Le moineau 番外編

朝食ビュッフェはよりどりみどり

すっきりさっぱり元気に6時に目が覚めた。窓の外は快晴とはいい難いが、とりあえず晴れている。

今日はちょこっと遠出。台中県の隣の彰化〈ヂャンホァ〉県まで足を伸ばすのだ。彰化市街を見下ろす八卦山と、古き良き町巡りが堪能出来る鹿港〈ルーガン〉、二つの場所を日帰りするのだ。勿論、それぞれの町でそれぞれの名物を食べなくちゃならないので、朝ごはんは控えめにしておかなくては。

身支度を整え、朝食会場に行く。やっぱり高級ホテルなだけあって、ビュッフェの種類は豊富だ。
主食系が、パンだけで7〜8種類、シリアルいろいろ、お粥、白飯、炒飯や炒麺、巻寿司。おかずはハムやチーズやベーコンやソーセージやスクランブルエッグという「洋食系」、青菜炒めやキノコ炒めや煮卵などの「中華系」、台湾の精進料理に当たる「素食」、生野菜のサラダバーなどなど。スープだって、コーンポタージュ、中華スープに味噌汁と揃っていて、何でもあれ、だ 。

ひととおり試してみたいが、そんなことすると後日体重体型面に於いてとんでもないことになるので、ぐぐぐぐっと我慢して、ちょぼちょぼっと拾う。まあ、さ、ホントにダイエット考えてたら台湾に食い倒れには来ないわな。とはいえ、身体がギャル曽根ちゃんと入れ替わっているわけでもないので、やはりセーブせねば。
……てなことをブツブツつぶやき、とりあえず炭水化物モノを極力少なめに皿に盛る。

「軽くね」なんて言いつつ、結構盛ってしまった朝ごはん。巻寿司の中身は、タクアンと茹でたニンジンとチャーシューという不思議な組み合わせ。緑色のフルーツは芭楽(グアバ)。梨をパサパサにして渋くしたような味で、やっぱり好きではなかった。黒ゴマみたいな種がぷつぷつしているのは火龍果(ドラゴンフルーツ)。見た目のインパクトの割には甘味も酸味も薄くて、あまり味がしない

6時に起床はしているのだが、食事が終わった時間はもう8時を過ぎている。別に二度寝していたわけではない。ヒナコは。目覚めて体操してトイレ行って化粧して朝食会場に行くまでに、1時間半かかるのだ。何だかしらないが、そのくらいかかるのだ。朝ごはんを食べるのも45分くらいかかるのだ。それでも彼女曰く、ペースアップしているそうで、普段は1時間以上かけて食べるのだ。食後の休憩もホントは1時間必要なんだとか、言う。彼女を連れてパックツアーに参加出来ないのは、こういう理由も一部ある。他にもいろいろあるけどね。

まず彰化には電車で行くので、台湾鉄道(台鐵)台中站に向かう。ホテルのあるエリアは、台中港路という大通りに沿って三越やSOGOや大型ホテルなどがある商業の中心地なのだが、駅までは結構距離があるのだ。バスで行けば日本円にして数十円なんだろうけど、難しそうなのでタクシーで行ってしまう。駅まで150元だった。

台鐵のHPはコチラ[ WEB ] 時刻表も検索できます

かつての日本統治時代に建てられた台中駅は、初期の洋風建築だ。もう日本にはこの時代の建造物は僅かしか残されていないので、こうして異国の地で現役でいるのを見ると嬉しくなる。
12〜13年ほど前に商業の中心が台中港路の三越やSOGOエリアに移ってしまって、駅前はかなり虫食いになったそうだが、今は再開発も進みつつあるようだ。少なくとも荒んだ感じは、ない。
タクシーは駅に横付けしてくれたのだが、わざわざ駅前広場を戻って遠くから駅舎を眺めた。運転手さん、ごめんね。

台中駅舎は日本統治時代の洋風建築

眺め終わった後は再び戻って、自動販売機で彰化までの切符を購入。私は「全票」の単程票(片道切符)だが、ヒナコは「半票」だ。販売機の敬老というボタンを押すと、半額切符が出て来る。彰化まで27元、100円しない金額だ。ヒナコなんて14元ぽっちなんだから! そう考えると、駅までのタクシー150元が高く感じる。

What's 猫鼠麺??

各駅停車の電車で5区間、30分弱で彰化駅に着いた。駅正面の電光掲示板には、9:40 34℃との表示がある。34度かぁ……、体感よりも高い数字だ。薄曇りでカンカン照りじゃないからだろう。

さて、つい2時間前、軽くとはいえ朝食を食べたのだが、早速彰化名物をひとつ食べてしまうことにしする。目指すは猫鼠麺というお店。一瞬ギョッとするネーミングのお店だが、別に鼠出汁の猫肉の麺というわけではない。創業者のあだ名の読みが「猫鼠」と同じなので店名にしたそうで、「山ちゃんラーメン」とか「大五郎蕎麦」みたいなもんだ。

長安街という通りにある目当ての店には、ものの5分で到着した。中華路という大通りから長安街、永楽街、太平街などの小径が葉脈のように出ていて、このあたりには美味しそうな小吃の店が軒を列ねているのだ。9時半に店を開けたばかりで客は誰もいないが、店頭の大鍋の中では美味しそうに煮えた肉団子や海老団子が湯気をたてている。小さなガラスケースの中にはツヤぴかの豚足の塊も並んでいる。
店の奥で準備をしてたらしきオバちゃんは、私たちに気づくと破顔して招き入れてくれた。店内に蛍光灯も点してくれる。3種類のすり身団子をトッピングをした猫鼠三寳麺をふたつ、猪脚(豚足)の小サイズをひとつオーダー。

三宝がトッピングされた麺はスープが絶品! 最後の一滴までなめ倒したいッ! こんな美味しいものが50元

ぷりっぷりの豚足は70元。一皿230円だよ〜?

ほどなく小丼くらいの器で猫鼠麺が登場。太めの麺。葱と香菜とひとつまみの肉そぼろ。これが基本の猫鼠麺で、トッピングした三宝は、椎茸たっぷり肉団子、海老団子、鶏肉つくね巻き。
少し白濁したスープを一口すする。うわっ、何これっ、感動! これはめちゃくちゃ美味しいぞ? 貝の出汁 ─ ホタテとかではなくアサリやハマグリ系の貝 ─ をベースにしたスープなのだが、肉系統の味も出ている。とにかくいろいろなものが入っていて、それがひとつひとつ主張してて、でも決して喧嘩してなくて、素晴らしくマッチングした絶品スープなのだ。普段は減塩のためにスープや味噌汁の類いは極力控えるヒナコが「美味しい美味しい」と飲み干したほどだから。

麺のスープも大感動だが、豚足も美味しかった。
ヒナコは食わず嫌いなところが多くて、名前や見た目など感覚的なことで口に入れようとしない。癖の強いものは仕方ないけれど、いくらそんな突飛な味じゃないよと言っても、ヤダと思いこんだらもう絶対ダメ。でも、見た目がものすごいことになっていないものならば、騙せるのだ。以前トリッパ(牛の第二胃袋)はそうやって騙して食べさせた。蛙の足は照明の暗い店だから騙せるかなと思ったが、脚のシルエットでバレた。
最初に「ブタの爪先だよ」なんて言ってしまっては、まず拒否だろうから、黙っていた。ただのツヤぴか骨付き肉片にしか見えまい。だいたいさ、腿肉が大丈夫なのに、そのちょっと延長上の肉がイヤってのがわからない。案の定「美味し〜い、柔らか〜い」と喜んで食べているところに種明かし。さあ、これで豚足はもうオッケーだね!

正直に言って、かなり美味しい豚足だった。東京で普通の食生活をしていると、豚足というものは日常的によく口にするものではない。少なくとも毎週毎月食べるものではない。それでも私のこれまでの人生に於いて、何回か豚足を食べる機会はあったわけだけれど……。その何回かの中でもかなり上位ランクの味である。味のよ〜〜く染みた、ぷりっぷりっの柔らかな肉が骨からほろほろっと剥がれる。これはコラーゲンばっちり、お肌に良さそ。明日は私もぷりっぷり?

ヒナコは食に対して私ほどチャレンジャーではないので、豚足が美味しいことを後期高齢者となった今、初めて知ったわけだ。でも、ひとつ問題が。この店の味が彼女の豚足の今後の基準値になるので、中途半端な味ではきっと納得しなくなるかも? まあ、そのくらい高評価したいブタさんのあんよであったということだ。

大仏さまは五頭身

彰化ではもうひとつ食べたいものがあるが、それはお昼ごはんに充てることにしている。だいたいまだ午前10時をちょっと過ぎたばかりなんである、流石に3食めは胃袋に入らない。食い倒れに来たのだが、ホントに倒れるのは本意でないのだ! 食べてばかりでなく、八卦山大仏なるものの観光もしなくては。町を見下ろす緩やかな高台にある大仏さまのところまで行くのは、カロリー消費にも最適。

大通りに面したビルの間に小さなお寺があった。入り口の狛犬が妙に可愛くてツボにはまってしまった

勘違いで90度ズレた方向に行ってしまったり、通りがかりにあった小さなお寺に寄り道してしまったりで、なかなか進まない。曇り空なのだが湿気が高く、じんわりねっとり汗ばんでくる。炎天下でないのがマシだが、やっぱり34度というのは間違いじゃないのかも。修復中で入れそうもない孔子廟を過ぎたあたりで、前方の建物の隙間から小高い丘の上に大仏さまがいるのが見えてきた。え? あそこまで登るの? 結構遠そうなんだけど……。

孔子廟は修復作業中で入れず

もし孔子廟の見学が出来ていたら。この街で食べてみたいものがもうひとつなかったら。
「や〜めた」と回れ右して次の目的地に向かっていただろう。「大仏さんは隙間から見えたよねッ」とか言って。でも、まだ何も見てないし、麺と豚足食べたきりだし、お腹こなれてないし。
だから、遠そうだけど行ってみようねッ。

そのまま進んでいくと、「八卦山」と書かれた大きな門に到達した。門の向こうにはくねくねと坂道が続いている。しばらく進むと園内の絵地図があった。どうもこの小高い丘の八卦山丸ごと自然公園のようになっているようだ。大きくカーブした道路をよちよちと登る。また「八卦山」と書かれた大きな門に到達した。門から続く石段にも参道にも、スロープがつけてあって、車椅子でもベビーカーでもOK。

階段状の参道からは斜め方向に大仏さまの横顔が見えている。緩やかにカーブして半円状に周りこんでのアプローチなようだ。両脇に仏さまの像が並んでいる。登ったてっぺんに煮卵売りが屋台を出していて、やかましく騒ぐアヒルのオモチャを売る爺さんがいた。アヒルを振り回しながら「オモチャ、オモチャ」と私につきまとう。
いらねーよ、そんなもん。

大仏像の前は広いテラスになっていて、眼下に彰化市街が一望できる。大仏さまが街を見下ろして見守っているかのようだ。坂登りで汗ばんだ身体に、吹き渡る風が心地いい。いや、違う、この風は高台にいるから感じる風ではない。広がる街並の向こうの空に、暗く黒い雲がうねっているではないか。これは、ひと雨来る風なのでは……?

両脇に仏さまの並ぶ参道を登ると──

どーーんと鎮座する大仏さま。椰子の木が南国風

おいどん系の男前

市街を見下ろせる展望台に、ざわざわと音をたてるかのように不穏な黒雲が満ちてくる

この大仏さまはデカい。台座を含め22mもあるらしい。奈良の東大寺大仏が15mだからね、ずいぶん大きいわけだが、歴史的なことや芸術的なことを比べると、ちょっとね、まあ、比べるのもどうか、なんだけどね。なかなか男らしい風貌ではあるけれど、頭でっかちだなあ。立ち上がったら、多分五頭身くらいかな。

一粒で三つ美味しい大仏殿

大仏さまの足元には巨大な獅子の石像が2頭。
両脇の鐘楼は片方が鐘、片方が太鼓。
蓮華座の脇に扉があって大仏さまの胎内に入れるようだ。内部は仏陀の生涯がちゃちな原色のキッチュな色彩のジオラマによって再現されていた。アノ「天上天下唯我独尊」のポーズによる誕生から、出家して修行して、菩提樹の下で悟りをひらいて、弟子いっぱい……と上に上がるほど、ステージが上がっていく仕組み。最上階への階段は閉鎖されていて、フィナーレの入滅の光景は見られなかった。

原色ぴかぴかの今ひとつ有難みの薄い釈迦の生涯を辿って大仏さまの外に出ると、黒雲は頭上を覆っていて、ポツリポツリと雨粒が落ち始めていた。急いで大仏さまの背後の立派な大仏殿に駆け込む。鮮やかな色彩の立派な三層の建物だ。雨足はどんどん強くなってくる。ゆっくり各階を見て回ることにした。大仏さまの背中を振り返ると、長方形の窓が2列×4段並んでいて、サロンパスを貼ったかのようで、不謹慎ながら笑える。

大仏さまの後ろにそびえる大仏殿。すでに雨は降り始めている

3本の牙の白い象さん。仏陀の母が身籠った時に見た夢に出てきたんではなかったかしら?

一層目は孔子を祀っていた。儒教ということだ。
二階に上がると、関帝だった。道教だ。
三層目はお釈迦さまだった。仏教である。
この大仏殿は、仏教・道教・儒教すべての「一番有難い部分」をどどーんと幕の内弁当のように詰め合わせてあると、そういうことのようである。あっ、難しいことは私わかりませんので。でも、割と台湾のお寺はいろいろ盛り沢山に集めてあることが多いようである。

ハデハデだがなんだか綺麗だ。三層とも全て模様と色が違っていた。多分あるのだ、模様にもいろいろ意味が

大仏殿の背後には2つの仏塔と小さな池があった

こちらの仏塔の方が形がスマート。黒雲も去りつつある

孔子さま、関羽帝、お釈迦さま、みなさんにお参りしつつ、裏側の池や塔を見下ろしたり、天井の模様を見上げたり、回廊の屋根に並ぶ彫刻を眺めたりしているうちに、一時はかなり強く吹き降った雨風は通り過ぎていったようだ。空が明るくなってきている。

再び来た道を戻る。今度は下り坂だし、同じ道を帰るのは来る時よりずっと短く感じるものだ。
雨が降って涼しくなったのだが、その前にさんざん汗を流したので喉はカラカラだ。ホテルから持参したミネラルウォーターは飲み干してしまった。暑い国だから、飲み物のスタンドはいたるところにあり、お茶でもジュースでも好きなように作ってくれる。甘味は5段階くらいから選べ、氷の量も調節できる。
蜂蜜緑茶を微糖で、無糖で烏龍茶(ウーロン茶のミルクティ。これが意外に美味しくてビックリ)を作ってもらう。500ccあるんだけど、コンビニでペットボトル飲料買うよりいいと思う。

肉圓は摩訶不思議な食べ物

肉圓という食べ物があるそうだ。北京語らルゥーユェンだが、台湾語でバーワンと読む。
台湾人の好きな小吃だそうだが、日本人には賛否両論 ─どちらかというと否定寄り─ な食べ物なようである。全土にあるけど、彰化のものは名物なのだという。さて、私の守備範囲の食べ物であるか否か?

肉圓というのは ─そもそも“圓”の字のつく食べ物は、プヨプヨしたもの─ 具入りの肉あんをサツマイモとかタピオカ粉とかの澱粉質で包んで油で揚げて(または蒸して)その店それぞれのタレをかけたもの、である。
説明だけ聞くと「美味しそうなんじゃない?」と思えるが。多分、周りの澱粉質のプヨプヨ具合とタレの味に左右されるんだろうな、きっと。なので、あまり奇をてらった味付けをする店より昔ながらのオーソドックスなものを試してみよう。
老舗の店彰化肉圓は、さっきの猫鼠麺店と同じ通りにある。ほんの数軒離れているだけだ。昼時で店は混んでいたが、衝立をどけて奥の席を空けてくれた。

店先にある大鍋には低温の油が満たされ、肉圓が冷めないように浸けられている。ソフトボール大の球体を、えいやッと円盤型に押しつぶした形といえばおわかりいただけるだろうか。
たゆたゆと浮かぶ半透明の肉圓の姿は深海を漂うクラゲのようだ
干貝肉圓(貝柱入り、50元)、蛋肉圓(卵の黄身入り、30元)、竹筍湯(筍のスープ、15元)を注文。さあ、Let's try ザ・肉圓 !!

まず外見。カサクラゲのような半透明のプヨプヨに十文字に切り込みが入れられ、中の具が露出している。そこにどろりんとした薄茶色いタレがかかっている。形状として美しいとは言い難い。一瞥したヒナコが、食べてみる前から「私お腹いっぱいかも」などと言い出した。
次に半透明の“ぷよ”をフォークで押してみる。思いのほか強い弾力で押し返される。
タレをなめてみる。うん、ほどよく甘辛で合格。具入りの肉あんは、ちょっと肉に火が通り過ぎているが合格。タレと混ぜれば美味しいだろう。
“ぷよ”を一口齧ってみる。すごい弾力だ。片栗粉の「とろろ〜ん」なんて可愛いものではない。「むちむちぼよよーん」て感じ。ゴムみたいに噛み切れない硬さというわけでなく、ちゃんと噛めるのだが押し返しがすごい。フォークの角度によっては刺さらないのだ。弾力はすごいのだが、澱粉質の固まりなわけだから味はない。とにかく不思議な食感だ。

卵の肉圓と貝柱の肉圓と筍のスープ。てゆーか、肉圓頼むとスープはサービスなので、わざわざオーダーする必要はなかった模様。有料のスープには肉団子と椎茸が入っていた

この“ぷよ”の中には具がどっちゃり詰め込まれている

肉あんとタレと“ぷよ”を個別に食べてはいけないものだということはわかった。三者を合体させて口に運べば「そう悪くはないじゃん」。悪くはないが、旨くもないので、二度目はないな。この店はタレが美味しいからいいようなものの、激甘ケチャップのような店とか、ピーナッツ醤油風味の店とか、激辛真っ赤っ赤ソースの店とかあるそうだから、そういうのだったらお手上げだもんな。ただ、安上がりにお腹の膨れる食べ物だとは思う。

三者を合体させてはいるが、やはり微妙に“ぷよ”の配分が少なめになり、結果“ぷよ”のみがいっぱい残った。“ぷよ”単体では食べられないので、ここでギブアップ。ヒナコはハナから“ぷよ”を脇に除けてしまい、中身だけつついている。

でも今後の食生活にもう肉圓はないかというと、それはわからない。もし「あの店のは苦手だったけどこっちは美味しかったよ」という情報を得たら、試してみたくなってしまうから。蒸した肉圓というのもチャレンジしてみたいな。油で揚げるよりは“ぷよ”度が下がる気がする。

いにしえの豊かな港町、鹿港へ

駅前まで戻り、彰化客運と大書きされた建物に向かう。鹿港には鉄道が通っていないので、バスで行くしかないのだ。でも、鉄道や幹線道路から外れていたために、かつて繁栄した町が近代の発展から取り残されて、結果古い町並が残されることになった魅力的な場所は、世界中あちこちにある。鹿港もそうだ。日本統治以前の“中国の”赤煉瓦の家々とたくさんの廟が保存された町なのである。

目の前で鹿港行きのバスは出てしまったが、10分おきくらいに頻発しているので大丈夫。路線バスでもヒナコは半額だった。44元と22元。30分ちょっとで到着。降りた場所には、大きくて立派でモダンな町役場がそびえ立っていた。日本でも小さな町に時々あるでしょ、町の規模と雰囲気にそぐわないピカピカモダンな町役場。あんな感じ。

次に中鹿客運(これって台中←→鹿港ってコトだよね?)と書かれた建物を見つけ、台中への終バスが22時半であることを確認。15分おきに出ていることも確認。よし、それならゆっくり観光出来るし、晩ごはんまで済ませて帰れる! さて、まずは2軒の店で肉まんの食べ比べをするのだ。途中のドリンクスタンドで金桔檸檬汁を買い、ささやかなメインストリートを下る。

「50嵐」ってさあ……「イガラシ」だよねぇ? チェーンのドリンクスタンドなのだが、オーナーが来日した際、五十嵐という苗字を「おもしれぇ〜」と思って店名にしちゃったんだとか

行列の出来る肉まん屋、阿振肉包はすぐ見つかった。観光客の少ない閑散としたエリアで、突然人だかりがしていたから。
ガラス貼りの店内でたくさんの人たちがせっせと肉まんや蒸しパンを作っている。その店先にテーブルを置いて売る、テイクアウト・オンリーの店。この店が有名なのは、味に惚れ込んだ日本人が弟子入りして修行してのれん分けして世田谷に『鹿港』という肉まん屋を開いて、むちゃくちゃ人気で、それをフジTVとかテレ朝とかが番組にしたもんだから、台湾の雑誌やTV局が「日本のTV局がわざわざ取材に来る店」と取材に来て、それでまた人気を呼んで……。でも、現在8代目の老舗だっていうんだから、話題性だけじゃないんだろうけど。

とりあえず蒸したてのが1個だけ欲しいんだけど。みんなクルマやバイクで乗りつけて来ては、10個20個30個と箱買いするんである。蒸し上がってきてもなかなか順番が回ってこない。3ローテーションしてようやく買えた。いやはや、15元の肉包1個買うのも一苦労……。

この葱入りのロール蒸しパンみたいなのがとっても美味しそうなんですけど……

皮がふわふわしてキメ細かい

並んでいる間に遠雷が聞こえていたりしたのだが、いつの間にか空には再び黒雲がたちこめ始め、バケツをひっくり返したかのような雨が降り始めた。今いる場所は一応アーケードになっているので濡れはしない。ほかほかのうちに食べたいんだけどな、と見回すと。
ツブれて閉店したのか、はたまた定休日なのか、シャッターを下ろしたドリンクスタンドの前にベンチがあるではないか。そういうわけで私たちは、雨に濡れることもなくきちんと座って、キンカンレモンジュースと肉包を半分こして食べた。

なるほど。真っ白な中華蒸しパンや葱入りロール蒸しパンも売っていただけあって、この店の売りはやはり「ふわふわ柔らかな蒸しパンのような皮」にあるようだ。ミルクパウダー入りの皮だそうで、確かにこの食感の肉包は珍しいと思う。中の肉あんもあっさりめでふわっとしている。香辛料も脂も控えめ。うーん、確かに美味しいけど、肉包としては「全体的にほわほわっと頼りない」かも。私は「どっしり肉肉しい」方が好みだなぁ。

凄い雨でみんな雨宿り。雨水がトタン屋根からナイアガラの滝のように流れ落ちる

よし! それじゃ、もう一軒の有名店老龍師肉包 [ >> WEB ] の肉包にもチャレンジだッ。アーケード伝いに行けたが、月曜定休であった。残念! HPに「一口咬下去,滿滿的肉香撲滿整個嘴巴,並有濃濃的湯汁溢出來,好比大顆湯包般的美味多汁」なんて、字面見てるだけで涎垂れそうなコト書いてあったので期待してたんだけどな。

雨の吹き降る小道を散策

肉まんとキンカンレモンジュースで休憩している間に豪雨は上がった。
そのまま道を進み、「龍山寺」と書かれた門のある角で右折する。プレートの矢印も「→龍山寺」と示している。手元の小さな地図で見てもそこから200〜300mくらいだ。だが! そのまま直進すれど龍山寺はなく、用水路のようなところに突き当たってしまった。違〜う、通り過ぎてしまった。おかしいなあ、この辺のはずなんだけどなあ。龍山寺のあると思われる通りを行ったり来たり。あーッ、どうして、どうして龍山寺に辿り着けないのだーッ!
行きつ戻りつしている道路の中程には「↑九曲巷」の表示もある。鹿港で最も有名な“情緒ある古い路地裏”の総称だ。ああ、もう、龍山寺はいいや、やめやめ! あっちに行こう。

標識の示す方向に路地を入って行くと、黒ずんだ古い赤煉瓦の民家の連なる小道へとつながった。台湾の道は「○○路」「○○街」「○○巷」と小さくなっていき、自動車は通れない細い道に巷がつく。九曲巷はその名の通り、くねくねとT字路とクランクとに多折湾曲した路地のことで、特に金盛巷という小径が一番往時の面影が残っているという。季節風の強い風や砂の侵入を防ぐためだそうで、そういえば赤煉瓦の壁は高く扉口は小さめだ。
そうこうしているうちに、そう強くではないが、また雨が降り出してきた。今日は一日こんな天気なのかなあ……。

煉瓦の小径がくねくね家々の間を縫う九曲巷。路地を跨ぐように建ち、渡り廊下のようなバルコニーのあるのが十宜楼

かなり古びていて情緒も満載だが、平日のこんな天気のせいもあり、歩く人はほとんどいない。古い煉瓦道なので凹凸がひどく、道が水没していたりして歩きづらいのだが、この界隈いくつかのポイントは押さえた。

十宜楼は昔の文人詩人が詩作にふけった場所ということで、10種類の“宜”が出来るという。
1.琴を爪弾く 2.将棋をさす 3.詩を詠む 4.酒を呑む 5.書を書く 6.花を愛でる 7.月を観る 8.博打をする 9.煙草を吸う 10.茶を飲む の十宜だそうで、分ける必要もないんじゃない?という項目もあることはあるが。
悲しいラブストーリーの伝説を持つ意楼は、綺麗な彫刻を持つ丸窓の屋根裏部屋で、ほとんど廃虚寸前。帰らぬ夫の植えた窓辺の木を眺めて待ち続けた妻は淋しくて死んでしまう、という話らしいが。
瓶楼というものも見つけた。バルコニーの手すりが酒瓶を積み上げて作ってあるのだ。

もしかしたら道として認識できなかっただけかもしれないが、摸乳巷は見つけられなかった。幅が狭くて、すれ違うとオッパイがぶつかっちゃうよ、という意味のネーミングの道である。でもなあ、このあたりは一般の生活もある路地で、あまりキョロキョロするのも気が引けるし、高い壁と雨模様の天気とで薄暗くいしで、うろうろしづらいんだよなぁ。

くねくねを抜けると、さっき入ったところとは違う場所に出た。ここどこ?と見回した先には「龍山寺→」のプレート。うーむ、やっぱり龍山寺行けってことか?
それでも結局さっきと同じ道の行きつ戻りつになってしまう。手元の小さな地図では、寺があるらしき部分には屋台に毛の生えたレベルの飲食店が並ぶばかりなのである。「もういいや」と諦めると、またも「龍山寺→」のプレートが目に入る。そんなに私に来てほしいのか? 龍山寺。
右往左往するうちに、並ぶ小さな店々の隙間に赤煉瓦の壁らしきものが垣間見えることに気がついた。隙間から見える壁は何カ所かある。これは、この裏側に塀がある……? つまり龍山寺の側面の塀に沿って店が立ち並んでいたために気づかなかったのだ。地図ではこの通りに寺が面しているように見えたが、実際は店があり、店の裏手と寺の外壁との間は通り抜けられるが、地図に載るほどの道ではない……そういうことだった。やったッ、龍山寺にようやく到着。こんなに迷った人は多分いない気もするが(笑)。

辿り着けたぞ龍山寺

側面からショートカットして境内に入り込んでしまったので、正門からのアプローチにならず、いきなり一番奥まった後殿の横に出てしまった。三度目の正直でようやく辿り着いた龍山寺なので、見て歩きたいのだが、また雨が強くなってきた。後殿の脇に屋根つきのスペースがあり、ベンチがいくつか並んでいる。ここでしばらく休憩しよう。
台湾の寺や廟にはこうしたスペースがあって、ぼーっと座ってる人がいたり、近所の爺婆おっちゃんおばちゃんたちが集まってお喋りしてたりする。ヨーロッパでは、広場のベンチとか教会の階段とかカフェとかがそういう場所になるわけだが。台湾では街歩きをしていて休憩したくなったら、寺に行くのがいいと思われる。お手軽に飲み食いする場所には事欠かないけど、そういうところは長居できないものね。

後殿脇の屋根つきベンチで、30分ほどぼーっと参拝者や観光客が来るのを眺めていた。ついでにトイレも拝借。後殿裏側にはちょっとした庭園もあり、そこに面したトイレは清潔で愛想のいい掃除のオバちゃん付、個室にして20はある。さて、龍山寺にお参りしようか。雨はまだ降っているが、傘さすには邪魔…その程度。折り畳み傘を広げたり仕舞ったり忙しいったら。

台湾式の正しいお参り方法はわからないので、ショートカットで到達した本堂から逆流して参拝してもいいのだが、やっぱりきちんと山門から入って順番に見よう。目を伏せてなるべく建物を見ないようにしてサササっと境内を逆行して外に出、改めて一番最初の門から入り直す。

後殿では、黒い袈裟を纏った10名ほどのご婦人たちが歩き回りながら唄うように経を詠んでいた

龍山寺の山門

境内はなかなか広い。こういう側面の通路のことは何と呼ぶのだのうか……? 多分、参拝を済ませた後の帰り道なんだろうが。
この古び加減と赤い燈籠がいい感じだ

龍の彫刻の柱、かっこいい!

しゃちほこでなく龍。
これもかっこい〜い!

台湾に龍山寺は5つあるが、どれも福建省の晉江安海龍山寺から分霊されたものだそうだ。ここ鹿港の龍山寺は国の第一級古蹟。鮮やかな色彩で彩られていたであろう扉や天井や梁の彫刻は、華やかであったであろう痕跡をとどめて良い感じに色褪せている。こういう色褪せ方は、日本の古寺のような侘び寂び感と微妙に共通するのだが、反り返った弧を描く屋根の形やずらっと飾られた赤いランタンの醸す雰囲気は、やっぱり中華圏の寺のそれだ。

山門も正殿も後殿も、木製の柱の下部が蓮の形の石になっていて、正面2本の柱は石で出来た登り龍の彫刻だ。屋根の龍の彫刻もいい雰囲気にチャイニーズしている。境内中央にある正殿は一番大きな建物で、観世音菩薩さまが祀られていた。絶えず線香の煙があがり、たくさんのお供物がしてあった。

鹿港の人々の“そこにある日常”

鹿港全体には60近くの寺廟が点在していて、その大半が清の時代の建立だというが、その全てを見て廻るわけにはいかない。ビルとビルの隙間のささやかな廟もあって、そんな小さなところでも線香の煙がくゆり、赤いランタンが灯されている。大切にされ生活の中に自然に存在しているのだ。
鹿港観光に丸一日を割けばゆっくりも出来たろうが、台中から日帰りの彰化とのセット観光だもの。彰化の八卦山だってあれはあれでちゃんと楽しかったのだから。寺廟見学は代表的な龍山寺と、もうひとつ天后宮にとどめることにする。だって、まだ老街と呼ばれる古跡ロードの散策もしていないのだ。暗くなる前に見なければ。

鹿港の町はメインストリートである中山路が南北に貫き、十字に交差する民権路沿いにバスターミナル(といっても小さなものだが)とか町役場があるので、一応この辺が中心ということだろう。ここから500m前後離れて北に天后宮、南に龍山寺という位置関係になるのだ。民権路まで中山路を戻り、さらに北上することになる。

中山路途中で、玉珍齋 [ WEB ] に立ち寄る。台北や高雄のデパートや空港の免税店にも支点を持つ伝統菓子の老舗で、鹿港の本店はバロック調の立派な建物だ。
店内にはたくさんの種類の台湾伝統菓子があった。ガラスケースにはバラ売りのお菓子、手前の棚には10個くらいずつ簡単な袋にまとめたものが並んでいる。奥のコーナーに積み上げられている大小さまざまな箱は進物用で、艶のある赤い包装紙が鮮やかだ。

何を買おうか悩んだが、自宅用に10個の袋入りの牛舌餅を買った。タン塩とかタンシチューとして出てくるあの牛タンが入っているわけではなく、単純にその形状からのネーミング。

玉珍齋の牛舌餅はパイ風の皮だった(一般的なものはキツネ色に焼けていて黒ゴマがまぶしてあってもう少し歯ごたえありそうな感じ)。麦芽糖みたいな水飴みたいなものが中に入っていた。紫イモバージョンとノーマルバージョン、イモの方が断然美味しい。20秒くらいチンして温めたらなお美味しい

さっき肉まんを買った阿振肉包から玉珍齋あたりまでは仏具の店が多かったが、北上するうちに伝統工芸品の店もぽつぽつ。伝統的中華風な家具を売る店も多い。丸い提灯のような燈籠は色鮮やかな彩色がされていて、使いようによっては面白いインテリアになりそう。お土産に欲しいところだけど、手描きのものは結構高価、持ち帰るのもとても大変そう。その他、中国刺繍の店もあるし、錫細工のようなものを売る店もある。

そうやってふらふらと中山路を歩いていたのだが、実はずっと気になっていることがあった。オルゴールのような音楽を流したクルマが、私たちの歩くのと同じ方向に歩くような速度でついてくるのである。知らない曲だがのどかな牧歌的メロディで、消防車や救急車のサイレン系の“せっぱつまった感”はない。だが結構音量が大きいので、ずーーーーっとエンドレスで聞かされていると、だんだんイライラしてくるのである。商店の人たちもチラリと道路に顔を出して様子見したりしているし、だけど雰囲気はのどかだし、いったい何なんだろう?

ほどなく、目から大ウロコが一瞬のうちに音をたてて落ちた。ヒナコと私は同時に「ゴミの回収だぁ!」と声をあげた。そう、あっちでもこっちでもみんな、ゴミ袋を持って道端で待っているではないか。ゴミトラックは音楽を流して歩くような速度で走り、人々はそこにポンポンとゴミ袋を投げ入れる。これって、当たり前の日常生活だよね。ツアーに連れ回されるのでなく自分の足で歩いていると、そこで暮らす人々の普通の日常が垣間見えることがある。なんだかとっても楽しい気持ちになる、旅をしていての大好きな一瞬だ。
ヒナコと「この方式ならカラスや猫にゴミ荒らされる被害はないね」「でも、トロいヒナコは音楽聞いて飛び出しても間に合わないかもね」「私みたいに不規則な生活してると出しそびれて家中ゴミで埋まるね」などと話す。

天后宮に近くなってくるとだんだん屋台や飲食店が増えはじめた。龍山寺前よりも賑やかで華やいだ雰囲気。

観光ナイズされた古跡ロード

この中山路の一本西側を平行している小径が、鹿港老街となる。古跡保護区でになっていて、古い煉瓦や木造家屋と赤煉瓦の鋪道が美しいエリア。あと1時間ほどで日が暮れそうなので、天后宮よりこちらを先に散策してしまうことにした。

老街と呼ばれるエリアは、埔頭街・瑶林街・大有街の3本の道がクランク状につながっている。赤煉瓦の古い家と鋪道が、初めてなのに何故か懐かしいような匂いがする。龍山寺近くの九曲巷エリアは、まだ実際の生活がある旧市街であったが、こちらは復元されたり補修されたりして、土産物屋や茶藝館などになっている。よくある、観光客向けに整えられた旧市街なわけだ。

とはいえ情緒はたっぷりで、十分に往年の雰囲気を偲ぶことは出来る。建物の形はまるで違うのだが、日本の古来の町家の構造と似ている。表に面した部分が商店で、奥や二階が住居になって、さらに奥に倉庫を持つ家々が並ぶ道。本来そうであったお江戸の町並を今に残す“小江戸”と呼ばれる町 ─川越や飛騨高山、木曽の馬籠や妻籠─ を歩いた時と近い感覚があった。
土産物屋など“現代の”商店に改装していない家屋は、細く戸口を開いていて土間のようになっているのが見えるのだが、正面に見えるのは神様を祀った立派な台が据えてあり、仄かに線香の匂いが漂ってくる。

観光ナイズされているとはいえ、老街は素敵な雰囲気。扉を閉ざしている店が多いのは残念だが、おかげで静かな雰囲気を味わうことが出来たのだし……

老街の中程にあった南靖宮という廟

おそらく天気のいい休日の昼間などには、さらに屋台なんかも出たりして、ひっきりなしにウロウロと観光客があふれている通りなのであろう。しかし今日は、雨が降ったりやんだりの悪天候の平日、おまけに日暮れ30分前でどんより薄暗い。終了したのか定休日なのか扉を閉ざした店もあれば、そろそろ終い準備を始める店、開けてはいるけど客引きする意欲もなく奥に引っ込んでいる店……。閑散とした老街は静かで、歩く人は私たちの他には1〜2組しかいない。でもこの静けさ、そこはかとないうら寂しさがなんとも古い町っぽくて情緒満点ではないか! 俗化した観光地の幻滅感を感じることなく、雰囲気をしんみりと味わうことが出来た。

一軒の土産物屋の店頭にTVモニタが据えてあり、録画番組を流していた。アイドルみたいな10代のきゃぴきゃぴした女のコがふたり「アタシたちぃ、今ぁ、鹿港にぃ、来てまぁ〜す♪」みたいに騒いでいる。「見てくださぁ〜い、こぉんな町並がぁ、広がってま〜っす」「コレはぁ、○○でぇ〜っす。いやぁ〜ん、おいしいッ〜ん」「きゃあぁ、見てみて、きゃわいいッ」多分そんなようなことを喋っている。北京語なんだが、喋りをそのままテロップで流す手法といい、女のコたちのはじけっぷりといい、日本のそのテの番組とそっくり。はしゃぐギャルちゃんの嬌声は、静かな小道にキャンキャンと響きわたっているのであった。

それにしても、よく歩いたので疲れてしまった。鹿港で夕食を済ませて帰るつもりだったのだが、ヒナコが不機嫌になってきた。疲れてきた時の定番のセリフ「もうゴハンなんか要らない」が出た。うーん、今日は一日出ずっぱりなのでホテルで昼寝させてないものね、ヨーロッパのようにカフェでまったりとかもしないので、休憩時間が足りてないのよね。ちょこちょこモノを口にしてはいるけど、分量的にはたいしたものではないし、まだ夕方なんだからこのまま晩メシ抜きってわけにも……。でもまだ空腹感がちょっと足りない。私もじっくり落ち着いて休憩がしたい。そうそう、そういう時にピッタリの場所があるではないか!

ふたつの天后宮

老街の北の端っこ埔頭街のさらに一番端っこに“天后宮”と書かれた廟がある。これはガイドブックに載っている観光ポイントとしての天后宮とは違うようだ。よくよく見ると「清乾隆帝 勅建天后宮」とある。だからきっと由緒もあるだろう立派な廟だが、大きさは門と正殿だけの規模だ。
そして思った通り、由緒はあるが人々の生活に密着した場であるようで、正殿前の屋根のあるスペースには椅子やベンチがたくさん並べられ、近所の爺婆たちがお茶を飲みながら世間話に興じている。一人帰ると別の二人が来たり、幼児を連れたヨメさんらしき女性がスクーターで何か食べ物を届けに来たり、お喋りしながらついっと線香を手に取って祈り始めたり……。神様が身近にある感じだ。天后宮だから祀られているのは媽祖である。台湾の人たちに愛されている民間信仰の神様だ。

註)あとで調べて判明したのは、この後訪れようとしている天后宮が唯一、福建省から直接媽祖像を分霊されていて、台湾全土70あまりに散らばる天后宮の総本山である、ということ。そちらが旧祖宮で、今いる天后宮は新祖宮ということになるらしいのだ。

地元の人たちもくつろいでいらっしゃるし、ちょっとお行儀の悪いのは大目に見てくださいね……と心でお願いしながら、私たちは靴を脱いでベンチの上に足を投げ出した。はぁ〜やれやれ。早速うたた寝するヒナコの足裏を揉んであげつつ読書をしたりして45分を過ごした。

しばらく休憩させていただいた新祖宮。やっぱり屋根の上には龍の彫刻が

歩き疲れた足の痛みもほぐれ、ほどよくお腹も空いてきた。よし、天后宮旧祖宮 [ WEB ] をお参りして、その後は鹿港名物のシーフードの夕食だ!

やはり総本山の天后宮なだけあって、山門をくぐると、前殿・正殿・後殿と並んでおり、池や庭園のようなものもある。さっきの新祖宮の規模とは桁違いに立派である。しかし、白熱電球のような照明がぽつりぽつりと灯っているだけで、おそらく見事なのであろう彫刻や壁画は薄暗闇の中にぼやぼやと沈んでいる。それなりに幽玄な雰囲気を醸していないでもないが、これではあまりにも、見えなさ過ぎるではないか! 台湾最古の媽祖像も暗がりでよく見えない。ああ、やっぱり日のあるうちに来るのだった。かなり綺麗だったと思われるので残念だ。

正殿には賽銭箱があり、平安米という小袋がいっぱい置いてある。お賽銭を入れると持ち帰っていいようで、炊いて食べると家族円満に過ごせるそう。ヒナコと親子喧嘩しないで暮らせるよう、これは是非いただいて帰ることにしよう。

天后宮は明るいうちに見たかった。レインボーカラーの雨避けのシートが一番目立つ

お賽銭を入れて、“平安米”をいただいてきた。ウチのお米に混ぜて炊こう

これで、ザザッとではあるが一通り鹿港の町の観光は済ませたことになる。うん、なかなかいいな。台湾北部にある九が好きな人なら、この鹿港もきっと気に入ると思う。こちらの方が町の規模としてはずっと大きいけれど。何か共通の香りがするのだ。

微妙な結果の鹿港グルメ

地名に「港」とつくわけだから、海にほど近いということである。
台湾の小吃ベスト10に必ず入るB級グルメに仔煎(牡蠣の卵とじ)というものがあるが、ここ鹿港は牡蠣の産地であり、その料理の発祥地であるとのことだ。他にもこの地ならではの海産物がいくつかあるという。これはもう期待も高まるというものではないの!

天后宮の門前は小さな広場になっており、小さな特設ステージが設えられ何か音響の準備をしていた。広場から伸びる通りには店鋪がズラリと並んでいるのだが、何故か片側が海鮮料理を出す店、反対側が牛舌餅を売る店とくっきり分かれている。10軒ほど食堂が連なっているのだが、どこがどう違うのかよくわからない。そろそろ賑わい始める時間帯になりつつあると思うのだが、どの店も今ひとつ閑散としている感じなのだ。実は下調べ段階で入手した情報により『輝鴻仔煎』という店を探していたのだが、見当たらないのだ。

立ち並ぶ店がどこも今ひとつ閑散としているせいで、うっかり覗き込むと暇そうな店員と目が合って、おいでおいでされてしまう。しばし行ったり来たりして思案したが、まあどこでも同じだろうと、声をかけてきたお兄ちゃんがイケメンな店に入ってしまった。入る店を決めかねて(つまり私の嗅覚にどこかストライクしなくて)ウロウロ歩くと、疲れたヒナコが面倒臭がってブツクサ言い始めるのだ。仕方なく適当なところで手を打つわけだが、そういう時って失敗するケースが多いのである。勿論、大ヒットすることだってないわけじゃない。今回無理に特定の店探しにこだわらなかったのは、「台湾での料理はウマが合うものが多い」し、「材料が私たちの大好きなシーフード、特に新鮮な貝類」であるので、どこでも大差ないだろうと踏んだからである。

まずビールを注文、じっくりメニューを眺めて検討する。ついさっきまで「もう食べたくない」とボヤイていたヒナコに尋ねると、お腹空いてきて食べられると言う。よし、わかった。
もちろん仔煎、やはり名物という蝦猴酥(頭がシャコで体がエビというヘンな海老の揚げ物)、清蛤仔湯(アサリの濁ってない透明のスープ)を選んだ。するとお店のオバちゃんは炒西施舌なる料理もしきりに薦めてくる。そういえば事前に調べたところに西施舌という名の貝があったな……。オバちゃんのゼスチャーでは、とっても美味しい二枚貝のようだ。わかった、それももらおう!

台湾食には台湾ビール。安い店だから仕方ないけどね、このカップでビール飲むと、検尿みたいでちょっとイヤ(笑)
牡蠣オムレツは美味しそうに登場してきた

鹿港の牡蠣は指の先っぽくらいに小さいのが美味しいそう

エビシャコの揚げもの

アサリのスープとお店のオバちゃんに勧められた貝の炒めもの。
どれもみんな、ビジュアル的には美味しそうに登場してきたのだ

タタタっと料理は一気に出てきた。美味しそうである。それに、素材ひとつひとつは、私たちの好みのものである。して、そのお味は……はっきりと言って微妙であった。

シャコ海老はバジルのような葉と一緒に素揚げしてあった。これでもかと胡椒が振りかけてあるのだが、胡椒の辛さの他に独特の香りの香辛料が妙な後味を残す。八角みたいだけど、もっと癖がある、私の知らない種類の香辛料だ。ヒナコは、この味がどうにも受け入れられない。「ヘンな味がするぅ〜」と涙目だ。
西施舌の炒めもの ─名前に舌の字がつくようにベロのようなものがついた貝だった─ これは野菜もたっぷり入っているしイケるのではと思ったが、いかんせん味が濃い。あんまりにも味が濃くて、どういう調味料を使っているのかわからないくらいだ。そしてやはり、同じような香辛料のあと口が残り、ヒナコには受け入れられない。

じゃあ、アサリのスープならどうだ! 大粒の柔らかそうなアサリが50個くらい入ってるぞ、これならサッパリしているでしょ。口に含んでみると、生姜の効いた塩味なのだが、微かにニョクマムのような香りがした。確かヒナコは魚醤系の味が苦手だったよなぁ、だけどごく僅かしか使ってないようだし、大丈夫かな? が、案の定ひと口舐めただけで「イヤッ、なんともいえずキライなヘンな匂いがするッ! 私にはわかるのッ」と成田空港の麻薬犬みたいなことを言う。
スープを飲まないようアサリの身をひっぱり出す他に、ヒナコが何とか口に出来たのは、青菜(ニンニクの茎みたいだった)とチビ牡蠣を炒めて澱粉と卵でとじた牡蠣オムレツだけ。しかしお昼の肉圓同様、強力澱粉質がぼよよんとし過ぎているのであった。ヒナコは甘辛いタレとぼよよんな澱粉を除けて、卵と牡蠣と青菜のみを突ついている。

私は好き嫌いはほとんどなく、食べ物に対しかなり守備範囲は広いので、この味がどうしても駄目ということはない。貝の炒めものは、味の濃いタレを出来るだけ振り落とすようにしてビールで流し込んだ。少し臭みのある貝のようだけど、甜面醤と少量の豆板醤などで炒めてくれてたら、もっと美味しさが引き立つのでは……などと思いながら。
あまりに胡椒と香辛料が効き過ぎの揚げシャコは、流し込むビールが足りなくなり、スープで洗って食べた。途中でどうにもこうにも飽きてしまい、4分の1ほどリタイアしてしまったが、まあ頑張ったといえよう。これだって、控えめな塩胡椒というわけにはいかなかったのか? バジルと一緒に素揚げするのは悪くないんだから、仕上げに柑橘系を絞るとかさあ……

あまりにも素材を生かしていない調理法だったので、なんだか果てしなく不完全燃焼な食事だった。せっかくの鹿港の〆がこれだと思うとすごく残念。店の選択を誤ったなあ……

註)私がチェックしていた店は、この食堂群の中にはなく、ちょこっとずれた位置にあったのだ。ちゃんと地図にマーキングして行くんだった……。その店で食べた人の写真を見ると、タレや胡椒のかかり具合の色が全然違う。美味しそうだよなー、これなら。

バス乗場に向かいとぼとぼと中山路を歩いているうちに、喉がヒリついて我慢出来なくなった。だって、めちゃくちゃ味が濃かったんだもん! 台湾のスイカジュースはハマる味だと誰かが言っていたのを思い出し、通りがかりのジューススタンドで西瓜汁を購入。目の前でスイカの大きな塊をジューサーに放り込んで絞ってくれる。これが、美味し〜〜い。紛うことなきスイカの味! それでいてスイカ本体を食べるより味が濃厚な気がする。冷たくて甘くてそれでいてサッパリしていて……多分あまりに喉が乾き過ぎていたので過大評価してしまったのだとは思うが。私は感激にうち震えながら、700ccもあるジュースをほぼ一気に「ちうぅぅぅぅ」と吸い上げてしまったのである。

スイカジュースは目からウロコの美味しさだった。今度の店は“イガラシ”じゃないよ〜

 

復路にちょっぴり一悶着

バス乗場まで戻って台中までの切符を買った。80元。ヒナコは40元。マイクロバスくらいのサイズである。乗客は7〜8人程度だが、途中で4〜5人乗って来た。夜だからか、行きは30分かかった鹿港〜彰化は20分しかかからなかった。彰化で多少乗り降りがあった後、バスは高速道路に入りびゅんびゅんカッ飛ばす。下調べでは鹿港〜台中は90分ということだったが、1時間足らずでバスは高速を降り、ターミナルのようなところに滑り込んだ。もう台中に着いたの? 夜だし高速飛ばしたから早いのね。

何人か降りたが、乗ったままの人もいる。乗り込んで来る人もいる。
実は私はこの時、冷静に考える判断力が鈍っていたのは否めない。ビール大瓶に大どんぶりに並々のスープ、そのあと700ccのスイカジュースを腹に入れていたのであった。バスにはそれほど冷え冷えではなかったが冷房が入っていた。おまけに吹出し口が壊れていて、冷風をまともに身体に浴び続けていた。その結果、トイレに行きたくて大変なことになっていたのだ。運転手は英語も日本語も出来なかったが、地べたを指して「タイチュン?」と聞くと「そうだ」と答える。びっくりして慌ててヒナコをせき立ててバスを降りてしまった。

トイレを済ませてホッとし、改めて気づく。……ここ、どこ?
ちょっと小奇麗なバスターミナルで、何社かが共通で使っている感じだ。慌てて外に飛び出してみた。道路に沿って「國光客運」「統聯客運」など大手のバス会社の看板ネオンが光っている。そういうバス関連の設備といくつか商店やコンビニがあるだけで、全然駅前広場っぽくないのだ。……だから、ここ、どこよ??

私がアタフタと右往左往しているものだから、車の誘導をしていたお兄ちゃんお姉ちゃんたちが「どうした、どうした」と集まってきた。台湾の人たちは老いも若いも皆、親切なのだ。若い世代はちょこっと英語が出来たりする。スムーズとは言い難いながらもコミュニケートした結果、ここは台中ICを降りた側の朝馬ターミナルだと判明。ああ、そうか! 空港バスの時と同じことなんだ。台中ICから、台中市内を細かく停車して、台中駅終点ということになるんだ。ダイレクトに台中駅に着くと思ってたものだから。
でもさあ、運転手さんさあ、確かに「ここは台中か?」の答えはYesだけどさあ……何だか腑に落ちない。
まあ、わかったこととしては、台中の駅まではまだうーんと遠くて、ホテルの方がずっと近い場所にあるけれど、どっちにしろ歩けるような距離ではない、ということだ。路線バスだってあるだろうが、中距離バス以上に難易度が高い。親切なお兄ちゃんお姉ちゃんたちも、タクシーを使えと言ってくれる。私が「ステーションに行きたい」を連呼するので、列車に乗りたいのだと考えたに違いない。

お兄ちゃんお姉ちゃんたちは、とことん親切で、タクシー乗場に案内してくれ、運転手に「この人たち、駅まで。急いであげて」のようなことを説明してくれた。
ここが朝馬ならホテルに真直ぐ帰った方が料金もずっと安くすむのだけど、あれほど「駅」「駅」騒いだので引っ込みがつかなくなってしまったのだ。「うんにゃ、それなら、やっぱホテル帰るしぃ」とは、あの状況では言いづらいものだったのだよ。
もうひとつ、駅までとりあえず行ってみようと思った理由。鹿港での夕食が今ひとつふたつみっつ不満だったので、口直しがしたかったのだ。駅前に鮮芋仙 [ WEB ] という台湾スイーツの店があったのを思い出したのだ。ホテルのあるエリアにもスイーツ屋はあるんだろうけど、場所が明確じゃないから。
とにかく、このままでは終われない。胃袋が納得してないのである。

うまうまスイーツで不完全燃焼にケリをつける

鮮芋仙は台湾全土で急展開してチェーン店で、天然材料・手作り・無添加を売りにしている。商品は、台湾独特のハーブを煮詰めたゼリー「仙草」、豆腐プリンのような「豆花」、タロ芋やさつま芋を白玉みたいにしたお餅「芋圓」などの伝統的スイーツなのだが、なんて言うかお店の雰囲気が垢抜けている。中年のおじさんおばさんの似顔絵がマークになっているが、これはきっと創業者夫婦に違いない。きっと屋台からスタートして、コツコツ働いて、全国展開のオーナーになって。

夜10時を回っているのだが、店内は賑わっていた。高校生男子グループとか、一杯やった帰りの赤ら顔のおっさん二人連れとか、日本のスイーツ屋では“ありえない”客層もいっぱいいる。
レジでオーダーし精算すると、ポケベルのようなものを渡される。座席で待っているとコイツが鳴るので、カウンターに取りに行くのだ。これは外国人にはありがたいシステム。「何それのお客さま〜」とか、番号呼ばれたりとか、聞き取りづらいものね。

オーダーしたのは鮮芋仙招牌と花生豆花。“招牌”とは“イチオシ”みたいな意味なので、困った時はこの文字がついているものを選ぶのもいいかも。
コーヒーゼリーよりもっと黒い仙草は仄かな苦味と独特の薬草っぽい風味がハ・マ・る味。香港で食べた苦〜い薬臭〜い「亀ゼリー」を思い起こすビジュアルだが、全然別モノの美味しさ。ゼリーをめくると下に仙草のシャーベット。ほろ苦ゼリーぷるるん、芋圓モッチモチ、シャーベットしゃりしゃり、感触が絶妙。シロップは仄かな甘みでサッパリしてて冷たくて、美味し〜〜〜い。

仙草ゼリーの上に芋圓とコーヒーフレッシュ、ほの甘いシロップ

底の方には仙草シャーベットがたっぷり

ほんのり甘い豆花は、イソフラボンたっぷりのヘルシーデザート。水煮のピーナッツの意外な美味しさにもびっくり

豆花はふわっと柔らかい豆腐みたいなのだけど、喉ごしがツルンとしてて、黒糖シロップがほんのり甘くて、ちょこっと乗ったかき氷がシャクシャク冷たくて、これまた美味し〜〜〜い。トッピングはいろいろ選べて、私は花生(ピーナッツ)にしたのだが、日本の落花生のように香ばしく炒るのでなく柔らかく水煮されている。ふにゃっとした初体験な食感、ピーナッツなんだけどそうでもないような味、不思議だけど美味し〜〜〜い。

どんぶり一杯分あるのだが、ペロリ完食。おかげで夕食の不完全燃焼のモヤモヤはきっぱり大気圏外へと払拭された。ハマる! ハマるよ、台湾の伝統スイーツは!
バスを降り間違えなければ追加料金はなかったところを170元のタクシー代かけて駅まで来て、2つの合計が130元のデザート食べて、130元のタクシー代使ってホテルに帰るという、何だかな状態なわけだが。いいのだ! 美味しかったんだから!

私たちはニコニコとホテルへ帰り、幸せを(精神的にも肉体的にも)腹いっぱい詰め込んで眠りについた。

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