Le moineau 番外編 - ヴァル・ディ・ノートのバロック都市めぐり -

       
 

モディカ2回目の朝もやっぱり雨降り

今朝は5時半までぐっすりと眠れた。だんだん現地時刻に適応してきたけれど、イタリアで眠るのもあと2泊、明後日はもう帰国日なのだ。窓から外を見ると、もやるような小糠雨だった。昨日のうちに町の展望をすませておいてよかったぁ! 傘もなくさないでよかったぁ!

4部屋共通のラウンジスペースには、重厚なデザインの革張りの大判ノートが置いてある。パラパラめくってみると手書きの文字がいっぱい。どうやら旅の思い出ノート≠轤オく、宿泊客が思い思いのメッセージを各国語で記していた。せっかくだから私も何か書き綴ってみよう。「モディカは素敵な町でした。とても素敵なホテルで、素敵な滞在ができました」そんなあまりにありきたり過ぎることを英語で綴るのもどうしたもんかなあ……。そう思って、ボールペンでの走り描きスケッチを描いてみた。対面の丘から正面に見たサン・ジョルジョ教会とモディカ・アルタの町の連なりを描き、「Beautiful, Panolamic, Doramatic, Modica」と添えておいた。
ボールペンの芯が太くて滑りも悪かったので、あんまり出来のいい絵ではなかったけど、裏には誰かの記述があるので破り取ってしまうわけにもいかない。まあ、こんなもんでいいや。恥ずかしいから描いたスケッチの撮影はしない。

今朝も朝食室に一番乗りすると、昨日とは違うホールケーキが丸々1個あった。ハートのクッキーが置かれているのを見て、今日が2月14日だったことを思い出した

早々と朝食をすませて、でもしっかりたくさん食べた。今日も 丸ごとホールケーキに私がザックリとナイフを入れさせていただいた。スポンジに粒チョコレート入りのリコッタクリームをはさんで、マジパンコーティングしたもので、ちょっと甘過ぎ。昨日のチョコタルトの方が好みだったな。

時間を有効に使うために9時前にチェックアウトした。14時半のバスに乗るから、それまで荷物を預かってもらって、バスターミナルまでのタクシーも手配してもらえるか、しっかり確認。レセプションでそんなやりとりをしていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、赤ら顔のおじさんがやたらニコニコしながら立っている。宿泊客? 一歩後ろに奥さんらしき人もニコニコしている。
「ノートの絵を見た。あなたが描いたのか?」
一瞬、何で私だとわかったの?と思ったけれど、そういえば名前のサインの横にfrom Japanって書いたっけ。コクコク頷くとおじさんは「素晴らしい!」と絶賛してくれた。私の両手を掴んでブンブンと揺すり、両肩をポンポンとたたく。えー、あの程度の走り描き、たいした出来ではないんだけど……と、照れくさくもちょっと嬉しい。絵って共通言語になるのよね。

美味しいカンノーロが食べたい!

おじさんの大絶賛を受ける私を見て、レセプションの若い女性も微笑んでいる。彼女は今朝初めて会った人だけど、何だかとっても感じがいい。そうだ! 突然思いついて「私はまだカンノーロを食べていないのだけど、お奨めのお店ある?」と彼女に尋ねてみた。ぜひとも滞在中に食べなくちゃと思っていたシチリアの代表的なお菓子なの。しょっぱなにカッサータで失敗しちゃったもんね、今度はハズしたくない。

>> カンノーロは、映画『ゴッドファーザー』の中でも印象的な使われ方をしていた。裏切り者を銃殺したクレメンザが去り際に「Leave the gun. Take the cannoli.(銃は置いて行け。カンノーリは持ってきてくれ」と言う、寂れた河原のシーン。『ゴッドファーザーpart3』ではマイケルの妹コニーが毒入りカンノーリで敵のドンを暗殺する。ちなみにカンノーロが単体形で、カンノーリは複数形。

やっぱり「甘いもののことは女子に聞け」だな。まあ、イタリアにおいてはイケメン兄ちゃんに聞いても、おっさんに聞いても、爺さんに聞いてもいいんだけど。カンノーロの美味しい店教えての問いに、彼女はぱああーーっと顔をほころばせた。
「もちろん! お奨めあるわよ! ぜひ食べて食べて!」よくぞ聞いてくれたという感じで嬉しそうに2軒の店を教えてくれた。2軒かあ……
「どちらがお奨めなの? あなたはどっちが好き?」
「うーん、どっちもそれぞれ美味しいのよ! 決められないわ〜。両方で買って食べ比べるのがお奨めよ!」
彼女はネイビーのパンツスーツをキリリと着こなした聡明そうな女性なのだが、まるで女子高生のようにキャピキャピと嬉しそうに、カンノーロについて熱く語る。その落差がすごい。
「じゃあ、そうしようかな……」
「ぜひそうして! ホントに美味しいのよ!」両頬に人差し指を当ててクルクルと回す仕草をする。これは美味しくてほっぺた落ちちゃう≠フイタリア式表現なのかな?

早速、教えてもらったうちの一軒《Dolce Millennio》に行ってみた。開店直後だったようで、ケースの中にはお菓子が隙間なくびっしり並んでいる。
今日はバレンタインデーなので、ハートをあしらったお菓子や S.Valentino の文字のデコレーションされたケーキなども並んでいる。確かバレンタインデーってイタリア発祥のはず。こちらはカップルでケーキ食べたりするのかしら? バレンタイン仕様のお菓子はチョコレートに限定されてるわけではないみたい。あれっ、今朝の朝食に出ていたハートのクッキーがある。こっちは昨日のチョコレートタルトだ。そうか、ホテルの朝食で出してるお菓子類はこの店のものだったのか! それなら美味しいはず。

ショーケースの中にはいろいろなお菓子がズラリ。バレンタイン仕様のお菓子も何種類かある

カンノーロは「小さな筒」という意味で、スクエアに切った生地を円筒に巻いて筒状にサックリと揚げ、クリームをたっぷりと詰めたもの。もう! そんなの話聞くだけで美味しいに決まってるって思うじゃん! クリームは注文を受けてから詰めるらしく、カンノーロの皮と思われる筒状の物体がケースの端っこに山盛りに積んであった。他のお菓子にも興味はあったけれど、お奨め通りに2軒で試してみたいので、グッと我慢してカンノーロ1個だけにしておこう。朝ごはんにもケーキ食べちゃったしね。
中に詰めるクリームは、リコッタクリームとチョコレートとピスタチオクリームとカスタードクリームがあるそう。ここは基本のリコッタクリームかなと思いつつも、昨日食べたチョコタルトが美味しかったこととモディカはチョコレートの町であることを思い出して、チョコクリームを選んでみた。
1個は€2だから手頃なお値段ね。スチロールトレーに乗せて包装紙でふんわりと包んでくれる。つぶさないようにバッグの一番上にそっとしまった。

モディカの町は煙る靄の中

町のパノラマを俯瞰するのは昨日のうちに十二分に堪能したので、今日は細部を見て回ることにする。町の主要な3つの教会は、どれも外観を眺めただけなんだもの。まずはモディカ・アルタの一番高台にあるサン・ジョヴァンニ教会 Chiesa di San Giovanni に行ってみよう。

一昨日は夕闇に沈みかけていてハッキリ見えなかった教会は、今朝は煙る雨にもやっていて、前階段の下からではファサード上部は全然見えなかった。かつては26体もの彫像で飾られていたという前階段には、今はたった3体しか残ってない。階段を登って教会の足元から見上げてみても、やっぱり一番上は見えない。

扉は開いていたので中に入ってみる。日曜の午前中だからミサでもやってるのかなと思ったが、教会内部には地元の人らしきおじさんが1人いるきりだった。内部は薄暗いけれど、壁全体が白く塗られていて、柱や天井のバロック装飾はかなり華やかな感じなので、あまり暗さを感じない。ファサード正面のステンドグラスを振り返ってみたけれど、ほとんど光は入らず模様もほとんどわからない。このステンドグラスが陽光を通してキラキラしていたらさぞ美しかったろうに……。ん? でもステンドグラスってゴシック建築の十八番じゃなかったっけ。バロック建築の教会でステンドグラスってちょっと変わってるよね。

前階段の一番下から見上げたサン・ジョヴァンニ教会は、もやに霞んでいて上まで見えない

結構豪華にバロック装飾されているのに清涼感のある爽やかな印象なのは、薄いブルーグレーと白が基調になっているからかしら

細かな雨は降り続いている。季節が春へと向かう暖かな雨で、少しくらい服が湿っても寒くないのはありがたいけれど、気温が高いせいであたり一面靄だらけで10m先ですらよく見えない。

教会の階段を降りきったところで、散歩中らしき地元の爺さんが嬉しそうに話しかけてきた。
「モディカの展望は美しいぞ。素晴らしいぞ。もう見たか? ぜひ見ていけ。あっちだ」多分そんな内容のことを言いながら、ピッツォ・ベルヴェデーレ Pizzo Belvedere の展望台に向かう道を指し示してくれる。うん、知ってる。一昨日夜景を見たからね。だから明るい状態でも眺めてみたかったけどね。だけど、今日は展望は望めないんじゃないかな。そんなことは言えないけれど、にっこり笑ってお礼は言う。

ピッツォ・ベルヴェデーレからの展望はほぼすべてが靄の中

爺さんの絶賛するピッツォ・ベルヴェデーレまで来てはみたものの、足元の数軒の屋根しか見えず、その下に続く街の連なりなんかひとつも望めなかった。やっぱりね。この展望台でパノラマ眺めながらカンノーロ食べるつもりだったけど、目の前は真っ白だしベンチはびしょ濡れだし、傘さしたまま大急ぎでパクつくのも味がわからなさそうだし……。うん、カンノーロ食べるのは後でね。

入り組んだ路地裏の徘徊には発見がいっぱい!

展望台下の階段道を降りながらモディカの路地巡りをすることにした。雨降りの日曜日の午前中のせいか、誰にも行き会わない。この辺りは住む人も減ってしまってるのかな、完全に廃屋化した建物もところどころに見受けられる。生活している気配はあるけれど手入れが行き届いてない建物も多い。かと思うと、新たにバルコニー下の彫刻を整えたりして綺麗に改装している建物もある。同じ建物でもひとつの扉や窓は古びてカビだらけ、隣のひとつは新調されて壁まで塗り替えられていたり。

歴史のあるパラッツォでなくても、さり気なくバルコニー下に装飾されている建物が多い。時々上を見上げながら歩くとちょっとした発見があちこちにある

今は廃墟になっているこの一画は、ちょっと前までは普通の生活がそこにあった空気を残していた。独居老人が最近亡くなった、子供たちは別の町で暮らしていている……そんなところかな

路地を覗いては立ち止まり、行きつ戻りつしつつも適当に下りながらっていくと、家々の隙間からサン・ジョルジョ教会 Chiesa di San Giorgio の姿が覗き見えてきた。何度も何度も何度も眺めたり後ろを通ったり脇を通ったりした上の街のドゥオモ=Bようやく中に入って内部を見られる!

教会の斜め後ろからアプローチしてしまったので、正面ではなく側面の扉をそっと押してみると、隙間から漏れてくるのは神父さまの説教らしき厳かな声。ああ、日曜のミサしてるんだ。邪魔をしないように静かに扉を開け、そっと足を踏み入れた瞬間に目の前に広がったのは、明るく浅い海の中のような薄青い世界。こんな明るいブルーの内装の教会って初めて! 嬉しい驚きとともによくよく見ると、修復のためなのか保護のためなのか、天井全体に青い網のネットが張られているのだった。網戸に使うような目の細かいネットなので、天井画や彫刻なども透けている。なーんだ、そのせいで全体に青っぽい内装に見えたのね。

サン・ジョルジョ教会内部の装飾はかなり絢爛なのに、ゴテゴテした印象はなく上品で清楚な雰囲気がある

天井の青いネットのせいばかりでなく、そもそも内装全体が白と水色と金色なのだ

ちょっとがっかりしたものの、改めてまたよくよく見てみると、内部のバロック装飾は水色を基調としていて、ゴージャスながらも爽やかで清冽な印象なのだった。さっき見てきたサン・ジョヴァンニ教会も白と寒色系の爽やかな内装だったっけ。昨日訪れたシクリの教会が外観の装飾の割には内部がクリーム色と暖色系の天井画で華やかだったのとは結構対照的ね。

こっそり食したカンノーロのお味といったら……

ミサをしている教会内をウロウロ歩き回るのは申し訳ないので、早々に街歩きに戻ることにした。だいぶ空が明るくなってきて雨もあがりつつあり、あたりを白く霞めていた靄は完全に消えた。写真撮影にも邪魔だし、もう傘は畳んでしまおう。

サン・ジョルジョ教会を背にして、モディカ・アルタからモディカ・バッサへと一気に下っていく。この街では、ショートカットしようと思うと全部こんな急勾配の階段道だ

目についたところを適当に徘徊しながら下へ下へと降りていく。私にとってはモディカの街は、街歩きする規模としては大き過ぎず小さ過ぎずちょうどいい感じだ。上の街と下の街とで分かれている町はヨーロッパにはたくさんあるけれど、ここは2つの街の境界線がハッキリしていなくて、だからこそ丸ごと一体となった調和というか融合というか、心地いい美しさを奏でている。路地はかなり複雑で地図通りに歩こうとすると方向感覚がおかしくなるけれど、2つのドゥオモがいいランドマークになっている。一番低いところがメインストリートなので、何となくの方向に登ったり降りたりしていると何とかなるのもとてもいい。重層的に積み上がる家々の高低差は景観にリズムを生んでいて、立ち位置がちょっと動くだけで景色がまるで変わるのも、すごくいい。階段だらけのこの町はバリアフリーとは対極にあるけども。

興味深い路地裏巡りとはいえ、もうかなり巡り尽くしてしまった。今日の気温は低くはないけれど、もやるような小糠雨の中を徘徊していたので、ジャケットもじっとり湿っているし身体も少し冷えている。メインストリート沿いのカフェで温かいものでも飲んでゆっくりしようっと。

感じがよさそうなので直感的に選んだ店は、そこそこのパステッチェリアだったようだ。そもそもモディカは人口に対するお菓子屋さん比率が高いんだったっけ。店内のガラスケースには魅惑的なお菓子やチョコレート、デニッシュ系の甘いパン類がぎっしり並んでいる。ちょっと食指が動いたけど、さっき買ったカンノーロがあるのよね……。
店内はとても狭く、舗道のテラス席に座るしかないのかと思ったら二階があるとのこと。店のお兄さんにカフェラテをオーダーしてから、ガラスケースの裏側の狭い階段を通って二階に上がった。ただでさえ狭い階段には小麦粉の袋や段ボール箱が置いてある。二階といっても下の売場の上に張り出したロフトかバルコニーみたいで、テーブルも4卓しかない。誰もいないし、うち2卓は空のカップや皿が放置されたまま。まるで屋根裏倉庫の片隅みたいな席だけど、何だかここ妙に落ち着くわ。

カフェラテにはラテアートをしてくれたみたい。ちょっと真ん中からズレてるけどね(^^)

持ち歩いたせいでクリームがはみ出しちゃった! それだけたっぷり詰まってたということ

ほどなく温かなカフェラテが運ばれてきて、その時に2つのテーブル上も片づけられ、お兄さんは階下に降りていった。あらっ、これってしばらく誰も来ないってことよね! よし、ちょうど飲み物もあることだし、カンノーロ食べちゃお!

カンノーロは潰れたり割れたりはしていなかったけど、クリームが盛大にはみ出していた。まあ、これはこのお菓子の構造上仕方のないことよね。さっそくパクリ! さくさくカリッカリに揚がった皮の中にはビターなチョコクリームがたっぷり。うっわーーー♪ これは美味しいわあ! もっと頭痛くなりそうに濃厚に甘いクリームなのかと思ったら、意外にすっきりした後口の甘さだ。なんせ、旅の初っぱなに激甘カッサータの洗礼受けてるからね……ちょっと懐疑的になってたの。はみ出したクリームも全部スプーンですくって残さず食べた。いつ次のお客さんや店の人が上がってくるかわからないから、今ひとつじっくりと味わえなかったのが残念といえば残念。

どうせならこのお店でもカンノーロ注文して食べ比べてみればよかった、と気がついたのは、帰り際にレジ前で支払いをしている時だった。

話術巧者な神父さまとミニトレインでの街巡り

そのままメインストリート沿いの下の街のドゥオモサン・ピエトロ教会 Chiesa di San Pietro へ。ここも何度か前や後ろや脇を通り過ぎていたけれど、ようやくちゃんと中に入れる。上のサン・ジョルジョ教会ほど舞台装置的な造りではないけれど、12使徒の彫像で飾られている前階段の上に鎮座する聖堂は、バロック独特の柔らかな繊細さを持ちつつも威風堂々としている。

上の街のドゥオモとはまるっきり雰囲気の異なる下の街のドゥオモ。12使徒は後ろ側に街を背負い、目線は対面の丘の街をしっかりと見つめて、町全体を守っているかのよう

教会内に入ってみると、日曜ミサの神父さまのお説教の真っ最中だった。それなりに広い教会内の椅子席がみっしりと人で埋まっている。静かで閑散とした町だと思っていたけれど、こんなに住人がいたんだ!
この状況では中をうろついて細部を眺めたり写真を撮ったりするのは迷惑なので、一番後ろの席に腰掛けて私もミサに参加してみた。この神父さま、人を引きつける話術にものすごく長けた方のよう。イタリア語なので全然内容がわからないのだけど、話し方のリズムや強弱や盛り上げ方なんかが「いつやるの? 今でしょ!」の林修先生そっくりなのだ。教会内の人々は話の間に間に頷いたりどよめいたり笑ったりしている。かなりの名調子で「ありがたいお話」をしていて、それがきっととても面白くて楽しいのね。

心地よいテンポとリズムを奏でるお説教をBGMに教会内装飾を見回しているうち、背後から荘厳な音色が響いてきた。振り返ってみるとそこには立派なパイプオルガンが。椅子にかけた人々がいっせいに立ち上がり、賛美歌の斉唱が始まったのをしおに、サン・ピエトロ教会を後にした。

さて、まだ時間が余ってるんだけど、どうしようかな……。思案していると、観光インフォメーション前の道路に観光用のミニトレインが停まっているのに気づいた。トレインと言っても汽車の形した自動車が2〜3両のトロッコを引っぱるだけなんだけど、観光客を乗せて走っているのを何度か見かけた。これに乗ってみようかな? 一番上から見下ろせる場所にも楽々連れてってくれるかもしれない。もしかすると向かい側の丘の展望台にももう一回行けるかもしれない。道端に貼ってあるメモ書きのようなタイムテーブルを見ると次は10分後で、すでに何組かお客さんが乗り込んでいる。
側に立ってたおじさんに「切符はどこで買えるの?」と尋ねてみると、おじさんはニコニコと「僕から」といってポケットからチケットの束を出してきた。€5払っていそいそと乗り込む。発車までの10分の間にお客さんたちはわらわらと集まってきて、トロッコの座席は八割がたが埋まってしまった。

街を巡るミニトレイン「Trenino Barocco」は一周30分で、お手軽にモディカの街を俯瞰できる

メインストリートから下の街越しに上の街の展望台ピッツォ・ベルヴェデーレを見上げる

ミニトレインの周遊ルートは、特に目新しいところを走るわけではなかった。ちょっと考えたらわかることだったけれど、こんなトロッコを2両も引っぱりながら自動車道以外のどこを走れるというのだ。とはいえ、イタリアンバロックなんぞを聴きながらモディカの町並を眺めながらコトコトと走るのは結構気分のいいものだわ。要所要所でイタリア語と英語の解説テープも流れ、特に眺めのいい場所では徐行してくれる。向かい側の丘はおろか一番上まですら連れて行ってもらえなかったけれど、ひととおり町をぐるっと巡って、ちょうど30分で元の場所に戻ってきた。

>> ヨーロッパの中規模の観光地にはよくあるこうしたミニトレイン、自分の足で歩き回る派の私は滅多に乗ることはないけれけど、ぜひともお奨めしたいのはスペイン・トレドの「ソコトレン」。普通は足で回れる範囲を一巡りする程度だけど、ソコトレンは1時間かけて町の外側に出て全体を俯瞰させてくれる。このあたりに来るにはタクシーしか足がないのだから、かなりの優れもの。

まだ1時間近くは街歩きに費やせるけど、もういい。ホテルに帰ろう。モディカはもう存分に堪能したよ。バスは絶対に乗り遅れられないんだから、早め早めに行動しておくにこしたことはない。

モディカでの最後のひとときはホテルのカフェで

ホテルまでの道を登っているうちに、空にはみるみる暗雲が立ちこめてきて、近くまで着く頃には本降りになっていた。
そうだ、戻る前に今朝教えてもらったお菓子屋さん《Casalindolci》[WEB]に立ち寄ろう。1軒めのカンノーロがとても美味しかったので、お奨めどおりにもう1軒のも試してみることにしたの。ここでも詰めるクリームが選べたので、今度は基本のリコッタクリームにする。
出来上がるのを待っていると、ホテルのレセプションの女性が入ってきて、私の姿を見ると「あらっ」と嬉しそうに顔をほころばせた。
「カンノーロを買ったの?」
「バスの中で食べようと思って」と答えると「それはとってもいい選択だと思うわ」と笑う。彼女は用意してあった包みを受け取ると「後でね」といって出て行った。なるほど、ホテルの朝食やカフェで出してるお菓子はこの2軒の店から買ってるのね。カンノーロは1個€1.50だった。お手頃なお値段だこと。

ショーケースの写真を撮らせてと頼んだら、お店のおばさんは「スカスカになっちゃったから、あまり美しくないわね」と言いながらお菓子を並べ直してくれた

包装する前に写真を撮らせてもらった。最初の店のものより小ぶりで、皮の質感の見た目も違う。粉砂糖も多めに振ってある。さあて、お味の違いはどうだろう?

カンノーロの包みを抱えてホテルに戻ると、さっきの女性と20代後半くらいの青年とがレセプションの横でお喋りをしていた。私に気がつくと「タクシーはもう来てるわよ」と笑った。ああ、この青年はタクシーの運転手か。私が頼んでおいた時間までは30分はあるけど、早めに来てお喋りを楽しんでいるのね。バスターミナルまでは10分あれば大丈夫だというし、建物はおろか屋根すらないベンチが2つ3つ置いてあるだけのバスターミナルで、30分も雨の中待つのは嫌だわ。ホテル併設のカフェで時間ギリギリまで休憩させてもらうことにした。

昼下がりのカフェにはお客さんは誰もいない。ガラスケースの中のチョコタルトは昨日の朝食で出てたものみたい。ホールケーキに最初にナイフを入れてしまうのにビビったけれど、もう3分の1以下のサイズになっている。残りはちゃんとこっちで出すのね。他にもいくつかあるケーキもみんな、どちらか2軒の店から買っているのかな。

ゆったりしたソファにでれーんとしながらカフェマッキャートを飲んでいると、不意に「なんたらかんたら、ジャポネーゼ!」という声が響いた。ん? 日本人?? つい反応してキョロキョロしてしまう。
「なんたらかんたらミラコロ、なんたらかんたらジャポネーゼ、ファンタジスタ、なんたらかんたらジャポネーゼ!」んんん? 何か日本人を絶賛してる?? 
声の出どころは壁面にあった大型TVだった。サッカーの試合を放映していたのだけど、私の頭上後ろ側だったし、音量も絞ってあったので、大興奮大感嘆で実況がまくし立て始めるまで気がつかなかった。えーと誰か日本人がゴールした? 振り返って画面を見上げてみると、ゴールの瞬間がリプレイされている。チームの面々にもみくちゃにされる本田圭佑が大写しになった。おお! 本田かあ! あれ? 本田ってずっと不調じゃなかったっけ?

>> 後で読んだスポーツニュースでは、ミランのMF本田圭佑は2月14日のジェノア戦で、約1年4カ月ぶりとなるセリエAでのゴールを挙げ、チームを2-1の勝利に導いて大きく称賛されたとあった。TVの生放送ではあったけれど、イタリアの地でその瞬間に立ち会えたというわけだ。

そろそろバスターミナルに向かうことにしてカフェの精算をしようとすると、レセプションの女性は「€1だけど……いいわよ。サービスするわ」と笑った。ありがたく厚意に甘えて、モディカの滞在がとても楽しかったこと、機会があったらまたここに泊まりたいことなどをお礼とともに伝えて、ホテルを後にした。
あっ、しまった! 彼女の名前聞いておくの忘れちゃった!

劇的アプローチしたモディカは、去る時もドラマチック

タクシーに乗り込むとものの5分程度であっさりとバスターミナルに着いた。雨はすっかりあがって、晴れ間が見えるどころか陽射しがきついほど。今日はホントに変な天気……。

あと10分ほどで出発時刻だというのに、バスターミナルにはバスは1台もなく、待っている乗客もひとりもいない。切符売場のバールも日曜日の今日は閉まっている。切符は車内で買えるという言質はとってあるけれど、そもそもバスがちゃんと来るのか心配になる。

一歩でもこの場を離れるのが不安で、カターニア行きの時刻表が貼ってある標識にへばりつくようにして立っていると、緑のメッシュに染めた髪をツンツン立たせ革ジャンに鎖をじゃらじゃらさせた青年が道路をこちらに渡ってくるのが見えた。えっ、こんな田舎町にあんなファッションの人いたの? 私の驚きをよそに彼は一直線に私の傍まで来て、私に向かって話しかけてくる。英語でもないしイタリア語でもないみたいだけど「カターニア」というのは聞き取れた。近くで見るとまだ10代の少年のようで、イタリア人の顔立ちとは少し様子が異なる。シチリアという土地柄もあるし、北アフリカ系移民なのかも? 荷物はなく、赤い薔薇の花を一輪だけ持っている。この季節外れに……。私が時刻表を指差すと、覗き込んでうんうんと頷いている。今日はバレンタインデーだし、薔薇一輪持ってカターニアまで愛の告白に行くのかな。

無人だったバスターミナルに突然わらわらと7〜8人の人々が集まり始めたと思ったら、ほぼ同時にカターニア行きのバスがやって来た。えー、みんな、どこにいたのよ?
運転手に「カルタジローネに行きたいの」と言うと「カルタジローネには行かないよ。カターニアで乗り換えて」という返事。「空港で? 駅で?」と尋ねると、空港でとのこと。観光インフォメーションのオバちゃんは駅でって言い張ってたけど、やっぱり空港乗り換えじゃないの! カルタジローネまでの切符は改めて買ってくれとのことだった。カターニア空港までは€9。たった5分間のタクシーが€10だったんだから、ホントに公共交通は安い……。

バスターミナル前の小さな崖の縁でアーモンドの花が満開だった。ホントに桜にそっくりね

ぐんぐんと高度をあげていく先には、峡谷を跨ぐ高い橋が続いている

14:30定刻にモディカを出発したバスは、今日も眼下に町並を見下ろして、大きく迂回しながらぐんぐんと崖をよじ登っていく。途中の分岐点では昨日とは別の方に入り、さらに旋回するかのように登っていく。その先にあるのは、深い峡谷を跨ぐ大きな高い橋──シラクーサ方面から来る時にくぐり抜けてきた橋だ。カターニア方面へ向かうにはこの橋を渡るのね。橋の上から遠望するモディカのパノラマは絶景だった。かっ飛ばすバス車内からは10秒程度しか見ていられなかったけど。

カターニアからシラクーサまでは海岸線に沿うように列車で南下してきたけれど、モディカからカターニアへの北上は内陸部ルート。くねくねと曲がりくねりながらアップダウンの繰り返しかと思いきや、かなりの高さのある台地の上を高さを保ったまま真っ直ぐにバスはひた走っていく。車窓風景はなかなか壮観で、左側には丘上の小さな町が時々現れ、右側からは遠い町並のさらに遠くに海が垣間見えたりもする。

そんな風景を楽しみながら、カンノーロをそっと取り出して食べてみた。先の店のものは皮がサクサクしつつもパリっカリっとしていて瓦煎餅のような食感だったけれど、こちらはサクサクしながらしっとり感もあってややパイ皮寄りな感じ。リコッタクリームはさっぱりと爽やかな甘みで、クランチしたピスタチオがいいアクセントになっている。うーーーん、美味しいなあ。なるほど〜〜〜、確かにこれは甲乙つけがたいわ! 「両方買って食べ比べろ」のアドバイスは大正解だったわけね。

カルタジローネまでの道のりは、いろんな意味でスリリング

カターニア空港には予定時刻より10分早い16時20分にに着いた。カターニア市内やカターニア中央駅に行く人がほとんどのようで、空港で降りる客は10人程度しかいなかった。もっとたくさん降りると思ったので、ちょっとボーッとしててうっかり降りそびれるところだった。アナウンスなんてしてくれないし、バスの荷物置き場に入れたスーツケースも自分で出さなきゃならない。手前側に入れておいたのに、走っている間に動いてしまっていて、さらに途中から乗った人の荷物に奥に押しやられてしまっていて、中に潜り込むようにして引っぱり出す。うわーーん、うまく取り出せない! このまま走り出したらどうしよう! 焦るあまりトランクの扉にしたたか頭をぶつけてしまった。

ネットで調べた情報ではカルタジローネ行きは17:30発なので、まだ1時間あるのだけど、とにかく乗場まで行って確かめないことには安心できないのよ。バスが着いたのは出発ターミナルなので、到着ターミナル出口へわさわさと移動する。

カターニア駅から空港を経由してカルタジローネまで行くバスはInterbus社とAST社の2社が運行しているのだが、Interbus社の方は午前中しか便がないはず。それは知っていたけれど、Interbus社の切符売場ブースが開いていたので確認の意味で尋ねてみた。窓口のお姉さんは「本日の便は終わった」と言い、AST社の便があるからと方向を示してくれた。お姉さんの指差す先にはたくさんのバス標識が並んでいる。専用の切符売場を持っているのは3社程度しかないのだ。各社それぞれが勝手に作ってるらしいデザインも大きさもてんでんばらばらの標識の中から、ASTのロゴのついたカルタジローネ行きのものを見つけた。

ネットで事前に調べたタイムテーブルだと17:30発のはずなのに、貼ってある時刻表には17:45と書いてある。どっちが正しいんだろ? 私の隣で一緒に時刻表を覗き込んでいた初老夫婦に確認してみる。彼らもカルタジローネに行くそうで、おじさんは次は16:45だと言った。ん? そんなすぐの便があるの? そこ平日の欄みたいだけど、本当にその便があるのならありがたいな。1時間も待たなくていいんだものね。

標識周辺にはベンチがふたつしかないので、少し離れた場所にスーツケースを置いて腰掛けて待った。とにかくさっきの夫妻を見逃さないようにしなくちゃ。各社さまざまな色合いの、さまざまな行き先のバスが入れ替わり立ち替わりやって来ては、客を乗せて走り去っていく。16時55分になったけれど、カルタジローネ行きはまだ来ない。さっきの夫妻もまだいて、何度も腕時計や来るバスの行先表記を見たりしている。私がもう一度時刻表を確認しに立つと、おじさんも近寄ってきて覗き込み「今日は……」と呟いた。「……日曜日ですよね?」私が言うと、うんうんと頷きながら17:45のところを指差した。あーやっぱり、おじさんも間違えてたのね。引退して年金生活で曜日の概念が薄くなったのかな。

時刻表を見る限りではカルタジローネ行きは、平日ならほぼ1時間おきに8便くらいあるのに、日曜は午前と午後に1便ずつしかない。乗り損なうわけにはいかないから、この場を離れず待つつもり。とはいえ、そろそろ夕暮れが近づいてきて、だんだん足元や腰のあたりがじんわり冷えてきた。
時間つぶしにずっとスマホゲームをしていたのだけど、ふっと見るとASTのロゴをつけたバスが乗場に停まっている。行先表示はCaltagirone……えっ! まだ17時30分なんだけど? あの夫妻も大慌てで乗り込もうとしているところで、同じ行先の中年の東洋人に声をかけることなどすっかり忘れている様子。
17時30分に来たカルタジローネ行きは、私を含めた10数人の客を乗せるとすぐに発車した。つまりは、ネットで検索したタイムテーブルが正しくて、乗場に貼ってある時刻表は嘘だったってこと。寒くてもここで待っててよかったよ、カフェなんかに行ってたら大変なことになるところだった。カターニア空港からカルタジローネまでは€6、チケットは運転手から買えた。

走り始めて20分もしないうちに完全に陽が落ちた。カルタジローネへは丘陵地帯のくねくね道を行くようで、かなりのスピードでぐんぐんカーブを曲がり、微妙なアップダウンも頻繁にある。道には街灯などなく真っ暗で、次の予測がつかない状態で上下左右に振り回されるのは、TDLのスペース・マウンテン的な怖さがある。でも、怖いよりもだんだん気持ちが悪くなってきた。さっきから生あくびが何度も出てくる。しまった、酔ったかも……。ノド飴をなめたり、水飲んだりしてみるものの、なかなか鎮まってこない。

車酔いにじっと耐えているうちに、ようやく市街地らしきところに入ってきて、ポツポツと民家や商店の灯りが見え始めた。すれ違う自動車のヘッドライトやテールランプの灯りも。スピードもだいぶ落ちてカーブやアップダウンもなくなり、なにより視覚情報が入ってくる効果で気分はぐっとよくなった。せっかく周辺が見え始めたとはいうものの、窓ガラスは湿気に曇っていて景色はみんな滲んでいる。えー、また雨降ってるの?

途中の停留所で数人ずつが何度か降りてゆき、カルタジローネのバスターミナルに到着したのは19時になるちょっと前だった。雨は降っていなかったけれど、あたり一面にミルク色の霧が立ちこめていた。ほんの5m先も見えないほどの。

初めましてのカルタジローネは濃霧の中

陶器の産地として有名なカルタジローネ。でも、シチリア内陸部のこの小さな田舎町をさらに有名にしているのは、旧市街の中心にあるラ・スカーラ La Scala と呼ばれる142段の大階段だ。なんと、一段一段すべて異なるデザインの陶器タイルで装飾されている。タイルで飾られた美しい階段のある町のことはずっと昔──たぶん30年以上も前にTVか雑誌かで見たことがあり、なぜか心惹かれた。というもののその時は、町の名前はおろかイタリアにあるということすらよく記憶していなかったし、まさかそこを訪れようなどと考えてもいなかった。その後あちこちに訪れるうちに、私は陶器やタイル装飾やモザイクなどにいたく萌え心を刺激されるらしいことがわかってきた。

今回のシチリア巡りを思いついたきっかけは別の理由だったけど、プランを組み立てていくうちに昔見たタイルの階段の町がカルタジローネだと気づいた。ああ、ここにあったのか……。この町も世界遺産の「ヴァル・ディ・ノートの8つのバロックの町」のひとつなんだけど、公共交通を使うとなるとここだけ別方向に離れている。だからカルタジローネを旅程に組み込むのはロスが多くなるのは確か。でも、ここはどうしても訪れたい。ここはどうしても外せない。そういうわけで4時間半もかけて乗り継ぎしてやって来たわけ。

私はこの町の佇まいを朝に夕にと存分に堪能したいあまり、この大階段の途中(どちらかというと上に近い方)に位置する素晴らしいロケーションの宿 B&B Charme Il Dito E La Luna [WEB]を2泊も予約した。素晴らしいことではあるけれど、それはすなわち、丘の上の旧市街まで2km近くを荷物つきで歩き、さらに約100段の階段を登らないと辿り着けない場所ということ。
予約はBooking comを通したが、備考欄に19時過ぎの到着であることと駅から歩くことを添え書きしておいたら、3日ほど前に宿からメールが届いていた。翻訳サイトで変換してもちゃんとした文章にならなかったイタリア語のメールだったけど、大意としては「駅からは2kmあるから連絡くれたら迎えに行くよ」ということが書かれてあった。夜だし霧だし、歩いていったら絶対に迷う自信がある。1時間以内で着けないかもしれない。ここはありがたく好意に甘えちゃおう。

電話をかけてから10分ほどでシルバーのフィアットで迎えにきてくれたのは、40代くらいの明るく元気な女性。彼女はほとんど英語ができなかったけれど、とにかく大歓迎してくれているのはよくわかった。走る道々「これは何それ、あれは何それ」と教えてくれるのだけど、スポットの位置関係をざっと予習している私が「あ、公園ね」「これは陶器美術館ね」などとイタリア語の単語で答えると、とても嬉しそうだった。

そうそう、イタリア語で霧のことを「ネッビア nebbia」ということも知った。彼女が車から降りるなり大きく手を広げながら連呼してたからね。私が「すごーい、全然見えな〜い! これは迷うわ〜」と日本語で呟くと、彼女は「アハハハ……ネッビア!」と笑う。イタリア語と日本語の単語だけでも雰囲気で通じちゃうのが面白い。

チャーミングなB&Bで、暮らすように泊まる

大階段上部の駐車場に車を入れ、30〜40段ほど階段を下った。階段はおそろしく急勾配で、おまけにステップ一段一段がとても高い。これは迎えに来てもらって正解だったわ……。彼女が「ここよ」と言って指し示した建物には、階段に面して小さな門扉があり、その横に三日月を象った小さなプレートがあった。ああ、これも絶対に探せないわ……。

門扉の奥のドアを開けると、いきなりラウンジのような部屋があった。階段が見えたので、2階が私の部屋かなと思って荷物を上げようとすると「必要ないわ」と差し止められた。「ここはあなたのリビングルームだから」
えッ? この部屋、私の部屋? ラウンジじゃないの?

ここは3部屋しかないB&Bで、シングルルームはないのでダブルをシングルユースしたのだ。一番安いダブルルームなのに、何とメゾネットタイプになっていて、1階は専用のリビングで2階がベッドルームとバスルーム。リビングルームの壁や床は真っ白で、ドレッサーやチェストやスタンドライトなどの家具もすべて真っ白、壁にかかったシチリア各地の風景写真はすべてモノクローム。カーテンやソファのファブリックはサンドカラーで無機質さを和らげ、わざと赤錆のようなテクスチャを施した金属の階段、その中に差し色として赤い椅子が2脚置かれたインテリアは、とてもハイセンスだ。

真っ白なのに無機質な感じもせず、くつろげるリビングルーム。差し色の赤い椅子が効いている

部屋の説明を受けてから、いったん外に出て建物の脇にまわると、そこには小さなバールを併設したセレクトショップがあった。この店舗部分がいわゆるレセプションになるらしい。店内で待っていたご主人と高校生くらいの娘さんを紹介された。英語のほとんどできないオーナー夫妻の代わりに、娘さんがwi-fiのパスワードなどの説明をしてくれた。
朝ごはんの時間を尋ねると、客は私ひとりだから私の時間に合わせてくれるとのこと。じゃあ、明日はちょっとゆっくりしたいから8時に。翌々日は帰国日だから7時頃にしてもらって、その後タクシー呼んで欲しいんだけど……と言いかけると「No! No taxi!」いきなり3人の声がハモった。きょとんとする私に娘さんが「この町にはタクシーはいないのよ」と言う。夫妻はうんうん頷いている。
「でも、パパタクシーかママタクシーがあるから大丈夫よ」そう笑う娘さんの横で、ご主人はウインクしながらハンドルを握るゼスチャー。

ご家族は裏手に住んでいるらしい。電話番号のメモと一緒に「何かあったら電話でも呼び鈴でも鳴らしてくれていいわよ。夜中でもいいわよ」という言葉をもらってから、自室に戻った。

ベッドルームも壁や床は真っ白で、ファブリックはサンドカラー

2階のバルコニーからは眼下に大階段が眺められる。今は霧が濃くて一番上まで見えない

あえてモノクローム写真で撮られているシチリアの風景が飾られている

ひととおり室内を点検して回る。1階の窓からも2階の2ヶ所のバルコニーからも大階段が直に見下ろせる。これはホントに素敵なロケーションだわ。これで一泊€50はかなりお得。

またも目当てのお店にフラれてしまった!

さて、さっそく食事に出よう。お店は《Ristrante il Locandiere》というところにしようと決めてるの。トリップアドバイザーのカルタジローネNo1をを数年連続して取り続けている店で、内陸部でありながら魚料理の美味しい店として高評価のところ。まだ20時台だから大丈夫だろうとウキウキと出かけたら、何と今日はもう予約でいっぱいなんだって! カルタジローネは日帰り観光客の多い町で、訪れる客の数の割には泊まる人は少ないからディナーはそれほど混雑しないだろうと勝手に決めつけていた。今日は日曜日でバレンタインデーだから、地元のカップルやファミリーがディナーに来ているのかな……? それなら明日の予約を取りたいと言うと、明日は定休日だと申し訳なさそうに言われた。あら〜、ノートの《Caffe' Sicilia》、モディカのホテルのメインダイニングに《Locanda del Colonnello》に引き続き、三度目の残念無念。

仕方ないので次点候補の《Trattoria Anima e Core》 [WEB]という店に向かった。この店のテーブルにはまだ空きがあったけれど、今日はアラカルトはなく、€20のバレンタイン特別ディナーコースのみだけなんだって。へえ、イタリアではバレンタインってそういう位置づけのイベントなのね。コースメニューって量が多そうだけど……どんなものが出て来るのかちょっと興味もあるな。今さら店を探し歩くのも大変だし、空腹だから……なんとかなるかな?
まだガラガラの店内は、あらかじめウェブページで予習していた写真とは印象の異なる内装が施されていた。室内全体が愛の日バレンタイン≠ノふさわしいムードあふれる赤い色で彩られている。白いテーブルクロスの上には深紅のペーパークロス、ほんのり赤っぽい照明、真っ赤なキャンドル、ハート形の赤い風船を結んだ赤いリボンの花鉢、ハート形に畳まれた赤いナプキン……気恥ずかしくなるロマンチックな雰囲気の中で、観光客らしき男性3人連れが居心地悪そうにしていた。

ひとりで味わう愛の<oレンタイン・ディナー

バレンタイン特別コースメニューはアペタイザーとしてグラス1杯のスプマンテからスタートした。続いてアンティパスト・ミスト(前菜の盛り合わせ)が出てきた。うわー、とっても美味しそう! でも量がすごい。
ちなみに盛り合わせの中身はというと、ムール貝にパン粉を振って焼いたもの、ホタテにトマトソースとパン粉を振って焼いたもの、ピンポン玉サイズのアランチーノ2種類(クリーム味のもの、松の実とバジル入りのもの)、いわしのすり身揚げ、タコのマリネ、茹でたシャコ、海老のオーロラソースあえ、小さな赤い魚(たぶんヒメジ)のフライ、スモークサーモン。プラス小鉢のカポナータ。もちろん、パンが何切れか入った籠も置かれる。中高年の日本人としては、これだけでもう十分なんだけど……。
全てひととおり食べてみると、どれもこれも美味しい。でも、この後にパスタとメインとデザートが控えているので、完食するのはすごく美味しいモノ≠ニ割と美味しいモノ≠フみにし、普通に美味しいモノ≠ヘ3分の1ほど残した。申し訳ない、「出されたものは残さない主義」はちょっと返上させてね。

プリモは、リゾットとラビオリのハーフ&ハーフ。ラビオリは普通の「ああラビオリですね」という味。私はシクリで最初で最後の人生ベスト1ラビオリを食べたんだから、いいんだもん。リゾットはシチリア特産のピスタチオクリーム味だった。とっても美味しいけど、いっぱいは食べられない味だわ。でも試してみたかったので、こうして盛り合わせでちょっこっと食べられてよかった(^^)

愛と情熱の真紅に彩られたラブラブ・モード全開の店内

てんこ盛りのアンティパスト・ミスト。小洒落たカフェのワンプレートランチではないのよ、前菜なのよ、前菜!

ラビオリはどうってことない普通の味。ピスタチオクリームのリゾットは美味しかった。この量ならね。たくさんは飽きちゃってダメ

見た目も味も激甘なドルチェ。よくまあ食後にこんなものを食べられるものよのう……

カリッと香ばしく焼けて激ウマの魚ソテー。ピスタチオ、アーモンド、松の実、ヘーゼルナッツなどのナッツ類が上に飾ってあって、よりいっそう香ばしさが際立つ。付け合わせには今が旬のカルチョーフィが3切れも!

リゾットとラビオリも4分の1ほど残したものの、ほぼ満腹になってしまっている。メインはハーフポーションにしてもらえないか頼んでみると、魚だからハーフは無理だけどできるだけピッコロ(小)を選んであげると言われた。出てきた白身魚のソテーは、日本での普通の切り身サイズはあった。さらに別皿にグリーンサラダまでついてくる。ホントにこのコース€20なの? アラカルトで頼んだら€50くらいになりそう。
ところが、このメインが超絶に美味しかったのよ! 前菜よりもパスタ&リゾットよりも断然美味しい。メイン丸ごと断ってしまおうかとすら思っていたのに、出してもらえてよかった。もうお腹がパンパンで入りっこないと思ったのに、完食してしまったのがその証拠。

ハチ切れ寸前のお腹にとどめを刺したのがドルチェだった。ピンク色のハートの形のラブラブデコレーションを施した、見た目スゥイ〜〜〜トなケーキは、なんとマジパンの塊だった。上生菓子の練りきりのようなねっとりと濃厚な甘さ。でも、和菓子は二口三口のサイズだけど、これは体積としてはテニスボール大はある。「出されたものは残さない主義」も「残したとしても3分の2は頑張る主義」も返上するしかない。4分の1食べるのがやっとだった。

バレンタインのカルタジローネの夜は更ける

私がバレンタインディナーと格闘している間も続々とお客さんは入ってきて、21時を過ぎてほぼ満卓になった。周りはカップルだらけ。とはいえ、年齢層は20代から60代くらいと幅広い。老夫婦と息子夫婦と子供たちといったファミリーもいる。綺麗な晴れ着の3歳くらいの女の子が入ってきた時、女主人らしきおばさんは相好を崩して「まあ、いらっしゃい! よく来てくれたわねえ!」みたいに大歓待していた。明らかに顔見知りファミリーへの対応だ。
バレンタインデーは恋人同士だけのものではなく愛する人≠ニ過ごす日なのかも。みんなとても幸せそうだ。

店内全体に華やいだムードの漂う中、私のテーブルだけキャンドルの火を点され忘れているけど、あえて指摘しないことにした。だってさ、ひとりなのにやたらムーディでもなんだか恥ずかしいじゃない。食べ終わったことだし、さっさと退散して宿の素敵なリビングでのんびり寛ごうっと。
€20のコースメニューに、テーブルチャージとガス入りの水、赤ワイン2杯、コーヒーを追加して、合計€30はとてもリーズナブル。でも、値段はこのままでもいいから、量は半分でよかったよ……。

帰り際にテーブルの上に飾ってあった赤い風船と花の鉢を手渡された。まあ、これもサービスなの? ここには2泊するし、あのリビングに花があったら気分よく過ごせそう。そう思ってありがたく受け取った。
で、帰り道なんだけど、上機嫌で適当に歩いていたら迷ってしまった……。私はふわふわ漂う風船を持って花の鉢を抱え、パンパンのお腹をさすりながら、人けのない街中をむちゃくちゃに歩き回った。とにかく大階段のたもとに行かなくては! 到着時の濃い霧はすっかり晴れて、漆黒の空に冴え冴えとした月が浮かんでいる。

大階段の真正面からの偉容。かなりの急勾配で高さもある

2階のバルコニーから大階段を見下ろす。すっかり霧が晴れて一番下までしっかり見通せた。明日はいいお天気になるといいな

ウロウロ回り巡った挙げ句、階段のたもとには辿り着いたけれど、満腹&ほろ酔い状態で登るのはかなりしんどかった。到着時は上から降りてきちゃったし、レストランに行く時も下りだったし……そうか、初めての大階段の登りなんだ! 眺めのいいB&Bは辿り着くのも大変!

ようやく部屋に帰り着いて、赤い椅子のあるドレッサーの前に花鉢と風船を飾ってみた。うん、思った通りによく似合う。ハーブティを淹れて、テラスからの眺めを楽しみながらのんびりした時間を過ごした。 今日は大移動があったから歩数は少なめの18889歩。でもまあ、2万歩に迫る勢いなんだから、私も毎日よくまあ歩くこと。明日はいよいよ観光できる最終日、いいお天気になるといいな。

 
       

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