Le moineau 番外編 - すずめのポルトガル紀行 -

かなり満足した朝食

ぐっすりと眠った。室内はほどよく暖房がきいている。ポルトガルでは朝晩の気温が下がるといってもまださほどでなかったせいか、暖房などは入っていなかった。だから、寒くて目覚めたりしたのである。

今晩の飛行機で帰国なので、まずは荷造りを再チェック。今日はいろいろ着込まなくてはならないが、東京はこんなに寒くはないだろうから、空港で脱いで詰め込む段取りとスペースを考えて梱包。さあ、朝食だ。種類はあんまり期待していないけど。

朝食堂のある棟に部屋があるので、階下に降りるだけ。ささっとカウンターを眺めるが、案の定シンプルなコンチネンタル・ブレクファストだった。カフェオレ・ボウルがゼリーピーンズのような鮮やかなオレンジ色と黄緑色で、とっても可愛い。コーヒーはマシンで入れるもので色々選べるが、ちゃんと美味しかった。朝のコーヒーがきちんと美味しいと、私はそれだけで嬉しい。悪いけど、ポルトガルのホテルの朝のカフェは6割がた今ひとつだったから……(1割はまあまあ、残り3割激マズ)

パンはどうだろう? クロワッサンと7〜8cmに切ったパリジャンの2種類だが、これは悪くない。ていうか、焼きたてなので皮がパリパリしてて結構美味しい。パンとコーヒーが美味しいこと……これはかなり満足する。ハムはこんなもんでしょ程度だったが、チーズは割とイケた。日本人的感覚で言えば「お米と味噌汁とお新香が美味しいしから合格!」ということかな。

本日の計画であるが、昔行っていない場所、行ったけどゆっくり歩いていない場所をのんびり散策しようと考えている。且つ、モネの好きなヒナコのために、彼の絵のある美術館を中心に。
まずは、ブーローニュの森近くのマルモッタン美術館Mesée Marmottan、この美術館のある16区は高級住宅地のあるハイソなエリアなので、「巴里のまだ〜む」気分でセーヌ川沿いまで散策して戻る。そこからはセーヌとエッフェル塔Tour Eiffelのお姿もばっちりと望めるのだ。眺めのいいカフェで優雅にお茶。

続いてサン・ジェルマン・デ・プレSt-Germain des Prés地区などに出向いて、ふらふらする。サン・ジェルマン・デ・プレ教会Églis St-Germain des Présは前に見たけど、周辺の雰囲気はいいし、近くに『ダ・ヴィンチ・コード』で一躍有名になったサン・シュルピス教会Églis St. Sulpiceもある。大理石のオベリスクと、床にある「ローズ・ライン」なるものの現物を拝んでみたい(←ミーハー)。主だったブランドのお菓子屋さんのほとんどがこのエリアに支店を持っているので、お惣菜とスイーツをテイクアウトしてリュクサンブール公園Jardin du Luxembourgで食べるというのもいいな(寒くなさそうだったら)。

そして、去年待望の再オープンを果たしたオランジュリー美術館Mesée de l'Orangerie。モネの『睡蓮』の連作は、かつていたく感動したものだった。あれをもう一度見たい!
それからシテ島Îlr da la Citéに廻って、ノートルダム寺院At. Michel Notre-Dameをじっくり見たい。前回の訪問では寺院に入っただけなのだ。セーヌ川と寺院とその周辺の建造物とがセットになった美しいアングルを探したいのである。まあ、詳細は臨機応変にいきましょ。

空港には夜の9時に着けばいいので、決して無理なスケジュールではないのだ。

晴れてはいるが、冷たそうな空の色。朝食堂の窓から見える通行人たちはがっちりと冬の装いで、首をすくめて通り過ぎる。昨晩同様、衣服や下着を総動員させて着込む。お腹と背中にカイロも貼った。

ストは甘くはなかった

私の思い描いたスケジュールに無理はなかったのだが、これはメトロによる移動が出来てこそのものである。ストの状況は如何であろう? 昨晩ヴァヴァン駅を覗いた時は動いていたけど……?

現在の日本では、もう公共交通機関のストライキは起こらない。私が高校生くらいまでは何度かあったけど、24時間ストライキと言いつつも、数時間で回避されることも多かった。日本の常識を引きずってはいけないことは重々承知していたのだが、それでもやっぱり甘く見ていたのである。

ホテルから一番近いモンパルナス・ビアンブニュの駅まで行く。ここからメトロを2本乗らなくてはマルモッタン美術館には行けない。恐る恐る構内へ降りてゆくと、ちゃんと人が行き交っているではないの! なぁーんだ、ストは回避されたのねー。もう平常運転であると思い込んでいるので、流され続けているアナウンスもBGMにしか聞こえないし、改札上のモニターに文字がズラズラ表示されているのも目に入らない。窓口で10回分の回数券カルネを購入、いそいそと6号線の乗り場へ。ホームにはそこそこ人がいる。ちょうど反対側のホームから電車が出るところだった。うん、動いてる、大丈夫。

ところが、待てど暮らせど電車は来ない。上下線とも全然来ない。動いてはいるが間引き運転なのか……。ホームで待つ人々はじわじわと増えていく。30分近く待った頃ようやく入線してきた電車は、東京の通勤ラッシュに近いほどのぎゅうぎゅう詰めであった。ヒナコはビビるが、何の何の、東京のピーク時の車内人口密度はこの2割増しだ。ホームにいた人の中には恐れをなして乗り込めないでいる人もいるが、東京ッ子の私にはお手のものである。コツがあるのよねぇ(笑)。

ぎゅうぎゅう詰めの車内、ぴったり密着し合った人々に、ところどころで忍び笑いの声があがる。ええ、ええ、アナタたちフランス人には、すし詰め電車は珍しくてちょっと可笑しいものでしょうよ。朝8時の山手線とか銀座線とか丸の内線はもっと凄いわよ〜。ただ、この押しくら饅頭状態は想定外だったので、お腹と背中のカイロが熱くて参ったが。
電車の本数は少ないが、走り始めれば通常のスピードである。乗り換えのトロカデロ駅には8駅ほどとちょっと遠いが、15分はかからなかった。

この駅で乗り換えるべきかちょっと悩んだ。この調子で待たされるのは困る。でも、乗ってしまえばすぐだ。乗り換えても2駅分なので、歩けない距離でもない。帰りは散策がてら歩くつもりなので、ヒナコのためにも片道は負担を少なくしておきたい。結局、9号線のホームに降りた。
しかし、電車は30分来なかった。途中何度も外に出て歩こうと考えたことか。諦めると入れ違いで来たりするのは、よくあること。今に来るだろう、今に来るだろう、と、結局30分。そして、ようやく来た電車はさっき以上に人口密度の高いものだった。

東京の満員電車なら、この密度でも人はまだ詰め込める。「押し」要員の駅員だって配置されているくらいだから。だが、超満員電車に慣れていないフランス人たちは、車内から「もう乗るな、ダメだダメだ」の声をあげる。運悪く、私たちと同じ戸口から、スーツケースを持った青年が乗り込もうとしている。彼はドア近くの中年男性に罵倒されてホームに押し戻された。私ひとりなら上手に乗り込めるが、そのコツも知っているが、殺気立っているこの男性の横にヒナコを立たせておくのは無理だ。仕方ない、歩こう! 30分あれば着いてたはずだと思うと悔しい。

しかし、ヒナコに歩く負担を少なくしてあげようと思う行為がいちいち裏目に出る。リスボンでの市内バス然り、シントラでのバス然り。
トロカデロ駅の真上は半円形の広場になっていて、エッフェル塔の展望が素晴らしい場所。逆光で見づらいがヒナコにその風景を眺めさせている間、必死で地図と格闘。ここから目的地までは一直線なのだが、半円から放射状に延びている6本の道を間違えてはいけない。今立っている場所にはバス乗場もタクシー乗場もあるのだが、バスはメトロと経営母体が同じなので一緒にストライキな様子。そういう事情であるからして、タクシーも出払っているのか姿が見えない。

後ろ髪引かれるモネ鑑賞

しっかり道筋を頭に叩き込んで風景を見る余裕もないまま一心不乱に歩く。何故、急がなくてはいけないか。ホテルのチェックアウトをしていないので、12時に一旦戻って手続きをしなくてはならないからである。

マルモッタン美術館Mesée Marmottan [>>WEB ]に到着した時には10時50分になっていた。メトロ20分+のんびり歩いて15分のところに2時間半かかったことになる。
美術館自体は、貴族の館を改装した小規模なもの。近隣の富裕な住民の憩いの場という雰囲気のラヌラグ公園Jardin du Ranelaghとを抜け、瀟洒な個人邸宅の立ち並ぶ一画に、それはひっそりと建っていた。背後に広大なブーローニュの森を背負って。ここまでの競歩ばりの早足に、多少息が弾み、肩も微妙に上下する。こんな優雅な場所にハアハアして飛び込まなくちゃならないのが悲しい。……でも、時間がないんだよ(泣)。

一目散に切符売場に飛び込んで「大人2枚!」と言ったのだが、売場の女性は、ようやく追いついてヨロヨロと入って来るヒナコの姿をチラっと見たようだ。「あなたの連れ?」
差し出された切符は、€ 9と€ 5.50。あらっ、フランスの美術館にもシニア割引ってあるんだ。

美術館のHPよりお借りした。貴族の邸宅を改装した美術館は周辺の風景に溶け込んでいて(見つけにくい)素敵な空間

チケットの裏面はモネの絵。「煙」とか「水面」とか。描きにくい題材にこだわった人だったんだなぁ……

美術館のHPよりお借りした。
すべての印象派絵画の源となった「
印象・日の出」

心臓のバクバクを鎮める余裕もなく、まず目指すは、モネのコレクションのある地階である。
“印象派”を生み出した若きモネの1枚『印象・日の出』はここにある。過去盗難に遭い、発覚を恐れてブラックマーケットでも買い手がつかず、5年後コルシカ島で見つかり犯人もお縄となった、いわく付きの絵。今は防弾ガラスに包まれた状態で鑑賞するしかない。そもそも“印象派”とは、当時美術界を牛耳っていた“官展”に対して、若い無名の画家の起こした「反逆」なのである。罵倒と嘲笑を意味したこの言葉が、1世紀のち名画の代名詞となり、その後のムーブメントととなるわけだから……。

>>そうなのだ。私はこの「官展体質」というモノが大ッ嫌い!なのだった。

地下フロアは完全に「モネのための部屋」である。初期や習作の『睡蓮』も何作か、煙を描きたかったとしか思えない『サン・ラザール駅』、光を浴びて蕩けそうな『ルーアン大聖堂』、雪に煙る町並、霧に包まれる町並……etc、etc。子供の頃、小遣い稼ぎに描いた似顔絵なんかもある。GWに東京のモネ展で見た作品も何点かある。うふ、またお会いしましたね、無事にお帰りで何よりです、という気持ち。
ガラスに護られた『印象・日の出』以外は、特に絵の周りに囲いはなく、中央にはゆったりとしたソファも据えられて、長居する気ならいくらでも過ごせそうな空間だ。……でも、時間がないんだよ(泣)。

地上階に上がると、美術館というよりは、内装といい調度品といい「貴族のお屋敷」そのものだった。美しい中庭を望む大きな窓、第一帝政時代の重厚な家具、きらびやかなイコン(聖像)の数々……。2階にはモネ以外の印象派の小品が並ぶ。ミュージアムショップも一瞥したが、邸の中の優雅な小部屋で、何だかお洒落で素敵そうな小物がいっぱい並んでいる。……だけど、時間がないんだよ(泣)。

後頭部が禿げそうなほど後ろ髪が引っぱられるのだが、たった35分でこの魅力的な美術館を後にしなくてはならない。まあ、1時間あればそこそこ堪能出来る規模ではあるが、ここの持つ穏やかで優しい空気を味わうには、私は2時間欲しい。

お洒落な通りをお洒落に歩けない

計画では、16区で一番お洒落な商店街パッシー通りR. de Passyをセーヌ川近くまで散策するつもりだった。この通りを歩くには歩いたが、「歩き抜けた」だけ
「あっ、エディアールの支店がある!」「あっ、ルノートルの本店だ!」「ショウウィンドウに素敵なセーターが!」全て横目で一瞬見るだけだ。ヒナコに至っては、私の背中しか見えていなかったに違いない。こんなに早足で手を引く歩き方は、彼女の最も嫌うことなのだが、申し訳ないけどそうするしかないのよ。ただ、私の時間の読み間違いによってこの事態が起きているわけではないことを、理解していただきたい。

パッシー地区散策をこれっぽっちも味わうことが出来ないまま、メトロのパッシー駅に飛び込んだ。人はホームで待っているので、動いてはいるようだ。改札口は開放状態になっていた。もう12時10分前だ。多少チェックアウト時刻が規定より遅れても許されないことはないだろうが、どのくらい待たされるかは見当がつかない。しかし、電車は駅に飛び込んで30秒もしないうちに来た。空いている。普通の昼時の混み具合という感じ。もしかして、もう平常運転に戻った……?

乗ってしまえばモンパルナス駅まで10分程度だ。12時を15分ほど少し過ぎてしまったが、文句を言われることもなく精算手続きが出来た。荷物室にスーツケースを預け、ほっと一息。

怖い怖い怖い事故

通常だったら、午前中に一回くらいカフェ休憩をしているところである。それなのに、美術館で過ごしたのは僅か35分。残りの3時間半は暗いメトロ駅構内でじりじり待つ+満員電車で押しくら饅頭+競歩ばりの歩行……悲し過ぎる。

ひとまずどこかでひと休みしよう。うーん、お昼ご飯を食べるんでもいいかな。モンパルナス大通りを店を物色しつつ、ぷらぷら歩く。お昼っていってもどうせ軽食だから、昨晩の4つのカフェのひとつにしようかな、うん、そうしよう。道端の看板を眺めるため通りに向けていた背をくるりと戻したその瞬間──「バンッ!」という炸裂のような音が! 道路を走って横断しようとした人が、観光用の展望バスにはね飛ばされたのである。

人間と車がぶつかる音ってこんなに大きいの!?──と吃驚してしまうほどに、それは衝撃的な音だった。人がはね飛ばされ、舞い上がり、叩き付けられる瞬間を見たことはなかったのである。2階建ての展望デッキを持ったバスなのだから、それほどのスピードではなかったはずである。倒れているのは女性のようだが、ぴくりとも動かない。すぐ近くにいたのか、即座に救急車が来た。追ってもう1台到着。車の陰になっていてよく見えないが、すぐに運び込まないで、何か処置をしているようだ。だから亡くなってはいないのだろうが、相当にヤバそうな状態、異様な緊迫感が辺りに漂う。

交通事故を目撃してしまった大通り。流石に私は、こんな広い通りで横断歩道でないところを走って渡ろうとは考えないけれど……。「自己責任」の代償はあまりに大きい

こちらの人たちは「自己責任」で、赤信号だろうと横断歩道がなかろうと車道を渡る。私も、こんな大通りでは怖くてやったことはないが、車の少ない道では周りに釣られてたまに渡ってしまう。その自己責任の代償はあまりに大きい。私は年寄りを連れて何と怖いことをしていたのだろう……足元が震えるほどに戦慄した。どうか彼女が助かりますように……震えながら祈りつつ、その場を離れた。処置はまだ続いている。

『日はまた昇る』の舞台へ

交差点で道を挟み、睨み合うように向かい合う4つのカフェのどこに入るか考えた。どの店も芸術家たちが集まった場所だが、画家は『ラ・ロトンド』『ル・ドーム』を、詩人や哲学者は比較的『ル・セレクト』を好んだ(らしい)。
『ル・ドーム』は現在はレストランとしても評価も高いらしい。昼時のこの時間では少し敷居が高い気もするので、一番カジュアルな雰囲気を持つ『ル・セレクトLe Select』を選んだ。ヘミングウェイの『日はまた昇る』で、主人公たちが集まった店である。

『ル・セレクト』の店内は、広い大きなガラス窓が明るい。クリーム・ブリュレが絶品……らしい

大きなガラス貼りの店内は明るいが、小説に登場するように陽光を浴びながらテラス席に座るのは、今日のような季節には無理だ。しかし、あの話は青年たちの「時代」に対する追憶や喪失感を描いたものだったはず。日が昇るのは「復活」の意ではなく「繰り返される日常の虚しさ」の象徴だったような記憶がある。今度、改めて読み直してみよう。

メニューを眺めていると、サンドイッチの項に小さく「私たちの店ではポワラーヌのパンを使用しています」の一文が目に入った。パン・ド・カンパーニュに代表される田舎風のパンが大人気のお店だ。オムレツにしようか、サラダか何かにしようか悩んでいたのだが、迷わずサンドイッチに決めた。オープン・サンドイッチならヒナコにも食べやすいだろう(バケット・サンドは入れ歯のヒトには大変)。シンプルが一番、スモークハムのものにした。喉がカラカラだったので、カフェオレも大きいカップで注文。

登場したサンドイッチは、パンの厚さは1cm程度だが、直径25cmはある皿にびっちり並べられていた。皿の面が見えないほど隙間なく。全面にハムが覆い被さっている。4〜5口で食べられそうな大きさだが、20切れくらいあった。これはシンプルだけど美味しそうだぞ?
果たして、少し酸味のあるパンとほど良い塩気と燻し加減のハムは、噛むほどにじわっと味わいが広がる。欲を言えば、半分チーズだったらいいのだがなという気分だが、同じモノばかりでも飽きずに頂けた。炭水化物は大量に食べられないヒナコは6切れくらいしか口にしなかったが、残りは私の胃袋にペロリと収まった。

お値段的にも昨日の『ラ・ロトンド』よりカジュアル。ここもうっかりメモを取るのを失念したのだが、サンドイッチ一皿とカフェオレ2杯で€ 15〜16程度だったと思う。

だから、ストは甘くなかったのだ

リュクサンブール公園散策は、午前中の予定が押してしまったし、この寒さだから諦めよう。持ち帰り惣菜を買って地元の人に混じって公園でお昼にしようと考えていたのだもの。お昼は食べちゃったし、この寒空でそんなことしてるのも馬鹿丸出しだし。サン・ジェルマン地区に行くか、オランジュリー美術館に行くか、ま、メトロに乗って考えましょ。

交差点のすぐ下のヴァヴァン駅に入る。やはり改札口は開放状態だった。今日はお金払わなくていいのかな? 回数券買っちゃったんだけどね。
ここでも改札口近くの小さなモニタには、文字情報が映し出されているのだが、「どうせフランス語読めないし」「ホームと改札とで人も出入りもしてるし」「動いているのよね」と楽観視。ホームには上下線とも適度に人々が待っている。

5分ほど待つうちに反対車線に電車が来て発車していった。間引き運転のようだが、こちらもそのうち来るだろう。が、待てど暮らせど電車は来ない。今に来るだろう、今に来るだろう……まずい、これは午前中と同じ展開ではないか??
電車の来る気配は見えないまま20分ほど経過した頃、アナウンスが流れた。フランス語だから全然わからないのだが、聞き耳をたててしまう。隣のベンチの黒人の女の子が、盛大な舌打ちをした。何やら悪態めいた言葉を吐いた。えっ、これは嬉しくない内容なのでは……? 彼女は憤然と席を立ち、怒りのこもった靴音を残して去ってゆく。他にホームにいた人々もため息をついたり肩をすくめたりして、出口の方向へと戻り始める。上りも下りもどちらのホームの人々がみんな。流石に私にもアナウンスの意味するところが理解出来た。間引き運転していたこの4号線は、今、たった今から「運休」になったのである。15分ほど前に反対側に走っていった1本を最後に。

しょんぼりヘコんで改札口まで上がる。ストの状況は常に変化しているということなのだ。つまり、最新情報を入手するためには、逐一モニタをチェックしなくてはならないのだ。文字だけの並ぶ小さなモニタを睨む。平常運転をしているライン、完全に止まっているライン、間引き運転しているラインの表示をしていることは、よくわからないなりに理解出来た。間引き運転らしき表示に何か数字がいくつか出るが、それが1時間に何本という表示なのか、何本にいくつ間引きという意味なのか、わからない。言葉が完全に理解出来ない上に、たくさんの情報を小さなモニタに表示しなくてはならないので、画面が目まぐるしく変わる。

私の肩ごしにモニタを見ていた女性が「あっ!」と声をあげた。この4号線に乗るべく駅に来て、ついさっき止まったのを知ってあげた声だろう。彼女はくるりと向きをかえ、通路の端の方へ。誰かに電話でもするのだろうかと思ったら、鞄から取り出したのはスニーカーだった。ヒール靴から履き替え、出口へすたすたと向かうその姿は、いっそ潔い。根性すえて歩く……わけね? 歩ける靴に取り替えて。

そう、この事態では、確実に信用出来るのは、己の2本の足だけなのだ。そうなったら、途中で散策などする余裕はない。オランジェリー美術館まで一直線に向かわなくては。地図を広げて距離を測る。約5km……。普通の大人の足なら1時間くらいだろうが、果たしてヒナコの足では?? いや、でも他に選択の余地はないのである。ヒナコにも覚悟を決めて歩いていただかなくてはならない。

パリを歩く」──文字どおりの行動を強いられるとは!

オランジェリーの「睡蓮」に再会

一心不乱に歩く。この寒さの中、たいして面白い風景が展開するでもない大通りをヒナコも頑張ってくれたと思う。そりゃあ、歩いていてもう少し景観のよさそうなルートもあるけれど、うっかり迷って無駄に疲れるわけにいかないので、確実な大通りを辿るしかないのだ。途中、メトロ駅をいくつか空しく通り過ぎる。こいつが動いていれば、ものの10分の道のりなのに……。ちょうど空車が通りかかったらタクシーに乗りたいが、そんなモノは通らない。道路にいるのは、せっせと歩く人、自転車のヒト、ローラーブレード履いたヒト……。

ようやく辿り着いたオランジュリー美術館Mesée de l'Orangerie [>>WEB ]は、外観は10年前に訪れた時と同じ姿をしていた。まるで、頂上への登頂を果たしたかのような達成感。時計を見るともう3時になっていた。歩くのに一生懸命で時計を見もしなかった。5kmの距離を1時間20分かかったわけだ。よろよろと切符売場へ。
「今日は4時でクローズなんだけど?」受付の女性は言う。えーっ、1時間しかないの? でも、閉まっていたりしたら、もっと目もあてられないものね、1時間でも間に合ってよかった。€ 6.50。ここはシニア割引はなかった。

美術館のHPよりお借りした。新装したモネの「睡蓮の間」。人でいっぱいで、こんなにスッキリと絵は見られない

ここのチケットも裏面は所蔵の絵。1枚は睡蓮、もう1枚はルソーの絵

一直線にモネの「睡蓮の間」へ。この美術館のために彼が製作した8枚の『睡蓮』。晩年の大作だ。10年前、この絵は地下室にあった。正直に言って私は、印象派絵画を少し馬鹿にしていたのだ。「わかりやすい、ただ綺麗なだけの絵」として。美術系の学校で学びデザインの仕事に携わり、私自身も若かったこともあって、絵を観賞するにも“斜に構えて”見る傾向があったのだ。でも、ここで8枚の大きな『睡蓮』に囲まれて、考えが変わったのだ。「わかりやすく綺麗」──素晴らしいことではないか! モネを含め印象派絵画は日本人にも人気なので、何度も日本で展覧会は開かれる。でも、オランジェリーの大作の睡蓮は、絶対に巡回展示には出されない。大きすぎて運べないからだろうけど。

生前モネが望んだように、自然光の元での展示室。360度ぐるりに4枚の絵を飾った楕円形の部屋が、2つ連なる構造は変わらない。この改装に8年が費やされたのだ。半透明のガラス張りの天井から採光する新展示室は、壁も真っ白に塗られ、かつての地下室よりずっと明るい。確かに絵を引き立てるには、この方が優れているのだろう。だが、観賞する人々もたくさん溢れている。常に誰かしら絵の前に立つので、なかなか全貌を一度に見られない。

満を持して待ちに待っての再オープンなのだが、正直にものすごく正直に言ってしまうと、私は昔の展示室の方が好きだった。あの少し薄暗くて寂れている感じが好きだった。ルーヴルやオルセーなどの「超メジャー級」に比べ、やはりオランジュリーはマイナー。そのせいで、客もこんなに溢れるほどいなかった。10分ほどいればフッと無人になる瞬間があって、360度ぐるりの睡蓮一人占めも出来たのである。地下の展示室で、ひとりであの水面に取り囲まれていると、自分が池の蛙になったような心持ちがした。引き込まれそうな迫力と、同時に、たゆたうように穏やかな安心感があり、さらに80歳という年齢で白内障に霞む目で描いたモネの気迫にも圧倒され、私はこの8枚の絵の前で1時間近くを過ごしたのだ。

しかし、今日は全部まとめて1時間しかないのである! あんまりだ。
まあ、この明るさと人の多さでは、あの時と同じ「池の中にいるみたい」な気持ちを再度味わうのは無理であろう。
かつて地上階に展示されていたローランサンやルノアール、ピカソやモジリアニなどは地下の展示室に移されていた。大作は少ないけれど、佳品も多く、ゆっくり見たいのだけど……。一瞥しながら歩き、目に留まった1枚をちょっと見つめるだけの時間しかないのだ。マルモッタン美術館に続き、ここでも後ろ髪が引かれまくる。多分、後頭部が禿げてるに違いない。

3時45分、最後にもう一度『睡蓮』に挨拶して帰ろうと1階の展示室に向かうと、ゾロゾロと戻ってくるスタッフたちが「クローズだよ」と鍵束を振る。何でッ! まだ15分あるじゃないのよ! どうして「開ける」とか「来る」ってのは必ず時間より遅れるくせに、「閉める」はそんなに早いのよッ!!

20分も駅構内で待ちぼうけ+1時間20分の徒歩に対して、観賞時間は45分ぽっちだ。悲しい。

カモメへ空中給餌??

なんだかぐったりして美術館を後にする。オランジュリー美術館があるのは、セーヌ川沿いに延びるチェイルリー公園Jardin des Tuileriesの西の端、コンコルド広場Pl. de la Concordeを望む位置にある。この広場は革命時かのマリー・アントワネットを含む王族貴族たちがギロチンの露と消えた場所。緑豊かな美しく長大な公園の東端には“あの”ルーヴル美術館が豪奢で優雅な姿を見せている。コンコルド広場に屹立するオベリスクと巨大な観覧車、その後方に真直ぐ続くシャンゼリゼ通りの街路樹の連なり、セーヌ川にかかるコンコルド橋Pont de la Concorde越しに頭を覗かせるエッフェル塔Tour Eiffelの優美な姿……。なんだかやっとまともに「パリらしい風景」を見たような気がする。こんなにも常に急き立てられてもいず、慌てさせられ、気持ちがささくれ立っていなければ、もっともっと心に沁み入ったろうに……。

コンコルド橋の上から、遠くにエッフェル塔を望む

チェイルリー公園の噴水の周りには、椅子がいっぱい。ここでカモメと遊んだ

オランジュリー美術館のすぐ裏手に大きな円い噴水池があり、周りに椅子が並べてある。とりあえず椅子にへたりこんで一息ついた。そうだ、今日はホテルからパンをくすねて来ているんだった。何故なら、パリの雀ッ子たちはとても懐っこくて、ヒトの手から直接パンを食べてくれたりするのである。ポルトガルでは鳩にばかり襲われて雀ッ子たちには避けられていたので、パリでは是非とも交流がはかりたかった。ええ、交流と思っているのは私の一方的片思いだとは承知してますが。

パンを千切って放る。鳩どもと雀ッ子たちがわらわらと集まって来た。ポルトガルの凶暴で図々しい鳩と違い、パリの鳩はちゃんと鳩らしく馬鹿っぽく鈍臭かった。そして雀ッ子たちの要領はいい。鈍臭い鳩とすばしっこい雀ッ子に混じって、セ−ヌ川に住むカモメたちも何羽かやって来た。コイツらは鳩を威嚇し蹴散らし、なかなか図々しい。でも雀ッ子たちは蹴散らされて右往左往するだけの鳩どもの隙間を縫って、ちゃんと賢く素早く逞しくパン屑をゲットするのであった。私としては、雀ッ子たちに手元まで来ていただきたいのだけど……。ところが手元に来たのは雀でなく、何とカモメであった。

私が雀にばかりパンを投げるのに業を煮やしたのか、一羽のカモメが舞い上がり、私の手元30cmくらいの場所まで迫る。広げた翼は大きく、アヴェイロで遭遇した鳩どものように頭や身体にとまられたら恐怖なのだが、コイツは30cmの距離を保ったままホバリングする。試しに口元にパン屑を放ってみた。ばっちりキャッチ。違う方向へ……キャッチ。もっと遠くへ……キャッチ! かなりとんでもない方向にも投げてみたのだが、捕獲率は7割。いや、このカモメ、なかなかテクニシャンでないの。

ホバリングして餌をナイスキャッチするカモメは、散策する通りすがりの人たちにとっても面白い見せ物だったようで、遠巻きに、一部の人々は明らかに私を取り囲んで、じっくり見物されてしまった。パリくんだりまで来て、いったい何をやっているのやら……。

再び「パリ競歩」

さて、時刻は4時を回っている。本日パリ観光に使える時間は7時半頃までだ。3時間以内にモンパルナス地区まで戻って空港行きのバスに乗らなくてはならない。メトロさえ普通に動いていれば、何の問題もなく時間は充分あるのだけど、最悪の場合「歩いて戻る1時間半」を計算に入れなくてはならないのだ。

疑心暗鬼でメトロ駅に向かう。コンコルド駅には1号線が通っており、このラインは間引き運転はしていても完全に運休にはなっていないようだからだ。行ける所までメトロに乗って少しでも歩く距離を減らしたいと思うのは当然のこと。

1号線は動いていた。混雑していたが、東京の通勤ラッシュの比ではなく、10分程度の待ち時間で乗れた。これはうまくいくかも……?? ただ、これから夕方の退勤時刻に突入する。平常時であっても混む時間帯になるのだ。モンパルナス地区にには1号線だけでは戻れない。4つめのシャトレで4号線に乗り換えなくては。さっき待っている途中で突然運休してしまった線である。果たして再開しているか、止まったままか……?

シャトレ駅は4本のメトロ、連絡通路によって3本のRERにも接続しているジャンクション駅である。10年前の記憶でも、駅の通路は迷路のようで複雑怪奇を極めていた覚えがある。ただでさえ通勤ラッシュの時間帯、平常時とはかけ離れた状態でヒナコを連れ、乗り換えることは出来るのか? 4号線さえ無事に動いているのなら、シテ島で下車してノートルダム寺院At. Michel Notre-Dameなんかを見学する時間は余裕であるのに。

乗り換え通路は殺気立ったような人々が早足で交錯していた。夜8時頃の新宿駅地下道のようである。ヒナコがビビるが、手を引っぱって4号線のホームへ──そこにいたのたくさんの人々──ホームがすでにこぼれ落ちんばかりのすし詰め状態なのだ。電車は動いているが、これでは乗れない……! またしても、もう己の2本の足しか頼るものはない事実を突き付けられる。広く複雑なシャトレ駅、地上に上がるにもテキトーな場所に出てしまうと、まるっきり反対方向になってしまう。ここはセーヌの右岸、ホテルのある左岸に一番近い場所に出なくては。

とんでもない場所に出てしまうこともなく、なんとか地上にあがった。地図を穴のあくほど凝視して現在位置をしつこくしつこく確認。迷う時間も体力の余裕もないのだから。右岸から橋を渡り、シテ島Îlr da la Citéに。セーヌに浮かぶ船のような形をしたこの中洲の島は、パリ発祥の地である。世界遺産に指定されているのも、この一帯の歴史的景観であり、ノートルダム寺院をはじめサント・シャペルSt. ChapelleコンシェルジュリーConciergerieなどの壮麗な建物の並ぶそれはそれは美しいエリアなのである。ここをただ「通り過ぎる」だけなのが、あまりにも悲しい。せめてノートルダムにはもう一度寄りたかった……。

往路での距離と所要時間を考えると1時間半は見なくてはならない。この寒さで冷えきった身体で歩きづめ──それも早足──の疲労蓄積を考えると、余計に時間がかかることはあっても短縮は到底望めまい。が、通りかかったカフェの前で足が止まってしまった。現在5時少し前、あと2時間は大丈夫だ。昼にサンドイッチを食べて以来、まともに休憩していない。道でも美術館でも地下鉄構内でも、常にわさわさわさわさ早足。このあと1時間半頑張って競歩するためにも、15分でいいから暖かい室内で温かい飲み物を摂って、身体を暖め休めた方がいい。その方が結果的に早いように思えた。

カフェの店内は幸せに暖かかった。大振りのカップのたっぷりミルクのカフェオレは心の底から温かく嬉しかった。カップを包む冷えきった指先の緊張が緩やかにほどけていく。温かな液体が、喉から胃の腑を抜け、強張った足のふくらはぎから爪先にまでじんわりと満たされるような心持ち。一杯のカフェオレがこんなに身体と気持ちに沁み入ったことはなかったように思う。ガラス窓の外には、本当ならこの下を走るメトロに乗っているはずの勤め帰り学校帰りの人々が足早に行き来している。

パリを歩いて三万歩

さあ、頑張ってまた歩こう! どうせ一心不乱に歩くだけで周辺の景色なんぞろくに目に入りはしないが、せめて当初に散策する予定であったサン・ジェルマン・デ・プレSt-Germain des Prés地区を通り抜けて行くことにする。散策でなく通り抜け……空しいけど。

シテ島にかかる橋上は夕方のラッシュ。さあ、歩くぞ! ここから約7km!

垣間見えるノートルダム寺院の塔。えーん、立ち寄りたかったよぉ!

シテ島のカフェを出て、サン・ミッシェル橋Pont St. Michelを渡って左岸へ。しばらく進んでぶつかるサン・ジェルマン大通りBd. Saint Germainを右に入って、ただひたすらに直進。だが、私たちの脳裏には昼に目撃した交通事故の恐怖が残っている。これほど急いで歩いていても、赤信号では必ず停止、左右をしつこく確認、横断歩道以外は絶対に渡らない。

この地区のふたつの名物カフェ、カフェ・ド・フロールもドゥ・マ・ゴも、サン・ジェルマン・デ・プレ教会も、サン・シュルピス教会も、横目で垣間見るだけ。全て全てを空しく通り過ぎる。散策ともそぞろ歩きとも程遠い早歩きでサン・ジェルマン・デ・プレ地区を通過、レンヌ通りRua de Rennesを左に折れる。真直ぐ続く通りの正面に見えるのは屹立する巨大オベリスクのようなモンパルナス・タワー。よし! 目標物は定まった。後は、ただひたすらあのビルを目指して直進あるのみ!

しかし、遠くモンマルトルの丘の上からでさえ、その姿が確認出来る59階もの高さのビルである。見えているからといって、その距離は容易に縮まらない。それでも、商業エリアに近づくにあたり、歩く道沿いにお洒落でカジュアルなブティックなどが増えてきた。ただひたすら歩き続けるという義務から逃避するかのように、フラフラとウィンドウに吸い寄せられてしまう。色もデザインも可愛い洋服がたくさん並んでいる。お値段も手頃だ。発作的にセーターの一枚でも買ってしまいたい! パリに着いてから欲求不満がずっと燻っているのだ。でも、でも、でも、時間がないのである!

ヒナコなどもう朦朧状態となっている。普通だったら、とっくの昔にワガママが炸裂して駄々っ子となって道端でゴネているはずだ。でも、今日に限ってはゴネてもどうしようもないということは承知しているらしい。……つまり、今までの「歩けな〜〜い」発言は、やっぱり甘えだったのだな(笑)。
とはいえ、私ですら「あーもお! 歩くの飽きたッ、もおぉぉヤダッ」とか叫んでジタバタしてしまいたい気分なのである。だけど、今晩の飛行機には乗らなくちゃならないのだから、仕方なく頑張って足を進めているのだ。頭の中では拒否感がぐるぐるに渦巻いているのだが、足の運びは感情とは別に規則的に進み続ける。気力とは何か別のものが2本の足を動かしているようだ。

ようやくホテルに到着して荷物をピックアップ。レセプションにいたのは、昨日の間違い電話に怒っていたオジさんである。今日は迷惑電話はないようなのに、あんまり愛想はよくない。元々にこやかなヒトではないのだな。彼には何もよくしてもらってはいないのでお礼する必要もないのだが、無駄にするのも何だし……と考え、使わなかったメトロの回数券を取出し「よかったら、使う?」と聞いてみた。だって8枚も残ってるんだよ、勿体無いじゃん。無愛想なオジさんも流石ににっこり笑い「メルシィ、ボクゥ」。

荷物を引きずり、わっせわっせと空港バス乗場へ急ぐ。ちょうど19:30発のCDG行きに間に合った。たとえ往路の時のように大渋滞で2時間かかってしまったとしても、出発2時間前のチェックインには間に合う計算だ。……やれやれ。バスが走り出し、ようやく一息ついてポケットの万歩計を取出してみた。カウンタが示していた数字は驚きの29989歩!! さ、3万歩ですと!?? 午後7時の時点で、これまでの毎日の歩数の1.5倍から2倍の数値である。今さらながらに、今日一日の行程のヘビーさを再認識した。椅子に腰掛けていなければ、腰が砕けて足元から崩れ落ちてしまったに違いない。

さよなら、不完全燃焼の「パリの休日」

夕方の渋滞からは少し時間がたっていたせいか、空港には1時間ちょっとで到着した。パリ市内の交通は麻痺状態だが、航空関連はきちんと平常通りに機能しているようである。これで、飛行機もストしていたら笑えないところだった。まあ、頭の隅っこ3%くらいで、とどめに帰国便がストで運休の憂き目に遭うというのもネタ的には面白いかな、とは考えたけど(笑)。

チェックインはそれほど慌てなくても大丈夫。預けた荷物をピックアップしてから、火事場から逃げ出すかの勢いでそのままバスに乗り込んでしまったので、ロビーの隅っこで梱包をし直す。ついでに重ね着していた余計な衣類も脱いで、スーツケースにぎゅうぎゅう押し込んだ。暖房の効いた空港内や機内では、こんなに厚着では蒸し焼きになってしまう。

手続きを終え、後は乗り込むばかり。張り詰めていた気持ちがようやく緩み、凄まじく空腹であることに気がついた。搭乗時刻までは時間は十二分にある。出発ギリギリまで免税店を駆け回って化粧品やブランドものなどを買い漁る気力体力、熱意も物欲も、私にはもうないのだ。
セルフサービスのカフェに行き、ハムサンドとカフェを買った。味に関してはこれっぽっちも期待していなかったのだが、カリッとした小振りのパリジャンにたっぷり生ハムをはさんだサンドイッチは想像以上に美味しかった。こういう裏切りは嬉しい。何をしたんだかよくわからなかったパリ滞在だったが、最後に空港のサンドイッチで満足度が心持ちアップ。

23:25、ほぼ定刻で機体はCDGを離陸した。旅の思い出を口々に語るオバさま集団が賑やかだ。洩れ聞こえる会話から察するに、とてもとても楽しい毎日であったようだ。ツアーバスで回る彼女たちには、ストによる混乱など無縁だったらしい。腰が砕けるほど歩いて疲労困憊してしまうこととも無縁だ。夜中というのに元気いっぱい。まあ、いいんだ、私にとっては「混乱」も「トラブル」も、旅を彩るエッセンスのひとつになり得るだから。個人での海外旅行の回数は多分40回を越えているけれど、話には聞いていたけど初体験の事件もあった。今回は「スト」と「ホテルの振替え」。「盗難」は気の弛みから久し振りに遭ってしまった。でも、いずれも決定的に重大事件ではない。こうして無事に帰路についているのだから。またひとつ経験値があがったゾ、と、そういうふうに考えるつもり。

往路の便で遭遇した乗務員組合なんたらのストは今回は関係なく、ちゃんと温かい機内食──それも2種類からチョイス出来るもの、それが当たり前なのだが──がサーブされた。大して美味しくもないがとりあえず腹がくちくなり、アルコールも程よく満たされ、パリ3万歩行脚の疲れが急速にまわってきた。オバさま集団の賑やかな会話をBGMに、泥のように眠りに落ちてゆく──。


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