るのかは見当もつかない。南湾大馬路という大通りの停留所では乗客の乗り降りがたくさんあった。この通りの名前聞き覚えがある、ホテルの一本裏手を回りこんでいる道じゃなかったっけ? ここで降りる? いや、もっと近くまで行くはず。

大きく湾曲していく進行方向に赤い窓枠の八角亭が見えてきた。あ、こっち側に回り込むんだ…とするとそろそろだわ、ほらグランド・リスボアの奇天烈なタワーが見えてきた。この先を右に曲がって…あれ? 左に曲がるの? ぐるっと迂回するのかな?

乗ったバスは比較的新しくて大きい車体で、前方の電光板に漢字オンリーではあるが次の停車地が表示される。次こそは「葡京」と出るはず、次こそは次こそは!…が、一向に待っている表示は出ない。どうしよう? どんどん遠ざかっている気がするのだが、この時点ではまだ循環ルートだと思っているので、ものすごい大回りではあるけれどそのうち着くに違いないと信じていた。バスの乗客たちは乗っては降り、乗っては降りを繰り返し、もう三〜四回くらい入れ替わっている。ずっと乗り続けているのは、乗れと言った男性と私たちだけだ。だって、リスボアに行くって答えてくれた人がまだ降りないんだからそのうち……そう考えるのだけど、なんとなく雲行きが怪しい。窓から見える周辺の風景はというと、さっきまで垣間見えていた西洋的な匂いは微塵もない。画一的な印象の高層アパート(お世辞にも綺麗とはいえない)や工場(町工場に毛が生えたよりちょっとマシな程度)のようなものが増え、明らかに低所得層の町っぽい雰囲気になってきた。

最初に英語で答えてくれた男性と運転手とが私たちの方をチラチラ見ながら、大声の広東語で会話している。全然言葉は理解できないけれど、話の内容はわかるよ。
「こいつらどこへ行くつもりなんだろう?」「絶対何か間違えてるよな」「どうしたもんかねえ」
乗客の男性が振り返って何か言ってきた。よーく聞いてみると、彼の英語はずいぶんと怪しいものだった。これではもしかして私の「リスボア・ホテルで降りたい」は理解されていなかったのではないか?? 繰り返してみたが、伝わっているのか微妙だ。
「どこから来たのか?」多分そう聞かれたんだと思う。言い澱んでいたら重ねて聞かれた。「お前はアメリカ人か?」
はあ!? 私の顔と英会話のどこがどうアメリカ人だというのか
「どこから来たのか?」また聞かれる。「…ジャパン」と答えたが理解できていないようだった。「ヤーパン」と言えばよかったのか? 恐る恐る訊いてみた。「Do you speak English?」「Little little!」即答かよ。私も覚束ないけど、それ以下と見た。ていうか、外国人相手に知っている英文を喋ってみたかっただけではないのか?? 何で「乗れ」とか言ったんだよ?

運転手と乗客の男性は、こりゃ駄目だわみたいな態度でまた声高に喋り始めた。そうこうするうちに周辺の景色はどんどん荒んできた。錆びたトタン張りのバラックのような建物が多くなる。廃屋のような建物もたまに混じる。人をアメリカ人呼ばわりした男性が「じゃあな」みたいに手を振って下車すると、とうとう乗客はひとりもいなくなった。困ったような表情を浮かべた運転手は前に停まった別のバスを指差して何か言い、私たちはバスから降ろされた。あのバスに乗り換えろってこと?
その時頭をよぎったのは「だってバスに乗る小銭ないもん」だった。香港ドルまでコインを総動員して料金払っちゃったんだもん、小銭1個もない……。(お釣が出ないので札で払うと大損してしまう気がしていたのだが、後で冷静に考えてみると、10パタカ札を突っ込んでしまってもひとり頭20円くらいの損にしかならないのだ)

そんなことをごちゃごちゃ思っているうちに停まっていたバスは発車してしまった。今まで乗ってきたバスも去ってしまった。
終点であり起点でもあるようだが、ターミナルでも車庫でもない。ここにあるのはポツンと立った停留所のポールとシャッターを半分下ろした町工場みたいなもの。道の向かい側にはフェンスに囲まれた広い敷地を持った建物があるが、やはり人の気配は少ない。週末の夕方という時刻のせいもあるだろうが、ゴーストタウン寸前の息絶え絶え感が辺りに漂っているのだ。道路には、車が全然通っていない。人通りもない。折り返すバスがいつ来るのかもわからない。

停留所には「青洲」とある。どこよ? ここ。

その時は私は半分パニックになっていたので、地図で青洲を見つけられなかったのだ。北の方なんだろうなとは思っていたが。

>> 帰国後、調べた。廃墟っぽいと感じたのは間違っていなかった。青洲とは、かつてはベトナム戦争によるボートピープルたちのスラムエリアだったのだ。風水的に北西は鬼門だが、マカオ半島の北西部、イボのように丸く出っ張りS字に流れる鴨浦河で大陸と隔てられたエリア──ここが青洲だった。難民を押し込めておいた…というのが納得の形をしていた。マカオの貧富格差は北低南高になっているらしかった。後日それは実感する。

市内迷走中に雨は今度こそすっかり上がって、傾きかけた西日が照りつけている。バスに乗るにしてもタクシーに乗るにしても、車通りのある道まで行かなくてはどうしようもないのではないか? で、どっちに進めばそういう道?? ヒナコを早くホテルへ帰らせるためにバスに乗ったのに……。50分近く引き回されていたので、結果的に疲れた足を休息はさせたわけだが。

ヒナコお得意の「わからないからあなたに任せる」と言いながら、いざ私が失敗すると「だから変だって言ったじゃない」と自分の助言を聞かないお前が悪い的発言は今回も出た。ええ、ええ、かなりムカつかされますよね、かつてはカチンときた私が悪態をついて軽く応酬があって、まあ普通の親しい間柄同士の喧嘩ですんでいた。
でも、最近のヒナコは悲観モードが強くなっている。軽いパニックと自分の失態が恥じる気持ちとのない交ぜで多少八つ当たりっぽくなる私の言葉を額面どおりに受け取って、泣く。この時もそうだった。
「お金かかったっていいじゃないの、タクシーで帰りましょう」とヒナコ。勿論私も、バスお手上げだ〜、タクシーしかない、料金だって多分数百円だし、そう考えてた。だがヒナコは重ねてブツブツ言う。
「だからバスって嫌いなのよ。乗り降りだって大変し。東京でだってほとんど乗らないもの。歩く方がいいのよ」その歩く方が好きなあなたが一分一秒でも立っていたくない1mも歩きたくないとベソかいたくせに。「だからタクシー乗りましょうよ」
ムッときた私が「どこにタクシーがあるのよッ!」と言い返した口調は確かに強かった、と思う。ヒナコ的には怒鳴りつけられたと感じたんだろう、めそめそし始める。えー、泣きたいのはこっちだよ。

その瞬間、バスを降りてから自転車一台通らなかった道の彼方に、車が現れた。セダン車に見える。な、なんと、タクシーだったのだ。それも空車! これは僥倖と言ってよいのではないのか。過言か。
辺りの状況から見てもあり得ない確率で巡り合えた空車タクシーでホテルへ向かう途中、運転手に言葉がわからないのをいいことにヒナコは半泣きで愚痴り始めた。
「どこにタクシーがあるのって、あったじゃないのよ」いや、すごい偶然と幸運だったんだと思う。
「それなのに、あんなふうに怒鳴ったりして」ちょっとくらいの八つ当たり許してよ、仏様じゃないんだから。

黙って言わせていたが、あまりにも同じ繰言がエンドレスなので、つい反応してしまうとその5倍になって返ってくる。それも泣き声で。あー、言葉のわからない運転手には、年老いた母親を泣かせて宥めもせずブスッとしている娘に見えているんだろうなぁ。
なんだかドッと疲れて(気分的に)しばらく黙り込んでいた。私が黙っているのでヒナコの愚痴も徐々に沈静化していった。

気分を変えてディナーに行こう

ホテルの部屋の冷房は昼に戻った時に切っておいたので、殺人的に冷え冷えではなかったが、前後左右の部屋の冷え冷え度が伝わるのか、気持ちいい程度にひんやりしている。いやあ、今日は暑かったもんなあ。カンカン照りが一転して土砂降りだし。出発前マカオの天気予報を見ると、連日「最高気温31度・最低気温27度・晴れ時々雷雨」となっていたのだが、まったくもってその通りの天候。この暑さで体力気力かなり消耗するのは確かだ。
小一時間ほどダラダラうたた寝でもして、ついでに軽くシャワーなんかも浴びちゃって晩ごはんに臨もうとバスに乗ったはずが、予想外の市中引き回しで(いや途中で見限って下車すればよかったのだけど)、そんな余裕はなくなってしまった。前半炎天下で汗だくとなり後半雨風にもみくちゃにされた髪と化粧を簡単に直し、とりあえず服だけは着替えて、夕闇の街に出た。今晩もマカオ料理の名店に行くのだ〜♪ 気を取り直して食事を楽しみましょ!

セナド広場からぷらぷら歩いて5分くらいの福隆新街は、かつての遊廓エリアを化粧直ししたストリート。白い壁に細工の施された鎧戸や格子窓などの建具の紅が際立ち、暮れ泥む空気の中、なんとも艶めいた匂いを放っている。今は飲食店4割、土産物店6割という感じで、日も暮れたこの時刻には半分の店が扉を閉ざしている。

かつて遊廓街だっただけあって、紅い扉や窓の細工が艶っぽい。この雰囲気は暮れ始めの時刻が一番似合う

目的地は200〜300m程度の通りの真ん中辺り、100年を超える老舗『佛笑樓』[WEB]。仏さまも笑っちゃうくらい美味しいって意味だそうで。
店の場所は小道が交差するわかりやすい場所だが、ドアは閉ざされていて、一見「休日?」と勘違いしそう。でも、ちゃんと灯りは点されているし、黒い重々しい扉には小さな「OPEN」の札が揺れている。賑やかな通りにありながら、ちょっと隠れ家めいた匂いがしてなかなかイイ感じ。店内は一転してヨーロピアンな雰囲気だった。少し燻されたような白い漆喰壁にダークブラウンの梁、温かみのある黄白色の照明、クラシカルな蝶ネクタイの給仕たち。

オーダーは決めている。創業から味が変わらないという鳩のローストと「時価」の表示にちょびっとビビる蟹カレー。温かい中国茶がサーブされたが、水はいるかと聞かれた。カレーが辛かったら水必要よねと思い頷くと、昨日のコーヒーショップと同じ「ホットかコールドか」の問いかけが! マカオでは“お冷や”か“白湯”かの選択って、やっぱりデフォルトなの?? 昨日の店がヘンだったわけでなく、コーヒーと勘違いしてホットと答えた私がヘンだったわけでもなく。ここでも熱湯が出てくるのか確かめてみたい衝動にもかられたが、やっぱりお湯飲みながらの食事はどうもね……。無難に、というか当たり前に“水”にした。ウェイターは頷き、再確認するように「ミネラルウォーターか、ウォーターか」と聞いてきた。ああ、水道水という選択もあるんだなあ、そういえばNYのセレブの間ではレストランで水道水オーダーするのが流行ってるんだってね、などと思いつつミネラルウォーターのボトルを頼んだ。

ヒナコが今日はお酒要らないと言うので、また蟹の「時価」が微妙に不安で、ワインはグラスにしたつもりだったが、ボトルでやって来た。ああ、もういいや、わかった、飲んじゃえ。ヒナコさんもちょっと飲みなさい。キリリと冷えた白のポルトガルワインはスッキリした味わいで、疲労した身体と空っぽの胃袋に優しく染みていく。

鳩と蟹との大乱闘

ゆるゆるとワインを味わっていると、最初に鳩登場。まるまる一羽なのだが、鶏よりずっと小さい。こんがりローストされて黒っぽいソースをまとっているので、一瞬わからないがじっくり見るとしっかり頭と顔がある。……合掌。悔しいか? 君のことは責任持ってしっかりと食べてあげるよ。

肉は鶏より脂っぽくはないけど、滋味とコクはある。皮は薄くてパリパリ、鶏よりも鴨よりもウズラよりも。鶏のものよりずっとずっと小ぶりのハツとレバーと砂肝が添えられていたが、こういった内臓の方がむしろ肉よりあっさり感じる。小さ過ぎるのかもしれないが。
このちょっとスパイシーな風味の真っ黒ソースが、これまた美味しい。烏龍茶の入ったフィンガーボウルとお絞りタオルが置かれたので、手を使って良しのサインと判断し、小骨をつまんで口元ベタベタさせつつ存分に味わう。

頑張って解体しては身をせせっていたわけだが(ヒナコのために私が小骨を取り分けてやるのだ)、鳩との闘いはさほど大変ではなかった。次にやって来た蟹に比べれば。

鳩って小さいんだぁ…ってのが初見の感想。手羽つき腿つき頭つき

無念そうな顔してる? ポッポちゃん、ごめんよぉ。でも美味しくいただくよぉ

蟹さま登場。彼の身体の下には蟹エキスとカレーソースをたっぷりと吸ったゴロゴロじゃがいもとトロトロ玉ねぎが! あっ、ニンジンもあったかも……?

これはなんていう種類の蟹なんだろうか、渡り蟹よりはずっと大きく殻も厚く、毛蟹よりも心もち大きい。甲羅の横幅は15cm弱といったところか……。
そいつが香りのいいカレーで煮込まれて丸ごとででーんと皿に乗っている。
「ひゃあっ」とあげた声は歓声でもあり嘆声でもあり。ああ、昨晩のアフリカンチキンしかり、殻つき大海老しかり、さっきの鳩しかり、そしてこの蟹と解体の大変なものばかりオーダーしてしまっている。またコイツらが苦労のし甲斐のある美味な奴らで……!!

蟹とは今回の旅において最大の闘いとなった。殻つきの蟹を見ると、私は闘志がムラムラと漲ってくるのである。よーし、行くぞ蟹、覚悟しろよ蟹! 身ぐるみまるっと剥いでやるぞ!と、ね。あ、違うか、身ぐるみだと殻だけになっちゃうか…(笑)。殻を粉砕しろというのか、小さなペンチのような器具が添えられているが、どう当てたら一番力が加わるのかわからず、使いにくい。多少このペンチもどきの器具で殻を割ったところで、その後お上品にフォークとナイフで食べられるシロモノではない。
カフェオレボウル大のたっぷりしたフィンガーボウルは鳩のためではなかった。いいんだよね、手、使っても。存分に使わせていただきますんで。

そういうわけで蟹に挑み始めた私だが、いや、もう、なかなか手ごわかった。蒸したり焼いたり鍋ものにする程度の和風の調理法と違い、こやつはとろとろのカレールーをまとっているのである。割りやすいように殻に切り込みなんぞも入っていない。手指はべたべた。

ここのウェイターさんたちはほとんどが20代の青年たちなのだが、ひとりだけ60代後半と思われる白髪の老給仕がいる。金輪際肉片を残すまいと鳩と蟹の解体に燃える娘、それをおっとり眺めて小骨も殻もすべて取り除かれたものをちんまりと口にする老母との組み合わせが、彼はいたく気になるらしい。英語は一言も喋れないようだったが、絶えずにこにこと笑みを浮かべて、私の一挙手一投足を見守り、隙あらば手を差し伸べてくれる。
そもそも私は、テーブルマナーを守ることに固執し過ぎてガチガチに緊張し、粗相をしてはいかんとばかりにこういう食べにくいものを残してしまうのは本末転倒だと思っている。作ってくれた人にも食材にも申し訳ない。食事は楽しく! 出されたものは残さない! 他の客の迷惑になるようなよほどの下品な行動でない限り、楽しく大らかに完食するべきだと思う。

少なくともこの好爺の笑顔を見る限り、蟹に果敢に挑む私に好感を持ってくれているのは確かだ。脚やハサミをばきばきとへし折り身を出そうとしていると、金属製の“蟹の身せせり棒”みたいなのを差し出してくれる。どろどろに濁ってしまったフィンガーボウルの中身は取り替えてくれる。粉砕された殻であふれた小皿は取り替えてくれる。お絞りに加えて紙ナプキンの束を差し出してくれる。終始にこにこ顔のまま。かくしてこの老給仕のサポートのもと、私とヒナコは余すところなく蟹カレーを堪能したのであった。

殻との格闘のことばかりで肝心の味のことを書くのを忘れていた。カレーソースはかなりスパイシーで辛く、それでいて蟹の旨味が存分に溶け込んでいて、とてもとても美味しい。大ぶりにカットしたじゃがいもや玉ねぎもゴロゴロ入っていて、こいつがソースにたっぷり絡まって野菜の甘さとカレーの辛さの相性◎。ヒナコにはちょっとばかりスパイシー過ぎたようだが。私は可能な限りパンで拭って食べた。

タイのプー・パッ・ポン・カリー(渡り蟹のカレー炒め)─ソンブーンという店のが絶品─も美味しいが、マカオのカーリー・ハイ(蟹カレー)も美味美味。美味しさのベクトル方向が全然違う。

よーし、デザート食べちゃうゾ

うーん、美味しかった。舌は大満足した。でもじっくり考えてみると、あまりにも解体作業に奮戦したため達成感はいっぱいだが、意外にお腹はいっぱいになっていないという事実に気がついた。自分では何もせず、目の前の小皿に取り分けられたものをパクンと口に入れていたヒナコが言うのだから、そうなんだろう。
じゃ、今日はコーヒーだけじゃなくてデザートも食べちゃおう。

ポルトガルのスイーツだというけど、こんなのあったかな?と首をひねりつつ、気になっていたセラドゥーラとやらを頼んでみる。店によって多少違うが、ムース状の生クリームとビスケット粉を層状にしたものだという。お店のお兄さんも「ウチのリコメンドだ」って言ってたしね。もうひとつは無難にカスタードプディング。

レアチーズケーキくらいの固さだが、味は丸っきり違うセラドゥーラ。美味しいけどたくさんはいらないな

プリンは大好き♪

出て来たセラドゥーラは、ムース状生クリームとビスケット粉を層に重ねたもの──それ以外のなにものでもなかった。クリームがちょっとアイスケーキのような舌触り。ふわっと柔らかいミルキーな食感は、スパイスで若干ヒリついた舌には優しいといえばいえるが……途中で飽きる! ヒナコと半分ずつなので「へぇー確かに生クリームのムースだね」「うん、ビスケットの粉だわな」「ま、口当たりはいいわよね」とか言ってるうちになくなるのだが、ひとりで一個食べたら多分持て余すと思う。この店のは質のいいあっさりクリームでアイスケーキ状に冷やされて口当たりもいいのが救いだが、常温の脂っぽい生クリームだったりしたら、絶対に胸焼けしてしまうと思う。どこで食べても美味しいというタイプのスイーツではないかもな、コレ。

プディングはカラメルが香ばしくて、卵の味も濃くて美味しかった!
今度こそ満足しきってエスプレッソをすすりながら、今日は三食ともスイーツを食べてしまったという事実に気がついた。朝のエッグタルト、昼の牛乳プリン、そして今の生クリームの塊……。

時価の蟹にビクついていたが、合計金額は635パタカだった。8000円足らず。

夕方近くに雨が降ったお陰で、今晩はさほど蒸し暑くない。少し夜の散歩をして宿に帰ろう。
午前中に歩いた聖アントニオ教会から聖ポール天主堂跡、大三巴街などをぷらぷらする。セナド広場近くに来れば少しは人通りもあるのだが、日帰り客が引き上げたこの時間は、昼間の喧騒が嘘のように閑散としている。宵闇の中白く浮かぶ天主堂の光景もほとんど独り占めだ(正確には15人占めくらい)。

ライトアップされた教会たちのは綺麗なのだが眺めている観光客は少ない。泊まり客はみんなカジノ行っちゃってるの??

セナド広場には多少人が多いが、昼間の喧噪と賑わいからは程遠い

ホテル近くまで戻ると、今日も変わらずカジノホテル群はチカチカぴかぴかネオンを煌かせていた。部屋に入ると相変わらず、冷房をオフにしたにもかかわらずひんやりとしている。私の好みとしてはちょっとばかり涼し過ぎるのだよね。クローゼットから追加の毛布を引っ張り出してくるほどではないのだけど…ね。

本日の歩数は17424歩。おやっ? 途中でホテルに戻ったりバスで引き回されたりしていた割には歩いているではないか! 三食スイーツ分は燃焼されてるといいんだけどな。

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