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入院の日

手術──辛く長い一夜 その1

手術──辛く長い一夜 その2

“術後ハイ”になる入院生活

とりあえず退院しちゃおう

雑踏が怖い、満員電車が怖い

おっぱいが2倍に腫れてきた!?

ああ、自分の場所に帰ってきたんだ

病理結果に打ちのめされる

感染した!!!!

どんどん変な色と形になってくる

いつまで足踏みしてたらいいのだろう

一歩進んで二歩戻る

二度目の手術は日帰りで

今度こそよくなっていくといいなあ

4ヵ月遅れの再建スタート

どうしてまた腫れてくるの!?

再建は諦めなくちゃならないのかな

「なんとかしてやれなくてごめんな」

三度目は一番悲しい手術だった

痛みより痒みの方がつらいなんて

醜い瘢痕拘縮

自家組織での再建を決意する

前を向いて歩こう


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いつまで足踏みしてたらいいのだろう

一週間後の11月8日、再び形成のS先生と乳腺のY先生をダブル受診した。薄紙を剥ぐように治ってはいるんだろうけど、その薄紙がナノレベル。痛みはかなり少なくなったのだが、赤みは依然残っていて、触るとわずかに熱感がある。腫れてる部分が色素沈着起こしかけてて、ざらざらガサガサしている。折れ曲がったエキスパンダーの角はさらに尖って目立ち始め、乳頭位置は上へとズレていき、どんどん変な形になってくる。

最初に形成に呼ばれる。S先生は開口一番「あっ、いいですねー! 完璧!!」などと言うのが口癖で、私も入院中の回診や退院して最初の外来ではそう言われていた。
(ホントかよ? リップサービスじゃなくて?)などと思いつつも、やっぱり嬉しくて「そうですかぁ」とホッとしていたわけだ。考えてみたらここのところその言葉は全然聞いてない。つまり本当によくないってことなんだ……。早くS先生の「あっ、いいですねー!」が聞きたいよ。当然今日も水の注入はなし。

自分で乳房再建について調べた中で、エキスパンダーとシリコンでの再建の場合、100人に1人か2人くらいスムーズにいかないのだとあったが、自分がその1人か2人に入ってしまうとは思わなかった。
異物を体内に挿入するわけだから、拒絶反応とかアレルギーとかどうしても一定の確率で起こるという。その場合は人工物での再建は残念ながら諦めなくちゃならない。自家組織ならOKだが。
術後感染症の場合は抜去して一時中断することもあるけど、治まったらまた再開出来る。
「再建する意志が強い患者さんには何らかの方法で僕が必ずやってあげます」とS先生には一番最初に言ってもらってるのだ。ありがたいことだけど、いちいち痛い思いするのは私なわけだから、余計な手術が増えないにこしたことはない。

感染したかもと言われて二週間が経ったが、どうも抗生物質の効果が今イチみたいだ。黴菌の感染じゃないのかもしれないなあ、とY先生もS先生もお悩み中である。アレルギーや拒否反応ならタイミングが遅すぎるしって。
転移や再発しているのに抗癌剤が効かないとかいう人などと比べれば、私の悩みなんて贅沢なことなのかもしれないけれど、やっぱり気分が沈んでしまう。とりあえず今日も点滴をしてみることにして「開いて中を洗う」とか「エキスパンダー抜去」というのは回避された。でも「開く」とか「洗う」とか、簡単に言うなよなあ……って感じ。先生たちにしてみれば簡単なんだろうけど。私は最初よく意味がわからなかったくらいだ。

今週一週間は経口の抗生剤の投与を半分に減らして、自分の免疫の力でどうなるか試してみるそうだ。どうなるんだろうなあ……再建できるのかなあ……諦めたくないけど。頑張れ、頑張ってくれ、私の免疫たち!
帰り際Y先生に「私は自分がもっと健康で丈夫だと思ってた」とこぼした。たまたま癌にはなったけど基礎体力とか回復力とかそういうのはしっかりしてるって思ってたって。実際、たいして風邪もひかないわけだし、胃腸も丈夫だし。
Y先生の答えは「ハッキリ理由があるわけでないけど、すんなり回復していかないことってあるんだよね」だった。
「でもね、大丈夫だから。ゆっくりだってちゃんと回復していくからね」

私はY先生にもS先生にも全幅の信頼を寄せている。言いたいことは言えてるし、聞きたいことも聞けている。主治医との関係で悩む人は多いようなので、そういう意味では私はとても恵まれている。二人とも「気長に腰を据えていけ」と言っているのだ。私は焦っていたのだろうか……? よくよく考えてみたのだが、もしかしたら私は乳癌を「なかったこと」にしたかったのかもしれない。だから再短時間で元の状態に戻したくて、それって結局、癌になったことを受け容れていないということなのかもしれない。受け容れていたつもりだったんだけど違ったのだろうか? いろいろ考えているうちに頭はぐるぐるしてよくわからなくなってきた。

私は10年以上も水彩画を描き続けてきたのだが、気がついてみればほぼ10ヶ月の間、一枚も描いていない。絵に向き合う気持ちが持てないでいる。震災のショックが収まったと思ったら癌疑惑で、ようやく確定したら一気に手術へと流れていって、再建へ前向いていくはずが何故か足踏み状態……。仕事の方は割り切ってこなすことが出来るというのに、どうしても絵筆は手に取れないのだ。無理にでも描いてみるのもありかなと考えつつ、気持ちが向いてくるまで無理する必要はないのかなとも思い直しつつ。

そしてまた一週間後、だいぶ秋も深まってきた11月15日に再びM病院へ。感染したと言われて20日が経過、毎週毎週、乳腺と形成とのダブル受診も疲れる。胸の赤みはずいぶんひいてきたので、とりあえず抗生物質は点滴も経口も止めてみることになった。あまり長期に投与し続けるのも肝臓や腎臓に負担をかけるものだからね。鳩尾や肋骨の隙間に沁みこむような激痛はほとんどなくなってきたが、エキスパンダーの角はどんどん尖ってきてこれが痛いのなんの。再建が足踏み状態なのはしかたないにしても、追加切除の手術は12月にできる?とY先生に尋ねたら、
「この状態だったら年内になんか到底無理無理!」と言われてしまい、その日はがっくりしたまま帰途についた。あーあ、年内にひと区切りつけたかったんだけどなあ……

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