Le moineau 番外編 - 緑のハート・ウンブリア州の丘上都市めぐり -

       
 

明け方の来訪者と幸せな朝食

ミッドナイト・ドルチェを満喫して安らかに眠りについていたが、窓の外が明るくなってくる頃合にふっと目が覚めた。完全に閉めていなかった扉が軋む音がし、わずかに開いたのが目の端で見えた。びっくりして半身を起こすと、何やら黒っぽい塊がスッと入ってくる。え、まっくろくろすけ……? じゃない、猫のオリセだった。そうだ、クラウディアに「猫のために扉を閉めてね」って言われてたっけ。あれは玄関から外に出ちゃうという意味に取っていたけど、客室に入っちゃうわよということだったのね。私は大歓迎だけど、猫が嫌いな人やアレルギーの人もいるもんね。

客慣れしているオリセはまるで子犬のように懐っこい。「あらっ、オリセ。来たの」と言うと、ひょいっとベッドに飛び乗ってきた。ベタベタすり寄ってくるわけでもないけれど、身体を撫でても嫌がらない。特に何をするでもなく30分ほどを過ごして、入ってきた時と同じようにスッと出て行った。

オリセがこじ開けた扉が写っている。すぐさま私のベッドに飛び乗ってきて、しばらく勝手にくつろいでいた

カメラを向けると興味深げにレンズを覗き込んでくるので、ドアップショットも撮り放題。なかなか美男子よね

オリセが帰ってから扉をキッチリと閉め、二度寝を試みてみたけれど、あまりしっかりとは眠れなかった。昨日の朝ほどぐたぐたではないけれど、爽やかな目覚めとはいいがたく頭がどんよりしている。あーあ、今日も眠い一日になるのかあ……。階上からクラウディアが朝の準備をしている物音が聞こえる。8時過ぎにリビングルームに上がると、クラウディアの明るい笑顔と挨拶が迎えてくれた。彼女の足元にはオリセが、明け方に夜這いをかけてきたことなんて露ほどもない表情で寄り添っている。

気持ちのいいテラスには私ひとりのための朝食が用意されていた

テラスからは広々としたリビングが見える

風通しのいいテラスで緑豊かな丘陵と旧市街の家並みを見下ろしながらの朝食はとても気持ちいい。抜けるような青空には何羽ものツバメが飛び交っている。ああ、爽やかな初夏の光景だわ……
テラス隅のボウルにはキャットフードも入れられて、オリセも一緒に朝食。彼はさっさと平らげてリビングに行ってしまったけれど、しばらくすると戻ってきて、私の足元にきちんと正座した。何かねだってるの? でも勝手にあげちゃダメだよね。
「ヨーグルトが欲しいのよ」クラウディアは私が食べ終えたヨーグルトのカップを指して「それ、終わった?」
カップを差し出されたオリセはこびりついたヨーグルトを丁寧に舐める。上半分舐め終えたタイミングでクラウディアがキッチン鋏を持って来た。わざわざカップを切り開いて底を舐めやすくしてあげるのは、猫飼いさんや犬飼いさんにはちょっと理解できるはず(=^ェ^=)

なんとクラウディアの本業は………!?

去年のシチリア一人旅でB&Bや小さなホテルに泊まって知ったことだけど、オーナーと直接親しくするような宿では、私が絵描きだという話をするととてもウケがいい。これまで描いたイタリア風景など見せると、いい話題づくりになった。

それで今回は自分の作品のポストカードを、イタリアと日本の風景画作品を15種類くらい選んで持って来て、ペルージャのパオラにも数枚をプレゼントしてきた。もちろんクラウディアにもプレゼントするつもりで見せたのだれど、彼女のリアクションや会話のチャッチボールはとても気持ちのいいものだった。イタリアの風景画なら瞬時に場所が特定できる知識にも驚いたし、日本の風景画の説明も興味深そうに聞いてくれ質問も投げかけてくれる。私は嬉しくなって持って来た全種類をプレゼントしてしまった。もちろんとても喜んでくれ、それも社交辞令的な態度ではなかった。

とりあえず私が絵画や美術への興味が一般の観光客よりはちょっと深く、美しい建造物や美しい風景をモチーフとして見たいのだということは伝わったはず。そうした会話の流れで今日は何を見るのか問われたので、モンテファルコに行く予定だと答えた。クラウディアはパッと顔を輝かせて、それなら美術館はぜひ見なくちゃ、フレスコ画が素晴らしいんだからと言う。美術館? そんなのあったっけ。ワインで有名な小さな村ということしか知識がない。ぷらぷら景観を楽しんで、まあ教会のひとつくらいはあるだろうから覗いて、ワイン飲んで、お土産にワイン買って……くらいに考えていた。

彼女はリビングに引き返し一冊の本を持ってきた。表紙に『Guide to Museum of San Francesco in Montefalco(モンテファルコのサン・フランチェスコ美術館ガイド)』とある。
「私が編集とライティングをしたんだけど、これは英語版だから持って行くといいわ」と言う。え? ええっ?
「えッ? クラウディア! あなた編集者なの? ライターなの??」
「そうなの」クラウディアは巻末の奥付部分を指差す。共著ではあるけれど確かに彼女の名前があった。どうりでリビングの本棚が満載で、ところどころに本や雑誌が積み上がっていたりしたわけだ! 私との片言英語の会話にしてもキャッチボールや話の引き出し方が巧みな印象はあったけど、編集やライター特有の取材力や知的好奇心からくるものだったのか!

「あの、あの、私ね、本業はグラフィックデザイナーなの」海外では説明が面倒だから「I'm Painter」と言っていたけど。
「ポスターとかパンフレットやリーフレット、ロゴタイプなんかもデザインするけど、メインはブックデザインなの」
「あら! じゃあ、私たちは同じフィールドで仕事する仲間なのね!」クラウディアにそう言われ、思わず両手で握手し合いハグしてしまった。うわー、イタリア人のエディターとお知り合いになっちゃったよ。職業柄、日本人の編集者やライターさんはたくさん知っているけれど、何ていうかこう……共通した雰囲気や匂いがある。

もちろん解説書は借りて持って行くことにした。「プレゼントしてあげたいけど、15年前の著作で一冊しかないから返してね」とのこと。うんうん、そういう事情もよくわかる。

汗だくでスポレート駅へ、汗だくのままフォリーニョへ

クラウディアと話を弾ませていたので時間がギリギリになってしまった。予定の電車はスポレート駅9:32発。到着時にタクシー利用だったので駅へのルートが把握できてないから、余裕を持って出発するつもりだったのに……。大慌てで部屋に戻り、あわあわと必要物品をバッグに放り込み、ダッシュで出発した。

下り坂も手伝って旧市街の出口までは一気に行ける。そこから駅までは1km足らずの一直線なのだけど、何叉路かのどっちなのかがわかりにくい。通りすがりのおじさんに尋ねて駅方向をちゃんと確認したのに、私はまんまと間違えた。

おじさんとはイタリア語単語とジェスチャーでの会話だったけど、後で思い返せば彼は「その門を出て渡った先を左に」と教えてくれていたのだ。なのに焦る私は、門を出たら赤信号だったので渡らずに左折してしまった。適当なところで渡るつもりだったのに、いつの間にか道の間に川が現われて渡れなくなり、完全に別方向になってしまった。

結果的にたいへんな大回りをすることになって、競歩さながらの勢いで歩き歩き歩き、汗だくで駅に駆け込めたのは9時31分。券売機の前には誰もいなかった。落ち着いて買わなきゃ。日本のようにサクサク動かないんだから。固まってエラーになったりするんだから。フォリーニョまで€2.90、往復で買っておく。
幸い電車は5分遅れてきた。乗り込んでもまだ息が弾んでいる。フォリーニョまではノンストップでたったの17分、大汗が引ききらないうちにもう到着。

駅の外に出てバス停の場所と時刻を確かめていると、おっさんが寄ってきて自分もモンテファルコに行くのだと言う。ん? どうして私の行き先がわかったの? ここからヨソ者が行くのはモンテファルコくらいしかないのかな。おっさんが指し示してくれた時刻表には11:00発とあった。ネットで下調べした通りだ。
「乗場はここ?」「切符はバスで買える?」おっさんの答えはどちらもイエスだった。よし、知りたい情報は入手した! まだ1時間あるのでフォリーニョの町をざーっと歩いて来よう。今度は迷っているわけにはいかない。Google先生によると、フォリーニョ駅からドゥオモのある広場まで直線距離で700mくらい。ドゥオモの外観と周辺景観を眺めてくるのは可能なはず。

たった10分ちょっとのフォリーニョ観光

Google先生にナビしてもらいながら、再び競歩さながらに歩く歩く。ちょっと間違えかけて、でも15分ほどでカテドラーレ・ディ・サン・フェリチアーノ Cattedrale di San Feliciano(ドゥオモ)に着いた。この町のドゥオモはちょっと変わっていて、教会敷地の十字の「L」部分にパラッツォをはさんで、ふたつのファサードを持っている。それぞれのファサードは意匠も趣きも異なっている。

第一のファサード正面は路地の突き当たりのような狭い場所だけど、第二のファサードは広々とした共和国広場 Piazza della Repubblica に面している。一緒に広場を取り囲んでいるのは、市庁舎 Comune Di Folignoトリンチ宮 Palazzo Trinci といった豪壮な建物群だ。どの建物も石の色が薄ピンク色をしている。特にドゥオモは淡いグレーの石と縞模様になっていて、何とも愛らしく可憐な感じ。

東南側にある第一のファサード。左側は今は博物館になっている Palazzo delle Canoniche

反対側の側面にはどうってことのない普通の建物がへばりついている

南西側の共和国広場に面した第二のファサード。パラッツォとひと続きになっているので華やかに見えるけれど、位置的には側面にあたるらしい

バスの出発時刻より早めに戻っておきたいし、帰りも多少迷う可能性もあるので、教会内部まで見る余裕はなかった。広場周辺を10分ほどウロウロして写真を撮るので精一杯。再び競歩さながらに歩き、今度はまっすぐ帰り着けたので、11時にはまだ10分近くの余裕があった。

若くもなくイケメンでもない垢抜けないおっさんの真意は?

そのへんに適当に腰掛けてバスを待っていると、バスの時刻を教えてくれたおっさんがニコニコしながら寄ってきたので一応笑顔を返すと、ニコニコしたまま私の真横にぴったりと座ってきた。うーむ、やっぱりそうきたか。
実はオバちゃん一人旅の最大のメリットは、男性から親切を施された時に、何か下心があるんじゃないかと余計な勘ぐりをせず「これは純粋に親切なのだ」と、素直に感謝できることにある。とはいえ、そう見せかけておいてナンパしてきた業務中の国鉄車掌(ほぼ定年目前くらいの中高年世代)という前例もあるしなあ……。

さて、このおっさんはどうだろう? 若くもイケメンでもお洒落でもない、どちらかというと田舎臭く垢抜けない中高年から初老の年代のおっさんだ。
一応警戒心は持ったままカタコト会話をしていたけれど、やや日本贔屓なだけの普通の話し好きのおっさんだった。それも自分語りなね。シチリアのアグリジェント出身で孫が24人いるそうな! 意外に歳くってるの? うんと早婚だったのかな? でも「指輪ないけど? 結婚は? 子供は?」と、イタリア人男性ならではの目ざとさは忘れていない。答えは「秘密」だけどね(^^)
おっさんの口からは「トーキョー、キョート、ヒロシマ」という地名が出てきた。「ヒロシマにはアメリカが爆弾落としたよね」という口調は憎々し気だった。三国同盟の話題まで遡ったららどうしようと思ったよ。

そうこうするうちにバスが来た。バス待ちの人は結構いたけれど、モンテファルコ行きに乗るのは10人くらいみたい。おっさんは最前列席に座ると、後から乗り込んできた私に隣の席をポンポンと叩いてみせる。えー、こんなにガラガラなのにどうしてぴったり隣に座らなきゃいかんのよ。ほんのり笑顔を保ったまま首を横に振って後ろに行った。おっさんは一瞬残念そうな顔をしたけれど、単に話し好きなだけだったみたい。オバちゃんであっても女ならマシだな程度だったようで、通路をはさんで隣のおじさんとずっと喋っていたし、おじさんが途中で降車してからは運転手と喋り続けていた。

ちなみにモンテファルコまでのバス料金は往復で€3だった。安〜い。

モンテファルコ旧市街はピンクの自転車で飾られていた

バスはあちこちの集落にぐるぐる立ち寄っては乗客を降ろしていき、40分くらいかかってモンテファルコに到着した時には話し好きのおっさんと私のふたりだけになっていた。
バスは丘陵地に広がる葡萄畑を見渡す大きな駐車場の端っこに着く。城壁に囲まれた旧市街の街並が斜め上方向に見えている。トンネルくぐって道路を渡り、少しだけ坂と階段を登ると、そこが街の入口の門だった。

この小さな村を有名にしているのは、ここだけの土着品種のサグランティーノを100%使った「サグランティーノ・ディ・モンテファルコ」というワインがD.O.C.G.に認定されているから。私もそれを楽しみにしてきた。もちろん "イタリアで最も美しい村" 加盟の街並も堪能する目的も。さらに今朝、素晴らしいフレスコ画の美術館があるということも知らされた。徒歩10分か15分もあれば突き抜けてしまう小さな村だけど、中身は濃密なのよね。

それぞれに工夫を凝らしたピンクの自転車と花の飾りが村中に溢れている。色合いも華やかだし、デコレーションのアイディアをひとつひとつ見るのも楽しい

旧市街のあちこちには、ピンクの自転車とサフィニアの花をアレンジした飾付けがあふれている。街路にもマゼンタピンクの旗がある。茶色い石組みの街並が可憐に華やかに彩られていて素敵。

>> どうやら5月16日に CRONO SAGRANTINO という自転車レースがあったようだ。フォリーニョの共和国広場からスタートして、葡萄やオリーブの畑の丘陵地をアップダウンして走り、ここサグランティーノでゴールというルート。その時の飾付けがそのままだっただけのこと

鮮やかなピンクのサフィニアの花と可愛くアレンジされた自転車のディスプレイに目を奪われてしまったけれど、ささやかな目抜き通りの両側にはワインのカンティナやエノテカがずらりと軒を連ねている。看板もいっぱい出ていて「さあ、どんどん買っていきやがれ」という感じ。今日は観光客も疎らのようで半分近くが店を閉めているけれど、ピークシーズンに端から一軒ずつ試飲して回ったら、それだけで十分に酔っぱらえるだろうなあ。

エノテカやショップに混じってサンタゴスティーノ教会 Chiesa di Sant'Agostino もひっそりと並んでいる。ファサードはゴシック様式のようだけど、狭い道からではちゃんと正面は見渡せない。教会の名を記した小さなプレートには午前中は12時半までと書いてあるのに、押しても引いても扉は開かない。まあ、いいや、目的はサン・フランチェスコ教会美術館 Chiesa Museo di San Francesco の方だもの。

サン・フランチェスコ教会のフレスコ画群に圧倒される

村の中心広場を通り越した先に旧サンフランチェスコ教会はすぐに見つかった。もう少し立派な建物を想像していたけれど、まるで礼拝堂に毛の生えたような小ささ。教会は機能停止になっていて隣の建物と一体化して美術館になっている……という前知識が全然なかったので、固く閉ざされた扉に一瞬戸惑った。隣の建物に「MUSEUM」とプレートがあるけれど、その入口も閉まっている。めちゃくちゃ戸惑った。

現在の入口は隣の建物の側面部に移動しているとわかるまでしばらくかかった。だって大々的に旗や看板も出ていないし、まるで無関係なオフィスみたいなエントランスで、中を覗き込んでもオバちゃんがずーっと長電話してて、入るのに躊躇しちゃったのよ。今日は臨時休業なのかと諦めて帰ろうかとしたくらい。紛らわしいから元の入口のプレートは外しておいて欲しいものだわ。
€7のチケットを買う時に、13時までだからねと言われた。えー、まだ1時間あるし、こんな小さな村の美術館なんだし、十分でしょ。……と、その時は思った。

オフィスのようなスペースを通り抜けて2階の展示室へ。周辺の廃された教会の宗教画や聖具などを集めたものかな。でも昨日、ペルージャの国立ウンブリア美術館でこういうの山ほど見てきたからねぇ……。あの作品群に比べればこっちの展示は明らかに格下でしょ。なんだかなあ……クラウディアがあんなに絶賛するほどのものなのか、いささか疑問だわ。何室かの展示室を抜けると下り階段があり「→Church」とある。

旧教会内はフレスコ画でいっぱいに埋め尽くされている。ペルジーノとゴッツォリ以外にも美しい作品がたくさん

ペルジーノのフレスコ画『キリスト降誕』も綺麗に修復されている。すぐ真ん前に立って触れられそうな位置でじっくり見られるのがいいね!

後陣にはゴッツォリのフレスコ画『聖フランチェスコの生涯』の全12場面が描かれている。圧巻!

借りた本を見ながらフレスコ画鑑賞。長い本文部の英文はしんどいので、各場面解説のキャプションだけを読む。それも十分楽しめる

後陣の天井画も真下から見上げられる。雨漏りや落雷や地震でめちゃくちゃだったのをここまで美しく修復したそう

階段と通路を抜けた先は旧サン・フランチェスコ教会の内部へと続いていた。教会はゴシック様式で、右側に側廊、左側は直接側壁となっている。扉の閉ざされた正面外観からは想像もできないほどの空間が広がっていて、足を踏み入れた途端、思わず「うひゃあぁぁ……!」と声が漏れてしまった。あまりにも見事な艶やかな鮮やかなフレスコ画群! うわぁうわぁ、なんだかなあだなって思っちゃって、ごめんなさい。すごいわ、これはすごいわ !!!

現役の教会なら近寄るにも限界があり、特に祭壇上の天井画なんて遠巻きに眺めるしかない。それがここでは真下から真正面からかぶりつきで対峙し放題。それでも天井は高いので双眼鏡でつぶさに見る。ペルジーノの『キリスト降誕』の前にはじっくり観賞するためのソファまで設えられている。ペルジーノはそんなにいいと思わないとか言っちゃってごめんなさい。1時間もかからないだなんてとんでもない、あの空間になら優に2時間は身を置いておけたと思う。教会内のフレスコ画の解説だけで本が一冊作れてしまうのも納得の充実度だった。

13時近くなったので渋々ながら外に出ようとすると、まだ地下に続く階段があることに気づいた。駆け足で回ってみると古代のレリーフや粉引きやワイン造りの道具などの、プチ民族博物館になっていた。この修道院では中世期にワインの醸造をしていて、地下は熟成貯蔵庫だったらしい。

ああ、素晴らしかった! 何の予備知識も持たずにこんな出逢いがあって、本当に本当に大満足だわ。

絶景を味わい、極上ワインも味わう

最後のひとりとして美術館を出た。そのまま町の外れまで歩いてみると、ものの数分で城壁の外に出てしまった。小さなロータリー、車数台とバイクや自転車の駐車スペース、ささやかな緑地公園と展望テラスがあり、若いカップルが一組、木陰のベンチでくつろいでいた。テラスの先端部に立つと、目の前に広がるのは緑の丘陵大地のあまりにも美しい絶景と爽やかに吹き渡る風。あああ、気持ちいい! 美しい! この村が "ウンブリアの手すり" と言われる意味がよくわかる。

"ウンブリアの手すり"と呼ばれる展望台からは、アッシジやペルージャも遠望できるそう

村の中心のコムーネ広場は閑散としていた。強烈な陽射しを遮るものもなく、暑そう……

村の外側のブドウ畑の真ん中にテングダケのような塔が建っている。バスターミナルからも見えるので、バスを降りる目安になる

ここで風に吹かれているのもいいけれど、限られた時間の中ワインも味わっていかなくちゃいけないので回れ右して村の中心コムーネ広場 Piazza del Comune まで戻った。そもそも閑散としていた町なのに、教会美術館も商店もみんな昼休み時間に突入してしまって、閑散っぷりがすさまじい。照りつける陽射しが強烈なので、なんだか白日夢を見ているよう。

コムーネ広場に面した《Enoteca Federico II》という店のテラス席で、ワインをいただくことにした。4〜5種類がグラス単位でオーダーできる。いつもハウスワイン一辺倒の私からするとお高めだけど、せっかくだからD.O.C.G.の極上ワインをいただくんだ♥

モンテファルコ・サグランティーノを一杯いただこう♪ 銘柄はFattoria Colsanto

つまみはブリュスケッタ4種類の盛り合わせ。オリーブオイルとにんにく、生トマト、ポルチーニ風味ペースト、ルッコラとペコリーノチーズ

暑くて食欲がほとんどないんだけど、どうしようかな? でも「食事ではなく、ワインのおつまみをもらうのよ」という態度でいけばいいよね、アンティパストから一品だけ選ぼう。
で、お目当ての「サグランティーノ・ディ・モンテファルコ」はというと、タンニンの渋みと果実みのしっかりした骨太な味わいの極上ワインだった。すごく美味しい、美味しいけれど……こんなに暑い日のまっ昼間に飲むには、いささかヘビーだった気もするなぁ。おつまみもブリュスケッタではアッサリし過ぎていたかもしれない。ラムやイノシシのような滋味のある肉料理に合わせるとバッチリなんだと思うわ、きっと。支払いは水もカフェも合わせて€12.70、分量の割には高めだけど、極上ワインが飲めたっていう内容を考えたら超リーズナブルだったってこと。

ところで、ブリュスケッタだけのオーダーでもコペルトとしてパンがついてくるのね。日本人の感覚では、にぎり寿司のオマケにご飯が出てくるような違和感があるんですけども。

お土産のワインを買って帰途につく

さあ、ワインを買おう! 食事をしたエノテカで買ってもよかったけれど、他の醸造所のものも試してみたいんだもん。入口門近くの目抜き通りに戻ってみると、元々半分近くしか開いてなかった店のほとんどが昼休みで、開いているのは2軒くらいしかない。

そのうちの1軒に入ってみる。入口脇に椅子を並べて隣の店の人とお喋りしていた女性がスタッフのようだった。誰もいなくて暇だもんね……。
ここは《Romanelli》[WEB] という銘柄の醸造元直営店らしかった。赤白合わせて何銘柄かとオリーブオイルも作っているみたい。
試飲できるのは4種類、せっかくなので全部試させてもらう。やっぱりまずはD.O.C.G.のサグランティーノ・ディ・モンテファルコよね。試飲なのにグラスに4分の1くらいどぶどぶっと豪勢に注いでくれる。うーん、渋い……さっきの銘柄より渋みが強いかも? いや、単独で飲んでるからそう感じるのかも。
次はモンテファルコ・ロッソというサグランティーノをブレンドした赤。ブレンドといってもちゃんと等級はD.O.C.で、やっぱり豪勢に注いでくれる。味わいはしっかりしているけれど、サグランティーノならではの果実味や渋みがまろやかになって、こっちはぐっと飲みやすい。
次の赤は薬酒のような風味が加えられていて、これは超苦手、一口飲んでごめんなさいだった。白も試してみるけれど、これは珍しい品種でもなく、ごく普通のものだった。白はこの周辺ならオルヴィエート・クラシコとかもっと有名なのがたくさんあるもんね。

全部のワインの試飲ができる

小さな店だけどとてもハイセンスなディスプレイ

6種類のワインのギフトセットには、陶器の足のワイングラスがペアでついてくる。近くの窯元で焼いてもらっているオリジナルなんだそう。これ欲しいけど、単独では売ってないんだって(TT)

サグランティーノかロッソかで迷っていると「もう少し飲んでみる?」と、また注いでくれる。おつまみが何もないからそう感じるのかもしれないけれど、やっぱり飲みやすいのはモンテファルコ・ロッソだった。結局ロッソを買った。
でも、値段が全然違うのね。サグランティーノ・ディ・モンテファルコは€25するけど、ロッソは€10だった。たった€10の買物なのに、丁寧に専用ボックスに入れてくれた。1本だけでごめんなさいね。

ワインの袋をぶら下げて外に出た。ただでさえ暑さに参ってフラフラしていたところに、昼食でほろ酔い加減になり、さらに試飲でグラス一杯分以上のワインを一気飲みしたことになる。30℃近い気温の中、きつい照り返しの陽射しを浴びながらの真っ昼間に酔っ払い状態で歩くのは、相当にしんどい。帰りのバスまで30分以上あるので少し街中を散策しようと思ったけれど、これは無理だわ……倒れるわ。

フォリーニョ立ち寄りは取り止めてスポレートに直帰

だいぶ早めではあるけれどバスターミナルで待つことにして、ゆっくりよたよた歩いていった。駐車場の端っこにコンクリ造りの小屋があり、2畳くらいのシェルターみたいなスペースが一応待合室らしい。切符売場も時刻表も何もない、バスの絵の表示すらない、待っている人も誰もいない、駐車場にも人はいない。待合室は熱気がこもって蒸し風呂のようで、おまけにカビ臭いけど、直射日光が避けられるだけマシというもんでしょう。
歩いたことでさらに酔いが回った気がする。待合室のベンチにぐったりもたれて、自作経口補水液を数口飲んだ。甘じょっぱいぬるま湯になっていて、不味いことこのうえなかったけど、お腹に沁みる感じはした。

20分近く待った頃、待合室に地元の人らしきおばさんが来た。出発時刻は15:05なのだけど、10分近く過ぎてもバスの来る気配はなかった。ひとりで待ってたらきっと不安になったろうけど、おばさんは何も動じていないので大丈夫なんでしょう。そう開き直ったと同時にバスが来た。ここが終点なのにバスは無人で、乗りこんだのはおばさんと私の二人きり。往路のようにあちこちの村に寄ることもせず、途中で誰も乗って来ないまま、たった20分でフォリーニョに着いてしまった。2人分のバス料金€3でバス会社の経営は成り立つものなのかしら……他人事ながら心配しちゃう。

当初の予定では夕方頃までフォリーニョ観光をする予定だったけど、午前中にドゥオモだけ眺めてきたからもういいや。暑くて酔っぱらってぐったりしているし、まだまともにスポレート観光していないんだもの。ちょうど15:45発の列車があるからこれに乗って帰ろう。フォリーニョ駅の地下道はスモーキーピンクと淡いグレーのタイル貼りで、ちょっと可愛らしい。きっとドゥオモの薄ピンクとグレーをイメージしているのね。

列車は時刻通りに来て20分足らずでスポレートに着いた。駅からB&Bまで徒歩で約25分。16時台とはいえ依然凶暴な陽射し、日陰のない旧市街までの一本道、旧市街入口からの坂道……せっかくバスと列車の車内で持ち直した気力体力はすっかり使い果たされてしまった。

お喋りしながらの楽しいカフェ・タイム

戻ったその足でスポレート観光しようと思ってたけれど、今はとても無理無理。B&Bの部屋への階段を登るのですらつらくなって、一階のバールのテラス席にへたりこんだ。冷たいものが飲みたいけれど、イタリアには日本のようなアイスコーヒーはない。でも氷とエスプレッソをシェイクしたカフェ・シェケラートというものがあるらしいので試してみた。いったんエスプレッソを淹れてからシェイクするのでちょっと時間がかかる。出てきたのは、あまり冷たくなくて薄くて甘いコーヒーだったけれど、少しは一息つけた気がする。

建物の鍵を開け、ハアハアしながら階段を登り、B&Bの玄関の鍵を開ける。クラウディアのいる気配はするけど、今は挨拶すら億劫で、リビングには上がらずに自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。そのまま40分ほど眠ったみたいで、もう18時近かった。なんだかシエスタ習慣がついてしまいそう?

身支度を整え直して、借りた本を返すために階上にあがった。すぐに出かけようと思ったのに、クラウディアがコーヒーを淹れてくれたので、あの気持ちのいいテラスで1時間ほどお喋りしてしまった。
「今日はものすごく暑い日だったわね」ああ、やっぱりそうだったのか、特別気温高かったのか。
「でも日が暮れても寒くならないわよ」そういえば一昨日あたりは日が落ちると風が出てきて羽織りものがないと肌寒かったっけ。
「モンテファルコの小旅行は楽しめた?」
「もちろん! 本をありがとう」
「素晴らしいフレスコ画だったでしょう?」
「とっても! 美術館に1時間、食事が1時間、買物と散策が1時間で合計3時間の滞在だった」
「それはパーフェクトだわ。お昼は何を食べたの?」
「サグランティーノ・ディ・モンテファルコと……ブリュスケッタ」
「えっ、ブリュスケッタだけ? 少ないでしょ」
「うん、だからお腹ペコペコなの。おかげでディナーがしっかり食べられる」

スポレート観光はほとんど明日に持ち越しだけど、このお喋りタイムはとても楽しかったので、いいんだもん!

要塞まわりのロッカ通りは気持ちのいい散歩道

19時になってようやく腰を上げ、スポレート散策に出ることにした。まだまだ十分明るいけれど日中の暴力的な陽射しは和らいで、かといって羽織りものは必要としない気持ちのいい気温。ディナー前の散歩にはちょうどいいね。

一番高い場所にあるアルボルノツィアーナ城塞 Rocca Albornoziana の外側を巡るロッカ通り Via della Rocca を歩いてみることにした。まずはドゥオモを通り越してその上のカンペッロ広場 Piazza Campello まで一気に登る。昨日はここまでで引き返して裏路地を下っていったのよね。要塞の城壁を回り込んでいくうちに周囲の風景が一変した。旧市街の風景がいっさい見えなくなって、目に飛び込んでくるのは豊かな自然の緑色! かなりの水量らしき水の音! でも、谷と緑が深過ぎて川の流れは目視できない。このテッシーノ川はテヴェレ川の支流だそうで、つまりはこの水はいずれローマに辿り着くのね。

さらに進むと峡谷にかかる巨大な塔の橋 Ponte delle Torri の姿が見えてきた。城塞のあるサンテリアの丘と対岸にあるモンテルーコの丘を結んでいる230mもの長さの橋で、橋の向こうには小さな教会が見える。この橋は歩いて渡ることができたのだけど、去年のイタリア中部地震の後で閉鎖されてしまったそう。

「塔の橋」の名前の由来は、80m近い高いアーチがまるで塔のようだから。確かにいくつもの塔をつないだような形してる

橋は立ち入り禁止になっていた。残念に思っていたけど、側で見たらやっぱり渡らなくてよかったと思った。鳥かごリフトより怖いわ、コレ

ロッカ通りからは、ドゥオモを後方斜めから見下ろすことになる

さらに進むと峡谷にかかる巨大な塔の橋 Ponte delle Torri の姿が見えてきた。城塞のあるサンテリアの丘と対岸にあるモンテルーコの丘を結んでいる230mもの長さの橋で、橋の向こうには小さな教会が見える。この橋は歩いて渡ることができたのだけど、去年のイタリア中部地震の後で閉鎖されてしまったそう。

塔の橋を通り越し、犬の散歩する人やジョギングする人たちに混ざってぐるりとロッカ通りを一周した。一周するのに30分くらいかかったかしら。ちゃんと時間を測っていたわけではないし、途中で立ち止まって景色眺めたり写真撮ってたからよくわからないけれど。
でも、緑と水音と鳥の声の中、暑くも寒くもない気温と心地よい風に吹かれての散歩はとても気持ちのいいもので、心の底からリラックスできた気がする。あー、お腹空いた! さあ、今日はしっかり食べるわよ〜!

てんこ盛りサービスで大満足すぎるディナー

しっかりディナーする気満々で、小さなトラットリアやリストランテがたくさん集まるメルカート広場 Piazza del Mercato に向かった。ところがなんか閑散としている。事前にネットで下調べした店や、昨日の街歩きで目星をつけていた店も扉を閉ざしていて、店内は照明もなく準備をしている様子もない。どうやら私がチェックしていた店はほとんどが月曜定休だったらしい! うわーショック! もう下調べに頼るのはやめて、ほっつき歩いてインスピレーションで選べばいいや。

結局、路地にひっそりと佇む《Trattoria del Festival》[WEB] という店に入った。ここは外観がとても可愛らしく家庭的な雰囲気で、昨日この前を通った時に素敵だなあと思って写真を撮っていたくらい。その時はまだ扉を閉ざしていたけれど、こうして開店してみるとやっぱり可愛らしい。それもそのはずで、オーナーシェフは女性のようだった。

食べてみたいと思っていた地元のパスタ、ストランゴッツィ。何やら強そうな名前の卵黄を使わない小麦粉と水だけで練った手打ちパスタを、きのことトリュフのソースで。昼にモンテファルコで赤ワインを飲んだので、夜は白にする。お腹がとっても空いているから、パスタだけでなく前菜も何かオーダーしようかなあと思ったけどやめておいた。やめて正解だった。突き出しとデザートのサービスが半端なかったんだもん。

基本のトマトのブリュスケッタ。昼に食べたものよりトマトが熟していて美味しかった

きのことトリュフのストランゴツィは超大盛り。トッピングのトリュフも大盤振る舞い

ローズマリー風味のフォカッチャは噛み締めていると何ともいえない味わいがある

大麦とはと麦のスープは、見た目の地味さに反してびっくりするほど美味しかった

まずトマトのブリュスケッタが二切れ、この程度のサービスはしばしばあること。きちんとお金を払ったブリュスケッタよりトマトが完熟して赤くて甘かった。早々に平らげると、今度はローズマリー風味のフォカッチャだった。美味しい。美味しいけど、こんな粉モンを先にいっぱい食べたらパスタが入る余地がなくなってしまうんだけど。でもお腹空いてるし美味しいし、まあいいか、と平らげると、今度は何かの穀物のスープらしき器が置かれた。こんなもの飲んだらなおさらパスタの入る余地が……と思いながらも一口飲んでみると、これがまあ想像以上に美味しい。いや、めちゃくちゃ美味しい! 何これ美味しい! つい全部平らげてしまった。これは何なのか単語を尋ねて調べてみたら、大麦とはと麦らしかった。てこれもまたお腹にずしんとくる食べ物だった。なんせ、ふやけた穀物がたくさん入ったスープなんだもの。

オーダーしたストランゴッツィは、トッピングのトリュフをたっぷり纏って超大盛りで満を持して登場した。卵を使ってないので、うどんみたいにモチモチと喉ごしがいい食感。うん、美味しい。美味しいけど、この量は……。今日はとても空腹だったからパスタだけならこれでも頑張れたけど、その前にいろいろ食べさせられちゃったもんだから。もちろんコペルトとしてパンは数切れついてくる。どうしろというの、この炭水化物攻撃。

頑張ったけどパスタは食べきれなかった。90%までは頑張ったけど、あと少しがどうしても……。食後にエスプレッソだけ頼んだら、ナッツ入りのビスコッティが2個ついてきた。うー……む、また炭水化物か。
何かいろいろ上乗せされてるんじゃないかと恐る恐る会計すると、たったの€19だった。明細を見ても、パスタとワイン250ccと水とコーヒーとコペルトのみの項目しかないので、ブリュスケッタもフォカッチャもスープもビスコッティも全部サービスだったということ。これはこの店だけなのかしら、スポレートのレストランにはみんなそういう習慣があるのかしら?

いずれにしても美味しかった、量だけでなく質にも大満足。ごちそうさまでした!!!

雲一つない宵空にぽっかり浮かぶ月。明日もよく晴れそう……暑いんだろうなあ

ほろ酔い気分でパンパンのお腹を抱え、夜のスポレートをそぞろ歩き。少しだけ回り道をしながらB&Bまで帰った。クラウディアが夕食の片付けをしているらしき水音や足音、TVの音などが聞こえてくる。明日はここを発って移動なので、荷物をまとめたり明日以降の予習をしたりしていると、23時頃にオリセの来訪があった。彼はまた気ままに30分ほどを過ごして帰っていった。

 
       

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