Le moineau 番外編
イタリア〜スロヴェニア〜クロアチア漂遊
- ヴェネツィア共和国の足跡を辿る -

ヴェネツィア早朝散歩で1万歩

旅の10日め。昨日は早寝したので、ぐっすり眠って4時に目覚めた。建物内はシーンと静まっていて他の宿泊客たちが起きた気配はない。共通バスルームを使う人が起きてこないうちに、ゆっくりとシャワーを使う。家族経営の小さなB&Bでは朝食時間は遅めのことが多く、ここも8時半からなので、時間をたっぷり使って早朝散歩をしてこよう。
意外に支度に手間取ってしまって部屋を出たのは6時ちょうど。夜明けの空を見たかったのに、もう明るくなりかけている。とりあえずアカデミア橋へと急がなくちゃ!

運河と路地のすき間に昇り始めた朝日が煌めいている

ヴェネツィア・ビエンナーレが島内のあちこちで開催中。この教会はダ・ヴィンチがらみの展示なのかな?

アカデミア地区の路地裏の本屋さんのショーケースには日本人作家がまとまめて置いてあった。下段の右から2つめの紺色の表紙は横溝正史の『探偵金田一』、どの話なのかわからん。その下が太宰治の『女学生』、この挿画ってありなの? その右上はいきなり時代が新しくなって村上龍の『69』、その下が森鴎外の『独逸日記』。ちょっと離れた位置に三島由紀夫もあるし、『SINRINYOKU』などという謎の本もある。職業柄、本の装丁は気になるのよね、つい見ちゃう

行き会う人はごくまばらだったけれど、多くの人たちが日常生活が始動させていく気配はあちこちに感じた。路地裏のシャッターを占めたパン屋から漂うパンの焼ける香ばしい匂い、扉を半分開けて掃除をしているバール、足早に早朝出勤していく人、ジョギングする人、犬の散歩をする人……。食料品配達もゴミ回収もここではトラックではなくみんなボートでやって来る。日中や夜にはゴンドラが浮かぶ運河には、そんな「働くボート」たちが行き交っていた。

朝の日常光景をいちいち見ていたものだから、昨日歩いてきた道を逆に行けばいいだけなのに勝手が違ってしまって、アカデミア橋に行くつもりがザッテレ Zattere に出てしまった。ジュデッカ運河をはさんでジュデッカ島と向かい合う、ヴェネツィア本島最南端の海岸通りだ。しばらくザッテレ岸に佇んでジュデッカ島を眺めてから、アカデミア橋に向かった。

ザッテレ岸からジュデッカ島を眺めるも、美しさや清々しさとははほど遠いぼんやりした夜明け。クーポラを持ったレジンドーレ教会Chiesa del Santissimo Redentore の白い姿も見える

ジュデッカ島は東西に細長く本島南岸に沿っているので、運河や海越しというよりは川の対岸のように、あるいは海峡のようにも見える。カナル・グランデに面して並ぶ豪華なパラッツォなどではなく普通の家並

いつも人だらけのアカデミア橋も早朝はガラガラ。それにしても嫌な感じの空だなぁ、今日もちゃんと晴れるのかちょっと不安

夜明けのビューポイント "アカデミア橋上から望むサルーテ聖堂" なんだけど……どうもピリッとしない

わざわざアカデミア橋まで来た意味は感じられず、もう一回ザッテレに戻ってジュデッカ運河沿いを歩く。カナル・グランデとジュデッカ運河の合流する先っぽ、サルーテ聖堂のあるところまで行ってみよう

運河で釣りをしている男性がいた。これもヴェネツィアの朝の日常光景なのかな

カナル・グランデとの合流地点、サルーテ埠頭の先端部の三角を回り込んでくると、サン・マルコ寺院の鐘楼が正面に望める

サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂は、役者揃いのヴェネツィアの中でもトップクラスにフォトジェニックな美人さんだと思う

白亜の美人さんな教会なのに、近くで見ると湿気と潮とでカビっぽく黒ずんでしまっていてずいぶん可哀想

ジュデッカ運河に沿って本島南端を歩いていき、サルーテ聖堂の裏側を通り過ぎ、先端部から前に回り込んで再び近づいていく。裏側からだとたいして綺麗な聖堂じゃないなあ、やっぱり遠目がいいだけかなあ、運河とセットでよく見えてるだけかなあ、などと失礼なことを思っていたけれど、いざ正面に立って「ごめんなさい! あなたは美しいです!」と謝罪した。ここも過去に訪れたことはあり、ティツィアーノ作品を見ているはず。歳を重ねてならではの新たな感動もあるはずなので、見られるならまた見たいけど。ただ他にも行きたいところがたくさんあるからなぁ……

ジュデッカ運河沿いのスーパーマーケットが早朝の商品搬入中。トラックごと船で運んで来てリフトで積み降ろしするのねー(*.*)

いつの間にか歩いている人たちが増え始めてきた。そぞろ歩きの観光客ではなく、通勤や通学する人たちだからみんな早足で一直線に歩いていく

サルーテ聖堂から先はカナル・グランデ沿いをつかず離れず辿り、アカデミア橋からヴェネツィア大学の周辺をぐるぐる巡り歩いて、宿に帰り着いたのはもう8時半! たっぷり2時間半歩いて、この時点で万歩計の数字は9900歩超。ひゃー、朝飯前のウォーキングとしてはちょっとヘビーすぎたかしら。

憧憬の "ティツィアーノ・レッド" に逢いにゆく

朝のウォーキングで軽く汗ばんでしまったので、サッとシャワーで流して着替えてから朝食にした。個人経営のB&Bでは朝食の形態もさまざまで、クラッカーやラスクやシリアルなどの乾きものにコーヒーとジュースしかないようなところ、近くのバールで食べるようチケットを渡すところなどもある。さて、ここはどうかな? 私の数少ないサンプルではあるけれど、家族経営の小さい宿で部屋や家具のセンスいいところ(必ずしも高級ではなくてもいい)は、朝食のセンスも共通しているように思う。だからね、ここの朝食もきっと素敵だと思うの。

予想していた以上に、この規模の宿としてはかなりの充実ぶりの朝食。チーズやハムの種類が7〜8種類もあるのは相当のことだし、卵焼きと茹で卵があり、生野菜やカプレーゼまで用意してあるのは嬉しい! パンやジュースの種類も多いので、4泊しても飽きることはなさそう

今日は宿周辺のエリアであるサン・ポーロ地区を最初に攻めよう。鉄道駅とリアルト橋とにはさまれたエリアで、観光客もいるけれど地元の人たちの多い割と庶民的なところ。ここで行くべき筆頭は、昨日パスしてしまったサンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂 Basilica di Santa Maria Gloriosa dei Frari。朝一番の(もう10時だけど)新鮮な気持ちで、ティツィアーノの祭壇画に逢いに行くのだ!

>> やはり私は自著の『色の辞典』の「画家の名を冠した色名」で "ティツィアーノ・レッド" という色について書いた。パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂で "ジョット・ブルー" をこの目で見ると同時に、聖母の衣の赤色もしっかり確認したかったのだ。

もちろんこの教会にはティツィアーノ作品だけでなく、ルネサンス期の傑作が美術館並みに揃っているので、訪れる価値は十分すぎるほど。

ヴェネツィアの教会はいちいち3〜5ユーロほどの拝観料がかかるけれど、Chorus(コールス)という団体に加盟している17の教会には€12の共通券「Chorus pass」がある。かなりお得。フラーリ聖堂も加盟教会のひとつなので、パスを買って、スタンプラリーのように回ってみようと思う。教会内の料金ブースにはパスの料金表示はなかったけれど、コールスパスが欲しいと言えばちゃんと出してくれる。一緒にくれる大判の地図がまた優れもので、B&Bで貰ったものよりも、観光局で貰ったものよりも断然見やすい。これはありがたいわ。

広い聖堂の中ほどまで進むと美しい装飾の聖歌隊席があり、正面に目的の祭壇画が見えている。高さ7mもある壁画と聖歌隊席仕切りのアーチとかぴったりカーブが重なるように計算されているのも素晴らしい。あ〜もうワクワクだわ

聖歌隊席には入らずに、側廊のティツィアーノ作『ペーザロの祭壇画』に寄り道。鮮やかな色彩、聖母子とひざまずく寄進者と斜め方向に配置し、旗竿で空を三角形に切り取って見せるのは、当時はかなり斬新な構図だったように思う。この頃の若きティツィアーノの筆がたまらなく好きなのよね……

豪華で繊細な彫刻で飾られた聖歌隊席の障壁。丹念に丁寧に見ていく

フラーリ聖堂は外観から感じた以上に広く大きな空間だった。ゴシック建築特有の高いヴォールト天井が美しい。聖歌隊席のアーチ越しに目当ての祭壇画が見えているにも関わらず、一直線に向かわずにわざとうろうろ寄り道したり途中で引っかかったりしているのは、対面する気持ちを盛り上げているからに他ならない。そんなふうに勿体つけながら、いよいよ主祭壇へ。うー、わくわく、わくわく……ん? あれ? 何だか赤い色が思っていたよりくすんでいるような……全体に色が沈んでいるような……こんなもん? もっと輝くような赤を想像していたのに? あっ! がーーーーん! こ、これは!!

外側の障壁に精緻な彫刻の施されていた聖歌隊席の内側は金ぴかだった。木彫の肘掛けもとても繊細で美しい。ヴェネツィアで唯一オリジナルの姿を保っているそう

この教会の目玉の至宝である『聖母被昇天』の祭壇画は修復中らしく、布にプリントされたものだった!!! プリントとしては再現度の高いものだし、祭壇の雰囲気を保っているので遠目には気づかないし、近くても意識して見ないとわからない人も多いと思う。だけど「本物の色」を見に来た私は大ショックだ

この祭壇画に逢うためにパンパンに膨らませていた期待が「ぷしゅ〜〜」と音立てて抜けていくのが聞こえたような気がした。膝から崩れ落ちそうになる感覚ってこういうこと。ショックが大きくて、しばらく身体が立て直せない。よろよろと祭壇正面の椅子にへたり込み、恨めしい思いで祭壇を見上げる。どれだけ凝視しても睨みつけてもこれはプリントされた布だ。悔しい、悲しいよお(T^T)
しばし呆然としていたけれど、気を取り直して、とりあえず色のことだけは横に置いてきっちりと作品を見なくちゃ。ダイミックな躍動感、ドラマチックでいて斬新な構図、彩度と明度の織りなす陰影、まるで若武者のようにキリリと凛々しい表情のマリア……若きティツィアーノの筆の素晴らしさはプリントであってもしっかり伝わる。昨日見たティントレットもドラマチックな描写だったけれど、彼のものは演出効果で迫力を出す劇場型で、ティツィアーノのものは特撮映画のようなスペクタクルな感じがする。私個人の感想だけどね。あー、ホントに「本物の色」で見たかったなあ……

まあ、ないものは仕方ない、次行こう次! ここにはまだまだ素晴らしい美術品がたくさんあるのだ。

主祭壇の右の小さな礼拝堂には、ドナテッロの『洗礼者聖ヨハネ』の木彫像がある。下段真ん中のものがそう。像そのものが地味で小さくて、祭壇や仕切り扉の装飾のほうがよっぽど華美で、おまけに距離も遠くてよく見えない

一番左のベルナルド礼拝堂には『祝福を与える聖マルコ』の多翼祭壇画。小さなものだけどステンドグラスがあるのはいかにもゴシック教会ならでは

さらに右の小部屋は聖具室で、ベッリーニが聖母子と諸聖人を描いた『フラーリの祭壇画』。意志の強そうなティツィアーノのマリアに比べ、こちらのマリアの表情はとても静謐で理知的

別室の小部屋には3つの祭壇が並んでいて、一番右のものがケタ違いに豪華絢爛だった。黄金でぴかぴかしているところに一瞬目がいくけれど、私はレリーフがとても美しいと思った

左にキリストの磔刑、右に十字架降下、そして祭壇下部にはピエタ。日本のガイドブックには一行も書かれていないけれど、このピエタからは哀しみが滲み出ているようだわ

聖歌隊席の障壁を背に入口側を振り返り、聖堂の広さをしみじみ味わった。左側面にはティツィアーノへの記念碑があり、被昇天の聖母をモチーフにしたレリーフがあしらわれていた

派手さはないけれど、煉瓦の赤い壁に白い扉装飾や窓枠や彫像がスパイスのように映えている

『聖母被昇天』だけは残念だったけれど、フラーリ聖堂はトータルでちゃんと素晴らしく、堪能したので満足。まあ、完璧ではない方が「またここに訪れる機会があるかもな」って期待が持てていいかも。実際、10年20年越しで私はいくつか雪辱を果たしているし。

さらにサン・ポーロ地区を奥へ奥へ、カナル・グランデに抜けるまで

さあ、コールス加盟教会を攻めていこう。パスは1年間有効だけど、私に持たされた期間は3日間だけ。加盟教会はヴァネツィア中に散らばってて、ポツンと離れているところもあるし、昼休みを2〜3時間とるところもあったり、17時頃には閉まっちゃったりするので、果たしてどこまで回れるものかしら? フラーリ教会前の運河縁に腰掛けて、パスと一緒に貰った地図にマーキングし、GoogleMapにもポインティングし、手帳にオープン時間を書いてルートを検討する。とりあえずは水上バスは使わずに徒歩でサン・ポール地区内を回ろう。

フラーリ聖堂から東に200mほどでだだっ広いサン・ポーロ広場 Campo San Polo に。この広場の片隅にサン・ポーロ教会 Chiesa Rettoriale di San Polo がある。広場の規模の割には教会はそれほど大きくはなく、堂々ともしていない。

カフェや屋台も何もなく、すかーんと広いサン・ポーロ広場はヴェネツィアで2番目に大きいそう。え? サン・マルコ広場の次ってこと?

広場の端っこにサン・ポーロ教会がある

この教会で見るべきものは教会本体ではなく、初期の礼拝堂から運ばれてきたというティントレットやティエポロ作品だった。祭壇画や壁画や天井画として堂内の装飾に組み込まれているのではなく、奥に別室の展示スペースが設えられている。ティントレットの『最後の晩餐』なんて、料金徴収ブース裏側の壁という虐げられた場所に架けてあった。すごく見づらい角度だし、窓から直射日光浴びてるのは、このティントレットにはあまり価値がないと見なされているのかしら?

カーテンで区切った別室で繰り広げられているのはティエポロ父子の競演だ。素っ気ない四角い部屋にただ絵が並んでいるだけだけど、絵そのものをじっくり見るには適している。キリストがゴルゴダの丘で磔刑になるまでの道程を14枚の油絵で綴った『十字架の道行き』は弱冠20歳の息子の描いたもの。天井画は父親の作品。息子が一躍世に認められた作品をお父さんは援護したってことね。

天井はヴェネツィアの教会に多くある木製の竜骨式。堂内は暗くて、天蓋や梁や壁の装飾もずいぶん剥落している。右側の祭壇画はかろうじて残ってて、梁にもレリーフがわずかに……。

ヴェネツィアに3つあるというティントレットの『最後の晩餐』のうちひとつ。彼の作風が劇的で躍動感あるというのは認識したけれど、これもまさしくそうで、宗教的な荘厳さを感じるよりは「酒席での乱闘をキリストが懸命に鎮めている図」のように見えてしまう

お父さんの方のティエポロが描く天井画には軽やかな華やぎがある

息子の方のティエポロの『十字架の道行の14留』は若い生硬さと力強い勢いを感じる。フィレンツェのルネサンス絵画に比べ、色が艶やかで描写が素直で "わかりやすい絵" になっているのがヴェネツィア・ルネサンスの特徴だと思うな

ティエポロ親子作品を展示した小部屋には外に向けて小さな窓があった。半分だけ開けられて5月の心地よい風が吹き込んでくる。窓の外を行き交う人たちも増えてきて、こんな静謐で厳粛な空間に賑やかな話し声や笑い声などが入ってくるのが不思議なくらい。

サン・ポーロ教会を出て、昨日と同じように北上してサン・ジャコモ・デローリオ広場 Campo S. Giacomo dell'Orio まで歩く。昨日バーカロ初体験をしたプロセッコの美味しい店のあるだだっ広い広場だ。まだギリギリ午前中なのでサッカーに興じる子供たちはいないけれど。

朝のピリッとしない空は何だったの?というくらいにスッキリ青空になって、強い初夏の陽射しが降りそそぐ。日も高くなって汗ばむくらいの気温になってきた。広場に点在する赤く塗られたベンチがお洒落〜

今日の目的はヴェネツィアに残るものの中でも古い部類だというサン・ジャコモ・デローリオ教会 Church of San Giacomo dall'Orio。教会の建物はすぐ見つかるものの、入口が広場に向いていないのでわかりにい。それらしい扉には「入口はあっち」と雑に書きなぐった貼紙があり、矢印に従っていくとまるで通用口みたいな地味な入口があった。ファサードもあまりにも地味で、すぐ運河が迫ってスペースも狭かったので、外観写真は撮ってなかった模様。

外観は簡素な教会だけど、内部は小さいながらも重厚な雰囲気だ。木製天井はカーブを描く船底のような竜骨式。大理石の柱頭で身廊が区切られているのもちょっと珍しい気が

木製天井の十字が交差する部分に留め金のよう丸いプレートが。描かれている聖人は聖ジャコモさんかしら?

十字架のかけられた主祭壇としてはささやか過ぎる中央には、ロレンツォ・ロットの『聖母と聖人』。小さな作品だけど、右下で十字架を支える聖人の衣が輝くように艶やかで美しい赤色をしている。ああ、この赤色をティツィアーノで見たかった〜ッ!

主祭壇よりよほど豪華な装飾の施された礼拝堂に掲げられるのはピットーニの『聖母子像』。クーポラ部の壁画も装飾も色彩豊かで美しい!

コールスパスで入る特典として、教会内にある数々の美術品の詳細ガイドを貸してもらえる。パンフレットを貰えるわけではなくて「貸してもらえる」なんだけど、実はパンフって貰っても後でちゃんと見返すこと少ないもんね。 貸してくれるガイドはA4サイズで両面パウチ加工されて数ヶ国語分が取り揃えてある。パスをチェックされると同時にまず使用言語を尋ねられる。日本語はないので英語バージョンを借りるしかないけどさ。
加盟教会すべて共通フォーマットで作られていて、片面の上3分の1にそこでのイチ推し作品の拡大写真が入っている。その下にある概略の説明文は、Google翻訳にかけてなんとかおおまかに理解できる。裏面には番号をふった堂内の見取り図があって、画家名・作品名・簡単なキャプションなどが一覧になっていて、これが実にありがたい。「これは○○の描いた▽△、あー、こっちが○□かあ! ん? □△があるの? どこどこ?」などとひとつひとつ見ていると20分くらいはすぐ過ぎてしまう。

>> このロレンツォの聖母子像で使われている赤色が、インドから輸入された酸化鉄の赤で作られる顔料の色で、いわゆるヴェネツィアンレッドとかインディアンレッドと称されるものだ。海洋国で商人の国ヴェネツィアの港には絵の具の材料となる品物が世界各国からいち早く届き、力のある画家や金持ちのパトロンはこうした高い顔料をふんだんに使えた。湿気の多いヴェネチィアではフレスコ技法は向かず、油絵やテンペラ画で描かれたため発色がよく、時間の経過による剥落などの劣化もしにくかった。またフィレンツェ派の画家たちがデッサンや緻密な画面構成や宗教様式を重視したのに対し、ヴェネツィア派では宗教画の厳格な様式に囚われずに自由な解釈で描写する傾向があった。そんなことでヴェネツィア派の絵画作品からは明るく鮮やかでのびのびした空気を感じるのかも

教会の外に出ると同時に12時の鐘が鳴り始めた。昨日はここからリアルト方面に行ったけど、今日は鉄道駅の方に向かう。直線距離で200mくらいしか離れてないけれど、すぐ目の前でも運河に阻まれるヴェネツィアでは、意外なところがショートカットできたり回り道しなくちゃならなかったりで一概に距離だけでは測れないところがあるけどね。

そろそろヴェネツィアならではのヴァポレットに乗ろう

カナル・グランデに架かる3つめの橋スカルツィ橋 Ponte degli Scalzi を渡れば、そこはヴェネツィア・サンタ・ルチア駅 Stazione di Venezia Santa Lucia で、私は過去3度ともここからヴェネツィア入りしていた。現代的で素っ気ない駅舎を出てすぐ目の前にはいきなり大運河が現われ、たくさんの人と船との喧噪の中で呆然としたのだった。20年以上経っても、ヴェネツィアの玄関口周辺の混沌は相変わらずで、いや、よりカオス度を増したかも。

ここからは徒歩のみならずヴァポレットをうまく使って本島内や本島以外の島を巡ろうと思う。ヴェネツィアならではの公共交通機関である水上バスは移動だけにとどまらずクルーズ気分も味わえて、旅情を高めるには欠かせないアイテムなので過去も何度も使った。でも、20年以上経つうちにこのヴァポレットに重大な変化が起きたのだ。それは料金! いちいち人力で接岸する人件費や維持費などで他の町の普通の市内バスよりは多少割高なのはわかる。以前も1.5倍程度の値段はしてた。でも、今はなんと75分有効の1回券が€7.50というから驚愕でしかない。市内バス相当の料金が一回940円! ほぼ1000円ですよ、1000円! 在住民は割引が適用されているとのことだけど、ここまで強気の高値をふっかけても観光客は溢れかえっているわけで、オーバーツーリズム問題がかなり深刻であることが窺えた。京都市バスの混雑や道路渋滞なんかも住民は困ってるっていうもんなあ。

カナル・グランデ内で2〜3駅の移動に高い一回券買うのはバカバカしいけれど、数十分かかる離島への料金もすべて共通だ。24時間券は€20で、48時間や72時間券、一週間券などもあるので、他島もいくつか巡ろうと思っている私はうまく使い倒そうと思ってるの。島には明日行くことにして最終日の午後は徒歩にすればいいと€30の48時間券を券売機で買おうとして、間違えて72時間券のボタンを押してしまった。うわぁ、€40かあ……! 5000円かよ。まあ、いいや、それならそれで、ガンガンに乗り倒してやる!

ジュデッカ島に渡り、パッラーディオの教会へ

まずは短い滞在では通ることのなかった東の外側から回り込んでザッテレ岸まで行ってやろうじゃないの、と4.1番のヴァポレットに乗った。駅に着いたほとんどの観光客は最初にカナル・グランデ内各駅の1番で満員すし詰めになるけど、反対回りになるので座って対面の窓からの景色も見える程度の混み具合で快適だわ。駅を出てすぐ、カナル・グランデに架かる4つめの橋コスティトゥツィオーネ橋 Ponte della Costituzione の下をくぐる。鉄道駅とバスやトラムが発着し巨大駐車場のあるローマ広場とを陸路で繋いでいる。大きな荷物を持って移動する可能性の多い2ヶ所なのに、長年ぐる〜〜〜っと遠回りせざるをえなかったのがぐっとスムーズになったわけ。

2008年に新たに造られたガラスと鉄骨の超モダンなデザインのコスティトゥツィオーネ橋。ヴェネツィアの景観に合わないとかどうとかもめたそうで、完成後も構造上の問題やら建築費未払いやら、いろいろすったもんだが進行中らしい。床はガラスで、スロープではなくよりによってステップになっていて、観光客たちがキャスターつきの荷物を転がすので縁が欠けたり破損したりばかりらしい。致し方ない場所柄なんだって想像つくだろうに、なぜわざわざガラスのステップにしたのか疑問だわ

東西に長いジュデッカ島の西端部に近づいていく

レデントーレ教会前から本島側の眺め。ヴェネツィア・ビエンナーレの広告のラッピング・ヴァポレットがやってきた

東側には大型客船の入港するドックなどがあり、沿岸にも目を引く特徴的な建物はない。途中で2つ3つに停まった後、どんどん本島から離れてジュデッカ運河のの中央へと進んでいく。あれ?あれれ?と思っているとジュデッカ島の西端のヴァポレット駅に停まった。そうか、本島側とジュデッカ島とを交互にジグザグ停まっていくのね……と思ったけれど、ずっとジュデッカ島に沿ったままで走>る。どうやら私は路線案内板にあった Zattere(ザッテレ)とジュデッカ島の最東端の Zitelle(ジテッレ)を間違えたらしかった。どのみちジュデッカ島にも渡るつもりだったんだから、それが今でもいいよね! ということで、運河に面したレデントーレ教会 Chiesa del Santissimo Redentore の前でヴァポレットから降りた。臨機応変にいかねば。

ペスト終結の祈願としてジュデッカ島にパッラーディオの設計で建てられたレデントーレ教会。これを別の日に撮った中から遠くに見えているものをトリミングした。運河越しでなら身廊奥の大きなドーム屋根もちゃんと見える。そういえば、バッサーノ・デル・グラッパの古い木橋もパッラーディオの建造物だったっけ……

堂内はコリント式の柱が連続していて、天井画などもなく真っ白。そのせいでとても明るくスッキリ感じる

教会のファサードはちょっとローマのパンテオンを彷彿させる神殿のような造りで、白い大理石が運河の青さに映えている。それは水上から近づいていく過程でようやくそう感じるられるもの。対岸からでは遠すぎて教会の造りはよくわからないし、実際に前に立つと正面の大階段の上から威風堂々と見下ろす神殿のような神々しさに圧倒されてしまう。なんせ教会の前には運河沿いプロムナード分のスペースしかないので、全景が見られる位置まで下がず、のけぞるように仰ぎ見るしかないんだもの。当然、後陣側にドームがあることなんて全然わからない。

内部は真っ白。天井が真っ白に塗られていることで、元々広い空間が限りなく広く高く見える。特にドーム屋根の下に立つとその高さがとんでもない。それまで過剰なほどに絢爛に装飾された教会を見た後だと味気ないくらいに思えてしまうわ。最初はいっさいの絵画などないように見えたけれど、ティントレットなどの作品が柱で区切られた身廊側にあった。

興味深かったのは聖具室。祭壇の右に小部屋があり、「→Sacrestia」と書かれた先に秘密の通路のようなものが見えている。Sacrestia ってなんじゃらほい?とGoogle先生に尋ねたら「聖器部屋」と出たので、じゃあ立ち入り禁止とか関係者のみというわけではないのね、と恐る恐る進んでみたわけ。ぐるっと弧を描いて主祭壇裏側に回り込むと、10畳ほどの小部屋に続いていた。ここに7〜8人の女性たちがいて、どうやらガイドツアーのような感じで、私がひっそりと入り込んでも気に留める様子はない。
私はというと足を踏み入れるなり一瞬でギョっとした。教会の聖具室って儀式用の道具とか祭服とか、たいていはそういうものでしょ? ここには使徒なのか修道士なのかはわからないけれど12人の首像が……それは石の彫像やブロンズではなく、なんとなんと蝋人形なのよ! 髪や髭も本物が植えられている。ひとつひとつガラスケースに収められて2方向の棚にぐるっと並べてある。一瞬、生首の標本かと思ってしまうくらいにリアル。ガイドツアーの彼女たちがいなかったら、不気味すぎてひとりでここにはいられなかったかもしれない。いや、ガイドツアーがいたから通路が開いてて入ってこられたのかも……? 撮影は不可だった。カメラに手をかけた途端、部屋にいた彼女たちに一斉に「Nooooooo!!!」と叫ばれたので、素直にごめんなさいして出てきた。でも、貴重なものを見たと思うわ。

運河沿いのオステリアで優雅にランチ

レデントーレ教会を出ると、初夏の強く明るい陽射しが眩しい。青い空を映した運河の色も明るく鮮やかなエメラルドがかった青。ただ陽射しは強くても水上を渡る風は涼やかで気持ちいい。しばらく運河沿いのプロムナードをぷらぷら歩いた。なんかお腹空いてきたなあ、と時計を見るともう13時半。ああ、運河を望みながらのランチにしようかな。本島よりゆったりできるかも……?

ゆっくり食事すると決めたならちゃんとテーブルでサーブしてもらってきちんと食べよう。ジュデッカ島の飲食店はリサーチしてなかったので、適当に嗅覚で《Ostaria Ae Botti》という店に入った。運河のすぐ際に置かれた席に座る。

運河の際ぎりぎりで本島を眺めながらのランチ。このロケーションで、さらにはちゃんとテーブルクロスのかかった席で食事したのでやや高めについちゃった……まあ、仕方ないな

イカスミのスパゲッティと付け合せに野菜のグリル。イカスミソースは甘過ぎずしょっぱ過ぎず、パスタはアルデンテ、野菜も歯ごたえがちゃんとあってこれがとても美味しかった!

ジュデッカ島側からの本島の眺め。真ん中右寄りにサンタ・マリア・デル・ロザリオ教会 Chiesa Santa Maria del Rosario。左寄りの橋のかかってるあたりがサン・バジリオ埠頭。ここにクロアチアからのフェリーが着いた

昼なので控えめにプロセッコをグラスで、ガス入りの水のボトルは1リットルあった。イカスミは赤黒い焦茶色で「ん?」という感じだったけど、見かけに反して美味しい。赤黒いのはかなりトマト比率が高いからで、オイル漬けのドライトマトも入っているので、イカスミの生臭さがなくて食べやすい。グリル野菜はにんじん、インゲン、パプリカ、茄子。相変わらず日本人にとっては付け合せレベルではない量だけど、野菜がたっぷり食べられるのは嬉しいな。食後のカフェと合わせて€36.40。観光客だらけの本島の店よりは落ち着いてて値段も抑えめなんだろうけど、パスタに付け合せ一品で4000円超えちゃうのは、さすがヴェネツィア………(~.~;) 料理単価もサービスチャージや席料も他の町より高め設定に思うわ。まあ、こういうシチュエーションでの食事は2日にいっぺんくらいにしとこうっと。

下町っぽい雰囲気のカステッロ地区をうろうろ

ジュデッカ島から2番のヴァポレットに乗って、San Marco-San Zaccaria へ。ザッカリア岸からサン・マルコ周辺はちょっとしたラッシュアワー並みの観光客まみれだった。ビビってそちらを見ないようにして、大急ぎで路地奥に逃げ込む。

建物の狭間に洗濯物の万国旗。見るとロープは何本もあって、もっと重層的に干されることもあるのかな。観光客の多いエリアからほんのわずか外れるだけでそこにある普通の生活を感じるのも面白い

サン・マルコ寺院から北東側に奥まった路地を500mほど進むうち、サンタ・マリア・フォルモーザ広場 Campo Santa Maria Formosa に出た。広場は広く開放的でカフェのテラス席や土産物店などで賑わっていて、パラッツォのような建物に囲まれているけれど、どことなく庶民的な雰囲気もある。この広場に面して白亜のサンタ・マリア・フォルモーザ教会 Parrocchia di Santa Maria Formosa がある。今の建物は17世紀頃のものだけど、この教会の起源は7世紀頃で、やっぱりヴェネツィアでも古い部類に入るらしい。

鐘楼の壁面がちょっと独特な感じのサンタ・マリア・フォルモーザ教会

この教会のメイン美術品であるルマ・イル・ヴェッキオの『聖バーバラと聖人の聖母』の多翼祭壇画。明るく華やかな色彩が若かりし頃のティツィアーノ作風を彷彿とさせるなあと思ったら、ティツィアーノの弟子でロレンツォ・ロットのライバルであったとか

天井はさほど高くないものの広く、装飾はあまりされてなくて地味で簡素な雰囲気がする。正方形に近い形状なので主祭壇の方向がわかりづらい

教会の内装は地味だったけど、主祭壇はやはり華やかだった。方向はわかりにくかったけどね。
ひとつひとつの装飾や絵画を本と首っ引きで熱心に見ていた女の子のリュックには何故か小さな鯉のぼりがぶら下がっている。日本旅行のお土産に買ったか貰ったかしたのかな? 誰か日本人からのプレゼント?

サンタ・マリア・フォルモーザ教会からさらに北上して路地を歩く。このあたりは観光客もちらほらいるけれど、下町っぽい生活感が随所にあって、だからかランドマーク的なものがなくて道に迷いやすい。そうやって辿り着いたサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ広場 Campo Santi Giovanni e Paolo 広場では、ここでも学校帰りの小学生たちがサッカーに興じていた。ああ、これはそこに日常生活があるというバロメーターみたいな光景なんだなあ。 このあたりでジェラート休憩でもしたかったのに、ジェラート屋さんで30人くらいの団体が並んで順番に買ってた。これじゃいつになるかわからないので、やめやめ!

サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂 Basilica dei Santi Giovanni e Paolo はコールス加盟教会ではないので€3.50を支払う。軽い気持ちで入ったら想像以上に内部は広くて、写真撮影も禁止なので、一生懸命網膜に焼き付けてメモをとってきた。

ゴシック教会の常で天井は高くちょっと暗めで荘厳な雰囲気。ファサードのバラ窓にはステンドグラスは嵌ってないけれど、ベッリーニの初期の最高傑作という『聖ヴィツェンツォ・フェッレーリの多翼祭壇画』は入ってすぐ右の側廊にあった。若きベッリーニの筆は繊細でちょっと神経質にすら思えるほど。色彩は柔らかだけど表情もポーズも固く冷たい感じがする。

さらに広い堂内へ進むと祭壇右手に聖ドメニコ礼拝堂。側面にはブロンズのような黒い彫刻があって、天井画は一瞬白っぽく見えるけれど、何かキラキラと輝いている。顔料に雲母なんかが混じってるとか? そんな感じの輝き方。もしかすると時間帯のせいもあるかもしれないけれど、全体に堂内が暗くて見づらい。
その横にあるステンドグラスはヴェネツィアにある唯一のものだとかでとても綺麗。なのにとても残念なことに修復のシートが被せられていて、端からちょこっと見えているだけで、だからなおさら堂内が暗い。

一番奥左側にあるロザリオ礼拝堂は、完全にひとつの小さな教会といえるような空間だった。『受胎告知』「聖母被昇天』などの私の浅い知識でもわかる題材の天井画や壁画で彩られているけれど、とにかく暗い。絵はたぶん明るく色鮮やかで華やかなのだろうけど、室内が暗くてよく見えない。どこかにあったのかもしれないコイン式照明が見つけられないほどに暗かった。
立派な門構えをしたマドンナ礼拝堂は内部がまるっと修復中で、絵画だけが別の小部屋に展示してあった。それがまた、もうちょっとどうにかならんのかという適当な部屋で、絵まで貧相に見えちゃう。素晴らしい芸術品の宝庫であり、その芸術品たちを包む素晴らしい堂内装飾なのに、素晴らしい状態で見られないというジレンマが悔しくてならないわ。地味にフラストレーションがたまる結果に終わった。

サン・マルコを中心に東のフラーリ聖堂と対峙するように西に建つサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂は、どちらも赤煉瓦に白い窓枠や縁取りの彫刻が映えた外観をしている。角で隣り合っている白い建物はかつてのスクオーラ・サン・マルコ Scuola Grande di San Marco。今は市民病院になっているとか

広場のすみっこでは、教会の柱のすき間をゴールに見立てて幼稚園児たちがサッカーに興じていた。こんなちっこいのに、なかなか達者なドリブルするのはさすがと言おうか。明らかに足を引っ張ってそうな格別ちっこいのが一人いるけど……

スクオーラ外壁のライオンの彫刻はどことなく情けない顔つきをしている。彩色の名残りのようなものがあるので、かつては色鮮やかだったのかしら

向かいの橋上から真正面に立ってみると、うん、やっぱりフラーリ聖堂とよく似てる。広場は人だらけではあるけれど、午後のゆるゆるした空気感で満たされていて心地いい

ここから200mも離れていないいサンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会 Chiesa di Santa Maria dei Miracoli は16時半で閉まるので間に合わなかった。ゴンドリエーレは客の乗り降り補助ですら格好つけてますねー。いつも被写体にされてますからね(^^)

ベッリーニに導かれてサン・ザッカリア教会へと辿り着く

ろくに休憩もせずにスタンプラリーのように巡っているようだけど、実はひとつの教会に30分以上の時間をかけている。内部の美術品や装飾を近くで見た後、椅子に座って双眼鏡で見回しながら天井画や装飾などをつぶさに眺めるというズボラな方法をとっているので、この時にかなり足腰の休息になってるわけ。エース級の観光スポットには観光客が集中しているけど、わざわざその他の教会にまで来るお金も時間もみんな使わない。かつての私もそうだったので、今回じっくり見ているわけだけどね。だからどこでも数人程度しか人がいなくて、外の喧噪が嘘のように静かでとても落ち着ける空間になっている。同時に水分補給もし、ゆっくりメモをとったり地図を広げて次のルートをシュミレートしたりと、いつもカフェ休憩で行うこともすませている。なので、コーヒーが飲みたいときはバールのカウンターで€1ちょっとのカフェ・マッキャートをキュッといただき、ついでにトイレを借りている。

そんな感じでほぼ一日歩き回ってきたけれど、想像していた以上にサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂は広く大きく内容も充実していた。写真も撮れないし、よく見えないのを一生懸命見ようとしたりして、かなり時間を費やしてしまった。ここは18時まで開いていたので、16時半で閉まるサンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会 Chiesa di Santa Maria dei Miracoli を先に見ておくべきだったと後悔しても先に立たず。残るコールス加盟教会もほとんどが17時までには閉まってしまうので、今日はもう無理。このオープン時間の制約はなかなか厳しいわぁ。

それでは今日の観光フィナーレはカ・ドーロ Ca' d'Oro にしよう、19時頃まで開いてるはずだからと、サン・マルコのヴァポレット乗場まで戻ることにする。サンタ・マリア・フォルモーザ広場を抜け、ゴンドリエたちが客待ちしている橋を渡って南下していく。来た時と同じ細い路地を歩いていたつもりが1本ズレてて、昨日2軒めに寄ったバーカロの前に出てしまった。さらに方向を90度間違えてしまい、サン・ザッカリア広場 Campo San Zaccaria に出てしまう。込み入る路地のすき間にぽこん!とあいたさして広くない広場に、白く美しいサン・ザッカリーア教会 Chiesa di San Zaccaria が面している。ここは12時から16時まで昼休みなので、さっきは立ち寄らなかったんだっけ。で、今は18時まで開いてる。ああ、きっと間違えたんじゃなくて、ここに寄っていきなさいよって導かれたのかもね!

外観は白く可愛らしい教会なのに、中に入ると一瞬真っ黒に感じる。え? あれ? と戸惑ったものの、外の明るさから目が慣れ、教会内の壁面がすべて絵で埋め尽くされているからだと脳が認識するまで10秒ほどかかった。理解すると同時に「はぇ〜〜」と圧倒される。これまでの有料教会内とは比較にならないくらいたくさんの人々が堂内にいることにも気づいた。ここはコールス加盟ではなく無料で入れるから、サン・マルコからも近いので訪れる人もまあまあ多いのね。

ファサードの半円の装飾と下の方のピンクの大理石が可憐で愛らしいサン・ザッカリア教会は、さほど大きくないこともあって清楚で軽やかな雰囲気がある

ベッリーニの取っておきの名作『玉座の聖母と諸聖人』。フィレンツェの "聖母の画家" はラファエロだけど、ヴェネツィア派ではこの人だというのも納得。背景の天蓋や台座の部分などがだまし絵風に描かれているので、とても奥行きを感じる

彫像も美しいけれど、とにかく壁面がすべてさまざまな絵、絵、絵で覆われている。ひときわ華やかな白い祭壇の左側にある『キリスト誕生』の聖母の表情がとても好き

絵画の洪水のような堂内中ほどまで進むと、左側に輝くような赤い色が見え、思わず引き寄せられていく。まずは描かれた衣の赤い色に、続いて描かれている聖母や聖人たちの柔和でいて思索的な穏やかな表情に。特にマリアの慈しみに満ちた眼差しとほのかな笑みに。それが晩年のベッリーニの傑作と言われる『玉座の聖母と諸聖人』だった。あれ? 今さっき彼の初期の傑作というものを見てきたところだよね? で、私は図々しくも、神経質で線が細くて固くて冷たい感じなどという不遜な感想を抱いていたよね? 期せずしてベッリーニの初期と晩期それぞれの最高傑作を連続して見ることになり、私は自分の不遜さにごめんなさいするのだった。この作品には照明がついていて、入れ替わり立ち替わり誰かしらがコインを入れてくれるので、常に明るく輝いている。うん、やっぱりちゃんとベッリーニを見ていけと導かれたんだわ。

サン・ザッカリア教会は一番の見どころのベッリーニ作品までは無料で鑑賞できるけれど、ティントレット作品のある聖具室や、冠水した地下納骨堂、ヴェネツィアでは少ないフレスコ画が残る礼拝堂などが€2の有料ゾーンとなっている。私は目玉のベッリーニの絵に心を持っていかれて満足してしまい、時間もないので有料部分はパスした。もともとヴァポレット乗場に向かうつもりで辿り着いてしまったので時間も足りないのよね。でもよかったぁ。

ヴァポレット1番でカナル・グランデをプチクルーズ

サン・マルコのヴァポレット乗場は観光客たちがあふれていた。特にカナル・グランデを各駅停車する1番は激混みで、待合室に当たる浮き桟橋は次の乗客たちで満杯、通路の外にまで行列がはみ出しているという尋常じゃない状態。日帰りで来ている人たちが駅や駐車場に向かう時間帯なのかな? お揃いの黄色い帽子を被った小学生たちが30人くらいも乗っているせいもあり、満員だからと乗せてもらえなかった。子供たち満載のヴァポレットが離岸しようとする時、行列の後ろから「ちょっとすみません! 通して! 通してくださ〜い!」と女性の叫び声がする。行列をかき分けながら叫ぶ彼女はヴァポレットの手すりに鈴なりになっている黄色い帽子群を指差し、反対の手で同じ帽子の男の子の背中を押している。男の子はというと口をへの字に結んで涙目になってる。あー……迷子になって置いてけぼりくらっちゃったのねー! 微妙にイラつき気味になっていたみんなは瞬時に状況を察し、どよめきの笑いとともに列を割って彼らを通す。「あらあら大変ね」などと笑うおばちゃん、「坊主、間に合ってよかったな」みたいに声をかけるおっさんも。おばちゃんやおっさんが一言言いたがるのは洋の東西を問わない気が(^^;)

10分ほど待って次のヴァポレットに無事乗れた。カナル・グランデを走るのは今回初めて。大運河沿いの建物はどれも麗々しいものばかりなので、やっぱり単なる移動手段だけではないワクワク感があるな。

ヴェネツィア屈指の美人さんな教会サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂も扉はもう閉まっていた。大階段の前では腰掛けたり散策したりと寛ぐ人たち

アカデミア橋をくぐる時もたくさんの人たちに見下ろされる。たぶん写真にも撮られてる

乗り込んでくる人に押しやられて、ちょっと景色が見づらくなってきた。おっちゃん、アップで撮っちゃってごめんなさい

おお、リアルト橋が見えてきた! やっぱり美しいなあ、ヴェネツィアならではの光景だわ

Rialto の2つ先の Ca' d'Oro で下車。カ・ドーロはレース編みのように美しい三層のアーチを持った優美なファサードをカナル・グランデに向けているけれど、陸上側からの入口はわかりにくい。まさか船着場からのびる暗い狭い小道に入口とは思わずにしばらく行ったり来たりしてしまった。ようやく辿り着いて切符を買おうとすると今日はもうクローズだと断られた。18時半までは入場できるはずなのに、まだ20分なんですが。まあ、入れてもらえないもんはしかたないかあ……ということは、今日の観光はこれでエンドということね。

さあ、じゃあ何か軽く飲んだりつまんだりしようかな? カ・ドーロの裏手に当たる通りにはお手軽なファストフードやカフェのような店、ブテッィクなどが賑やかに並んでいる。でも、ハンバーガーみたいなものでお腹を満たすのもつまらないなあ、さらに1本裏手には地元御用達バーカロなどもあるようだけど、どうしようかなあ……。リストアップしておいた老舗バーカロに行くと、予約でいっぱいだと言われてしまった。もしかしてそれはテーブル席のことでバンコ(カウンター)なら問題なかったように思ったけど、まあいいや。

バールでビールに蟹サンド、のち酒屋で角打ち?

なんとなく店を物色しつつ、たぶんリアルト橋の手前あたりまでずいぶん歩いてきたと思う。ごちゃごちゃとさまざまな店が並ぶ狭く入り組んだ路地にいかにも昔ながらの店構えをした1軒のバールに何故かピン!ときた。店名は《Tiziano》。えー「ティツィアーノ」だよ? なんか、いいじゃん! ということで、入ってみた。実は膀胱が限界になっていて、トイレ借りついでに小腹満たししたかったのね(^^;)

バーカロではなくバールなので、カウンターのガラスケースにはパニーノなんかもいっぱい。ヴェネツィアではトラメッツィーノと呼ばれるサンドイッチの種類が豊富だった。薄い食パンに具をはさんで耳を落として三角に切ったもので、つまり日本ではお馴染みの三角サンドのこと。日本の三角のものよりパンのサイズは小さく、中の具の量は5倍以上。あ、これ食べてみたかったの! 1個€1.50前後の安い気軽なものだけど、席に座ると2倍近くの値段になる。私の隣にはビジネスバッグにネクタイの男性が仕事帰りのビール一杯、反対側の隣には赤ら顔のおっちゃんがワイングラス片手にカウンターの内と外でお喋り中、さらにその隣では買い物袋を下げたマダムが小さなお菓子とカフェ。なので私もそんな彼らに混じって立ったままパクパクっと食べちゃうことにした。

隣のビジネスマンがビールをぐいーーーっと飲んでいたので、思わず私もビールを注文してしまった。トイレ行きたいのにまたビール飲んでどうするんだよって感じだけど、喉乾いてたんだもん。ビールと合わせて€4.50。トイレもすませて人心地がついた。

全然お洒落なところのない普通のバールだったけど、店名の「ティツィアーノ」につい惹かれて……。場所柄かすごく混んでいた

ツナとか小エビとかハムとかいろいろあったけど、蟹と茹で卵とマヨネーズを選んだ。パンがちょっと乾いちゃってるのは残念だったけど、とにかく具がぎゅうぎゅうに詰まっててちゃんと美味しいので、結構お腹も心も満たされる

今晩は軽くすませるつもりだけど、さすがにこんな小さなサンドイッチとビール1杯では物足りないので、もう一軒行こう。なんだか立ち飲み立ち食いすることの抵抗感がどんどん削ぎ落ちてきたような気がするわ。それなら気になっていた "あの店" に行ってみよう! すぐさまヴァポレット乗場に直行し、アカデミア橋まで移動する。

気になっていた《Cantine del Vino gia Schiavi》という店はアカデミア地区の端っこの方のジュデッカ運河にぶつかる手前にぽつんとある。Cantine del Vino とあるようにバーカロではなくてワインの酒屋さん。酒屋なんだけど、おつまみの種類が豊富で安くて美味しいと評判らしい。いわゆる「角打ち」ってやつね、女性ひとりにはバーカロより敷居が高そうな感じよね。実は昨日も近くを通りかかったのだけど、店外にあふれる客たちに恐れをなしてしまったのだ。でも、今日は度胸もついてグイグイいけそう。
もともとワインを買いに来た地元のお客さんがここで飲みたいというのでつまみを作ってあげて、美味しいっていうんで種類が増えていって、観光客には口コミで隠れ家的に人気になって、時々メディアでも取り上げられるようにもなったという経緯の店。観光客の集まる中心部からはめちゃくちゃ外れてるし、アカデミア橋やアカデミア美術館からは近いけれど、普通はこちら側まで足はのばさないと思う。基本的には地元の生活のある静かなエリアなのだ。だから閉店時間も20時半と早い。

店の前まで来たのは20時少し前。外の道にはたくさんの人人人……みーんな紙皿とプラカップを手に呑み喰いしている。学生風の若い子たちが多いけど中高年の観光客夫婦などもぽちぽち。昨日はここでビビったけど、今日はくじけない。その店内にも人人人……ガラスのショーケースに群がる人、会計する人、飲物や食べ物を持って移動する人、商品棚の間で呑み喰いする人などで、ぎゅうぎゅうとカオス状態。まずはここのシステムとチケッティの種類を把握せねば。

狭い運河沿いの普通の生活圏のような場所にある酒屋。間口一間の小さな店で、道にあふれた客たちがずっと向こうまで延々と連なっている。驚きなのは、写真には写っていない店の左側にも右側と同じくらいの客の連なりがあるってこと。凄まじいまでの人気店!

チケッティの数々から選んだ4種。小エビとタマネギ、モルタデッラ(日本ではボローニアソーセージと呼んでいるものの厚切り)とハラペーニョ、酢漬け小タマネギとサーディン、マヨ卵に食べられる花を飾ったもの。ワインと合わせて€7! 安い!! もちろん美味しい!!!

私を手招きしてくれたイタリア版・三匹のおっさんは真っ赤っかでもうだいぶ出来上がってる。きっと毎日来てるんだろうなあ……

人のすき間からガラスケースの中身を覗き込むと、思った以上におつまみの種類は多くて、それがみんな美味しそうで迷う迷う。
選んでるふりして観察してみると、特に順番待ちの列にならずとも決まったら注文しても構わないみたい。なのでフッと顔をあげて目があったお兄さんに注文する。店内のカオス状態にテンパってしまい、2つくらいにとどめておくつもりが「コレとソレ、あとコレ、あっコレも!」と4つも頼んでしまった。ありがちよね。
でっぷり太ったマンマが黙々とペーストのようなものをバゲットに塗っている。お店の人たちはこんな阿鼻叫喚の中でも礼儀正しく接客しているのが印象的だった。

ワインはハウスワインの赤。店内で食べると言うとちゃんとグラスに注いでくれるけど、おつまみは紙皿だし、立ち飲みであることには変わりない。椅子がないのは構わないけど、カウンターすらない、台もない、商品棚も先客でびっしり埋まってる。グラスと紙皿を持ってウロウロしていたら、常連らしきの地元のおっさんが「こっちこっち」と手招きしてくれた。店内の奥の半分倉庫のようなエリアで、さらに奥にも倉庫が続いてる。ここには梱包などに使うのか台があってテーブル代わりに使えた。助かったぁ〜!

日中は晴れても、朝方と夕方は雲が増えるみたい。季節的なものなのかな?

雲が増えてしまって、夕焼けになるほど綺麗な日没とはいかなかったけれど、運河が風情を盛り上げてくれる

ほろ酔いで気分よくアカデミア地区を歩き回り、薄暮から黄昏、宵闇へと移っていくヴェネツィアの光景を楽しんだ。30分ほどの時間を適当にぐるぐる巡り、大回りして部屋まで帰った時にはとっぷり暮れていた。

それにしても私のおひとりさまスキルはずいぶん上がったような気がする。オバちゃんとはいえ女性一人旅だからそれなりに注意は払うけど、でもまたハードルがひとつ越えられた気分。ひとつ言えることは、まだ2日目だけど「バーカロ巡りは楽しい!」ということ。

本日の歩数は28693歩! 今回の最高歩数となったけれど30000歩超えはならず。明日はムラーノ島やブラーノ島に遠出する予定なので、早寝しなくちゃ。もちろん早朝散歩もしたいしね。




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