Le moineau 番外編 シチリア巡遊 - 海と岩とミクスチュア文明の島を歩く -

霧と小雨の朝、エンナを発ってパレルモへ

旅も10日めとなった。昨日の夜からエンナを包んだ霧は、夜明け前にもまだそっくり残っていた。暗くてよくわからないけれど小雨が降っているようでもあり、今朝は朝焼けを見ることは叶いそうもない。粛々と荷造りをし身支度を整えてすぐに発てる状態にし、ジャスト8時に朝食室に向かった。
どうせ期待薄の朝食だし、時間も10分か15分しか取れないから、カプチーノだけいただくつもりだった。ところが今日は普通のパンやジュースやヨーグルト、ハムとチーズもあるじゃないの! なんだよ〜普通のB&Bや中級ホテルのラインナップじゃないかよ〜。やっぱり2日前の男性客たちは私の分まで食べ尽くしていったのね。ただ、パンが出ているといっても干涸びてカチカチ。もしかして私が昨日パスした分の使い回しなのかしら。なので、カプチーノとハムチーズだけぱぱっと食べておしまい。

8時20分にチェックアウト。私はいつも Booking.com の成約時に先払いすることがほとんど。カードの取り扱いのない小さな宿でも、サイト経由のカード払いならOKなので。日程変更した都合上、ここだけは現地払いにしておいたけど、やっぱりクレジットカードはNGでキャッシュのみだという。なんだか胸騒ぎがして昨日の夜のうちに現金下ろしておいてよかったわ。
町全体は深々と霧に包まれていた。コートや帽子がじっとりと湿る。

私の乗るパレルモ行きは下の町バッサを9:20発。8時25分頃にはローカルバスに乗る停留所に着いているようにした。そう、大移動の日は慎重なのよ。ローカルバス3番は、昨日歩いた西側の端っこを8:35始発。そこからターミナルを経由してこのバス停には10分後くらいかしら? 10人くらいの乗客たちがほぼ同時に三々五々に現れた。ベンチも待ち合いスペースもない道端で、シャッターを下ろしたままのショップの軒先で身を寄せ合ってバスを待つ。8時45分に現れた3番バスの車内はすでに満員で、そのうち8割が学生だった。山を下りきると、曇り空だけど霧は晴れていて、振り返って見上げると真っ白で何も見えない。山の上だけに霧がかぶさっていたのか、あるいは雲かしら。
長距離バスとローカルバスでは下りてからのルートが違うようで、大回りしてちまちまと停車していく。ちょっと焦って「バッサのターミナルには行くのよね?」と運転手に尋ねてしまい、彼は面倒臭そうに頷くと進行方向をまっすぐに指差す。9時5分、エンナ・バッサのターミナルに到着。私はもう切符を買ってあるので楽勝だったけど、やっぱり着くまでは心配で……

濃霧に包まれたエンナの朝。下の町のターミナルに向かうべく via S.Agata のバス停でローカルバスを待つ。出勤&通学の時間帯、この狭い坂道は大渋滞

単なる「バス停」にしか見えないエンナ・バッサのバスターミナル。裏の建物がチケットオフィスなので、むしろ売場と乗場が隣接した使い勝手のいいターミナルといえるかも?

中部の丘陵地帯からパレルモに近づくにつれ、ごつごつした剥き出しの岩山が増えてきた

畑の向こうに海が見える。シチリア内陸編はこれにて終了、これからはまた海編……いや、都会編かな?

パレルモ行きのバスは5分遅れでやって来た。始発はカターニアあたりなのか、すでに半分ほど埋まっていて、バッサからさらに6〜7人が乗り込んだ。

隣席にも通路をはさんだ席にも人がいないので、昨晩の食べ残しポルケッタのお手製サンドイッチをごそごそと取り出す。見た目が今ひとつなのとバスが揺れるので写真には撮らなかったのだけど、これがかなり美味しくてびっくり! なんていうか、いい具合に肉の脂が馴染んでパンにしみ込んでしっとりしていて、気になったチーズの臭みも感じず、むしろまろやかになっている。
パレルモへと向かう丘陵地帯は牧草地が多く、牛や羊たちがたくさん放牧されていた。このコたちから肉や乳をいただいているのよねぇ……と、豚をパクつきながらしみじみ思う私。

旅の終焉地パレルモに到着

バスは快調に走って、11時ちょうどにパレルモのバスターミナルに到着した。パレルモのバスターミナルは、2019年1月に中央駅東側の Piazza Cairoli から駅西側の Via Fazello にまるっと移転したとのことで、乗場および降車場は新しく整然としていた。道に沿ってずらっと白いテントの待ち合い席があり、わかりやすそう。まあね、時刻表や切符売場もわかりやすいかどうかは知らないけどね。イタリアあるあるだから(^^)

なにはともあれ、シチリア初日に通過しただけだったパレルモに戻ってきた。シチリア自治州の州都パレルモは、もちろんシチリア最大の都市であり、イタリアでも5番目に大きい都市だとか。ここを旅のフィナーレとする。というか初っぱなにしたくなかったわけだけど。
まずは新市街にとってある宿に向かうため市内バスに乗らねば。その前に切符を買わねば。中央駅周辺はあまり治安がよろしくないとのことなので、大荷物を持って切符売場を探すのもちょっと緊張気味。ホントは3日券を買うつもりだったのだけど "ある懸念" があり、€3.50の一日券を2枚購入。すぐに駅前から頻発している101番に乗る。とにかく駅前から早く離れたかった。

パレルモでの三泊の宿は新市街中心部の Hotel Politeama というホテルで、名前の通りにポリテアマ劇場 Teatro Politeama の真横に位置している。都市部の宿泊はB&Bよりホテルの方が何かと使い勝手がいいのよねぇ。チョイスの決め手になったのは交通至便なロケーション。中央駅やバスターミナルからは路線バスで1本だし、周辺のバス停からは20系統以上の路線が通っていて、なんと空港バスの停留所がホテルから徒歩20秒! どこから着いても迷わず、どこに発つにもスムーズなわけ。この旅で初の4星ホテルだけど特別奮発したわけではなく、エコノミーダブルというカテゴリの部屋なのでそもそもの値段設定が低めで、さらに期間限定スペシャルオファーでものすごく安くなったから。周辺の3星や2星ホテルが朝食なしで€80くらいしているのに、朝食つき€70なんだもん。

ホテルに着いてチェックイン手続きはできたものの、やっぱり部屋にはまだ入れないので、とりあえず荷物を預かってもらう。ここで "ある懸念" を確認しとかなくちゃいけないのよ! 出発前に調べた私の旅行に影響するストライキ情報には、25日のバス会社ETNA Transpoti のスト、そして29日のゼネラルストライキとあった。これはイタリア全土の公共交通機関がストップするもので、鉄道もバスもフェリーなども全〜部。この日は終日パレルモ滞在なので大きな移動の影響は受けないけれど、市内バスが使えないのが不便だし、郊外にも行きづらい。3日間の観光プラン組み立てを左右するのよね。
明日の24時間ストライキはホントに決行されるのか? レセプションの女性は英語ができるのに、なぜか「Strike」が通じない。「Sciopero」でやっと「ああぁ〜」と理解してもらえた。
「で、明日はショーペロはあるの?」
「エアライン? 空港バス?」と尋ねられ「そうじゃなくて、パレルモ市内のローカルバス……」と答えると、彼女はパソコンの端末をパチパチたたき「ああ〜そうね、バスもね」と。イタリアの人にはストなんて慣れっこでいちいち大袈裟に構えないのね。今初めて聞いた……みたいな表情。やっぱりストは決行かあ……じゃあ、そういうプランにしなきゃなあ。
「全日?」との問いには「たぶん」の答え。は〜い、わかりましたぁ!

小さな祈祷堂のスタッコ彫刻に圧倒される

ストが決行されるのなら明日は徒歩範囲の観光になるけれど、パレルモの主役級の見どころは旧市街に固まっているのでそれでも十分に可能だ。それは明日にとっておいて、今日のうちはバス一日券をフル活用して点在する教会装飾をいくつか見てまわろう。とりあえずは13時か14時くらいで閉まってしまうところを最優先に。のんびりしてはいられないわ。お昼ごはんは後回し!

ふたつの大きな広場に面して建つポリテアマ劇場。正面は凱旋門風の造りになっていて、パンテオンのような丸屋根の上には4頭馬車のブロンズ像、円形の柱廊にはポンペイ風壁画という、なんとも派手派手しい建物。ホテルはこの左側にある

旧市街の北東部あたりをうろうろする。道が込み入っていて方向を見失いやすい

目的地まで歩いても15〜20分程度だろうけれど、時間が惜しいし一日券もあるので頻発している101番バスに乗り、ローマ通りの Bandiera というバス停で降りる。通りに面して建つサン・ドメニコ教会 Chiesa di San Domenico のバロック様式のファサードは堂々としているけれど、今は内部はパス。目的はこの教会裏手にあるサン・ドメニコ付属のロザリオ祈祷堂 Oratorio del SS Rosario in San Domenico なのだ。入口は地味で看板もなく間口も小さくて、いったんは通り過ぎてしまった。うへぇ、これはわかりにくいわぁ……

ロザリオ祈祷堂はロザリオ信徒会によって1573年に建てられた祈祷堂で、パレルモ出身の彫刻家ジャコモ・セルポッタのスタッコ彫刻(化粧漆喰)で飾られている。すぐ近くのサン・チータ祈祷堂とのコンビチケットが€6。係員の女の子はこのチケット提示でさらに他の10ヶ所くらいの教会が割引になると教えてくれた。これだけだとちょっと高いようだけど、トータルで考えなくちゃね。QRコードをスマホで読み取れば英語ガイドも聴けるそう。最近増えたよねー、こういうの。やっぱり今の個人旅にはスマホは必携だわ。

小さな祈祷堂だけど、白い漆喰と縁取りの金と艶やかな絵画とがなんとも華やかで上品な空間となっている。天井画は『聖母の戴冠』、中央の祭壇画はヴァン・ダイクの『ロザリオの聖母』。側面の壁には絵画と擬人像が交互に並び、上部の窓と窓の間の天井に近い部分にはまるで音楽を奏でているかのような流麗な浮き彫りが

フランドル絵画らしく精緻でありながらもヴァン・ダイクならではの軽妙さや華麗な色彩も感じられる

入口扉側は修復の足場が組まれていた

色大理石と彫刻を組み合わせたバロックの祭壇。ひとつひとつの装飾は華やかなのに、白と金が融合するとケバケバしくならずに品よくまとまる感じ

さて、サン・チータ祈祷堂 Oratorio di Santa Cita にも行かねば。これもロザリオ信徒会により1590年に建てられた祈祷堂で、こちらもセルポッタのスタッコ彫刻装飾が見事とのこと。300mくらいしか離れていないはずなのだけど、やはり入口が見つけにくくてちょっと迷ってしまった。教会はミサをしていて入れないけれど、祈祷堂は別扱いなので大丈夫。
小さな中庭と回廊を経て足を踏み入れた祈祷堂は……もう圧巻のひとこと! 四方すべての壁面がスタッコ彫刻で覆われた真っ白な空間だったのだ。白一色なのにこれほど華やかとは! 両側面の高い位置にはいくつも窓が並び、燦々と降り注ぐ陽光がさらに白を輝かせている。すごい、すごい、すごい、美し〜い !!!

教会の側面に沿って奥へ進むと小さな木の扉が見える。わかりにくい入口だという前情報を得てなかったら、とても探せない

小さな扉の中の階段をあがって入ると、瀟洒な雰囲気のこじんまりとした中庭と回廊があった

回廊の二階に入口がある。青と緑を基調とした床のタイルはだいぶハゲちょろけているけど、まだ十分に鮮やかさを残している

よく見るとところどころで金も使われているし、床は幾何学模様の大理石モザイクなのだけど、とにかく "真っ白" が主張してくる

色鮮やかな正面祭壇画や大理石の祭壇ですら、まわりを囲む白い彫刻たちの引き立て役になっているように感じてしまう

天使や女神たちの像は今にも動き出して壁から飛び出してきそう。硬い漆喰のはずなのに、触れたら柔らかく温かいのではないかとさえ思えるわ

入口上部の壁一面を埋め尽くしているのは、信徒たちのロザリオの祈りのおかげでオスマントルコに勝利したとされる『レパントの海戦』を描いたもの。正確には海戦のシーンは中央下部に小さく描かれているだけで、そのまわりを受胎告知やマリア戴冠などの聖書のシーンの彫刻で飾り立ててある。つまり「ヤッター! 勝ったー! キリスト教正義! 異教は悪!」ということなんだろうけど

側面に取りつけられた木製の祈祷席の座面には貝の象嵌細工が施され、下から木彫りの獅子が支えている。スタッコ装飾以外の細部もなかなか凝っている

よくよく見ればいささか装飾過剰なんだけど、明るく真っ白なせいで高潔で清冽な空間となっている。先に見たロザリオ祈祷堂と両方ともセルポッタだけど、比べるとこちらの方が彫刻の量も質も段違い。こちらの方が後の制作のようなので、「もう漆喰だけで全面いっちゃってください!」と依頼を受けて彫刻大炸裂となったのではないの? ……などと東洋のへっぽこアーティストは邪推してみるけど、どうかしら(^^)

パレルモB級グルメの臓物バーガーに舌鼓

とりあえず隣接した2ヶ所の祈祷堂を見られたのでお昼ごはんにしよう。食べるものと食べる場所はもう決めてある。ストリートグルメの豊富なパレルモのジャンクフード代表、パニーノ・コン・ミルツァをいただくのだ! 「ミルツァ」とは牛の脾臓のことで、実際には脾臓と肺を使うとか、新鮮なうちにじっくり煮込んでさらにラードで炒めるとか……なかなかヘビーな感じ? ただ、意外にサッパリして美味しいとの評判が高いので、「なんでも一度は食べてみる主義」の私としては一度はトライしてみたい。でもおばちゃんなので、さすがに道端の屋台で食べる勇気はなく、旧市街の老舗店でいただくことにしたわけ。ガイドブックにも登場するけれど、地元民も多く通う名店で、幸いここから300〜400mほどの距離にある。あ、道端で食べる勇気がないのは恥ずかしいとかではなく、食べることで注意力散漫になってスリやかっぱらいなどに遭うことを懸念してね。パレルモのような町では避けておきたい。

《Antica Focacceria San Francesco》は、1832年創業の「サン・フランチェスコの伝統的フォカッチャ屋さん」という店名どおりサン・フランチェスコ教会の真ん前にある。一階はバールのようなターヴォラ・カルダのような気取らない雰囲気で、2階はテーブル席のトラットリアとなっている。

>> 不慣れそうな観光客は2階のトラットリア席に案内されることが多いとか。メニュー表があるのでわかりやすく、落ち着いて食べられるけれど、しっかりサービス料がついて倍以上にハネ上がってしまうので注意。そもそもはストリートフードなんだから、カメリエーレにサーブされてのんびり優雅に食べるようなモノではないと思う

レジで支払いして、カウンターで注文して、自分で運んで、空いてるテーブルに勝手に座って、場合によっては相席もありのスタイル。野菜が食べたかったのでカポナータも、ビールにしたかったけど水にした。パレルモ歩きに慣れるまでは完全に素面でいたいのでね。

パニーノ・コン・ミルツァ以外のパニーノやフォカッチャ、アランチーノやシチリア定番の惣菜類は、ケースの中を指差して注文すれば、そこから皿に盛ってくれ、温めてもくれる。店の中央に屋台風なスペースがあって、そこで専任のおじさんがパニーノ・コン・ミルツァを目の前で作ってくれる。みんなレシートを握りしめて並んでいるので私もその後ろについた。
パンにザクッと切れ目を入れて、リコッタチーズをべろっと塗って、大鍋にぐつぐつしている煮込み肉をぐるぐるかき混ぜて、がしっとつかんで、ぎゅーーーと汁気を切って、パンにはさんで、細切りのカチョカバロチーズをがしっとトッピング。鍋の中はいかにもモツっぽい混沌としたビジュアルで、紛れもなくモツっぽい匂いが立ち上っている。チーズをトッピングする際には、一応「入れていいか?」というジェスチャーをしたので、好みの分かれるタイプのチーズなのかもしれないな。チーズが苦手な人はレモンをたっぷり絞ってもらうというのもOKとか。

カポナータの量を聞いた時に見せてくれたお皿はそんなに大きくなかったのに、まさかこんなにてんこ盛りにされるとは! たぶん、日本の中くらいの茄子3〜4本ぶんくらいある

鍋からかなりの臓物臭が立ちのぼっていたので、おそるおそる食べてみたけど意外にさっぱりしている。私は普段はモツ系は積極的に食べないけど、トリッパ大好きだしランプレドットも好きだし、イタリアの臓物料理は相性いいのかもな……

うむ、これは結構イケるかも? 冷めてくるとモツとラード独特の臭みが出てくるので、熱々のうちに一気にわしわしわしっと食べちゃうのが正解。あ、だから作り置かないのね。
てんこ盛りのカポナータもすごく美味しい。甘酸っぱくて、そのバランスがちょうどよく、これまで食べた何ヶ所かの中では今のところ一番好み。これ2〜3人前くらいあるよね、付け合せってレベルじゃないよね。と言いつつ、ぺろっと食べれてしまった。
もう、お腹パンパン。これで合計€9とは。う〜安すぎ!

パレルモ旧市街の路地裏でちょっと怖い思いをした

店の前のサン・フランチェスコ教会は昼休みで閉まってしまった。近くにふたつほど見たいスポットがあるので、まとめて改めて見に来よう。じゃ、少し旧市街の内側を歩いてみようかな。

路地の込み入った旧市街はあまり治安のよくないエリアだというので、気をつけつつ散策する。昼間なので危険は感じないけれど、狭くて陽の差さない路地や散らばるゴミなどに "豊かとはいいがたい空気" は感じた

パレルモの市街地は南側が旧市街、北側が新市街となっている。旧市街でも観光スポットが集中しているあたりや大通り沿いはそんなに危険ではないだろうけど、中央駅方向に近くなるほど移民やホームレスなどが増えてくるとのこと。
バス通りであるローマ通りの東側エリアにはさほど暗い雰囲気は感じなかったけれど、西側ブロックの路地裏は明らかに移民っぽい人たちが多く、並ぶ店も煤けた感じ。ゴミが散乱し、舗装もでこぼこ、落書きだらけ、道端に焼け焦げた自転車が転がっていたりとか、荒んだ空気が漂っている。

緊張しつつもそういう素振りは見せないよう歩いていると、虚ろな目の青年が「マネー……」とつきまとってきたので、目を合わさないようにして振り切った。それはまだいい。ヨーロッパでは時々あることだから。
さらに怖かったのは、前方向から来たスクーターがいきなりスピードを上げ、奇声をあげながら正面から突進してきて、思わず悲鳴をあげた私の眼前で避けていったこと。2人乗りの少年───といっても明らかにローティーンのガキんちょで、振り返りながら嘲笑するような声とともに走り去っていく。アジア人のおばちゃんをからかっただけかもしれないけれど、荷物を引ったくるつもりだったのかもしれない。
これ以上散策することは本能が拒否した。
明日来る予定のジェズ教会 Chiesa del Gesu の前まで来て位置を確かめたところでUターン。戻りながらも道筋の目印はしっかり頭に叩き込んだ。明日も不必要にウロウロしたくないからね。

やっぱり新市街の大通り沿いにホテルを取っておいてよかった。おばちゃんとはいえ女ひとりなのだから、安全に注意を払うにこしたことはない。
そのホテルにいったん帰ろう。14時半になったのでもう部屋に入れるでしょ。ローマ通りから101番バスで戻った。この段階ですでに一日券の元はとったことになるけれど、まだ今日はこの後も使い倒すつもりよ〜〜。

エコノミーダブルをシングルユース。素っ気ないほどのシンプルな内装で、さして広くないけれどひとりなら十分。なにより嬉しかったのは、バスタブと広い洗面台があったこと! ずっとシャワーのみの安宿だったからね

夕暮れ迫るクアットロ・カンティ周辺をふらふら

荷解きをして少し寛いでから、再び101番バスで旧市街のクァットロ・カンティ Quattro Canti へ。ヴィットリオ・エマヌエーレ通りとマクエダ通りの交差点にある四つ辻だ。建物の四角を切り落として八角形にしてあるので、交差点であり広場でもある。4つの建物のデザインはすべて共通のバロック様式の三階建てで、それぞれ3つの彫像で飾られていて、非常に壮麗な空間となっている。ただ、かつてのパレルモのメインストリートなのだからとイメージしてたよりはずっとこじんまりしている。

もっと幅広の道で交通量もガンガンにあるのかと思っていたクアットロ・カンティ。今は車両を通行止めにしているので、気にせずに交差点中央に立ってぐるりと見渡せるし撮影もできる

4つの壁面のテーマは、3階が町の守護聖女(聖オリーヴァ、聖アガタ、聖クリスティーナ、聖ニンファ)、2階が歴代のスペイン総督、1階が四季を寓意した女性像

周囲を歴史あるパラッツォと教会に囲まれたプレトリア広場の美しい空間に夕暮れが迫りつつある

左がマルトラーナ教会。てっぺんに赤い押しボタンのような3つのクーポラがあるのがサン・カタルド教会

クアットロ・カンティのすぐ南側はプレトリア広場 Piazza Pretoria。広場は道から一段高くなっていて、中央にはいくつもの彫像の並ぶプレトリアの噴水 Fontana Pretoria、広場を囲むのはいくつかのパラッツォ、広場の奥にはサンタ・カタリーナ・ディ・アレッサンドラ教会 Chiesa di Santa Caterina d'Alessandria が優美な姿で佇んでいる。道をはさんだ向かい側はサン・ジュゼッペ・デイ・テアティーニ教会 Chiesa di San Giuseppe dei Teatini で、この教会の青と黄の陶製のドームはクアットロ・カンティからも見えていたっけ。広場のパラッツォのひとつは今は市庁舎で、さらにその南側には世界遺産のふたつの教会の並ぶベッリーニ広場 Piazza Bellini へと続いている。うーむ、このあたりは美しいスポットが集中しているなあ。先ほどちょっと怖い思いをしたエリアはわずかに内側に入っただけなんだけど、それが嘘のよう。

興味深い世界遺産のふたつの教会へ

すっかり暮色となってしまったけれど、ベッリーニ広場のふたつの世界遺産の教会はまだ見学できる。『アラブ・ノルマン様式のパレルモとチェファルー、モンレアーレの大聖堂 Palermo arabo-normanna e le cattedrali di Cefalu e Monreale』に含まれるマルトラーナ教会 Chiesa della Martoranaサン・カタルド教会 Chiesa di S. Cataldo が広場に面してふたつ並んでいる。

まずは最終入場が30分早いマルトラーナ教会の方へ。€2の料金が先の祈祷堂のチケット提示で€1の割引になった。私はこの教会に対しての予備知識をほとんど持たずに入ったので、とにかく驚いた。外観はバロック風のファサードながらあまり派手さはなく地味な感じ、というかどちらかというとボロい。まあ、暮れかけていてよく見えなかったというせいもあるけど……。古い鐘楼が味があるなあなどと思って足を踏み入れた教会内部はいろんな様式が混在するカオスな世界だった。いきなり目の前に押し寄せる極彩色と金色の大洪水!

教会に入ってすぐの低い天井にはバロック様式の天井画が描かれている。距離が近すぎて圧迫感すら覚えるほど

側面にはバロックの象嵌装飾がびっしり施されていて、4方向ともに装飾の手抜き箇所がまったくない

壁や天井ばかりに目がいってしまうけれど、コズマーティ様式の床も美しい

入口すぐのバロックエリアを抜けると突如としてビザンチン様式の金地モザイクが! いきなり雰囲気が一変してびっくりする

色大理石の象嵌細工はとても精緻で美しい

金ぴかモザイクのドームを通り抜けると再びバロック様式の主祭壇。中央には深青のラピスラズリの聖甕、その上にはイエス昇天の祭壇画、クーポラには色鮮やかな天井画、まわりを覆い尽くす白い彫刻群と象嵌細工……過剰なまでの装飾の競演。目が回るぅ〜(@_@)

いろんな様式が同居して、それぞれが主張して、カオスであり融合しているといえなくもなし……つまりはこれが "パレルモらしさ" ということなんだろうなあ

さして大きくもない地味な外観の教会ながら、ベクトルの違う絢爛さの混在にいささかクラクラしてしまった。狭いからこそ、なおさらモザイクや彫刻がすぐ目の前に迫ってくるのよね。中央のドームの真下にはびっしりと椅子が並べられているので、頭上の金ぴかモザイクをしっかりと眺めることができる。でも、あまり夢中になってると首や背中が痛くなってしまう。

引き続き隣のサン・カタルド教会へ。こちらの外観はもっと地味で、ファサードらしい装飾はないけれど、屋根の上に赤い帽子のようなクーポラが3つ乗っかっているのがとても特徴的。ノルマン時代の典型的建造物で、12世紀当時の姿をそのまま残していることが世界遺産登録理由らしい。ヨーロッパを旅していると、いろいろな時代のいろいろな様式の教会建築をいっぱい見るけれど、こんなエキゾチックな姿のものはここパレルモでが初めての出逢いだわ。こちらの教会も祈祷堂のチケット提示で€2.50が€1.50になった。

窓の形やや透かし模様、柱のアーチの建築構造などにアラブの気配が窺える。表面の装飾がないだけに、精緻で美しいコズマーティ様式の床がいっそう映える

三連のクーポラの真下に立つ。もしちゃんと内部が装飾されていたのなら、ここにも金ぴかのモザイクで彩られていたのかしら?

サン・カタルド教会内部はほとんど装飾はなく、石造りのままでがら〜んとしていて、だからこそ厳かな雰囲気が漂っている。観光客は私の他にひとりしかな静謐な空間……と言いたいところだけど、受付の若い女の子ふたりがずーっとお喋りしているのよね。一応分厚いカーテンで区切ってるけどね、きゃぴきゃぴ声は筒抜けでわんわんと反響してるからね! まあ、可愛いから許すけどさ。ひとしきり喋った後でひとりは帰っていったので、どうやら友達が寄っただけだったみたい。高校生くらいの子だから、教会の受付はアルバイトなのかな?

ヴィットリオ・エマヌエーレ通りをぷらぷらと大聖堂まで

ふたつ並んだ世界遺産の教会の広場をはさんだ向かい側には、世界遺産ではないけれどずっと大きなサンタ・カタリーナ・ディ・アレッサンドラ教会 Chiesa di Santa Caterina d'Alessandria がある。内部のバロック装飾が豪華なのだというけど、これからミサなので入れてもらえなかった。

まだ17時半を少し過ぎたあたり。パレルモ大聖堂 Cattedrale di Palermo は19時まで開いてるから行ってみようかな。旧市街内部ではちょっと怖い思いをしたけれど、大通り沿いなら危険なことはないでしょ。とりあえずもう一度クアットロ・カンティまで戻った。途中のプレトリア広場では立ち並ぶ彫像たちがライトアップされて幻想的な雰囲気に、クアットロ・カンティも暗くなって趣が変わっていた。このあたりにはストリートミュージシャンなどもいて賑やか、そぞろ歩く人たちも多い。いつものことなのか、明日のストと関係しているのかはわからないけど、警官やカラビニエーレも数人いる。クルマの進入は遮断されたままで、西方向へのヴィットリオ・エマヌエーレ通りは歩行者天国になっているようだった。これなら安心。

サンタ・カタリーナ・ディ・アレッサンドラ教会のテラスから、観光客が引き上げガランとしたベッリーニ広場を眺める。特徴ある三連の赤いクーポラも宵闇に沈んで目立たなくなっちゃった……

歩行者天国のヴィットリオ・エマヌエーレ通り沿いには、観光客向けのスナックやお菓子を売る店や土産物店、ミニスーパーなどが軒を連ねていて、ベンチなども多い。街灯は暗めだけど歩いていて怖いことはない

大聖堂の思った以上のデカさにびっくり! 聖堂前の広場は庭園のように美しく整えられていて、広場ごとぐるりと障壁で囲まれ、数ヶ所に鉄柵の門がある。ここは東側の門

聖堂の入口には、イスラム帝国支配時代のモスクだったときの名残のコーランの浮き彫りが。その横には非常に積極的な物乞いがいるけど、動じるもんか!

クアットロ・カンティからヴィットリオ・エマヌエーレ通りをそぞろ歩くこと500mほど、オレンジ色にライトアップされた大聖堂が見えてくる。と同時に18時ちょうどの鐘の音が響き渡った。
もともと4世紀頃からあった教会がイスラムのモスクに作り替えられ、アラブ・ノルマン様式の教会として建てられ、たびたびの改築でその時代においての様式が付け加えられた混合様式になっているとのこと。外壁はアラブ・ノルマンだし、横っちょはカタロニア・ゴシックだし、大きなクーポラはバロックの合わせ技。豪壮な聖堂前の広場は荘厳な空間でありながらも、何本もの椰子の木が揺れているという南国のようなエキゾチックさ。うんうん、これぞ "ザ・パレルモ・スタイル" ということね。

堂内はネオクラシック様式。バロックやロココなどの過剰な装飾への反動から、シンプルさに美を追求したとされるもので、ビザンチンモザイクやバロックのごてごてピカピカなカオスを見た後だと、飾り気なく素っ気ないような気がしてよけいに広く見える

床には色大理石による紋章が。一瞬素っ気ない空間のように感じるけれど、細部のパーツはとても美しい

大聖堂の西側には、聖堂の鐘楼と見紛うかのような司教区博物館 Museo Diocesano が、道路をはさんで優美なアーチでつながっている

パレルモの守護聖女の聖ロザリア礼拝堂や、ノルマン王家の墓、フェデリコ2世と彼の妻や父母の墓などもあるらしい。でも、6時の鐘とともに祭壇左側の礼拝堂でミサが始まってしまったので、うろうろ撮影して回るのは控えてきた。まあ、明日以降に出直すとしましょうかね。

王宮周辺の交通状態は歩行者にとっては恐怖でしかない

大聖堂を出てさらにヴィットリオ・エマヌエーレ通りを西にまっすぐ歩く。道幅もややゆったりしてきてのんびり歩けるのもつかの間。旧市街の出口に当たるヌォーヴァ門 Porta Nuova をくぐり抜けてノルマン王宮 Palazzo dei Normanni の横手まで進んだ途端、空気が一変する。ここから先は交通状態がデンジャラスかつバイオレンスティックになるのだ。信号もほとんどなく車線区分や横断歩道もなく、絶え間なくクルマがびゅんびゅんと行き交っている。2車線なのに3台並んでたり、かなりのスピードで見通しの悪いカーブでもお構いなしに突っ込んでくる。

えー……と、これはどうやって向こう側に行けばいいのかな? 通行途切れるのを待ってたら一生渡れない。うーむ、ナポリもずいぶんだったけど、パレルモも負けず劣らずすごいな、いや勝ってるかも(^^;)
だってナポリでもクルマはびゅんびゅんしてたけど、歩行者が渡りたそうに左右を見ていると、なんとなくクルマも察してくれたりしたもん。ここパレルモではクルマは停まらない、速度も緩めない。だけど、こんな状態でも地元の人は平然と渡っている。クルマはすり抜けること前提でスピードを保ったままなので、歩行者も断固とした態度で速度を緩めず立ち止まらず渡り切るのがルールとみた。……いや、そんなの無理無理無理。ずっとのどかな田舎町をのんびり歩いててパレルモには昼に着いたばかり、今はもう暗くなっている。もうちょっとこの町のテンポに馴染むまでは無茶しちゃいけないわ。ん? 馴染んだら渡るのか? 私。

今は道路を渡る勇気のない私は、大回りに次ぐ大回りをしてようやく乗りたいバス停を見つけ出した。と同時に、ポリテアマ劇場前を通る108番は目の前で行ってしまった。20分に1本のはずの108番バスは30分以上待っても次が来ない。たぶん近くまで行くはずなので、ちょうど来た104番に飛び乗ってしまう。
スマホのGPSで現在位置を確かめながら降車口近くに立ち、マッシモ劇場 Teatro Massimo 近くで急遽下車。行き当たりばったりだなあ……ま、いいでしょ。

『ゴッドファーザーPart3』でロケ地となったマッシモ劇場。ライトアップはされているものの門は閉ざされ、まわりにはパトカーやたくさんの警官たち、そして大声で騒ぐ若者グループ。今晩は公演はないのかしら?

なんだかパレルモの町中では随所にパトカーや警官の数が多いような気がする。何かあるからなのか、ストライキ前夜だからか、日常風景なのかは言葉もわからない旅行者には何が何やら……。だけど別にピリピリした空気があるわけでもなくみんな普通に歩いてる。ま、気にすることはないか。
マッシモ劇場の外観をきちんと眺めるのは明日以降明るくなってからね。うまく時間が合えば豪華な内部の見学もしたい。

劇場のあるヴェルディ広場が旧市街と新市街との境にあたる。ここより北の新市街側は道はまっすぐで、大通りには信号も横断歩道もちゃんとあって、クルマも歩行者もちゃんと守っている……という当たり前の秩序ある交通状態となっているのであった。はー、やれやれ。

パレルモ最初の夜は、カンノーロとアランチーノの食べ比べ

そういえば今日はおやつタイムがまだだった。大通りから一本内側のちょっと小洒落た遊歩道 Via Princpe Belmonte に老舗カフェ《Antico Caffe Spinnato》がある。鮮やかな青いテントと電飾された街路樹が映るガラスがキラキラしていて、すぐ見つかった。
店内は "古き良きヨーロッパのカフェ" そのもののクラシカルでやや高級感がある雰囲気。19時過ぎという中途半端な時間帯のせいか、観光客の姿はなく地元の人がちらほらいる程度。ケースの中のお菓子やケーキ類はどれもみんな美味しそうで迷うけど……うーむ、でもやっぱりカンノーロでしょ!

2種類のカンノーロのどちらを選ぶか決めかねて、ちびカンノーロでリコッタとピスタチオを両方とも試してみる。普通サイズのものと違って、小さいカンノーロは作り置きしてあるので、皮のパリパリ感は今ひとつだけど、とにかくクリームが滑らかで美味しい。リコッタクリームも艶やかで上品な味わいだけど、特にピスタチオの方は濃厚でコクがあって香ばしくて絶品!
着席するとカフェの値段が2倍になるけれどお菓子はそのままみたい。合計で€4.90

夕食はアランチーノを持ち帰ろう。こんな時間にカンノーロ食べちゃったので軽くすませたいし、なにしろホテルにはバスタブがついてたもんね。ずっとシャワーばかりだったからゆっくりお風呂に浸かってさっさと寛ぎたいのよ。
まずは通りがかりのミニスーパーでビールと水を購入。それから《KePalle》というアランチーノ専門店に向かう。パレルモ市内に3店舗あるうちの一軒がホテルのすぐ近くにあるのよ。

アランチーノ専門店の《KePalle》。アランチーノの種類は20数種以上あるらしい。日本人的感覚で言えばおにぎりなんだから具はなんだってありよね

スーパーで購入した Moretti のスペシャルエディション白ビール3本セット。アランチーノは迷いに迷って結局2種類選んでしまった。一個€2.50

定番のラグーソースやピスタチオはあえて外したセレクトに。チキンカレーは、ターメリック風味のお米にチキンのトマト煮入り。あまりカレーっぽさは感じないけれど、これはこれで良しとしよう。ほうれん草とモッツァレラは超美味しい!

もともとイタリアの揚げ物のコロモのパン粉は細かいけれど、この店のものはさらに細かい。まるで小麦粉のように細かいので、ほとんど油っぽさがなくカリカリと香ばしく、冷めても油の匂いがキツくならない。それにしても私、いったいカンノーロとアランチーノは何回食べたろ? あっ、カポナータも。店によってそれぞれ違って食べ飽きないわぁ。

本日の歩数は、大移動があったので13952歩。やっぱり明日のゼネストは決行のようだから、今日のところは控えめに歩いておいた。公共交通がストップすればおのれの2本の足だけが頼りだからね。




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