スイーツ持って郊外へお散歩に行くのだ

あまり爽やかではない目覚めだ。今朝も早起きは出来なかった。そろそろ疲れがたまってくる頃合でもあるし、なんせ旅の前半では体調崩していたんだもんね。目覚めて時計を見ると8時を過ぎていた。まだ夜明け前のような感覚だったんだけど……。だって窓から光が入らないもんだから部屋が暗いのだ。
昨日と同じように中庭(と呼ぶにはおこがましいささやかなスペース)に面した窓から首を突き出して矩形に切り取られた空を見上げると、昨日のそれよりはだいぶ明るく青っぽい。ああ、少し天気が快方に向かったのかな。

まあ、あまりスケジュールこなしにガツガツするのはよそう。
窓を開けても朝の爽やかな風や陽射しがこれっぽっちも入らないのは今ひとつ清々しさに欠けるが、熱いシャワーで気持ちをシャッキリさせ、とりあえずTVのスイッチをオン。今日は日曜日なので毎朝観ていた番組がやっていない。すっかりお馴染みになったキャスターのおじさんにもお天気おばさんにも今日は会えない。いろいろチャンネルを変えてみても日曜の朝という時間帯のせいかアニメ番組が多い。ドタバタラブコメディ風のドラマだか映画をぼんやり眺めながら、昨日の残りのウサギのテリーヌとパン、ヨーグルトと果物、インスタントのカプチーノや味噌汁で朝食にする。
ポワラーヌのパンは美味しいのだが、いかんせん一袋の量が多い。ヒナコがほとんど炭水化物を摂らないせいもあるけれど、昨日の夜と今朝と食べ続けてもまだなくならない。明日に持ち越したらさすがに固くなっちゃうだろうしなぁ……、でも、ま、とりあえず残しておくか。最終的には鳥餌にすればいいんだし(笑)。

別にドラマに見入っていたわけではないが、ちょっとのんびりしすぎて10時近くになってしまった。部屋が暗いとどうも寛ぎモードになってしまって困る。さあ、今日も元気で出かけよう!

今日はイル・ド・フランスのサン・ジェルマン・アン=レイとリュエル・マルメゾンという2ヶ所を訪ねるつもり。イル・ド・フランスとは「フランスの島」と呼ばれてきたパリを中心に半径100キロに広がる地域のことで、素敵な場所がたくさんあり、パリに滞在して日帰りや一泊エクスカーションするのに最適なのだ。4日目に訪ねたプロヴァンもそうだし、有名なところではヴェルサイユやフォンテンヌブローなどもそう。サン・ジェルマン・アン=レイ Saint-Germain-en-Laye [WEB] はセーヌ川の上流に位置し、RERでわずか20分と交通も至便、郊外の閑静な住宅地であり、パリとセーヌ川を一望できるちょっとしたレジャースポットでもある。気軽に行くのにちょうどいい。

で、パリとセーヌ川遠望を彩るプラスαとしてちょっとささやかな計画があるのだ。計画遂行のために凱旋門下のRER駅には直行せず、ワグラム通りを遡ってテルヌ広場 Place des Ternes へ。この広場には常設の花市が立っていていつも鮮やかな色彩が満ち満ちているとのことだが、今は樅の木市に変わっていて一面常緑になっている。あっちにも樅の木、こっちにも樅の木、広場は小さな森のよう。

通りがかったスーパーマーケットでは、個別包装したパンが種類別にぶら下げられて売られていた。ちょっと可愛い

普段はふんだんに花々が溢れているであろうテルヌ広場は樅の木で埋め尽くされていた

テルヌ広場前の大通りは広場を境に名前が変わっていて、西方向はテルヌ通り Av.des Ternes が、東方向には超高級ブランドストリートフォーブル・サントノーレ通り Rue de Faubourg St Honore となっている。私たちはフォーブル・サントノーレ通りの方へ。エルメスやディオールやカルティエなどの高級ブティックが軒を連ねるエリアまではうんと遠いのだが、私が愛してやまないショコラティエ〈La Maison du Chocolat〉[WEB] の本店がすぐ近くにあるのだ。フランスでは日曜日というのはほとんどの店がお休みになってしまい、市内に数店あるメゾン・ドゥ・ショコラも例外ではない。でもホテルから徒歩圏のこの本店だけは日曜の午前中のみ営業することをばっちりリサーチしてきたのだ。私のささやかな計画──それはパリとセーヌ川を一望しながらメゾン・ドゥ・ショコラのエクレアを食すこと! 眼福口福、同時に味わってしまうのだ! うーむ、なんてココロ踊る素敵な計画なんでしょ。

>> 日本でもこの2ヶ月前から銀座のメゾン・ドゥ・ショコラでエクレアが買えるようになった。でも数量限定の販売だしなかなか入手は困難、そもそも1個¥651という高価さである。ユーロ安の今、絶対にパリで食べておかねばならぬと決意した次第

メゾン・ドゥ・ショコラ本店は空いていた。お客は上品そうな老マダム一人だけ、これまた上品そうなマダム店員と優雅に談笑しながら商品を選んでいる。まだ開店してほどない時間のせいか、日曜日の午前中だけ開いていることを知らない人が多いのか、観光客の通過する道沿いにないためか、理由はわからないけれど。過去に他の支店に来た時には山盛りの人がわんさか溢れてごった返していたように記憶しているが。

店内に入ると、いつの間にかダンデイなイケメン店員がすぅっと現われ私の斜め脇に立って微笑んでいる。うーん、ちょっと小柄すぎるのが残念だけど……って、それはさておき。イケメン店員に説明してもらってビターチョコレートのエクレアとキャラメル・エクレア、タルト・オ・ショコラを選んだ。うやうやしく銀のトレイに取り上げ、一個一個個別に箱詰めして細いリボンをかけてくれる。合計で €14.40。あらあら、もう、なんていうか、すご〜く優雅な気分だわ〜〜♪

念願のエクレアとタルトを入手してウキウキとメトロ駅に向かう。
「ケーキつぶしちゃ大変だから私が大事に持つわよ」とヒナコが言うので、紙袋は彼女に預けることにした。
昨日は切符を持っていないばかりに手間取ってしまったので、カルネと一緒に今日の分のゾーン内乗り放題切符 Mobilis はちゃんと買っておいた。ゾーン1-4で €10.15なり。よし、今日もバンバン使い倒してやるゾ!

シャルルドゴール・エトワール駅にはメトロの1、2、6号線とRERのA線が通っている。今日乗るのはRERなのでメトロの改札と間違えないようにしなくちゃ! RERの乗り場はちょっと離れていて地下道をかなり歩かなくてはならず、わかりにくいのだ。A線は北西方面には3方向に行先が分かれているので、来た電車に安易に飛び乗ったりせず電光案内板でちゃんと確認しなくちゃいけない。ラッキーなことにちょうど次に来るのがサンジェルマン・アン=レイ行きだった。

思い描いたように物事は進まないものなのだ

比較的富裕な郊外住宅地のサン・ジェルマン・アン=レイに向かう路線なので、車内の雰囲気は普通の郊外電車の風情だ。空港発のB線のように、床にゴミが散乱していたり車内が落書きだらけだったりなどの荒んだ空気は微塵もない。口コミなどでは一概にRERは危険危険というけれど、路線によって通るエリアによってそれから時間帯にもよるだろう、客層も雰囲気もまるで違う。
電車は20分ほど走り、最後にセーヌ川に架かった橋を渡って地下にあるサン・ジェルマン・アン=レイ駅のホームに滑り込んでいく。

薄暗い構内でぱーーっと華やかな色彩が目に飛び込んでくる。売っているのはブーケのみ。みんな訪門先に持って行くのね

改札口の内側では、おそらくメトロから乗り換えてきたと思われる数人の人たちが駅構内から出られなくて困り果てていた。ゾーン1-2(パリ中心部)の範囲ならメトロもRERもバスも同一料金なのでカルネ1枚で事足りるのだが、その外側に出る場合はうっかりカルネで入場してしまうとエラいことになるのだ。途中下車して切符を買いなおすか、最初から目的地までの正しい切符を買っておかなくてはならない。ゾーン1-2範囲の切符を持っているのならその差額分だけ買えばいいんじゃないのって? ところがなぜかそういう買い方が出来ない、というか存在していないようなのだ。目的地の駅にも精算システムなどは存在していない。そもそも駅出口に駅員がひとりもいないのだ。自動改札機が並んでいるだけで、料金不足の切符は律儀な機械にハネられる。自動精算機? そんな親切なものがあるわけない。スムーズにそのまま電車に乗って来てしまえるだけにメチャクチャ始末におえないよねぇ。
出るに出られない彼らは可哀相だけど私にはどうしてあげることも出来ないので、申し訳ないけど見て見ぬフリ。ごめんね。

出口エスカレーターを上がって外に出ると、右横にはサン・ジェルマン教会 Eglise Saint-Germain が、正面には16世紀のものを復元したというサン・ジェルマン・アン=レイ城 Château de Saint-Germain-en-Laye がどどーーんとそびえ立つ。城壁や堀なども残っているらしい。宮殿系の城ではなく守りのための城だ。現在は国立考古学博物館 Musée d'Archeologie Nationale となっており、先史時代のコレクションとしては実はヨーロッパ随一とのことなので、興味のある人にはたまらない博物館なのだと思う。でも私たちは今回のところはパス。

地下にある駅から出てきて最初に目の前に現れるのがこのお城。赤い窓枠がちょっと可愛いけど全体的には無骨な感じ

テラスの縁へと向かう道

城側へ道路を渡って城に沿って左脇へ進む。城の東側には庭園があり「サン・ジェルマンの森」という自然林へと続いているのだが、その崖縁に作られたのがテラス・ル・ノートル Terrasse Le Notre。ヴェルサイユ宮殿の庭園の作者として有名なル・ノートルの設計したテラスは、全長2400mもあるという。テラスに沿って歩けば展望台があってセーヌ川とパリ遠景が一望でき、ところどころに森への入口も設けられている。途中に "四季折々美しく草花の咲き乱れる" イギリス庭園もあるとのことだが、どうせ今は茶色く冬枯れているに決まってる。

季節のせいもあるのかテラス方向に散策に向かう人はほとんどいない。犬を散歩させる人を追い越しジョギングする人に追い越され、テラスの縁の一番端っこに到達するまでも500mくらいは歩かなくてはならない。長辺が2400mもあるテラスだが短辺も長いわけだ。ようやく着いたテラスの縁からはパリ市内が一望できる絶景が……絶景が……否、そうたいしたことない

確かにテラスのある崖下には流れているのはセーヌのようだが、見る限りただの普通の川だ。遠くパリらしき街並が見えてはいるがどんより曇っているせいもあるし目を凝らさないとハッキリとはわからない。カメラをズームしたり双眼鏡を使ったりしてようやく確認できたのはパリ副都心であるラ・デファンス地区の高層ビル群だけ、エッフェル塔とか凱旋門とか──いわゆる "パリらしい" 建造物はまず見つけられない。うーーーーん、これは微妙だわ。街並を遠望するだけだったら高尾山の展望台から都心を俯瞰した方がよっぽど感動できそうではある。

曇っているとはいえ、どこにパリが見えるというのだ?

肉眼ではよく見えないので、双眼鏡やズームレンズを使って頑張った挙句、ようやくラ・デファンス地区が見えた

晴れていれば……暖かければ……草木が美しければ………おそらくとても気持ちのいい散歩道

絶景が今ひとつ期待はずれとはいえ、突き抜けた開放的な空間は気持ちいいのでしばらくテラス縁の遊歩道をぷらぷらとそぞろ歩いてみる。開放的ということは、空気が澱まず風が抜けるということで……つまり歩いているうちにだんだん寒くなってきた。ジョギングの人と犬の散歩の人しかいないわけだ、レジャー目的でテラスの散策を楽しむには季節はずれなのだ。でも、ヒナコが大事に抱えているメゾン・ドゥ・ショコラのエクレアとタルト……これは期待を裏切るはずは絶対にない。

空が高く晴れていて緑濃く心地よい風の季節であればさぞ気持ちよく見晴らせそうな場所に展望バルコニーが設えてあり、いくつかベンチが据えてあった。よし、ここでエクレアを食べよう。

ちょっと寒いけど我慢して見晴らしのいいベンチに腰をおろし、紙袋からエクレアの箱を取り出す。ちょっとどころか本当はかなり寒いんだけど、これからの口福への期待に高揚しているものだから感じないのだ。さあ、エクレア様の登場です、じゃーーーーん! が、しかし、ショウケースの中で宝石のように艶やかに輝いていたエクレアはとんでもないことになっていたのである。まあ何ということでしょう、劇的ビフォーアフター!
ヒナコが大事に抱えた紙袋の中でエクレアの箱は天地がひっくり返ってしまったようだった。ひっくり返ったまま袋ごと抱きかかえられて、体温とRER車内の暖房とに温められ、その後テラスを抜ける寒風で冷却され……ああ、メゾン・ドゥ・ショコラのエクレア様に対してあまりに非道な仕打ちをしてしまった。どんなお姿になってしまわれたかは、あまりに申し訳なくあまりに悲しくて、とても言葉にならない。うう。

美しく整然と並べられていたエクレア様。金箔まで纏われて、なんて見目麗しく気品あるお姿なのでしょう

中に貼りついていたショックから思わず箱を無惨に破いてしまった。より一層惨めさがパワーアップして悲しい

こっちは破かずに慎重に剥がして開けた。キャラメルが完全に分離している。これはこれで悲しい

唯一無事だったタルト・オ・ショコラ。ああ美しい! なんて美しいのだ! ねっとり濃厚でありながらも洗練された甘さと香り……ああ素晴らしい!

エクレア様の外観は悲惨だったが、味はそれはそれはもう絶品だった。意外にしっかり歯ごたえのある皮のそれでいてさっくりした焼き加減、滑らかでありながら密度も感じるクリームの舌触り、甘味と苦味の絶妙なバランス、本当に本当にデリシャス! エクセレント!! マーベラス!!! でも、やっぱりケーキは見た目がものすごく重要だ。お姿が悲惨な分どうしても味の印象が間引かれてしまう。曇り空の吹きさらしのベンチでガタガタ震えながらというシチュエーションも優雅な雰囲気とはほど遠く、どちらかというと貧乏臭い。おかしいなあ、そんなつもりはなかったのになあ。シチュエーションの問題だけでなくキャラクターにも問題があったのかもしれないけどさ。

思い描いていたイメージとは著しく乖離してはいたが、とりあえず当初の目標は達成した。うん、メゾン・ドゥ・ショコラのエクレアとタルトはやはり超絶美味であった。その超絶美味をより美味たらしめるお膳立てを私がいろいろ間違えてしまったというわけで。さあ、こんな吹きさらしの場所からはとっとと退散せねば。

サン・ジェルマン・アン=レイの街をくるっと巡って美術館へ

いったん駅出口前まで戻り、繁華街というか街の中心らしき通りをふらついてみることにした。サン・ジェルマン教会脇のサル通り Rue de la Salle から入って、オー・パン通り Rue au Painルヴェイユ通り Rue des Louviers といった小径をウロウロ。立ち並ぶ商店にはフランスならではの小粋でお洒落な感じはあるけれど、かすかな垢抜けなさをも纏っていて、全体的に漂う雰囲気は「生活感ある地元の商店街」だ。まあ、小洒落た雰囲気ながらも気負いせずにプラプラ歩けるということ。クリスマスのデコレーションがされていて華やかで楽しげな空気がそこかしこに満ちている。

ただ残念なことに今日は日曜日。食品を売る店は開いているが、ブティックや雑貨店などはお休みしている。華やかに飾られたショウウィンドウのディスプレイを眺めるだけだが、それも結構楽しいからまあいいか。

パティスリーのショウウインドウには熊さんの形のショコラが。あんまり可愛くないけど味は美味しいんだろうね?

キラキラした赤いリボンを結んだだけのツリー。ごてごて飾るより私はこういうシンプルなのが好き

気軽な雰囲気の飲食店が軒を連ねていて、その中の一軒は日本料理の店だった。ちょっと見では「いかにも日本風」なところはなく、ダークレッドに塗られたファサードはフランスではありふれた店構え。だから最初は気にとめずに通り過ぎかけたのだが、入口横の赤提灯の違和感に「ん?」と思わず足を止めてしまった。赤提灯に黒々と書かれている単語は「寿司」。……いや、日本ではそもそも鮨屋が赤提灯を出すってことはないし……なんかいろいろ間違っている気もするけれど、微笑ましい範囲だ。私たちだってどれだけフランスのことがわかってるというのだ。とりあえずSUSHIやYAKITORIは、もう当たり前にフランス人の日常的食生活に存在しているということは確実なようね。

>> 赤提灯の鮨屋って最近は日本でもあるんですね、私の認識ミスだった。気取らない普段使いの店アピールってことなのかな……

さて、可能ならば町の地図が欲しい。サン・ジェルマン・アン=レイの町のウェブサイトから地図のPDFファイルがダウンロード出来たのでプリントして持ってきたのだが、ファイルの出来が悪くて文字がつぶれて読めないのである。大まかな感じはわかるのでそれを頼りに観光案内所を目指す。この案内所は作曲家ドビュッシーの生家の1階にあり、上階はドビュッシー博物館 Musée Claude Debussy になっているらしいので、ついでに覗いてみようっと。ところが今日は日曜日。辿り着いた博物館はお休みだった。観光案内所もお休みだった。まっいいか、地図がないわけじゃないんだから。

「サン・ジェルマン・アン=レイでの計画・その1」(セーヌ川を遠謀して優雅にメゾン・ドゥ・ショコラのエクレアを味わう)は今ひとつふたつの結果に終わってしまったので、「その2」はぜひとも満足させたい。ル・プリゥレ Le Prieure(小修道院)の別名を持つモーリス・ドニ美術館 Musée Departemental Maurice Denis [WEB] に向かうことにしよう。
いかにも生活圏内っぽい一帯にでウロウロと迷いかけてしまったが、ほどなく美術館に通じるマレイユ通り Rue de Mareil を見つけ出せた。前のめりに倒れてしまいそうなほどの急坂を下った先に明らかに周辺の家々とは雰囲気を異にする建物が見える。

モーリス・ドニは19世紀末のパリで活動した前衛的な美術家集団「ナビ派」の画家。「ナビ」とはヘブライ語で「預言者」の意味で、印象派の画家たちほどに日本での知名度はないけれど、優しくファンタスティックな色彩とぺたっと面塗りした表現などは好みに思う日本人も多いんじゃないかなあ? この美術館は、サン・ジェルマン・アン=レイで生まれ育ったドニが廃墟になった施療院をアトリエ兼自宅に改築し、自らの死までの30年間を家族やナビ派の仲間たちと暮らした、それを改装したものだ。

入口の門をくぐってしばらく庭を進んでようやく建物に到達する。建物の裏手にはさらに広大な庭園が広がっているようだ。受付で料金を払おうとすると、今日は日曜だから無料だよと言われた。ああ、そうなんだ、嬉しい。

無料デーだというのに館内はガラガラだった。5歳くらいの女の子の母子連れ一組と会ったきり。パリのポンピドゥーやルーヴルでは人が押し寄せて数時間待ちかというくらい行列するだろうにね。
邸宅は迷子になりそうなくらい広く、ドニを始めナビ派やその前後の作品が所狭しと並んでいる。ドニの作品はプリミティブでもあり、それでいて前衛的な香りも漂っていて、セザンヌやゴーギャンのような単純化した輪郭とシンプルな彩色、色彩の魔術師と呼ばれる色使いはふんわりと優しい。ドニの作風はさほどでもないけれど、他のナビ派のアーティストたちにはジャポニズムの影響も強いようで、扇や屏風のようなものもある。彼らが師と仰いだゴーギャンの作品も小品ながら数点ある。

扉のステンドグラス

ステンドグラスはあちこちにある。どれも優しい絵柄だ

壁にも扉にも優しい色合いの絵が描かれていて、とても居心地のいい空間になっている

ジュール・ヴェルヌ博物館やナンシー派美術館もそうだったが、家具など大きな作品や建物各所の装飾を楽しめるのが、邸宅丸ごとミュージアムの魅力だ。窓や扉を飾るステンドグラスや装飾タイルのテーブルや直接描きこまれた壁画、彼らが暮らした時そのまま残る内装にはドニの美意識がそこここに息づいているよう。

ここはそもそもが施療院だったので建物に隣接して礼拝堂もある。勿論ドニが購入した時には礼拝堂もボロボロの廃墟だったわけだが、彼は仲間の芸術家たちの手を借りて綺麗に改装した。全体的に明るい青を基調とした天井画や壁画に囲まれた礼拝堂は、穏やかで優しい心持ちになれる空間だ。色鮮やかなステンドグラスにはドニの家族の姿をも描いたものもある。
ドニの絵は、家族の肖像などが多いからだろうか、ふんわりとした「幸福感」で満たされている。ドニの人生が終始満ち足りていたかはわからないが、でも、その人生の大半はとても幸せだったのではないだろうか。ただ、幸せな絵には圧倒される凄みや狂気というものはない。そういう意味では "弱い" のかもしれないなあ。

形式に拘らずドニの美意識だけで拵えられた礼拝堂を2階から見下ろす

青一色で描かれた壁画のせいだろうか、穏やかでありながらも凛として清廉な空気が漂う

遊び心たっぷりの展示もある。四方から色鮮やかな光線を照射している30畳ほどの広間では、人の動きや体温などをセンサーで感知しているらしく私たちの一挙手一投足に応じて光が増えたり減ったり動いたりするのだ。照射している光線はレーザービームのような鋭いものではなく、シャボン玉みたいにふわふわ動きながら虹色に発光する感じ。広間中央で動いてみると、きらきらした光の粒やドーナツサイズの光の輪が、緩やかに動けばふわふわと鋭く動けばぴしぴしと追いかけてくる。うわー、楽〜い! ヒナコも面白がって、人がいないのをいいことに社交ダンスのステップなど踏み始めた。うんうん、昔取った杵柄ってやつだね。鼻歌混じりで踊っていて、何はともあれ楽しそうでよかったよかった。

ああ楽しかった、満足、大満足。他のお客さんがいなくてすべてを独り占め、どっぷりドニとナビ派の世界に浸りきれたものね。広大な庭園にも彫刻作品が点在するようだが、冬枯れているだろうしやっぱり今回はパスしよう。でも、このくらいの規模の邸宅丸ごとのミュージアムっていいなあ……。花や緑の美しい季節なら時間を割いて、ゆっくりのんびり庭園散策を楽しむのもきっと素敵。

遅い昼食は意外にも超美味だった

美術館を後にして、えっちらおっちらとマレイユ通りの急坂を登る。下る時もずいぶんな勾配だなあと思ったが、こうして登ってみると改めてその角度を実感、息が切れる。歩道にはベンチがあって途中で杖を持った爺さんが休憩していた。年寄りはこれ一気に登るのは無理だわ、絶対。

時計を見るともう3時になるところだ。この後は別の町に移動する予定なのだが、そういえばちゃんと休憩してなかったね。ル・ノートルのテラスではとてものんびり寛げる状況ではなかったものね。晩ごはんまでの間にちょっと小腹だって満たしておきたい。とりあえずカフェを探そう。
午前中にうろついた通りにあったいわゆる「小売店」というものはことごとく閉まっていた。やっぱり日曜日の午後は休みなんだぁ……。ランチとディナーの狭間のこの時間帯、飲食店も閉まっているところが多い。午前中そこそこ賑わっていたストリートは閑散としていた。カフェなら終日オープンしてるのになあ……見当たらない。まあ、そもそも人がほとんど歩いていないのだが。うーん、どうしよう?

「疲れたぁ、休みたい」急坂を登らされた挙句にあちこちウロウロさせられて、ヒナコがブーたれ始めた。うん、休みたいよねぇ、私もだよ。今ね、休めるところ探してるんだよ。
ひと気のない商店街を外れていかにも生活感あふれる住宅街エリアにさしかかる辺りにようやく一軒のカフェを見つけた。そんな場所にある店だから、少なくとも店構えに関しては私たちがイメージする「フランスのカフェテラス」とは著しくかけ離れている。印象としては「常連のたむろす喫茶店」「陽気なママのいるスナック」が近いだろう。通りすがりの客がまず選ばなさそうな店。日本であっても旅先ではたぶん選ばない。でも今回は選択肢がないんだもの。私たちはよそ者でおまけに外国人だけど。

意を決して扉を開けてみると、外観から想像した通りの絵に描いたような「地元の喫茶店兼スナック」だった。カウンターがあって、テレビが置いてあって、新聞や週刊誌がラックに入ってて、お客同士がみんな顔見知りぽくて、豆電球チカチカの手作り感いっぱいの──つまりは今ひとつ垢抜けない──ノエルの飾りつけがされていて……という(笑)。
うわっ違和感バリバリ、浮いちゃうかな私たち……と一瞬びびったのだが、カウンターの内側の女性がにこやかに迎えてくれたので安心した。50代か60代くらいの女性なのだが、彼女は服装や髪型や化粧などがズバリ「スナックの陽気なママ」そのもの。つまり私たちのイメージする中高年のフランス人女性──「まだぁ〜む」な感じとはかけ離れている。でもとってもとっても愛想がいい。態度も接客も「スナックの陽気なママ」そのもの。

満腹になるつもりはないので、カフェオレ2杯とハムのサンドイッチをひとつ頼んだ。ひとつっていってもバゲット半分あるんだから、2人分の小腹満たしには十分すぎる量なのだ。ほどなく出てきたサンドイッチは想像通り切込みを入れたバケットにバターとたっぷりのハムをはさんだだけのものだった。15cmくらいの長さのものが2つもある。不味くはないだろう程度に思って注文したのだが、一口食べてあらまあびっくり、メチャクチャ美味しいじゃない! バゲットの皮のパリッと加減と中のしっとり加減、バターの香りと塩加減とその適量加減、ハムの味わいと舌触り……いやもう、なんていうか絶妙。こんな場所でこんなサンドイッチに出会えるとはねぇ、侮れませんわ。

シンプルでもとっても美味しいハムサンド。カフェオレはとっても滑らかでクリーミィ。はっきり言ってこういう店でこういう味に出会えると思わなかった

最初に感じた通りに店内の客はみんな近くの住人たちで顔見知りのようだった。かといって "ちょっと違う" 客である私たちを珍しがるでもなく邪魔にするでもなく、適度に放っておいてくれ無視されるわけでもない。気まずい思いもせずしっかり休憩でき、必要十分以上に満足した小腹満たしであった。カフェオレ2杯とハムサンドで計 €7.40。ひゃーーー安い! パリだったらカフェオレ2杯のみの値段だわ。

ナポレオン所縁の館は意外にも地味めな外観だった

駅前まで戻って258番のバスに乗る。向かうのはリュエイユ・マルメゾン Rueil Malmaison [WEB] にある国立マルメゾン城 Musee National des Chateaux de Malmaison et Bois-Preau [WEB]。いわずと知れたフランス史の偉人、初代皇帝ナポレオン1世。その元妻ジョセフィーヌが没するまで暮らしたモダンな館が、現在当時の暮らしやナポレオンやジョセフィーヌのゆかりのものを展示する博物館になっているのだ。20分ほど乗って、その名もズバリ「Le Châteaux(ル・シャトー)」という停留所で降りる。この季節は17:15閉館だが、週末は30分延長して17:45まで開いている。でも入場は17:00までだ。もう4時半なのだ、急がないと見学時間が少なくなる〜〜〜!

バスを降りパリ寄りのひとつ目の角を右折し、緩やかに蛇行する雰囲気ある並木道を6〜7分程度ぶらぶら進むとマルメゾン城の入口に到着する。バス通りからの曲がり角に小さいながら案内板があるし、あとは一本道なので迷わない。ちなみにこのバス通りはズバリ、ナポレオン・ボナパルト通り Av. Napoleon Bonaparteだ。

マルメゾン城は城といっても宮殿というほどではなく、門構えからしても城館というか、お屋敷という感じだった。門をくぐってすぐの守衛小屋のような切符売場で €6のチケットを購入する。日曜割引もシニア割引もなかった。
ここはナポレオンの元妻ジョゼフィーヌがまだ妻だった頃、夫のエジプト遠征の戦果をあてこんで勝手にじゃぶじゃぶ大金を注ぎこんで建てた館である。「取らぬ狸の皮算用」ってやつだ。仕事が決まっただけでまだ給料も手にしていないのに散財しちゃう人っているでしょ? そのうーーーんと大規模バージョンっていうか……。このことは、もともとジョゼフィーヌの我侭贅沢浪費っぷりに嫌気がさし始めていたナポレオンの気持ちにとどめを刺すことになったようで。別れてからもジョゼフィーヌはこの館を愛して死ぬまで住み続けたとのこと。

そろそろ日没も近い。柔らかな黄色の陽射しの中、城館が端正なシルエットを浮かび上がらせている

建物は3階建てで、屋敷だと思えば豪壮なものだが城だと思えばこじんまりしている。「施政者の住まい」ということで勝手な想像をしていたが、贅を尽くしたヴェルサイユ宮殿などは王政時代のもの、これは帝政時代のものである。閉館時間までには館内は巡れきれそうなサイズなので、日が落ちてしまう前に建物の周りをぐるっと辿ってみる。城の広大な敷地には庭園と林が広がりジョゼフィーヌが丹精したという見事なバラ園もあるのだが、庭園もバラ園も冬枯れているのだ。パス!

建物をぐるりと一周して正面玄関を入るとちょっとしたホールになっていて、授業で来ているらしい小学生の子供たちが何人か待っていた。このホールは後付けで作ったものなのか、ゴージャスさというものは微塵もなくてむしろ簡素すぎるというか、子供たちが何人かいるから余計にそう感じてしまうのか、なんだか学校の靴脱ぎ場みたいな空間だった。
1階部分は当時の会議場や図書室、音楽室や遊戯室、ダイニングルームなど公的なスペースがほとんど。チェッカーフラッグのような白黒の床などなかなかモダンシックな印象だ。でも、やっぱりここの見どころは2〜3階のナポレオンとジョゼフィーヌのプライベートスペースだ。家具や内装の素晴らしいのは無論のこと、2階には絵画や食器の膨大なコレクション、3階部分はドレスやアクセサリーの数々などが展示されているが、マリー・アントワネットの時代の豪華絢爛華美さはない。施されている刺繍などは豪華だがドレスのデザイン自体は割とシンプルでとてもセンスがいい。

同じものが4枚描かれたという『アルプス越えのナポレオン』、そのうちの1枚はここにあった。ナポレオンの肖像画を数多く手がけたダヴィッドのおそらくは最も有名な作品だ

丸い天蓋のあるジョゼフィーヌのベッド。王政時代のものとはベクトルの違う豪華絢爛さだ

肘掛け部分にスワンがデザインされた「ジョゼフィーヌ・チェア」は、あまり寛げる感じに肘を乗せられそうもない

見学を終えて外に出ると、奥に連なる森の向こうに夕焼けの余韻がかすかに残っていた

ジョゼフィーヌはスワンのモチーフもこよなく愛していたたようで、ベッドの縁や椅子の肘掛け部分やカーペットの模様などにことごとくスワンがデザインされている。椅子はレプリカが作られ「ジョゼフィーヌ・チェア」として販売されているようだ。
しかし残念なことに、ここのミュージアムでも館内に余分な照明がない。展示物は自然光のみで見学するしかないわけで、そろそろ日没の頃合で室内は見学に障りがあるほどに薄暗くなってきた。確かにこれでは17:15頃に閉めるのが妥当なんだろうなあ。仕方ない、もう引き上げることにしよう。

この季節、暮れ始めるとなるとそのスピードが早いのはフランスに於いても同じこと。さきほど下車したバス停まで戻った頃にはすっかり暗くなっていた。また258番のバスに乗る。

高層ビルの谷間のマルシェ・ド・ノエル

ナポレオン・ボナパルト通りはまたも途中で名前を変えながらラ・デファンス La Défense [WEB] まで一直線に続く。走るうち、サン・ジェルマン・アン=レイのテラスから霞んで見えていた高層ビル群が真正面に迫ってくる。遠望している時にも感じたことだが、こうして近づいていく感じも新宿副都心と本当によく似ている。ビルたちに囲まれた中央には "新凱旋門" とも呼ばれる巨大モニュメントグラン・アルシェ Grande Arche [WEB] が圧倒的な存在感を持って白光に輝いている。

ラ・デファンス地区の交通機関は、電車はRERのA線とメトロの1号線のみだが、バスは15本くらい路線が発着している。てっきりビルの谷間に停留所が点在しているのだろうと思っていたのだが、バスはビル群の直手前で大きく迂回しながらトンネルのような専用道に入っていく。どうも地下がロータリー型の巨大バスターミナルになっているようだ。ドーナツの形を地下フロアの外側に放射状に扉出口が等間隔で並んでいて、バス路線番号がそれぞれ割り振られており、その外側を道路がぐるっと囲んでバスは扉の前に停まる仕組み。バスの乗り換え迷わないかと心配してたけど、これなら問題なさそう。
このまま乗り換えてもいいのだが、その前にちょこっと地上に出てみようか。

バスターミナルのエスカレーターを昇ると、ビルに囲まれグラン・アルシェに見下ろされた近代的な広場に出る。ここにもマルシェ・ド・ノエルが立っていて屋台小屋がたくさん並んでいた。わざわざ上がってきたんだから、ちょっと一巡りしてみよう。
この時期は人の集まりそうなスペースにはことごとくマルシェの小屋が立てられているようだが、そのカラーは場所ごとにみんな違う。ここは普段はオフィス街なんだろうに、日曜日のせいか時間帯のせいかミニコンサートやサンタクロースとの記念撮影コーナーなどのイベントをやっていて、子供たちの姿も多く、なんだかお祭りの縁日のような賑わいだ。

白く発光するグラン・アルシェ。周りをとり囲むビルは、窓の灯が豆電球の飾りのよう。足元にはマルシェの小屋の連なり

電飾のツリーと電飾のペンギンたちは、こうした近未来的空間にはとってもお似合い

サンタさんに直接お願いごとをして記念撮影も出来るコーナーでは、たくさんの子供たちがきちんと並んで順番待ちしていた

広場を見下ろしているグラン・アルシェは方形をしていて、その辺が105m角もあって、門のような形状はしているけれど中身はオフィスビル。このグラン・アルシェからまっすぐ延びるシャルル・ド・ゴール大通り Av.Charles de Gaulle は、途中でグランタルメ大通り Av.de la Grande Armee と名を変え、シャルル・ド・ゴール広場の凱旋門を経てシャンゼリゼ大通りとなり、今は大観覧車の立つコンコルド広場に至り、ルーヴル宮まで一直線に繋がっている。グラン・アルシェの105mという辺の長さはルーヴル宮の真ん中の方形広場と同じサイズなのだという。

凱旋門に繋がる様子が見えるかなあと考えて外に出たのだが、地上数階レベルの高さからじゃ無理のようだ。グラン・アルシェに展望台はあるだろうが、わざわざ行くまでもないな。くるっとマルシェを一巡しただけで、また地下のバスターミナルまで降りた。RERでもメトロでも構わないのだが、どうせならバスで車窓風景を楽しみながらパリ中心部に戻ろうと思ったのだ。ラ・デファンスからシャンゼリゼ通り経由でコンコルド広場までの一直線を走り抜け、セーヌ川を渡ってオルセー美術館まで行く73番のルートが楽しそう。

ドーナツ状のターミナルビルをぐるりと周って73番の乗場を探す。路線番号は大書きしてあるし路線図も各乗場に貼ってあるので迷わない。73番乗場は一番端っこにあった。扉を開けて道路に面した通路でしばらく待っていたが、寒くなってきたのでいったん中に戻った。バスはひっきりなしに通り過ぎるが73番はなかなか来ない。素通りされてしまうことがないように扉についた小さな覗き窓から睨みをきかせているのだが、いっこうに来ない。おかしいなあ? 路線図の下の注釈欄には10分から15分間隔って書いてあるんだけど。もう30分近く待ってるよ? もう一度じっくり注釈を読んでみると一番下に日曜運休とも書かれていた。ひゃー、またやっちゃったよ、旅先では曜日の概念が希薄になるからなあ……。でもさあ、30分も無駄に待つ前に気づいておけよ、私! あーあ。

すごすごとエスカレーターで上がっていくと、メトロの乗場より先にRERの乗場に出たので、そこからA線に乗った。
まだホテルには戻らず(戻ってしまうとヒナコが再度外出するのを面倒がるだろうから)ちょっとパリ中心部をぶらついてみよう。綺麗なイルミネーションに出会えるかもしれないしね。シャルルドゴール・エトワールを通り越し、2つ先のシャトレ / レ・アールで降りる。

RER駅の出口はフォーロム・デ・アール Forum des Halles [WEB] というショッピングセンターに直結している。お洒落なディスプレイやノエルのデコレーションが楽しめるかなあと思って通り抜けてみることにした。古くからあった中央市場が郊外に移転した跡地に作られたフォーロム・デ・アールだが、昨日今日出来たわけではなく1970年代からある施設だ。パリ中心部の建築条例は厳しいから、高さのある建物を新しくホイホイ建てることができない。だからこのショッピングセンターは、広場となった市場跡地の地下に数階に渡って広がっているのだ。

フォーロム・デ・アール直結の改札口を出ると地下3階フロアだった。エスカレーター横の「3」の数字を見て3階にいるのだと思い込み、下ってみると数字が「4」になっている。あれ? どうして下ったのに数字が増えちゃうの? 疑問符マークを頭に点滅させながら、しばらく上がったり下がったりウロウロウロウロ。ど、どおしてえええ、出られな〜い!と軽くパニくりかけた時、ヒナコが「これマイナス3って書いてあるんじゃないの?」と言った。よくよく見ると数字の左側に短いものすごーく短い横棒がある。あっ! コレ、マイナスかあ。地下3階ってことなんだ! 日本では「マイナス○階」という言い方に馴染みがない上に、ホントに点かと見まがうような短いマイナスなもんで全然気づかなかったよ。

フォーロム・デ・アール地上部の広場にあったネオン管のツリー

グランドフロアの広場を囲む通路の天井には、ポップな飾りつけ

ここはショッピングセンターなのでわざわざマルシェ・ド・ノエルの屋台は出ていない。でも要所要所のデコレーションはモダンポップでとてもハイセンス。中に入っていたテナントはH&MやESPRIT、ZARA、GAPなどなどお手頃カジュアルブランドばかりだった。ああ、MUJI(無印良品)のブティックも結構なスペースを占めていたっけ。フランスで人気だというのは本当なのね。

夜のセーヌ河畔をぶらぶら散歩

ちょっとした勘違いから無駄に上下してしまったが、なんとか地上まで上がってこれた。

真っ暗になっていてあまりよく見えないが、地上出口隣に広がっているデ・アール庭園 Jardin des Hailes を通り抜けてみよう。庭園の北側の縁に緩やかな階段に囲まれた円形の広場があり、広場を見下ろすように堂々としたサン・トゥスターシュ教会 Eglise Saint-Eustache [WEB] の姿が見える。正調ゴシック様式の聖堂で、シテ島のノートルダム寺院よりも古く、パリで最も美しい教会のひとつというけれど……。うーん、でもこの暗さでは堂内から洩れているオレンジ色の灯りは美しいものの、聖堂全体の姿はよくわからない。
内部の絵画やステンドグラスも壮麗で美しいらしい。日曜日は無料のオルガンコンサートがあるのでそのついでになどと考えていたが、17:30からなのでとっくに終わってしまっている。コンサートに間に合わないどころか、多分そろそろ閉める時間なんだろう。
堂前には巨大な石頭の現代彫刻が転がっている。何年か前に味覚糖のCMに使われていた覚えがあるのだけど、そのユーモラスな姿も暗くて全然見えない。あー残念だ。

暗くてよくわからないのだけど、多分とっても綺麗な姿をした聖堂なんだろうなあ……

教会の前に転がる巨大石頭。掌には完全に人ひとりが入れるので、昼間は記念撮影社が後を絶たない(らしい)

さて、この後はどうしようかな? 変な時間に小腹満たししてしまったので、夕食にはまだ早い。今日は最後の晩なのでそれなりにイイもの食べたいしね。とりあえずもっとお腹を空かせるためにもセーヌ川までぶらぶら歩いてみよう。円形広場から庭園を横切ってまっすぐに南下していくと6〜7分でポン・ヌフ Pont Neuf のたもとに着いた。「新しい橋」という名前でありながらパリで現存する一番古いこの橋から左岸に渡ってもいいのだが、ルーヴル美術館の東側裏手まで右岸側の河畔に沿って歩いてみることにした。

次のポン・デザール Pont des Arts(芸術橋)で左岸に渡る。ルーヴル宮の方形広場とフランス学士院 Institut de France とを繋ぐ歩行者専用の橋で、10数年前ここで欄干にとまった雀にパン屑をあげた思い出がある。とても懐っこいコで、一羽だけすぐ近くに寄って来て私が差し出す指先から直についばんでくれた。「抱っこ」はさせてくれなかったけどね(笑)。それだけではないけれど、私は橋全体の雰囲気も含めここからの眺めが大好きなのだ。

昼間はたくさんの人々が行き交い賑わっているのだが、今は閑散としている。まだ7時くらいでそんなに深夜というわけでもないのに……。橋の正面には一際目を惹くドーム屋根を持った学士院。ドーム屋根の上空には三日月──正確には5日めくらいの月がくっきりと白い光を放っていて、どこか中東のモスクを髣髴させて、ちょっぴりエキゾチックムード。

セーヌに架かる橋で一番古いポン・ヌフ。パリの建造物のライトアップは案外に地味だ

ドームの上空で輝く三日月は凍りついているかのよう

橋の中央で左を向けば、船の形をしたシテ島の尖端部が向いていて、島の鼻先をかすめて横切るポン・ヌフとその奥に連なるサント・シャペル Ste-Chapelleコンシェルジェリー Conciergerie、突き出したノートルダム寺院の双塔が一塊となって優美なシルエットを見せている。
右を向けば幾層にも連なる橋、橋、橋……両岸に立ち並ぶ豪壮な建造物たち。振り返れば壮麗なルーヴル宮殿。控えめではあるもののほんのりとライトアップされて夜の闇に浮かぶ光景はとても幻想的だ。ほとんど見る人がいないのが勿体ないようだが、パリの人たちにしてみれば別にいつもの風景なんだよね。
それにしても寒い、寒いよぉ……。川の上というせいもあるのだろう、カイロを貼ってはいるものの腰からきっちり冷えてきた。

橋を渡りきり、対岸に延々と続く長大なルーヴル宮を眺めながらセーヌ河畔を歩く……つもりだったが、あまりにもあまりにも寒過ぎる! この辺りは学士院や国立美術学校などが集まっていて、商業エリアではないために華やかな飾りつけなどは金輪際ない。気候がいいならともかく、寒さに凍えながらわざわざ散策するまでもない眺めなのだ。案の定、ヒナコが寒いだ疲れただいつまで歩くんだとゴネ始めた。うん、私もゴネたいくらい寒いわ。

散策するのはあっさりやめにして、次のカルーゼル橋 Pont du Carrouse を渡って右岸に戻った。路線バスが走っているのでここから乗ってしまおう。セーヌに沿って走る72番のバスはルーヴル周辺は一方通行になっていて、南側に沿って東方向に進み、パリ市庁舎を経由して今度はルーヴルの北側を西方向に沿って走る。そのまましばらくセーヌ川沿いを走るので、適当なところでバスかメトロに乗り換えればいい。
カルーゼル橋のたもとにバス停はすぐ見つかり、5分も待たずにバスは来た。乗り込んで座席に落ち着いたかと思ったら、5つ目のパリ市庁舎が終点だった。バスのルートはループしているのだが、一回降りて乗り換えなくちゃいけないみたい。乗り換えるバスは30mほど離れた場所に停まっている。えー! もうちょっと近くに停めておいて欲しいなあ。運転手が早く来い来いとばかりに手招きするので、ヒナコの手を引いてパタパタ小走り、急ぎ飛び乗った。

そんなにして飛び乗ったというのに、わずか2停留所ぶん走ったところで、バスは急に停まってしまった。運転手が何か叫ぶ。乗客たちはみんな「えーー」という顔をして、舌打ちしたりもせず淡々とした表情でわらわらとバスから降りていく。えー何、何? 故障? 降りなくちゃいけないわけ? ハアハアあがった息すらまだ整えられないっていうのに。それにしてもたった2つ走っただけでバス取り替えるって……整備としてはそれでいいの? え、どうなのよ?

何故こんなにコマコマと乗り換えさせられているのか、ヒナコには今ひとつ理解できていないようだった。うーん、でもねぇ、私のせいじゃないのよ〜〜。ところがなかなか次のバスが来ない。そう都合よく代わりの車体はないのかな? 冷え切って失神しそうだとかいつまで待ってればいいのかとか何とかヒナコがブーたれ始めた。だからぁ、私のせいじゃないってば。

パリ市庁舎前のツリーと雪だるま人形も暗くなるとしっかりライトアップされている

アルマ橋でエッフェル塔を眺めながらバスを乗り換える。横断歩道を渡りながら撮ったのでブレてしまった……

たっぷり待つこと15分──寒さに震えているとことさら長く感じるのだが、ようやく72番のバスはやって来た。しばらくセーヌに沿って走り、アルマ橋で92番バスに乗り換えエトワール広場まで戻った。うん、今日もバッチリMOBILISを使い倒したゾ!

最後のディナーはちょっぴり豪勢にいこう!

冷えた身体を暖めるために一旦ホテルに戻ったのだが、ちょっと疲れたとベッドに転がったヒナコの横でいろいろなことをワアワア喋りまくり、さらにはガタガタ音を立てて帰国の梱包準備などをして、うっかり彼女が眠ってしまうのを阻止した。だって晩ごはんに行きそびれちゃうからね。カフェやブラッスリーは深夜まで開いているところが多いから「食事する場所がない!」という心配は無用なのだが、出かけるのが面倒だなんだと言い始めるからね。

30分程度の休憩で再びホテルを出る。もう9時近い。行く店はもう決めてある。今朝エクレアを買いに行く時、通りかかったブラッスリーのの店頭で牡蠣や魚介類を並べる準備をしているのを見て、そうだ最後の晩はどどーんとシーフードにしようと思ったのだ。ホテルから徒歩数分というロケーションも便利だし、観光客の溢れるエリアでもないし、開店準備中ではあったけど外から伺う店内の感じも良さげだったし。

金文字の書かれた深紅のテントと赤い電飾のツリーがとってもお洒落なブラッスリー

テルヌ広場に面した〈Brasserie La Lorraine〉[WEB] は赤いテントがいかにもパリらしい雰囲気で素敵。あとで調べたところ100年以上の歴史を持つ老舗ブラッスリーだった。シックな赤とゴールドを基調とした内装はいくつもの電球の灯りにキラキラ彩られてとってもゴージャス。テーブルは6〜7割ほど埋まっていてみんな料理とお喋りに夢中、とても賑やかで華やかな活気に満ち満ちている。

勿論注文するのは「フリュイ・ド・メール Fruits de mer(海のフルーツ)」という魚介の盛り合わせ。「フルーツ」という単語は「実り」という意味合いを感じさせるので、英語の「シーフード(海の食べ物)」という直截的な表現よりよほど情緒的だが、日本語なら「海の幸」だ。日本語って美しいわぁ……。そういえばイタリアでも魚介類いろいろをトマトで煮込んだりしたものを「フルッタ・ディ・マーレ(海のフルーツ)」とか呼んだはず。

メニューのフリュイ・ド・メールの項目には3種類あるので、真ん中の値段の €50くらいのものにした。一番高いのは €100くらいするし、2人分とも書いてあるし、書き連ねてある魚介の数と種類がもう凄まじいことになってるし。もう一品はエイヒレのムニエルにした。フカヒレじゃなくてエイヒレね。日本ではエイヒレは加工したものばかりだが、北海道では「かすべ」の名で流通してよく食べられているらしい。ワインは手頃なところでミュスカデを選ぶ。さっぱりした辛口の白だ。
キリリと冷えたワインで喉を潤しているとオーダーした盛り合わせが運ばれてきた。
優雅な足付きの銀のトレイにクラッシュアイスが山盛りにされ、その上に貝やら海老やらいろいろな海の幸が並べられている。ああああ〜、なんてワクワクする魅惑的な光景なんでしょ。さあ食べよう! 食べよう!!

まず最初に堪能するのは何はともあれとにかく生牡蠣! 3種類が2個ずつ6個ある。小ぶりだが高級な丸いブロン牡蠣も2つ。トレイの下段にはマヨネーズとバター、ベリー系のフルーツソースが載っているが、生牡蠣はやっぱりレモンに決まってるでしょ! 景気よくぶりぶりと搾りかける。3種類それぞれ味わいが違う。うわあ、幸せだぁ〜〜♪
牡蠣の感動の興奮が静まってから、改めてクラッシュアイスの上の魚介たちをじっくりと観察。さっとボイルした殻つきの海老が3つ、蛤8個、ムール貝4個(オスとメスが2つずつ)。大きな帆立の貝殻にそれぞれ山盛りにされているのは、川海老の大きめみたいなの、タニシみたいな貝、多分バイ貝かと思われるもの。

テーブルにはフォークとナイフの他に、棒みたいなのとかペンチみたいなのとか蟹剥きみたいなのとか "魚介を食すお道具たち" が並べられているが、どれをどのようにどこに使うのかよくわからない。フィンガーボウルも濡れティッシュも出されているので、ほじったり叩いたり割ったり掴んだり好きに食べていいってことだろう。

並んでいる魚介類がちょっと閑散として見えるのは、このトレイの直径が30cmくらいあるからなのだ。1人前用も2人前用も同じ食器を使うらしい。でもコレって1人前の量じゃないよね……

たっぷりのバターソースと山盛りのケッパーを纏って登場したエイヒレ。Aile de raie(エイヒレ)の文字は結構メニューの中に見つかる。ポピュラーな食材なの?

カフェには小さなマドレーヌが添えてある

ムール貝も蛤(もしかしたら大アサリかも?)もバイ貝も新鮮で、ぷっくり肉厚で美味しい。大きい海老も小さい海老もどっちも美味しい。タニシみたいな小さな貝は爪楊枝で引っ張り出すのだが、小さいものだからちょっと技術が要る。途中で千切れてしまうと残りは絶対引き出せないもの。だんだんコツが飲みこめてきた。ヒナコはこういうことは不器用なので、彼女の分もせっせと殻をほじくり続け、ふと気づくと寄り目になってしまっていた。

エイヒレのムニエルも美味しかった。もっちり肉厚で淡白な白身魚の風味で、コリコリしすぎない軟骨の歯触り。欲を言えば……心持ち火を通しすぎて若干パサつき気味だった。アルデンテの国・イタリアとは違い、フランスでは魚に関してはちょっぴり焼き過ぎのきらいがあるみたい。バターソースの香りが高いだけに。残念。
しかしやっぱり全部はとても食べ切れない。生の貝類は残さず全部食べたが、小海老はボイルしてあるので明日の朝食用にとタッパーにこっそり詰めてしまった。でも、美味しかったーーー! 満足、大満足である。 食後のカフェには一口サイズのマドレーヌが添えてあった。美味しそうだけどもう本当にお腹パンパンでこんな小さなものですら入る余地はない。こいつも明日の朝食用にお持ち帰り〜。

もう11時近いというのにテーブルはまだ半分近くが埋まっている。まだこれから来店してくる人もチラホラいるくらいだ。しかしまあ、夜遅くにこんなガッツリ食べると太りそう(笑)。支払額は €94.40だった。やっぱり豪華な魚介盛りを頼めばお値段もそれなりのものになる。でも最後のディナーにふさわしい贅沢な気分になれたものね。
はち切れそうなお腹を押さえてホテルまで歩く。本日の歩数は25092歩。うわーずいぶん歩いてる。乗り物に乗ってる時間が短いからかしら? さーて明日はもう帰国日だぁ。

 
       

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