やったあ! ばっちり完治したゾ !!(多分)

夜中に中断されることなくぐっすり眠り、すっきり目覚めた。ああ、久しぶりだあ、この感じ。就寝直前の大量ケーキ摂取による胃もたれもしっかり消化されサッパリ空腹状態。ホントーに「今日から元気になった」という感覚があるのだ。昨日までは切れかけた電池で騙し騙し身体を動かしていたけれど、今日は新品電池に入れ替えてもらえました!っていうような、そんな感じ。窓から見下ろした駅前広場はうっすらではあるが雪化粧していた。ほんのり青みを帯び始めた夜空の下、ところどころ点在するオレンジ色の街灯、雪を被った樹々と三角屋根のマルシェ小屋……うーん、綺麗だわぁ。

窓の外は雪化粧した夜明け直前の駅前広場。電飾は消されてしまってるけれどほんのり明るく感じられるものなのね

今日は移動日なので、ストラスブールで過ごす時間は午前中しかない。一昨日の火曜にはことどとく休館だった美術館や博物館、今日は開館日だけど12時オープンなので結局無理。でもイル川の遊覧船には乗れるかも。朝一番の9時半の船目指して早め早めに動きましょ。とっとと支度してさっさと朝ごはん食べちゃおう。

毎朝身支度しながら同じTV番組を見ている。日本の朝のようにどのチャンネルでも似たりよったりの番組が金太郎飴のように続くわけではなく、朝からアニメばっかりとか映画やってたりとかヘビーなドキュメンタリーやってたり、いろいろあるようだ。ワイドショーのような番組なのだが、日本の朝のそれよりはだいぶ硬派な印象。メインの男性キャスターとサブ的な女性キャスターがニュースを伝え、コメントをもらっていたり、映画や音楽などを紹介したり、ゲストを呼んでミニインタビューしていたりする番組構成。わずか数日でも毎日見ているとそれはそれで妙に馴染んでくるもので、つい「ボンジュー! 今日もよろしくぅ♪」などと挨拶してしまう。画面の一部に時計が表示されているのも、15分ごとに天気予報を流してくれるのも、旅行者には都合がいい。

ウェザー・キャスターは「お天気オバチャン」と呼びたい庶民的雰囲気バリバリの方。天気予報の地図区分はとても大雑把で、フランス地図の中に地方ごとの区分線はおろか地名すら入っておらず、だいたいの場所でザックリ判断するしかなさそう。パリ周辺に雪だるまのアイコンがある。その近辺に黄色い三角にバッテンのついた通行止めみたいな印がいくつかついているのが気になった。気温も-6℃などと表示される。また大渋滞した高速道路のようなところに凄い勢いでガンガン雪の降る映像も流れた。早口のフランス語なんで全然わからないんだけど、どこかで凄い雪なわけ?

>> 後日知ったのだが、私たちがパリを離れてからパリ近辺含むフランス北部に大寒波が襲来、大雪となり、昨日12月8日はCDG空港は閉鎖されるわエッフェル塔も閉鎖されるわ高速道路は雪で埋まって進まないわ……とエライことになってたらしい。なのに、本当はパリよりずっと寒いはずのアルザス地方はむしろ暖かかったわけだ。といっても最高気温2℃なんだが。この地方のこの季節としては異例なわけで、だから雪にならず雨降っちゃったりしたのだ

パリは雪のようだが、アルザス地方周辺と午後に向かうナンシー近辺には雲のアイコンしか出ていない。温度は昨日よりはちょっと低いみたいだが。
朝食ルームの大型モニタではドキュメンタリー専門の番組を流していて、北朝鮮による韓国・大延坪島砲撃に関してかなり時間を割いている。個人的には同時期に起きた市川海老蔵暴行事件の行く末が気になるところだったんだけどね(笑)。

ちょうどランチの時間帯に移動することになるので、朝ごはんはがっつりしっかり食べておく。普段滅多にパンを食べないヒナコはクロワッサンやショコラ系のデニッシュがお気に入りだが、私は今日もシンプルにバゲット+バターで攻める。朝焼いたものなのかな、本当に美味しい。卵やハムチーズ類も一応つまんではいるが、バターだけでも十分満足するのだ。「薪で炊いたつやぴかの銀シャリを極上の香の物で食べる」などと共通する感覚じゃないだろうか。

ヒナコがもたもた果物まで食べ終わるのを待っていると恐ろしく時間のロスになってしまうので、申し訳ないけどオレンジとキウイとリンゴ1個ずつ持ち帰らせてもらう。

小雪舞う朝のストラスブール

9時前にチェックアウトし、クロークでスーツケースを預かってもらった。駅の真正面のホテルというのはこういう時に便利ね。
外に出ると頬にひんやりと冷気を感じた。昨日までに比べてだいぶ空気が冷たい。それでも大寒波というほどではないし、雪だって薄く粉を振ったようで、積もるとか被るとかというレベルですらない。足元不如意のヒナコ連れの身としては、ラッキーとしか言いようがない。今は雨も雪も降っていないが、空は重そうな濃い灰色の雲が低く、いつパラついてきてもおかしくない感じ。

駅前広場隅の乗り場からトラムのCラインで中心部へ向かう。ハブの Homme de Fer でAラインかDラインに乗り換えなくてはならないが、国鉄駅深くの乗り場までエスカレーター乗り継いで降りていくより結果的にかなり早いのだ。これは昨日学習したこと。

乗り換えて一つ目の Langstross Gran Rue でトラムを降り、アルバルド通り Rue Hallebardes からカテドラル広場 Place de la Cathédrale に出て、マロカン通り Rue du Maroquin という小径を抜け、遊覧船の船着場へ急ぐ。道筋の建物の飾りつけに一番リキが入っている、目に麗しいルートだ。マルシェの屋台小屋がまだオープンしていない時刻のせいか、平日ということもあるのか、天候のせいもあるのか、街を歩く観光客の姿は疎ら。小径の突き当たりには運河に降りる階段があるのだが、なんと一昨日よりさらに水位は上昇していて階段まるごと水没していた。運河沿いの気持ちのよい遊歩道もすっぽり水の中、遊覧船は今日も運航中止なのは確かめるまでもない。そもそも中止の貼り紙を見に船着場に近寄ることがまず出来ない。

道の先はいきなり水面! 運河沿いの散歩道とそこに下りる階段とが全部水没していた

さあ、美術館関連も遊覧船もアウトだけどどうしようかなあ? ふわふわと小雪も時折舞ってきた。マルシェの屋台が開いてたくさんの人々で華やかに賑わうストラスブールも素敵だけど、雪の舞う静かなストラスブールも寒いけれど雰囲気は満点だ。さまざまに趣向を凝らしたノエルのデコレーションだってじっくり見られる。よーし午前中いっぱいとりとめもなく街の中を歩いてみましょ!

小径のマロカン通りに連なる店は、ブラッスリーやワイン居酒屋(Winstub)が多く、この時間はまだ扉を閉ざしているが、ノエルのデコレーションはほとんど独り占めで見放題、撮り放題。歩く妨げにならない程度に降る雪も雰囲気の盛り上げにかなり貢献してくれている。

どの店もそれぞれアイディア総動員。だけどちゃんとテーマが決めてあって、欲張っていろいろなアイテムや色彩を盛り込み過ぎてないのだ

ミニバイクに乗るくまちゃんサンタ。ひさしの上や窓辺の飾りがほとんどなのだが、こういうふうに路上に飾られているものも

片塔のバラ色のカテドラルを見上げながら、真正面の道──綺麗にノエルの飾りつけされたカフェや土産物の店の並ぶ通りを後ろ向きにゆっくり歩く。通りの両脇に並ぶ美しい家々と愛らしいデコレーションとその間から姿を覗かせるカテドラルとのバランスが一番美しく感じられるポイントを探して。短い通りを抜けて、グーテンベール広場 Place Gutenberg から眺めるカテドラルの屹立する塔と半分だけ見えるファサードの光景もなかなか魅力的だ。歩いている観光客なんてほとんどいないんだもの、カメラのファインダーを覗き込んでフラフラ後ろ歩きしていても誰かの迷惑になる心配も無用。
ところでグーテンベールって綴りがグーテンベルクだなあ…と思ったら、やっぱり活版印刷を発明したグーテンベルクのフランス語読みだった。出版や印刷業界に身を置く私としては彼の名前を聞くとちょっぴり感慨があるのだ。広場には新聞のようなものを掲げ持った彼の像が立っていた。

グーテンベール広場から見る「カテドラルのある町並」その1

その2。広場の一番端に来ると、建物の間から真正面から綺麗に見える

あちらこちらの風景を見上げ見回しながら教会堂のあるサン・トーマス広場 Place st.Thomas 辺りまで来ると、なんだか子供たちの甲高い声がワンワンと響き渡っているような……? ああ、この石造りの重厚そうな建物は小学校なんだ。高い鉄柵に囲まれた児童公園くらいのスペースは校庭というにはずいぶんささやか過ぎるが、中央には大きなツリーが飾られ、その周りで遊ぶ子供たちはそれなりに楽しそう。手つなぎ鬼のようなことをして疾走している子供たち、鉄棒などの遊具を使う子たち、歓声をあげて複数でぴょんぴょん跳ね回っている子供たち、ちょっと大人びた高学年の女の子はなにか深刻そうにお喋りをしている。
それにしても子供がはしゃぐ声ってどこの国の言葉でも全部同じに聞こえるものなのね。フランス語のはずなのにキャーキャーわあわあとしか聞こえない……なんてことをぼーっと思っていたら鐘が鳴り、庭に散らばっていた子供たちはさーーーっと集まり一気に校舎へと吸い込まれていった。休み時間はオシマイね。

近くに水門のあるサン・マルティン橋まで来ると、轟々とした水音に全身が包まれる。かなり水位が高くなっていて、橋の上から見渡す景色は一昨日見たものとずいぶん違う。運河に張り出したレストランのテラス席は床下ギリギリまで水面が来ていて、これじゃあ遊覧船なんて全然無理よねぇ。
そのまま運河沿いにプティット・フランス地区を散策、クヴェール橋から白壁と黒い木組みの家々とその向こうにそそり立つカテドラルの塔を望む。一昨日の午後から夕刻にかけて、また夜の食事の時と幾度か歩いたルートだが、観光客の少ない雪混じりの午前中もまた趣が異なる。

街全体に薄く白粉をはいたよう

三角屋根と雪って似合うんだなあ

運河沿いにあったすごい枝ぶりの樹。自然の造形って面白い。まるでどこぞのゲージュツ家の前衛作品みたい

それにしても寒い。ぐるぐる巻きショールと目深に被った帽子との間の頬が冷気でビンビンに強張り、石造りの舗道は足元からきっちり底冷えしてくる。これでもこの地方の12月としては平年なみなんだろうなぁ。
白い息を吐きながら、30メートルの大ツリーのあるクレベール広場まで歩く。点灯された夜のツリーと広場は見たので、ストラスブールを離れる前に昼間の光景もどうしてもどうしても見ておかなくちゃ。

広場を囲む豪壮な建物群も、その連なりの奥に姿を見せるカテドラルの尖塔も、広場全体の風景が夜とはまるで雰囲気が違う。マルシェ・ド・ノエルの屋台小屋は半分くらいが開店準備中、観光客がぽつりぽつりと出始めている程度で、華やかに賑わうにはまだ足りない感じだが、とにかく巨大ツリーの存在感が圧倒的だ。足元まで行って周りをぐるっと一巡り、反対回りでもう一巡、ツリーをじっくり観察する。船のような橇のようなものに人や動物が乗ったオーナメントがとっても可愛い。暗くなってからはたくさんの豆電球が点灯してこのオーナメントはいっさい見えなくなっていた。昼に見えていた飾りがそのままライトアップされるのでなく、夜は全く違うデコレーションになるというのがとっても素敵。

すべてがトータルでとても美しいクレベール広場。30メートルの大ツリーは大きさに圧倒されるけど、遠目には装飾は控えめ。でも傍でじっくり見上げると、ひとつひとつのオーナメントの可愛らしさにキューンとなる

うっとりと眺めていたのだが、ふと気づくと身体の芯まできっちり冷えている。小雪舞う冷気と石畳の底冷えとがボディブローのように効いているようだ。ストラスブール発12:17の列車に乗るつもりなので11時半頃までは時間がある。身体を暖めがてら休憩しておこうか。トラム乗り場真ん前のカフェで、私はカフェオレ、ヒナコはショコラ。ココアの入れ方すらよくわかっていないヒナコだが、フランスのショコラはめちゃくちゃお気に入りな様子。確かに濃厚で美味しいけどさ……カロリー高いよ?
ともあれ、このカフェで過ごすのがこの町での最後の時間だ。さよならストラスブール、さよならクリスマスカラー満開のアルザスの魅力的な町たち。

ロレーヌの首都ナンシーへ

これから向かうナンシーはロレーヌ地方の中心地であり、アール・ヌーヴォーが生まれた町だ。その新芸術が生まれた一方でロココ美術が花開いた町でもある。庶民のためのアール・ヌーヴォーと貴族のためのロココが同じ町で展開したのだ。アルザス地方のドイツ色の強い町ともプロヴァンのような中世そのままの町ともまるっきり違う味わいを持つ町に違いない。

トラムCラインに乗って駅前広場まで。ホテルにスーツケースをピックアップに行かなくてはならないのだが、ヒナコを連れて広場を往復するのはめちゃめちゃ時間のロスなので、私一人で取りに行ってヒナコには構内で待っててもらうことにした。その間に切符でも買っておいてくれれば助かるんだけどね、そんなこと望めるわけがない(笑)。
小走りでホテルに向かい荷物を返してもらって再び駅に戻り、操作方法もバッチリ覚えた自動販売機でチケットを購入。ストラスブールからナンシーまでは €22.80、シニア割引で €17.10。コルマールの往復にはシニア割引も往復割引もなかったなあ、同じ州内の移動では割り引かないのかしら。お得チケットのしくみがよくわからないが、販売機にはその時買えるチケットがずらずら並ぶのでその中から選べばいいこと。

ナンシー行きの列車は定刻の12:17より10分ほど遅れてストラスブールを出発した。どうして始発駅なのに遅れることになるのか、頻発しているならともかく1時間か2時間おきなのに遅れるのか、正確な列車ダイヤの日本で暮らす私にはよくわからない。

列車は7割くらいの乗車率だ。アミアンからパリへの列車ではもっと混んでいたのに車内でパンをつまんでしまったけれど。パンならともかく匂いの強いオレンジなどは食べるのはちょっとはばかられる感じ。朝はがっつり食べてきたからこのままお昼抜き、かな。車窓に広がる風景は一面の雪に覆われた畑、もしくは雪深い森。フランスではある程度の規模の町を出るとすぐこういう牧歌的風景になる。
今日は朝からずっと暗く重い雲がたれこめていたが、ナンシー到着の少し前に雲が切れて一瞬だが初めて青い空が垣間見えた。ずーっと「曇り」時々「小雨ないし小雪」の天気だったが、ようやく「晴れ」となるのか??

10分遅れで出発した列車は時刻表にあった13:52を1分過ぎただけでナンシー Nancy [WEB] に到着した。あれぇ、いつの間に10分稼いだんでしょ?

到着寸前に雲の切れ間から陽光が見えたというのに、ナンシー駅から外に出てみると曇天に逆戻りしていた。曇っているのは構わないのだが、この寒さはどういうこと? 駅前は広場になっていて空間が開けているせいか、冷たい強風が渦巻いている。う、うう、寒い。これは雪が降っていなくてもストラスブールより寒いかもしれない。

スタニスラス門をくぐってナンシーの中心部へ。どうということもない普通の建物に挟まれていて変に一体化していて、一瞬見落としそうになる

市内にいくつか残る門のひとつスタニスラス門 Porte Stanislas をくぐって中心部へと向かう。両脇には門を挟むように建物があるが、後から門を嵌め込んだようにも見えてしまう。片方向一車線だけの幅しかない小さな門から先のスタニスラス通り Rue Stanislas は緩い下り坂になっている。風はそんなに強くなくなった。あの駅前広場が特別強風だったのね。とりたてて特徴のない町並の中をだらだらと15分ほど歩いたろうか、金ぴかに輝くきらびやかな門が前方に見えたきた。あそこがスタニスラス広場 Place Stanislas への入口だ。

ちなみに門にも通りにも広場にも名を冠されているスタニスラスさんは、フランス王ルイ15世の義父に当たる方。ポーランド国王だったが、18世紀中頃ロシア軍に追われてフランスに亡命し、ロレーヌ地方を統治したとのこと。分断されていた旧市街と新市街の500メートルくらいの隙間に3つの広場を作って、装飾した公共建造物を建て、町に優美な一体感をもたらした。まあ、古典的大規模都市計画ってことですね。ということで、スタニスラス広場&カリエール広場&アリアンス広場の3つまとめて世界遺産に登録されたわけらしい。

250年前の大規模都市計画によって誕生した、ロココ装飾大全開のスタニスラス広場

国王を称えて作らせたというスタニスラス広場、100メートル四方以上は優にあり、ロココ様式の建物に囲まれていて6ヶ所に金属細工の鉄柵とモニュメントがある。中央にスタニスラス公の像。いやまあ、なんというか、この広場の装飾といったらもう !!! 豪華絢爛優雅綺羅壮麗きらびやかな文字をありったけ並べてしまいたくなるではないの。「あんれまぁ……」と、しばしお口ポカン。あらあら、いつまでも口を開けっぱなしでは喉の奥からお腹が冷えてしまうわ、とりあえずホテルにチェックインしましょう。

王妃ゆかりのクラシカルホテル

この絢爛な広場を囲む建物のひとつが Grand Hôtel De La Reine [WEB] というホテルになっている。ナンシー市内で唯一の4星で、オーストリアから輿入れしてきたマリー・アントワネットがパリへ入る前に滞在したという由緒あるホテルだ。それにちなんで "ホテル・ド・ラ・レーヌ(王妃のホテル)"と名づけられている。由緒と格式はあるものの設備の老朽化は否めないようで、地方都市でもあるし、つまりそんなに値段は高くない。マリー・アントワネットが泊まったスイートルームなどはそれなりのお値段だろうが、それでもパリの高級ホテルより安いくらい。私は楽天トラベルでなんと「朝食込み¥14000」というプランを見つけてしまった。ここは朝食が €20もするのだ。だとしたらこのお値段、絶対にお得でしょ。

やたらに重いガラス扉を押し開けてホテル内部へ。ガラス扉の内側にもうひとつ重厚な装飾の施された扉があるが、これは開け放たれている。優美な鉄線細工の手すりを持った大理石の大階段、その前には4星ホテルにしてはかなりささやかなレセプションカウンターがあった。お得なプランなのであまり条件のよくない部屋をアサインされるのかな?とは最初からちょっと覚悟していたのだけど。でも「階段を上って3階」とキーを渡され「えー、また階段でしか行けない部屋?」と思ってしまった。2星なら仕方ないなあと思うけど、どうして今回唯一の4星でまで階段? 安いプランだからなのかなあ。うーん、「狭い」とか「古い」は覚悟していたけどさ……。
ためらいがちに「リフトはないの?」と尋ねてみた。20歳そこそこくらいの少女のようなレセプショニストはまだ新人のようで、部屋を変更したりする権限などなさそうで、その上英語も覚束ない。私の言っていることが伝わっているのかどうか……。

何かやり取りしている気配を察したらしく、奥の事務室から中年の男性が出てきた。おお、きっと彼女の上司だ。「可能ならリフトが使える部屋がいい」とお願いしてみる。彼は私の渡したバウチャーを見て私の書いた宿泊カードに目を落とし、そしてパソコンの画面を見た。それから私の顔を見て、さらにゆっくり首を廻らして手荷物置き台の上にペタンと腰掛けているヒナコをじっと見た。でもさあ、ベンチじゃないんだよね、そこ。視線を感じたのかヒナコが顔を上げてぽけーっと見返すと、彼の口元がフッと緩み、うんうんと頷きながらキーボードを叩いて部屋を取り替えてくれた。私の予約したプランは低いカテゴリの部屋だったんだろうけど、年寄りがいるのを見て「しゃーねーなあ」って思ったのね、きっと。

ラウンジとかバースペースとか随所に "由緒ありそうな感じ" は漂っている。ウェブでみたロイヤルスイートルームの写真はゴージャスかつロマンティックだったが、お得プランの私たちにあてがわれたのはフツ〜〜のクラシックホテルのフツ〜〜の部屋。大理石の階段を上って辿り着く部屋は果たしてどうだったのかな??

新しくアサインされた部屋は奥のサロンを抜けてエレベーターであがったところだった。廊下は狭く、照明も暗く、飾られている絵などに雰囲気はあるが、床が心もち斜めに傾いでいるような……? まあ、だいぶあちこちにガタはきてるなあ。
部屋は二重扉になっていた。鍵をあけたらいきなりドアがあったのでびっくりしちゃった。ドアの開け閉めの時少し床に引っかかるのは、ドア枠が歪んでいるということかしら。

部屋はそんなに広くはない。家具調度も豪華とは言いがたく、どちらかというと地味ではあるが古風で上品だ。古ぼけているが往時の華やかさを彷彿させられるかも……しれない。窓は固くて開けられない。カーテンの隙間から覗いてみたが、裏手側に向いている部屋のようで全然景観はよくない。仕方ないよなー。そもそもスタニスラス広場に面している部屋は数室しかないはず。
ところで最初にアサインされた部屋のままだったら果たしてどうだったんだろう? あの階段の位置では広場寄りではあったけど。ここより景色よかったかもしれないし、インサイドの窓のない部屋という可能性もあった。まあ、どっちでもいいや。一泊しかしないんだもん。

私はすぐにでも観光に出たい気分だったが、ヒナコはちょっと疲れたと言う。そうね、おやつがわりに果物食べて一休みしとこうか。
ベッドの上にはキャンディが5〜6個ずつ置かれている。ベルガモット・ド・ナンシーと呼ばれるロレーヌの名物キャンディだ。ベルガモットオレンジは南イタリア特産の柑橘系果物で、食べ物よりはエッセンシャルオイルとしておなじみ。普段はほとんど飴は口にしないので、一缶買っても持て余しそうだけど味見はしてみたいと思っていたので、嬉しい。
包みを開くと、正方形をしたレモン色の薄く透明なガラス板のようなキャンディが出てきた。柑橘系コロンのような甘く爽やかな香りがフッと鼻腔に抜ける。そうっと口に含み舐めてみると、なんと香り高く上品な甘さ! 疲れた時には甘いものがホッとするものだが、これはまず香りに癒され、続いて舌先にほのかに酸味を感じ、その後で控えめな甘さが沁みてくるという感じだ。わあ、コレ気に入った。

元祖マカロンを買いに行くのだ!

ヒナコが一休みしている間にお土産のお菓子を買っておくことにした。アミアンでも買いたかったものがあったのだけどね。ヒナコの歩調に合わせていると観光したい場所を回るのがやっとで、ちょっと10分か15分遠回りして目当ての店に立ち寄る余裕なんかなくなってしまうの。ヨーロッパの商店は営業時間も長くないので、特定の店で特定の何かを入手するのは結構大変なんである。

最近日本でも人気のマカロン。卵白と砂糖とアーモンドのデリケートな配合で作られるお菓子、あれって発祥はナンシーなんだそうだ。日本でよく見かける表面がつるつるしててぷっくり丸くて綺麗な色に染められてクリームがサンドされているマカロンは、実はパリスタイルのもの。地方のものは全然違うのだ。
正直言うとね、私は何故あれほどマカロンがもてはやされているのか理解出来ないの。確かに形状はとっても可愛いし鮮やかな色も可愛い。でもあのサクっとしているようでネチっとする感触とペタっと歯にくっつくような甘さが今ひとつ好きじゃない。そもそも高すぎるでしょ。作るの難しいらしいけれど、でも高いでしょ。マカロンを愛してる方々ごめんなさいね、私的には半額程度の価値しか感じられないの。あの値段出すなら別のもの食べるなあ……。

パリスタイル・マカロンは卵白を泡立てて作るが、その他の地方のマカロンは泡立てない。ナンシーのものは砂糖を煮詰めて混ぜるので香ばしく、ぷっくり丸くではなくクッキーのように平らに焼く、とのこと。それなら "ねちっ" が押さえられて "カリカリ" が強くなるかも。わあ、期待大だ。
ヨーロッパではよくあることだが、そもそもが修道院で作られ始めたお菓子であり、その元祖の味に最も近いのが〈Maison des Soeurs Macarons〉[WEB] のマカロンだという。だって店名が「修道女のマカロンのメゾン」だもの。レシピは極秘なんだって!

スタニスラス広場の西南の角から出ているガンベッタ通り Rue Gambetta を100メートルほど進むと、鮮やかな青緑色のファサードが見えてくる。間口も奥行きもこじんまりとした店内には所狭しとお菓子が並べられ、店員は2人なのにお客さんは15人くらい待っていた。マカロンだけを買うつもりだったのだが、待っている間にオレンジ色の洒落た缶に入ったベルガモットキャンディも見つけてしまう。
ナンシーのマカロンはこんがり焼けていて、表面がひび割れていて、見た目はカルメ焼きに似ている。直径は日本のマカロンの1.5倍くらいある。藁半紙のような紙の上に12個並んで焼かれていて、紙を半分に折って箱に入れてくれる。12個入りを2箱と……えーい、キャンディも買っちゃえ! おっとり上品な物腰の初老のマダムは、丁寧に箱に紐をかけながら「マカロンは10日以内に食べてね」と言った。
マカロン24個とキャンディの小さい缶とでいくらだったっけ? 忘れちゃった。何故かメモが取ってなくレシートも見当たらない。そんなに高くはなかったように思う。€30ちょっととか、そんなもん。

元祖マカロンに一番近いレシピを持つが、マカロンの専門店ではなく普通のパティスリーなので、いろんなお菓子がいっぱいある

友達へのお土産にしようと思ってたのに、旅行中についついいっぱい食べちゃった。大きい缶を買えばよかった

日本で人気のマカロンとは全然違うナンシーのマカロン。意外に甘いが、煮詰めた砂糖の苦みもほのかにあり、なにしろアーモンドの香りが高いので気にならない。カリッとしていて、最後に "ねちっ" もあるものの、甘いクリームが挟まってないのでやっぱり気にならない。
総合評価:美味し〜〜い !!

広場に面した市庁舎 Hotel de Ville の観光案内所に立ち寄り、観光地図をもらった。ちゃんと日本語版もある。市内に点在するアール・ヌーヴォー建築巡りのマップももらった。こちらも日本語版がある。モデルコースを記した観光マップとしてはかなり見やすく綺麗な作り。職業柄こういうものは気になってしまうのだ。
案内所に隣り合って「ナンシー特産物販売所」のようなスペースがあり、ポスターや絵はがき、観光関連の書籍やお菓子、お土産物グッズなどを売っていた。

マップの表紙に載ってたナンシー観光局のロゴマーク。
遠目には「 I ♥ N Y」となのだがよーく目を凝らしてみるとNとYの間に小さくANCの文字が入っていて「NANCY」になっている。お茶目だわ〜〜♪ 何人の人が気づいたろ?


絢爛たるロココ装飾の美しき都市プラン

包んでもらった紙袋を抱えてウキウキとホテルの部屋に戻ると、ヒナコは気持ちよさそうに昼寝していた。でもナンシーには一泊のみ、明日のTGVチケットも予約購入済みなので滞在時間は限られている。疲れてるのかなあとは思ったが、リゾートに来たわけじゃないし、昼寝だけのためにホテルを奮発したわけでもないので(お得プランで安いんだけど)揺り起こしてみた。30分程度ウトウトしただけだが、だいぶ元気が回復したようだ。さあ、さっき素通りしちゃったロココな金ピカ広場をじっくり見物しましょ!

金と黒との装飾ひとつひとつがとても美しい

街灯の上に王冠が!

王冠の飾りは随所にある。王を称えて作らせた広場なんだものね

バルコニーの手すりにも鉄骨細工が施されている。バルコニーの底を支えるのはライオンだぁ……王を称えてるんだもんね

正方形に近いこの広場は一辺が100メートルくらい、長辺が120〜130メートルくらいというところか。周りを取り囲むのは屋上に彫像が並んだロココ風の優雅な建物だ。建物の形態および佇まいもエレガントなのだが、圧巻なのはゴールドとアイアンとの鉄骨細工のそのあまりにも見事な飾りっぷりだ。まず目に飛び込んでくるのが広場の6ヶ所にある鉄柵と鉄格子門。この鉄骨細工の装飾は窓の手すりや街灯に至るまで徹底的に施されている。

装飾された6ヶ所の鉄柵と門のうち、2つは南側の市庁舎を挟んだ両側の角に、もう2つは東側と西側二辺の中央にある。それぞれの門の両脇にはそっくり同じデザインの建物が4つ、私たちのホテルとオペラ劇場、反対側にはカフェと美術館。
残る2つの角にとりわけ集中的に絢爛装飾をされたゴージャス極まりない門が燦然と輝いているのだが、その門の中央で圧倒的存在感をもって鎮座しているのはこれまたゴージャス極まりない彫像と泉だ。
特にまず目を惹くのは、ネプトゥヌスの泉 Fontaine de Neptunus。英語読みならネプチューン、ギリシャ神話でいうところの海神ポセイドンだ。三叉の矛を持っている。
対の角にはアンフィトリテの泉 Fontaines d'Amphitrite。ギリシャ神話に造詣の深くない私は「ん? 誰? ヴィーナス?」などと思ってしまったのだが(美しい女神像はみんなヴィーナスにしてしまう)正しくはネプトゥヌスの正妻であった。

広場で一番目を惹くネプトゥヌスの門は、あまりの豪華絢爛ぶりに何だかもういろいろ驚いちゃって開いた口を閉じるのが大変

こちらは "奥様" の像。アンフィトリテってお名前、存じ上げませんでしたわ

ネプトゥヌスの門は両脇に小さな泉を従えている。ネプチューンの子供ってことは……トリトン?

市庁舎の真向かい側──この泉と彫像つきのゴージャスな門の間には凱旋門 Arc de Triomphe がある。ローマのセヴェルスの凱旋門を模してその上に彫像と金ぴか装飾を施しているのだが……。確かに門全体の形は古代ローマ式の威風あるものなのに、優美な装飾がつけ足されただけで、不思議と印象がまるで違うものに感じられる。

門の部分はローマの凱旋門を模したもの

上に彫像と金色の天使をつけ加えただけで、突然雰囲気が柔らかく優雅なものに

細部を見ているとあまりの豪華絢爛ぶりに唖然とし、贅沢だなあ豪奢だなあとは思うのであるが、全体として俯瞰すると成金趣味的ケバケバしさはこれっぽっちも感じない。派手だけど品がいいのだ。そもそもロココというのはバロックから派生していったのだが、バロックよりはずっと軽快で流麗で曲線的だ。突き抜けた広い空間であるという開放感、緻密に計算し練り上げられた秩序ある設計プラン、建築家と金具工芸職人の織りなす絶妙な一体感──おそらくそういう諸々の理由で。
ナンシーは金沢と姉妹都市なのだそうだ。なるほど、金ピカでありながらも決して下品ではない絢爛ゴージャスっぷり、妙に共通した空気を感じるではないの、納得納得。

ほぼ貸し切り状態のナンシー美術館

「ほおおおぉ」とか「ふぇぇぇ」とか呻きながらキラキラ広場を右往左往していたら、すっかり全身冷えきってしまった。身体も暖めたいしね、閉まってしまう前に美術館に入館しなくては! ヒナコは「えーもう疲れたあ面倒くさ〜い」という態度だったが、一人でホテルの部屋へ戻れないヒナコを送り届けてからでは私が美術館を見る時間がなくなってしまう。「ここはね、ドームのコレクションが凄いんだってよ。ガラス工芸! 好きでしょ?」ドームのガラス工芸品が何であるかヒナコは全然わかっていないのだが、私もよくはわかっていないのだが、無理矢理納得させて引っ張っていった。

といっても国立ナンシー美術館 Musée des Beaux-Arts de Nancy [WEB] はスタニスラス広場に面しているので、すぐに着く。閉館は18時なのでまだ1時間半以上あるのでささっと駆け足での鑑賞には十分だろう。
ところがこの美術館、田舎の美術館だと高をくくっていたが、思いのほか良かったのである。田舎といっても一応ロレーヌ公国の首都だったわけだし、ナポレオンの文化計画で潤沢な資金供給があったので、結構コレクションの水準は高かったのだ。"国立" だけのことはある。

広々としたエントランスホールは平日の夕方ということもあって閑散としていた。普通なら1人か2人しか座っていないチケット売場のデスクには監視員たちが10人くらい集まってお喋りしていた。チケットは €6、シニア割引で €4。

最初の方にあるのはロレーヌ地方のアーティストの展示室のようで、大作もあるもののよく知らない人ばかり。まあねー地方の美術館ならこんなもんよねーなどと思いながら進んでいくと、まあびっくり。16世紀以降のフランス絵画からイタリア絵画、フランドル絵画にスペイン絵画、近代絵画に至るまで一通りの著名画家たちの作品が集められているのだ。覚えているところでカラヴァッジョ、ドラクロワ、ルーベンス、ルソー、ゴヤ、マネ、モネ、ボナール、ユトリロ、モジリアーニ、マチス、ピカソ等々……ああレオナルド・フジタもあったぞ。小品が1〜2点ずつではあるが、地方美術館の作品展など日本で開催される機会はまずないので、こうして見られるのはとっても貴重。

ところでどの展示室に行ってもお客さんがどこにもいない。ひとりもいない。チケット売場で監視員たちが集まっていたわけがわかった。誰もいないなら館内に散らばって監視している必要ないもんね。とりあえず2人の監視員が私たちの後についてきているが、ひとつ手前の展示室に空気のようにいるだけで、ぴったり見張っているわけでないので気兼ねなく鑑賞していられる。2人で来たのは単に退屈だから会話するためだけみたい。まあね、開館時間内の鑑賞なんだから気兼ねする必要も義務もないんだけど。

>> どこでだったかな、イタリアのどこかの地方の小さなミュージアムで、やっぱり私たちが最後の客だったことがあって。まだ30分くらいあるのに鍵束を持ったままぴったり後ろに着いてきて、私たちが通り過ぎるなり窓の鎧戸は閉めるわ展示室の灯りは消すわで、無言のプレッシャーがすごくて何見てるのか全然頭に入らなくて早々に出てきちゃったことがある。アレはずいぶんだった……

いけないいけない、予想以上に品揃えのいい絵画作品群に夢中になっていると、地下の展示を見る時間がなくなってしまう! ここの目玉はアール・ヌーヴォーのガラス工芸家ドーム兄弟 Daum Frères のガラス工芸コレクションなんだから。地下に下りる階段が探せなくてちょっと迷ってしまった。ようやく見つけた階段を下りていくと(裏側にある正しい階段ではなかった)いきなり、発掘された中世の城壁遺跡があり一瞬戸惑う。ここでいいのかな?と恐る恐る進んでいくとその先にどーーーーんと広がる展示室。並ぶのは300点ものガラス工芸品、うち150点以上がドームのもの。兄オーギュストと弟アントナンはもう20世紀初期に亡くなっているが、工房「ドーム兄弟」は現在では〈Daum〉[WEB] としてフランスを代表するガラス工芸メーカーだ。

地下室いっぱい果てしなく続く(ように見える)展示室。この質量は圧巻の一語に尽きる。アール・ヌーヴォーのガラス工芸品は繊細な透明感はほとんどなく、濃密な重厚感が強く主張してくる。色彩のせいか、造形のせいか……ガラスではなく石の彫刻のようだ

いやもう、なんと圧巻なの。さらに、あろうことかこのアール・ヌーヴォーのガラス工芸というのは、ヒナコの好みに直球ストライクだったようだ。どことなく面倒くさそうに私の横をペタペタ着いてきたヒナコだったが、このフロアに立った途端、突然覚醒し昂揚し始めたのだ。

ここにあるドームの作品は、エナメル彩色による絵付けのもの、色ガラスの粉を複雑にまぶしつけ再加熱して色が混ざり合ったもの、ガラス素地に描いた模様にさらにガラスを被せて絵に奥行きを持たせたもの、さらに金細工を施したもの、etc、etc。私がこれまで持っていたガラス工芸品のイメージは、美しい色と繊細な造形のヴェネツィアングラスとか、透明感ある精緻なカットのボヘミアングラスとか、涼やかな端正さを持つ薩摩切子とか。やっぱりキーワードとしては「透明」「儚げ」「硬質感」だったのだが……。ドームの作品群はガラス工芸というよりはアラバスターの彫刻のよう、複雑かつ重厚な色彩のせいもあり、ねっとりした妖しさがある。この「色の混じり合い・重なり合い」というのがヒナコのツボだったようで、昂揚の次にはうっとり陶酔している。あーよかったねぇ、リタイアしてホテルに帰らないで。まあ、私の本音としては、もうちょっとスッキリした造形の方が好みなんだけど。

ロココな広場は夜の部もいっそう魅力的

ヒナコは膨大なガラス工芸作品群に、私は多彩なラインナップの絵画群に、それぞれ満足して美術館を出た。日没の時刻は過ぎていたが、まだ本格的に夜にはなっていない濃い紫の空の色。かすかに夕暮れの名残のある暮れなずんだ空の下、きらびやかな鉄骨細工の門は黒いシルエットとなり、ポツリポツリと点され始めたオレンジ色の灯りがほのかに暖かみを添えている。灯りの色に暖かみはあっても実際はめちゃくちゃ寒いんだけどね、どこかホッとする感じが暖かいっていうか……。

黄昏どきのスタニスラス広場に灯りが点り始めた

考えてみたら私はナンシーに着いてからずっと歩きづめ、冷えもあって腰がガクガクだ。美術館の地下展示室で夢中になってしまったヒナコもヘトヘトの様子、ディナーまでいったんホテルに戻って少し休むことにした。
旅のメモやレシートの整理をしたり、下着や靴下を手洗いしてみたりしていたが、暖房の効いた室内にいたら、ヒナコと一緒に私までうたた寝してしまった。ありゃーもう8時近いじゃない! お昼抜きだったもんねぇ、お腹空いた〜 !!
またもヒナコお得意の「ごはん食べに出るの面倒くさ〜い」発言が出たが、食欲がないのでなく連れていけばちゃんと食べられることを私は知っているのだ。ていうか、何日か前に知った。なので「ハイハイ、そうね、面倒ね。ハイ、支度しようね」と促す。

ホテルから一歩広場に踏み出しただけで、一瞬にして全身が冷気に包まれた。うわー寒い! この気温は絶対氷点下以下だな
でもその寒さを思わず忘れてしまいそうになるほど、目の前に広がる光景には美しさが満ち満ちていた。市庁舎をはじめ広場を囲む建物群はライトアップされ、昼にはわかりづらかった彫刻にもくっきりと陰影が浮かび上がらせている。昼間華やかに輝いていた鉄骨細工の金の装飾は、宵闇の中反射する灯りに妖しく煌めいている。私たちが昼間見た時は曇った冬空の下でだったが、晴れた陽光の元でその輝きを見ていたら、その違いはいっそう顕著に感じられたのではないかしら。

日が落ちて灯りが点され、広場はまた違う美しい顔を見せてくれた

広場全体が暖かみのあるオレンジの灯で照らされる中、凱旋門の内側は寒色の光で満たされている。水の流れや風にそよぐ木々の模様が投影され、中をくぐる時は別世界に足を踏み入れた気分になる
門の内側から真正面に市庁舎を見ると、色の対比がとても幻想的

広場のライトアップがすべて暖色の中、凱旋門の内側だけが青い光に満たされている。中に入ってみると、水の動きのような模様がゆらゆら投影されていて、まるで熱帯魚の水槽に浸っているような。青い光に包まれてアーチ越しに眺めるスタニスラス広場は、どこか別の世界から俯瞰しているような、そんな気分になる。

凱旋門を出て旧市街方面に少し歩いてみる。門の真正面には世界遺産のひとつカリエール広場 Place de la Carriére、左横にはヴォーデモン広場 Place Vaudémont。ヴォーデモン広場はアンフィトリテの泉の裏側で、夏には気持ちのいいテラス席がたくさん並ぶらしいが、この寒さの中では椅子もテーブルも畳んだパラソルもまとめて積み上げられ閑散としている。そのまま中世時代からのファサードを残した建物やモニュメントが並ぶというグラン・リュ Grande-Rue という通りを進んでみる。グラン・リュに並ぶ建物はほとんどがアパートメントのようで、一階に店舗があるのは3分の1くらい。その少ないショップもこの時間ではほとんど閉まっていているし、だから道が暗くて建物の詳細なんてこれっぽっちも見えやしない
もう少し先まで進んでサン・テヴル広場 Place St.Epvre まで行けば違ったのかもしれないけれど、その時は「なんかどうということない道〜、つまんなーい」と感じて引き返してしまった。

お手頃そうな飲食店がたくさん並ぶマレショー通りはとってもいい雰囲気

ヴォーデモン広場まで戻り、広場角からのマレショー通り Rue Maréchaux という小径に入ると、気取らない雰囲気の小さなレストランやビストロがたくさん並んでいた。値段もお手頃そうな感じなんだけど、今ひとつどの店にもピンとくるところがなくて。ちょっと悩んだのだけど、やっぱり今日はちょっとロココで優雅な気分で食事がしたいかな。そう思ってスタニスラス広場に面した店にすることにした。

ロココなカフェで至極のディナータイム

広場に面した店のうち私たちのホテルのダイニングはいかにも高級そうなので外すとして(値段がというよりちゃんとコースに則ると食べきれないからね)。ネプトゥヌスの門横のカフェレストランは、外に出ているメニューにピッツァの項目などがあり、ちょっとイタリアンぽい。もう1軒はカフェ&ブラッセリーだったが、覗いてみるとバーのような照明の内装で、食事よりはカクテルなどを楽しむ方が似合いそうな感じ。結局ナンシー美術館並びの〈Grand Café Foy〉 [WEB] に入ることにした。実は昼間ひとりで通りかかった時、いい雰囲気だなあとちょっと目星はつけておいたのだ。

一歩足を踏み入れた店内はゴージャス&ラグジュアリーなロココ全開の空間だった。繊細な飾り彫りをされた白い壁と天井、壁面にはいくつか張られた鏡がシャンデリアの光をキラキラ反射させている。カーテンと革張りの椅子は上品な深紅だ。 わあ、素敵。ちょっと一杯お酒かお茶を頂くだけでも、この場所でゆっくり寛げたら気持ちいいだろうなあ。広場を臨む窓横のテーブルは埋まっていたけれど、通された席はゆったり大きな肘掛けソファで座り心地がとてもいい。ヒナコにはこっちの椅子の方がよかったかも。私の位置からはちょっとだけど夜の広場が見えるしね。

品のいいロココ調の内装。窓から見える広場も勿論インテリアの大切な一部

天井から下がるキラキラ電飾は窓の外からでもよく見えた

さあて何を食べようかなあ……? しばらくメニューと格闘。白身魚好きのヒナコには「鯛のポアレ」を選んであげ、私は悩みまくった結果、「鮭と帆立と野菜のなんとか」にした。ついうっかり食材や調理法をメモした手帳をホテルに置いてきてしまって、vapeur(蒸かす)という単語が何かわからなかったのだけど、saumon(鮭)とcoquille st.Jaques(帆立)はわかったし、その後にズラズラ10個くらい羅列された単語にはオニオンとかトマトとかブロッコリーとかポテトとか栗とか読み取れたからね。いくつかの単語はわからなかったけれど、これは鮭と帆立といろんな野菜の料理だわね、だったらそうビックリするような味ではないでしょ、と考えたわけ。ワインは今日はロゼにしてみた。二人とも魚料理だから白でもよかったんだけど、なんかロゼの気分だったのさ。

ナンシーは典型的な団子より花の町のようで、これだけ町の作りが華やかで綺麗でも、実はその地方特有の名物料理というものはあまりないようだ(お菓子は除いて)。キッシュ・ロレーヌが発祥とはいうけれど、もうほとんど全国区になっているしパン屋やお惣菜屋などでも売ってるものだし、前菜であってメインディッシュになりうる一皿ではない。なので「この地方ならこの料理ね」とあらかじめ決めておけず、一生懸命選ばなくてはならなかったのだ。
どうせなら美味しいものを、失敗しないように同じ味つけのものが重ならないように食べきれるようにとメニューと格闘して、選んで注文までするのは海外の食事では最初のハードルなのだ。そうやって頑張って注文を済ませ、とりあえずのハードル越えに安堵していると、ヒナコがニコニコと嬉しそうにしている。ん? どうしたの? 素敵な雰囲気のお店だなーって思ってるの?

「あのねえ……ここのお店の人、素敵ねえ」はあっ !?
どうやら私たちのテーブルの担当ギャルソンがイケメンであるので嬉しい、と。そう言ってるんですね? そうだった、このヒトは大変な面食いだったんだっけ。
「背がすらーっと高くて姿勢がいいでしょう? 動きが綺麗だなあって思ってたら顔もハンサムだった」ええ !? こっちはオーダーするのに夢中でギャルソンの顔なんかいちいち見てなかったよ。ああ背が高い人だとは思ったけど。ていうか、眠くて食事に出るの面倒くさいとか言ってなかったっけ? ああそう、そうですか、イケメンを見つける元気はあるのね

この店はとても広くフロアがいくつにも分かれている。全体を見る主任のような男性の他は、2人のギャルソンが半分ずつ私たちのフロアを担当しているようだった。店内の内装を見回すふりをして、どれどれ?とヒナコ好みのギャルソンをとっくり観察してみた。なるほど。若い頃のヒュー・グラントをもっとハンサムにして、玉木宏とかオダギリジョーあたりのエッセンスをちょっと混ぜて日本人に親しみやすくしてみました、みたいな感じではある。立ち居振る舞いとかね、動作も綺麗だ。でもさー、なんか自分は格好いいって意識してる動きのような気もするけどなあ……。格好良すぎる人ってなんか信用ならんのよ。などと世の中の荒波にもまれて性格が少し斜めになっている私なんかは思ってしまうのだけど。

「お化粧ちゃんと直してくればよかった。やだわーこんな眠そうな顔で」はああっ !? 思わず脱力&苦笑。ある意味素直なヒトなんではある。イケメンに対しては。
ちなみにフロアのあっち側を担当しているギャルソンはこちら側の "仏製ヒュー・グラント玉木添えオダギリ風味" とはまるで違うタイプであった。フランス人には珍しい髪型だと思うけど角刈りで、小柄ながら肩幅などがっしりしていて、あれで色の濃いサングラスなどかけてたらどこかの組の若頭と間違えてしまう。
「よかったー。あっち側の席に通されなくて」失礼なこと言うなあ、このヒトは、もう(笑)。若頭さんの名誉のために言わせてもらえば、彼はちゃんとキビキビ動いて丁寧に接客していた。ただ顔と髪型が「若頭」なのよね。

日本人の中年娘と後期高齢者の母とがよもや自分のことをサカナにしているなど微塵も想像していない "仏製ヒュー・グラント玉木添えオダギリ風味" は、颯爽とした身のこなしと爽やかな笑顔で料理を運んできた。鯛のポアレは切り身の大きさが日本で食べるものの2倍くらいあることのほかは、想像した通りの見た目だった。皮がカリッと焼けてて美味しそう! ご飯茶碗サイズのボウルに山盛りのマッシュポテトがつけあわせ。一口もらってみたら、マッシュポテトというよりはポテトピューレで、滑らかでバターの香りが高くてとてもクリーミィ。

で、私の注文した鮭と帆立と野菜の蒸物は、なんと竹製の中華蒸篭に入って出てきた。えっ、小龍包とかシュウマイとか頼んでないよ?などと一瞬慌ててしまったのだが、蓋を取ると中には縁までびっしり野菜が詰まっていて、レモンとドレッシングが添えられている。肉まんだったら3個か4個は入りそうな直径18cmくらいの蒸篭にみっちりの温野菜。味つけは自分で塩胡椒&さっぱりドレッシング。すごい量だけど蒸し野菜だもん、楽勝楽勝! まあね、蒸篭から直に食べるってことアジアではしないんだけど。……などいろいろ教えてあげたいことはあったけれど、私たちだってよその国の人から見たら変な使い方してるものいっぱいあるだろうし、何にせよ美味しいから細かいことは気にしない!
かなり淡白でサラサラしたドレッシングなので、蒸篭の構造上の問題もあり野菜に絡まないで下に流れていってしまうので、こってりガッツリ好きな向きには非常に物足りないかも。野菜をたくさん食べたい私にはとても嬉しい一皿だった。

鮭と帆立といろいろ野菜の蒸物。野菜たっぷり、ヘルシーで味もサッパリ。でもまさか蒸篭で出てくるとはね! 完全に想像の斜め上をいっていた

皮がカリっと焼かれた鯛のポアレ。フレンチの定番お魚料理だけどやっぱり美味しさは "テッパン" よね。ヒナコはマッシュポテトがめちゃくちゃ気に入ったようだった

たっぷりの濃厚なラム酒に浸ったババ・オ・ラムは意外に甘さが控えめ。ナンシー特産のフルーツ、ミラベルが添えられている

これも "テッパン" のデザート、焦がした表面をスプーンでパリンと割る瞬間がなんとも快感なクリームブリュレ。

美味しくぺろりと完食。デザートまで頂くことにした。ヒナコには無難にクリームブリュレ、私はイケメンギャルソンのお奨めの「ババ・オ・ラム」。ラム酒風味のシロップをた〜っぷり染み込ませた円環形の焼き菓子で、ホイップクリームと黄色いミラベルの実が添えてある。ミラベルはプラムの一種で、ナンシーのあるロレーヌ地方でしか穫れなくて8〜9月の3週間くらいしか旬がなくて……と貴重な果物らしい。保存用にシロップ漬けにされたものだけど、パリでもあまり出回らなくてすごく高いものだと言うから、口にできて嬉しい。プラムやスモモに似た味だけど、果肉がしっかりしていて酸味はほとんどなく甘みは強い。ラム酒はかなり効いているけれどシロップはペタペタ甘くなく、肉料理を食べてないからわからないけど、この店は全体に味つけが軽やかな感じ。う〜〜ん、満腹、満足。

メイン2皿にデザート2皿、デキャンタのワインとカフェ2杯で €60.50。ゴージャスな雰囲気で美味しくて、でもカフェだから気取らなくてお値段もお手頃、さらにイケメンギャルソンつき。この店は深夜2時までやっているので、まだまだ店内にはたくさんのお客さんがいた。私たちだって入店したのが9時近かったし、さらにゆっくり寛ぎながら食事していたのでもう11時を回っている。でもホテルは広場を100メートルちょっと渡っていくだけだからラクチンだ。

本日の歩数は17123歩。今晩はちょっと優雅な気持ちで眠りにつけそう。

 
       

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