Le moineau 番外編 - すずめのポルトガル紀行 -

またも予定は変更される

夜明け前に目が覚めた。寝巻きのままでは歯が鳴るほどに、テラスの外の空気は冷たい。朝晩はきちんと晩秋の気候である。普段寝付きも寝起きも悪い私だが、肉体をとことん酷使する旅の毎日では、睡眠時間の割には目覚めもスッキリなのだ。身体を動かすことって大事なのねー…と、しみじみ思う。

ホテルのテラスから見る夜明け。ライトアップされた丘の大学の上空に半月と明けの明星が輝く

さて、日本から大雑把に立ててきた計画をまたも変更しなくてはならない。コインブラ滞在の2泊の間に、コインブラの街とアヴェイロの街、近郊のコニンブリガの遺跡Ruínas de Conimbriga [>>WEB] とを見る予定だった。が、ボン・ジェズス行きをスッ飛ばしてなお、ポルトを発つ時間が半日延び、ここでの滞在時間が減っている。ヒナコの歩きぶりから見て、考えるより余計に時間がかかるのは必至であり、間違っても短縮されることはないだろう。

コニンブリガ遺跡は諦めることにした。イベリア半島最大のローマ時代の都市遺跡にはココロ惹かれるんだけどね……、ああ、もう諦めてばっかり! ローマ時代の遺跡なら、本家ローマやポンペイを見たから、まあいいか、と自分を納得させる。どのみち、月曜日は遺跡併設の博物館が休館なのである。たった30分の距離なのだが、バスも一日に2本しかないし、タクシー使ってまで行くこともないし。一生懸命、納得させる。なんだか頭の中がうまくまとまらない。とりあえず朝ゴハンだ、朝ゴハン!

ビジネスホテル風な雰囲気から、朝食の内容にはまったく期待していなかったのだが、意外と「当たり」な内容だった。スクランブルエッグもハムもチーズもパンも結構美味しい。コーヒーだけは不味かったが。だいたいホテルの朝食のコーヒーが美味しかったことって、ほとんどないんだけどね。町中のカフェはみんな美味しいのになあ…。

ホテルの格にしては、量も豊富で味もまずまずだった朝ごはん。日本でいうところの「食パン」が嬉しくてトーストにしてみる

早くから起きていたくせに、9:05と9:35のコニンブリガ行きのバスに乗らなくてもよくなったのかと思うと、だらだらシャワー浴びたり、朝食もノロノロ食べていたりして、いつの間にやら9時40分を回ってしまった。頭の中が煮えたウニのようになっていて、どういう行動を取るかまだ決められない。ため息つきつつプリントしてきたコインブラ〜アヴェイロの時刻表を眺めていると、10:05の列車があるではないか。よし! まずアヴェイロに行って帰ってこよう! それから明日のバスの時間までコインブラ観光だ! 何でこんな単純なことを決めかねていたのか…、頭ウニだったんだから仕方ない。

ヒナコが一番嫌う「突然思いついて急がせる」行動になってしまった。ま、許してよ。
駅まで早足。朝一番の元気な時でアップダウンのない平坦な道だからこそ、可能。窓口に走って切符購入。ちなみに往復切符は10%割引で、コインブラ←→アヴェイロは€ 9.80。待合室にあったモニタを見ると相変わらず番線表示が出ていない。どの国でも駅全体のオンボード表示の他に、各ホームにも時刻と列車の表示があるものだけど、この国にはそれもない。一昨日のサン・ベント駅での顛末が思い出される。でも今日は平日だもんねぇ?

モニタには前の列車の表示が残っている。それによるとアヴェイロ行きはみんな1番線からのようだ。1番線には、いかにもローカル電車です!という落書きだらけのボロボロ車両が停まってはいるのだが、バケツとデッキブラシを持ったおじさんがのんびりと窓を洗っている。
ここで日本の、いや東京の常識を持ち出してはいけないのであった。待機車両の扉は全開しているものではないのだった。ドアを開けてみると客はいっぱい乗っていた。
「アヴェイロ?」「シィ(はい)」…なぁーんだ、よかった。車両掃除はお客を降ろして車庫の中でするのが常識…なんて、私の思い込みでしかないのだ。でもさ、各ホームには「何時何分どこそこ」って表示は出して欲しいし、車両にも「どこそこ行き」ってプレートつけて欲しいなぁ…。

電車はなかなか発車しない。もう10分近く過ぎているのに? 始発からして遅れるの? 電車のダイヤより窓掃除が優先? ようやくゴトリと動き始めた時、いろいろな疑問が氷解した。
私は次の10:56のアヴェイロ行きと混同していたのだ。10:05の電車の番線表示はちゃんと出ていたし、ほぼ定刻(2分遅れだけど)にちゃんと発車したのだ。これが“普通の”の連れなら、きちんとツッコミを入れてもらえるのだが、なんせヒナコなもんで。慌てる私の後を金魚のフンよろしくくっついたまま、一緒にアタフタするしかないのであった。だって……、頭ウニだったんだもん、仕方ない。

駅舎の綺麗なアヴェイロ

コインブラからアヴェイロまでは各駅停車で1時間。ローカル線の長閑な雰囲気と、終点という安心感と、やっぱり少なかった昨晩の睡眠時間とで、40分ほど熟睡してしまった。ヒナコ曰く、鞄だけは両腕で胸に抱き締めていたそうだが…。ええ、それだけは無意識でもちゃんと自衛してますわ。日本でのように無防備には眠りませんて。

アヴェイロの駅舎はアズレージョが見事だというが、到着したのは近代的な立派な駅で、そんな気配は微塵もない。探し回ってみると、1番線のさらにはずれた隅っこにひっそりとそれはあった。アクリルの柵で囲われ、現役引退して「保存」の状態となっているようだった。でも、綺麗。とっても綺麗。今日のように強く明るい陽射しの下では、より一層青と白のコントラストも浮き立って見える。撮影するために、わざわざ階段で向かいのホームまで渡った。アクリルの柵が邪魔だったけど。人の出入りのなくなった駅舎は、美しいけれど、何だか少し寂しがっているようにも見えた。たくさんの人々を迎え、送り出していった毎日は、もう二度と来ることはないのだ。



青と白と僅かの黄色が爽やかで可愛いアヴェイロ駅のアズレージョ。外観も可愛い

外に出てみると、駅舎は外観も清楚で愛らしかった。正面から脇からぐるぐる廻って眺めまわす。駅のホールにも入れたらいいのにな……、きっと内部も愛らしいだろうに。
駅前の小さな広場をはさんで向かいに、お洒落なファサードのカフェレストランがある。あそこで駅舎を眺めながらおやつにしようよ。朝一番で電車に乗って来ていきなりおやつってものどうかと思うけど(笑)。

自画自賛だが、食い物屋に対するカンの鋭敏さは、最近とみに研ぎ澄まされている。はるか向こうから「良さそうだ!」と入った店のショーケースには、美味しそうなお菓子がこれでもかと言わんばかりにズラリと並んでいた。本能のままの行動って、何故こうも正碓なのかしら(笑)。まだ午前中だっていうのに、逆上気味にいくつも買ってしまう。アヴェイロ銘菓の「オヴォシュ・モーレシュ」、コレは当然頼むとして、チョコレートのクッキー、ピーナッツのキャラメルがけまでチョイス。こういう基本のモノが美味しいのは嬉しい。



ガラス越しに駅舎の見える席。思わずいろいろ頼んでしまった



歯形をつけてしまって失礼! 濃厚な卵黄クリームがみっしり詰まっているオヴォシュ・モレーシュ

「オヴォシュ・モーレシュ」は最中のような外見。皮は最中より薄くてパリッとしている。最中にシロップを塗って乾かした……みたいな食感。中にはねっとりと濃厚な卵黄クリーム。かなり甘いが、さほど大きくないので「美味しい!」の範囲ですむ。コレ、抹茶で食べても美味しいかも?
こんなにいっぱい頼んでも、全部ひっくるめて€ 4.50。

すずめ、鳩に襲われる

駅から町の中心までは1.2kmくらいある。大通りをひたすら真直ぐ行けばよいので迷う心配はないのだが、今日の陽射しはまた特別に強く暑いのである。Tシャツ1枚だって平気なほど。なのに秋の旅のつもりだったから、着ている服は薄手セーターに革ジャケットなのだ。

暑さで再び頭がウニ化したようである。観光の中心部──このあたりに観光インフォメーションがあるはず、左に曲がればカテドラルのはず、と思いながら、私の足は右側の路地へと入っていった。はい。“普通の”の連れなら、ここでツッコミを入れてもらえるのだが、なんせヒナコなもんで。そのまま迷宮巡りとなるのであった。

おかしいなあ、地図と道の形が違う……。当たり前だ、右と左が逆なんだから。小さな広場のベンチに座って悩む。突き当たりに見えてるのがきっとカテドラルよね、小さい町なのね、カテドラルっていってもあんなもんなのねぇ……。(カテドラルの定義とは、司教座のある、町で一番の聖堂のこと)

>>お笑いである。帰国後、この旅行記を書き始めるまで、私はこのちっこい教会をカテドラルだと信じこんでいた。だから、本当のカテドラルを私は見ていない

悩みながら、さっき途中のスーパーで買った水を飲もうとバッグを開けると、ホテルからくすねてきたパンが見えた。そうだ、雀ッ子たちにパンをあげよう! 鳩が2〜3羽いるだけだけど、撒いていれば集まってくるだろう。ところが、ここアヴェイロの鳩どもは、今まで私の人生で出会った中、最大に図々しく凶暴な奴らだったのである。

千切ったパン屑をひとつふたつと撒き始めたところ、どこで見ていたのか大量の鳩軍団が一斉に襲いかかってきたのだ。普通、鳩って寄って来ても1mは距離を置くものでしょう? ところがこいつらは、頭にとまり、肩にとまり、腕にとまり、膝にとまり、ベンチにとまり、とまり切れない奴らは靴や足首をガンガンと突つくのだ。でもって、みんなでこっち向いて「ぐるっぽ」「ぐるっぽ」と啼くんである。怖い、怖すぎる。ヒッチコックの『鳥』、あの恐怖と戦慄そのまま。
私は可愛い雀ッ子たちにパンを与えて「どお? おいちい??」とホノボノしたかったのであって、鳩に襲われる予定はなかった。いや、雀ッ子たちなら、いくらでも身体中に止まってくれても、寧ろ大歓迎だ。一番可愛い一羽をにぎにぎして頬擦りしたいくらい、大大歓迎だ。でも、鳩は、鳩はイヤッ!!

こんな人気も鳩気(笑)もない場所で鳩軍団に襲われた。正面に見えているアズレージョのある教会がカテドラル(と思い込んでいたもの)

ほうほうの体で鳩軍団から脱出する。休憩どころではなかった。目の前のカテドラルに飛び込む。中には誰もいなかった。カテドラルにしては内装も祭壇も質素な作りで、壁にアズレージョがある。ガイドブックにはアズレージョが美しいとあったが、確かに綺麗ではあるけど、そんな特筆するほどかしらねぇ。それでも鳩に襲われた直後なので、その静かな雰囲気をしみじみと味わっていた。

>>だから、これはカテドラルではなかったんだってば。後で入手した地図から類推するにS. da Apresentação(読めない……)という小さな教会のようだった。ええ、ええ、カテドラルのアズレージョはきっとちゃんと見事だったんでしょうよ! でも、ここだって良かったもん! それなりに…


期待外れの運河の町

で、アヴェイロは「運河の町」なのだそうである。「河口に位置する水郷都市」なのだそうである。だから、やはり運河沿いまで行かなくてはならない。

カテドラル(と思っていたもの)を出てから、まずは中央運河Canal Centralを目指して歩く。しかし、全くもって道が地図通りでない。当たり前だ、最初から間違っているんだから。
運河なんてドコにあるのよッ」民家の並ぶ路地をうろうろうろうろ。
だけどね、この路地裏の民家がそれぞれ違う意匠のタイルで壁が飾られていて、どれもこれも皆可愛いのだ。ポルトの家々は、旧市街は集合住宅なせいもあり結構ボロっちかったのだけど、ここは小さいけど一戸建てなせいか、住人がキチンとケアするらしく、タイルも新しく塗装も綺麗なのだ。当てにならない地図(地図にとっては濡れ衣だが)など見るのはやめて、足の向くまま一軒一軒民家ウォッチングを楽しむことにした。



思い思いの意匠を凝らす家々の外壁

1時間近くうろうろしていたと思う。そうこうするうち運河みたいなところに出た。沿って歩くと小さな広場に突き当たり、魚市場みたいなものがあり、周りに何軒もレストランが並んでいる。あれぇ、こんな場所に出たんだぁ…、なんだか構造がよくわからない町だなあ。(だから濡れ衣だ…)

魚市場という目印に出会えたおかげで、なんとか中央運河なる場所に到達出来た。かつては肥料用の海藻を運んだというカラフルな船「モリセイロ」が、今は観光用として浮かんでいる。だけど、だけど、何だか思い描いていた風景と違〜〜う! モリセイロってもっと小舟というイメージだった。運河沿いのカラフルな家々はもっと小さくて可愛いものと思ってた。運河の水はこんなに濁って臭うはずないと思ってた。運河の隣がこんなにでっかい道路でクルマががんがん走ってるとは思わなかった。全〜部、勝手な思い込みだったわけだけど。

悪態をついた割には、こうして撮ってみると、なかなかに写真映りのよい運河である

なんだかがっかり。もうコインブラに戻ろうか? 時刻表を広げてみるとちょうど30分後に電車がある。早足で駅まで歩いてコレに乗ろう。
駅まで戻ろうとすると、レプブリカ広場Pr. da Repúblicaに出た。観光インフォメーションのある、中心の広場だ。一番最初にココに来ていなくてはならなかったのに、何を思ったか私は1本手前で反対方向の迷宮に入り込んでしまったのだ。せっかくなので、インフォメーションで記念に地図をもらう。観光局の女性はとても親切に見どころを説明してくれた。「もう見ちゃったんです」とも言えず……(実はちゃんと見ていなかったワケだが)。

でも、駅舎は素敵だったし、お菓子も美味しかったし、鳩は怖かったけど民家は可愛かったし。うん、楽しめたよ、それなりに。
勝手に思い込んで、勝手に間違えて、勝手にがっかりして、アヴェイロの町には申し訳ないことをしたと、今では思っている。

11月なのに気温27度?

平坦なのが救いである駅までの一本道をたかたかと歩き、13:49の電車に滑り込む。もう、暑くて暑くて死にそう。今朝スーパーで500mlの水を3本も買ったのだが、ふたりでそれを飲み尽くしそうな勢い。コインブラに向かう車両は新しいもので、ドア上の電光板に停車駅やちょっとしたニュースなどが表示されるものだった。そこに27℃という数字が出た時には目を疑った。ナニ、ソレ……? 夏日じゃん! Tシャツで充分な気温じゃん!

コインブラ駅に到着して外に出ると、さらに陽射しはやる気満々でギラギラとしていた。こんな炎天下、大学のある丘の上までなんて、とてもとても登れやしない。考えてみれば日没の3時間くらい前というのは、一番陽射しの強い時間帯なのである。

ガイドブックの地図を見ると、大学の丘のあたりの道は渦巻状に入り組んでいる。これはもっと詳細な地図が必要。
そのまま駅から直進してポルタジェン広場Largo da Portagemの観光インフォメーションまで行く。この案内所の女性も気さくで親切だった。地図にマーキングしながら、いろいろ説明してくれる。
「どこから来たの?」「日本です」
「そう。遠くからようこそ。私ね、日本人と中国人と韓国人がよく見分けられないの。どういう特徴があるのかしら?」
……うーん、それは上手く説明出来ないですな。中国人も韓国人も若いコはお洒落になってるしね、黙ってると私たちにも区別つかないことあるし。

駅からインフォメーションまで来ただけで暑くて倒れそう。このポルタジェン広場にはお洒落なパステラリアが軒を連ねている。よし、またおやつ休憩にしちゃおう。何だがおやつばかりの日だが、いいのだ。そういう日だってあるのだ。テラス席のパラソル下のテーブルは全部埋まっていたので、店内に座る。この店のガラスケースにも美味しそうなお菓子がズラリ。

ポルトで食べたエクレアが美味しかったので、今日はシュークリームを選んでみた。もうひとつはちょっと悩んだが、ツリーの形をしたチョコレートケーキにした。カフェ2つと合計で€ 3.45。
パン屑やケーキ屑を求めて、店内まで鳩がのしのしと歩き回っている。テラス席の足元をウロウロするのはどこの国でもあるけど……。ポルトガルの人たちは他のラテンの国と違って、控え目でシャイな感じなのだが、かわりに鳩が図々しい。

焼き菓子にチョココーティングしたものと思っていたら、お酒の効いたガナッシュ風のチョコレートの固まりだった。濃厚で美味しいが……デカい! 半分ずつでなかったら、途中で気持ち悪くなったと思う

ポルトガルのシュー皮は固くてサクッとしている。上に乗っているのは、博多銘菓『鶏卵そうめん』と同じモノ? ていうか、こっちが元祖?

濃厚なチョコレートケーキが、かなりずしりとお腹にきている。さて、腹ごなさなくては。ヒナコさん、いよいよ上り坂だよ、覚悟はいいね?

大学の丘の迷宮へ

ポルタジェン広場から延びるフェレイラ・ボージェス通りRua Ferreira Borgesを進む。銀行やブティックの並ぶ、多分、街の目抜き通りだ。この道の中ほどにある小さなアルメディーナ門Arco de Almedinaが、丘への入口。ヒナコを無駄に歩かせないために、詳細な地図を入手したはずだったが、結局迷宮に入り込んでしまった。だって、マスクメロンの網目みたいな道筋なんだよ? こんなの地図見たってわからない。多分、地図だってテキトーに省略してあるに決まってる。

普通なら、こういう小径の迷宮を存分に楽しむところである。しかし、坂道。いや、坂道だけならまだいい。ここの石畳はポルトの裏道以上に丸くゴロゴロしていたのである。
ヒナコの足がまったく進まない。「建物がひとつひとつ素敵ねぇ…」などと眺めながらも、ゴネている。

アルメディーナ門。ここを入ったら細い階段に入れば旧カテドラルまで一直線 間違って横道にそれると、こういう情緒ある迷宮を彷徨うこととなる

「迷ったんなら、そこらへんの地元の人に聞けばいいじゃない!」
…簡単に言い放ってくれるよなあ。道端で井戸端会議している婆さんたちにも、遊んでいる学校帰りのガキんちょらにも、俳諧しているわんこにも、昼寝しているにゃんこにも、軒先で「ぐるっぽっぽっぴ」と唄ってる鳩にも、多分英語は通じまいよ。教えてもらえても、その説明はこちらには理解出来まいよ。とにかく大学は丘のてっぺんなんだから、登り方向に進むしかないでしょ。

観光客が見学するのは「旧大学」のエリアのみであって、点在する大きな建物はみんな、現在大学の施設として機能している場所だ。だから、ファイルを抱えた学生たちもたくさん通る。歩幅20cmで半泣きになっているヒナコの脇を、彼らは携帯メールしながらヒールの靴でひょいひょいと追い抜いていく。唯一英語の通じそうな人たちなのだが、彼らの足取りはあまりにも速く尋ねる隙がない。
ところが、人だけならいい、自動車も行き交うのだ。車の轍部分は石畳もそれなりに磨り減って多少は歩きよいのだが、しょっちゅう通るのでいちいち避けなくてはならない。

夕方になっちゃうなぁ…閉まっちゃうかもなぁ…とにかく辿り着かなくちゃなぁ…。気にしつつ歩く私の後ろを、ヒナコはゴネつつも一応はついて来る。「もう知りません!」みたいにさっさと歩く母親の後を、駄々こねて大泣きしながらもくっついて行く幼児がいるでしょ? あんな感じ。私は子供を生まなかった故、そういう経験は一生しないものと思っていたが、この歳になって親に対してするとは考えなかったよ(笑)。親にしてもらったことを子供が還す番だって? でも私は、あまりそういう大駄々こねない「よいこ」だったらしいから。……人生、不公平だねぇ(笑)。

道端で石畳の修復をしているおじさんたちが、こちらを指して何か言いながら笑っている。嘲笑ではなく温かい笑い。ほ〜ら! おじさんたちに笑われてるよ!

大学に着いてもまだ迷う

ようやく何やら門らしいところに着いた。観光名所にもなるほどの歴史のある大学にしては、ちんけな門だなぁと思ったら、裏の通用門だった。

註)数ある大学の丘へのルートのうち、一番しんどいアプローチをしたのだということが翌日に判明。地図上では最短距離だったんだけどね。傾斜と道のでこぼこ度は書かれないからねぇ……

通用門をくぐって脇を廻りこむと、偉そうで古そうな立派な建物に三方を囲まれた広大な中庭だった。ああ、時計塔が立っている! ここが旧大学Velha Universiade [>>WEB] だぁ! 建物のない開けた一方は見晴らしのよいテラスになっている。しばし眺望を楽しんだ。

旧大学の中庭。手前が図書館、時計塔が屹立し、正面ファサードの修復中カバーには絵が描いてあった。写真作品ならNGだが、絵を描くならこれでもOK 広場の端っこのテラスからの展望。オレンジ屋根の家々とモンデゴ川の流れ、その向こうに続く緩やかな山並が望める

ガイドブック本体をホテルに置いてきてしまったので、チケット売場やクローズ時間がわからない。ここかなぁと奥を覗いてみると、手をバッテンにされてしまったりして。そう、ここがただの観光スポットではなく、大学として機能しているからこそ厄介なのだ。どこからどこまでが観光客が立ち入っていい場所なのかが、わかりにくい。広場の真ん中で悩んでいると、ぞろぞろと30人くらいの団体ツアーがやって来た。ポルトガルで初めて出会った日本の団体だ。…あの人たち、どこから出て来た? 彼らは広場中央あたりで添乗員の説明を聞いた後、何やら扉の中に入って行く。遠巻きにしつつ追跡。様子を伺っていると、係員が同行者と思ったらしく、扉を開けてくれた。……はは、タダ見?

>>違います。ここは自由に入れます

大学付属の礼拝堂Capelaだった。さして広くはないのだが、天井画や金細工や天使の彫像などが夢のように綺麗。とても鮮やかな色彩群なのに、そのどれもが喧嘩していない。ツアーの人たちはくるくると首を巡らし一瞥しただけでさっさと出ていってしまう。後は流麗なこの雰囲気をゆっくりどっぷり独り占め。

撮影禁止なので、観光局のパンフよりスキャニング。夢のように綺麗だった大学の礼拝堂 廊下や階段などのちょっとした場所にもいちいち古いアズレージョがある

礼拝堂の扉を出ると、学食のようなカフェに続く廊下。古いアズレージョの装飾がある。夕方の学食カフェは、講議を終えてお喋りを楽しむ学生たちの賑やかな声で溢れている。彼らの時間を邪魔してはいけない、変な場所に立ち入ってしまってもいけない、そろりそろりと壁や階段の古い装飾を楽しんだ。

礼拝堂が素晴らしかったし、大学はこれでもういい、などとヒナコは言う。いや、ちょっと待ったぁ、礼拝堂はあくまで「付属」ですから! メインの観光スポットの「おまけ」ですから! 明日もっと楽なアプローチ方法をちゃんと検証してきますから!

回廊の静寂、坂道の夕陽

大学の中庭から裏門を出、入り組む坂道へと、再び戻る。大学のメイン部分は出直しだが、途中にあった旧カテドラルSé Velhaにまだ間に合うかもしれないので。この近くで工事をしていたおじさんたちに笑われたのだが、彼らはもう引き上げていて、瓦礫を積んだ軽トラックがぽつんと残っているだけだった。

建立は1162年という古い古い教会。要塞も兼ねたことのあるという無骨で堅古な外観のそれは、傾きかけた陽射しに壁をほんのりミカン色に染めていた。扉はまだ閉じられてはいないようだ。
教会内には誰もいない。壁に古いタイルが残っている。情景を描いたアズレージョではなく、アラブ風の幾何学模様のタイルだ。スペインのアンダルシア地方にはこういう装飾がいっぱい残ってたなぁ……。



個人的には、ロマネスク様式の質素な外観の教会って好き

教会内部のタイルはイスラム風
ひっそりとした回廊。多分、13世紀の時代も同じ空気が流れていたのだと思う

貼紙のある扉を覗くと、回廊の入口だった。ひっそりと座っていたおじさんに€ 1払い、中に入る。ゴシック様式としてはポルトガル最古という回廊にも、人は誰もいなかった。コツコツという足音と鳥たちの声だけが響く。何百年も昔から時を止めていたかのよう。100年前も500年前も同じ風景だったに違いない。回廊脇に無理矢理設置されたトイレの排水の「じょろじょろじょろ…」さえ聞こえなければ。きっと。

そろそろ本日の日没を鑑賞する場所を決めねば! 出来れば丘を下りきって、モンデゴ川沿いくらいまで行きたいんですけど、ヒナコさん、あんよの具合は如何でしょう?

旧カテドラル前の小さな広場から延びている細い石段──、それが一番の近道だった。フェレイラ・ボージェス通りからアルメディーナ門に折れた時、この狭い階段に入れば一直線だったのだ。それを渦巻状にぐねぐねと廻ってしまった。情緒も満点だったが、膝・腰・足裏のダメージも満点であった。
今度は階段だから、ひとつひとつは平面になっている。でも、傾斜はきつい。そう、下りだからといってヒナコの足は早まらない。10代の少年たちが声高に喋りながら1段抜かしで駆け降りる背中を見送り、両脇の陶器や絵葉書を売る店が片付けを始めているのを横目に、手摺にへばりついて一歩一歩……。川沿いに到達はおろか、石段すら降りきれず、空しく『本日の夕陽』は屋根の間に沈んでいった。

行程半ばにて、落日と煌めく残照とを見送った

ホテルまでいったん戻る途中、500mlの水をまた3本買う。今朝も3本買ったのだが、この暑さで午後には飲み尽くしてしまったのだ。夕食に出るまで少しヒナコを昼寝させなくては。そうしないと「疲れてゴハン食べたくない」と言い出して、私がひとりで食べに出なくてはならなくなった挙句、果物などを購入して帰る羽目となる。

学生の町は安くて美味しいのだ

昨晩は日曜休みの店が多く、少ない選択肢の中でのお店チョイスだったが、今日はよりどりみどり。旧市街の下町っぽい込み入った路地を歩いてみる。ウィンドウに灯りを点して店を閉めたブティック、小さなレストラン、パン屋、八百屋……こういう場所は絶対に安くて美味しい店があるはず。

肉や魚の焼けるいい匂いが漂ってきた。隙間の通路のような入口から覗いてみるとと、つきあたりのガラスケースの後ろで、おじさんがもうもうと煙をたてて何か焼いている。持ち帰り用なのかな、地元の人が焼きあがるのを横で待っている。日本でいうなら、美味しい地元の焼き鳥屋さんというところかも。…ここ、いいんじゃない? きっと安くて美味しいんだよ。
入口の狭さに反して、奥はずっと広かった。入る時にちらりと見たガラスケースの中には、骨付き塊肉や、野菜と肉を串刺しにしたものや、魚介など、美味しそうな食材が並んでいる。何より、鼻腔を扇情的に刺激する炭火の煙の香り! うぅ〜たまらん! お菓子と水の摂り過ぎでもたれているような気のしていたお腹が、小さくきゅぅ〜っと鳴った。

野菜スープをふたつと、骨付きポークの炭火焼き、魚介のリゾット(アローシュ・マリシュコ)をオーダー。アローシュ・マリシュコはどこの店でも2人前以上からというところが多くて、食べてみたいけど躊躇してたのだ。でも、この店のメニューにはそう書いてなかったから……。

ワインはマテウス・ロゼ。丸いボトルのお城のラベルのこのワイン、ポルトガルのものだったのね。
このワインには馬鹿みたいな思い出がある。学生の頃誰かのアパートに集まって飲む時は、ビールか安いウィスキー一辺倒だったのだが、流行りモノ好きのF君がこのワインを持ち寄った。その頃は安いテーブルワインなんて出回ってなかったので、ワインオープナーなどという道具も持ってなく……。馬鹿な我々は、割り箸をコルク栓に突き刺し、金槌で叩いて中に押し込むという暴挙に出たのだった。コルクは砕けてもなかなか貫通せず、渾身の一槌を加えた結果──微発泡のワインは衝撃で吹き出し、瓶を倒して中身の半量を畳に吸わせてしまった。残った半分はコルク屑だらけなので、茶漉しで漉して飲んだ。ひとりに5口くらいしかなく、味なんか全然わからなかったが、なんだかお洒落なモン飲んだぞぉ〜とみんなで喜んだ。

こうして書いていてもアホくさくなるような、馬鹿らしくもビンボー臭い思い出だ。私の時代は女子大生ブーム真只中で、女子大に進んだ同級生はキラキラ綺麗に飾って『JJ』に載ったり、合コンにいそしんだり、『オールナイト・フジ』に出ているコまでいたが、美術系学校で課題漬け毎日絵の具まみれの私たちには遠い世界だった。そうかぁ…マテウス・ロゼ、ポルトガルのワインだったのねぇ……。遠い目で語ってみたが、ヒナコにはピンとこない話のようだった。ふん! いいもん!

思い出の(笑)マテウス・ロゼと、てんこ盛りの大粒オリーブ。このほぼ全てが私の胃袋に消えた

テーブルに置かれているオリーブの実が、黒々艶々していてなんだかとっても美味しそう。うーん、どうしようかな、どんなスゴイ量が出てくるのかわからないのに、こんなモノ食べちゃったらダメかな、でも美味しそうな光りかただよな、うー……ん。えい、食べちゃえ! そんなに魅惑的に光ってるアンタが悪いのよ。
一粒口に入れてみると……、今まで食べたブラックオリーブの中でもベスト3に入る美味しさだったのだ。止まらなくなってしまった。まだ何も料理が出てきていないのに、やめられない止まらない。このオリーブ、樽詰めで日本に持ち帰れるのなら、是非ともそうしたいくらいだ。茶碗に山盛り毎日だって食べられる!

オリーブを貪り喰っていると、野菜のスープが出てきた。€ 1.20という値段から、汁椀程度だろうと思っていたら、スープ皿になみなみ溢れんばかりの量。ジャガイモやニンジンなどの野菜をどろどろに煮溶かしたようなスープで、キャベツや玉ねぎの破片が入っていて、これがまた素晴らしく美味しい。この野菜スープ、下手に生野菜のサラダなど頼むより、よっぽど食物繊維をがっつり摂取出来るのではないだろうか。こんなに栄養たっぷりで美味しいモノが、ユーロ高だっていうのに¥200足らずだなんて信じられない。

一番安いメニュー「本日のスープ」。おそらく屑野菜で作るのだろう、どろどろだがいろんな野菜の味がする

塩胡椒だけで炭火で焼いた骨付きポーク。これが美味しくないワケがない。右下にほぼ食べ尽くされたオリーブの器がありますね(笑)

ラーメンどんぶりよりもひと回り大きな器にてんこ盛りで登場。一見、味噌煮込み雑炊みたいだが酸味のないあっさりしたトマト味。ひと混ぜすると、ゾロッと魚介類が顔を出す

ポークも塩だけで炭火焼きしたもので、これが美味しいのは当たり前ってかんじ。そして、アローシュ・マリシュコ。トマト風味の魚介雑炊なわけだが、ごった煮の闇鍋のような見かけに反して、これが、これが、実に美味しいぃぃ!!! 海老、イカ、蛸、蟹、アサリ、何か魚肉……様々な魚介類が、形は整えられてはいないけれど、これでもかと入っている。まるで鍋物の〆の雑炊のようにいろんな風味が共鳴しあう、そういう味わい。お水ちゃぽちゃぽで食べられるか心配したのが嘘のようだ。大皿のリゾットを底まで浚い、ポークも骨の際までこそげ取って完食。

炭火焼きの肉や魚を持ち帰る人々、テレビを見つつひとりでのんびり食事する地元のおじさん、仕事帰りの同僚たちらしき賑やかなグループ、バースディを祝う家族に唄う店員、その店員にケーキをお裾分けする家族──そういう人たちでいっぱいのこの店は、大当たりだった。値段も激安の€ 17.95! スープ2品、メイン2品、ワイン1本、つまみのオリーブ山盛り、カフェ2杯合わせての値段である。店名は『Adega Paço de Conde』、ちょっと入口が狭くてわかりにくいけど断然おススめ。優雅な雰囲気でお食事したい向きには、大衆的過ぎるだろうが。

ぽんぽんのお腹をさすりつつ大満足で帰路につく。本日の歩数、18184歩。今日は2万歩に至らなかった。


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