今朝はカフェでの朝ごはん

ちょっと寝坊気味に7時半過ぎに目覚めると室内は真っ暗だった。窓は中庭(などと呼んでいいものか悩むほどのささやか過ぎるスペースだが)に面していて、この部屋は低層階にあるものだからなおさら光が入らない。多分、晴天の真昼間でも窓から太陽光は入らないんじゃないかな。窓から首を突き出して見上げてみると、建物で囲まれて矩形に切り取られた空はちゃんと白んでいる。ああ、きちんと夜は明けているのね、まだ夜中で時計が進んでるわけじゃなかった(笑)。

今日はパリを離れてシャルトル Chartres [WEB] へ日帰りエクスカーションするつもり。肥沃なボース平野のなかにある見事なステンドグラスと2本の尖塔の大聖堂を持つ中世の頃の巡礼の町だ。
でもその前に朝ごはん食べなくちゃ。昨晩のディナーにしっかり満腹したので軽くで構わないのだけどね。昨日ビストロに入る前に少し散策した時に目星をつけておいたカフェがあるの、あそこに行ってみよう。毎朝お馴染みになったお天気オバサンが「曇り時々小雪、気温は0〜2℃」と伝えてくれるのを聞きながら、適度に手早く適度にのんびりと身支度を済ませホテルを出た。

2時方向に伸びるマク=マホン通りがテルヌ通り Av.des Ternes にぶつかる手前の角に〈La Combe〉[WEB] というカフェがあった。一応パティスリーの看板もあげていて、そんなに種類はないようだけどショウウインドウには美味しそうなパンとケーキが並んでいる。いわゆる「朝食セット」ではない朝ごはんがしたいのよね。

外側から見た限りではよくあるパリのカフェなのだが、店内のインテリアはショッキングピンクに塗られた木の椅子や椰子の木を模った壁のアイアン製オーナメントがポップでキュートな印象だ。天井のダウンライトも焦茶色のゴツいアイアン製だがハイビスカスの花の形をしている。キュートではあるけれど、気恥ずかしくなるほど可愛らしくポップポップしているわけではない。こういう小粋な可愛さってフランスっぽい

外の景色を眺められそうで且つ入口近くではない落ち着けそうな場所を選んでとりあえずヒナコを座らせておき、ショーケースに並べられたパンを見に行く。5〜6種類程度しかないけれど、どれも焼きたてでみんな美味しそう。ノーマルのクロワッサンとアーモンドクリームをはさんでかけて焼いたクロワッサン・アマンドを2人で半分ずつにしよう。うーん、あとひとつくらい何か欲しいなあ……。どうしようかなあとケーキ類のケースに目をやると、そちらもまだ数種類しか出来上がってなかったけれど、その中のひとつリンゴのタルトが艶やかで肉感的なその身をくねらせて「私を食べてーー♪」と扇情的アピールをしてきた。薄くはあるけれど直径が15cmくらいあるタルトで、"もうちょっと何かひとつ" としては心持ち大きすぎるんだけど……でもコレ食べたいなあ……よおーし! 追加 !

ショッキングピンクの椅子と天井。壁はゴツゴツしたナチュラルな石造り。可愛い椰子の木はハードなアイアン製。ちょっとキュートでそれでいて結構落ち着く店内

2種類のクロワッサン。ショコラはとろりと濃厚で美味しかった

リンゴたっぷりずっしり、皮はさっくりしっとり、すっきりした控えめな甘さと酸味がたまらない。幸せだ〜

飲み物は毎度の定番、私はたっぷりのカフェオレ、ヒナコはショコラ・ショ。2種類のクロワッサンは皿に盛られてすぐに出てきた。ほんのり温かくバターの香りがふんわりして美味しい。ものすごーーくというわけではないが、普通に美味しい。クロワッサン・アマンドの方はアーモンドクリームの甘さがちょっとくどいかなあ? むしろケーキであるはずのリンゴのタルトの方がサッパリしている……ていうかコレ、注文しておいて大正解! 温めるか尋ねられたので頷いたのだが、電子レンジチーンではなくわざわざオーブンで焼きなおしてくれたよう。だから出てくるまでちょっと時間がかかったのだけど、心持ちに焼き目に濃さが加わり、目の前に置かれただけでリンゴの甘酸っぱい香りがほわ〜っと立ちのぼる。ナイフを入れるとずっりり密度の重いリンゴの感触、もう一度焼きなおすことで余分な水分が飛んだ土台の皮はさっくり、それでいてほどよくしっとり。超控えめな甘さですっきり煮てあるリンゴにはほのかな酸味と適度にシャリッとした歯触りとが残っている。変にカスタードクリームとかシナモンの風味とかはつけ加えられていない。うん、美味しい美味しい。

よかった。朝から満ち足りた気分になれた。今日はいいことあるかな?
簡単に済ますはずだった朝ごはんにしてはちょっとお値段高めで2人合計で€ 18.80だった。だってリンゴのタルトが€ 7もするんだもん。でもとっても美味しかったからね、許しちゃうのだ。

シャルトルへの道はなかなかスムーズにはいかない

シャルトルへはパリの6つのターミナル駅のひとつモンパルナス駅 Gare Montparnasse から出る列車で行く。3年前のポルトガル旅行の最終日、空港行きのエールフランスバスが出ているこの駅の近くで一泊したのだった。今いるエトワール広場近辺からモンパルナス駅まで、メトロだと乗り換えないとならないけれど92番のバスなら直通で行けるのだ。パリの路線バスは市内を縦横に網羅しているので、意外な場所同士をピンポイントで繋いでくれちゃうし、車窓の景色だって楽しめちゃうしで、上手に使いこなせば大変な優れモノなのだと今回の旅で実感した。なにしろ階段の昇り降りがないもんね。荷物つきヒナコつきにはもってこいなのである。

凱旋門を中心に放射状に道路が交錯しているエトワール広場周辺には何本もバス路線が通っているが、92番のバスが停まるのはマク=マホン通り。昨日30番のバスを降りたワグラム通りの一本隣だ。カフェを出てバス停までとことこ歩いてきたのだが、そういえばカルネがもう1枚しか残っていなかったことを思い出した。1人しかバスに乗れないじゃない……! バカだなあ、昨日のうちに買っておこうと思ってたのに! コロッと忘れちゃってた。

ヒナコをバス停のベンチで待たせておいて急いで近くのメトロ入口から地下に降りた。しかし入口は近くても、メトロ駅──つまりは切符売場までは円形の地下道をぐるっと半周以上回らなくてはならなかった。ようやく辿り着いた売場は自動販売機が2台も故障中。残りの販売機にも有人窓口売場にも行列がある。カルネを買ってまたも地下道をぐるっと回って戻る。これで20分くらいは確実に時間をロスしちゃったと思うよ。

カルネを入手してヒナコのところに戻ったわけだけど、またも日本の左側通行の感覚で反対側の停留所で待ってしまっていたことを2台ほど92番バスに通過されてようやく気づく間抜けな私。どうして「Gare Montparnasse」と表示してあるバスがこっちに停まらないんだろう、どうしてこっちに停まる92番に「Gare Montparnass」と表示してないんだろう、などと寝惚けたことをボーっと考え続け、わーバカバカ反対側じゃん!と気づいて慌てて道を渡ろうとすると信号に引っかかり、待つ間にもう1本92番が来て青に変わる前に行ってしまう。7〜8分間隔くらいで頻発しているのが救いではあったが、カフェから歩いてカルネも持ってて道の右左も間違えないでいれば5分もあればすんなり乗れたはずのバス。結局何本見送っちゃったことになるのかしら? ここでも20分くらいロスしちゃったんじゃないかなあ

ようやくバスに乗り込んでから、そういえば割高にはなるけれど車内で一回券が買えるんじゃなかったっけと思い出したが、悔しいので思い出さなかったことにした。
マク=マホン通りのバス停を出た92番バスは、凱旋門を中心にエトワール広場を半周してマルソー通り Av.Marceau へ入ってゆく。門の足元ギリギリを沿うようにぐるーっと廻っていくので、なかなか大迫力なアングルで門の景観を楽しめるが、スピードは速いのでまず写真は撮れない。だって踏ん張って手すりに掴まってないと遠心力でふり飛ばされそうになるし。

しばらく街中を走ったバスはほどなくセーヌ川にかかるアルマ橋 Pont de l'Alma を渡るのだが、この橋のたもとはエッフェル塔ベストビューポイントのひとつだ。路線バスは日常生活そのものだから事務的にサクサク走り抜けてしまうけれど、一瞬でもセーヌ川&エッフェル塔の美景を目に焼きつけることが出来た(ちなみにヒナコには出来ない。反応がモタモタ遅いから)。
セーヌ左岸に渡ると、今度はナポレオンの霊廟のあるアンヴァリッド Invalides の金色の巨大なドーム屋根が見えてきて、ヒナコが「あっ、あれ、何? 何?」などと騒いでいる間に横手から正面に到達、そしてすぐさま直角に曲がってみるみる遠ざかっていく。そんな具合に一瞬ではあるがビューポイントがちょこちょこ出現するので結構忙しく、なかなか楽しい。くるくると首を窓の外に巡らせているうちに、進行方向正面にどーんと屹立するモンパルナス・タワー Tour Montparnasse の姿が見えてきた。わー3年ぶり!などと感慨にふける間もなく終点モンパルナス駅に到着。

アンヴァリッドの金色ドーム屋根は曇天の下でも雄々しく輝き、遠くからでもその威圧感はハッキリ見てとれる

わー、モンパルナス・タワー、ずどーん! 突き当たりが国鉄モンパルナス駅

降車ターミナルは駅とタワービルとの間のスペースだ。なにしろバスに乗るまでに時間をやたらロスしてしちゃったものだから、駅構内に入った時にはもう10時15分になってしまっていた。シャルトル方面への列車は毎時33分発であることは調べ済み。10:33ていうのに乗れるかなあ? 初めての外国の駅──それも大きくて複雑だと評判のモンパルナス駅で、切符買って出発ホーム調べてホームの場所を探し当てて無事に列車に乗り込めるものなんだろうか? たった15分で……ヒナコつきで……。果てしなくビミョーだが、まあトライだけはしてみねば。
切符購入に関してはこれまでお世話になってきた黄色い販売機を探せばいいので難はなかったシャルトルまでは€ 14、シニア割引は€ 10。特に往復割引などというものはないが、面倒なので復路の分までまとめて購入とりあえず17時台のものを選んでおいたが、座席指定じゃないので意味はないんだけどね。

構内のモニタで列車の発着番線を調べる。北駅では直前まで表示されなくてヤキモキしたがここモンパルナス駅ではもうちゃんと表示されている。あ、もう直前なんだっけ(笑)。現在の時刻は10時23分。あと10分ある。スムーズに乗車ホームが探し出せれば乗り込む余裕は十分にあるはずなんだけど……。ところが私ってば何をどう勘違いしてしまったのか、ある場所で「ここから先は行っちゃダメ」などと思い込み(実はその数m先にホームと列車がズラッと並んでいたのだが)構内をやたらめったらに右往左往してしまったでのある。ホームに出る手前にショップが何軒かあって、それがあまり「駅売店」っぽくなかったために、何となく駅直結ショッピングモールなのだと決めつけてしまったのだろう。ウロウロするうちに10分などという時間はとっとと過ぎてしまい、ようやくホームに辿り着いた時は10時40分になっていた。ほんの5〜6分前に発車しちゃったと思うとホントは間に合っていたはずなのにと思うとちょっと悔しい。いや結構悔しい。

そういうわけで次のシャルトル方面行きは11:33発だ。ハイ、これでさらに60分のロス追加、決定なり。バスといい列車といい乗り物に乗り込むまでに手間取る日だなあ、今日は。それもなんだかビミョーな状態で。そういう星回りなのかしら、まだ似たようなことが起こるのかしら。もうトラブルないといいんだけど。モンパルナス駅右往左往で疲れてしまったので、待合スペースのベンチでおとなしく1時間近く待ち、11:33のル・マン行き列車に乗った。ヴェルサイユを経由し、「フランスの穀倉」と呼ばれる肥沃なボース平野を抜けて、終点は24時間耐久レースのあるル・マン。

乗降客が少ないせい? 足跡の形のままでこぼこ凍っている

モンパルナス駅を出て10分もするといきなり広がる雪に覆われた家々

定刻ぴったりに発車した列車がパリ中心部を外れると、外の景色はいきなり残雪だらけになってきた。2〜3日前のパリ近辺の異常大寒波&ドカ雪は本当だったんだ!ということがよくわかる真っ白白な光景だ。途中の小さな駅などではホームの除雪も十分にされておらず、足跡のついたでこぼこのまま凍って放置されている。シャルトルの町の雪の残り具合はどうなんだろう? パリのような都会には比べるべくもない地方都市だろうけど、世界遺産でもある観光地なのだからそれなりに人はいるから大丈夫だろうと思うけど。雪が残って凍っていると足元のおぼつかないヒナコが歩けないのよねー。…てなことをつらつら考えているうちに12時半ごろシャルトル駅に着いた。たった1時間しか列車には乗らないのである。そんな近場なのだ。カフェで朝食が終わったのが9時過ぎ、9時半にはなってなかったような……なのにモロモロ躓きまくって午前中のうちに辿り着けなかったなんて! ああ、もうびっくりだ。

家庭的ビストロでの家庭的昼ごはん

駅舎から外に出ると何か妙な開放感があって、とりたてて目をひく建造物が見えるわけでなく、どことなく郊外のベッドタウンの駅前ロータリーのような風情が漂っていた。でもちょっと足を進めると、ノートルダム大聖堂 La Cathedrale Notre-Dame de Chartres [WEB] の塔が2本の角のようなその先端を覗かせてくるので、あっちの方向に行けばいいんだなとすぐにわかる。ユーロのキャッシュが心許なくなっているので通りがかりにあったキャッシュディスペンサーに立ち寄り、そのまま丘の上の大聖堂目指してゆるゆると坂を上っていくと、ものの5〜6分で大聖堂前の(正確には「横」だけど)カテドラル広場 Place de la Cathedrale に到達する。

駅からまっすぐ坂を登るとまず到達するシャトレ広場。うっすら雪が残る広場の向こうには堂々たる大聖堂の姿が。左がゴシック様式の新塔、右がロマネスク様式の旧塔、2つ違うところが美しい

完璧に足場とシートで覆い尽くされた正面バラ窓

聖堂まわりを趣ある石造りの家々がぐるりと取り囲んでいる。この辺りは聖職関係者や富裕層が暮らしたのだろう

広場に飾られたツリー

聖堂前のブラッスリ−のディスプレイ。サンタのマネキン人形がバイクに乗ってやって来る〜〜

路地から覗く聖堂も素敵

今回の旅の2大テーマは「マルシェ・ド・ノエル」と「ゴシックの大聖堂」である。訪問地のアミアン、ストラスブール、パリ、シャルトル、各地のノートルダム大聖堂の中で、私は実はここの大聖堂を一番楽しみにしていた。シャルトルブルーと称されるステンドグラスが美しく見事であることがとにかく有名なので、それを期待しているのは勿論だが、建造時代が違うが故にロマネスクとゴシックと様式の異なる2本の塔の醸す絶妙なバランス、アシンメトリーな双塔に挟まれた大きく優雅なバラ窓と融合するその外観を見たかったのだ。ああ、それなのに! 残念なことに正面のバラ窓は修復中でみっしりと足場が組まれ無粋なシートで覆われてしまっている。がっかりったらないけど……仕方ない。古いものを遺し護ってゆくにはこうして定期的に丁寧なケアをしていくほかないのだから。

正面景観に関しては早速に残念なことになってしまったが、内部をじっくり観る前にまずは昼ごはんにしょう。なにしろ列車の到着が12時半だったものだから、もう1時近い時刻なわけで。
大聖堂の南側の広場に面して数軒のカフェやブラッスリーが並んでいるが、もうちょっと家庭的かつ庶民的な雰囲気の店がいいように思えて、脇の路地を入ってみる。趣ある石畳の裏路地の所々に小さなビストロやレストランがぽつりぽつり。その中の1軒、ランチメニュー€12.50という手書きの黒板が出ている〈L'Estaminet〉というビストロに入ってみることにした。ホントに小さな店で、1階は調理場と地元の常連客らしき人が数人いるカウンター席のみ、ギシギシ軋む狭い階段を上がった2階席も7〜8卓程度のこじんまりっぷりだ。いいわ、いいわ、この "地元の食堂" な感じ。なんせそんな規模の店だから料理をサーブするのは1階2階あわせて20代前半くらいの青年たった一人。細いメタルフレームの眼鏡にざっくりした編み込みのセーター、きっちり髪を整えた一昔前の学生のような真面目そうで理知的な雰囲気で、それでいて物腰は低く笑顔の爽やかな絵に描いたような好青年で………なんだかフランス人ぽくない

さてお昼のメニューだが、5〜6種類ずつの中から前菜+主菜か主菜+デザートを選ぶスタイルである。お昼なら夜よりは一皿の量が控えめだろうから、今日は前菜+主菜にしてみよう。ヒナコには魚介のテリーヌとサーモンを、私はキッシュ・ロレーヌと鴨のコンフィとを選んでみた。飲み物は赤ワインとシードルをグラスで。ヒナコは1/3を舐める程度しか飲まないので残りは全部私が美味しくいただいたけどね。
爽やか好青年はくるくると立ち働いてすぐさま前菜の皿を運んできた。葉ものの生野菜サラダを添えて皿の縁にカレー粉を散らすのがこの店のデフォルトの盛りつけのようで、だけど前菜も主菜も同じっていうのはそうかと思うけど。ま、たいした分量ではないので別に文句はないけどね。

キッシュ・ロレーヌは生クリームより卵の風味が強く、甘くない焼きプリンみたい。私が思うキッシュ・ロレーヌとはちょっと違うような気もするけれど、これはこれで美味しいからいいや。ヒナコのテリーヌをちょっぴり味見したら白身魚と海老の風味で、なんだかクリーミーなはんぺんって感じ。メインの焼きサーモンは肉厚の鮭のたっぷりとした切り身で、表面がカリッとしているのに中はしっとりふんわり。ヒナコは一口食べるなり「うわー美味しい。塩ジャケ焼いたのより全然美味しい!」とご満悦。ああ、よかったあ、喜んでくれて。

ちょっときめ細かさには欠けるけど、ふわふわしてはんぺんみたいなテリーヌ

少しばかり焦げ気味なキッシュ・ロレーヌ。お皿の縁に振ってあるのは何故かカレー粉

サーモンは分厚い塊だが、正面カリッ、中はしっとり。「焼き塩鮭より断然美味しい」とはヒナコの言

いきなり鴨さんの太もも1本どーんと登場でビビるが……

フォークだけで肉がほぐれ、骨からもスルリと剥がれる

簡単にホロホロになる。柔らか〜〜い

私の主菜もなかなかのものだった。コンフィとは低温の脂でじっくりと揚げるというより「煮る」調理法で、鴨のコンフィは日本のフレンチレストランでも定番のメニュー。日本では厚めにスライスされた鴨肉が数切れくらい並べられて出てくることが多いと思う。そんなに何度も食べたことはないけれどね、記憶にある限りでは。でもこの店では豪快にもも肉1本どーんと登場。一瞬おおおおっとビビったのだが、フォークで突いているだけでホロホロほぐれてくるほどに柔らかく、意外にさっぱりしていてちっとも油っぽくない。かといってバサバサしているわけでもない。骨からもぺりぺりっと肉が剥がれる。皮の焼き目は甘くない北京ダックのよう。うっわ〜〜〜〜美味しい美味しいわ、これ。繊細で洗練された味というわけではないが、料理自慢の奥様に招かれて振舞われるお客様向け家庭料理という感じ。

大満足で味わっていると、視界の下の方のはしっこで何かが動いた。柄のついていないモップのような茶色の毛の塊が床の上を転げ回り、各テーブルの間を素早く縫って一気に私の足元へとやって来た。そのモップのようなものはフサフサとした小さなわんこであった。そいつは私の太ももに前足をかけ、のび上がってこちらを見つめ、大きな尻尾をバフバフ振り回しながらハフハフしている。私はたまに動物に "選ばれて" すり寄られてしまうことがあるのだ。店内にも他にお客さんはいるのに何故一直線に私のところへ……? すごーく可愛いけどさあ、この店のわんこかなああ? 急に出現したから客のわんこではなさそうだなあ? おねだりしているようだけど勝手に鴨肉食べさせるわけにはいかないしなあ、ていうか、日本だったら潔癖性な人たちが目を三角にして大騒ぎしそうな情況(飲食店に犬!)だよなあ……犬に半分よじ登られた状態のままいろんな考えが頭の中をぐるぐるぐるぐるした。

わんこ、私の膝に半分よじ登りご相伴ねだる、の図

いつまでもうるうるした瞳で見上げられていると根負けしそうになり、早い話がその状態から解放されたくなり、良くないとわかっていながらつい鴨肉を一筋つまみ上げそうになったところ……正確に聞き取れなかったが爽やか好青年の声で犬の名前らしきものが鋭く呼ばれた。キラキラうるうる光線を目から発射していていたわんこの表情に一瞬「しまった!」というような表情が浮かび、奴は即座に踵を返して床を転がりながら階下に駆け下りて行ってしまった。やっぱりここんちのわんこか。時々店主の目を盗んでは2階席に出張しては私のようなガードの甘そうな客を目ざとく見つけてご相伴に与っているんだよな、きっと。今日はおこぼれにありつく前にバレて叱られちゃったわけだ。

デザートは頼んでいないけどカフェを食後に追加でもらって、しめて€ 34。味もお値段も分量もわんこ闖入のハプニングも含めて、なかなか満足したランチだった。ごちそうさま。

中世の息吹を感じる絵ガラスの物語たち

午後2時を回ってしまってようやくシャルトルの観光開始である。食事をしている間に少しは晴れ間も出るかなと期待していたが、相変わらず空にはどんよリ重い雲がたれ込めている。やっぱりたっぷりの光が満ちている日の方がステンドグラスの美しさはより一層極まるものなんだけど、こういう季節なんだし仕方ないよなあ。こんな冬場でなく陽光の季節で日程に余裕があるのなら、朝の空具合を見てシャルトル行きを決めるのがいいと思う。

堂内に入る前に、バラ窓がシートと足場に覆われてしまっている西側ファサード正面に立ってその造形とスケール感とを味わってみる。アミアンの大聖堂のように巨大で荘重な圧倒感はない。ストラスブールの大聖堂の輝くような流麗さとも違う。2つの町の2つの大聖堂よりは古い時代のものでロマネスクからゴシックの過渡期に当たるから、後期ゴシック特有の全面を覆う彫刻や装飾が少ないのだ。だからちょっと質実剛健な印象だが、並び立つ尖塔が優雅さを添えている。2本の塔をじっくり見比べると高さも形も装飾も全然違う。なのに決してアンバランスになっていないのが不思議であり、穏やかな調和を見せているのも不思議である。

一番華やかな南側のバラ窓とその下のステンドグラス群は、神々しく幻想的に美しい。これが800年近くも前のものだなんて!

いつ雪がパラついてもおかしくない曇天の今日、聖堂内は暗く一種独特な古びた石の匂いがした。足を踏み入れてすぐには目の焦点が合わせられない。大きなバラ窓からの光が背後から射しているはずなのだが、あいにくシートが被さっているのでなおさら暗い。このバラ窓は「最後の審判」が描かれているはずなのに全然わからない。その下に並ぶ3つの窓はこの聖堂最古の12世紀半ばのステンドグラスなのに、それも採光が悪くてよくわからない。内側からも見られないのね……残念だあ。

徐々に暗さに目が馴染んでくると、その薄暗がりの中にキラキラとした虹色の光の粒が点在しているのが感じとれるようになる。視線をそっと上に転じると、いくつものステンドグラスがほのかに発光するように浮び上がり、優しく包み込むように見下ろされているのもわかってくる。降り注ぐ燦然とした輝きではない。そのために清冽で崇高な空気が一層高まっているかのよう。

巡礼の迷路が刻まれた身廊を進むとその右手には一番見事な南側のバラ窓が。大聖堂のシンボルとなる「美しき絵ガラスの聖母」のステンドグラスも南側にある。聖母の衣も彩っているどこまでも深く澄んだ青が「シャルトル・ブルー」と呼ばれている青色なのだ。うーん、なんて神秘的な色なの。今日感じる青は深海のような重厚な青だけど、晴れている日はきっともっと明るく違う美しさに感じるのだろう。

北側のバラ窓も大きく華やかで見事なものだった。でもねぇ……北向きなものだからほとんど採光されなくて絵柄がはっきりとはわからない。どうにももどかしい。

身廊から林立する柱は実際は太いのに細い柱を何本か束ねたようになっていて軽快な印象

古い時代のステンドグラスは想像以上に彩色が濃く、そのために堂内は薄暗い

綺麗な青だなあ……

高い場所のステンドグラスの絵柄は全然判別出来ない

この聖堂内の172枚の窓がステンドグラスになっているという。ほぼすべての窓だ。総面積にして2600平米ぶん! そのうち150近くが12世紀のものだというのだから。建築、彫刻、ステンドグラスに至るまで800年前のものが揃って残っているのはこのシャルトルのノートルダム大聖堂だけとのこと。タイムカプセルのようなものね。この薄暗さは素通しの窓が全然ないせいでもあるのだ。これまで見てきた各地の教会や聖堂はステンドグラスを嵌めていない窓もかなり多かった。だからこそアミアンの大聖堂内は意外に明るかったのだけど……。

天候のせいなのか土曜日の午後という時間帯のせいなのか、これだけの大きさの聖堂なのに巡る人はまばらだ。20人くらいしかいないのでは?と思うくらい。囁くような会話の断片とコツンコツンとした靴音のみが時たま聞こえるだけ。私はクリスチャンでもなければ人一倍の敬虔さも持ち合わせていないけれど、必要以上に物音を立てては申し訳ないような気持ちになってくる。この静謐はとても心の安らぐものだった。

でもやっぱり全体的にちょっと暗すぎたかなー……。もうちょっとねぇ(笑)。

大聖堂の塔のある町並を探して

じゃあ今度は少しシャルトルの旧市街を歩いてみよう。なんせ今日は出遅れてしまっているので、小一時間ばかり大聖堂を中心に徘徊する程度だろうけれど。でもいろんな角度から切り取った「聖堂が見える町並」を見てみたい。

聖堂を出て再び南側のカテドラル広場へと戻る。大聖堂は高台の上にあるのできっと町のあちこちから見上げることが出来るのだろう。お昼の食事処を探した路地よりもう一本後方寄りの路地を入り、なんとなく道なりに進んでみると階段があったので下ってみる。この辺り一帯がシャルトルの旧市街だ。通りには中世期の石造りの家とルネサンス期の木組みの家とが混在して肩を並べているのだけど、不思議と調和しているのが素敵。その家並の向こうには大聖堂の尖塔が顔を覗かせていて、歩を進め振り仰ぐたびごとに角度や見える分量が異なってゆくのだが、その姿はどれもみなそれぞれ異なった美しさなのだ。

階段を下りたあたりの一際大きく立派な木組みの建物が、鮭の取引に使ってたというその名もサーモンの家 Maison du Saumon。サーモンの家の前は短いけれどやや急な坂になっていて、下りきったところにベルツ王妃の螺旋階段 Escalier de la Reine Berthe がある。建物の側面に張りついた小さな木組みの塔のような感じなのだけど、この中は螺旋階段になっているのかな?

もう一度階段の下まで戻り、さらに道なりに下ってウール川に架かる小さな橋を渡った。橋を渡った辺りから橋+旧市街の家並+大聖堂とをセットで望む風景の絵になることといったら!
橋の先で左に折れ、しばらく川沿いの舗道を歩く。川越しに左を仰ぎ見れば大聖堂の堂々たる横顔が、右側には可愛らしい民家が並んでいる。ふと気づくと可愛いお婆さんが窓の内から優しい笑顔で手を振ってくれている。川沿いには古い洗濯場の跡などもある。道筋に停車してある自動車がなかったら本当に歴史の中に迷い込んだように感じられるんじゃないかな。

階段を降りきって振り返ってみると2本の塔の先端が覗いていた

少し坂を下るとアングルが変わる

ウール川に架かる橋からのぞむ大聖堂。このアングルが一番好き

さらに川に沿って緩やかに下り、徐々に側面に廻りこんでいくと、南のバラ窓も緑銅色の屋根もどんどん見えてくる

しばらくウール川に沿って進むと趣のある石橋が架かっているちょっとした緑地に出る。川には白鳥の優雅が姿があり、ここから見上げる大聖堂の姿も絵になるったらない。石橋を渡った先には、聖堂の後陣を見上げる長く急峻な石段が続いている。えー!? いったいいつの間にこんなに急な崖を登らなければ戻れないほど下ってきちゃったんだろう?

大聖堂の真後ろまで来た。それほど下ってきたつもりはないのに、いつの間にかこんなに高さが違ってしまった

距離と勾配もきついのだが、一段の高さが微妙に高く疲れる階段だ。ネをあげかけるヒナコをなだめ、休憩しつつ一歩一歩進む。いったい幾人に追い抜かれたことか。でも、一歩足を進めるたびに一歩ずつ聖堂が近づいてきてくれる。眺望のよいのが何より救いだ。石段のちょうど中ほどに小さな公園があり、東側からの大聖堂のビューポイントとなっている。冬枯れの今は裸木と土くれだけの茶色いスペースでしかないが、公園にはベンチもあるので、緑の豊かな季節なら聖堂を眺めながら途中休憩してゆっくり登っていくのもいいかもしれない。

さあ、ステンドグラスを学んでみよう

大聖堂の南側から東側までを高台の裾をぐるっと巡って戻ってきた。そのまま北側の側面まで廻り込んでいくと、ちょうど北側のバラ窓の辺りに面して3棟連なった木組みの建物がある。かつて教区民から税として徴収した穀物を収納していた倉を改築したという国際ステンドグラスセンター Centre international du vitrail [WEB] 。何故か日本のガイドブックにもネット上の口コミにもほとんど登場しておらず、私はたまたまフランス政府観光局のHPでその存在を知ることが出来たのだけど。どうしてかな? まだ新しい施設なのかしら?

知られていないのなら私は声を大にして言いたい。ステンドグラスに興味あるのならココお勧めですよ、観るべきですよ!

日本語での紹介が少ないせいもあるが、エントランスの門などもとてもささやかで、三連の木組みの建物は妙に町並に溶け込みすぎていて、ボーっと歩いていると見落としてしまいそう。これは事前に場所を知っていなくては無理ね、通りがかりに気づいて足を踏み入れていける感じがしない。建物入口はガラス扉で、ちょっと覗けば受付と小さなショップと奥に展示室が続いている様子が見て取れるのだが、門から建物までの間に前庭があるので、道からではわかりにくいのだ。
このセンターはステンドグラスの展示だけでなく、古いものや新しい技術の研究、世界中のステンドグラスの修復を行う工房などもあるらしい。

暇なのか受付のお姉さんは本を読んでいたが、私たちに気づくと満面の笑顔で迎えてくれた。€ 4の料金を払うと、彼女は見学ルートは地下に地下にと降りていってずっと巡って自分の前を通って出口なのよ、みたいなことをフランス語とボディランゲージとでニコニコ説明してくれた。ここに戻ってくるのならと邪魔なコートを預ける。といっても彼女の後ろにあるハンガーに吊るすだけ。小さなミュージアムはどこもみんなこのパターンだ。

受付を抜けて最初の展示室には、実際に教会の窓に嵌まっているステンドグラスが目の高さに据えてある。わずか10cmの距離にまで顔を近づけてとっくりじっくり観ることができるのだ。私はこれまでステンドグラスというのはモザイク状に色ガラスを嵌めこんだだけと思っていたが、人物の顔や衣服の陰影を表す濃淡などは絵付けによってなされているを初めて知った。その細かさといったら! 顔の表情はおろか睫毛や小じわや馬のたてがみの一本一本にいたるまでが細い描線で丁寧に表現されているのだ。何メートルも頭上にありここまでの細部は見えはしないのだけど。でも、これだけ丁寧に描きこまれているからこそ、全体で見た時に柔らかなニュアンス感じることが出来るのだよなあ……。これはもう驚嘆モノ。

原寸かぶりつきのステンドグラス展示が何点か続き、次は道具や製作工程の展示に移る。ああ、こういうの見たかったのよ! 説明文はフランス語と英語だけなんだけど、下絵→ガラスカット→絵付け→嵌めこみと手順ごとに並べられているのでわかりやすい。吹きガラスの展示もあった。微妙な濃淡の調子がとても美しい。

ギリギリにまで顔を寄せて細密に絵付けされたステンドグラスをつぶさに観察出来る。(ポインタを合わせると細部を拡大します)

製作手順の表示。こういうの大好き! 見ているだけでワクワクしてくる

説明文が読めなくても見ていればなんとなく理解出来てくる

大聖堂のすべての窓の写真を貼りめぐらせた部屋もある。現物のステンドグラスは位置が高すぎて何が描かれているかはとてもわからない。そもそも教会のステンドグラスというのは単なる模様や装飾ではなく、文字の読めない人たちに教義を理解させるための絵物語なのだ。……ということは、絵柄の詳細が肉眼で見えること前提で作られている距離とサイズのはず。ホントかよ? 中世の時代の人たちはおそらく私の想像以上に視力は優れていたのだろうが、パソコンや活字で人一倍酷使しまくっている私の目ではもう全然無理、まるっきり無理ったら無理! 双眼鏡使ってようやく絵柄がわかるがそれでは全体の俯瞰が出来ないし。そうやって双眼鏡使っても絵付けがなされていることまでは見えなかったわけだが。

展示部屋は急拵えらしくベニヤむき出しのそっけなさで、展示物だって大きく引き伸ばしてプリントした写真がぺたぺた貼られているだけなのだが、この場合は作品の質は問題にならない。一枚一枚の写真には聖堂のどの場所の窓かの表示がされ、丁寧な絵物語の解説とが添えられている。キリスト教の素養がないのとフランス語でしか書かれていないのとで内容はちっともわからないけれどね。こうして見るとステンドグラスってコマ割りした漫画と同じだ。日本の漫画は右上から左下へと進んでいくが、逆方向の左下から読み進んでいくようだ。

土曜の午後のため閉まっていた製作工房。ここが一番見たかったよー!

大聖堂の172枚すべてのステンドグラスの写真とその解説。展示室はもうちょっとどうにかならんかったのか……

地下のかつての倉庫は現代作家の作品が並ぶ展示室になっている

「これもステンドグラスなんだー」とびっくりする鮮やかで斬新な作品たち

製作手順の展示部屋に続いて実際に製作や修復を行う工房もある。作業の見学が出来るようなのに、土曜日の午後ということもあって扉は閉ざされ室内は無人だった。施錠されたガラス扉にへばりついていろいろな道具や染料の瓶などが並べられた作業台や棚を観察する。ああーここで作業しているところぜひとも見たかったなあ〜〜〜〜! 私は自分では人に見られていると緊張して描けないくせに、人の作業はとっくり観察したいという我侭者なのである。

>> このアトリエではワークショップなんかもあるらしい。他にもシャルトルの町には作業過程の見学が出来るアトリエがあるようで、言語の壁はあるけど興味があったら楽しめそう

現代アート風の小品がいくつか展示されている踊り場を通って地下へと階段を下る。地下は若手作家の企画展示室になっていた。かつての穀物倉だったところで、緩やかなカーブを描くヴォ−ルト天井と大きな梁が往時そのままに残されている。展示作品はカットグラスを熱で溶かして接合させるフュージングという新しい技術を多用した大胆で斬新なもので、それがこの古めかしい空間にしっかりマッチしているのがとっても不思議。

作業見学が出来なかったことだけが心残りだが、ステンドグラスのことを多方面からしっかり見て知って大満足。実は館内を見学中たった一組しか他のお客さんに会わなかった。人気ないのかなあ? 冬だから? 夕方だから? こんなに面白いのになあ……。
ちなみにトイレは館内ではなく前庭の隅っこにあり、受付に外鍵を借りて使わせてもらえる。
時計を見るともう5時だ。今日は一回も太陽は顔を出さなかったなあ、一日中低く暗い雲がどんよりして底冷えしていた。花や緑や空の美しく日の長い季節ならもう少しシャルトルの旧市街を散策するのも素敵なんだけどね、今日はもうほどなく暗くなってしまう。パリへ戻る列車は毎時25分発だ。間に合いそうだからそれに乗って帰ろうか。

最後に見る大聖堂は北側から。うん、どこからでも絵になること

二度あることは三度も四度も五度もある? やっぱり躓く一日だった

駅へ向かう下り坂にはまだ雪がところどころ残っている。今日の気温では溶け切らなかったかー……。日没近いこの時間になってようやく西空の雲にわずかに切れ目が出来て茜色の筋が垣間見えている。明日は青空が見られるだろうか。

ル・マンからやってきた列車は定刻の17:25より7〜8分遅れて発車し、途中ちょっぴり遅れを稼いで、モンパルナス駅には4〜5分遅れで18時40分頃到着した。駅前の広場まで出る頃にはすっかり日は落ちて暗くなっていた。
さて今日のディナーどうしよう? お昼をしっかり食べてしまったのでレストランやビストロに入るのはちょっと負担だし、だけど美味しいものは食べたいし、そろそろ旅の疲れも出ることだし……で、お惣菜とワインを買ってホテルでゆっくりするっていうのもいいね。

地下道やメトロ駅では直結しているのだが、国鉄モンパルナス駅の前にバス降車ターミナルの広場をはさんでショッピングモールになっているモンパルナスタワー・ビルがある。3年前には通りがかっただけだけど、このモールに高級スーパーのINNOが入っていた記憶があるのだ。ちょい高級めのデリなら目で見て少しずつ買えるし、そこらのテキトーなレストランよりよっぽど美味しいはず。

うろ覚えで記憶しているINNOがあった場所に行ってみると、そこはHabitaだった。うわあ懐かしい! むかぁし昔、私が20歳くらいだった頃池袋の駅前に出店していた英国の老舗家具ショップだ。ポップでお洒落で憧れてて、デスクが欲しかったけれど高くて生活小物買ったりしてたんだけど、いつの間にか無くなってた。ただ日本から撤退してただけだったんだね。まあ、そんな感慨はさておき、デパートかスーパーマーケットはないの? 確かこのエリアにお馴染みのスーパーMonoprixもあったはず。

>> Habitaは2011年6月に倒産。旅行時(2010年12月)にはちゃんと店舗があったのに……。今はどうなっているのかな?

国鉄駅とは反対側──モンパルナス大通り Bd.du Montparnasse に面した側に建物をぐるりと周っていく。モールのエントランス前の歩道にマルシェ・ド・ノエルの屋台小屋がいくつか出ていた。お菓子や雑貨類の店がほとんどのようで、モールの出入口でメトロの出入口でもあって市バスのターミナルも近くにあって、歩道は狭くはないけどそうたっぷり広いわけでもなくて、さらに土曜日の夕方ということもあるものだがら、周辺は若い人たち中心に大変な賑わいだ。私はこういうお祭りっぽいのはワクワクして楽しいのだが、ウロウロ探し歩くうちに案の定ヒナコがだんだんと眉根を寄せ始めた。

モールの地下にも降りてみたが、単体のショップの集合体なだけだった。やっぱりINNOはなくなっちゃったみたいだなあ。Monoprixのモンパルナス店もあることは調べ済みだったが、正確な場所まで控えてはこなかった。そもそもまたしても勝手な思い込みで、モンパルナス店はメトロのモンパルナス・ビアンヴニュ駅やモンパルナス・タワー・ビルに直結していると決めつけていたのである。だからタワービルから離れようとはつゆほども考えず、地下を端から端まで歩き次は一階を端まで歩き、メトロ駅入口や国鉄駅連絡口に突き当たってしまってはため息をついていたのである。

一度外に出てタワービルの東側に沿って歩いてみれば通りの反対側にMonoprixの赤い看板ネオンが光っているのに気づけたかもしれない。タワービルの外周も歩いたのだが、完全に沿ったのは340度くらいだった。その20度分の範囲の中にあったわけ。後になってみれば、どうしてあんな大きな看板が見えなかったのだろうと思うけど、その時は視点がおそろしくマクロになってて、通りの向こう側を見やるなんてしなかったんだもの

ヒナコは完璧に不機嫌モード。ごはんなんかもう要らない、果物だけでいい、あなた一人で出かけて食べてくればいいと定番のセリフを言い始めた。だからさぁ…果物買うにしても店を探さないと、でしょ? ホテルの前にちっちゃなミニスーパーがあるけどね、あそこじゃろくなもの買えないでしょ。私は一人でレストランにも入れる人間だけど、土曜夜なら目ぼしい店は混んでるだろうし、そもそも今日はレストランの料理を完食するのは無理無理! だから脳内では何が何でも「デパートかスーパーのデリで持ち帰り惣菜」だったのだ。勿論、お手頃なワインも購入してね。ファーストフードで済ませてしまう選択肢は最初からなかった。

ヒナコにぶうぶう文句を言われてムカつきつつ、自分でも混乱しているなりに一生懸命考えるうちに、サン・ジェルマン・デ・プレのMonoprixの場所なら知っていることを思い出した。サン・ジェルマン・デ・プレ教会の斜め向かいくらいの広場に面した場所にあったんじゃなかろうか? サン・ジェルマン・デ・プレならメトロ4号線でここから1本だ。カルネもあるし……電車乗ってわざわざ行くのもちょっとどうかという気もするけど……目の前にメトロ乗場あるし……ええい、乗っちゃえ!

サン・ジェルマン・デ・プレはモンパルナス・ビアンヴニュから3つ目だった。教会正への出口階段を登ると、見覚えのある伸びやかに美しい鐘楼塔が目に飛び込んでくる。ここでも教会前の広場にマルシェ・ド・ノエルが立っている。尖った三角屋根の塔を持ったロマネスク様式の教会と小さな山小屋のようなマルシェの屋台の組み合わさった風景は夢のように可愛らしい。お洒落なブティックや雑貨屋などが集まるエリアの市だもの、一瞬覗いていきたい気持ちになったが、ヒナコがぶーたれている。それになんだか片付けを始めている店もある。ええっ!? もう8時近いの?? 1時間以上も何してたんだ、私(迷って徘徊してたんだ)。

教会前の道路をはさんでカフェ・ドゥ・フロールとレ・ドゥ・マゴの2軒の老舗カフェが隣り合っているのが見える。その反対側に……あった! Monoprixの赤いロゴ!

ようやく辿り着けたMonoprixの食品売り場はとても広くとても充実していた。今度は何を買うか迷いに迷い、後述するがここでもすんなりいかずにレジでちょっとした躓きがあった。サン・ジェルマン・デ・プレからエトワール広場まで直通の交通機関があればよかったが(バスならベストなんだけど)、別のルートにトライして乗り換えが階段だったり迷ったりするくらいならと、素直に4号線でモンパルナスに戻り92番のバスでホテルに帰った。

スラスラ書いているが、スラスラは進んでいないのだ。いちいちゴツゴツ躓くの。……そうなの、今日はそういう日なの(涙)。モンパルナス駅周辺には乗り入れているバス路線があまりに多過ぎて、乗場がなかなか見つけられなかった。大きなターミナル駅にありがちなことで、降車ターミナルと乗車ターミナルは建物をはさんで300〜400mは歩かなくちゃならないのだ。結局またもモンパルナス・タワービルの周りを一周してしまい、その時にMonoprixモンパルナス店を見つけてものすごくものすごーーーく悔しい思いをした。ああ、さっきもう数m進んでいれば、ちょっと向こう側に首向けていれば、気づいたのにって。

遅くなっちゃったけど、なかなかGOODだった持ち帰りディナー

そんなこんなでモンパルナス駅に着いたのは6時半ちょっと過ぎだったのに、ホテルに帰り着いたのは9時半もとうに回ってどちらかというと10時前と呼んだ方がいいくらいの時刻になっていた。まったく3時間以上もいったい何してたんだ私。早めに帰ってゆっくりする計画は……くすん。
身体はすっかり冷え切っているが、お風呂で温もることよりまずは空腹を満たすことが先決。さあ、食べよう食べよう!

どれを選んだらいいのか迷いに迷って逆上してしまいそうなほど種類の多いお惣菜たち。これはほんのほんの一部だ

迷いながら買ったのは、ウサギ肉のテリーヌ、プロヴァンス風テリーヌ、にんじんとキャベツのサラダ、チーズとドライトマトのパスタ。テリーヌ一切れはだいたい2cm厚さくらい。ナイフを当てて「これくらい?」と聞いてくれるのでもうちょっと多くとか少なくとか言えばいいのだ。サラダとパスタはガラスケース越しに指さして「サングラム(100g)シルヴプレ」でOKだ。なんだか前菜ばっかり選んでしまったが、レストランでのオーダーとは違うので問題ない。この惣菜だけで合計€ 7.16だった。ユーロ安なので、日本のデパ地下惣菜よりは多少割安に思えるくらいのお値段。

スライスして袋詰めされたポワラーヌのパンも買った。日本人が適量に思う一袋の完全に倍量はあるが、それが最低サイズなので仕方ない(さらに大容量のものはある)。ワゴンに積まれていたテーブルワインはなんと€ 2.99。デザート代わりに「グルメなんとか」と書かれたフルーツソースたっぷりのヨーグルト、モノプリ・プライベートブランド4個パックのヨーグルトはレモン風味を選んだ。グルメなんとか・ヨーグルトは2個パックなのに4個パックのものの倍以上のお値段。

青果コーナーからはグレープフルーツ大の巨大トマト、洋ナシ2個、みかんを2個。この分量なら明日の朝ごはんの分までたっぷりある。
このトマトと果物なのだが、私が惣菜エリアのケースの前を行ったり来たりしながらどれをどの組み合わせでどれだけの量買うべきか熟考に熟考を重ねている間、飽きて売場をフラフラしていたヒナコが見つけてきた。むき出しのままポリ袋に詰め込んできたようで値札もラベルも何もついていなかった。これって値段どうなってるの? そもそも果物や野菜の大きさと形をきっちり揃えて売っている国は世界中でも日本くらいなのだ。他の国では、大きいのも小さいのも熟れてるのも若いのも傷のあるものもないもののごちゃ混ぜで売られていることがほとんど。だから大抵の場合量り売りで、1個いくらという値段のつけ方はしない、というか出来ない。

……と、私は疑問に思ったのだが、ヒナコは「みんなぽんぽん好きなように袋に入れてたわよぉ。レジの人は値段わかってるでしょぉ、きっとぉ」てな具合。えー、そんな日本のスーパーみたいなきめ細かい対応してくれるかねぇ、フランスで?
案の定、10人以上の行列に並んだ末のレジでは「これとこれはダメ」とトマトと果物ははじかれてしまった。ほーら、見ろぉ、やっぱり値段ついてないからダメじゃないかあ! 仕方ないのでまたフロアを延々歩いて(この店舗はやたら広くて、衣料品売場の奥にドラッグ類売場があって食品売場はさらにその奥なのだ。で、レジは入口近くだけなのだ)青果コーナーに戻ってみると、ちゃんと秤があるではないか。商品を載せて該当商品のボタンを押すとピピッとバーコードシールが出てくるヤツね。シールを貼って再度レジへ並ぶ。レジの人の数、少なすぎるでしょ。ちなみに巨大トマトは€ 3.5もした。高っ〜い !!

「だってそんな器械あるのわかんないもん、みんな袋に入れてたもん」とヒナコは隣でぶちぶち。うん、そうね、みんな袋に入れてたろうけどその後量ってシール貼ってただろうね、ねー、どうせならそこまで観察しといてくれないとね。
とりあえずヒナコには幼稚園児に言うのと同じ言葉をかけておこう。「勝手に取って来てカゴに入れちゃダメでしょ!」……てね。

長くなっちゃったが、そういうわけで各所各所で物事はスムーズに進まず、行きつ躓き戻りついちいち時間がかかってしまったわけだ。もうね、今日はね、"そういう日" なんだよね。もしかしたら深刻なトラブルや事故が起きたかもしれないのに、ささやかな躓きが小出しにされたことで、その可能性を分割してくれたのかも……そう考えなくちゃね。さ、今度こそ食べよう食べよう。

何をもってして「プロヴァンス風」というのかわからないけれど、テリーヌは複雑な味わいでとっても美味しかった。使われている食材の種類は私の舌ではとてもとても判別できないけど、とにかく美味しい。
にんじんとキャベツのサラダは、とりたてて変わったところのない無難な味だったが、ヒナコは「美味しい美味しい」とぱくぱく。想像したとおりの味ってことは、つまりは変に意表を突かれず安心できたってことのようで。
パスタは個人的にはもうちょっと硬めに茹でてほしいところだが、持ち帰りのデリとしては十分合格点。
サラダと生トマトはたっぷり平らげたヒナコだが、ウサギ肉のテリーヌだけは一口しか食べなかった。臭みというほどではないけれど、普段の食生活では馴染みのない風味が苦手だったよう。単語だけで食欲が左右されちゃう人なので「ええーあの可愛いウサギちゃんのお肉なんて食べられな〜い」という気持ちもあったのかな、多分。

ここに巨大トマトや果物の青果群も加わり、結構満足できるディナーとなった

勿論私はすべてを美味しくいただいた。サラダだけは「なんか普通すぎてつまんなーい」と思ったがヒナコが気に入ってくれたし。少し癖のあるウサギ肉はポワラーヌの田舎風パンとの相性もばっちり。
ワインも値段の割に美味しい。イタリアワインは中級クラスのものがいいけれど、フランスでは高級ワインと日常飲む安いテーブルワインとの両端が美味しいと思う。

そんなに買い込んできたつもりはなかったのだが、全部は食べ切れなかった。
本日の歩数は17362歩。ううーむ、5000歩くらいはさ迷い歩いた分かもしれないな。

 
       

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