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カルテに書かれたExcellent!!
アナストロゾールの副作用の関節痛や筋肉痛とのおつきあいは、緩やかに続いていた。思い切って少しばかりハードな運動や筋トレをして逆に筋肉をいじめてみると、最初は痛いけどその後の半日はかえって痛みが和らぐこともわかった。やっぱり大事にし過ぎてじっと動かずにいるのは、かえって筋肉や関節が強ばってしまうものなのかもしれない。
そういえば、再建乳房は手で触れるとそこだけひんやりしていたのだが、いつの間にか健側との差がなくなってきている。ほんのり温かくなっている。皮膚に血流が戻ってきたのだ。鳥肌も立たず汗もかかなかったが、それも少しずつ戻ってくるんだろうか。手で触った感触は左右とも同じだが、乳房の受ける感覚はまだ布一枚挟まった上から触られているような感じがする。再建した乳首は時々チクンチクンと痛むことがある。
薬をチェンジしてしばらく「これがホットフラッシュか!」といった症状はあったけれど、涼しくなってきたらほとんど出なくなった。私は体温もものすごく低いし、そもそもホットフラッシュの出る体質ではないのかもしれない。
関節痛緩和のためのエディロールを飲み始めて2ヶ月が経過する頃になると、だんだん効果が出てきた。痛いのに慣れてきちゃったせいもあるかも? 「ま、この程度は我慢できるし」と割り切れるようにもなったこともあって、とりあえず最初ほど苦痛には思わなくなってきた。2014年11月の診察でY先生にそんなふうに報告する。
「じゃあ、今日は視触診しよっか」
「えええ……診るんですかあ……?」実は下着のレースの素材が合わなくてお腹がかぶれてるのだ。恥ずかしい。お腹には赤いブツブツだらけだけど、再建乳房はとても綺麗だ。縫合跡の赤みもほとんど消えている。
Y先生は視触診時には必ずその時の乳房の状態を絵に描く。昔は手書きのカルテに、今はペンタブで電子カルテに。
これまでの私の乳房の絵には、必ずどこかしらが赤い色が塗られていたり斜線が引かれていた。今日もY先生はいつものように黒い細い線で縫合痕と再建乳頭を書き入れる。そして今日はそれ以上何も書き込まれなかった。
「うわー、赤い色とか斜線とか使われなかったの初めて!」そうなのだ、一番最初の乳癌摘出手術から3年ちょい、私の乳房は常に何かしらのトラブルを抱えて赤かったり腫れていたり爛れていたりしていたのだ。縫合痕の赤みも消えにくい肌質だったし。
「ああ、そうだったよねえ! うん、よーし」Y先生は笑いながらもう一度ペンを取るとカルテのおっぱい絵の脇に大きく “Excellent!!” と綴った。さらに花丸までぐりぐりっと描く。うわあ、嬉しい、すごく嬉しい。
嬉しいくせに照れ隠しで「えー、エクセレント? えー、でもーでもー、ちょっと外側下方向に流れてきたかも?」などとつぶやいてしまう私。
「えーっ、そんなの “寄せ” て “あげ” ちゃえば全然オッケーでしょ!」
「う、うん………そ、そうですね」ここが乳腺外科の診察室でなかったら、セクハラ事案ともとれる会話だ。
「胸はいいとして……お腹、痒そうだねえ。薬出そうか?」
「あ、でもウチにいろいろ薬残ってるんですよね。私、皮膚科の常連なんで」
「どんな薬?」
「ええーっと、リンデロンとか、アンティベートとか、マイザーとか」
「みんなステロイド系だねえ」
「はい、いつも掻き壊しちゃって、さんざんこじらせてから皮膚科行くもんで……」
「もっと気軽にたっぷり塗れる薬出したげるよ。治す効果はないけど、とにかく痒みだけはなくなるから」
Y先生はその時の状態に応じて乳癌治療以外の薬も処方してくれるので助かる。薬局で受け取ったその薬はクリームのような大きな容器にたっぷり入っていて本当に気兼ねなくペタペタ塗れる感じだった。
翌月12月、2015年明けての1月の診察は、1分間診療だった。
Y先生は私の顔を見るなり「うん、元気そうだね。じゃ、処方箋出しとくから!」
私はまだバッグもおろしてなければ椅子にすら座っていない。わざわざ来たのに!と思わないでもないけれど、とりたてて報告するような症状が出たわけでもないのだし、つまりは今の私はとても平穏な状況にあるということに他ならない。いざ何か起きればY先生はじっくり相手をしてくれるのだから、先生の時間と手間は「今現在何か起きてる人」に使ってもらわなきゃね。
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