Le moineau 番外編 - ヴァル・ディ・ノートのバロック都市めぐり -

       
 

好天の朝の幸せな朝食

今朝も3時半にパッチリと目覚めてしまった。
昨晩はもう眠くて眠くて、晩ごはんから戻るなり服だけ脱ぎ捨ててバッタリ眠ってしまったんだっけ。まだ21時半頃だったと思うから、6時間はしっかり寝ている計算になる。とりあえずゆっくりシャワーを浴びよう。朝ごはんは8時からだから、シャワーの後で二度寝したっていいんだし。

結局1時間ほど二度寝して8時半に朝食室に行った。小さなB&Bだからとあまり期待していなかったけれど、なかなかの充実ぶりだった。
バゲットやイギリスブレッドなどのお米の代わりに主食と位置づけるパン≠竅Aデニッシュ系のお菓子パン≠ェ何種類か置いてあることは普通だけど、ここには珍しいことにいわゆるおかずパン≠ェあった。日本のパン屋さんでもよく売ってるような、トマトソースにベーコンやオニオン乗せてチーズかけて焼いたパン。ソテーしたほうれん草がたっぷり入ったパイ。嬉しくなって2つとも取ってしまった。その他にケーキやクッキー類もある。何種類かのサラミやチーズ。顔を見てから絞ってくれる旬のオレンジの生ジュース。淹れたてのカプチーノ。そのどれもがとても美味しい。幸せな朝食だわ。

宿泊費を考えると見合わないほどに充実していて、かつ、とても美味しい朝食。特にほうれん草のパイはとても気に入った

朝食室は6畳ほどの可愛らしいスペース。5部屋全部が埋まってたら全員座れないねと言ったら、そういう季節は屋上にテーブル出すんですって。それは気持ちよさそうだなあ……

朝食室には先に初老の夫婦が来ていた。どうやら昨晩の宿泊客は彼らと私だけのよう。もう食事はほとんど終わっていて、今日の観光コースの組み立てについてクリスティーナにいろいろと相談しているみたい。早口で立て板に水なクリスティーナのイタリア語は全然わからないけれど、ラグーサ、モディカ、ノートなどのヴァル・ディ・ノートの町々の地名が聞き取れたから、おそらくシラクーサを拠点にいくつかの町を廻るつもりなんだろう。

私は今日は午前中にシラクーサ本土の遺跡を見に行くつもり。クリスティーナにそう言うと、ここからだと2kmあるからミニバスに乗っていくといいと教えてくれた。
このエリアの天気予報をウェブで見ると、今日は晴れだけど20℃近くまで気温が上がるらしい。とてもじゃないけどダウンコートなど着ていけるわけがない。旅行準備中にもイタリアの天気予報はチェックしていて、衣服のラインナップには迷って迷って、革ジャケットをスーツケースに入れたのだ。それからもうちょっと考えてコットンの長袖シャツも1枚追加した。今日はシャツ1枚にジャケットで十分そう。最後に突っ込んできておいて本当によかった。

オルティージャ島には2本の橋が架かっているが、今朝はウンベルティーノ橋ではなくてサンタ・ルチア橋 Ponte Santa Lucia を通って本土に渡ってみる。昨日もそうだったけれど、西側からの海風が強く、橋の上であやうく帽子を飛ばされかけた。

橋を渡りながらマリーナの方に目をやる。ちょっと雲が多いけど、橋の上からみた空は青く晴れていた。今日の行程が楽しく充実したものでありますように!

考古学公園へはバスに乗って行くのが正解

教えてもらったバス停はすぐわかった。路線図の書かれた柱のような看板が色違いで3本突っ立っていて、一応3系統出るターミナルなのだということがわかる。単なる道端なんだけどね。路線図はあるけれど時刻表はなく、少し先にミニバスが2台停車している。クリスティーナに聞いた通りに2番のバスを覗いてみると、先客が2人いた。行先表示と番号をもう一度確かめてから、車内の女性に「Neapoli?」と聞いてみたら、先客だと思った2人はどちらも運転手だった。男性の方はもう1台のバスの運転手で、客もいないのでお喋りしていただけなのね。
切符は車内の販売機で買えた。一律€0.50だけど、お釣りは出ないので50セント硬貨が必要。

何分おきという決まったタイムテーブルはないのか、乗客がある程度集まったら発車なのか、でもオフシーズンだからこのまま待ってても客が来るかわからないし、とりあえず私ひとりだけ乗せてバスは走り出した。一応コミュニティバスなので、一直線に考古学公園には向かわずに新市街をジグザグといくつかの停留所を経由していく。途中で地元の人らしき老婦人と中年の女性が乗ってきたが、3つほどで降りてしまった。買物に出て歩いてたけどちょうどいいところにバス来たから乗っちゃえ、という感じだった。その後は私ひとりの貸し切り状態。

バスはいかにも観光地の観光バスが着く駐車場という感じの広場に着く。お土産物や軽食屋台のブースがぐるりと集合しているけれど、シャッターを開けているのは5分の1にも満たない。目指すネアポリ考古学公園 Parco Archeologico della Neapoli の入口は広場を出て向かいの道路を渡ったところに見えるが、そちらに直行してはダメ。切符売場は広場の裏側に回ったところにあるので要注意。

>> 切符売場がとんでもない場所に離れているとか、現場では買えないとか、イタリアではよくあること。ヨーロッパ内の他の国はもうちょっと利用者に便宜がはかられてるけれど……。毎度思うけど、彼らは面倒じゃないんだろうか? そういうもんだと思ってるのかな? 至れり尽くせり状態に慣れている日本人はえらく戸惑い迷う。だからいちいち「車内で切符買えたよ」「どこそこに切符売場があったよ」などと後続の個人旅行者のために一言添えておく人が多いのだ。

バスに乗って来てよかった。歩くのが嫌だったというわけでなく、歩いて来てしまったらまず最初に公園のゲートを目にして、そこから中に入っちゃうもの。道を渡ってあの土産物集合広場の方にわざわざ行くわけがない。駐車場に降りれば切符売場を示した矢印があるからね。

ほぼ独占状態でのんびり遺跡散歩

€10のチケットで、考古学地区一帯のいくつかのスポットが見学出来る。 入口の門をくぐって緩い坂道を少しだけ下ると、左手にローマ時代の円形闘技場 Anfiteatro の表示があったので横道に逸れてみた。紀元後3世紀後半に造られた楕円形の闘技場で、シチリアで最も大きい円形闘技場だとある。あれ? カターニアの競技場でもシチリアで一番って言ってなかったけ? ま、いいか、追求せずとも。みんな「おらが町一番」だもんね。

上部は破壊されているけれど、残っている下の部分はなんと岩から直接掘り貫かれているとのこと。横に走る長い亀裂や地層の縞模様などを見ると、確かに一枚岩なんだなあというのがよくわかる。
140m×119mもある競技場見学は、まず遠目に全体を俯瞰し、周りをぐるりと巡り、中を見下ろすように沿うように降りてゆき、最後は真ん中まで入って全体を見渡すことまでできる。その間に行き会った観光客は数組、競技場の中心に立っているのは今のところ私ひとりだ。これでどんよりした冬空で寒風が吹きすさんでいたら「こんな季節外れにこんな寂しい場所に来ちゃって馬鹿馬鹿」と自虐するところだけど、多少雲は多いものの澄んだ青空に春のような陽射しの麗らかな日なのだ。なんたって気温20℃なんだから。陽射しや青空だけでなく、周辺の糸杉が並ぶ小径には黄色やピンクの春の野の花が咲き乱れている。行楽客がゾロゾロゾロゾロ連なっていて当然の日和とロケーションなのにも関わらず、独り占め! すご〜い! 気持ちいい〜〜!!

切り石を積んだ遺跡の周りには春の野の花が咲き始めていた

ほぼ丸ごと岩をくり貫いて造られていることがわかる円形闘技場

糸杉の並ぶのどかな小径をふらふら歩く。それにしてもいいお天気だこと

はるか遠くに見える石切り場。切り出した跡が層になっているのがわかる

もうひとつ感動するべきことがある。糸杉って花粉症が出ないのね! いや、反応する人もいるのかもしれないけれど、私のアレルゲンになるものはこの時期のイタリアにはいっさいないみたい。
日本を発つ時、まだ寒いのに私にはそろそろ花粉症の症状が出始めていた。私はクシャミ鼻水よりも猛烈に目が痒くなるタイプで、目の周りの皮膚もピリピリに過敏になって赤黒く腫れてしまうのだ。だから、こういう麗らかな日に外を歩くということ=目玉を取り出して洗いたい思いをし続けること、だった。秋花粉症は春より酷く、目だけでなく鼻の奥も猛烈に痒くなり、クシャミが出始めると息継ぎも出来ずに7〜8回続くのだ。つまり、気持ちのいい季節に外歩きすることは苦行とセットでもあったわけ。それがイタリアに着いてからピタっと治まっている。ブラボー!
「暖かいのに痒くない!」周りに誰もいないので、喜びを声に出してみる。
「痒くない痒くな〜い」節をつけて歌ってみたりもした。うわ〜〜夢のよう(^^)

競技場のあるエリアをぐるっと巡って、再び門から続く緩い坂道に戻ってきた。遠くにギリシャ時代の石切り場が見える。坂道を下っていくと、ヒエロン2世の祭壇 Ara di Ierone II があった。紀元前3世紀ごろのギリシャ時代の神に生贄を捧げるための祭壇で、牛が450頭も入るスペースがあるとか。とはいえ、今残っているものは基盤だけ。祭壇というイメージからはほど遠い状態で、でかい石の台があるなあ……という感想しか抱けない。

ヒエロン2世の祭壇と向かい合うところに小さな門と小屋があって、ここで初めて切符の提示を求められた。つまりここからが有料エリアで、競技場と祭壇は自由に見られる部分だったのだ。小屋があって係員が常駐しているのなら、どうしてここで切符を売らないのか、せめて最初の門の傍で売ったらどうなのか、よりによって反対側に道を渡った広場のさらに裏に切符売場を置く意味はなんなのか──職員の着服を防ぐためという意味があることは知ってるけどね。いつまでこのシステムでやっていくのかな? 不便でしょ。
その不便をあえて楽しむのもイタリア旅行のスパイスなのかな。

ようやく観光地に来た気分になってきた

有料エリアに入っていきなり、日本人の団体ツアーが出てくるところに出会った。ローマで飛行機を降りて以来、初めて大量の日本人に会った気がするわ。他にも国籍はわからないけれど2組ほどの団体ツアー、課外授業らしき高校生くらいの団体にも行き会った。あらあら、閑古鳥が鳴いてると思ったのに、ちゃんと観光地なのね。

広大な考古学公園エリアに点在するいくつかのスポットのメインはやっぱりギリシャ劇場 Teatro Greco だろう。

>> きちんと整備して有料見学させるギリシャ劇場と、草ぼうぼうなローマ円形闘技場との扱いの違いは、双方の価値の違いによる。ギリシャ劇場は紀元前3世紀のもので、ローマ闘技場は紀元後3〜4世紀のものだからだ。シラクーサはシチリア最大のギリシャ都市として繁栄を誇っていたけれど、ローマに征服されてからは「ローマ帝国の辺境の町」に成り下がってしまったからだ。

係員のいるゲートをくぐってから坂道と階段を上っていくと、扇型をした劇場の端の部分、ちょうど中段あたりの高さの場所に出る。扇の弧に沿ってさまざまな角度から劇場を眺められるし、舞台の位置まで降りても行けるし、一番頂上まで登っても行ける。直径が138mあり、当時は観客席が61段もあって、シチリア一番の大きさを誇るギリシャ劇場──と英文パンフレットにはある。ふーん、またシチリア一かあ……。
本当にシチリア一の大きさなのかどうかはさておき、ここで眺めるギリシャ劇場の景観は圧巻だ。現在でも毎年5〜6月にここで古代劇を上演しているとのことなので、綺麗に修復され整備されている。代わりに遺跡感≠ヘ薄いかもしれないけど。ただの石ゴロゴロ状態から古代のロマンに夢を馳せるには私の知識は貧困すぎるので、これぐらいわかりやすく整復されていないとね。

鮮やかな青空の下には、はるか古代の華やかな残骸がとても似合うような気がする。細い階段を伝って舞台まで降りていけるし、一番てっぺんまでも行ける

ちょうどS席≠ニA席≠フ間の通路に当たる部分かしら? 今の劇場やスタジアムの原型なんだって、よくわかる

舞台近くまで降りていって客席を仰ぐと、円形闘技場と同じくここも岩盤をくり貫いて造られているんだなあということがよくわかる。眼前に広がる青空がとても気持ちいい。
劇場の頂上までは階段をえっちらおっちら登らなくてはならないけれど、そこから見渡す劇場込みの周辺風景は絶景だ。シラクーサの町並の向こうに海も見える。今日は汗ばむほどの暖かな陽気だけど、あくまで2月の暖かさなので、高く広がる青空と吹き抜ける風の爽やかさが気持ちいい。でも、真夏だったら日干しになるだろうな。

劇場の頂上には、ニンフェウムの洞窟 Grotta di Ninfeo と名付けられた小さな洞窟と人工の噴水がある。歩き疲れたり暑さをしのぐ時に休息するのに良さそうな場所なのだけど、さっき出会った課外授業らしき高校生たちに占領されていた。彼らはほとんど劇場の中を見学することなくここに溜まって、お喋りしているかスマートフォンをいじっているかだった。いずれの国でも大きな違いはないんだなあ。
でも、ここで水の流れる音を聞きながらギリシャ劇場を眺めていると、ゆったりと穏やかな気持ちになれる。

独占状態だとちょっと怖い洞窟見学

ギリシャ劇場を右から左から下から上から存分に堪能して、ギリシャ時代の巨大な石切り場の跡のひとつ天国の石切り場 Latomia di Paradiso へ向かう。天国の≠フ由来は、たくさんの自然に囲まれて大変美しいからそう呼ばれるようになったんですって。塔のような岩がひときわ高く目立っているが、あれは元々あの高さから切り出していったということらしい。
天国の石切り場内の草花の生い茂る小径を通り抜けていくと、ディオニュシオスの耳 Orecchio di Dionisio と呼ばれる洞窟に辿り着く。確かにちょっと耳の形に似てるかも。でもこの耳≠ヘ奥行き65m、高さ23mもあるのだ。

天国の石切り場の近くには、オレンジやレモンのたわわに実る樹々の庭園があった。石切り場の一番深いところは、高さが45mあるんだそう

確かに耳のような形になっているディオニュシオスの耳の入口。下の方に見える白っぽいものは出て来た人の白いシャツ。洞窟の高さがよくわかるでしょ?

中に進んで振り返ったところ。誰もいない時にひとりで奥まで進むのは、ちょっと怖かった

「ディオニュシオスの耳」はカラヴァッジョの命名だそうだけど、なぜ耳≠ネのかは形状だけからの由来ではない。非常に音響効果がいいので、僭主ディオニュシオスが洞窟に監禁した政敵の話を盗み聞きしたという伝説があるからだそう。
洞窟に近づいていくと、中にいる人たちの話し声がエコーになって響いているのが聞こえてくる。ところが私が洞窟の入口に到達した時には、中にも外にも近くにも誰もいなかった。入るのがちょっと怖いような気がしたけれど、ここまで来たからには入ってみなきゃね。歌を歌ってみるのはさすがに恥ずかしかったので、両手をパンパンと叩いてみた。ものすごい反響音に驚いたらしき鳥だかコウモリだかが飛び立ったが、その羽音もすごく響く。大鷲でも頭上に飛んできたのかと思ったよ。

洞窟の中は微妙にカーブしていて、道なりに進むと入口からの光が遮断されて真っ暗になる。行き止まりになっているのかまだ続いているのか、全然見えない。恐る恐る進んでいると、また大鷲のような羽音がして思わず小さく悲鳴を上げてしまい、その悲鳴がまたすごく反響するものだから……。自分で自分の声に驚いてそこで回れ右して逃げ帰ってきてしまった。洞窟の一番奥の天井にはディオニュシオスが盗み聞きしたという小さい穴が開いてるとのことだけど、確かめられなかった。

あやうく遭難するところだった!

本土側の観光には、カタコンベとか天国の石切り場以外の採石場跡とか考古学博物館などが残っているけれど、そちらはもういいや。私はそこまで考古学的なモノを突き詰めたいわけではないので。
次の予定地へもう行ってしまってもいいのだけど、列車もバスも12時台には便がない。時間が押してしまっては大変とガンガン早足で見て回ったので、ずいぶん時間がある。それなら少し休憩したいけれど、この考古学公園エリアにはカフェらしきものはない。バスを降りた土産物屋広場にも腰を落ち着けて休めるような場所はなかったしね。とりあえず街≠ニ呼べるエリアまで出て休めそうな店を探そう。まだ空腹ではないけれど、軽く何か胃に入れてもおきたい。

元来た道を戻って考古学公園の門から出て右に、公園の角を再び右折して公園に沿って進み、そこで左折すればコルソ・ジェロネという大通りに出るはず。きっと通り沿いにバールかカフェがあるだろう。
歩き疲れていささかぼーっとしていた私は、左折する箇所でなぜかそのままずんずん突き進んでしまった。つまり、どんどん街の郊外へと向かってしまったということね。
車はすごいスピードでガンガン走っている。2車線もある車道に対して歩道の幅が異常に狭い。木の枝が歩道にはみ出してきていて顔や目に刺さりそうなところが所々にある。道の両脇は木々や草むらばかりで、店どころか建物すらない。そもそも人が歩いていない。
これは市街地に向かっているのではないし、通行人のために想定されている道ではない──ちょっと考えればわかりそうなものなのに、なぜか信じ込んだまま20分以上も歩いてしまった。

一直線に続く道を進めど進めど、その先には何も見えてこない。馬鹿な私はようやく「なんか変かも」と思い始め、スマートフォンのGPSで位置を確かめ、自分がとんでもない場所にいることに気づいたのだった。ただ、GPSで確認したおかげで、もう一度考古学公園入口まで戻らずともコルソ・ジェロネの真ん中あたりまでショートカット出来る道も発見したんだし。トータルのロス時間は15分もなかったんじゃないかな、と強がってみる私。
私は時々根拠なく信じ込んで突き進んでしまうことがある。スマホ持っててよかった、遭難しなくてすんで(^^;)

ちょっと不思議な空間だったパン屋の2階

ショートカットした道が大通りにぶつかる角にパン屋さんがあった。香ばしい匂いに惹かれてフラフラと店内に入ってしまう。ショーケースの中には美味しそうなパンやデニッシュがいっぱい、チーズやハム類の並ぶケースもあるが、カフェスペースはないみたい。尋ねてみると、飲み物はコーラやジュースのみで、コーヒーなどはないとのこと。入口脇に3つほどカウンター席があるので、ここで食べていってもいいんだろうけど、座り心地悪そうな椅子だよなあ……。どちらかといえば食事より休憩目的だったのだけど、今さら回れ右してしまうのも申し訳なかったので、クリームの詰まったパイのようなものを1個買うことにした。
支払いをしようとして、レジの横に階段があることに気づいた。二階席があるのかな? 上に行っていいか聞くと快くOKしてもらえた。

レモン風味のリコッタクリームのパンのようなパイのようなタルトのようなもの

並んでいるのは本ではなくて酒瓶なのだけど、なぜか図書室のような妙に落ち着く不思議な空間

隣のバールでカフェラテを飲んだ。イタリアではカフェラテは必ず大きなガラスのコップに並々と注がれて出てくる。コップに取っ手はあったりなかったり……熱くて持ちにくいし飲みにくいけれど、イタリア人はそこのところどう考えているのかは不明

二階席はちょっと不思議な空間だった。部屋全体の雰囲気としては小学校や児童館の図書室、あるいは絵画教室や手芸教室などのスペースのような感じ。大テーブルには文具類が置いてあるから、実際に何かの教室用途で使ってるのかも。壁面に造り付けられた棚にズラリと並んでいるのはお酒の瓶なのだけど、単に倉庫代わりにしてるのかもしれないし。少なくともパン屋の飲食スペースとして利用していないことは確か。
誰もいないし落ち着く空間ではあるけれど、私は本来ここを使ってはいけない立場のような気もするので、15分ほどでおいとました。ちなみにパイのようなものは、クラッカーとビスケットの中間のようなカリっとした生地にレモン味のリコッタクリームを詰めて焼いたもので、ずっしり重さを感じるほどの量のクリームなのに、くどさはなく甘さ控えめでとても美味しかった。€1.50というお値段もとても妥当なところね。

ローカル線の車窓から楽しむ早春の田園風景

シラクーサからノートまではバスでも鉄道でもどちらでも行ける。駅とバス乗場はすぐ近くにあるし、鉄道の方が乗車時間は短いけれど、バスは街の入口近くまで行ってくれるので、所要時間はほぼ同じくらいと考えてもかしら。事前にネットで調べたタイムテーブルでは、鉄道で行ってバスで帰ってくるのが都合よさそう。「ネットで調べても必ず現地で確認」はイタリア含め日本ではない国の旅では鉄則だから、シラクーサ駅には20分以上も余裕を持って着くようにした。まあ、そんなにバールで時間つぶしてもいられなかったし、もし鉄道がダメだったらバスに変更しなくちゃいけないし、ね。だけどそんなことは杞憂で、構内に貼られた時刻表には調べた通り13:04発の列車が記載されていた。

今回は自動券売機での切符購入にチャレンジしてみる。ランゲージを英語に切り替えて、行き先をNotoで検索すると乗車可能な列車が表示され、その筆頭にちゃんと13:04発の列車もある。つまり、この券売機は時刻表検索としても使えるってことね。ところが列車を選択して支払いをしようとしても、なぜか紙幣を受け付けてくれない。何度かトライしたけどダメだった。こういうことはイタリアではよくあることなので、サクッと見限って窓口で切符を買った。

昨日到着した時にも気になっていたんだけど、なぜか駅構内に体重計がある。昔の小学校にあったような大きなアナログ式の。駅で体重を量る必要って? 飛行機みたいに荷物の重量制限あるとか? 絵的に面白いので撮影しようとカメラを取り出していると、突然年配の駅員に声をかけられた。え? 私何かした? 旧ソビエト連邦じゃあるまいし、駅での撮影がダメとかそんなことないよね? イタリア語なのでよくわからないのだけど、咎めだてしている感じではなく、ニコニコととてもフレンドリーな感じだ。時刻表を指差して、ノート行きがどうたらモディカ行きがどうたら……よくわかんない。ただ出発までだいぶ時間があったので、英語とイタリア語ちゃんぽんでしばらく会話を試みた。なんだか次の13:56発のモディカ行きに乗れと奨めているようなんだけど?
「運休? 先の列車はノートに行かないの?」
「行くよ」
「?? どうして? モディカは明日行く予定なんだけど」
奨められている時刻の列車はまさしく明日乗るつもりの列車なのだ。でも今日はシラクーサにまた戻って来るんだから次のじゃ遅すぎるの! なぜ彼がそこまで次の列車を推したのかは約26時間後に判明するのだけど、その時はそんなこと知る由もない。

列車の車窓からは、2月とは思えないほど緑が濃い田園風景を楽しめる。畑の畝には芽吹き始めているのは何が育つのかな?

ヴァル・ディ・ノート(ノートの谷)という名前の通り、谷があれば山があるのだ。山があるから谷なのだ。岩山は現れては消え、再び現れては連なる

牧歌的風景の続く中、山の斜面にノートの街が見えてきた。否応無しに期待感も高まってくるというもの

2両編成のローカル列車はちゃんと定刻に発車し、シチリアの田園風景の中を意外に早いスピードで駆け抜けていく。シチリアにおいて2月は、冬枯れの季節ではなくもう早春なのね。シラクーサ本土の考古学公園にも野の花が咲いていたけれど、窓の外を流れる風景にも同じように花々が咲き始めていた。桜によく似たアーモンドの花も三分から五分咲きになっていて、下草一面にはレモン色の黄色い花々。まるで桜と菜の花のようで、日本の里山風景を彷彿させる雰囲気なのだけど、その手前にはサボテン畑があったりするのがちょっと変な感じ。サボテンの実はシチリアの秋の味覚なんだとか。いつか食べてみたいなあ……。オレンジやみかんの畑には今が盛りにたわわに実をつけていて、色鮮やかな花が咲いたよう。
私は埃だらけ傷だらけの窓越しに何度もシャッターを切った。

「コンパクト・バロック・シティ」ノート

ノートは1693年の大地震で崩壊し再建された、世界遺産『ヴァル・ディ・ノート後期バロック様式の8つの町』のひとつだ。この8つの町は再建の仕方がそれぞれで異なっているのが面白い。ノートの人々は地震で崩壊した町をまるっと見捨てて、地盤のしっかりした別の場所に新たに町をつくったのだ。当時大流行していたバロック様式でゼロからつくりあげた街は、標高約165mの緩やかな丘の斜面に貼付くように広がっている。

シラクーサからわずか30分でノートに到着した。
ノートの鉄道駅は丘の一番裾の町外れにあり、旧市街までは坂道を1kmほど登っていかなくてはならない。ノート駅で降りた私を含む5人の観光客のうち、若い東洋人のカップルはスタスタと坂道を登り、あっという間に姿が見えなくなった。私はのんびり周りを見回しつつ欧州人の中高年夫婦の後をついていったけど、彼らの足の運びがあまりに遅いので、途中で追い抜いてしまった。あの巨体ではねえ……坂道はキツいでしょうよ。特に奥さまは巨大な臀部をお持ちでしたから。

20分ほどで旧市街の入口に着いた。ノート観光は、旧市街東入口に堂々と構えるレアーレ門 Porta Reale からスタートする。門から続くメインストリートのヴィットリオ・エマヌエーレ通り Corso V.Emanuele は700〜800mほどだけど、このわずかな距離にすべての見どころが集約されているといっても過言はない。

ノート観光のメインゲートになるレアーレ門は、美しくかつ堂々とした構えをしている。一直線にヴィットリオ・エマヌエーレ通りが続いているけれど……人がほとんど歩いていない

石の色が明るい色をしているというだけで、こんなに華やかな印象になるなんて。撮った時にはわかっていなかったけれど、多分これはサン・サルヴァトーレ修道院

昼休みのせいか教会はどこも扉を閉ざしている。やっぱり撮った時にはわかってなかったけれど、これはおそらくサン・フランチェスコ教会

小さな広場の銅像越しに大聖堂を望む。この時もどの建物が何なのか全然わかっていなかった

地図と照らし合わせた後なので、これがサン・ドメニコ教会だというのはわかって撮った。教会左側の元修道院は、現在は高等専門学校なのだとか

時間帯のせいもあって、歩行者天国になっているヴィットリオ・エマヌエーレ通りも人がまばら。でも、通り沿いには、教会や修道院や宮殿など壮麗なバロック様式の建造物の数々がズラリと両側に並んでいて、まるでテーマパークのよう。溶岩で造られたカターニアの街は黒っぽく、石灰岩のオルティージャ島旧市街は白かったけれど、ここノートの町並は赤みを帯びた淡い黄金色をしている。午後になって曇ってきてしまったけれど、太陽の陽射しの元では暖かな蜂蜜のような色に輝くのではないかしら? 夕暮れ時にはほんのりバラ色に染まるのではないかしら?

見える端からバシャバシャと撮影してはみたものの、並ぶ建物すべてが華麗な装飾に彩られているので、どれが何という教会で何という宮殿なのかが全然わからない。見学出来るところとそうでないところの区別がつかないの。たくさんの観光客が出入りしていれば多少は見当もつくものの、人はまばら。おそらくは昼休みの時間帯ということも重なってどこもかしこも扉を閉ざしてしまっている。観光対象施設は昼休みでも、この時間帯なら路面にカフェやレストランのテラス席がびっしり並んで賑わっているはずなのだけど、それもない。客がいないどころかテラス席が出ていない。それどころか店じたいが営業していないところがほとんど。
とはいえ、こんなに通りが閑散としていても裏ぶれた雰囲気はみじんもなく、とにかく街全体に明るく華やかな空気がある。

バッグを忘れた? なくした? 盗まれた?

通り沿いにしばらく進み、オープンしている観光インフォメーションを見つけた。意外に広いスペースの一番奥のデスクで30代くらいの女性が暇そうにネットをしていて、私が覗き込むと盛大に歓迎してくれた。街の地図をもらい、簡単に観光ポイントを説明してもらい、ついでに帰りのシラクーサ行きのバスの時刻表をプリントしてもらい、念のためにバス停の場所も教えてもらった。バスのタイムテーブルは事前にネットで調べたものと一致していたし、バス停の場所も私が見当をつけていたところで合っていた。

それはともかく、トイレに行きたい。実はノート駅に着いた頃からちょっとモゾモゾしていたの。貰った地図でトイレの場所を確かめ、小走りで一目散に向かう。トイレは広くて綺麗だった。日本では無料の公衆トイレが綺麗なのは当たり前のことなんだけどね。よその国で綺麗な公衆トイレに出会うと妙に感動してしまう。

用を済ませて一安心。すぐ近くのベンチに腰掛けて地図をじっくり検証し、見たいところにマーキングして観光計画を練った。それではいよいよ観光するぞと、まずは一番近くにあった美しい建物に近寄ってみる。上の方の彫刻をよく見るために双眼鏡を取り出そうとしたところ……え? 私、バッグ持ってない? 肘のところに布製のバッグをかけていたのだけど、それがない!

ざーっと血の気の引く音が聞こえたような気がした。とはいっても、大切なもの(パスポート、現金、クレジットカード、スマートフォン、B&Bのキー)は、ポシェットに入れていっさい肌身から離していない。一眼レフカメラは肩にかけ、その上からジャケットを羽織っている。撮りたい時にすぐ取り出せて、かつ引ったくりにも遭いにくく、かつ落下して破損の防止にもなるのよ。コートの前を閉める厳冬と、羽織るもののない真夏には使えない手だけどね。
だから無くすと本当に困るものは入っていないはずだけど……とっちらかりながらも布バッグの中身を一生懸命思い出す。えーと、まず双眼鏡──これは勿体ないけど仕方ない。折り畳み傘──雨が降らなければ。考古学公園のマップとパンフとチケット半券──記念品がなくなるだけ。ティッシュとウェットティッシュ──予備持ってきてる。ミネラルウォーター、列車内で食べたみかんの皮ゴミ──問題なし。メイク道具と目薬──これは困るな。ざっくりした旅のプランやメモや覚え書きを記したノート──これも結構困るなあ。

多分トイレに置き忘れてきたんだ。あーあ、手のかかる連れがいたわけでないのにやらかしてしまうとは。きっと、トイレに行きたいということで気持ちが散漫になっていたせいだ。しょうがないなあ……。ところが、戻ったトイレにはバッグはなかった。ぬ、盗まれた??

軽くパニクりながら、自分の行動を反芻する。トイレでは私の前にも後には誰もいなかった。トイレから出てすぐ近くのベンチに座っていたのは5分か10分そこらだったはず。地図に夢中になってはいたけど、その間は誰も通らなかったと思う。ベンチから離れてバッグのないことに気づくまでも1〜2分のことだ。そんなわずかな時間で次のトイレ客が私の荷物を持って行くものかしら?
さらに反芻する。トイレで化粧直ししたっけ? してない。ということは、トイレに入る前からバッグはなかった可能性もある。まさか、列車内に置き忘れた? いや違う、駅を出てからノートを取り出してちょっとメモをしたから。そのまま街までの坂道をずっと歩いて、旧市街の門をくぐって、それから──観光インフォメーションに行ったよね!? も、もしかして! 私は観光客がほとんどいないメインストリートを大慌てで逆戻りした。

インフォメーションの扉を開けると、先ほどの女性はやっぱり暇そうにネットをしていたが、再び現れた私に怪訝そうな表情をした。そんな彼女のデスクの前の椅子の上に……あった! 私のバッグ! 歓声を上げて駆け寄りバッグを持ち上げると、彼女はデスク前に身を乗り出して「あら、ごめんなさい、気がつかなかった」と笑った。彼女の位置からはこちら側の椅子は見えないから当たり前なんだけど、つまりは私の後に誰も客は来なかったということなのね。そりゃあネットでもして暇つぶすしかないよね。
トイレに行きたいとか体調が悪いとかあると注意力が散漫になるのでこういうポカをやらかしかねない。肝に銘じねば! とりあえずは無事に見つかってよかった。

豪華な広間と劇場にうっとり

さあ、今度こそノート観光を開始させよう。時刻は14時をちょっと過ぎたところなのだけど、昼休みなのか、お休みなのか、もともと観光不可なのかはわからないけれど、扉を閉ざしているところだらけ。教会はこの時間帯は全部閉まっているみたい。とにかく入れるところからどんどん見ていくしかないでしょ。

まずは大聖堂の向かい側に位置するドゥチェッツィオ宮殿(ノート市庁舎)Il comune Palazzo Ducezio から。威風堂々とした壮麗な建物なのだけど、他のバロック様式の建造物とはちょっと様相が異なる感じ。観光客に対してのポスターや看板は出ていないけれど、扉を開けて入っていく女性がいたので、何となく追いかけるように入ってみた。ダメって言われたら出て来ればいいんだもん。入ってみたのはどうやら正解で、一階の広間が公開されていて見学できるらしい。他に2ヶ所見ることのできる€4のコンビチケットを買った。受付のお兄さんには「15時で閉まるから急いでね」と言われた。まだ45分くらいあるから大丈夫。

チケットには『La Sala degli specchi』と表記されていて、鏡の広間という意味のようだけど、ヴェルサイユ宮殿やシェーンブルン宮殿の鏡の間≠フようなキラキラ全面鏡張りの部屋ではなかった。意匠を凝らした鏡も美しいけれど、天井のフレスコ画もレリーフの装飾もとても素敵。全体的にクリーム色なのも柔らかで上品な雰囲気ね。

バロックの町並の中でひとつだけちょっと異質な感じの市庁舎は、リバティー様式っていうんだって。一階部分の開廊がとても美しい

一部屋だけ見学できる一階広間はこじんまりしているけれどとても豪華

天井には美しいフレスコ画。バッグが戻ったので、双眼鏡を使ってじっくり見られる

さて、それでは次の市民博物館 Museo Civico とやらに行ってみるか。おそらく、近辺の出土品とか街の歴史などを展示した小さなギャラリーだろうけど。ところが市庁舎の隣の建物のはずなのだが入口がわからない。四方をぐるりと回ってみたけれど、やっぱり入口が見当たらない。この建物にいくつかある扉のひとつから中年女性が出て来たので尋ねてみると、裏側だという。ところがやっぱり入口はわからない。
市庁舎の裏側に入口があったので入ってみたが、「市民のためのお役所」だった。だいたいチケットと一緒にもらったパンフの地図では、路地をはさんで隣だと書いてあるのだ。この入口だったら同じ建物でしょ。
ああ、もういい、こんなことに時間使ってられない! どうせ展示内容に興味があったわけではなく、セットになってるから見てみようと思っただけなんだもの。

テアトロ・コムナーレ・ヴィットリオ・エマヌエーレ劇場は、現役で普通に公演が行われている市民劇場なんだそうだ

天井やバルコニーの装飾は豪華でありながらもとても品がいい

残りのひとつ、テアトロ・コムナーレ・ヴィットリオ・エマヌエーレ劇場 Teatro Comunale Vittorio Emanuele に行こう。ここはメインストリート沿いではあるけれど、市庁舎からちょっと離れている。着いてみたら、さっきトイレから出て最初に外観の装飾を双眼鏡で見ようとした建物だった。おかげでバッグがないことにすぐ気づけたんだった。
外観はバロック様式なのに、内部の劇場はロココ調だった。この劇場も、こじんまりしているけれど、とても上品で洗練された華やかさがある。普通に演劇の公演が行われているようで、ロビーには何枚かポスターが貼られていた。

スイーツ休憩は諦めざるをえない

バロックの町並堪能以外にももちろんノート訪問の目的はあった。実はこの小さな街には《Caffe' Sicilia》という知る人ぞ知る名店パスティッチェリアがあるの。120年以上もの歴史のある老舗でもありながら、現在の4代目パティッチェーレが名匠の誉れ高いとのことで、これはもう食べるっきゃないでしょ。そのつもりでお昼ごはんだってパン1個ですませてきてるんだから。

ところが、無念にも《Caffe' Sicilia》は冬期休業中だった。のみならず、他のパスティッチェリアもジェラテリアもことごとくクローズしていた。ハイシーズンにはこの狭いメインストリートにはたくさんのテラス席が並んでパラソルの花が咲いているだろうに。なのに今は、地元民御用達っぽいバールが2〜3軒、申し訳程度に店を開けているだけ。次点としていくつか目星をつけていた裏通りの店は見事に全滅。私は小腹の空いた身体を抱えてスイーツを求めてノートの街の路地を彷徨った。こういう時こそ、地元民御用達の店でアランチーノを食べればよかったのに、その時の脳内はスイーツだけで満たされていて代替案なんて浮かばなかったんだから仕方ない。

清楚な印象のあるサン・カルロ教会内部

白い柱と薄くリーム色の天井に赤茶系の天井画がとても映えている

結局スイーツ休憩はできないまま、ちょうど扉が開いていたサン・カルロ教会 Chiesa di San Carlo に入ってみた。凹の形に弧を描いた半円状のファサードが印象的な教会だ。
ノートで見るべき教会ベスト3にはリストアップされていなかったのであまり期待してなかったのだけど、意外にも内部はかなり私好みだった。柱上部の彫刻はかなり精緻で、ところどころに金があしらわれているのだけど、柱全体が真っ白なのでゴテゴテとは感じない。濃いめの赤茶系の色で描かれている天井画と、柱や壁や天井の淡い色調とが絶妙なバランスで清楚な華やかさを醸し出している。うーん、かなり気に入ったかも。予期しないで好きなものに出会えるのっていいね。

しばし厳かな気持ちになって教会を出ようとすると、入口脇に狭い螺旋階段が見えた。尋ねると屋上に行けるのだという。事前に調べたところでは、屋上に登れるのはサンタ・キアーラ教会 Chiesa di S.Chiara ということだったけれど、ここでも登れるのね。よし、行ってみよう! €2払って一気に駆け上がる。それにしても狭い階段だこと。人ひとり分くらいの幅しかない。お相撲さんならまず左右が挟まっちゃうわね。おまけにステップのところどころが欠けたり摩耗したりしていて安定が悪い。上りも下りも同じ階段だけどすれ違う時にはめちゃくちゃ怖いんじゃないかな? 時間差で片道通行にするのかな? ともあれ今がハイシーズンでなくてよかった。

屋上からノートの街が一望……といきたいところだけど、それほど高さがあるわけではないのでパノラミック度は今ひとつ

岩と緑のヴァル・ディ・ノートの大地が三連の鐘の向こうに広がっている。急にこの鐘が鳴り出しちゃったらびっくりするだろうなあ……

鐘楼ではなく屋上なので、高さはさほどのものではない。ノートの街のパノラマを楽しむというよりは、ただ通りを見下ろしている感じ。街の外側の広々とした大地を眺めながら爽やかな風を頬に受ける……というのが、この屋上展望で味わうべき光景のような気がする。

バルコニーのユニークなニコラチ館は中身も素敵

さて、この際だから休憩は後回しにして、とにかく見られるところを片っ端から攻めてみよう!

次は元貴族のニコラチ家の邸宅ニコラチ館 Palazzo Nicolaci を訪ねた。
メインストリートのヴィットリオ・エマヌエーレ通りと並行しているカヴール通り Via Cavour とを垂直につなぐコッラード・ニコラチ通り Via Corrado Nicolaci という路地に、この館は面している。意外に険しい坂道の奥にはモンテ・ベルジネ教会Chiesa di Monte Vergine のファサードが見える。中央が凹面になった遠近法を利用した造りなので、奥行きを感じさせてくれているけれど、実際の距離はさほどではない。

>> バロック建築以外でノートを有名にしているのが、5月に行われる花祭り(インフィオラータ Infiorata)で、このコッラード・ニコラチ通り一面に生花を敷き詰めて、毎年異なるテーマで花の絵画≠ェ描かれるという。

この館で見るべきはまずはその外観。通りに面したバルコニー下に施された精緻なバロック彫刻は、動物や人間を模したもので、ことさらユニークかつグロテスク。動物というよりは怪物とか怪獣みたい、一見人の形をしていてもどこか人あらざるもの≠ネ風情で、いくつかあるバルコニーの意匠が全て異なっている。なんせ貴族のお屋敷だから天井が高いので、バルコニーの位置もかなり高くて見上げる首がきついけれど、ひとつひとつをじっくりとつぶさに眺める。こういう時こそ双眼鏡の出番よね。

ニコラチ通りに面したパラッツォ・ニコラチのバルコニー下には、ユニークかつグロテスクなバロック彫刻が施されている。それぞれ違うので、ひとつひとつ確かめてみると本当に楽しい。通りを行く観光客は皆、見上げたりカメラを構えたりしている

肋骨の浮き出た坊さんたちが背筋を鍛えているかのようなポーズ?

綺麗なお姉さんたちもエビ反りポーズ。で、下半身が怪獣?(ギリシャ神話のセイレーンらしい)

これも怪獣?(神話のグリフォンらしい)

ニコラチ館は現在はノート市の所有になっていて、90室中の10室が公開されているそう。開館時間や休館日が不定期だったりして、短時間の観光では外観を見るのが精一杯で入りそびれる人が多いみたいだけど、小さな看板が出ているので今はオープンしてるのかな? 入口に立っていたおじさんに声をかけると奥まで連れて行ってくれ、彼自身がチケットを売ってくれた。€4。そもそも係員はおじさんしかいないし、客も私ひとりしかいない。ゆっくり楽しむことにしようっと。

大階段を登って二階に上がり、小さな執務室やティールーム、ダイニングやビリヤードルームや喫煙室、ピアノやハープなどの楽器が据えられたミュージックホール、壁や天井一面に艶やかな色彩で絵の描かれた大広間などを順番に見て回った。大広間の色彩は少しばかり鮮やかすぎて、私にはちょっと安っぽく感じられるけれど、それ以外は華美とは対極にある上品な落ち着きのある部屋ばかりだった。個人的にはかなり好み。

たぶんダンスホールとして使われたのであろう大広間。講演や結婚式などのイベントやプライベートパーティにも貸し出しているらしく、この日もびっしり椅子が並べられていた

ミュージックホールの天井には、ハープや弦楽器や管楽器などがモチーフとした装飾が四隅にあしらわれている。ブルーグレイとベージュを基調にした落ち着いた色彩も私の好み

街をほっつき歩いて見て回るのもいいけれど、こうして内部見学をすると「何か知的なことをした!」という気持ちになるわね。知的好奇心が刺激されるっていうか……
チケットと一緒にもらったのは、ペラ1枚のリーフレットではなくて24ページもある小冊子だった。写真もたっぷり説明もたっぷり。英語版なので、帰国したら辞書片手にじっくり読み込んでみよう(といいつつ右から左に抜けちゃうんだろうけれど)

バロックの教会を順繰りに味わおう

16時を過ぎたあたりから、広場のベンチ周辺にシチリア親父軍団がたむろし始めてきている。歳の頃としては60〜70代始めくらい、定年退職して暇を持て余しているけれど身体は比較的元気な世代の爺さんたち。暇は持て余しても年金暮らしでお金は有り余っているわけでもなく、女性のようにお喋りに盛大に花を咲かせるわけでもなく、ただ集まっているだけなのだけど。午前中も9時過ぎ頃からたむろし始め、13時過ぎに昼食のためにいったん帰宅し、再び三々五々に集まり始めて夕食までの時間を過ごすのだ。気候のせいもあるのか街の作りもあるのか、南イタリアにはこういう爺さん軍団が多い。シチリアは特に多いみたい。中には電動の車椅子やシルバーカーで乗りつけてきている爺さんもいる。

爺さんたちが外に出てきたということは、教会の昼休みも終わったということ。キリスト教の教会にもいろいろな流派があって、本来なら各流派の教会が町のあちこちに点在しているものなのだけど、この町では一本のメインストリートにズラリと軒を連ねているわけで。丸ごと新たに町を作ったならでは、ということね。よーし、片っ端から入ってみよう。

ということでやっぱりまずは、広々とした前階段の上に堂々とした姿を構えるノート大聖堂 Duomo di Noto に行こう。さっき登ったサン・カルロ教会の屋上からも、ニコラチ館のバルコニーからも威風あるクーポラが見えていた。大聖堂正面の階段下に立つとまず目につくのが、美しい彫刻に彩られた青銅の扉だ。ハイシーズンならたくさんの人たちが腰掛けて休憩していそうな階段にもほとんど人がいないので、特によく目につく。

>> 聖ニコロに捧げられたという大聖堂の扉は、町の守護聖人聖コラードの生涯が物語されていて、比較的新しい1982年のもの。この大聖堂は、1996年の大雨で、クーポラと中央身廊から右翼廊にかけて天井が崩れ落ち、7年間かけて修復が行われて、2007年から再び一般公開されたそう。

内部はというと、真っ白な柱が両側に規則的に並んでいて祭壇も美しいけれど、新しいせいか、加えて天井画の色彩が青系のせいもあるのか、妙にすっきりとし過ぎている印象だった。天井のフレスコ画は全部修復し終わったのかしら? それともまだなのかしら?

サン・フランチェスコ教会の主祭壇は質素でありながらも清潔感あるエレガントな雰囲気

教会の長階段を老夫婦が手を取り合ってゆっくりゆっくり降りてくる。スッキリと晴れあがった空に蜂蜜色の建物がとても映えている

さて次は、やっぱり立派な前階段を持つサン・フランチェスコ教会 Chiesa di San Francesco に。ファサード両側には純粋バロック様式の柱が並んでいて、精緻な彫刻がとても豪華で美しい。清貧思想のフランチェスコ会の教会にしては豪華な外観だなあと思ったけれど、内部には天井画もなく割と質素な感じだった。教会に隣接したサン・フランチェスコ修道院 Convento di San Francesco は現在はノート高校なんだとか。歴史ある建物が学び舎なのって、とてもいいね。元修道院の高校前にはマリアさまの像がひっそり佇んでいた。

サン・フランチェスコ教会の左側に、サン・サルヴァトーレ修道院 Convento di San Salvatore があり、ここもとても美しいバロック建築だ。尼僧院らしく窓の鉄格子の曲線が流麗で優美。現在はノート市立博物館なのだというけれど、この日は閉まっているようだった(修復中のために見学不可との話も)。修道院にはサン・サルヴァトーレ教会(救世主大聖堂)Basilica e monastero del San Salvatore がつながっている。こちらも扉は閉ざされていた。でも、もしかしたら入れたのかもしれないな。

サンタ・キアーラ教会と修道院 Chiesa e Conv. di S.Chiara も美しいバロック建築の教会で、内部の聖母子像はノート・アンティカ(地震で倒壊した古い方のノートの町)から移されたものだそう。教会の内部装飾は真っ白ながらも柱に褐色の縁飾りがされていて、清楚な華やぎのある雰囲気。やっぱり女性の聖人に捧げた教会だからかしら。この教会でも屋上に登れるようだけれど、さっき登ったからもういいや。

ノートの町全部をまるごと俯瞰したい!

立て続けにバロックの教会を見学して、それぞれとても素晴らしいのだけど、多少食傷気味になったのも確か。……贅沢な話よね。
どうしようかな、どこかのカフェかバールで休憩しようかな。でも、日が落ちる前にノートの町並風景をもっと味わいたい気持ちもある。ちょっとした美しい絵になる一画を探したいし、教会屋上からの目線が今ひとつ低かったのでもっと町全体を丸ごと見下ろしてみたい。この町は斜面にへばりつくように広がっているのだから、坂道をもっと上ってみれば見下ろせるポイントがあるのではないかしら? そうだ、そうしよう、自分ならではのビューポイントを探すんだ! それでこそフリーのひとり旅の醍醐味ってものよね!
私は自分の思いつきに息巻いて俄然元気になり、コッラード・ニコラチ通りの坂道を勢いよく上る。そのまま足の向くまま、傾斜があれば少しでも高い方へと歩き回った。

……が、結果としては、ビュースポットなんて探せなかった。
観光インフォメーションでもらったノートの市街図では、旧市街エリア部分に色づけしてあり、見どころのスポットもその範囲内に集中している。いちいちスポットを見学しなくても町並を楽しめばいいじゃないと歩き始めたわけだけど、旧市街エリアを外れればありふれた普通の生活圏でしかないのだ。坂道を上って地べたの標高を多少あげたところで、建物の上なり高台なりに立たなければ町を見下ろすことなんか出来ないのだ。そんな素晴らしい俯瞰ポイントがあったら、観光局がアピールしているに決まってるってことは、ちょっと考えたらわかりそうなものなのに。ああ、馬鹿な私。

あまりにも周辺風景が変哲なさすぎて自分がどこにいるのかわからないけれど、とにかく斜面を下っていけばメインストリートに戻れるはず。旧市街エリアは自動車の乗り入れを制限しているので、禁止区域を迂回する道は交通量が多く、申し訳程度の狭い歩道を歩くのも大変だった。ああ、ホント、馬鹿みたい。でも、こういう効率悪いことしちゃうのも旅の記憶のひとつになるのよね。

とにかく道なりに下っていくと、メインストリートのヴィットリオ・エマヌエーレ通り西端に出た。ワンブロックほど東に戻ると5月16日広場 Piazza XVI maggio だった。そう、公衆トイレのあった広場。トイレをすませてベンチで観光計画を練って、そしたらバッグがなくてパニクった広場。右往左往して、広場に面したテアトロ・コムナーレを見るためにまた戻ってきた広場。なのに、反対側に面したサン・ドメニコ教会 Chiesa San Domenico は、外観だけは何度も眺めたものの、ついに内部は見られなかった。ついつい後回しにしちゃったもんなあ。
私のノート観光はここからスタートして、ここで終わるのね。

傾斜のある町を休みなしで歩き回ったせいで、足腰がくがく。ビュースポットなど探せなかった徒労感も手伝ってずたぼろに疲れ果て、広場角のバールのテラス席にへたりこんだ時には17時をだいぶ回っていた。シラクーサに帰るバスの時刻は19:25、ほぼ2時間ある。バスの時刻までゆっくり休むつもりだったけど、ちょっと長過ぎるかもなあ? 連れがいてお喋りが弾んでいればそのくらいの時間を休憩に費やすことは何でもないけれど……。とりあえずは温かなカフェマッキャートが美味しくてホッとする。
ホッとしたのもつかの間。日中は20℃近くても、まだ2月半ばということもあって、日没近くなってくるとさすがにじわじわ冷え込んできた。風も出て来たし、完全に日が落ちればもっと寒くなってくるよね。あと1時間以上もテラス席に座ってなんていられそうもない。めちゃくちゃに睡魔も襲ってきた。どうする、どうする? 手帳にメモした時刻表を見ながらめまぐるしく考える。

ノートで晩ごはんしてから帰るとしても、レストランが開くまではまだしばらくある。次のバスは21:15で、それまでにきちんと食事が終えられるかどうかはわからない。それに今日やらかしたバッグ置き忘れ事件を思えば、眠かったり満腹だったりで注意力散漫の状態で終バスってのはあまりに危険過ぎるでしょ。
シラクーサ行きの列車に18:14というのがあり、ギリギリ間に合いそう。どうする? これに乗って帰る? 鉄道駅はバス停より遠いけれど、一度来た道だし、下り坂だから往路よりはずっと早いはず。とりあえず駅まで行って、乗り遅れちゃったらまた戻ってバスに乗ればいいんだ。よし! 決めた!

嗚呼、素晴らしき相互扶助精神かな

バールを後にした頃がちょうど日没だったようで、旧市街の門を出て見上げた空は、薄紫にと変わっていた。ピンクがかったオレンジ色の残照が雲に映ってそれはそれは美しい。予期せず出会った艶やかな夕空に思わず足が止まってしまうけれど、のんびり眺めている時間はない。カメラのシャッターだけ立て続けにきって、後ろ髪を引かれまくりながら鉄道駅への道を急ぐ。

レアーレ門を出て旧市街側を振り返ると、町のシルエットの向こうに鮮やかな夕雲が広がっていた。あんなに探し回った絶景ポイントが帰り道の途中にあるなんて……

頑張って小走りで急いだのと、下り坂なのも手伝って、見覚えのあるノート駅に着いたのは18時前だった。ささやかな駅前広場から振り返って仰ぎ見ると、ライトアップされたノートの旧市街が淡い藍色の空に浮かんでいる。なーーんだ、俯瞰の風景を探すなら、高所から見下ろすより町の外から見上げるべきだったのね。

到着時には通り抜けできた小さな駅舎は扉が閉ざされているので、直接プラットフォームに入る。そもそも無人駅なので駅員はいない。さて、切符はどうしたらいいんだろう? 帰りはバスにするか列車にするかわからなかったので、往復で買ってないのよ。
私が入った時にはフォームには男性が1人しかいなかったが、追って東洋人の若いカップルが1組、初老の男性が1人、中年の男女が1組が集まってきた。

旧市街を出てからさほど経っていないのに、もうとっぷり暮れている。駅裏側には草むらが広がっているだけなので、日が落ちてしまうと真っ暗だ。プラットフォームには申し訳程度の外灯があるだけで、世界遺産の町の駅だっていうのに裏ぶれ感が半端ない。7〜8人でも人がいるからいいようなものの、ひとりぼっちだったらすごく怖いよね。こんなところに果たしてちゃんと列車は来るんだろうか……?
「私はシラクーサに行くのだけど、あなたも?」ちょっと不安になってきて、1人で立っていた男性に話しかけてみた。地元の人だと思って確認するつもりで声をかけたのだけど、どうやら彼も旅行者らしかった。
「いや、僕はモディカに行くんだけど……シラクーサは……」私が何もわからないのかと思ったらしく、壁の掲示板に貼られた時刻表を一緒に見てくれた。時刻表といってもワープロ印刷された小さな紙ペラなんだけどね。ほぼ同じ時刻に反対方向の列車もあるらしいことはこの時知った。

駅で待っていた人たちには地元の人は誰もなく、それぞれが何となく不安に思いながら佇んでいたらしかった。私が声をかけたことで一気に相互扶助のための堰が切れた感じ。灯りが暗すぎてよく見えない掲示板にみんなわらわらと集まってきた。
「ところで、切符持ってます?」
「いや、まだ買ってない」
「どこで買ったらいいの?」
「わからない……」
結局そこにいる全員が切符を持っていなかった。初老の男性が時刻表の横に貼ってあるメモ書きのようなものに気づいて、読み上げ始めた。切符を買う時の連絡先として電話番号が書いてある。えっ、何それ。
「誰の電話? どこに繋がるの?」
「さあ?」
「電話かける必要があるの?」
「車内で買えないの?」
「大丈夫だと思うけど」
「きっと大丈夫よ」
みんな口々に英語もイタリア語もゴチャ混ぜでわいわい相談、わざわざ電話しなくても何とかなるでしょ、という結論が出た。赤信号みんなで渡れば怖くない≠フは、どこの国でも同じなのね。

そうこうするうちに向こう側のプラットフォームに列車が入ってきた。モディカに行くという男性は列車に乗り込んだが、車掌らしき人と話しているのが窓越しに見える。男性はいったん列車から降りると、こちら側にいる私たちに向かって「切符は車内で買えるって!」と叫んでくれた。さらに「シラクーサ行きの列車は10分くらい遅れてるって!」という情報も追加された。

親切な男性に手を振って発車を見送ると、プラットフォームに残ったのは私と若い東洋人カップルと初老の男性のみ。駅は再び暗くなり静かになった。
不意に東洋人の青年が振り返り、「チャイニーズ?」と私に尋ねてきた。連れの彼女の方はいっさい英語が出来ないようだったけど、彼はかなり達者な様子。さっきも率先して会話を進めてくれて、便乗して情報を得られた私はずいぶん助かった。
私は日本人だと答え、旅行者同士の話題としては定番の「お互いの行程&感想」などを簡単に話し合った。彼らはラグーサ、モディカと廻ってきて現在シラクーサに泊まっていて、今日ノートに来たらしい。私が明日はモディカに行くのだと言うと、モディカはとてもパノラミックで美しい町だったと絶賛していた。自分は上海の出身だとも言った。私が上海に行ったのは80年代後半だったから、この青年はまだ生まれてなかったかも。

バロック建築は好きかと問われて、「私は画家だから、美しい町は好きよ。モチーフをいっぱい探せたの」と答えると、青年は一瞬目を見張り少し嬉しそうな表情になった。
「絵を描くの? どんな絵?」
「風景画を水彩で……」
「僕も絵を描くんだ」
「本当?」
「絵っていってもアニメーションなんだ。今、アメリカでカートゥーンを勉強してるんだ!」すらっと背が高く垢抜けた印象で英語が達者なのはそういうわけか。
「そう、素敵ね」
「日本のアニメーションは素晴らしいね。ハヤオは好きだ」
「彼の映画は私も大好き」
「日本のアニメーションも憧れなんだよ。アメリカで勉強するか日本に行くか迷ったんだ」
「あなたの選択は正しいわ、頑張ってね」日本のアニメーションの学校じゃ多分何も身につかないよ、日本でアニメーションの職に就いてもブラックなだけだよ……という言葉は飲み込んだ。
隣の彼女が退屈そうにしていたので、青年との話はそのあたりでやめにした。ほどなく列車が入線してきたけれど、時刻表からは20分以上も遅れていた。

切符は車内で車掌さんから売ってもらえた。ちょっと割高になるのかと思ったら、往きと同じ€3.80だった。

夕食のピッツァに健闘するもあえなく撃沈

無事に列車に乗れ、さらに列車の中は快適な温度で、さらには心地よい揺れも手伝ってうたた寝してしまった。ハッと気づくとどこかの駅。プラットフォームの表示を見ると「Siracusa」。うわ、大変! 大慌てで降りる。
一応言い訳させてもらうが、すべての荷物を持っての移動の時は無防備に眠ったりはしないからね。特に鉄道の時は。今もバッグはぎゅっと胸に抱きしめた状態で少しコックリしただけだし。

駅の外に出ると、一気に眠気は吹っ飛んだ。まだ19時半にもならないのに、だいぶ気温は下がっていて、コットンシャツに革ジャケットだけではかなり寒い。やっぱり時間早めて帰ってきてよかった。列車遅れたけど、それでもバスで帰るより早く着いたもの。ああ、お腹空いた〜〜! 昼もおやつも満足に食べてない上に、寒さが身に沁みて余計に空腹感が増長させられてる感じ。ぐうぐう鳴るお腹とジャケットの襟元を押さえて、肩をすくめつつオルティージャ島までの道筋を急いだ。

実は今日はピッツァが食べたいと思っていたの。トリップアドバイザーでピックアップしていた評判の店は、本土側のウンベルティーノ橋ちょい手前の路地にある。通り道だからこのまま立ち寄るつもりでいたけれど、この薄着ではいかんせん寒過ぎる。帰りはきっともっと寒くなる。せっかくダウンコートがあるんだから、いったん宿に戻って着替えてこよう。通りがかりに店を覗いてみたら、もう開店はしていたが客はまだ誰もいないようで、店主らしきおじさんがのんびり新聞を読んでいるのが見えた。

ウンベルティーノ橋の上は冷たい海風が吹き荒れていて、泣きたいほどに寒かった。昼間暖かくてもやっぱり2月なんだなあと思い知らされた感じ。厚手のタイツに穿き替え、コットンシャツをセーターに替え、帽子を深くかぶって、ダウンコートの首もとにスカーフを突っ込んで出直した。

チェックしていた《Sotto Sotto Pizzeria》は、カジュアルでリーズナブルなピッツェリアで、比較的新しい店らしかった。着替えて出直したにもかかわらず、誰もお客さんは来てなかった。平日だから? まだ20時前だからかな……

白い壁と床に、原色を効果的に使った明るくてポップな内装

ツナとポテトとオニオンのクアドロット(四角)のピッツァはボリュームたっぷりすぎた

まずビールを注文してからメニューをじっくり選んだ。ピッツァには、いわゆるマルゲリータやマリナーラといった基本の tradizionali(€6〜€7)、基本のピッツァをベースに具材を増やした speciali(€8〜€9)、お店の売りである四角いピッツァの quadrotto(€10〜€12)があるらしい。
ここでつい血迷って quadrotto からオーダーしてしまったのが私の第一のミス。イタリア語のメニューしかなくて具材が全部わからなかったので、確実にわかった「ツナとポテトとオニオン」をチョイスしてしまったのが第二のミス。
グラスビールを頼んだのに中ジョッキサイズだったのは、喉カラカラだったから別にいい。むしろ、その後ピッツァを頑張って飲み下すのに必要だったくらい。

ちびちびビールを飲みながら待っていると、おじさんの満面の笑みと「Buon appetito!(召し上がれ)」の言葉と溶けたチーズのかぐわしい香りともに、焼き上がったピッツァが目の前にどすんと置かれた。思わず「うわっ……」と声が出たけれど、その後に続く言葉は「美味しそう〜」よりも「でかっ!」だった。いや、美味しそうなのよ。実際にとっても美味しかったんだから!

四角いピッツァというのはカットしてあるのではなく、丸い皮の端をロール状にくるくる巻いて四角くしてあるだけだった。その状態で25cm角はある。おそらく元は直径35cm近くあるのではないかしら? さらに嬉しいことというか恐ろしいことというか、四辺のくるくるロールの中にはチーズがごっそり巻き込まれているのである。さらにさらに、ピッツァソースがトマトではなくてクリームベースのソースだった。おそらくポテトにはその方が合うのだろうけれど、凄まじいほどの乳製品攻撃だ。
ちょっと焦げ気味のツナには濃いめのスパイシーな味つけがしてあって、甘めのポテト&オニオン&クリームのいいアクセントになっている。日本ではローマ式のパリッと薄いピッツァが流行りだけど、ここはナポリ式に近いもっちりしたボリューミーな皮なので、なおさらお腹にこたえる。総カロリーのことは……ちょっと考えたくないな(^^;)

「tradizionali のシンプルなピッツァにしてサイドオーダーにサラダでも頼むんだった」という第一のミスと「quadrotto から選ぶなら、せめてルッコラと生ハムなどにするんだった。よりによってお腹にたまるポテトなんて」という第二のミスを頭の中にぐるぐるさせながら、工場の生産ラインのように一定速度でピッツァを切っては粛々と口に運び、黙々と咀嚼し続けた。
これってたぶん、グループで何種類かをシェアする前提のものだわね。目先が変わればいろいろ食べられるものだし、確かにリーズナブルで美味しいもの。トリップアドバイザーの高評価はそういう若くて元気で丈夫な胃袋を持つ人たちのものだったんだわ。
「オーダーしたものは出来るだけ残さない」が信条だったけど、60%くらいまで頑張ったところでさすがにリタイアしてしまった。
「ごめんなさい。私には大きすぎたの……」皿を下げにきたおじさんにそう告げると、彼は問題ないというように笑って、箱詰めするかと尋ねてきた。持ち帰ったところでどうしようもないのだけど、半分近く残した申し訳なさからつい頷いてしまった。部屋に戻る途中、こっそりと広場のゴミ箱に捨てる時にはちょっぴり心が痛んだ。

ぐったり疲れてB&Bに戻り、今日もシャワーを浴びる気力もなくベッドに倒れ込んだ。それでも万歩計の数字だけは見る。なんと39090歩! ええええっ、ほぼ4万歩??? 今日は歩いたもんなあ……シラクーサ本土の考古学エリアで歩いて、間違えて郊外に向かって歩いて、ノートで絶景ポイント探して歩き回って……行程を反芻しかけたものの、すぐさま抗いがたい睡魔が襲ってきて瞬時に撃沈した。

 
       

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