Le moineau 番外編

向こう脛からかかと方面へ。

今日は、イタリア半島の向こう脛・ティレニア海側のカンパーニャ地方から、アキレス腱〜かかと方面・アドリア海側のプーリア地方への大移動日。
今朝、Yahoo! Italiaの天気予報を見ると、ナポリ近辺の天気は今晩あたりから崩れてくるようだった。少しずつ雲が増えてきているようには思ってたけど。でも、もう関係ないもんね。毎日晴天でありがとう。
それに反して、プーリア地方は3〜4日前までは傘マークがついていたが、現在はお日さまマークの連続である。

8:35、ナポリ中央駅から列車に乗る。カゼルタでエウロスターに乗り換えるのだが、乗り換え時間は12分しかない。定刻には発車したが、じわじわと15分くらい遅れている。が、特急列車はもっと遅れていたようで余裕の乗り換え。これから終点レッチェまで4時間半の列車の旅である。

エウロスターはビジネスマンや旅行者でほぼ満員。前日の予約だったので、ヒナコとは席は離ればなれ。ヒナコの隣には、子供や孫に会いにでも行くのか、同年輩の一人旅のおばあちゃんがいる。年寄りのやるコトは洋の東西を問わない。ヒナコはヒナコなりに観察していて、共通点がいっぱいあるので可笑しくなっていたそうだ。

お絵描き仲間のみおちゃんの個展用の案内カードを作ってあげる約束をしてあった。乗ってしまえばゴタゴタ気を使う心配のない長距離移動の日に作業するつもりだったのだ。膝の上でノートパソコンを起動する。隣のビジネスマンも自分のパソコンをカチャカチャやっている。
画像の色調整などをやっていると、肩のあたりに視線を感じた。隣のビジネスマンが興味深そうに覗き込んでいる。
「綺麗な絵だ。あなたが描いたの?」と尋ねるので「友人の絵で、彼女の個展の案内状をデザインしとるのだよ」と答える。その後、使ってるソフトのことなどに話題はとぶ。
あー、絵って世界の共通言語だなーって思った。なんだか嬉しくなった。
その後も彼は、おそらく「模様」のように見えている日本語の文章が、色や書体や大きさを変えられたり戻されたりしているのを、眺めていた。…ふふ、道中退屈しなかったでしょ?

ローマやミラノに向かうエウロスターなら入れ替わり立ち替わり満席状態なんだろうけど、かかとの突端レッチェまでとなると、新たに乗り込んで来る客はそういない。プーリアの州都バーリでごっそり降りたあとは、だいぶ空席になっていた。列車はアドリア海に沿って疾走する。線路の両側は延々と続くオリーブ畠。

14:09、レッチェ到着。途中30分ほど遅れていたが、いつの間にかほぼ取り戻していた。ここは国鉄の最東端の駅だ。首都ローマよりも、ギリシャやアルバニアなどの国々の方がよっぽど近い場所なのだ。
相変わらずヒナコは昼ごはん抜きにすると言うので、私だけ駅のバールで切り売りのピッツァを買った。そそくさと食べる。まぁ、こんなモンでしょう程度の味だが仕方あるまい。

そして、英語はほとんど通じなくなる。

観光客が見るべきレッチェの旧市街は、貝殻の形にこじんまりとまとまっている。駅から徒歩で10〜15分くらい。明日の午前中までしか観光時間がないので、やはり旧市街の中に宿は取りたい。
この街の日本でのホテル情報はほとんどなかった。旧市街の中に5つ星が1軒、あとは新市街(つまりはフツーの街)か、ずっと郊外の滞在型ホテルになってしまう。イタリアの予約サイトをくまなく探し、旧市街中心部のB&Bを予約しておいた。
その名もCentro Storico(旧市街中心)。込み入った路地の古い建物の中に、何軒かのB&Bと一緒に入っているようだ。

お昼休み真只中の時間帯である。ことごとく店は閉まり人もほとんど歩いていない。多分、この半径200mの範囲にはあるハズというところを30分近くウロウロしてしまった。やっとこさ、小さなカードのみの表札を見つけ、呼び鈴を押した。こんな場所での宿泊だと、たった一泊だけでも「住んでいる」気持ちになれそうだ。

呼び鈴に応えて表玄関のロックがはずされた。重い扉を開けて中に入り、オーナーの男性に、歓迎の言葉とともに握手をいただく。3軒のB&Bと2,3軒の個人宅との集合住宅のようだった。私達のB&Bは最上階。
通された部屋は、昨日までのナポリのジュニアスイートに匹敵しそうに広い部屋だった。建物は古いが、内装やバストイレの水回りは綺麗に改装してある。室内に電話がないだけで、申し分ない。なおかつ、初日に寝るためだけに泊まったローマのホテルの半分の値段!
B&Bというと、文字通り「ベッドとブレックファスト『だけ!』」というものも多いだろうが、ココはかなり「当たり」なようだ。同じ住所で2軒あるが、ココにしてよかった。だって屋上つきなんである。

まだ30代であろうオーナー夫妻の旦那は、予想したことではあるが英語は出来なかった。表玄関と、宿の玄関、部屋の3つの鍵を渡され、階段の電灯スイッチの場所や、朝ごはんの時間と場所、簡単な観光ポイントまでいろいろ説明してくれる。彼や私の知ってる英単語(英文ではない)、イタリア語、果ては筆談(お絵描きつき)まで交えて、大騒ぎである。
旧市街の地図や、街一番のジェラート屋情報までいただいた。

バロック彫刻、目一杯、満開!

ひと休みして街に出る。宿からほんの3分のところに街の中心サントロンツォ広場があり、非常に保存状態のよいローマ時代の円形競技場Anfiteatro Romanoがあった。昨日までのナポリに比べ、拍子抜けしてしまいそうな長閑さだ。旧市街の部分は端から端まで歩いても30分ほど。のんびり散策して廻る。

ローマのコロッセオに比べれば、ぐーんと小振りな競技場。でも、当たり前のように街中に共存してるってのがイイ

この街はバロック芸術の宝庫。こんな南の突端で何故バロックという方向に向かったかは不明だが。サンタ・クローチェ聖堂S.Croceサン・ティレーネ教会S.IreneドゥオーモDoumoなどいくつかの教会が点在している。狭い通りにはかつての貴族のエレガントな一軒家が並び、柱やテラスなどは優美(見ようによっては過剰)な彫刻に飾られている。
これで様々な色が溢れてしまうとげんなりするだろうが、建物の石はほんのり灰白がかった淡い黄金色なので、過剰な装飾もふんわりと見える。

装飾てんこ盛りのサンタ・クローチェ聖堂。屋根の修復用足場がちと残念

こっちはドゥオモ

ここまで来ると、さすがに「外国人旅行者」は少ないようだ。東洋人なんて、もっと少ない。歩いているとじろじろ見られるのである。わざわざ立ち止まって「日本人観賞」をする人もいる。でも、挨拶すればちゃんと挨拶を返してくれし、いろいろ話しかけてくれる人もいる。…全部イタリア語だけど。「英語? 金輪際わかりまへ〜〜ん」という雰囲気。
だけど、詳細はわからなくても「友好の気持ち」があれば、それはお互い伝わるのだ。

あっちも、こっちも、そっちも、とにかくバロック彫刻で飾られまくっている

夕方に近くなって涼しくなると、街のあちこちは、お喋りを楽しむ地元の人々でいっぱいになった。誰かがのんびり喋っていると、通りかかった知り合いが自転車を停めてまた話し込む。かつて日本でも、長屋の縁台などにこうしてたむろしていた時代はあるのだと思う。商店もシャッターを開け、昼過ぎのゴーストタウンのような様子から一変する。

ベンチなどにたむろす人々を見ていて気がついた。みんな「じいさん」ばかりなのだ。多分、リタイアして年金生活している年代の。これだけの「じいさん」がいれば、同数の「ばあさん」だっているハズである。じいさんたちは昼食後の昼寝のあと、夕食までの暇つぶしにこうして外で喋っているのだ。ばあさんは今頃晩ごはんの支度に忙しいというのに! ここイタリアでも、主婦の仕事に定年はない。

腕白坊やも、お行儀のいい坊ちゃんも…

8時半、夕食のために再び外に出て、驚いた。レストランに明りが灯り、さらに街の雰囲気はよくなっている。ただの路地裏の空き地だと思っていた場所にも、ズラリとテーブルが並べられ、ロウソクの火が揺れている。

先程エントランスの雰囲気が気に入っていたレストランに入った。重厚な感じの入口だが、外にあるメニューの値段は手頃だったから。
開店は8時半だったようで、赤ちゃんを連れた夫婦が1組いるだけだったが、オーダーを決める頃には続々と客が入って満席に近くなった。地元っぽい家族連れなどが多い。うん、ここも当たりのようだ。

私達の斜め位置のテーブルに「お爺ちゃんと7,8歳の孫」と思われる二人がいる。腕白そうで好奇心いっぱいのこの坊や、お爺ちゃんとの外食も嬉しいが、私達のことも気になって仕方ないようなのだ。そわそわと腰が定まらない。通知表に「落ち着きがない」とか書かれちゃうコっているでしょ? そんなタイプのコ。
旺盛な食欲でピッツァを頬張りながらも、しょっちゅう振り返ってはじーっとこちらを見つめる。合間にグラスやビンを倒したりしながら。ナイフを落っことしたりしながら。突然立ち上がって外に駆け出していったりしながら。

お爺ちゃんと子供では全部を食べ切れなかったようで、彼等はそれを持ち帰り用に包んでもらっていた。子供の方は椅子にかけたジャケットも忘れて、さっさと飛び出している。お爺ちゃんが呼ぶとまた走って戻ってきて、乱暴に袖を通す。…そして案の定、お爺ちゃんの持つアルミホイルの包みを振払ってしまい、中身が飛び散る。
やるゾやるゾと思っていたことを、あんまりその通りにやってくれたので、つい吹き出してしまった。いつものコトなんでしょう。「まったくこのコは…」という顔でお爺ちゃんは出て行く。でも坊や、ちゃんと飛び散った中身を片付けていきました。

反対側の隣に、同年代の男のコとお父さんらしき二人もいる。
さっきのコが絵にかいた腕白顔なのに対し、こっちのコは眼鏡の利発そうなタイプ。私達のことが気になるのは一緒だが、あからさまに見ないようチラリチラリと盗み見ている。

オレッキエッテはもちもちした食感。トマトとチーズの香りたっぷりのソースがパスタの窪みにしっかり絡まってる

英語だとどっちも「グリル」と表記されちゃうがイタリア語は網焼きと炭火焼きを使い分けているようだった。コイツは炭火焼き。サカナの素性はわからなかった

食事は安くて美味しかった。
この地方独特のパスタ、オレッキエッテのトマトチーズソース。お魚の炭火焼き。サラダはミックスサラダとグリーンサラダをオーダー。もちろんワインも。何よりオリーブオイルの香りがよいのだ。テーブルの上のオイルをパンに垂らしてみたところ、これが絶品! 満腹なのに、つい何枚か食べてしまう。
宿のオーナーお薦めのジェラート屋に行きたかったので、エスプレッソだけで店を出る。

感涙の、絶品ジェラート

教えてもらった店は、サントロンツォ広場のすぐ近くにあった。さっきの散策時に場所は見つけ、夜遅くまでの営業時間なのも確認済。
ジェラート屋というよりは、老舗らしい立派なお菓子屋だった。外のウィンドウには、茶系ベースのシックなラッピングの商品がセンスよくディスプレイされている。チョコレートや焼き菓子にも心惹かれたが…

ジェラートの種類は50種類近くあった。どれもこれも美味しそう。チョコレートベースのものだけで10種類以上ある。この中から2つだけ選ぶなんて…どうしようどうしよう、すずめ困っちゃう〜〜…と、逆上しかけた。

ジェラートの味は絶品であった。
滞在中ほぼ毎日のようにジェラートは食べたのだが、この店のがダントツに美味! 堂々の1位だ。いや、6度目のイタリア訪問になるが、その中でもトップクラスになるかもしれない。その上、安い。フレーバーが2種類山盛りで乗ったコーンが¥200しないのである。
あまりの美味しさに、記念撮影の栄誉(?)を与える。はみ出るほど乗せられたジェラートは、どんどん溶けてくるし、片手に握ってお金も払わなくちゃ、なので、なかなか写真を撮る余裕がないのだ。
お店の名は、Natale。レッチェを訪れる機会のある方、よほど甘いモノ嫌いでないのならぜひ試してみてほしいです。

唯一撮影された栄誉あるジェラート。でも、もう3分の1くらい食べちゃったあとです。だって、どんどん溶けてくるんだもん

溶けたジェラートが手に垂れないよう舐めながら、大急ぎで広場へと歩く。円形競技場前に並べられたベンチがひとつだけ空いていた。夜の広場は、夕食後腹ごなしのお喋りや散策を楽しむ人々でいっぱい。ワインの酔いがゆっくりと回り、満腹の胃に冷たいジェラートが染込んでいく。
お喋りを楽しんでいるのは、やはり圧倒的に「じいさん」ばかり。「ばあさん」は? きっと家で皿や鍋を洗っているのである。

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