Le moineau 番外編 - 緑のハート・ウンブリア州の丘上都市めぐり -

       
 

早朝散歩でスポレートを俯瞰する

旅もそろそろ折り返して後半戦に入るというのに、まだ時差ボケが完全に修正しきれていない。……ま、もう若くはないってことね(T^T)
今日の午後には移動だというのに、連日の暑さに疲れ過ぎてスポレートの町をまだちゃんと観光していない。夕方以降に徘徊だけはしているんだけどね……。一昨日は町の東端の要塞の足元まで行って裏通り散策したし、昨日は要塞周りの散歩道を巡った。今朝は北側からスポレート旧市街の全体像を俯瞰してみよう。どうせ時差ボケたまま異常に早起きしてるから、長く歩くのは早朝の涼しいうちにすませておくに限るわ。

浅い眠りのまま4時半にぼーっと目覚め、シャワーを浴びて覚醒させて身支度し、荷物の梱包もほぼ完全にすませてから6時半に部屋を出た。人けのない旧市街を抜け、町の北東のルチアーノの丘までせっせと歩く。Google先生は徒歩で17分と仰せだけど、途中からは急坂のプチ・トレッキング状態になってしまって20分以上かかった。

スポレート旧市街は世界遺産ではないけれど、町外れの丘のサン・サルヴァトーレ聖堂 Basilica San Salvatore という古い教会は世界遺産に登録されている。キリスト教初期の4〜5世紀のもので、正面と後陣部は創建当時のまま残っているという貴重な教会らしい。ペルージャで最古のサンタンジェロ教会よりさらに100年以上古いわけ。

ルチアーノの丘のオリーブ畑の隙間から望むスポレート旧市街。木が邪魔でちょっと見づらいんだけど、展望台のようなものはないのかしら? 畑をずかずかと突き抜けちゃえばよかったのかしら

木立の隙間から垣間見える教会の外観は、まるで廃墟かと見紛うほどに質素かつ素朴だった。ペルージャ旧市街やスポレート旧市街ではなくこの地味な教会が世界遺産だということが信じられない。事前に調べた情報では7時から開いているはずだったのに、扉横のプレートには8時からとあった。あら〜〜ぁ残念。

教会にはかなりの広さの墓地が隣接している。私はつい数ヶ月前に樹林墓を購入したばかりで、その前にさんざん墓所や霊園を見て回っていたものだから、興味を引かれて内部を通り抜けてみた。

柱で区切られた一区画がそれぞれ墓所になっている

こちらは庶民向け? 家族みんなで入るお墓のようで、大小さまざま。10数人くらい名前の刻んであるものが多い

最近の日本の霊園のように墓の規模と形はバラエティがある。一区画がまるまる4畳半くらいの床と壁があるものから、お地蔵さんの祠かと思うようなささやかなものまで。個人のお墓ではなくて親戚含む家族単位のようで、顔写真とともに10数人の名前が彫り込まれているものもある。
半分以上のお墓に色鮮やかな花がたくさん供えてあって遠目にも華やかだけど、近くで見たらみんな造花だった。頻繁にお墓参りをしていると思ったのに、ほとんどの造花が埃まみれで墓じたいも長らく掃除された気配がない。キリスト教では死者は神の元へ行くのであって、仏さまになるという概念がないのだから、お墓に対する考え方だって違って当然よね。そうよ、お墓で眠らず千の風になるんだもんね。

旧市街のエスカレーター路線はうまく使えばとっても便利

今日の私は忙しい。スポレートの見どころ──中に入って見学するところを一気に消化しないといけないのだもの。
早朝散歩から戻ってクラウディアの心づくしの朝食をいただくと、すぐに精算をすませて荷物を預かってもらった。宿の性質上、支払いはキャッシュのみ。ダブルルームのシングルユースなので二泊で€127.50と、シングルだったペルージャの宿よりはやや高めについた。精算はしたけれど「出発までリビングルームは自由に使っていいわよ」と鍵はそのまま持たせてくれる。8時半にはそそくさと出発した。

今朝も私ひとりのために朝食が用意されている。全粒粉のラスクがサクサクですごく美味しくて、何枚も食べてしまった

スポレート旧市街地下には、エレベーターやエスカレーター通路が何系統かある。これをうまく利用すればショートカットやアップダウンの労力軽減になるし、何より暑さや陽射しが避けられる。
エスカレーターの乗場は、表示もささやかで建物の内側にひっそりとあるので、とても見つけづらい。B&Bのある広場近くにも本当に見つけづらいエレベーター乗場があった。エレベーターを降りたところは巨大駐車場であり、エスカレーター路線1本とエレベーターが3方向に出るターミナルでもあった。なるほど! 町の外から車で来た人はここに停めて旧市街に入れるのか! 要塞の真下あたりまで一気に行けるエスカレーターは、つまりは傾斜している「動く歩道」だった。ところどころに切れ目があり、途中に地上出口がある。

終点の要塞までは行かずにひとつ手前に降りて外に出た。ここからスポレートのドゥオモであるサンタ・マリア・アッスンタ聖堂 Cattedrale de S.Maria Assunta まではすぐ。上から見下ろすドゥオモのファサードは朝日を逆光に青暗く沈んでいて、なんか寂し気な感じ。そういえば昨日も一昨日もここに来たのは夕刻の18時以降だったので、建物の隙間から低く射し込む光がスポットライトのように正面に当たっていたっけ。でも背部の低い位置から光が当たるのは、内部見学するにはむしろ効果的なのよね。

恍惚のフィリッポ・リッピ

内部の天井や柱の装飾はバロック風に改装されている。でもここで必見すべきは、教会内装などではなく後陣のクーポラに描かれたフィリッポ・リッピのフレスコ画。聖母マリアの生涯を描いた壮大な壁画がオリジナルのまま残されている。
最愛の妻ルクレツィアをモデルにしたというマリアさまは、息をのむほどにピュアな美しさ。そして輝くほどの艶やかな色使い。リッピは白いマントを羽織った自画像をこの中に描き入れているそう。あの天使がそうかな? あっちかな?
私は最前列に腰掛け、首筋が固まってしまうほど見つめ続けていた。

リッピはこの絵の製作中に足場から転落して落命したので、これは彼の遺作になる。息子のフィリッピーノが作品の残りを仕上げ、ドゥオモ内のリッピの墓をデザインしたという。でも、リッピの墓はうっかり見忘れてしまったのよ。あまりにも絵にうっとりとしてしまったものだから……

窓から射し込む光に聖人たちが厳かに浮き上がる。窓枠の縁にも美しい模様が描かれてる!

聖堂に入ってすぐのエローリ礼拝堂には、ピントリッキオのフレスコ画『聖母子』

主祭壇のフレスコ画『聖母マリアの生涯』。下側は左から『受胎告知』『聖母被昇天』『キリスト降誕』。天井の『聖母戴冠』は深く鮮やかな青色が実に美しい……

教会内部はバロック風に改装されてしまって、ファサードとは雰囲気がそぐわない感じ

ドゥオモ内部から外を見上げる。たいていのドゥオモは町一番の高台にあるから、ちょっとこういう光景は珍しいね

床のモザイクはバロック改装以前のオリジナルのままのようだけど、今日は残念ながらロープで囲われていて、2人の職人が修復作業の真っ最中。こういうのって興味深いので、背中越しにしばらく観察させてもらった。 さあて、ドゥオモ内部はしっかり堪能したので、次行こう次!

まるで教会ファサードのような装飾をされた泉は、時計台にもなっている

メルカート広場で休憩。もちろん一つ覚えのカフェ・マッキャート

ドゥオモに隣接した司教区博物館 Museo Diocesano はパスしよう。近くのサンテウフェーミア教会 Basilica di Sant'Eufemia はというと、中庭の敷石を全部剥がしての大修復中だった。内部は見学できるのかもしれないけれど、どうやら閉鎖されてるっぽい。ここもパス。

何度か行き来しているメルカート広場 Piazza del Mercato まで来ると、野菜などを売る小さな市が立っていた。ああ、ちゃんと "メルカート" なんだね。
やっぱり何度も行き来しているドゥルスス門 Arco di Druso をくぐる。ローマ時代に町の入口だったこの門は後世の建物と一体化させられていて、あまりに街並に溶け込み過ぎていて、一見それとは気づけない。
門のすぐ近くのサンタンサノ教会 Convento Parrocchia S. Ansano 前も何度も通ったけれど、夕方だったり夜だったりしてどうしても中に入れなかった。今は開いている時間のはずなのに、扉を閉ざしていた。うーん、どうしても入れないみたいねぇ……、ここには縁がないのかな。仕方ない、ちょっとカフェブレイクしてから、次行こう次。

炎天下のローマ劇場で消耗する

まだ10時半頃だというのに、陽射しは殺人的に強烈になっていて、体感温度も相当のもの。晴天続きが嬉しい反面、ちょっとくらい曇ってくれてもいいのになどとも思うわ。

旧市街の南端部にあたるリベルタ広場 Piazza Liberta まで歩いてきた。広場に隣接してローマ劇場 Teatro Romano があるはずなのに、レストランのテラス席が広がっていてどこにあるのかわからない。行きつ戻りつ探すうちに、広場から見下ろす低い位置に半円形の劇場があるのが見えた。劇場があることはわかったけれどフェンスで囲まれている。入口はどこだろう? また行ったり来たりする羽目になり、広場からの路地を下って劇場に沿ってほぼ半周する場所に入口を見つけた。

劇場の遺跡だけだろうと思ったら、考古学博物館 Museo Archeologico とセットになっていた。チケットは€4だった。
博物館部分は11世紀建造の旧修道院の建物を利用している。スポレートや近郊のエトルリア時代や古代ローマ時代の遺跡からの発掘物が展示の中心らしく、ワインを入れたらしき大きな素焼きの壺とか、床モザイクの破片とか、文字の彫られた石板とか、彫像の一部とか。残念なことに考古学的素養のない私は価値もありがたみもよくわからず、ぼーっと俯瞰しながら見て回った。
修道院じたいが遺跡の上に建てられたものなので、その下の遺構も一部見られる。一番奥の部屋は修道院の食堂だったようで、壁には『最後の晩餐』のフレスコ画が描かれていた。名もなき画家の作品ではあるけれど、保存状態もよく美しい。

ローマ劇場は自由に立ち入ってウロウロし放題なのだけど、あまりに炎天下なので下りていくのをちょっと躊躇した

一階の回廊を経て劇場部分に出られる。階段状の客席部分を少し歩いてみたけれど、あまりの陽射しの強烈さに倒れそうになった。舞台上に降り立ったりしたら鉄板焼きになってしまいそう。さっと眺めて写真撮影するにとどめて建物内に舞い戻り、涼む目的でもう一度館内を一巡する。冷房は入っていないけれど、日本のように多湿ではないので陽射しさえ遮られていれば不快ではないのよ。とはいえ、ここにずっといるわけにはいかないし、まだ見なくちゃいけない場所はあるし。でも外に出たくないなー……。エスカレーターを有効利用するかぁ。

ドゥオモ近くまでエスカレーターで行き、カンペッロ広場 Piazza Campello まで歩く。アルボルノツィアーナ城塞 Rocca Albornoziana の入口までは坂道をさらに登らなくてはならないのだけど、あえて城塞外側を巡るロッカ通り Via della Rocca へと左側に折れる。ここをしばらく戻ると城塞の中に通じるエスカレーター乗場があるの。昨日のロッカ通り一巡散歩で見つけたのよ。乗場まではそれなりに距離があったので、本当にショートカットになったのか、陽射しを避けることが出来たのかはいささか疑問だけど。

要塞と宮殿のふたつの顔を持つ城塞

町の一番高い場所からドゥオモをすら見下ろしているアルボルノツィアーナ城塞は6つの見張り塔を持っていて、見てくれは堅牢な要塞そのもの。€7のチケットを買って、中庭をふたつ持つ構造になってる城塞に足を踏み入れた。最初の中庭は装飾もないただの空間だったけれど、美しい紋章が描かれた半円天井のアーチをくぐると、二層の柱廊に囲まれた美しい中庭に通じる。コルティーレ・ドノーレ Cortile d'onore と呼ばれるスポレート市長のためのエリアで、最初の中庭の無骨さをまんまと裏切る優美な空間だった。優美ではあっても、屋根のない中庭には強烈な陽射しが容赦ない。取り囲む建物の左側がミュージアムになっているらしいので、とりあえず飛びこんだ。

>> 城塞は教皇の権力が弱まるとともに荒廃していき、18世紀にはほぼ廃墟になっていたらしい。その後は兵舎や刑務所などにも流用され、整備と修復が始まったのは20世紀の後半になってからだとか。博物館として公開されたのもまだ10年かそこらとのこと

一階展示室には古代ローマ時代の発掘物が陳列されていたけれど、私は考古学的素養に乏しいのよね……。同じようなものをついさっき見てきたばかりだし。流し見して通り抜け、中庭に戻り、階段を上がる。二階の回廊から見下ろす中庭もなかなか趣のあるものだった。

中庭へ続くトンネルには壁にも天井にもフレスコ画の装飾が美しい

2階建ての回廊に囲まれた中庭には六角形の井戸がある

法皇の紋章が天井に描かれた優雅な展示室

要塞の窓からは緑豊かな丘陵とスポレート旧市街とが美しく調和した風景が

Camera Pinta という部屋には美しいフレスコ画がびっしり。堪能しつつ、うたた寝もした(^^;)

二階の各部屋には壁や天井にたくさんのフレスコ画が残されていて、中にはかなり状態のよいものもある。城主や領主の執務室や書斎だった部屋、大広間、居住部分だった食堂や寝室など、部屋によってフレスコ画のテーマもそれぞれ異なるのが面白い。いろいろある展示物そっちのけで私はフレスコ画ばかり見ていた。

見ているうちに猛烈に睡魔が襲ってきた。今朝もめちゃくちゃ早起きしちゃったし、睡眠不足が蓄積している上にまだまだ時差ボケが完全解消してないし、さらにこの暑さ! まったく……毎日毎日、暑さと眠気との闘いだわ。一番奥の「ピンタの部屋」は、剥落箇所もあるものの壁一面のフレスコ画がとても美しい。この部屋には他の展示物はいっさいなく、中央にベンチが据えられてフレスコ画のみと対峙し堪能できるようになっている。
奥まっていて気づきにくいのか、そもそも客が数人しかいないようで、この館内で一番美しい空間を20分以上も独り占めした。実はそのうち15分近くは眠っていたみたいなんだけどね(^^;)

要塞の見張り台まで絶景を見に行くには、城壁上の細い通路を直射日光に炙られながら延々と歩いていかなくてはならない

城壁の一部を伝って6つある見張り塔のひとつに行けるらしい。誰もいない城壁上を太陽に炙られながら歩く。辿り着いた見張り台からの展望は確かに絶景ではあるけれど、あまりの暑さにぼーっとしてしまい、目を開いていても見えていない感じだった。とりあえず証拠としてシャッターを数枚切って回れ右した。

帰りは城塞内のエスカレーターからではなく、城門から外に出ることにした。敷地内には城壁に沿って舗装道があり、宮殿の裏側をぐるっと回り込むようにして坂道が続いている。途中はあちこちが工事中で道具類が放置されている。今もまだ整備している途中なんだろうけれど、さすがイタリア、何年がかりかでのんびりのんびりやっていくんだろう。
あっ、もしかしたらイタリア中部地震で被害受けての修復工事だったのかも……

お昼ごはんは安価にお手軽に

ただでさえ人の少ないスポレートの町なのに、13時近くなって通りも広場もいよいよ閑散としてきた。そろそろ昼食にしたいな。スポレート旧市街をウロウロして感じたことだけど、家庭的なトラットリアやレストランはたくさんあるけれど、軽食の店というのは少ないみたい。食欲も時間もあまりないのでサクっと簡単にすませたいのだけど……。そうだ、一昨日の夕食に茄子のパニーノを買った店にしよう! パニーノもドルチェも種類が豊富だったし、お惣菜みたいなものも美味しそうだった。そうしよう、そうしよう!

浮き浮きして坂道と階段道を下っていったのに、どうも一本間違えたみたいで目的の店をいつの間にか通り越し、B&Bの場所も通り越し、気づいた時にはジュゼッペ・ガリバルディ通りの真ん中あたりまで来ていた。この先はもう旧市街出口だ。戻るにはかなり坂道を登らなくてはならないので、一気に気持ちが萎える。このあたりには手軽な店が集まっているので適当にどこか見繕ってすませちゃえ。直感で選んだピッツェリアに入った。めちゃくちゃリーズナブルな店で、カットのピッツァひと切れとボトルの水とでたったの€2.60だった。食事を安価にお手軽にすませる方法はいくらでもあるのね。私にとっては "食" も旅の一環だから、毎度毎度これではちょっと…だけど、たまにはいいよね。

お手軽にトマトとブロッコリーのカット・ピッツァ。ちょっと味が薄いのとブロッコリーの茹で方がグズグズだけど、値段を考えればしかたない

ひと切れのピッツァを食べ終えるのはたいした時間はかからなかったけれど、スポレートの残りの観光をする気力はもうすっかり失せてしまった。一生懸命坂道を登って旧市街まで戻っても、昼休みの時間で閉まってる可能性の方が高いんだもの。ドゥオモもローマ劇場も城塞も全部見たんだからこれでもう満足だよ。

最後はクラウディアと楽しいひとときを

約束より1時間半ほど早く戻った私をクラウディアは歓待してくれ、コーヒーを淹れてくれた。あの風通しのいいテラスでお喋りをする。テラスに干してある洗濯物は私の使ったシーツや枕カバーだわ。

この際だからと疑問に思っていたこと━━途中でよく見かけた花の名前とか、朝鳴いてた鳥は何か、とかなどを尋ねる。クラウディアはやっぱりエディターさんなだけあって、雑学はとても豊富だし知的好奇心も半端ない。わからないことはその場でちゃちゃっと調べてくれたり、じゃあ日本ではこれはどういうのと尋ね返してくれたり。
私は彼女に乞われて日本語の挨拶一式を言葉の意味から使う時間帯まで含めてレクチャーした。つまりは正確には「Buongiorno」と「おはよう」はイコールではないこと、朝一番のみの挨拶でせいぜい午前中10時くらいまでしか使わないこと、それは「はよ」とは「早い」という意味だから、とか。
「Bunasera」と「こんにちは」もイコールではなくて、明るい間は「こんにちは」で日没以降は「こんばんは」になること、何故なら「こん」は「今」で「にち」は「日」で「ばん」は「晩」だから、とか。
「おやすみなさい」は「Buonanotte」と同じ夜のお別れの時に使う言葉。「やすみ」は「休み=眠る」という意味なんだよ、とか。ローマ字で書きながらの説明を彼女はとても熱心に聞いてくれた。

その後でクラウディアは自分が編集したりライティングした本を、私もPCを開いて自分のデザインした表紙などを見せ合った。英語やイタリア語の単語羅列や翻訳アプリ併用で、会話じたいは稚拙なものだったけれど、とにかく内容が楽しかった。相手の話を理解したいと思い、自分の話を伝えたいと願えば、難しい単語や文法なんて必要ないのね。
多少はヨイショもあるかもしれないけれど、クラウディアは私と出会えていろいろ日本の話を聞けたことがとても嬉しいことだと言ってくれた。うん、私もそう! なんていうか、出版業界に身を置く者の共通の匂いのようなものを彼女には感じたの。スポレートの町を完璧に観光しきれなかったのも、いつかまたここを訪れて彼女に会う理由になるような気もする。

さて、名残惜しいけど出発しなくちゃ。駅まで歩いて行くつもりだったけど、この暑さだし疲れてるしギリギリまでクラウディアと喋っていたくて、電話でタクシーを呼んでもらった。一方通行の関係か往路よりずいぶん遠回りに走ったけれど、料金は同じ€15だった。メーターも倒してなかったし一律で決まってるのかな。

オルヴィエート再訪の雪辱を15年ぶりに果たす

スポレート発14:55のローマ行きの列車に乗ってOrteまで50分、Orteでフィレンツェ行きに乗り換えて30分、最初の列車はエアコンがなくてクソ暑かったけど、乗り換えた後はエアコン効きすぎで寒いほどだった。今日は平日だから列車本数もそれなりにあって乗り換えはスムーズに7分待ちで、16:25にオルヴィエートに到着した。この町の訪れるのは2002年以来2回目だけど、たくさんの遺恨を残していて、いつか雪辱を果たすべく再訪することを固く心に誓っていたの。15年の時を経て、ようやくようやくそれが叶うのよ!

オルヴィエートはテーブルのように四角く切り立った丘の上にある町で、駅前からフニコラーレ(ケーブルカー)で登る。チケットはバスとの共通券でもあるので、とりあえず5枚買った。1枚€1.30、まとめ買いしても別に割引などはされない。
フニコラーレは10分おきで出ていて、わずか3分で旧市街入口のカヘン広場 Piazza Cahen に着く。ここから旧市街中心部に行くミニバスに乗り換えられるけれど、私はだいぶ手前の Hotel Corso [WEB] に予約を取ってあるので歩いて向かった。荷物つきでも10分かからなかったので、空身なら徒歩5分程度かな。20室ほどとこじんまりしているけれど一応三星で、シングルルームは€56とまずまずリーズナブル。ここに三泊してじっくりオルヴィエートと周辺の町を堪能する予定なのさ!

ラブリーな雰囲気のシングルルーム。右側に屋根裏ならではのデッドスペースの三畳くらいの空間があり、荷解き荷造りスペースとしてとても重宝した

汗だくの靴下や下着の手洗いをすませ、小一時間ほどダラダラ休憩してからオルヴィエート散策に出た。外はまだ日中の明るさだけど強烈な陽射しはすっかりやわらぎ、湿度が低いので吹く風は爽やかだ。

オルヴィエートの町は横長の楕円形というか "柿の種" のような形をしていて、メインストリートのカブール通り Corso Cavour が中央を貫いている。ホテルはこの通りに面しているけれど、周辺はまだ静かだ。数分も歩くうちにショップが増え始め、そぞろ歩く人々も増え、目抜き通りらしくなってくる。通りの先にオルヴィエートが上から丸ごと俯瞰できるモーロの塔 Torre del Moro が見えてくるけれど、ここに登るつもりはない。塔の足元から出ているドゥオモ通り Via del Duomo を左に折れるとウンブリアで最も美しく壮麗で豪華なドゥオモにつながり、たいていの観光客はまず最初に向かう場所なのだけど、今の私はあえて曲がらずに直進した。ふふふ、それにはちゃ〜んと理由があるのよ(^^)

オルヴィエートに残した遺恨とは

カブール通りを直進すると共和国広場 Piazza della Repubblica に出る。広場には花の市が立っていて、鮮やかな色彩がそこかしこに溢れていた。広場のすみっこに、十二面の塔を持ったサンタンドレア教会 Chiesa Santa Andrea がひっそりと面している。11世紀の頃からの古い教会だそうで、内部は装飾もほとんどなく天井もむき出しのまま。内装な簡素なうえに窓もないので暗くてよく見えない。地下にはローマ時代の遺跡が残っているらしいけど、どこから行けばいいのかもわからない。
とりあえず適当に街中を徘徊してみよう。

十二面の塔を持ったサンタンドレア教会は共和国広場のすみっこにひっそりと佇んでいた

町で一番人気の予約必至のトラットリア《La Palomba》はディナーの準備の真っ最中

ちなみにオルヴィエートに残した遺恨とは。
15年前、ウンブリアの崖上都市の代表とも言えるこの町にとても心惹かれ、ぜひとも訪れてみたいと思ったことに始まる。ローマとフィレンツェを結ぶ国鉄主要幹線の駅前からケーブルカーで数分という、他のイタリア丘上都市にはありえないアクセスの簡便さも後押しした。あの頃は老母ヒナコを連れての旅が多く、彼女は元気でよく歩く年寄りではあったけれど、それでもその時はすでに後期高齢者になっていたのだ。アップダウンがあり過ぎるのもちょっとね。

アッシジを朝に発って、ローマに向かう途中で7〜8時間立ち寄ってるつもりだった。当時はオルヴィエート駅に荷物預かり所があったのでね。
駅に着いて荷物を預けようとすると、警官の荷物チェックが必要なんだそうな。他の駅ではどこでもノーチェックで預かってくれたので、こんな田舎の駅でそんなこと言われてちょっとびっくりした。別に見られることは問題ではないけれど、さらにびっくりだったのは「今日は警官が休みだからチェックできないので預かれない」と言われたこと! 警官が不在って……警戒が厳重なんだか呑気なんだか。

結局その日はそのままローマに向かった。ローマでは2泊してティボリなど郊外を訪問して楽しんだけれど、オルヴィエートがどうしても諦めきれなくて、最終日にスーツケースをテルミニ駅のコインロッカーに押し込んで無理矢理訪れたのだ。帰国便は19時頃だったけど、ローマ往復した上に空港まで行かなくてはならないので、実質観光に使えるのは4時間ほどしかなかった。絶対に帰りの列車に遅れられない、何か事故があったらアウト……というプレッシャーもあって、落ち着いて観光を楽しめなかった。

自転車旅行のグループがえっちらおっちらと急坂を登ってくる。ここが今日のゴールなのね

町の外へと下る道の先にはウンブリアの緑の大地が広がっている

一応4〜5時間は観光できたのだから十分とも言えなくはない。それでも再訪を悲願としていたのは、ウンブリア一美しいといわれるドゥオモが修復の真っ最中で、ファサード全面が足場とシートに覆われていたから。鐘楼の一部とか側面部分であってもあの無粋な足場は興ざめなのに、特に美しいファサードまるごとというのは、あまりに悲しく脱力ものだった。そういうわけでこの町にはハゲそうなほどにがっつりと後ろ髪を引っぱられていたわけ。

ついにドゥオモのファサードに対面を果たす

日が傾き始めるまであたりをしばらく徘徊した。日没は21時近いのでまだ十分に明るいけれど、日がだいぶ西に傾いて光が黄味を帯び始めてきたので、満を持してドゥオモ広場に向かうことにする。カブール通りを戻り、モーロの塔の前でドゥオモ通りの小道に折れた。

ドゥオモのファサードが路地の隙間から見えてくる

近づくにつれどんどんどんどん見えてくる

ついにオルヴィエートのドゥオモのファサードに対面! なんとなんとなんと美しいことよ!!!!

ドゥオモへのアプローチはとてもドラマチック。ショップや飲食店の並ぶ路地をくねくね進むと、建物の隙間から美しい装飾のファサードがちらちら見え隠れしてくる。真正面ではなくて斜め前方向からなので、見えてるようでちゃんと見えないもどかしさが期待感を高める相乗効果となって、一歩ごとに心が高揚していく。小道の終点はドゥオモ広場 Piazza del Duomo の広大な空間へと突き抜けていて、眼前にはイタリアン・ゴシック建築最高峰と言われるオルヴィエートのドゥオモ Duomo di Orvieto の全貌が眼前に! ああ! 当たり前だけど、ファサードには何も覆いも隠しもない! 素晴らしい !! 美しい !!!

前回の対面がシートで覆い隠されていただけに、きっと初見で対峙するよりも感激はひとしおだったと思う。恋い焦がれた憧れの人にようやく逢えたという心持ち。今日は内部には入らずにとにかく外側をじっくり見るんだ!
まず真正面のやや離れた位置に立ってファサード全体を存分に俯瞰する。それから近くまで寄って、柱の彫刻やモザイク装飾、ブロンズ扉の彫刻などを丹念に見る。倒れそうに反り返って双眼鏡を使って上の方のバラ窓やその周りの装飾を見る。黄金のモザイク画も見る。また離れて見る。近寄って見る。ひととおり堪能してから側面に回って沿って歩きながらその偉容を味わう。

柱の彫刻やモザイク装飾のひとつひとつまでもが夢のように美しい

ブラボー! 西日が正面から当たってモザイクの金箔が黄金に輝く

そうこうしているうちにいよいよ日は傾いてきて、路地の隙間からオレンジ色の西日が射し込んできた。まるでピンスポットのようにファサードの黄金のモザイクをよりいっそうキラキラと輝かせる。ドゥオモ正面が西側に向いているから、もしやと思っていたけれどこれほど光の高さも向きもドンピシャになるとは! この時間帯を選んだ甲斐があったというもの。そのために時間調節して後回しにしたんだもの。ここに宿泊するのでなければ味わえない世界だったわ。

日中の暑さは鎮まって、心地のいい風が吹いている。ファサード向かいの建物の縁に腰掛けて飽きることなく煌めくファサードをうっとりと眺め続けた。ああ、来てよかった。本当によかった。

家族経営の素敵なトラットリアで素敵なディナー

オルヴィエートに残した遺恨のふたつめは、ウンブリアの地元料理を辛口白ワインのオルヴィエート・クラシコで味わえなかったこと。それも果たしてやる!
先ほどのそぞろ歩きで目星をつけておいた何軒かのうちから《da Carlo》という店に決めた。共和国広場とモーロの塔の間あたりの路地裏にある家族経営らしき小さなトラットリアで、路地に10卓ほど並んだ席にはまだ一組しか座っていない。小ちゃくて可愛いおばあちゃんと、やたら陽気な息子(あるいは孫かも)となぜかインド系の寡黙なおっさんが三人で給仕している。料理担当は兄貴か親父さんかも。
息子か孫らしきカメリエーレはひたすら陽気で賑やかで社交的で、私が日本人だと確認した後「今日は日本のなんとかかんとかがコンサートしてるよ」と、向かいの建物を指す。確かにコーラスのようなものが聞こえてくる。どこかの合唱団? 尋ね返したけれど「なんとかかんとか」がどうしても聞き取れなかった。

メニューの中の料理にはマークがついているものがあって、注釈には「Piatti della tradizione」とある。きっと伝統的な地元料理ってことよね! その中から白ワインとレモンで煮込んだチキンを選んだ。付け合わせはチコリのガーリックグリルにしてみた。
飲み物はもちろんオルヴィエートの白! 今日も暑かったので、キリリと冷えた辛口の白がとても美味しい。私は酸味の強いフレッシュ過ぎる白は苦手なので、こういうどっしりした味は大好き。色味も麦藁のような茶みを帯びた濃い黄色をしている。

私のテーブルの横には大きなジャスミンの木があって、雪のように真っ白な花が満開。主にトイレ関係の芳香剤の代表選手のジャスミンだけど、科学的に合成した匂いと違い、天然ものの香りは甘くふんわりと優しい。だから食事の場にあっても全然不快じゃない。私が入って15分か20分もしないうちに立て続けに客は訪れ、小さなトラットリアのテラス席はほぼ埋まってしまった。おひとりさまはやっぱり早めに行動をしておくに限る。

白ワインとレモンの味つけだから蒸し鶏みたいにサラッと爽やかな感じなのかと思ったら、こっくりとした飴色をしていてしっかり重厚な味

ほどなく料理が運ばれてきた。たっぷり半羽くらいの量があり、ビジュアル的にかなりのインパクト! 隣のテーブルのシアトルから来たというカップルの男性が「おっ」という顔をして「それを頼めばよかった」と言った。

さっそくナイフを入れると、難なくホロリと骨から剥がれる。そもそも白ワインがしっかりしている上に、たっぷりのフェンネルやブラックオリーブと一緒にじっくり煮込んだチキンは、とても重厚でトロリとした甘さもあり、しっとり柔らかい。骨までしゃぶり尽くす勢いでペロリと完食してしまった。

チコリのガーリックグリルは山盛りの中に白インゲンのペーストがたっぷりあった。甘みの少ない豆きんとんみたいで美味しい。黒ずんで見えるほどに葉ものをクタクタにするのはどうしても気に食わないけれど、野菜をたっぷり食べる機会だからねぇ……。とりあえずチコリの苦みと白インゲンの甘みはなかなかベストマッチングではある。

オルヴィエート最初の夜は大満足の中に暮れていった

小ちゃくて可愛いおばあちゃんは、皿を運ぶ下げるオーダーを聞くといった給仕業務においては戦力外だったけど、マスコットとして圧倒的存在感があった。いつの間にか真正面に立っていて「Bouno?」とにこにこ微笑んでいる。こちらもにっこりと「Bouno、Bouno!」と返すと、大きく頷いて隣のテーブルに。各テーブルのハシゴをしながらも時々振り返っては、食べている私に向かってにこにこする。モゴモゴ咀嚼しながらコクコク首を振ってOKサインを掲げると、おばあちゃんも大きく頷く。陽気な息子はあちこちでお喋りをし、カメラのシャッター押しをし、時々はおばあちゃんと一緒に記念写真におさまり、それでいてちゃんと給仕業務はこなしている。寡黙なインド系男性は寡黙ながらもよく動いている。

食事が終わった頃合に、陽気な息子が「飲むか?」とリモンチェッロの大瓶を持ってきた。頷くと、グラスにわずかに残ったワインを飲み干せと言い、そこにどぶどぶっ……。ワインとリモンチェッロが多少混ざることも、グラスのサイズも気にしない。こういう大雑把さっていいわぁ(^^)
そうそう、可愛いおばあちゃんに会計を頼んだのに待てど暮らせど来ないから、インド系おっちゃんに言ってみたら陽気な息子が即座に明細を持って来た。カフェも合わせて€28、食後酒は完全にサービスだったみたい。席を立つ私におばあちゃんはにこにこと手を振ってくれた。会計を頼まれたことはコロッと忘れているっぽかった。

夜のドゥオモのライトアップは意外につまらなかった

ジェラートを舐めながら喧噪の去ったカブール通りをのんびり歩く

今晩も満腹のお腹を抱えてほろ酔いのいい気持ち、少しだけ回り道の気持ちになって、もう一度ドゥオモ前まで行ってみた。ドゥオモはライトアップされてはいたけれど、もちろん夜空の中に浮かび上がる大聖堂は威風堂々と美しいけれど、ただ均一にのっぺりと照らされているだけに見えた。だって私は、正面から西日の当たったファサードに、あの息の止まるような神々しさにほんの2〜3時間前に対面してしまったのだもの。あの鮮烈な印象と感動は上書きすることは不可能だわ。

ドゥオモ通りの小さなジェラテリアがまだ店を開けていたので、ジェラートを買った。2日目の夜、真ん中サイズのコーンを選んだら4種類もてんこ盛りでお腹冷え冷えになっちゃったので、今日は一番小さい€1.80のコーンにした。それでも小盛りで2種類までフレーバーが選べた。ジェラート舐め舐め、人けの少ないカブール通りをプラプラ歩いてホテルに帰った。

ホテルに帰ってスマホを見るとクラウディアからショートメッセージが届いていた。 「オルヴィエートには無事に着いた? ありがとう、また滞在してね。私はあなたと素敵な時間が過ごせたことを嬉しく思います。あなたに大きなハグを!」要約するとそのようなことが書いてあった。お礼や返事とともにさっき撮った黄金に輝くドゥオモのファサードの画像も送る。
シャワーを浴びて戻ってくるとまた返事が届いていた。写真の美しさを褒めてくれて、最後に「よい夜を過ごしてね。Konbanwa……合ってる?」とある。おお! 今日教えたことをちゃんと理解してくれてる! 本当にクラウディアとはいい出逢いだったなぁ。スポレートやウンブリアの風景を描いた作品が仕上がったら、コピーを彼女に絶対に送ろう。私の感じたウンブリア風景をぜひ見てもらいたい。

- to be continued -

 
       

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