Le moineau 番外編 - すずめのポルトガル紀行 -

市電巡り再び

昨日は寝坊してしまったので、今朝は頑張って起きた。相変わらずヒナコは部屋の無駄に広いスペースで体操もどきの踊りをしている。
今日はリスボンにスーツケースをを預けて一泊でエヴォラまで行くのだ。リスボンカードは72時間有効なので、本日午前中いっぱい使える。昨晩の市電での路地巡りは、ヒナコにとって面白くないものであったようなので、今日もう一度乗ってみよう。速やかに朝食をとってホテルを出た。

部屋の窓からの眺めだけはよかった。レンズ付フィルムで撮るヘボ写真なので、この程度だが

やってきた市電28番に乗り込み、カードを車内の機械に当てる。ところが、エラー音が出る。何度やってもエラー音。運転手は期限切れだと言う。
私がおバカだった。観光スポットの入場に使う場合は、自分で開始日時を書き込む自己申告制なので72時間有効であるが、交通機関用のものは購入時に係員がデータを打ち込んでくれるのである。従って72時間でなく3日間となるのだ。交通に関しては、午後に購入してもその日を含んで3日間。
仕方がないので1回券を買った。車内で買うと高いと聞いていたが、€ 1.30した。

註)道端のキオスクなどで買っておくと2回券が€ 1.50だ。メトロの券売機でバスも市電も全部乗れる一日券を買えば€ 3.70だ。ま、仕方ない

市電は昨日走ったルートをゴトゴト走っていく。今日は明るいので、軒先に手が届きそうなほど建物ギリギリをすり抜けるのも、自動車がスレスレですれ違うのも、よーく見える。私は昨日の夜だってちゃんと見えていたのだけど、ヒナコは車のライトが眩しかったというその一点だけで不機嫌になっていたので何にも見ちゃいなかったのだ。

昨晩と同じ場所で降りた。今日は近くのグラサ展望台Miradouro da Graçaに行ってみようね。
三角形の形をした広場を市電の来た方向とは逆の辺へと少し下ると、ノッサ・セニョーラ・ダ・グラサ教会Igleja da Nossa Senhora da Graçaのちょうど裏手。教会正面に廻りこむと、ちょっとした公園になっていた。まだ時間が早いのか、開店していないカフェのテーブルと椅子が積み重ねられシートを被せてチェーンでぐるぐる巻きにされている。公園の噴水では鳩たちが朝の水浴びをしていた。

そういえば、ポルトガルには雀が少ないなあ……。朝食のパンを1個くすねてきて、雀ッ子たちにあげるのをいつも楽しみにしていたのに。雀がほとんどいなくて、鳩は図々しくて、アヴェイロで襲われたのがトラウマにもなったしで、何日か前からパンを余分にもらうことをしていない。雀の姿もたま〜に見かけるのだが、すごくオドオドしていて、パン屑を撒いてもちっとも近寄ってくれないのだ。

行きはよいよい、帰りは怖い

雀ッ子たちがいないのは寂しいが、グラサ展望台からの眺めはなかなかよかった。公園の端っこのテラス状に張り出した部分に立つと、左側にサン・ジョルジェ城が見え、城の足元に朱い屋根の家並が広がっている。青く光るテージョ川、対岸に続く4月25日橋もそのシルエットを遠くに霞ませている。ここは、メジャーな観光スポットを廻るついでに通る場所ではないので、なんとなく閑散としているのも「独り占め感」がくすぐられて良い気分。

グラサ展望台からの眺め。ついでに立ち寄れる場所でないので訪れる人も少ないが、なかなか素晴らしい景色である。テージョ川の青い川面もうっすら見える。一番川幅の広い辺りかも?

テラスの手摺の下に目をやると、細く急な石段が九十九折りに遥か下方へと続いているのが見える。初老の夫婦が青息吐息で登ってくる。目があった。
「あと少し! 頑張って!」声をかけたが、彼らの息はもう上がっていて、ろくに返事も出来ないようだった。ただ力ない微笑みは返してくれた。
ようやく石段の頂点に辿り着いた彼らは、肩を大きく上下させながらゆっくりと振り返り、展望を目の当たりにして小さく歓声をあげる。私はぱちぱちと拍手。

彼らと入れ違いにこの石段を下りてみることにした。想像以上に階段は延々と続く。もういい加減平らなところに出るかな?と角を曲がっても、また階段。もうそろそろ?と角を曲がっても、また階段。そんなことを何回繰り返したろうか。
信じ難いことに、この九十九折りの階段の両脇はみんな住宅なのである。自動車はおろかバイクや自転車も家に横付けすることは出来ない。カートだって引っぱれない。引越しとかどうするの? 郵便配達や毎日の買物も……。

ほとんど無言になって階段をへこへこと下り続け、ようやく自動車の走れる道に出た。適当に路地をウロウロするうちに、バスの走る3車線の大通りに出た。バス停の路線図と地図にある通り名とを突き合わせて現在位置を把握したが、よくわからない。交通乗り放題券も期限切れてるし、切れてなくてもうっかりバスに乗って、先日のようにそのまま迷宮入りしてしまうのも困る。どうしようかなと考え考え歩いていると、遠くに小さく赤いMの字の看板が。メトロのマルティン・モリス駅だった。当てずっぽうに歩いたのだが、ほぼ思うルートを通ったのだと判明。バイシャ・シアード駅まで2駅。

さて今日はこれからエヴォラに行き一泊するわけだが、翌日リスボンに戻ってくるのでスーツケースは預けておくつもり。そのためにリスボンのホテルを4泊、一日空けて1泊と同じ場所に予約したのだが、最初のホテルを振り替えられてしまったことで、微妙に予定が狂ってしまった。後の1泊は元のホテルの予約が生きているのだ。今のホテルをチェックアウト後、元のホテルに預ってもらいに荷物を運ばなくてはならないので、30分ほど時間に余裕をみなくては。

エヴォラ行きのバスは、リスボン12:00発のものに乗るつもりだった。11:00前にチェックアウトすれば間に合うかな? まだ少し時間があるので、お土産にアズレージョを買いたい。綺麗な柄のタイルが何枚か欲しい。自宅のキッチンやバスルームに使うのではないが、仕事場でコースターに使ったら可愛いかと思ったのだ。土産物屋にある安物のプリントしたものでなくて、ちゃんと手描きしてあるものがいいな、どうせなら。このシアード地区に老舗の工房のショップがあるのだ。いちいちヒナコの歩みに時間がかかることによって、観光スポットすら満足に廻りきれてないので、私の買物の時間はとても取れそうにないかと諦めかけていたんだけど。

カモンイス広場から市電28番がテージョ川方向に下っていく通りに、その店『サンタナSant'Anna [>>WEB ]』はある。看板も地味で間口も狭いので、しばらく見つけられずにウロウロしてしまった。やばい、時間が押してくる。ぱぱっと選ばなくちゃ。



お店のHPよりお借りした。タイルだけでなく、陶器なども売っている。組み絵になったタイルは扉大の大物もあり、写真のものは小規模なほう

しかし、いざ店内に足を踏み入れてみると、ぱぱっと選ぶどころの話ではなかった。だって、だって、どれもこれもみんな素敵なんだもの!
タイル絵を一枚だけ額装したものなどは、手頃なお土産として最適なんだろう。一通り見てみたが、ピンとくる絵柄のものがなかった。壺や食器などの「焼き物」もいくつかある。でも、どれもピンとこない。組み絵になった立派なものは引き出し式のパネルで展示されている。あんまり綺麗なので、何種類もガラガラ引き出しながら見てしまった。でも、こんな何十枚組のタイル買っても、賃貸マンションのどこに貼るんだ……(笑)。だからね、見るだけ。

組み絵でなく模様のタイルも勿論ある。そういうタイルは少数枚バラ売りという形式を取っていないようだ。フツーは外壁にズラっと貼るからね、サンプルだけで選ぶのだろう。
でも、私はどうしても違う絵柄のタイルをバラで3〜4枚買いたくなってしまっていた。いかにも「お土産な」壁かけではなく。

店内を見渡すとレジ横足元に並べられた木箱の中に、びっしりと「傷モノ品」タイルが詰まっていた。多少絵柄がゆがんだり、端が欠けたりしたいわゆる二級品。この中から探せばいいんだ!
しゃがみこんで木箱の中のタイルを見る。確かにいろんな種類があるが、そんなに傷モノでもないぞ? しかし、こういう状態の中から気に入ったモノを探し出すのは、とんでもなく大変。手描きだから、同じ絵柄でもビミョーに違うのだ。こういうビミョーに違うものを選ぶ時……私は時間のたつのを忘れてしまう。とてもとっても悩んだが、トラディショナルな柄を選ぶのはやめた。こういうのはずらっと並べて貼ると素敵なのであって、1枚だけ見てもそう良くはないので。

戦利品のタイル。1枚€ 5は、結構高めかな。でも、どうしても手描きのモノが欲しかったので

あーあ、ぱぱっと選ぶなんて、口先ばっかり(笑)。絵柄を選び、同じ絵柄でも並べてどっちがいいか比べ、ずっとしゃがみこんで箱の中を覗き込んでいたので足が痺れてしまった。ようやく選んだ4枚をレジに持って行った時には、もう11時になろうとしてした。

痛い痛い階段

小走りでホテルに戻り、チェックアウトをすませた。ホテルを振り替えられていなければ、このままスーツケースを預けてバスターミナルに向かえたのに。振り替えられたこのホテルと元々の予約のあるホテルとは、距離にして50mも離れていない。しかし、この50mの間にはエレベーターやケーブルカーを必要とするほどの高低差があるのである。とてもスーツケースをずるずる引きずれるもんじゃない。でも、メトロ駅の構内を横切れば、エスカレーターがある。

バイシャ・シアード駅のシアード側からは、改札階まで長いエスカレーター4本分。ところが、そのうちの1本が故障で停止している。よりによって下りが。昨日まではちゃんと動いていたのに、何故今日になって故障するのだ! さらに、エスカレーターのステップは普通の階段より一段一段が高いのである。重い荷物と一緒に階段を降りる場合、タタタッと駆け降りる方が負担は少ない。誰でもそうすると思うが、私も勿論そうした。ヒナコは自分のペースでのんびりついて来てくれればいいのだ。

単なるステップの高い階段と成り果てたエスカレーターの中途あたりで、ヒナコとおっつかっつの足取りの婆さんが両側の手摺に両手でへばりつき、よったりへっぴりと足を下ろしている。いや、エスカレーターが停止しているというのは、彼女にとっても大変だと思うのだが、通路を塞がないでいただきたい。
「コン リセンサ(ちょっと失礼)」
どたどたと階段を駆け降りながら遥か手前で叫ぶ。階段降りるのに無我夢中の婆さんには聞こえない。
「パルドォ〜ン」「エクスキューズミィィ」
各国語で通して欲しい旨叫ぶが、婆さんには聞こえない。自分が降りるということしか頭にはないようだ。低姿勢な単語を使っているが、本心は「どけぇ!」である。

私の足音が間近に迫ってようやく彼女は足を止め、ゆるゆると後ろを振り向いた。そして、どうやら通行を塞き止めていることにようやく気づいたらしく、片手を手摺から離した。しかし、身体を寄せて少し横向きになるなどしてスペースを空けていただかないことには、スーツケースを持って追い越せない。私もヒナコを連れていて同じようによそ様に迷惑をかけてしまうことが多いので、年寄りが公共社会性みたいなことに疎くなっていることを、かなり大目に見る体質にはなっていると思う。本人は社会性がないつもりではないのだが、やっぱり自分のことに精一杯で周囲を慮る余裕はなく、結果的に物凄く邪魔なことになっているのだ……。

婆さんは両腕を広げて掴まっていた片手を離したことだけで、もう道を空けたつもりになっているようだった。苦笑気味の目には「まったくねぇ、故障しちゃって大変よねぇ……」みたいな言葉が浮かんでいる。ええ、わが母ヒナコもよそ様に対してまったく同じことをしているのだ。私が一緒の時なら「それじゃよけたことにならないでしょ!」などと突っ込むのだが、単独行動の際にはどれだけ邪魔になっていることか……。
大きい荷物をうっかり彼女にぶつけて転げ落としたりしては大変なので、平均台渡りのように歩を進めて婆さんを追い越す。上手にすり抜けられたと思った瞬間、スーツケースの取っ手が指先から離れてしまった。やばい! 落とす! 咄嗟に足を出して重いスーツケースを受け止める。辛うじて爪先が引っ掛かって転落は防げたものの、その爪先は……そう、爪が肉に食い込んで腫れあがり限界に達していた箇所……!!

「☆♭Γ∞√ΥΛ〜〜」悲鳴は声にならない。爪先から脳天に電流が走り、あまりの痛みに一瞬息が止まる。半分は自業自得だったのだが、少し恨みに混じった目で婆さんを振り返ってしまった。しかし彼女は「ホント、大変ねぇ…」みたいにニコニコ。……やれやれ、わかってもらえない。気を取りなおして荷物を持ち上げステップを降り始めたが、足はズキズキ、涙が滲みそう。
その時、横合いからすっと手が伸びてきた。20代の男性、お目目ぱっちりのなかなか男前。
「足、大丈夫?」彼は残り半分の階段をスーツケースを持ってくれた。神様のように思えた。男前だったから、なおさら。

案の定、すぐ後ろをついてきていながら、ヒナコはそうした顛末には全然気づいていなかった。そう、年寄りは周りに注意を払う余裕なんてないの(苦笑)。

ヒナコを改札の前に待たせておいて、反対側出口を出て、翌日の予約のあるホテルにスーツケースを預けに行って来た。明日の予約があるか確認して預ってもらうだけなら、ものの3分とかからないのに、レセプションにはひとりしかいない上、他のお客の応対をしていたり電話がかかってきてそれが長引いたりして、すんなりいかない。

再びメトロ駅に向かって歩き始めたのだが、一歩一歩進むたびに爪先に激痛が走る。ここ何日がじわじわ痛む足を騙して宥めてなんとか歩いていたのに、さっき不用意に衝撃を与えてしまったせい。時刻は11:30、これからメトロでバスターミナルまで行って切符買って12:00のエヴォラ行きに間に合うだろうか? メトロからターミナルの連絡口もちゃんと把握してないし……。すごく無理っぽい。もういいや、次のバスで。12:00以降の時刻表を検索してないけど、1時間か1時間半おきには出ていたはず。どこかでおやつにして小腹満たししておこう。

バスターミナルへの遠い道のり

バイシャ・シアード駅を出て、すぐ近くのパステラリアを何軒か覗きながら、結局ほぼ一駅分を歩いてフィゲイラ広場まで来てしまった。鮮やかな黄色のクロスをかけたテーブルがいくつも並んでいる。パラソルもクロスと同じ鮮やかな黄色。店名を見ると『パステラリア・スイッサPastelaria Suiça』とある。あ、老舗の店だ、ここにしよう。

店内のガラスケースを見ると、美味しそうなものがたくさん並んでいる。満面の笑みを浮かべたオバさんに説明してもらいながら、バカリャウの天ぷらみたいなものとミートコロッケ、層の間に卵クリームの挟まったパイのようなものを頼んだ。カフェ2杯もオーダーして広場に向いたテラス席へ。合計€ 7.60、一等地のカフェなので若干高め。

広場越しにサン・ジョルジェ城を望むテラス席で一服。手前のパイはサクサクでとても美味。バカリャウの天ぷらもどきは、冷めているので油の匂いが少し気になった。出来たてだったら、おそらくメチャウマだったと想像

テラス席の前には正方形のフィゲイラ広場と家々の連なり、その向こうの丘に堅固なサン・ジョルジェ城の姿が見える。昨日少し曇り気味だった空は、今日は青く雲もほとんどなく陽射しも強い。ひとつ向こう側のテーブルにカフェ1杯で新聞を読んでいるおじさんがいた。ほどなくして紙袋をいくつもぶら下げた奥さんらしき女性が「ダーリン、お待たせ〜〜」。何処の国でも男性は女性の買物にはつき合いたくないものらしい。日本でもショッピングセンターの喫煙所などにはこういうお父さんたちがいっぱいいる。ま、今はそういう場所に喫煙所はなくなってしまったが。そろそろバスターミナルに行くとするか。

メトロの青線に乗って、ジャルティン・ズロシコの駅へ。「動物公園」という名のこの駅には小さな遊園地を併設した動物園に隣接している。シントラへ行く時に乗り換えた国鉄セッテ・リオス駅にも接続し、リスボン最大のバスターミナルもここで連絡。
昨日は国鉄駅に乗り換えようとして メトロ出口で間違え、動物園側に出てしまい、回り道になってしまった。今日は出口の表示をしっかり確認。バスの絵のピクトグラムを頼りに構内を抜け扉を出る。そのまま外の道路に出てしまった。メトロ駅の入った建物の裏側に国鉄駅の高架線が見えている。

メトロのHPよりお借りした。ロシオ駅のタイルは現代的な絵柄。ジャルティン・ズロシコ駅は、当然動物たちの絵だった。割と筆達者な絵

このあたりでちょっとおかしいな?と思った。国鉄駅よりバスターミナルの方がメトロ駅に近かったはずだけど? 疑問に思いながら道路沿いに歩いてみるが、オフィスビルのような建物ばかりでターミナルらしきものはない。途中ですれ違った男性に尋ねてみた。この道の先だと言う。それならと歩いてみるが、やっぱり何か変。ポルトやコインブラのバスターミナルは入口がこうしたビルの隙間にあったけれど、首都リスボンの一番大きいターミナルがこんなしょぼい場所にあるものだろうか? たとえ入口が狭くて見つけづらくても、出入りする大型バスが何台か行き交ってもいいのではないのか?

駐)後で地図を見ていたら、男性が指し示した方向にはセトゥーバルなどに行く小さなバスターミナルがあるようであった。メトロで一駅分離れた場所ではあるが。「セッテ・リオス・バスターミナルはどこですか?」と固有名詞を出さなくてはいけなかったのだ

せっかく教えてもらったのを疑うようで申し訳ないが、やっぱりどう考えても変なので、もう一度駅に戻った。メトロの改札前にあるピクトグラムのプレートを凝視する。列車の絵とバスの絵があり、矢印がある。その通りに進むとバスの絵があり、矢印は出口扉の方向へ。……合ってるじゃんねぇ? メトロの自動券売機でバックパッカーの青年が切符を買っている。ああいう人がいるってことは、長距離バスの着くターミナルがあるってことなのに。
もう一度外に出てしばらく道路を進んでみる。いや、変、絶対、変! やっぱりメトロの改札口に戻り、プレートを睨み付ける。この矢印をどう理解すればいいのだ?? 小さなピギーバッグを引いた20歳くらいの女の子がこちらに向かってくる。あのコはバスから降りて来たところかもしれない。

くりっとした目とストレートの金髪がとても可愛いコだった。ところが彼女は英語が出来ないと言う。
「フランス語は……出来る?」えッ、ダメ、全然ダメ。
それでもとにかく彼女は私がバスターミナルを探していることは理解してくれた。そしてその場所もちゃんと知っている。しかし、それを説明する共通の単語が出て来ないのだ。
「その先の○○の角を左折して階段登ったところ」つまるところ、それだけで用がすむ簡単な場所にターミナルはあったのである。ところが「左」とか「階段」「登る」という英単語は彼女の口からは出ない。そして私の方は同じ意味のポルトガル語やフランス語の単語がわからない。お馬鹿さんな私はポルトガル語会話帳を預けたスーツケースに入れてきてしまったのだ。今まで結構英語通じたもんだから……。

「階段…階段って何て言うんだろ」そんな表情で彼女は「うぅ〜〜ん」みたいに髪を掻きあげて足を軽くジタジタさせる。そういう仕種がすごく可愛い。それでも指の動きとジェスチャーから、左折と階段登りらしいということがわかった。少なくとも今まで行ったり来たりしていた方向は全く間違っていたらしいということが判明。じゃあ、あの出口扉に矢印を向けたバスの絵は何だったのよ?という疑問は残るが。

「わかった。行ってみる。ありがとう」とっても可愛い彼女に手を振って、その方向に進んでみた。そこには「みどりの窓口」のような通路からガラス戸で区切った空間があるのだが、今は使っていないようで扉がテープでばってんに塞がれている。その部屋の両側に左折出来る通路はあるのだが、手前側には黄色と黒のロープが張ってあるのだ。これでは立ち入り禁止場所みたいで、通り過ぎてしまうではないか! みどりの窓口らしき小部屋の奥通路にはロープはなかった。身をかがめて通路の先を覗き込んでみると、階段の一番下らしきものが見える。登り切ったところには、40レーンくらいは十分にありそうな巨大なバスターミナルがちゃんとあった。そうだよね、首都のターミナルならこのくらいの規模で当然だよね。

窓口に走ってエヴォラまでの切符を買う。次のバスは13:45発、€ 11。あと10分後だ。時刻表を見てみたら、最初に乗ろうと思っていた12:00との間には便はなかった。1時間近くを待たなくてはいけないのは同じだった。それがターミナルのベンチで過ごすか、道路をウロウロして過ごすかの違いなだけだった。
昨日も思ったことだが、ホントにラテン圏の国は案内プレートの位置と数が不親切だ。左折する角に一枚プレートを貼ってくれるだけでいいのに。また、よりによって、どうして外の方向に矢印を向けたバスの絵があるのよ? アイツのおかげで血迷っちゃったんじゃないの!

駐)後日、目からウロコがぼろぼろ落ちるように納得した。ポルトガル国内共通の認識では、中長距離バスを示すマークはバスの正面の絵、横からの絵のマークは市内の路線バスなのだということを! つまり、扉外へ向けたマークは「市内バスのターミナルはあっち」ということだったのだ。ポルトガル国内を動く方、このことを頭の片隅にちょっと置いていくと、迷いが少なくてすむことと思う。ちゃんと要所要所に矢印書いてくれればいいだけなんだけどね(笑)

観光局のHPよりお借りした。テージョ川にかかる4月25日橋。ここを走る気分は爽快!

リスボン始発にもかかわらず、またも発車は10分遅れだった。ターミナルを出たバスは一直線に何か、5分ほどでテージョ川にかかる4月25日橋Ponte 25 de Abrilを渡り始める。両側に広がる海のようなテージョ川の青、青、青! 右に首を振り返れば白いベレンの塔や発見のモニュメントが、左に捻ればひときわ高い丘にサン・ジョルジェ城を戴くリスボンの町並が、橋の根っこ正面には両手を広げた巨大なクリスト・レイが。自動車は2段になった橋の上段を走るのでかなり位置は高く、青い川と青い空に包まれて疾走していると、カモメやウミネコが空を舞う気持ちはこういうものなのかとも思えるほど。このスピードで駆け抜けるここからの風景は、へなちょこレンズつきフィルムでは絶対に撮れまい。うう、残念である。

アレンテージョの赤い大地

エヴォラの位置するアレンテージョ地方は「テージョ川の下」という意味、豊かな土壌を持つ変化に富んだ田園地帯である。テージョ川を越えたバスは、南部の平原をひた走る。空は青く陽射しも強いが、草木の色は晩秋のそれになっている。小麦畑の金色が眩しい。30〜40分ほど走るうちに、緩やかな起伏の大地の色が赤茶けたものになってきた。この辺りはオリーブやコルク樫の畑が多いらしい。オリーブの樹のシルエットは南イタリアでも散々目にしたのでわかるが、コルクの樹の形はよくわからない。多分、オリーブの樹なみにいっぱいあるアノ樹がそうなんだろう、と見当をつける。ちなみにポルトガルはコルクの生産量が世界一だそう。

絵葉書よりスキャン。赤茶けた大地にオリーブやコルクの樹がお行儀よく並んでいる

観光局のHPよりお借りした。放牧された羊の群れもいたるところに。馬や牛も時々いた

さらに走るうち、オリーブの樹の点在する丘のそこかしこに、放牧された羊たちの群れ。なんて長閑な田園風景なのだろう。私は東京生まれの東京育ちで、親類縁者もすべて東京近郊にいるので、田舎の生活というものを金輪際知らない。にもかかわらず、なにか懐かしいような気持ちになるのは、農耕民俗である日本人のDNAを持つからなのだろうか。
リスボンから1時間半とちょっと、道路は緩やかな草原の丘陵に真直ぐに伸び、その行く手に、両脇に真黄色に色付いた街路樹へと続いてゆく。黄金色に包まれた通りを抜けると、そこがエヴォラの街のバスターミナルだった。建物は比較的最近に改装されたらしく、新しく綺麗だった。案内の電光掲示板などもわかりやすい。まあ、これが所謂「普通のバスターミナル」なのだろうが、他の町のターミナルが分かりにくいことこの上なかったので、こういう当たり前の分かりやすさが大変にありがたい。

エヴォラの街は世界遺産に指定されているが、アレンテージョ地方には他にも魅力的な小さな町がたくさんある。手織り絨毯で有名なアライオロス、城壁で囲まれた「上の町」と城下町である「下の町」を持つエストレモス、スペイン国境にある城塞都市エルヴァス、中世世界そのままの静かな山の村マルヴァオンやモンサラーシュ、etc、etc。リスボンから一泊二日でエヴォラ以外にもう一箇所くらい寄ってみたかったのだが……。ターミナルの時刻表を調べてみたが、バスの本数や時間帯は田舎町のものだった。日に2〜3本の世界、うまく梯子するのは難しそう。今日、朝いちでエヴォラに向かえなかったし、恐らくヒナコの足ではエヴォラを歩くだけで精一杯だろう。いくら身の回り品だけを入れたバッグひとつとはいえ、それを持ったまま歩くのも肩が凝りそうだし、他の町は諦めよう。

駐)結局今回の旅では、計画段階で予定していながら断念した場所が4箇所になった。ポルトから行くボン・ジェズス、コインブラから行くコニンブリガ遺跡、シントラから回るロカ岬、そしてアレンテージョのどこかの町。パックツアーではさらに詰め込まれているので、個人旅行であっても駆け足にはならないスケジューリングだったと思う。但し、普通に健康な大人なら。ウチは高齢者連れだったので……

バスターミナルは城壁に囲まれたエヴォラの町の外側にある。ターミナル敷地出口から、大理石の墓碑の並ぶ墓地を通り越して、その向こうに連なる城壁の門まで一直線。予約したホテル・サンタ・クララ Best Western Hotel Santa Clara [>>WEB ]の入口は、路地の内側にわかりにく場所にあった。でも、バスターミナルから城壁の門へと続く一本道から道なりに進めば、曲がる箇所にちゃんと看板が出ていたのだ。勘違いしてうっかり手前で路地に迷いこみ、裏側からのアプローチになってしまったので、ややこしいことになっただけ。スーツケースを持ってなくてよかった。あんなものを引きずってデコボコ石畳路地の迷宮にハマってしまったら、多分泣きが入ったことと思う。

ホテルのHPよりお借りした。建物は古い屋敷を使っているが、Best Westernチェーンに加盟しているからか、内部は綺麗に改装されている。入口は小さく、見つけづらい

迷ったおかげでしばらく民家ウォッチングを楽しめた。エヴォラの町の家々も白い漆喰壁に縁を黄色にペイントしてある。オビドスの民家や、スペインのセビーリャのようだ。ようやく辿り着いたホテルも、古い屋敷を利用したもの。だが、ベストウェスタンの傘下に入ることにより、室内の設備は新しく機能的に整えられている。雰囲気はクラシカルだけど、水回りやエレベーターなどは使いやすく、ある意味、理想的かもしれない。

古都をさくっと一巡り

チェックインして一息ついたら、時刻はもう4時。どこかの内部を見学するには遅いが、日暮れまで街中を散策するには充分だ。

町の中心部ジラルド広場Pr. do Giraldoまでは歩いて3〜4分程度だった。距離はたいしたことがないのだが、やはり古都なだけに、石畳はヒナコが目の敵にしている丸くてゴロゴロしたものだった。自動車の通る轍なのだろう、道の真ん中に平たく磨り減っている部分が2本あり、このライン上を歩けば足の安定がいいこともヒナコは学習していた。彼女の思いつきを誉めてあげたいが、轍になるほど磨り減るということは、それなりに車の通行量が多いということなのだ。原因があって結果があるのだよ。

そういうわけで思うように足を進めることが出来ず、ヒナコはこの僅かな距離でまた不機嫌になりつつあった。でも私は急いでいた。この近くにある観光インフォメーションで地図がもらいたいのだ。モタモタしていたらインフォメーションが閉まってしまうかもしれないではないか。そして、涙が滲むくらい足が痛いのは私だって同じなのだ。何しろ、リスボンのエスカレーターで16〜17kgはあるスーツケースを傷めた爪先に落として、さらなるダメージを与えてしまったばかりなのだから。



観光局のHPよりお借りした。町の英雄の名を冠したジラルド広場。真ん中に島式の歩行者オンリースペースがあり、カフェのテラス席が並ぶ

観光客の多い10月5日通り

観光局は広場に面した場所ではなく、1本路地に入ったところにあった。ようやく地図を入手、これで大丈夫。長方形の形をしたジラルド広場は、遅い午後の時間をのんびり過ごす人たちで溢れていた。広場の短辺には塔を持つ教会のような建物が、片側の長辺ぐるりにはアーケードを持つ商店、中央にはカフェのパラソルとテーブルがズラリと並んでいる。ひと休みするのは後回し、真ん中に真直ぐ伸びる10月5日通りRua 5 de Outubroを進む。緩やかな登り傾斜の通りの両脇には土産物屋が軒を連ね、小さなホテルやペンションの看板も所々見える。行き交う人々は観光客が大半。

10月5日通りを上り切った正面に、要塞のような無骨なファサードを持つカテドラルがこちらを見下ろしている。カテドラル左側に続くビニールシートで覆われた建物は、改修中だという美術館だろう。2年前のガイドブックに「2005年10月現在閉鎖中」とあったが、丸2年たった今もまだ工事真っ最中であった。そのまま美術館の角を左に進むと広場になっていて、現在ポザーダになっているロイオス修道院Convento dos Lóiosロイオス教会Igreja dos Lóiosnoの優美な尖塔を持つファサード、カダヴァル公爵邸Palácio dos Duques de Cadavalの重厚な建物の連なりが面している。広場中央の少し高台になっている場所に、ローマ時代の神殿ディアナ神殿Templo de Dianaが優美な柱を林立させていて、その向こう側の緑地は展望台になっている。このエリアにエヴォラの観光スポットがびっしり集まっているわけだ。

ただそこに「在るだけ」のディアナ神殿 神殿側の公園のテラスから見る夕陽。へっぽこカメラにしてはよく撮れたほうだ

こんな路地をほっつき歩く。わんこにしか会わなかった

展望台脇からカダヴァル公爵邸の裏手へと坂を下りていき、エヴォラ大学の白い四角い建物を回りこむと、城壁が途切れ外へと道が続いている。バスターミナル側から反対の位置にあたる場所だ。この辺りの城壁はローマ時代に造られたものだという。その後は当てずっぽうに旧市街の路地を歩いてみた。城壁から外に出ない限りはとんでもない方向に出てしまうということもないだろうから。

辺りの空気の色が青紫を帯び、徐々にその濃さを増してくる。逢魔が刻──昼から夜へと変わる境目の時間。人気の少ない狭い路地を歩いていると、確かにこの世ならぬ何かと出逢っても不思議はない気持ちになる。ぽつりぽつりと外灯の黄色い灯りが点り始めているが、足元は暗く石畳の路面は不安定だ。ヒナコが本格的にムクれ始めないうちにもう少し明るくて平らな場所に辿り着かなくては……。何やら商店がアーケードになった通りに突き当たり、沿って進んでいくと南北に長いジラルド広場の南端に出た。

内陸部のせいか、リスボンなどよりも昼夜の寒暖の差が激しいようで、暗くなってさほど時間はたっていないのに、すでに肌寒い。広場には焼き栗の屋台が出ていて、もうもうと煙があがっている。屋台の焼き栗売りはヨーロッパの晩秋から冬の風物詩だ。これまでの町でもところどころで見かけてはいたのだが、日中の強い陽射しと高温の中では、あまり食指が動かなかった。でも、今日は初めて食べてみたい気持ちになった。同じことを思う人は多いようで何人かが行列している。ひとつ購入。半分に切った新聞紙でくるっと三角に巻いて山盛りで€ 3。

個人的にはヨーロッパの焼き栗よりは天津甘栗の方がずーっと美味しいと思うのだけどね。まあ、こういうものは「気分」だから。
パリやローマなどで買うと小粒のものを10粒くらいしか入れてくれないが、1.5倍以上ある大粒のものが15個もあった。ヨーロッパの焼き栗は大抵の場合、石焼き方式なのだが、この屋台のものは炭火焼きで、皮がパリパリに焦げ、白い灰にまみれている。栗を出し入れする時に立ち上る白煙と熾る赤い火は炭火のものだったのだ。このおじさんの焼き方が特殊なのかな? 他にも2つほど出ている屋台よりも明らかに客の数が多いので、美味しいと評判なのかもしれない。

大粒の栗はふっくらと温かく甘く、香ばしい。栗に目のないヒナコは3分の2近くをペロリ。夕食前だっていうのに、そんなに食べて大丈夫? 栗ってあんまり消化よくないんじゃ……?

地元料理に舌鼓

ホテルでしばらく休憩後、晩ご飯に出かける。目当ての店は地元客にも観光客にも人気が高いという『ア・チューパナA Choupana [>>WEB ]』。ジラルド広場から延びるメルカドーレス通りRua dos Mercadoresという小さな路地にある。この道には庶民的なレストランや民宿などがたくさん集まっているのだ。
件の店は入口がふたつあり、片方はカウンター、もう片方がテーブル席だった。店内は狭くテーブルも10卓ほどしかない。満席かと思ったが、奥に2人掛けの席が2つだけ空いていた。よかったぁ……。

差し出されたメニューは、冊子になっているものは一応各国語でタイプされたものだったが、もう1枚手書きの紙ペラが挟まっている。所謂「本日のお薦め」ってヤツだ。どこの店でもそうだが、こういうふうに紙とか黒板に手書きで書かれたモノは安くて美味しいはずである。しかし、コレが汚い崩し字で、おまけにポルトガル語オンリー。思いきり苦労して読みこなす。

お店のHPよりお借りした。店内はかなり狭い

メニューの中身と格闘している間に、ポルトガル恒例の「食べるんなら別料金の前菜」の皿が2種類置かれた。チラリと見ると、どちらもメチャクチャ美味しそう。これは下げてもらっちゃ勿体無い、この分を差し引いてオーダーしなきゃ。この地方のローカルワインと魚介と豆のシチュー、ポークのアレンテージョ風を注文。

さあ、この美味しそうな前菜は何だろう? いそいそと自分の小皿に取り分ける。一品は、ソテーした豚肉を小さく切って、コリアンダーと一緒にマリネしたもの。もうひとつは、イカ、蛸、貝柱などを賽の目切りにして、オイルと若干のビネガーで和えたものだった。う〜〜ん、どっちも美味しい。豚肉の方はちょっと硬めで酸味も強かったが、何かハーブのような香りの効いてる魚介のマリネは絶品だった。
私たちが前菜に手をつけ始めた頃、隣のテーブルにフランス人の老夫婦が座った。厳めしい顔をした爺さんの方は、私たちの食べている魚介マリネを見た途端、目がきらりん。「コレ!コレ食べたい!!」みたいに指さす。が、同時に自分のテーブルにも同じものが置かれ、厳めしい顔は一転、蕩けるような笑顔になった。爺さんはこのマリネが見た目でも味でも大層お気に召したようで、奥さんの皿に申し訳程度に取り分けたのち、自分の手元に皿を引き寄せ独占、取分け用のスプーンでわしわしと口に運んでいる。

2種類のマリネに舌鼓をうっているうちに、メインが登場。魚介と豆のトマト味シチュー。大粒の白インゲンが柔らかく甘い。相変わらず、フライドポテトが別皿でどっさり出てくる。
ポークのアレンテージョ風は、殻つきのアサリと豚の塊肉を赤ピーマンのペーストで炒めたもの。ニンニクの香りもたっぷり利いている。この赤ピーマンの風味が何とも言えず美味しい。このペーストってこっちのスーパーで買えるんだろうか? 商品名は何ていうんだろう? それにしても、この凄い量の豚肉! 鶏卵大の塊が10切れ以上はある。アサリもハマグリかと思うような大振りのもの。……美味しいけど。

隣のフランス人老夫婦も前菜に始まり存分に食事を堪能したようだった。奥のテーブル席は間隔が狭いので、椅子とテーブルを少し引いてあげないと出入り出来ない。帰り際、満腹のお腹をさすりながら食後のカフェをすすっている私に、厳めしい顔の爺さんはその風貌とは裏腹に優しい目で微笑み「Thank you. Good night」と英語で挨拶してくれた。咄嗟のことでこちらも英語で返してしまったが。フランス語で「ボンニュイ」って言えばよかった……。

静かな夜の散策

腹ごなしに少し歩いて遠回りでホテルに戻ろう。
土産物屋のたくさん並ぶ10月5日通りは人通りも閑散としていた。商店はほとんどシャッターを下ろし、小さな宿やレストランの灯りが所々にぽっと点るだけ。気温はだいぶ下がっていて、吐く息がほんのり白い。カテドラルの角を曲がってディアナ神殿の建つ広場へ。

神殿は青くライトアップされていた。一時期、流行った発光ダイオードのあの青。最初は珍しさもあって綺麗だなーと思ったあの青色も、あまり乱発されると食傷気味になり癇に触るようになってくる。やっぱりこういう歴史的建造物のライトアップは、黄味がかった暖かい光で照らして欲しい。この鮮やか過ぎる人工的な青色では、寒々しく不自然でちゃちな作りに見えてしまって、2000年の歴史も台無しだ。
ディアナとは月の女神であり、その名を持つ神殿は月明かりでのライトアップこそが一番似合うのかもしれない。ぽつぽつと散策する観光客もいることはいるが、足元から底冷えしてきた。そろそろホテルに戻ろう。

さて、話は逸れるが、喜寿超えのヒナコを海外旅行に連れ出すにあたり、主治医にさまざまな薬を処方してもらっている。感冒薬、鎮痛剤、消化剤、下痢止め、咳止め、胃薬…などなど。ジップロックいっぱいになる量を出してもらっても、年寄りなら数百円だからね。薬のお世話になるにこしたことはないが、安心材料として。今までの旅でも、胃薬以外はほとんど使うことなくそのまま持って帰って来ている。
だが、今回は最初の一週間は胃薬さえも使っていなかった。ポルトガルの食事がよほど口に合うようなのだ。ちょっと考えてみたが、この国の料理はチーズやバターなどの乳製品を使ったものが少ない。ヒナコはこの年代にしては珍しく牛乳やヨーグルトは毎日摂取するが、料理にまで乳製品が入るとやはり過多になって胃もたれを訴えてくる。年寄りの常で、普段の食事では蛋白質は魚から摂ることが多いので、海産物の料理が多いのも幸いしているようだ。でも内容が問題ないとはいえ、量としては普段の倍以上食べる日々が続いている。胃もたれを訴えないからといって胃腸には負担はきているのではないのか? だから4〜5日前から、どうせ持って来ているのだからと、ヒナコに消化を補助する薬を毎日飲ませていた。

そして今晩ヒナコは案の定、就寝前に胃が重いと言い、嘔吐した。だから言わんこっちゃない! 今回の場合は、油が合わないとか、食材にあたったとかではない。ええ、単なる食べ過ぎ。焼き栗も私より多く食べたし、ポークも美味しい美味しいと言って、私が残そうとした分まで腹に収めたのだ。一食にゴハン1/3合しか食べてないヒトが、連日そんなに食べちゃアカンでしょ。
「だって……ポルトガルの食事が美味し過ぎるからいけないのよ!」無茶苦茶な理由である。

本日は僅かに2万歩を越え、20592歩


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