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1年めの検診を迎える

皮膚パッチテストの一週間

検診結果は無事クリア

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いよいよ入院

乳房再建のためのデザインを施す

手術まで首を洗って待つのみ

手術──再び辛く長い一夜

なんでこんな手術受けちゃったんだろう……

再建乳房と感動の初対面!

再び苦しむ激痛の夜

入院生活のタイムテーブル

快復停滞の分岐はどこにあるの?

そろそろ退院が視野に入ってきたかな

30日ぶりで外の世界へ

背中の大怪我、続行中

ドレーンを入れての強制排液

「カサブタ剥いじゃおうね」

恐怖の溶解脂肪ダダ漏れ事件

医療従事者と患者との間には温度差がある

傷口が裂けちゃった!

背中の傷に植皮を開始

遺伝性乳癌による予防的乳房切除に思うこと

いっこうに脂肪流出が止まらない

乳癌治療に関するいくつかのニュース

そろそろ心が折れてきた

身体はちゃんと頑張っていたんだね

旅立ってしまった友

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恐怖の溶解脂肪ダダ漏れ事件

3月28日にカサブタを剥ぎ、感染防止に抗生剤を3日間飲み、翌日の4月1日に再びM病院を受診した。再建乳房の地味な痛みはかなり酷くなっていて、中央寄りの皮膚が赤紫色にガサガサと荒れた感じになっている。この1年半、私の乳房はいろんな赤さに腫れてきた。乳癌手術の後に滲出液がたくさん溜まって腫れた色、感染して腫れた色、膿が溜まって腫れた色、いよいよ異物の拒絶反応が強くなって腫れた色……今回の赤さは初めての色だ。なんなの、なんだっていうの? どうなっちゃってるの??
待合室で顔を合わせる再建仲間たちの誰に聞いても、私のように痛んだり赤く腫れたり荒れたりしてる人はいなくて、めちゃくちゃ不安になる。

「うー……ん、これは、もしかして脂肪が溶けてるのかも」私の胸を診たT先生は呟いた。
「えっ……!」絶句するしかない。あれほど脅かされた脂肪溶解が起きているっていうの? どうして! どうして!! どうして!!!
「ちょっと突ついてみようか?」T先生は可愛く小首を傾げながら可愛い声で恐ろしいことを言い、赤紫色になっている部分に注射器を突き刺した。シリンジを引くとクリーム色のコンデンスミルクみたいな液体がじゅるるるっと筒の中に上がってくる。ええええっ、何これ、やっぱり脂肪溶けてるの? これ、脂肪なの?? 抜いた液体は10ccほどあって、一応分析と培養に回しておくとのこと。
「とりあえずこれで様子見ましょう。もしかしたら、まだ漏れてくるかもしれないから。そしたらナプキン当てておいてね」あまりのことに私は呆然としていてその時のT先生の言葉をちゃんと聞いていなかった。というよりは「どうして脂肪が溶けたのどうしてどうして」との気持ちが脳内をリフレインしていて、よく理解できていなかったのだと思う。

形成の外来予定は一週間先の4月8日までない。3〜6日まではS先生もT先生も学会で不在なため、何かあっても連絡が取れないという状況なのだけど、幸い4月5日にY先生のクリニックで術後1年半のエコー検査の予約が入っているので、とりあえずは安心できる。

仕事の方はというと、3月末から2日おきくらいのペースで徐々に復帰していて、4日の晩も11時過ぎまで仕事場でPCに向かっていたが、翌朝の検査のためにそろそろ切り上げて帰ることにした。それにしても胸が痛い。常に鈍い痛みで再建乳房全体が覆われている感じなのだけど、谷間の部分に線を引いたようにパキっと痛みの境界線がある。特に左胸寄り3分の1は皮膚表面がヒリヒリと焼けるよう。乳液でも塗ってみようかと下着をずらして覗き込んでみると、今朝見た時よりいっそう赤紫色が増していてザラザラに荒れていた。よく見てみると縫い目の一ヶ所にプクンと白っぽい吹き出物のようなものがある。
「なんだろう、コレ」と思うと同時に、その吹き出物のようなものはプクプクと膨らんできて、プチン!とはじけ、クリーム色の液体が──そう、この間注射器で少量抜いたコンデンスミルク状のものが──てろてろてろ……とこぼれ始めた。まさかまさかと怯えていた事態だったから、私の理解は瞬時だった。溶解した脂肪が縫い目の一部を突き破って漏れ出したのだ!

それは文字通りの“ダダ漏れ”だった。ソフトクリームのコーンの先っぽから溶けたクリームが流れ出るような、そんな感じのあふれかた。
拭っても拭っても拭ってもコンデンスミルク状の液体はあふれ出し、即座にティッシュ10枚をベトベトにしたところで、こんなことには意味がないと気がついた。そうこうするうちに終電を逃してしまい、とりあえずバンドエイドを2枚重ね貼りして穴を塞ぎ、大急ぎでタクシーを拾って自宅に帰った。たった20分程度だったのに、服を開いてみるとキャミソールにはべっとりと脂染み。溶けた脂肪は難なくバンドエイドを突き破って浮かし剥がし、あふれ出して乳房全体がヌルヌルになっている。

半狂乱のまま服を脱ぎ捨ててバスルームに直行。床にうずくまるように頭から大量のシャワーを浴びながら、私はわけのわからない怖さに怯えて声を出して泣いた。怖くて泣くなんて……子供の時以来かもしれない。シャワーを流している間も、後から後から液状化した脂肪はあふれてくる。その時点でもう深夜の3時。再びバンドエイドで押さえてティッシュを大量に突っ込んでベッドに入ってはみたものの、パニック状態でほとんど眠ることはできなかった。それでも2〜3時間ほどトロトロ微睡み、目覚めて一番にしたことは「ああ、とっても怖い夢を見た」と口に出すことだった。「悪夢を見たんだ」と思い込ませたかった。
思い込みたかったけれど、新しく取り替えたキャミソールにもパジャマにも脂染みが出来ていた。ああ、これは現実なんだ……。べとべとの胸を再びシャワーで流し、テープを何重にも貼って穴を塞ぎ、半分に切ったパンティライナーを二枚重ねて当てて、半泣きでY先生のクリニックに向かった。朝9時台の予約にしておいてよかった……。

「おはよう。どうですか? 調子は」診察室でY先生の笑顔に迎えられた時、口を開こうとした途端にあふれ出してきたのは言葉ではなくて涙だった。無言でボロボロと泣き始めた私に、先生はびっくり。
「うわっ、どうしたどうした? 何があった??」
「どう、も…こうも……し、脂肪が……と、溶けちゃって、ダ…ダダ…漏れ、て……」えぐえぐと嗚咽してしまってその後を説明することができない。
「とにかく診よう。そこに横になって」しゃくりあげる私は診察台に寝かされる。テープとライナーの処置をしてからもう2時間近く経っているので、溶解脂肪はすでにあふれ出ていて、診察台に上がるわずかな間にもポタポタと床にミルク状の脂肪が垂れる。
「……ホントに災難が絶えないなあ、可哀想になあ」Y先生の言葉は想像以上に私を安堵させた。見つけてもらえた迷子のような気持ちだったのかもしれない。私は成人した子の親であってもおかしくない年齢なのに、こんなふうに子供のように泣くなんて。

「ちょこっと切開するからね」仰向けの私の胸にたっぷりのイソジン液を塗りながらY先生は言う。私はボロ泣きのままコクコクと頷くだけだった。麻酔くらいしてくれるのかと思ったのに、破れた縫い目をいきなりハサミでチョキン! それから両方の掌でぐーーーーっと押しながら溶けた脂肪を絞り出し始める。私は驚きのあまり一瞬にして涙が引っ込んでしまった。
「そ…そんなに、押しちゃって……だ、大丈夫なんですか?」だって形成の先生たちには、とにかく再建胸を守るようきつく言い渡されているのに。
「組織が壊れちゃったんだから、大事にとっておいてももう固まることはないんだから。そんなもんは出しちゃわないとダメ!」出さなきゃいけないのはわかるけど……だからってこんなに指圧マッサージみたいに押しちゃって、変形しちゃわないの? ハサミで切られた痛みは感じなかったけど、掌でしごくように絞られるのはとんでもなく痛い。痛みも手伝ってまた涙がこぼれてきた。

絞られている間、頭の中はまたも「どうしてどうしてどうして」のリフレイン。確かに術前のインフォームド・コンセントでは、脂肪の質が悪いとそういうことが起きることあるよって脅かされはした。でもそれは体脂肪35%以上だったり糖尿病だったりする人だっていうから、やっぱり自分は該当しないだろうと思うじゃないの。その可能性を少しでも軽減させるべくあれほど筋トレとダイエットに励んだというのに。1年で10kgとか、そういうふうに急激に太った脂肪細胞は定着が悪いとも聞いていた。やせっぽちだった20代の頃に比べれば15kgくらい太っちゃったけれど、じわじわとであって、急激な増え方をしたわけではない。
それに、再建手術を受ける人みんながみんな理想通りの体脂肪率だったり質のいい筋肉を持っているわけではないでしょ? みんな、移植した脂肪が100%生着するわけではなし、多かれ少なかれ溶けたりしては身体に吸収されてはいるはず。だけど、その時にいちいち腫れたり痛んだり縫い目が破れて出てきちゃったりしないんだよね、きっと。

どうして私はいちいちマイノリティのグループに入っちゃうんだろう。

人工物での再建に失敗して背水の陣で挑んだ自家組織再建だったのに。今度こそ大丈夫だろう、そう思っていたのに。胸はとても綺麗に出来ていて、だから、背中の傷の治りがどれだけ大変でも時間かかってもそれは我慢しようと思ってたのに。

せっかく綺麗に作ってもらった胸は変形してしまうんだろうか。歪んでしまうんだろうか。その可能性について先生に尋ねてみることは、怖くて出来なかった。

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